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オフィスで複数のデスクトップを見比べながら、今日何度目か、司の手が止まった。
その度に、今朝のつくしの言葉を思い出して落胆が深くなる。


まさかあいつがあんなに拒否するとは思っていなかった。
つくしも早く俺の妻として認められたい、世間に披露してほしいと思ってると思ってた。
俺と結婚したんだから、後継を産むことだって納得づくだと思っていたのに。
やはり最初が不味かったのか。
俺の身勝手で避妊薬を飲ませて、あいつの覚悟を挫いたんじゃないだろうか。

…そうだ、初夜に後継者を産むことが俺たちの義務だ、それを果たそうとあいつをその気にさせて俺を受け入れさせたのに、事が終わればまだ妊娠するななんて、矛盾もいいとこだ。
あれであいつはその気を失ったのか…?


司の意識の根底にはすでに「子供」はつくしとの愛の証だという認識があった。
だから落胆したのだ。
しかし司の表層意識はまだそのことに気付いていない。
それは今まで生きてきた自分の感覚とはあまりにもかけ離れた認識だったからだ。
だから考えても考えても答えに辿りつかない。
辿りつかないから見当違いの方向へ答えを見出していた。

やはりもっとつくしと話し合う必要を感じた司は、早く帰るためにさっさと仕事を片付けようと再び画面に集中した。

そこにノックの音がした。
菱沼が来たのだと思い、司は「入れ」と合図したが、入ってきたのは菱沼ではなかった。


「司ー! 久しぶり!」

「姉さん!?」

「だーかーら、昔みたいに姉ちゃんって呼べって言ってるでしょ!」


入ってきたのは椿だ。
艶のある長い黒髪をたなびかせ、司に似た面差しながら、その内面の天衣無縫であり豪放磊落な様が表れた顔には明るい笑顔を浮かべていた。
司は思わず立ち上がってデスクを回り、椿の正面に立った。


「いきなりどうしたんだよ。来るなら言えよ!」

「予告なんて面白くないじゃない。お買い物しようとNYに来たんだけど、お父様があんたがつくしちゃんを連れてきてるってって教えてくださってね。可愛い妹に会いたくて。で、彼女はどこ??」


椿はわざとらしく遮るもののない広い室内を見渡した。


「あいつはマンションだ。」

「なんでよ? オフィスに同伴すればいいでしょ。それとも、仲悪いの?」

「悪くねぇよ! なんで俺の仕事に付き合わせなきゃなんねぇんだよ。ンなのあいつはつまんねぇだろ。」

「そうかなぁ? 男が仕事する姿っていつもより5割はカッコよく見えるもんだけど?」

「…ご、5割?」


司の意外な食いつきに、椿はとりあえずつくし探しを中断し、ソファに腰掛けた。


「あんた、ちょっとそこに座りなさいよ。お姉様が結婚生活の先輩として、ノロケのひとつも聞いてあげるわよ。」


司も椿の向かいに腰掛けた。


「ノロケなんてねぇよ。」

「ふーん…で、ちゃんと好きになれた?」


その言葉に弟が赤くなったのを見て、冷やかしたいイタズラ心が湧き上がった。


「そっかぁ、好きになれたか。よかった、よかった。それで数日離れるのも辛くて連れてきたってわけ?」

「親父と同じこと言うんだな。」

「で、彼女はあんたのことどうだって? 好きだって?」


しかし今度は弟が青くなり、新婚さんをからかってやろうとしたイタズラ心は鳴りを潜め、今度は世話を焼きたい姉心に火がついた。
先ほどまでの軽い調子を抑え、優しく問いかけた。


「どうしたの? つくしちゃんはあんたを嫌ってるの?」

「嫌っては…ない…はずだけど…」

「はず? 本人に聞いたの?」

「いや、聞いてない。」

「聞いてない? 好きだって言ったのに返事がないってこと?」

「言ってない。」

「は…?」

「好きだなんて言ってない。わざわざ伝えてない。」

「はぁ??? なんで言わないのよ! わざわざって、言わなきゃ始まんないでしょ!?」

「? 夫婦なんだから言わなくてもわかるだろ。」


キョトンととぼけた司の表情に、眉を釣り上げた椿は開いた口が塞がらないという顔をして、ボフッと背中をソファに預けた。


「意味わかんない。言わなくてどうして伝わると思ってるの? 現にあんたはつくしちゃんの気持ち、わかってないじゃない。」

「あいつも俺が好きだと思うけど。」

「じゃ、なんでさっき顔色が変わったのよ。」

「それは…」


椿に相談すべきか数秒、考えたが、むしろこれほど適役はいないと感じ、司は打ち明けることにした。


「親父から早く子供を作れと言われて、それをつくしにも話したんだが、拒否られた。」

「子供!?…あー、そっか。シキタリのためね。」

「ああ。俺に日本本社の社長就任の話があって、でもそのためにはつくしの披露目が先だから、その披露目のためには子供が必要だってことになって。まあ、後継をもうけるのは俺たちの義務だからな。遅かれ早かれ時期は来ることだし。」

