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司は昼休憩を取らずに今回の出張の業務を終わらせ、岡村と共に昼食を済ませたつくしと役員フロアのミーティングルームに並んで腰掛けていた。
ミーティングルームと言っても来賓と会談する部屋で、ウォルナットの大きなテーブルに革張りの椅子が並んでいた。


『さあ、つくし、どれがいい?』


目の前に並べられたのは結婚指輪のサンプルだ。
ペアのそれが10セットほどあるだろうか。
プラチナだけのもの、コンビのもの、金だけやピンクゴールドだけのものもある。
デザインは一見シンプルながら実は種々の技巧が散りばめられているものや女性用にダイヤが並んでいるもの、男性用には力強さを象徴するような凝ったものまで様々だ。
持参したのは200年以上の歴史を持ち、世界中の王族や皇室に愛されているトップジュエラーだった。


『奥様の細いお指でしたら、こうした細工物もよくお似合いになりますよ。』


それはやや幅広のリングの表面に彫りが施してあり、モチーフは植物のようだ。


『こちらはアイビーという植物がモチーフになっております。アイビーの花言葉は『永遠の愛』『誠実』。ご結婚生活にはピッタリの言葉です。』


つくしはフッと笑いが溢れた。
『愛』なんてあたしたちには最も縁遠い言葉なのに、と皮肉がこもっていた。
しかし誤解を与えるタイミングだったようだ。


『気に入ったのか?』


司の言葉に「えっ」と顔を上げると、店員も司も自分を見ている。


『あ、いえ、ごめんなさい。違います。私はもっとシンプルでいいです。あなたはどうですか?』


つくしは司に問いかけた。
司は腕組みをして「うーん…」と唸ると意外なことを言い出した。


『な、これは必ずペアにしないといけないものか? それぞれデザインが違っちゃダメなのか?』


確かに、並べられた指輪はどれも雌雄一対となっている。
どこかしら共通性を持ったデザインになっており、それがより夫婦らしさを醸すのだろう。


『と、おっしゃいますと。』

『俺は指輪なんてしたことがないからわからないが、俺たちは違う人間なんだから、それぞれ似合うものだって違うだろ? お互いに一番似合うものにすればいいんじゃないのか?』



まさに司らしいと思った。
世間一般にまったく当てはまらない結婚生活をしているのだ。
なにも指輪だけ一般におもねる必要はない。

イタリア系かと思しき体格のいい50代の男性店員は女物だけを別の黒いベルベットトレイに移した。


『では、お互いに相手に選ぶというのはいかがでしょう。』

『ああ、それがいいな。そうしよう。』

『まずは道明寺様、奥様にはどのようなものがお似合いでしょう。』



司は隣のつくしを眺めた。
それは真剣な表情で、先ほどオフィスで仕事に向かっていたときの顔だった。
つくしは思わずドギマギと視線を逸らした。


『そうだな、柔らかな色が入っているもので、シンプルで、歳をとっても似合うものだ。』


それはいつかの問いかけにつくしが答えた希望で、覚えていてくれたのが嬉しかった。


『わかりました。では、奥様はいかがですか?』


そう言った店員の視線と、期待に満ちた司の視線が再びつくしに向いた。
店員の問いかけにつくしは司を眺めてから背筋を伸ばし、大きく黒い瞳を真っ直ぐに向けた。


『…最高の素材で、滑らかな表面をして、凝ったものじゃなく、この世に一つしかないものです。』


つくしは先ほどから、目の前に置かれたラインナップに司に相応しいものはないと思っていた。
どれもこれも精巧でデザイン性に秀でている。
でもだからこそ、その作為的な技巧が稀有な存在である司には相応しくないと感じたのだ。

店員はつくしの凛乎たる態度に深く頷いた。


『わかりました。必ずやお気に召していただける品をご用意して日本に持参いたします。』

『ありがとう。』

『ではそれまでにそれぞれ刻印するお言葉をご用意ください。』

『言葉?』


これには司が食いついた。

『はい。相手に対する気持ちを指輪に込めるのです。長い言葉は入りませんので、奥様は15文字以内、道明寺様は20文字以内でお考えになっておいてください。もちろん、イニシャルのみでも構いません。』


そう言い残すと店員は去っていった。




***




司とつくしは機上の人となっていた。
日本には翌日の21時に到着予定だ。
数時間の仮眠の後、日本時間に時計を合わせて過ごすことになっている。

煌めくように楽しかったNYを後にし、14時間のフライトが終わればまた別々の生活に戻る。
それはあたかも恋人同士の旅行の終わりのようだった。
『同じ場所に帰りたい。』
そんな思いが芽生えれば、即ち結婚が意識されてくる。
しかし二人はすでに夫婦だ。
これ以上に近づきようがない関係なのに、二人を取り巻くのは不条理だった。

行きと同じベッドに横たわりながら、それぞれが眠れずにいた。

司はなぜだかつくしを抱く気が起きなかった。
それはこの貴重な時間を、渡ればできることに費やしたくなかったからだ。
もっと特別なこと。
二人で過ごすときだけしかできない、いや、もちろんセックスだって二人だけですることだが、初めてのつくし同伴の出張を締めくくるに相応しいもっと特別なことに残りの数時間を費やしたかった。
だから隣でやはり眠れず頻繁に身動ぎするつくしに話しかけた。


「つくし、」


するとつくしは司を向いた。
ひとつだけ日除けを開けている窓から弱い光が差しこんでいた。
それは月なのか、明けようとする太陽なのか、とにかくその弱々しい光で互いの顔がうっすらと見えていた。


