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肩を軽く揺すり、名前を呼びかけながら髪を撫でていると司の瞼がゆっくりと持ち上がった。


「ん…つくし…」

「おはよ。朝だよ、起きて。」


司の目覚めと共に現れた瞳はボーッと宙を彷徨い、やがてつくしに焦点を定めた。
そして長い腕を伸ばしてまたつくしを抱き寄せた。
つくしも今朝はそれを期待していた。
岡村に巻いてもらった髪が乱れても、ブランド物のブラウスにシワがついても、好きな人の腕に包まれたかった。
だから司の腕の中でその身に寄り添った。


「今朝は素直だな。」

「ん…司…いい匂いがする…」


肌に直に抱きしめられて、香水を纏う前の司自身の匂いをつくしは深く吸い込んだ。


「そうか? 汗臭くないか?」

「全然。司ってさ、すごく男性的なのにそういう男臭さってないよね。いつもいい匂いだよ。」

「欲情するか?」

「は? な、なんでよ、しないわよ!」

「俺はする。お前の匂いですぐにシたくなる。今もすげぇシたい。」

「ダメだよ!」

「ククッ…シねぇよ。我慢するから。」


つくしは司の腕の中から起き上がり、上から司の顔を覗き込んでチュッと頬に軽く唇を当てた。


「ほら、これで起きられるでしょ。」

「お前な…可愛いことするから今ので別のが完全に起きたじゃねぇか。」

「へっ…やだ、何言ってんの!」


司が伸ばした手がまたつくしの腕を掴んでベッドに引き摺り込もうとする。
それをつくしは必死で拒んだ。


「もうっ、ダメだって!」

「じゃ、一緒にシャワーしよ。」

「甘えてもダメ!」

「チッ」


ようやく上体を起こした司から、つくしは距離をとって一歩引いた。


「そんな気分にならないよ…岡村さんから聞いた。ピルを飲むなって?」

「あ?…ああ、もう飲まなくていい。」

「なんで?…まさか、子供がほしいとか?」


司はベッドの上で髪をかき揚げ、フゥーと息をついた。


「それだけじゃねぇけど、でもきっかけはそれだな。本当はまだ2人でいたいけど親父に言われたんだ、お前を守るためにも早く子供をつくれって。」

「お義父様が? あたしを守るためって、なんで?」


つくしはもう一度ベッドサイドに腰掛け、顔だけをヘッドボードにもたれる司に向けた。


「お前を俺の…道明寺次期総帥夫人として公に認めさせるためには披露目が必要だが、そのためには子供が産まれないといけない。子供が先なのは後継者がどうのこうのと言ってくる世間からお前を守るためだと言われた。」

「そんな…」

「でも、それを抜きにしてもお前は子供が欲しくないか?」


おもねるような司の声に、つくしは困惑した。
なんと答えていいのかわからなかったからだ。
「子供」という存在をいつかは産みたいとは思っている。
好きな人と結婚して、幸せな家庭を築くのに子供の存在は当然、想定されている。
だから「欲しいか?」と問われれば「いつかは」というのが正直なところだ。
しかし司の問いかけは「今、司の子供」が、という意味だ。
それについては「必要だから」という理由では欲しくないし、そもそも「司の子供」を自分が産むとか産みたいなど考えたことがなかった。
だからつくしは正直に答えた。


「子供ってものをいつか産みたいなとは思ってる。だけど、それが今かと言われたら今はその気になれない。それに…」


それに子供なんで作ったらもう後戻りできないじゃん…と、言葉が出そうになったが、さすがにそれを今言うのは憚られてつくしは言葉を切った。


「「それに、」なんだ?」


思いの外、低い声が聞こえて、つくしはギクッと肩を震わせた。
なんと答えるべきか。
司と一緒にいたいという思いと、この夢はいつか醒めるという矛盾した二つの思いが今でも常につくしを翻弄していた。
司が好きなのに、執着されるのが嬉しくて仕方ないのに…いや、だからこそ、こんな幸せが長続するわけがないと思ってしまう。
いつかは本物の道明寺若夫人が現れて、代理生活は終わりを迎える。
そんなイメージが絶えずつくしにつきまとっていた。


「とにかく、あたしたちまだお互いをよく知らないでしょ? 知り合ったのと結婚したのが同時だし、夫婦って言っても別棟で暮らしてるし。だから、その…子供はまだ早いんじゃない? もう少しお互いを知ってからの方がよくない?」


つくしは出来る限り穏便に微笑みながら答えたつもりだったが、実際には視線が泳ぎ、どうにかこの話題を終わらせたいという心情がありありと浮かんでいた。
その様子を司は拒否と捉えた。
お互いをもっと知ろうという提案も、子供を回避するための詭弁だと結論づけた司の中には深い落胆が広がった。