「あんた、まさかそのままをつくしちゃんに言ってないわよね?」

「社長就任のことは言ってない。」

「のことは? じゃ、それ以外は言ったの?」

「言ったけど?」

「必要だし、義務だって?」

「ああ、言ったな。」


「それが何か?」と言わんばかりの司に椿は思わず天を仰ぎ、頭痛までする気がして額に手を当てた。


「そりゃ拒否反応も出るでしょ。あんたまさか、拒否された理由がわかんないとか、言うんじゃないでしょうね!?」

「理由は、きっと、」


司は椿から顔を背け、俯いた。


「なに? なによ!」

「…初夜からあいつに避妊薬を飲ませてたんだ。」

「避妊薬!?」


司はため息をついてバツが悪そうに顔をしかめた。


「すぐに妊娠したんじゃツマンネェからさ。その…飽きるまで抱きたくて、それで…」

「バ、バッカじゃないの!? あんたの快楽のためにつくしちゃんにピルを飲ませてたって言うの? 彼女から飲みたいって言ったんじゃなくて、あんたが無理矢理!?」

「べ、別につくしだって嫌がってなかったし、今朝だって、子供の話したらまだ欲しくないから飲むのをやめたくないって言ってたし。」

「あっ……んもう! 呆れて言葉が出ないわよ! どこから叱っていいのかわかんないくらいやらかしてるわね、あんた!」


司の顔色が今度はサーッと白くなった。
こんな時なのに、弟の百面相に椿は笑ってしまいそうだ。


「やらかしてんのか? 俺はなにをどうやらかしてんだよ。やっぱ初夜にあいつの覚悟を挫いたのがダメだったのか?」

「あのね!………いや、まぁあんたの立場や育ってきた環境から言えば、あんたが悪いとは言い切れないんだけどね。つくしちゃんは一般人だったわけでしょ? やっぱり私たちとは感覚が違うのよ。」

「どう違うんだよ。」

「そうね、一般の人はさ、大多数が恋愛関係を経て結婚するわけよ。つくしちゃんもきっとそれが普通だと思ってたと思う。」

「でもあいつは俺と結婚したんだ。俺にとってそれは普通じゃない。」

「最後まで聞きなさいよ。そうやって恋愛から結婚した人はね、子供も愛し合ってるから欲しいと思うんですって。」

「…好きなヤツの子供が見たいってことか?」

「そうね。女性なら「この人の子供が産みたい」って感情が自然と湧いてくるのよ。でも私たちは、子供をつくることは愛情云々じゃなく義務で責任だと教えられた。逆に言えば、私たちにとって子供は愛情とは切り離された存在ってわけよね。その感覚をつくしちゃんに求めるのは酷だわ。」


椿の言葉に、司は考え込んだ。
夫婦になれば妻への愛情は自然と芽生えると教えられ、実際にその通りだった。
しかし子供に対する愛情について教えられたことはない。
子供は常に道明寺家跡取りとして義務や責任という言葉でしか表されなかった。
だから自分に嫁いだつくしも当然、その義務や責任について自覚していると思っていた。
なのに今朝はその自覚が感じられなくて腹が立った…と思っていた。
が、違ったのだ。

つくしの拒否は即ち司への愛情がないことを示していた。
だから自分は落胆し、腹が立ったのだ。
司はようやく自分の心に生じた歪みの正体を掴んだが、それは新たな苦悩への誘いだった。

司は膝に腕をかけて俯いた。


「つまりあいつは、俺を愛してないと…そういうことか…?」

「そう答えを出すのは性急なんじゃない? そもそもあんたが愛情のカケラもない言葉で妊娠を迫ったんでしょ? 彼女が拒むのも当たり前よ。」


司は顔を上げた。
その目には一筋の希望を見つけたような小さな光が宿った。


「じゃあ愛情があればいいんだろ? 俺が好きだって言えばあいつも子供を作ろうって気になるんだな?」

「それもちょっと違うんじゃない?」

「どこがだよ。」

「なんかそれじゃあまるで子供が欲しいから口先だけって気がする。きっと見透かされるわよ。それにあんただけの一方的な愛情じゃなくて、つくしちゃんもあんたが好きで、だからあんたの子供を産みたいと思えるようにならなきゃダメなのよ。」

「そんなこと、俺にどうしろってんだよ!」

「子供のことはちょっと置いときなさいよ。それよりも、あんたたち二人が愛情を確かめ合うのが先よ。ちゃんとつくしちゃんの喜ぶようなシュチュエーションを整えて、男らしく気持ちを伝えなさいよ。」

「今更かよ。俺としては伝わってると思ってたんだがな…」

「思ってた、じゃなくてハッキリと、よ。ロマンチックな雰囲気でさ、プレゼントでも渡しながらさ、キュンとくるような言葉でさ。」


胸の前で手を組み、ウットリと陶酔する椿に、司は顔をヒクつかせた。


「…ハードル高くね?」

「あっ、そうだ、指輪、指輪よ!」

「指輪? 道明寺家の夫婦は結婚指輪をしないのが慣例だろ。」

「でもお父様たちはしてるわよ。」

「あれはこっちの文化を慮ってだろ。」

「バカね。お父様はもっとロマンチストなのよ。記念日にお母様と交換し合ったっておっしゃってたわよ。それにつくしちゃんの感覚からしたら夫婦は指輪をするのが普通だろうから、きっと喜ぶと思うけど。」


司はふと思い出した。
結婚して初めてのデートで行ったジュエリーブティックで、つくしは結婚指輪のラインナップに見入っていた。
そうか、本当はあれが欲しかったのか。


「わかった! 指輪だな。俺たちだけの完全一点ものを作らせる。」

「そうしなさい。そうと決まれば私の出番ね! ちょっとつくしちゃんとお買い物してくるわ。」


そう言って颯爽と立ち上がった椿の耳に、「つくしを振り回すなよ!」という司の声はもう届かなかった。









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2020.07.07
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