「眠れないの?」


大きな瞳が気遣いをもって司を見つめていた。
司は顔にかかるつくしの髪を彼女の耳にかけた。


「眠れないって言うか、寝るのがもったいねぇなって。」

「もったいないって、なんで?」


やや笑いながらつくしが問いかけた。
司はシーツの中でつくしの手を探しだし、下から掬い上げるようにして柔らかなそれを包んだ。


「日本に着けば、また俺たちは別々になってシキタリに縛られる生活だろ。」

「そうだね。」

「な、NYは楽しかったか?」


つくしの顔をじっと見つめる。
すぐに触れたくなってくる。
触れて、キスして、匂いを吸い込みたい。
でもそれ以上に今は話がしたい。


「うん、楽しかったよ。連れて行ってくれてありがとう。」


行きにつくしとこのPJに乗り込んだときには荒れ狂う激情を抱えていたと言うのに、帰りにはこんなにも暖かな気持ちで同じベッドに横たわることになるなんて、想像だにしなかった。

司の手の中にあったつくしの手が、指先を絡めた。
それだけなのにつくしからのアクションに鼓動が跳ねた。


「司は? あたしがいて面倒じゃなかった?」

「面倒って、何が面倒になるんだよ。お前を連れてきたのは俺なのに。」

「うん、そうなんだけど、でも、その…仕事だけに集中したかったんじゃないかな、と思って。」


司の顔色を伺うようなつくしの様子に苦笑が漏れた。


「お前がいたから集中できた。朝起きたらお前がいて良い1日のスタートが切れたし、疲れたらお前が飯を差し入れてくれたし、帰ればお前を抱きしめて眠れたし、満足だった。」


つくしから絡めてきた指をさらに深く組んで握り直した。
つくしはじっと司の目を見つめていた。


「司ってさ、本当に純粋だよね。なんでそんなに優しいの?」


司は目を丸くし、そのあまりにも意外な言葉に可笑しくなった。


「ブッ、ハハハハッ! 純粋? 優しい? 初めて言われたぞ。なんだよ、それ。」

「だって相手、あたしだよ?」


止まりそうになかった笑いが急に引っ込んだ。


「お前だからってなんだよ。むしろ、お前だからだろ。お前以外に俺が優しくするわけないだろ。」

「そっか。妻だもんね。ありがとう。」


つくしの言葉はいつも引っかかる。
でも何に、どう引っかかっているのかわからない。
わからないから不安になる。
彼女を満たしたいのに、どうすれば満ちるのか、何なら満たせるのか、できうる限りの愛情を注いでいるつもりの司には見つけられずにいた。

だから思いつくことを伝えるしかなかった。


「その優しい俺が言ってんのにお前はNYで何も買わなかっただろ。」

「買ったよ? 言ったじゃん。チェルシーマーケットでお弁当箱とかバッグとか、自由の女神に登った記念にメモスタンドとか。うちの母がきっと喜ぶよ。」

「ンなもん買ったって言わねぇよ。俺はお前のものを買えって言ったんだよ。」

「ジュエリーとかブランドのバッグとか? でも欲しいものなかったんだもん。使わないものを買う必要ないでしょ。」

「使う使わないじゃなくて、欲しいものだよ。」

「だから、わかんないかなぁ。欲しいものがなかったの!」

「あれだけの店が軒を連ねてんのにないわけないだろ!」

「ないわけあったの! もう、なんなのよ。無駄使いしなかったんだからいいじゃない。」


唇を尖らせてブーたれているつくしに、司は想いが伝わらないもどかしさを感じてつくしの額に自分のそれを合わせた。


「無駄とかそういうことじゃなくて…あー、なんて言うんだろうな、とにかく俺はお前に何かしてやりたいんだ。少しでも欲しいと思うものはなんでも与えてやりたいんだよ。」


額が触れ合ったまま、つくしはフッと笑みを作った。


「その気持ちだけで十分にあたしは幸せになれるから、これ以上、何もいらないよ。大丈夫。」

「本当か?」

「……やっぱり嘘。」

「は?……っ」


つくしは組んでいた司の手を取り、自分の頬に当てた。


「他のものは何もいらないけど、司の手だけは欲しがってもいいかな?」


それはまるで告白だった。
「あなたの心が欲しい」と言われたかのように、薄暗闇で司はひとりのぼせたように顔が熱くなった。


「ほ、欲しがらなくても、俺の手はもうお前のもんだ。」


その言葉はアンサーだ。
「俺の心はお前のものだ」という気持ちを司は言葉に乗せた。
そして司は確信した。

俺たちは間違いなく愛し合ってる。
直接、言葉にしなくとも通じ合い、わかりあってる。
だから結婚指輪ができたら、つくしの喜ぶロマンチックなシュチュエーションを計画して、この通じ合いを改めて言葉にして伝えよう。
「愛してる」と。

NYの締めくくりに満足した司は、甘い時を信じてつくしを腕の中に閉じ込めた。












NY編はここまでです。
明日からまた休載します。

先日、スマホが壊れました。
幸い、間一髪でデータはバックアップできたのですが、まだ未発表のネタが飛んだらと思うとゾッとしました。
(私はスマホのメモアプリで書いているので)
皆様もこまめなバックアップを!



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2020.07.12
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| 2020.07.13(Mon) 07:06:40 | | EDIT

Re: タイトルなし

ふぁいてぃ〜んママ 様

コメント、ありがとうございます!
OCEANを聴いてくださったんですね!
あの歌のように雄大な愛がふたりには待っています。
あとはつくしが司という船頭を信じて船出するのみ。
椿の力を借りて、それを確かめてもらいましょー!

nona | 2020.07.14(Tue) 22:17:52 | URL | EDIT