これまで司にとって我が子とはもれなく道明寺家の後継者であり、この血を継ぐ存在だった。
それ以上でもそれ以下でも、他の意味を持つ存在でもない。
ただ、道明寺司として、人生で達成しなければいけないミッションのひとつに過ぎなかった。
しかし昨日、偀に言われてから改めて『子供』という存在について考えたとき、なぜか心に温かいものが生まれたのだ。

だが司は、まだ自分の中の変化に気付いていなかった。
だからこの落胆の正体がわからない。
わからないから正体不明な落胆はいとも簡単に怒りに変わった。
自分の立場も、課せられている責務も理解しないつくしの無責任さに強い不快感が湧いた。


「お前、自分が誰と結婚したか忘れてんじゃねぇだろうな。」

「え?」


つくしは逸らしていた顔を司に向けた。


「お前は道明寺家、それも本家の後継者である俺に嫁いだんだぞ。このままだとお前を公の場に連れ出せない。この前みたいな俺の私的な場だけじゃなく、お前はいつでも俺に同伴する立場だ。それには披露目が必要で、披露するためには子供が必要だ。これはシキタリなんだぞ。」


シキタリの言葉につくしの顔色が明らかに変化した。

シキタリ…何をするにもこれが立ちはだかる。
本来、愛情の果実であるはずの子供さえ、シキタリの前には産物のようだった。


「シキタリ…そう、シキタリだったね。でもつまり、子供ができなきゃこのままでいられるってわけでしょ? あたしは公の場になんて出なくていい、出たくない。だから子供もいらない。よってピルも止めない。」

「お前、何言ってんだ! そんなワガママ通用するわけねぇだろ! 次の代をもうけることは俺たちの義務だ。なら早く済ませた方がいいだろ!」

「っっ!」


言いたいことはあった。
でも理解してもらえるとは思えない。
いや、欲しいのは理解ではなく、同じ気持ちだった。
だから余計に言葉にしたくなかった。
それは言葉で求めるものではなく、司の中から自然と湧き出てほしいものだからだ。
だが『義務』や『済ませる』という言葉を使った司からその気持ちは感じられない。

わかっていたことじゃんか、とつくしから苦笑が漏れた。
司にとってつくしは今一番お気に入りのオモチャ程度の存在で、妻として、女として愛されているわけではない。
そんな関係で子供なんて考えられないと、つくしは話は終わったとばかりにため息をついて立ち上がった。


「とにかく、あたしはまだその気にはならない。だからピルを止めるのを命令するのはやめて。」


ゲストルームを出て行こうとするつくしの背中に司は独り言のように呟いた。


「俺は欲しい。俺たちの子供が見てみたい。…お前はそう思わねぇ?」


つくしは振り向かずに答えた。


「子供って、そんな好奇心でつくるものじゃないよ。」


そしてつくしは出て行った。








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2020.07.06
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| 2020.07.06(Mon) 17:30:32 | | EDIT

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| 2020.07.06(Mon) 18:02:51 | | EDIT

Re: タイトルなし

みー 様

コメント、ありがとうございます!
そうなんですよね〜、つくしが意地っ張りと言うのはよく知られたことですが、実は二人とも不器用なんですよね。
つくしは何かを思い込んでるし、司は恋愛初心者でこんなものだろうと思ってるし。
でも必ずや二人を幸せにします!

今年の梅雨の雨はしつこいですね。
うちは大丈夫です。
九州の方々が心配です。

nona | 2020.07.11(Sat) 16:58:38 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

瑛里 様

コメント、ありがとうございます!
不器用に加えて、互いの思惑がすれ違いなんですよね。
実は愛し合ってるのに、夫婦という枷のためかそれが通じ合わない。
どっちも純粋だからかもしれません。

数々のシキタリは必要なことなんですが、それでも二人の幸せにつながらないものなら撤廃して欲しいですね。
現実と理想の間で二人がどこまで覚悟を持てるかがポイントかな。

nona | 2020.07.11(Sat) 17:02:13 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

コメント、ありがとうございます!
泣かせちゃってごめんなさい。
坊っちゃんもつくしもお互いを好きなのに、その思惑がいまひとつ噛み合ないんですよね。
お互いに明後日の方向に向いてるというか。

司はスタートしてかなり先まで進んでいるのに、つくしはまだスタートラインをうろうろしてるって状況かな。
そりゃ見えてるものが違いますよね。


シキタリは決められたのが古いのばかりなので、あまり現代にはそぐってないんですよね。
そこのところをこれからどうするのか?ってのが課題ですね。

nona | 2020.07.11(Sat) 17:05:59 | URL | EDIT