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ゆらゆらと揺れる感覚で目を開けたつくしは、見上げて見えた司の顔のアングルから自分が抱き上げられ、何処かへ運ばれていることがわかった。


「司…」


呼びかけるとその顔がこちらを向いた。


「洗い流そう。立てるか?」

「…ん」


下ろされて見回すとそこは邸よりは狭いがバスルームの脱衣スペースであることがわかった。
そこでつくしはハッと意識が覚醒した。
司が全裸になり、つくしのネグリジェを脱がせようと片方だけ残っていた肩紐に手をかけたからだ。


「い、いい! 自分でする! ひとりで入れるから!」


と、胸元の布を押さえた手がヌルついた。


「え…? なに?」


見つめようとした手を司が素早く掴み、そのまま手を引いてバスルームに連れ込んでシャワーを勢い良く出した。


「キャッ! 冷たい!」


さすがに道明寺邸のようにはいかず、水で始まったシャワーは程なくして心地よい湯に変わった。
なにもかもが湯に溶けて流されていく。
汗も唾液も…それから……

手のヌルつきの正体に気づいたつくしは頬を染めた。
今更ながら、自分がしたことが、その姿を見られていたことが恥ずかしくて堪らなくなり、司に背を向けて膝を抱えてしゃがみこみ、膝頭に顔をうつ伏せた。


「つくし」

「…なに?」


頭上から呼ばれ、返事だけは返したが顔を見ることはできない。


「つくし」


今度は背後から声がした。
つくしはまだ違和感の残る首を回して自分の肩越しに後ろを伺った。
すると降り注ぐ湯の中で同じ目線に司の顔が見える。


「っ!」


急いでまた俯いた。


「怒ってるか?」

「え?」

「怒ってんだろ?」

「……怒ってるのは司でしょ。」

「こっち向けよ。」

「無理。…きゃっ!」


背後から抱き上げられ、無理やり立たせられ、振り向かされ、そして抱きしめられた。


「悪かった…」

「………」

「お前も悪いけど、俺も悪かった。」

「……なにそれ…あたしの何が悪かったのよ…」

「悪いだろうが! 俺にはしない笑顔をあの男には見せやがって。」

「は?……ま、まさかそんな理由?それだけの理由?」

「それだけじゃねぇよ! 二人っきりでイチャついてただろうがよ!」

「だからそれが意味わかんないから!! イチャついてなんかない! 友達と話してただけでしょ!」


二人はシャワーに打たれながら抱き合い、つくしはいつしか恐怖も忘れて司に向き合っていた。
その司はシャワーコックを捻って湯を止めると、濡れてストレートになった髪をかき上げ、自分に沿うつくしの柔らかい体の感触を確かめるように抱きしめていた。


「お前はまさか、男女の間に友情が成立するとか考えてんじゃねぇよな!?」

「考えてるわよ! 悪い!?」

「ああ、悪りぃよ! ンなもん、成立するわけないだろうが!」

「じゃあ司は知り合う女性、全員をヤラシイ目で見てるってわけね!」

「はぁ?? なんでそうなるんだよ! 見てねぇよ!」

「友情が成立しないなら、全員が恋愛対象なんでしょ? あたしにそう言ってるも同然なんだから。」

「俺は他の女に恋愛感情なんて抱いたことはない!」

「嘘ばっかり! 彼女がいたくせに!!」


思わず口を吐いた言葉につくしは「しまった!」と思い司から顔を背けた。

つくしはこのことを知っているのは秘密にしようと思っていた。
自分ががこの件について何か発言すれば、司の古傷を抉ってしまうと考えていたからだ。
しかし弾みとは言え、触れてしまった。
このまま知らないフリはもうできないと観念し、つくしは語り始めた。


