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つくしのリクエストで一行がやってきたのはチェルシーだった。
この界隈は多くのギャラリーがあり、最先端のアートを世界に向けて発信している反面、ニューヨーカーの生活を彩るマーケットや庶民的なレストランが軒を連ねている。
つくしの表情は5番街を回っていた時よりも明るく、窓に張り付いて食い入るように景色を眺めていた。


「そうそう、私、ニューヨーク初めてなのでこういう所に来たかったんですよね! あっ! あれ可愛い!」


司への報告はすでに諦めた森川は、自分たち側に近い感覚を持つつくしを苦笑をもって眺めていた。


「ご興味を引くものがあれば仰ってください。車を止めて見学いたしましょう。」


岡村に言われつくしが車を止めさせたのはチェルシー・マーケットだった。
つくし、森川、岡村に後続車から降りてきたSPが加わり5人となった一行は、大物にも慣れているニューヨーカーの目を引きながらマーケットの中に足を踏み入れた。 


「うっわっ!」


そこは大きな工場跡の建物の中に様々な専門店が軒を連ねている屋内型の市場のようだった。
特に目を引くのは飲食店だ。
サンドイッチ、チーズ、チョコレート、中には寿司バーもある。
そのどれもがいかにもアメリカ的なイメージにピッタリの店構えで、商品が大胆かつ華やかに陳列されていた。


「すごいっ! 楽しい!! あ、あれ美味しそう! あれも!」

「奥様、お声が大きいようです。少しお控えください。」

「森川さんは何がお好きですか?あっ! ロブスターですって!! 食べていいですか?」


急に走り出したつくしを残された4人が追いかける。
森川は、こんな時こそ島田にいてもらいたいと思った。
つくしのパワーは岡村では到底、抑えることができないのだ。
英語だけは流暢に操れるつくしは、早速、店員とコミュニケーションを楽しみ始めた。





食べ物の専門店にひとしきり興奮した後は、女子の大好きな雑貨屋巡りだ。


「あれもこれも可愛いものがいっぱい!この『チェルシーマーケット』のロゴのトートバッグはお土産にしようかな。」

「お、奥様、それは道明寺夫人が持つのに相応しいとは…」

「どうして? 可愛いですよ? 安いし。」

「安さを判断基準になさるのはいかがなものかと…」

「なんだか森川さんて島田さんに似てきましたよね。」

「え!?」


つくしは唐突な指摘に愕然としている森川の横をすり抜け、もうさっさと次のターゲットに向かっていた。


「これ、『Bento』?…あ!お弁当のこと?」


つくしが手にとったのは縦20センチ、横30センチ、深さは6センチほどのステンレス製の容器だった。
陳列の表示からはどうやら弁当箱のようだったが、日本のものと違うそれは、蓋と本体が蝶番で一体となっており、本体の料理を入れる部分が窪んでいる。
その窪みは様々なサイズで分かれていた。


「へー、こんなお弁当箱初めて見た。おかずを入れるところがそれぞれ独立してるんだ。味が混ざらなくて、これいいかも。」

「気に入ったのでしたら購入されますか?」


遠くから見守る森川に対して、つくしのそばにピタリと付き従う岡村が柔和な笑顔を向けた。


「はい! 自分用と、実家の母にもお土産にしようと思います。サイズもいろいろあるので何種類か。」

「それでしたら今度、このお弁当で旦那様とお庭でピクニックもよろしいかもしれませんね。」

「え…、旦那様とですか?」

「? ええ。」


つくしはお弁当を持ってピクニックが好きだ。
それは、実家では常に経済的逼迫に直面していて、他にレジャーと呼べることがなかったからだ、というだけではない。
青空の下で家族や友人と食べる弁当は格別だと感じるからだ。


「でも、旦那様が冷えたお弁当を食べるところなんて想像つきませんけどね。」


つくしはそう言って少し切なげに笑った。


「奥様はお料理はなさいますか?」

「あ、はい。します。ずっと自炊してましたし、実家にいる頃も夕食は母と当番制にしてたので。」

「それならかなりの腕前なんですね! 旦那様は奥様のお手料理ならお弁当でも召し上がると思いますよ?」

「私の手料理…ですか…?」


まさかそんなことは半信半疑だった。
しかしこの時ふと、司の食事のことが気になった。
今朝はコーヒーだけだった。
そして今夜はさらに遅くなると言っていた。
かなりの忙しさだが、しっかりと食事をとっているだろうか。


