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道明寺NY本社ビルの司は偀のオフィスにいた。


「報告は以上です。」

「いいだろう。順調なようだな。帰国は月曜日だったか?」

「はい。」

「つくしさんは元気か?」

「元気です。今回はNYに同行しています。」


執務机で複数のPC画面に向かって司の話を聞いていた偀は、今日、初めて司に顔を向けてクッと皮肉な笑みを見せた。


「10日間も離れているのが寂しかったか?」

「そういうわけではありませんが、成り行きです。」

「成り行きねぇ。後が辛くなるのに…」

「え?」

「いや。で、楓に聞いたが、バカンスは取れそうなのか?」


ソファに腰掛ける司は、テーブルの書類にポンとペンを投げた。


「取れませんよ。社長にもっと頻繁に帰国していただかないと。」

「そのことだけどな、お前に日本を全面的に任せる計画がある。」

「全面的!?」


疲労を感じ、眉間を押さえていた顔を偀に向けた司の表情は驚きを表していた。


「そう、将来、お前が総帥になれば全グループを掌握する。その前の力試しだな。好きなようにやってみればいい。俺も楓も一切、干渉はしないし、もちろん、手助けもね。」


自分の父親と言えども食えない男だと感じさせる偀はデスクに肘をついて手を組み、決して瞳の奥が笑うことはない目を細めた。
ゴクリ…と司の喉が鳴った。
最近では偀と楓の影響下で過保護な仕事をすることにかなりのジレンマを抱えるようになっていた。
特につくしと結婚し、世田谷の主人となってからはその違和感は大きくなるばかりで、仕事においても早く一国を掌握したかった。


「望むところだ。助けなんていらねぇよ。」

「ハハッ、楽しみだ、と言いたいが、任せる時期については未定だ。」

「は!?」


司は立ち上がり、偀のデスクに詰め寄った。


「未定ってそれは俺が力不足だからってことか!?」

「違う。お前が日本本社社長に就任するなら、つくしさんをお前の妻として世間に披露するのが先だ。」

「披露って…披露宴をして、つくしを公表しろってことか? でも、それは、」

「そうだ。そのためにはお前たちに子供が産まれなければならん。」

「子供は、俺はまだ考えてない。もっとつくしと二人で過ごしたい。」

「好きにすればいい。が、日本本社社長の妻が正式に世間に認められていないなんてのは看過できない。よって時期は未定だ。」

「だったらすぐにでも披露目をする。文句ないだろ」

「それは駄目だ。あのシキタリを破ることは俺が許さん。」

「なに言ってんだよ。俺の妻はあいつしかいない。そもそもあんたらがあいつがいいって連れてきたんだろ!? だったら子供なんて関係なく顔でも名前でも公表すりゃいいだろ!」

「司、お前にはあのシキタリの本当の意味が理解できていないんだな。」

「本当の意味?」


『妻の披露は第一子誕生後であること』


「あのシキタリを単なる封建主義的男尊女卑時代の残滓だとでも思ってるんじゃないだろうな?」

「……子供を持たないという選択肢が俺たちにあるとは思ってない。でもその時期を規定するのは時代遅れの錆び付いたシキタリだと思ってる。」

「フッ…ハッハッハッハ! 随分とはっきり言うようになったじゃないか。つくしさんはやはり俺が見込んだとおりの女性だったな。」


偀は立ち上がり、窓辺に寄った。
人を形づくる遺伝子は父と母から半分づつ分けられるはずだとすれば、偀から与えられた遺伝子は大半を容姿の形成に費やされたのだろうと司は思った。
撫でつけた髪はウェーブを描き、年齢を超越した肉体にはその美しさに隙なく沿うスーツを纏い、司より少し歳を取った顔には余裕のある笑みが浮かぶ。
しかし司が本当に欲しいのは父のそのメンタリティであり、能力だ。
カリスマ…父を超えるそれが欲しかった。


「俺は前に言ったよな? シキタリを守るも破るも後世への責任が生じる、と。そんな数々のシキタリを今も守るのは何のためだと思う? 道明寺家の存続と繁栄、そして一族の守護のためだ。」

「守護…?」

「お前の妻として、つくしさんの務めのひとつは後継者を産むことだ。お前の血を継ぐ子を産む。それがつくしさんが成さねばならない最大の責務だ。」

「それはわかってる。だから俺だっていずれはと思ってるさ。」

「甘いんだよ!」

「っ!!」


先ほどまで微笑を浮かべていた顔に、いまは黒豹が取り憑いていた。
司を睨みつける目は政敵を見るかのようなそれで、心の奥底まで見透かすかのようなその視線から逃れたいのに身動きできなかった。