「ごめん。たまたま知っちゃたの。あのパーティーの人なんでしょ? 華園さんだっけ。素敵な人だね。」


司の顔を見ることはできない。
もしそこに華園公子に向ける悔悟や愛しさを見つけてしまったら、もうつくしは道明寺つくしとして立ってはいられないだろうから。


「ダンスもお上手だったし、何よりすごく綺麗な人だし、きっとお人柄も素晴らしいん、」


しかしつくしはそれ以上、語らせてもらえなかった。
なぜならその口は司によって塞がれたから。
今夜はまだ一度も与えられていなかった司からのキスだった。


「ん……んっぅ…」


息継ぎをしながら、それは長い絡み合いだった。
唇と唇、舌と舌、膝を割って脚を絡ませ、胸を合わせ、全身で相手の存在を請うような、そんなキスだった。

つくしには先ほどの口淫で生じた下腹部の熱が蘇り、再び下肢の間を濡らしていくのがわかった。
抱かれたい…この人に今すぐに、抱かれたい。
濡れて身体に張り付いた薄いシルクの布越しに司の昂りを感じ、その熱はますます高まり、唇が離れ、自分でも分かるほどに潤んだ瞳にはもう司しか映っていなかった。

司はつくしを強く抱きしめた。


「あんなもん、嘘に決まってるだろ。お前は女たちに騙されたんだよ。」


つくしの目が見開かれる。


「嘘?」

「俺があんなシキタリも守らねぇ低俗な女、相手にするわけないだろうが。あんな女が綺麗だと? お前に敵うわけねぇんだよ!」


瞬間、司の言葉が理解できずに、つくしは顔を上げた。


「え…?」


見えた司の顔は湯で上気したように朱が刷かれ、泳ぐ目に昼間見えた冷たさはなかった。
司はつくしの視線を遮るように温かく大きな手で額にかかる濡れた前髪をかき上げ、現れた白い額にひとつキスを落とした。


「これじゃ風邪引くな。出ようぜ。」


そうして体を離して司は棚にあったバスローブを手に取った。


「お前、それ脱げよ。」

「え?…あ、ああ。じゃ、先に出てて。」

「…フンッ」


そして司は手にしたバスローブを自ら羽織ると出て行き、つくし一人が残された。


「なん…だったの…?」


嘘?
華園さんが司の恋人だったって話が嘘だったの?
え、待って、女たち?
なんで司はあたしがその話をされたのを知ってたの?
司はあたしがレストルームで浅井さんたちに会ったことを知ってるってこと?
どうやって??
いや、それより、話の内容をどこまで知ったの?

頭に浮かぶ幾つもの疑問に動揺しながら、つくしは着ているものを脱ぎ、そして首に巻かれた白い布も取り去った。


「!」


バスルームの鏡に映るその首には、くっきりと5本の指の跡が残っていた。
司が圧迫したのは頸動脈だったため、脳への酸素が滞り早々にブラックアウトしたのだ。
圧迫されたのが喉の前面にある甲状軟骨だったら、本当に死んでいたかもしれない。

ゾクっとつくしの背を恐怖が駆け上がった。
ただ健太と畑で話していただけだった。
友達として、少しじゃれついたのはあるかもしれない。
でも本当にただそれだけの場面だったのに、これほどの怒りを司が抱いた原因はなんなのか。
先ほどの言葉が過る。


“ どこにも逃げられない。お前はずっとこの腕の中にいるんだ ”


フッと、つくしから自分を嘲笑うかのような笑いが漏れた。
司の自分への執着に対する喜悦が死への恐怖に勝り、肌が粟立った。
つくしは首に残る司の指の跡に自身の指先を這わせた。

どんな理由でもいい。
ただ、妻として夫を独り占めしていられるならそれでいい。
この指の跡がずっと消えずに残るほど、何度でもあの人の執着を感じたい。

司がまだ誰も愛したことがないという事実が明かされた今、その喜びはつくしの中に仄暗い独占欲となって水面に落ちた一滴の墨液のように広がった。









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2020.05.16
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2020.05.15




