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20時、司のオフィスに前日の約束通り、つくしがまた差し入れを持ってやってきた。
菱沼、森川、岡村は同じフロアにあるミーティングルームに料理を並べ、司とつくしは司のオフィスのソファーテーブルに料理を並べた。


「なんか、疲れてるか?」


向かいに腰掛けるつくしの、心なしか冴えない顔色を見てそう声をかけたが、つくしが疲れている理由などわかっていた。
大方、あのパワフルが服を着ているような姉にあちこち連れ回されたのだろう。


「ええ、ちょっと疲れたかも。今日ね、お姉さんがいらっしゃってね。いろいろと連れて行ってくださったの。」

「無理したんじゃないのか?」

「あ、ううん。疲れたけど、楽しかったよ。」


そう言ってニコリと見せる笑顔に救われる。
夕食よりも、つくしの存在の方が活力になった。


「な、こっち来いよ。」

「え? 隣?」

「ああ、そっちじゃ遠い。」

「別に遠くないけど。」


つくしは皿に料理を取り分け、司に差し出した。


「遠い。こっち来い。」


尚も食い下がる司に、つくしはしぶしぶ立ち上がった。
司の横に移動し座ったところでさらに引き寄せられた。


「近いよ! これじゃ食べづらいでしょ。」

「お前が食わせて。」

「甘えないで!」

「甘える俺を新発見したんだろ? 甘やかしてくれるお前を新発見したいな〜。あ〜、疲れたぁ。キーボード打ち込みすぎて腕が上がらねぇ〜。」

「ぅ〜〜…わかったわよ!」


料理を口許へ持っていくと、司が口を開ける。
食べさせるとモグモグと咀嚼し、飲み込む。
そしてニカっと笑顔になって「美味いな」と言ってくれる。
なんだか本当に愛し合って結婚した普通の夫婦になったような気がして、つくしは照れて赤面し、思わず俯いた。


「お前も食わしてやろうか?」


気がつくと今度は司が皿とカトラリーを手にしてこちらを覗き込んでいた。


「い、いい! 自分で食べられる!」

「照れんなって。ほら、口開けてみ?」

「いいって! 司も自分で食べて。」

「え〜、もう終わりかよ。」

「終わりだよ。まだ仕事残ってるんでしょ? ほら、食べちゃって。」


不満顔の司に皿を押し付けて、つくしは自分の分を黙々と食べ始めた。


「…そう言えば、姉貴、なんか言ってたか?」


徐に雰囲気を変えて話し始めた声がして、つくしは手許から顔を上げた。


「え…何かって…なに? 深刻なこと?」

「いや、何もないならいい。ほら、あの人、騒がしいだろ。なんかお前を困らせるようなこと言ってないかと思ってよ。」

「別に、そんなことなかったよ。…あ、でも、」

「なんだ?」

「11月にお姉さんの誕生日があるんでしょ?」

「ああ。確か11月の半ばだったな。」

「日本でお誕生日のパーティーを催すことにしたって。」

「誰が?」

「だからお姉さんが。」

「姉貴が!? 日本で? なんでだよ!」

「なんでって…」


言い澱みながら、つくしはリムジンでの会話を思い出していた。




**




「つくしちゃんの気持ちは分かったわ。それなら私が一肌脱いであげる。パーティーをしましょう!」


つくしが泣き止んだタイミングで、椿は涙を存分に吸い取ったハンカチをバッグに仕舞った。


「パーティーですか?」

「そう。日本で私の誕生日パーティーを催すわ。そこに世界中から私の素敵なお友達をたくさん呼んで司に紹介するわね。つくしちゃんも眼鏡にかなう女性を探せばいいわ。」


椿の笑顔から、その提案が嫌味でもなんでもなく、本心からつくしの力になりたいと思っていることが伝わる。


「そこでもしも司がつくしちゃん以外の女性に目移りしたらそれまでってことでしょ? 司は運命の相手に出会えて、つくしちゃんは諦めがつくのよね? どうかしら?」

「………」


つくしが考え込んだ時間は数秒だった。


「はい、それでお願いします!」


顔を上げて椿に正対したつくしの目に、もう迷いはなかった。




**




椿は責任を持って世界最高の女性たちを招待すると言った。
椿ならばきっと本当に世界中に友達がいるに違いない。
その中に司が心を動かす女性がいれば、迷いなく妻の座を明け渡そう。
でも、もし司がそれでもやっぱりつくしがいいと言ってくれたら、妻として生涯を捧げようとつくしは腹を括った。