「司…ちゃんと食べてるかな…」


ポソリとこぼれた呟きを聞き逃さなかった岡村は、なにかを閃いた顔をして、つくしの手を取った。


「奥様、それでしたら今からでも旦那様にお弁当をお届けしましょう!」

「へ!? 今から? お弁当を?」

「そうです! きっとお喜びになられます!」

「え!? ええ??」


岡村に手を引かれ、その特徴的な弁当箱とそれを入れるランチバッグを何種類か購入してから、今、企てた計画に驚愕する森川を伴って一行は帰路についた。




***




リムジンの中で森川から菱沼に連絡をとってもらい、司のスケジュールを確認した。
今夜は社外に出る予定はないという返事で、つくしが食事を差し入れることが決まった。


『奥様が食事を?』

「ええ。岡村の提案なのですが、奥様は旦那様のお食事のことを気にされておられまして。いつもどうなさっていらっしゃいますか?」

『NYでは会食ってものがないですからね。それにお忙しいので専ら社内で済ませています。メープルの厨房から軽食をデリバリーしてもらってますね。』

「それは温かいものを?」

『ええ、そうです。まぁそれも食べたり食べなかったりですけどね。いらっしゃるなら今夜はメープルをキャンセルしますよ。20時ごろに少し休憩を入れておりますがその時間でよろしいですか?』

「わかりました。旦那様には秘密にしてください。まだどうなるかわかりませんので。」

『えー、そうですかぁ? 聞けば仕事が捗りそうなのになぁ。』

「むしろ手につかなくなるんじゃ?」

『ハハハッ、それもあるかもしれません。ではまた。』


通話を終え、森川は今日何度目かの深いため息をついた。
司はきっと喜ぶだろう。
そして明日以降も期待するに違いない。
つまり一度、食事を届け始めたら、そのたびにつくしに会えることに味をしめて事あるごとに要求してくるのが目に見えている。
もしかして帰国してからも!?

森川は、いずれかのシキタリに抵触しやしないかと思いを巡らせた。








途中で日系のスーパーに立ち寄って買い物をし、ペントハウスに戻るなりつくしと岡村は道明寺邸から呼び出したシェフと共にキッチンに立った。


「では、奥様を中心にしてに作っていきましょう。もちろん私もシェフも手伝いますので。」


メイド服に着替えた岡村がメニューを前にしてつくしに告げた。


「あの、やっぱりこれって無謀じゃないですか?」


あのブランドはエプロンまで作っていたのか!とつくしが驚きを通り越して感心した有名メゾンのシンプルなエプロンを身につけたつくしは、困惑顔で岡村に向いていた。


「どうしてですか?」


岡村は柔和な表情を崩さない。
島田の正直な厳しい表情に慣れたつくしには、むしろこちらの優しい顔の方が落ち着かなかった。


「だって、そもそもお仕事中に押しかけたら迷惑かもしれませんし、それに私を中心にって、旦那様の味の好みも知りませんし、よしんば味はシェフに決めていただいたとしても、私が作れるものなんて庶民のそれですし、見栄えだって旦那様が普段、召し上がっているものに比べれば、」

「奥様!」

「はい?」

「そんなことはどれも旦那様にはどうでもいいことです。奥様が会いに来てくれたとなればお仕事中でもお喜びになられますし、それに自分のために料理をしてくれたという事実だけでも旦那様はきっと嬉しいはずです。それに、旦那様を幼少から存じ上げておりますこの岡村はわかります。奥様なら大丈夫です。きっと美味しいと仰ってくださいますわ。」


なにを根拠にそんなことを言うのかつくしには全く理解不能だったが、司を子供の頃から見てきたという言葉には説得力があった。


「わ、わかりました。じゃ、頑張ってみます。でもやっぱり冷えたものじゃなく、出来る限り温かいものをお届けしたいと思います。」

「わかりました。その点は配慮いたします。」


そこから料理が始まった。
NYの邸のシェフからアドバイスや手助けをしてもらった料理とつくしだけのオリジナルを一つということで玉子焼きを添え、温かいものと冷たいものを分けた豪華なランチボックスたちが出来上がった。


「できました!」

「素晴らしいです! 早速、お届けしましょう。」


時刻はすでに19時を回っていた。
シェフに別れを告げ、森川にSPも伴い、昼間と同じメンバーは再びペントハウスを後にした。








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2020.07.03
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