司がガーデンハウスに近づくと、つくしの笑い声が聞こえてきた。
つくしが声を上げて笑う姿など、司は見たことがない。
ハウスを素通りし、花壇に近づいた。
そうして柵の向こうに見えたのはつくしが男と向かい合って話している姿だった。
つくしの背後からのアングルだとその顔は見えない。
だが、俯いたつくしに男が手を伸ばして何事かを呟くと、つくしは元気な声と共に男に向かって拳を突き出し、それを男が受け止めて笑い合う様子が展開された。

男がつくしから聞かされていた幼馴染みの庭師であることはその出立からすぐにわかった。
しかしその親密さは司の想像を超えるもので、司は体の末端から胸の中心に向かって黒く熱いマグマが再び集結する感覚を覚えた。

司に最後に見せた笑顔は、NY出張でしばらく渡りがないことに安堵したかのような顔だった。
なのに今は、心から楽しげな笑い声まで上げている。

自分以外の男に心を開いている。
つくしに俺は必要ない…
そう思ったら、先ほどまでつくしに許しを乞おうとしていた思考はどこかへ吹き飛び、憎しみにも似た怒りが沸騰するように湧き上がった。

しゃがみ込んだつくしの向こうに立つ男が司に気づいた。
帽子を取って頭を下げる男の様子につくしがまた立ち上がって振り向いた。
そして「司……」と呟いた顔は笑顔ではなく、驚きと困惑を表していた。







司はゆっくりと柵に近付き、そこに取り付けられた扉を抜け、畑を踏みながら真っすぐにつくしに近づいた。
磨かれた革靴が美しい畝を破壊し、司のために植えられた二十日大根の芽を踏みにじった。


「あ…」


「やめて、踏まないで!」と止めたくとも声が出ない。
それは司が誰の目にも明らかな怒りのオーラを纏っていたからだ。
しかしつくしはわからない。
司が今ここにいる理由も、怒っている理由も、作物の芽を構わず踏みながら自分を睨んで近づいてくる理由も、何一つわからなかった。

司はつくしまでたどり着くと、ガーデニング用軍手を着ている手首を掴み上げ、畝を挟んで向かい側で帽子を握りしめて硬直する7センチ小さい藤村健太に体を向けて見下ろした。
その怖いほどの美貌の中心にある、氷のように冷え切った眼差しが健太に突き刺さった。


「お前は今日でクビだ。出て行け。」

「は……!?」

「司!? 何言うの!?」

「主人の命令が聞こえただろ。…さっさと行けっ!!」

「っ!!」


硬直して動けない健太をその場に残し、司はつくしの手首を掴んだまま、黒い土に靴を埋めながら大股でガーデンハウスに向かって歩きだした。
そこへ中から島田が出てきた。


「旦那様! どうかなさったんですか!?」


歩みを止めない司は、もつれるように従うつくしの手首をさらに強く握りしめながら自分に駆け寄った島田を鋭く睨みつけた。


「っ!」


司を幼少期から知る島田でもここまでの怒りを纏った姿を見たことがなかった。
近づくことも憚れるような威圧感を携え、相手を切り裂くかのような視線を発するその瞳は紅く煮えたぎっていた。


「島田…テメェは何をしてた。」

「わたくしは…ハウスの中から奥様を見ておりました。」

「男とイチャつく主人の妻をただ眺めてたってわけか。」

「なっ、司! 誰が、」

「答えろ! 島田!!」


島田は項垂れるように俯いてから深く頭を下げた。


「私にはなんら問題がないように見えておりました。申し訳ございません!」

「…テメェもクビだな。」


呟くような声だったが、しかし二人にははっきりと聞き取れた。

島田さんまでクビ!?
あたしのせい?
健ちゃんと話してただけなのに、なんでこんなことに…


「旦那様!!」


島田の声はもう届かない。
司はつくしの手首を引いてガーデンハウスに入って行った。
島田はただその場に立ち尽くした。




***




「司! 痛いよ、離して!」


テラスからガーデンハウスに入った司は左手のベッドルームに入ってベッドの上につくしを突き飛ばすようにして手を離した。
背中からバウンドするように投げ出され、帽子の落ちたつくしは、すぐに態勢を立て直そうと起き上がって立ち上がろうとした。
が、ドアに鍵をかけて一瞬早く戻ってきた司に再び肩を突き飛ばされてベッドに沈み込んだ。
そして馬乗りになった司に両手首を掴まれてベッドに押さえつけられた。

