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ある日の午後、道明寺邸地下1階の使用人ラウンジでは道明寺屋敷に勤める人々が入れ替わり立ち替わり休息を取っていた。
遅いランチを食べる人、短い息抜きで仕事仲間と談笑する人、シフト明けに食事を済ませて帰る人など、みんながそれぞれの時間を過ごしている。
そんな中に森川と島田もいた。


「あー、旦那様はガーデンハウスのことを奥様に話してなかったんですね。」


南棟シェフ特製のフレンチトーストをナイフとフォークで切り分けながら、森川はここ数日の主人の様子について島田に打ち明けていた。


「それで奥様に叱られたんですね。」

「はぁ…奥様はやっぱり蒸し返したのね。そうじゃないかと思ってた。」


いつもはブラックで飲んでいるキリマンジャロに、島田が今日はブラウンシュガーをひと匙加えたのは頭痛がするためなのか。


「私は止めたのよ? 蒸し返すのはよくない、やめてくださいって。でもあの方は黙っていられないのねぇ。」

「まぁ、心にモヤモヤを抱えたまま渡りで閨に籠るなんてできそうにない方ですもんねぇ。」


NYでのつくしの様子を思い出し、森川は苦笑を漏らした。


「それで旦那様はどんなご様子なの?」

「それが、その夜はオアズケを食ったみたいなんですけど、でもすこぶる上機嫌で南棟に戻ってきましたよ。そりゃもう不気味なぐらい。それ以来、ニヤニヤというかニタニタというか、とにかく締りのない顔になっちゃいましたねぇ。」

「上機嫌? 叱られてオアズケまで食ったのに!?」

「ええ。あれは相当、良いことがあったんですよ。もしかして告白されたとか?」

「告白ぅ!? その割に奥様は特に変わりはないわよ? 何かの勘違いじゃないの?」

「そうなんですかねぇ…でもとにかく、かなり良いことがあったことだけは確かです。だって旦那様にとって渡りが日々の活力、癒し、原動力になってることは間違い無いですからね。でもだからって睦事だけが目的じゃなくて、今は共に過ごすこと自体目的で、まぁ、シたいってのも本音でしょうけど、それでも奥様と時間を共有できればそれだけでもいいってスタンスに変化してきたようですね。」


コーヒーカップから立ち上るキリマンジャロの香りを嗅ぎながら、やはり砂糖は入れないほうが芳醇さは立つと思っていた島田は、意外そうな表情で向かいに座る森川に顔を上げた。


「それってすごいことじゃない。旦那様はかなり深く奥様を愛してらっしゃるってことでしょ?」

「だと思います。」

「じゃあ、当然、気持ちも伝えたのよね?」

「いや、それがですね…」

「伝えてないの!?」

「はい。椿様の助言で結婚指輪を贈ることにしたようなんですが、なんでもそれを渡す時に伝えようと思ってるらしいです。」

「はぁぁ??? いつになるのよ!?」

「さぁ? 来月? 再来月?」


島田は思わず天井を向いて額に手を当てた。

いやいや、早く言おうよ。
なんでそこでタメちゃうのよ。
あなた、そんなタイプじゃないでしょ。
思ったことをズバッと言うタイプだったじゃないのよ。
昔、私にも「島田は顔が老けてるからタマの妹かと思ってた。」ってハッキリ言ったよね。
あれ結構、落ち込んだんですよ?
今こそその率直さを発揮する時でしょ!


「結婚指輪を渡して、カッコよく告白して、それで奥様に子作りに乗り気になってもらうって計画らしいです。」

「それ、どんな大雑把な計画なのよ。」


島田は、NYでピルの服薬を止めさせるようにと司から話があったというのは岡村からの報告で知っていた。
しかしつくしが拒否をし、服薬は継続しているというのもまた知っていたから、今朝だって水と一緒に差し出した。


「どうして旦那様が告白したら奥様がその気になると思ってらっしゃるの?」

「旦那様は初夜から奥様に避妊薬を飲ませ始めたことが奥様の覚悟を削いだと思っていらっしゃって、それで愛情さえ伝えたら奥様も旦那様をお許しになってその気になるんじゃないかと考えてるようです。」

