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司たちはマンションに帰ってきた。
つくしの部屋に入る。
司は五条院邸を出てから一言も発しないつくしが気掛かりだった。

司はつくしが出す答えを怖れていた。
いつでもひとりで考えて、ひとりで答えを出すつくしを怖れていた。
その答えは、往々にして司の望む答えではなかったから。

あの雨の日・・・
あの日もつくしはひとりで答えを出した。
そしてその答えの犠牲になったのは司だった。
でも今回は違う。
今回、犠牲になるのはつくしの人生だ。
他を思い遣るつくしの性分は、自分の人生を顧みることはないだろう。
それが司には心底、怖かった。
そして司が怖れるもうひとつのもの。
それはつくしを失うこと。
つくしに人生を失わせたくないと思うのに、自分もつくしを失いたくなかった。


牧野が愛人の道を断れば道明寺の窮地は終わらない。
一度、失墜した信頼を回復するのは長い時間を必要とし、その間、道明寺の価値は下がり続けるだろう。
いや、鉄鋼部門だけではない。
俺たちを手に入れる為、五条院ならさらに手を加えてくるに違いない。
悪意ある作為を完全に退けることはできない。
ましてや、唯一、道明寺よりも力を持っている相手だ。
手に入れると決めたものを逃すはずはない。
そうなれば、牧野は責任を感じて俺の下を去るだろう。
結局、どちらを選択しても俺たちの苦しみは変わらないのか。


「牧野、座ってろ。」


司はつくしをソファに座らせ、脱いだジャケットをバサリとソファの背に投げ、コーヒーを淹れようとキッチンに向かおうとした。
その時、つくしが司のスラックスを掴み引き止めた。
振り返ると、つくしの力強い瞳が司を見上げていた。


「牧野? どうした?」


つくしはソファの上に立ち上がり、司を引き寄せた。
身長差25センチが埋まり、目線が合う。


「道明寺はいいね。」

「え?」

「あたしはいつも道明寺の25センチ下にいるから、好きな時にキスできるでしょ? でもあたしがあんたとキスしたくなっても、こうやって何かに登らないと届かないよ?」

「なに言って、んっ」


つくしは司にキスをした。
いつも司からされるキス。
角度を変えて何度も重ねられる唇、開いた隙間を逃さずに差し入れられる舌、絡めて嬲ってまた絡めて。
司に息をつかせぬキスは初めてつくしからする行為だった。
経験したことのないつくしからの深いキスに司は混乱しながらもどんどん溺れていく。
いつしか互いに求めあった唇が離れた時には、ふたりとも息が上がっていた。


「っはぁ、はぁ、…どうした…?」


昂ぶった気持ちでつくしを抱きしめながら、それだけ言うのが精一杯だった。
本当はこのまま担ぎ上げてベッドに放り投げ、抱いてしまいたかった。
その強い衝動は、つくしを気遣う心が辛うじて抑えていた。


「・・・届かない。あたしはいつでもあんたに届かない。」

「牧野…」


つくしも司を強く抱きしめた。


「好きだよ、道明寺。」

「ああ…」

「でもごめん。あたしのことわかってるでしょ? 答えは自分で出す。」


つくしは司を体から離し、ソファを降りるとまたバッグを掴んで玄関に向かった。


「牧野!!」


追いかけた司の声につくしは振り返った。


「あんたに出会ったことを謝る。出会わなければこんなに苦しめることもなかったのにね……今夜は先に休んでて。」


それだけ言うとつくしはマンションを出て行った。


「…バカヤロウ…お前に出会えない人生なんて、俺はいらねんだよ…」


閉められたドアを見つめ、司は呟いた。



つくしはもう決めていた。
つくしの中で選択肢は一つしかなかった。
しかし、自分が行く道のあまりの険しさに怯んでいた。

つくしは楓のオフィスに向かった。




***




コンコン


「…入りなさい。」


楓は疲れていた。
この1ヶ月の奔走に、そしてこれから起こる嵐の予感に、珍しく心身の困憊(こんぱい)を極めていた。

入ってきた秘書が来客を告げる。
誰にも会いたくない。
今は道明寺の再建計画に没頭したかったが、その名を告げられると何を置いてもその人物に会わねばならなかった。


「お忙しいのに申し訳ありません。」


かつて、こうして自分の執務室に彼女を呼び寄せ、決断を迫ったことがあった。
全力で駆けてきた彼女は、真冬にもかかわらず玉のような汗をかいていた。
その姿と今の姿が重なる。
貧相だった少女は堂々とした大人の女性に変化を遂げている。
しかしその目に宿る決意だけは8年前と変わっていなかった。


「構いません。今はあなたほど重要な人はいませんから。」


つくしから自嘲が漏れた。

そうだろう。
道明寺の命運が私の決断にかかっている。
こんなドブネズミの双肩にこの人が命よりも大切にしているものが乗っている。
でもそれは、今の私にとっても大切なもので、絶対に守らなくてはならないものだ。


「社長、お話をお伺いできますか?」




***




RRRR. RRRR. RRRR. RRRR……


「牧野?」

『類…』

「…どうした?」

『忙しいのはわかってる。でも、今から会えないかな?』

「…いいよ。食事まだだろ?何が食べたい?」

『ううん、大丈夫。2人だけで話したいの。』


“ 2人だけ ”

つくしからそう言われて呼び出されるのは初めてだった。
つまり絶対に他に漏らしたくない話があるということだ。


「わかった。じゃ花沢の邸に来て。1時間後に。」

『ありがとう。』


通話を切り、類は執務室の大きな窓から真夏の夜の東京を見下ろした。
昼間の太陽に燃え上がったアスファルトは、まだ一向に冷めやらぬまま、周囲は闇に包まれた。
しかし不夜城東京ではそこここに人工の明かりが瞬いて、強制的に街を照らしていた。

類は司に連絡を取った。


「司?」

『類か。』


その声はかつて聞いたことのない鈍重な響きを持っていた。


「さっき、牧野から会いたいって連絡があった。うちの邸で会う約束をしたよ。」

『…そうか。』

「あの後、どうなった?」


本当は聞かなくてもわかってる。
牧野は司が五条院蝶子と結婚することを聞いたんだろう。
そして別れる決意をしたに違いない。


『類…』

「ん、」

『あいつの話をよく聞いてやってくれ。そして…あいつの、あいつ自身の幸せを一番に考えてやってくれ。あいつに自分の幸せ以外のことを考えさせないでくれ。…なんて、お前は俺に言われなくてもいつでもそうだろうけどな。』


!?


「おい、司、」

『頼んだぞ。』


そのまま通話は切られた。

おかしい。
司が俺に牧野を“ 頼む ” なんて・・・
牧野自身の幸せ?
どういうことだ?

類は内線をかけ、家路を急いだ。









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2021.01.13
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