司がつくしを見下ろし、つくしは下から司を見つめる。

司の顔は無表情だった。
どんな美も人としての温もりを持たなければそれは人を模した作り物、ただの美しい彫刻だ。
だが、司が作り物に見えないのは、無表情の奥にとてつもない怒りを感じさせたからだ。
しかし怒りを買う理由がつくしにはわからなかった。

司が見下ろすつくしの顔は困惑だけを映し出していた。
なぜ自分が司に組み敷かれているのか、司が何を怒っているのかわからないといった表情が司の怒りをさらに加速させていた。
つくしが司に見せる笑顔は控え目な微笑だけで、満面の笑み、ましてや笑い声を上げるほどの笑顔というものは見たことがなかった。
それをあの男には見せていた。
それだけで裏切られたと感じさせるには十分だったのだ。

先ほどの女たちの話が蘇る。


“ 道明寺様を愛してないって。結婚したのは仕方なくだった………早く別れたいって。”


それは女たちがついた嘘のはずだった。
なのに今はつくしの真実の声であるかのように司の中に渦巻いた。


そうだ、こいつは最初に言いやがったんだ。
俺に別の女を見つけて、喜んで離婚届にサインするって。


司の中に眠る獰猛な獣が、今、ゆっくりと目覚めようとしていた。
司は片手をつくしの手から離し、髪を撫で、頬を撫で、その細い首にあてがった。
目の前の獲物を引き裂き、喰らいつき、血の一滴も残さずに我が身の糧にしたい欲望が湧き上がる。


庶民の分際でこの俺の妻になれただけじゃなく、俺から愛されているのに、この女は最初から俺を愛そうともせずに他の男に笑顔を見せてじゃれ合い、俺を裏切った。
許せない…許せない


「つ、司?」


つくしの首に回した手の指先に頸動脈の拍動が伝わる。
ピクピクと波打つそれを止めれば、つくしの全てが永遠に自分のものになるような倒錯した感覚に陥り、司はゆっくりと手に力を込めた。


「やめて…」

「お前は、男との密会場所を俺に用意させたってわけか?」


低く、凄まじい怒りを含んだ声がつくしの脳内に響く。


「な、なにを言ってるの? 密会なんてしてない。ただ花壇を、」

「黙れ!!」


司の手にさらに力が加わり、つくしは空いた手でその鋼のような手首を掴んだ。


「や…めて、く…くる…し…」

「そうだよな、お前は俺と別れるつもりなんだよな? 別れてあの男と逃げる気だったのか? それとも俺から奪い取った慰謝料で新しい男を探す気だったか?」

「な、なに言って…離して…おねが…い…」

「させねぇ。お前は一生ここに、俺の妻として俺の横にいるんだ。例え死んでも出て行くことは許さない。」


先ほどまで怒りで無表情だった顔が近づいた。
その顔には今は微笑が浮かんでいた。
まるで、つくしの死を喜んでいるかのような笑みで、司の容貌は悪魔的なまでに壮絶な美しさを放っていた。
その顔を見つめるつくしの目は見開き、眉根は寄り、口は空気を求めてヒクヒクと戦慄いていた。


