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帰国から2週間が経った。
司は帰国の翌日から1日も欠かさず北棟に通っていた。
つくしとは違い、愛を確信した司は心身ともに落ち着き、二人の時間を大いに楽しんだ。

そのうちにつくしはまた障りがやってきた。
するとその間、つくしに会えない司が、週末に牧野家の家族を招待してはどうかと言い出した。
NYの土産を渡すために里帰りしようかと思っていたつくしは一度は固辞したが、司の強い勧めを受け入れ、土曜日である今夜は牧野一家が道明寺邸を初めて訪れていた。
千恵子は北棟のゲストルームに、晴男と進は南棟のゲストルームで一泊することになった。






今は南棟のダイニングルームで司を交えて5人でディナーの卓を囲んでいる。
広いダイニングに置かれたテーブルは12人は掛けられるだろうか。
ホスト席に司がつき、司の右手側に晴男と千恵子が並び、左手側に進が座った。
つくしは司の向かいだ。
触れることはできないがつくしの顔は見られるとあって、司は障りの度に牧野家を招待しようと密かに心に決めた。

そんな司の思惑など知る由もない牧野家の3人は、食事のためだけのこんなに広い部屋も、こんなに長いテーブルも、そして隣とこんなに離れた席も初めてで全く落ち着かない。
そして目の前に次々と供されるのは彼らが見たこともない皿の数々だ。
いつも底抜けに朗らかな牧野家の面々も、壮麗な邸宅に豪華な食事、そして人間離れした美貌の婿を前にして緊張を隠せない。
しかし今夜の司は道明寺家御曹司という仮面を脱ぎ、つくしの夫として義父母と義弟をもてなしていて、そんな司の心遣いに応えようと、各々がつくしのテーブルマナーを盗み見ながら向き合ったことのない料理と格闘していた。
つくしはそんな家族を見遣りながらも司の表情を窺った。
司は時折、ワイングラスを傾けながら、晴男や進に仕事の様子を訊ねたり、千恵子につくしの幼少期の話を聞かされて終始、上機嫌だった。
その司がナプキンで軽く口許を拭って深い微笑みをたたえた時、つくしは司が両親を招待した理由がわかった。


「ところで披露宴のことですが、私としては早く披露宴をして、つくしさんの名前も顔も世間に発表したい。ですのでこれから子作りを始めようと考えています。」


臆面もない司の突然の宣言に、晴男と千恵子は固まり、進は思わずフォークを取り落とした。


「披露宴の前に子作り、ですか…?」


そう言った晴男は目を白黒させて隣の千恵子とその先のつくしを見た。
つくしもまさか司がこの場でその話を持ち出すとは思っておらず、困惑の表情をしている。


「旦那様、その話はまだ…」


つくしが嗜めても司は構わず話を続けた。


「当家のシキタリなんです。『妻の披露は第一子誕生後であること。』古めかしいとお思いになられるでしょうが、これもつくしさんを守るためです。どうかご理解を。」

「はぁ……あ、ええ、もちろんです。でも、」


晴男は千恵子と顔を見合わせた。
子供を作るということは、世間だけじゃなく、司もつくしを妻として正式に認めるということか。
つまり、つくしは帰ってはこない。
いや、もちろんどこの親が娘の離婚を望むだろうか。
末長く仲睦まじくいられるならそれに越したことはない。
だが、本当に長く続くだろうか。

夫妻はあの結婚式から数ヶ月経った今もつくしが帰ってこないことがなぜか不思議だった。
つくしがどうこうじゃなく、互いの価値観の相違とでも言うのか、育った世界の違いで越えられない壁があるのでは、と危惧していたのだ。
だが数ヶ月ぶりに会った娘は見違えるほどに美しくなり、女性として輝きを放つようになっていた。
ということは、愛されているのか。
この婿殿は、つくしを愛するようになったのか。
だとしたら誇らしい限りだが、つくしはどうなのか。