「つくし?」


密かに決意を新たにしたつくしに、皿をソファテーブルに置いた司が呼びかけた。


「あ、え、何?」

「何ってだから姉貴はどうしてわざわざ日本でパーティーなんて開くんだって話だよ。しかも誕生日って、祝う歳でもねぇだろ。」

「そんなことないわよ。何歳になってもおめでたいことよ。でもどうして日本なのかは、知らないけど。」


嘘をついた。
でも司に本来の目的を知られるわけにはいかない。


「ね、お姉さんの誕生日パーティーは私的な場よね? あたしも出席できる?」

「もちろん、家族だからな。」


家族の言葉に、つくしは笑顔を見せた。
その可愛い笑顔につい絆されていたが、司はある重要なことに気づいた。

椿が嫁ぐまで道明寺邸で催されていた誕生日パーティー。
その時ばかりは両親も帰国し、招待されるのは彼ら目当てのビジネス的な祝い客ばかりだった。
司の誕生日にも同様のパーティーが催されていたが、椿の時は司とは違い、彼女のコミュニケーション能力の高さを象徴するかのように彼女自身の友人も多かった。
それは老若男女を問わず多彩で、両親がしかめっ面をしていたこともよく知っている。
しかし椿特有の天真爛漫さで許されていた。

今回は嫁いでから初めて日本で催されるバースデーパーティーだ。
椿自身も力を持った。
招待客は自分で選べる立場だ。
だとしたら、ビジネス用の招待客ではなく、私的な友人が多いだろう。
男女を問わず誰とでもすぐにフレンドリーになる椿の招待客ならば男も多いはずだ。
つまり、つくしが男どもの目に曝されることになる。

マズい、非常にマズい。
常にそばに居て守るつもりだが、もっと俺の女だと誇示する必要がある。
あのネックレスでは弱いだろう。
だとすれば、あのアイテムが早急に必要になる。

そんな計略を巡らしているうちに、つくしはまた話し始めた。


「そういえば、今朝の話のことお姉さんに言った? あの、子供のこと。」


司は、二人の間の会話を漏らしたことがなんとなく後ろめたかった。


「今朝のことって言うか…親父に言われたことは話したけど…どうかしたか?」

「今日ね、お姉さんにウエディングドレスのサロンに連れて行かれたの。」

「ウエディングドレス!?」


椿という姉が父に似て破天荒であることは既に知っていた。
しかしこんなにも攻める性格であることは今知った。


「披露宴ではドレスだからって言われた。」

「そっか。気に入ったのはあったか?」

「いや、べつに…」

「画像ないのか?」

「えっ? 見たいの?」

「そりゃお前のドレス姿、俺も見たいに決まってるだろ。画像ないのかよ?」

「ないよ。試しに着ただけだし。」

「ふーん…じゃあ、本番のを選ぶ時は俺も同席するから。」

「本番…?…そんなの随分、先の話だよ。」


それは子供はまだ欲しくないと言った言葉に繋がっていたが、今夜はその話を蒸し返すのは得策ではないと判断し、司はせっかくウエディングドレスの話が出たのだから、機を得たりとある話題を振ることにした。


「ドレスを選ぶなら、け、結婚指輪もいるんじゃないのか?」

「結婚指輪?」

「つくしはどんなのがいいんだ?」


司はできるだけさりげなく聞き出そうと、再び手にした皿から食べる手を止めずに問いかけたが、そんな司をつくしは不思議そうに見つめた。


「指輪は道明寺家ではしないんでしょ?」

「しないのは慣例であってシキタリじゃない。親父たちは本拠地をアメリカに遷してから、こっちの文化に配慮してつけてる。俺たちもいずれはこっちに住むことになるから、その時には必要になる。」

「必要に、ね。…別にどんなのでもいいよ。司の好みのでいい。あんたが着けてて邪魔にならないので。」


つくしのその言葉は、司を慮ってという風情ではなく、どこか投げやりな無関心さが窺えた。


「じゃあさ、俺と結婚しなきゃどんなのがよかった?」

「え?」

「同じ庶民階級の男と恋愛結婚してたらお前はどんなものを選んでた?」


つくしが他の男の妻になるなど想像もしたくなかったが、どうにかつくしの好みを聞き出したい一心だった。

それまで料理に視線を落として話していたつくしが司の意外な言葉に振り向いた先に見えたのは、穏やかさの中に寂しさとも切なさとも取れない表情だった。
つくしは司がなぜそんな顔をするのかわからなかった。