「つくし、お前が地獄に堕ちるなら俺も一緒に堕ちてやるよ。」


つくしの最後の記憶は、自分の唇に重なった司の柔らかいそれの感触だった。










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2020.05.14




司は南棟のエントランスを足早に自室へと向かっていた。


「森川、つくしに会いたいんだが、これから北へ渡れるか?」


司の後ろに従っていた森川は驚いて司に並んだ。


「今からですか? 緊急のご用事ですか?」

「ああ。あいつの様子がおかしかった原因がわかった。留守にする前に会って話がしたい。」

「かしこまりました。島田に連絡を取ります。」


自室に入り、立ったまま森川が内線で北棟へ連絡を取るのを見つめた。


「…お疲れ様です。森川です。……島田さんは?……ああ、そうですか、わかりました。ではそちらに連絡を取ります。」

「どうした?」


森川が内線を置くのも待ちきれずに司が問いかけた。


「奥様は島田を伴ってガーデンハウスでお過ごしだそうです。」

「そうか、わかった。」


歩き出す司に森川が声をかけた。


「連絡を取りましょうか?」

「いや、いい。」


司は森川に背を向けて部屋を出て行った




***




つくしは半袖のカットソーにUVカット加工が施された薄手の長袖パーカーを羽織り、アンクル丈のデニムにスニーカーという出で立ちだった。
くるぶしソックスからは細い足首がのぞいている。
長い黒髪はひとつに括り、まだ強い日射しを避けるためにキャップタイプの帽子をかぶっていた。

花壇の手入れが気に入っている理由の一つに、このカジュアルな服装があった。
邸の中にいればいかにも道明寺夫人然とした装いが求められ、レッスンで習った立ち居振る舞いの実践を意識する日常だ。
しかし花壇に降りるために着慣れたカジュアルに袖を通せば、なんだか窮屈さから解放されたような爽快感があった。
多少、大股で歩こうが走ろうが、土の上に尻餅をつこうが許される。
そんな気持ちのリラックスが表情にも現れた。


「今日は間引きをしよう。」


つくしの師匠である健太がガーデニング用の軍手をつくしに手渡しながら告げた。


「間引き?」

「育ちのいい芽を残して、ひ弱な芽を摘んでいくんだ。そうして栄養を良い芽に集中させる。」

「ふーん。間引いたのはどうなるの?」

「食べられるものは食べる。食べられないものは土に還る。」

「そっか、無駄にはならないのね。」

「ああ。それが植物を育てる良いところだ。命は必ず循環するからな。」

「循環か。」

「さあ、まずは二十日大根からだ。摘んだ芽はお浸しとか味噌汁の具とかで食べれば旨いけど、奥様には無理かな。」


いくら幼馴染みだと言っても、今のつくしは道明寺司の妻だ。
本当なら自分などが気安く会話して良い相手ではない。
ただつくしの気取らない無垢さが健太にも心地よく、こうして時々その立場を思い出さないと、つい友達感覚に陥っていた。


「食べるわよ。厨房にお願いして料理してもらう。」

「ふーん…ま、それもまた奥様だからできることだな。わかった。摘んだのはカゴに集めよう。」


そうしてつくしは健太に教えてもらいながら、二十日大根の芽を引き抜いていった。

こうして日を浴びて土いじりすると確かに嫌なことは忘れられる。
考えることと言ったら目の前の作物が育った後の食べ方のことだけだったからだ。
つくしは立ち上がり、しばらくしゃがんでいて固まった体を伸ばした。


「んーっ! 気持ちいい!」

「どう? 気分転換になるか?」

「うん、なってるよ! やっぱり外の空気を吸うのはいいね。命を育てるのも。嫌なことも忘れられる。」


同じ畝の向こう側を間引いていた健太も立ち上がった。


「なんかあったか?」

「え?…はは…ないよ。大丈夫。」

「女はいつもそう言うんだ。そのくせ最後には爆発して「言わせてもらうけど!」って怒り始める。怒るなら最初から打ち明けて欲しいよな、全く。」

「あははは! 何それ、奥さんの愚痴? 打ち明けられるのを待ってるからダメなんだよ。察して欲しいんじゃないの?」

「それが面倒臭いって言うんだよ。男はわかるわけないからな、お前も旦那様にそういうの期待するなよ?」

「フフッ……してないよ。期待なんて何にもしてない…」

「つくし?」


俯いてしまったつくしの様子に、健太は軍手を外してつくしの鼻先を撫でた。
顔を上げたつくしの表情は自嘲にも似た微笑だった。


「旦那様はさ、もう十分に頑張ってくれてんの。本当は好きな人がいたのにさ、家のために好きでもない女と結婚してさ、そのあたしのお願いをこうやって聞いてくれて…これ以上、期待とか…バチが当たるよね。」