「披露目を先にしたとして、道明寺家当主の妻にのしかかる後継者誕生の重圧から、お前はどうやってつくしさんを守るつもりなんだ? 道明寺司の妻だと公表されれば行く先々、会う人毎に言われるんだぞ。「後継者はまだか?」「妊娠は?」と。だから子供を産まないうちは妻を隠し、守る。あのシキタリの意味はそれだ。」


それは思ってもいない解釈だった。
あのシキタリにそんな意味があったのか?
むしろ子を成さないうちは受け入れないといような排他的なシキタリだと思っていたのに。

偀は窓辺から離れ、デスクの前に佇む司に寄った。
そしてその肩に手を置いた。


「司、つくしさんを愛したのなら道明寺を守ることの次に、彼女を守ることがお前の務めだ。彼女が子供を望まないのならお前の愛し方が足らないせいだし、お前が望まないのならお前の自覚が足りないんだ。どっちにしろ、そんな男に一国は預けられん。だがな、司、俺はお前に、俺以上の能力があると見込んでる。なんせお前には楓の血も流れてるんだからな。だから早く俺に追いつけ、追い越してくれ。」


それだけ言って偀はデスクに戻った。
司は考え込んだ顔をしていたが、やがて偀のオフィスを出た。




***




グランド・メープル・ニューヨークの2階にあるラウンジ個室でつくしはチーズケーキを前にして深く感嘆していた。

何、この芸術品は!

それは白い皿にチョコレートでメッセージが、ラズベリージャムとミントソースで花が描かれ、その中央に色付けされた生クリームで咲き誇るバラの花が乗ったベイクドチーズケーキが鎮座していた。


「美味しそう!」

「…お気に召していただけてよかったです。」


つくしの向かいに座る森川は、使用人人生で経験したことのない妙な緊張感と戦っていた。
なぜなら、森川の前にも同じ皿が給仕されていたからだ。
提案はしたが、もちろんつくし一人で食べるものと思っていたのに、「みんなで食べましょう? その方が美味しいから。」というつくしの言葉で3人でテーブルを囲んでいる。
主人と同席するなどあり得ない、あってはいけないと変な汗が額に浮かぶのがわかった。
しかし同じ皿を前にしている隣の岡村はクスクスと笑っていて、女というのはつくづく神経の野太い生き物だと森川はそちらのほうに感嘆した。


「さあ、いただきましょう!」


つくしの言葉で森川も岡村も「いただきます」と手を合わせた。
だが、さすがにつくしより先に手を付けるわけにはいかない。
つくしが一口目を口に運ぶ様子を二人は注視した。


「美味しーい!! かわいいし、きれいだし、美味しいし、すごいですね!」


ああ、奥様、5番街でもそのくらいの笑顔を見せてくだされば。
このチーズケーキを食べ終わったらどうしよう。
どこの何なら奥様の購買意欲を煽るのか。

とにかくなにか戦果の欲しい森川だったが、つくしの攻略は一筋縄ではいかない。


「森川さん、どうぞ召し上がって。」


悩む森川につくしから声がかかった。
しぶしぶ森川は濃厚なチーズケーキを頬ばった。


「奥様、この後はいかがなさいますか?」


同じくチーズケーキを食べながら、岡村がつくしに問いかけた。


「うーん、、、欲しいものもないんですよね。しかもあんな高級店、敷居が高いっていうか。」


いやいやいや!
あなたは道明寺夫人なんですよ!?
あなたが行かなくて他に誰が行くんですか!?

森川はめまいを覚えて眉間を強くつまんだ。


「でしたら、5番街でなくとも奥様の行きたいところに行きましょう。」


岡村がそう言ってニコリとほほ笑んだ。







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2020.07.02
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| 2020.07.03(Fri) 01:15:56 | | EDIT

Re: タイトルなし

ふぁいてぃ〜んママ 様

コメント、ありがとうございます!
司もつくしもまだどこか子供で、夢見る夢子ちゃん的恋愛をしてるような状態ですが、それを現実に引き戻す役目はやはり父親ですね。
これが恋人未満なら、もっと葛藤があるんでしょうけど、すでに夫婦だってとこがミソですね。

つくしは今回もこじらせてますが、そこがつくしらしいと笑い飛ばしていただけたら有り難いです^^

nona | 2020.07.05(Sun) 23:20:04 | URL | EDIT