「はぁ…事はそんなに単純じゃないけどね。」

「そうなんですか?」


甘いフレンチトーストに甘いメープルシロップをたっぷり垂らし、さらに生クリームをナイフで乗せて頬張る森川の辞書に『中年太り』なとどいう言葉は載っていない。
普段は節制し、道明寺夫人付きの侍女として体型とプライドを守っている島田には時々、森川が悪魔に見えた。


「椿様のバースデーパーティーが10年ぶりに日本で催されるって話は知ってる?」

「ええ。知ってます。」

「あれ、実は本当の目的が別にあるのよ。」

「えっ! なんですか?」


使用人ラウンジと言えどもここは天下の道明寺邸だ。
使用人が使うから安価なものでいいとの考えは道明寺家には存在せず、最高を知り最高を護る人間だけが道明寺本家に仕えることができるという職是があった。
そのため、ラウンジ内に置かれた家具たちも最高のものが置かれていた。
10台は並ぶウォルナット材の重厚な6人掛けテーブルはもう何十年も使われているがその艶はいまだに輝き、60席用意された木材と革を組み合わせた椅子は日本の最高峰家具メーカー「モリシゲ」のもので一脚50万は下らないとされている。
そんな椅子に座り、こん限り甘いフレンチトーストを咀嚼しながら、当主の従者である森川は身を乗り出した。
島田もまた身を乗り出し、大きなテーブルの中央で耳打ちをした。


「旦那様の本物の奥様探し。」

「はい?? って、ええー!!」

「しーーっ!!」


あわあわと口を押さえた森川は、それでもまだ驚愕に目を見開いている。
従者のユニフォームにしている黒いスーツにシルバーのネクタイ、遺伝なのか染めているのか白髪の見えない撫でつけた髪、そして痩身のその姿はとても40代半ばとは思えず、せいぜい30代後半といったところだった。
もう一度身を乗り出した森川は今度は声を抑えた。


「どういうことですか!?」

「奥様は愛されていることを知らないっていうか、わかってないっていうか、だから自分に自信が持てなくて、旦那様にはもっとふさわしい方がいると思ってるのよ。」

「そんなっ、ありえない! あれだけ愛されてて。」

「私もそう思うけど、奥様は鈍感にかけちゃ国宝級みたいね。」

「そんないいもんじゃないでしょぉ! 天然記念物…絶滅危惧種…産業廃棄物…?」

「意味わかんないから。とにかく、その話を聞いた椿様がひと肌脱ごうってことになったそうよ。」

「じゃあ、椿様が旦那様の奥様候補を連れてくるってことですか?」

「そ。世界中から選りすぐりのお嬢様方を集めて、旦那様に会わせるって計画なのよ。で、旦那様が見染めた方がいらっしゃったらつくし様と交代ってわけ。」

「そんな、そんな試すようなこと、あまりにも旦那様を馬鹿にしてますよ! 司様はつくし様がいいって言ってんのに、」

「言ってないでしょ! そこが問題なのよ。さっさと言わないから拗れるのよ。」

「拗らせた鈍感…やっぱり厄介だ。」

「……確かにね。」


二人はそれぞれの主人を思ってため息をついた。









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2020.08.07
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| 2020.08.07(Fri) 18:16:37 | | EDIT

Re: タイトルなし

ふぁいてぃ〜んママ 様

コメント、ありがとうございます!
オリンピックは延期になっても、オリンピックを見越して企画されていた様々なものが巷にはあふれていて、切ない気持ちになりますね。来年開催なら来年こそは観戦できるといいですね。だめでもちゃんと払い戻されることを祈ってます。
さて司とつくしですが、つくしはどうやら告白しちゃったことに気づいてないっぽい・・・ヤバい。
いつもは坊っちゃんの押せ押せ恋愛が中心ですが、たまには変化球も、ということでここまで引っ張っております(苦笑)
あと一歩のところでお互いの気持ちを確認し合えないのが夫婦かな?と思うのです。
恋愛なら非日常だから自分に酔いやすいっていうか。
椿のパーティーの前に一波乱、起こそうと思ってます。
つくしも司も応援してやってください!

nona | 2020.08.09(Sun) 15:20:01 | URL | EDIT