そう言いながらもその顔には失望が浮かんでいるように健太には見えた。


「…そっか。夫婦のことは二人にしかわからないからな。俺には何にも言えないけど…でもさ、今はお前を大事にしてくださってるんだろ? その旦那様の気持ちは大切にしろよな。だから、つまり…お前も察してくれるのを待ってないで、言いたいことは言っちゃえってことだよ!」

「誰が察してちゃんよ! 別に言いたいことなんてないから!」

「おっ! 意地っ張りなつくし節、炸裂!」

「もう! 人を爆弾みたいに言わないで!」


つくしが殴る真似事で届かないパンチを繰り出し、それを健太がトレーナーよろしく掌で受け止める。
そうして最後は笑い合った。


「よし! まだまだ間引かなきゃ。今夜のお浸しには足りないもん!」


と、つくしは再びしゃがみ込んだ。
が、目の前の健太は突っ立ったままだ。


「健ちゃん?」


つくしが見上げると、健太は呆気にとられたような顔をしてつくしの背後のある一点を見つめていたかと思ったら、急に帽子を取って頭を下げた。
その様子に再び立ち上がり、その視線の先につくしも振り向いた。
健太が頭を下げた相手に気づいて、つくしの唇がゆっくりと動いた。


「司……」


庭を囲む柵の向こう、木々の間にその長身の男は立っていた。










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2020.05.13




つくしはガーデンハウスのベッドルームの窓辺に置かれたファブリックソファに座り、出窓に肘をかけて庭を眺めていた。
そこには健太と共に植えた花の種が芽を吹き、二十日大根の芽も黒い土に綺麗なグリーンの列を作っていた。

あの日、ホテルから帰りの車の中で御渡りを申し込まれたが、疲れたからと言って断った。
あの日だけはどうしても司に触れられたくなかった。
誰かの身代わりのように抱かれたくなかった。
しかし翌日からは適当な理由が見当たらずに受け入れざるを得ず、以前はする日としない日が交互だったのに、今はまた毎晩、揺さぶられていた。
行為の最中に「つくし、つくし」と名を呼ばれる。
その時だけは体に熱が生まれるが、そうでなければ冷えたままで、苦痛さえ感じるようになっていた。

あの人はどうして毎晩、渡ってくるんだろう。
ああ、そういえば言ってたな、「気持ちイイからだ」って。
そりゃそうか。
男性として処理しなきゃいけないんだもんね。
愛人がいないなら妻とシなきゃ仕方ないよね。

その時、ふと華園公子の姿が浮かんだ。

綺麗な人だった。
司の隣に立っても申し分のない人だった。
立ち居振る舞いも優雅で、ダンスもお上手だった。
内面だって、司が好きになるくらいだからあの3人とは比べ物にならない良い人なんだろうな。
司はああいう女性が好みなんだ。
好みなんて考えたことないなんて言ってたけど、でも現実はあの時に思い浮かべた通りの人じゃん。
別れるのは辛かっただろうな。
そしてあたしを見た落胆はいかばかりだっただろうか。
本当はああいう好みの人と結婚したかったよね。
でも道明寺の後継者としての義務だから、責任があるから、きっと愛そうと努力してくれてる。
でも愛って努力じゃないんだよ。
心が自然と動くことなんだよ。
そういう、司の心が動く運命の人がきっとどこかにいるはずだよね。
あの人を幸せにしてくれる女性が。

そういえば、今日からNYに出張だと言ってた。
パーティーもあるだろうって。
そこでどこかの素敵な人と出会ってくれればいいのに。


コンコンッ


ベッドルームのドアがノックされ、庭を眺めて考え事に耽っていた意識がハッと覚醒した。


「はい」

「奥様、藤村が参りました。」

「わかりました。出ます。」


つくしの今のスケジュールは、婚約当初、レッスンを始めた頃よりはゆるやかなものになっていた。
午前中は美容に充てられるようになり、全身エステ、ネイルケア、ヘアケアが日毎に組み込まれた。
そして午後をレッスンが占めたが、今日は講師の都合でレッスンが休講になり、時間が空いたのでこのガーデンハウスで過ごすことにしたのだ。