「つくし…あの、よかったわね。」


例え娘が拒否していたとしても、とりあえず今かけられる言葉はそれしかない。
千恵子の言葉に、苦笑いを見せたつくしの顔が現実を物語っているように思えた。


「そこで、お義父さんたちには引っ越していただこうと考えています。」

「えっ、引越し!?…ですか?」

「はい。私の妻の実家ですから、何不自由ない暮らしをしていただきたいと思っています。つきましては、白金に家を用意しますので、どうぞそちらで生活なさってください。」


牧野家は今もそのままの社宅暮らしをしていたが、階下にはSPの屯所が置かれ、常時警護されていた。
加えて晴男は、道明寺の末端子会社に永久出向という形で異動となり、万年平社員から部長代理に特進していた。
今年、就職した進に至っては、会社ごと道明寺グループに吸収され、当初は名を連ねていなかった幹部候補生の研修チームに入れられ、新人としては破格の給与を与えられていた。
このことはつくしの耳にも入っており、どこか納得しがたいものを感じていたが、両親が喜んでいるならこれも親孝行かと半ば強引に納得していたのだ。
しかし家を用意され、強制的に引越しとなると黙っていられない。


「旦那様、お気持ちはありがたいのですが、それは少し度が過ぎるように思います。家は結構です。」


思いもよらないところから反論されて、司は怪訝に眉を寄せた。


「家が嫌ならマンションの方が利便性がいいか? では広尾のペントハウスを用意しよう。」

「そういうことではありません。住む場所自体、用意していただかなくて結構ですと申し上げているんです。」


つくしの断固とした拒絶もよそ行きの話し方も司は気に入らない。
つくしを睨みながら、もう一度ワイングラスを手に取った。


「お前の家族は、今はもう俺の家族でもある。家族を大切にしたいと思ってなにが悪い。それに、子供が生まれれば牧野の家に出入りすることもあるだろう。セキュリティー的にももっと整ったところに住んでもらいたいだけだ。」


つくしはカッとなった。
マナー違反なことはわかっているが、カトラリーを音を立てて起き、遠い向かいに座る司を負けじとキッと睨みつけた。


「子供のことは、まだ話し合いの途中でしょ? どうしてそう勝手に事を運ぼうとするの? とにかく、家はいりません。」


二人が険悪になり、牧野家の3人はオロオロと左右に視線を走らせた。
そこでこの論争に終止符を打ったのは千恵子だった。


「つくし、道明寺さんがせっかく仰ってくださってるんだから、私たちは有り難く従うわよ。…道明寺さん、ワガママを聞いていただけるんでしたら、あまり都心は…。友人もいますし、今住んでいる地域で3LDKくらいの物件があればお願いしたいと思います。」

「ママ!」

「そうですか。確かにご友人と離れるのはお辛いでしょう。わかりました。もう一度、物件を洗い直します。いくつか候補が出てきましたらお見せしますので、その中から選んでください。」

「わかりました。ありがとうございます。」


そう言った千恵子だけでなく、晴男も進も頭を下げた。




***




食事を終え、つくしと千恵子は北棟に戻った。
つくしには島田が付き従い、ゲストである千恵子には岡村が付き添った。
それぞれの部屋で入浴を終え、今夜はゲストルームのキングサイズベッドにつくしと千恵子が並んで就寝しようとしていた。


「それにしても広いお屋敷ねぇ。」


暗闇で天蓋を見つめた千恵子の、それは感嘆のこもった言葉だった。


「一晩くらいじゃどこがなんの部屋か覚えられないわよ。明日、玄関までたどり着けないかも。」


そう言って笑った母に、つくしは何故だか泣きたくなるほどの郷愁が湧き上がった。
微かに見えるその横顔に体ごと向いて枕に頭を預けた。


「ママ、ごめんね。」

「え!? 何を謝ることがあるの?」

「だってパパや進の仕事のこととか、家のこととか。」

「どうしたのよ。全部、有難いことじゃない。あたしはむしろ、なんであんたがあそこで道明寺さんに怒ったのかわからないわよ。」

「だって、なんだか…」

「馬鹿にされたみたいだった?」

「………」

「あははっ、図星?…でも、道明寺さんはそんな感じの人じゃないじゃない? どうなの? 普段から庶民だって馬鹿にされてんの?」

「…ううん、そんなことない…」

「だったら、家のことだって本心の親切からでしょ。それに社宅はあたしたちも限界だと思ってたのよ。道明寺さんに言われなくても近いうちに引っ越そうって話が出てたの。」

「そうなの!?」

「パパ、謎の昇進をしたでしょ?それに家を出るときは必ず警備の人が同行するようになったし。なんて言うか物々しくてね。社宅の奥さんたちに敬遠されるようになっちゃって、ちょっとね。」