「どんなのって、まだ考えたことなかったから…」

「今考えてみろよ。」

「いや、でも、」

「単なる好奇心だ。俺のことは気にしなくていいから、ほら、どんなのだ?」

「え…えーと、」


あたしが司と結婚していなかったら、あの選考会に参加していなかったら、まだ奥田商事で秘書をしていたとしたら。
仕事関係なのか、友人の紹介なのか、とにかくどこかで出会った優しい男性に恋をして、両想いになって、お付き合いをして。
手を繋いで街をブラブラと歩く中で、お互いに少しずつ結婚を意識し始めてブライダルのお店を眺めることが増えて。
そういう空気を察した彼から記念日にプロポーズされて、あたしはきっと嬉しさで泣きながら「はい」って返事をするんだ。
そうしてお互いの親に挨拶をしていよいよ結婚の準備に入る。
式のこととか、入籍の日取りとか話し合いながら、結婚指輪はどうしようかって話になる。
そしたらきっと彼が言うの。
「つくしのは好きなデザインにしたらいいよ。俺はシンプルなのでいいから」って。
でもそんなの寂しいから、少しは共通性のあるデザインがいいなってちょっとワガママを言って。
いっしょにお店に行ってあれこれと試着して、そうやって二人だけのピッタリを見つけていく。
いよいよ式になって指輪を交換。
あたしの指に彼が通してくれて、彼の指にあたしが通す。
そうして照れながら笑い合って最後にキスをする。
一生、一緒にいようって誓いのキスを。


「つくし、浮かんだか?」


自分の中に思いの外、リアルな理想があったことを発見したつくしは、司の声に意識を呼び戻された。
しかし現実との乖離に司の顔を見ることができずに、目の前の調度品を見つめたまま答えた。


「やっぱり、どんなのとかわかんないよ。だってそういうのって二人で話し合って決めるものだし。その時の気持ちだって反映すると思うし。…でも、そうだなぁ、いつも着けてるのならおばあちゃんになっても似合うのがいいかな。あんまり若い感じのデザインじゃなくて、普遍性のあるデザインがいいんじゃないかな。」


そう言いながらも、司と添い遂げるということが今のつくしには遠い世界の夢物語のように思えた。
結婚して5カ月近くが経とうとしていたが、未だに不思議の世界に迷い込んだ旅人のような心持ちで、ここが自分の世界だという実感は持てなかった。
いつか、近いうちにこの夢から醒めて、元いた世界に戻って、また普通の日々が送れると、つくしは期待さえ抱いていた。

司が好きなのに、そばにいたいと思うのに、それとは相反するこの期待はなんなのか。
それは現実逃避だとつくしにはわかっていた。
愛されなくてもいいなんてのは所詮、詭弁だ。
愛されたいに決まってる。
義務とかシキタリじゃなく、愛してるからそばにいろ、愛してるからお前との子供が欲しいと言われたかった。
でもそれが叶わないならいっそのこと、夢から醒めるように一瞬で全てが無くなってしまえばいいんだ。
子供がいない今なら間に合う。

そんな絶望にも似た感情と向き合っていたつくしに、司の決意のこもった声が聞こえた。


「そっか。よし、決めた! 俺たちも結婚指輪を作ろうぜ。」

「えっ?」

「二人で話し合って決めるもんなんだろ?お前が言った通り、一生身に付けるものなんだから妥協せずに世界で一つしかない結婚指輪を作ろう。」

「作ろうって、そんな簡単に…」

「NYの最終日に時間を作るから、デザイナーを呼んでオーダーしよう。」


司の顔があんまり輝いたから、つくしはそれ以上固辞することはできなかった。










食事を終え、片付けをし、また別れの時だ。


「じゃ、帰るね。あまり根詰めないようにしてね。」

「ああ。なぁ、」

「ん?」

「今夜、起こしてもいいか?」


スラックスのバックポケットに両手を突っ込み少し照れたようにつくしを見下ろす顔は心なしか赤い。
司の発言の意味するところに気づいたつくしも、頬を赤らめた。


「いいけど、睡眠も大事だよ。」

「睡眠も大事だけど、アッチも俺にとっては大事だ。」


もう返す言葉がなく、つくしは恥ずかしさから司を見ずにドアを向いた。


「わ、わかった。じゃあね!」


そうしてつくしたち一行は社屋を後にした。








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2020.07.10
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| 2020.07.11(Sat) 00:11:15 | | EDIT

司様、お気持ちをお伝えになるのがおヘタクソでございましたが、最近は喜ばしい事に、ちょっとお進歩されておられます。
このまま、つくし様の御心を掴み取ってくださいまし。カオカオ

| 2020.07.11(Sat) 11:55:24 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

チェリー 様

コメント、ありがとうございます!
今回の司はピュアだし、つくしもいつもよりも甘える女になれてます。
だからあと一歩ですよね。
幸せはすぐそこに!

nona | 2020.07.14(Tue) 22:14:04 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

カオカオ 様

コメント、ありがとうございます!
自分勝手なボンボンが、愛を知って思いやる心が芽生えました。
後一歩はつくしに納得させることですね。
坊っちゃんなら必ずや勝ち取ってくれるでしょう!

nona | 2020.07.14(Tue) 22:15:53 | URL | EDIT