今や花壇でのひと時がつくしの癒しになっていて、秋に向かい始めた陽を浴びたり、刻々と変化する植物たちを眺めることで日常の憂いをしばしの間、忘れられた。

つくしが花壇に降りる時は常に島田がガーデンハウスで待機している。
つくしは一人の時もあるが、大抵は庭師の藤村健太が付き添ってあれこれと指導していた。
パーティーに出た日から様子のおかしいつくしも、この時だけは屈託のない笑顔を見せていた。

主人の明るい顔は喜ばしいが、もう一人の主人、司のことを思うと島田はため息を禁じ得ない。
つくしと司の心の距離がどうやら開いてしまっているらしいからだ。
司は毎晩渡ってきているが、その表情は日増しに曇っていく。
昨夜など、来る時はまだマシだったが、帰る時には眉間にシワを寄せ、曇りどころか、嵐の予感がしそうなほど険しかった。

司がつくしを好きなのは間違いないが、つくしの心が読めない。
司を好きになっていると思ったこともあったのに、今はもうあれは幻だったのかと思うほど、つくしは司の渡りに拒否感さえ示していた。


でもあれは旦那様が悪い。
早く「好き」だと言ってしまえばいいのに。
言わないから奥様はいつまで経っても旦那様と距離を置こうとなさるんだわ。
愛を囁かずに毎晩、体だけを求めていたら、そりゃこうなりますよ。
森川くんがそこんところを進言すべきなんだけど、あの人も大概、鈍感というか不器用だからねぇ。


「ハァ…」


畑に降りて楽しげに藤村と畑仕事に取りかかったつくしを眺める島田は、自分の無力を感じて短いため息をついた。




***




NYへ出発する準備のため、司ひとりを乗せた車は道明寺屋敷に向かっていた。
車内の司は窓枠に肘をつき、形の良い親指の先に歯を立てている。

司はつくしを守れなかった自分の不甲斐なさに自己嫌悪の只中だった。
つくしの様子から何かあったとは思っていたが、まさかあれほど酷い扱いを受けていたとは。

シキタリも守れないような下品なアバズレが夫の元恋人だという嘘から始まり、俺に無理やり踊らされたダンスを嘲笑され、挙句に相応しくないから別れろだと!?
しかも俺に向かってさらに嘘を重ねやがって、あいつら八つ裂きにしても足りねぇ!
やっぱり菱沼に任せずに俺自ら手を下すべきだったか。

しかし司にそんな無駄な時間はない。
今夜からNYへ発てば10日間もつくしに会えない。
現状のまま日本を離れれば、つくしの心はさらに離れていくような気がした。

司はまた腕時計を見た。
現在時刻は15時36分。
予定より20分も押している。

邸を出発するのが18時。
つくしに会って、誤解を解いて謝って、身支度をして…
いや、いい。身支度などプライベートジェットの中でもできる。
とにかくつくしに会わねば。
…許してくれるだろうか。
つくしの苦しみにも気づかずに、渡ればその肌を求めるだけだった。
だからあいつは俺から顔を背け、身体を強張らせていたんだ。
なにもわかっちゃいない男に抱かれたくなくて。
俺がもっとちゃんと向き合っていれば。
それもこれも不安だったせいだ。
あいつから決定的な言葉を聞くのが怖くて話をすることを避けていた。
夫婦なのに。

打ちあけよう…司はそう決意した。
これ以上、先延ばしにしてもつくしとの距離が縮まるとは思えない。
「好きなんだ」と告白して、関係を最初からやり直す。
親が決めた夫婦という関係ではなく、好き合った夫婦という関係へ前進しようと司がようやく心を定めた時、車は道明寺邸南棟の車寄せに到着した。









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2020.05.12