「そうだったんだ…ごめんなさい…」

「だから、あんたが謝ることじゃないし、道明寺さんだって悪くない。ただ住む世界の違う人と関わるってのはこういうことなのよ。玉の輿なんて簡単に夢見ちゃダメね。」


また「あはは」と笑った母は、強い女性だとつくしは思った。


「それにしても、子供ねぇ。なんだか不思議ね。つまりあんたは道明寺さんの次の代の御生母様になるってわけね。あたしやパパの血があんたを通してこの大財閥の後継者に流れることになる。うわぁ、なんかロマンだわぁ。」

「何言ってるのよ! そんなに簡単なことじゃないわよ。」


ずっと天蓋を見ていた千恵子もつくしを向き、二人は向かい合った。


「フフッ、正直、ここまで持つとは思ってなかったし、あのすごい人があんたを愛するようになるなんて、想像もしてなかったわ。もちろんあんたはうちの自慢の娘だけどね。」


つくしは暗闇で大きな目をパチクリとさせた。


「司さんが? あたしを?」

「? そうでしょ。あんたのことをとても大切に思ってくださってるんでしょ? だからあたしたちのことも大切にしようとしてくださってるんでしょ。」

「…愛…だとしても、それはたまたまあたししかいないからだよ。他の素敵な人を知らないからじゃないかな。」

「何言ってんのよ。あれだけの男に女が群がらないわけないじゃない。結婚までにそれなりの経験もあるだろうし、いい女もたくさん食べてきたんじゃないの? だから素朴な味のあんたが気に入ったんじゃない? やっぱり派手な味付けの外食は飽きるけど、家庭の味は飽きないものね。」


母ならもっと持ち上げてくれてもよさそうなものなのに、どこまでも客観的な公平な意見に感謝すべきなのかフて腐れるべきなのかとため息をついたところで、そうだ、千恵子は知らないのだ。と思い当たった。
道明寺家には『道明寺家の男女は初夜まで性行為をしてはならない。』というシキタリがあることを。
だから浮気未遂はあったにしても、司はつくし以外の女を知らない。
二人きりで無人島に流されて「お前だけが好きだ」と言われたって、そりゃ他に女がいないんだからそうなるだろう。としか受け止められない。
つくしはそんな心境だった。


「ママ、道明寺家にはたくさんのシキタリがあってね。その中の一つに、結婚までは、その、男女のそういうことをしちゃいけないってのもあるの。だから司さんは結婚するまでそういう経験はないし、結婚してからも今のところあたししか経験がないの。だから外食も家庭の味も関係ないのよ。他に食べるものがなかったら、それを食べるしかないでしょ。」


声のトーンがだんだんと落ちていく様子に、娘の心情が伝わってきた。
出会いはどうあれ、娘は夫を愛している。
なんだ、そうか、それならなんの憂いがあるだろうと、千恵子は先ほどまでの心配が杞憂であることがわかり、娘の幸福を確信した。
二人は愛し合っている。
でも少なくともつくしには婿殿の愛が伝わっていないと思われる状況は、いきなり夫婦になった男女ならばあり得るだろう。
愛を囁くなんてのは恋愛時代の特別な脳の活動期にのみ発動される必殺技であって、夫婦になってしまってから伝えようと思うと何かのきっかけが必要だ。
それがもしかしたら一足飛びに『子供』の話になってしまっているのかもしれない。
婿殿なりの愛情表現なのかもしれないが、それではこの鈍感娘には伝わらないだろう。
伝わらなくて、つくしの思考がどんどんとネガティブに傾いているのかもしれない。

と思ったらこの二人に微笑ましささえ感じて、千恵子は急に可笑しくなった。


「プッ!」

「ママ、何がおかしいのよ!」

「だってぇ、アハハハッ」


笑いを堪えられない千恵子につくしは抗議の目を向けた。


「だって女性経験がないってだけでしょ? あれだけの人だもの、モテてきたでしょ。女性と接する機会はいくらでもあったはずよ。それでもあんたを愛してくれたのは、別にあんたしかいなかったからじゃないわよ。つくしだからよ。自信を持ちなさい。実際、つくしは綺麗になったし、なんだか品も良くなったみたい。道明寺さんのおかげね。何不自由ない暮らしに素敵な旦那様。そして愛情。もう幸せで言うことないわね。だから不安な気持ちもわかるけどあんまり考えすぎないことよ。子供のこともきっと大丈夫。道明寺さんはいいパパになるわよ。」


この豪快な母に救われたことは幾度となくある。
だから今度もその言葉を信じたかった。










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2020.08.08
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