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シャワーを浴びた司が濡れた髪をかき上げながらバスローブ姿でリビングに降りてきた。
その後ろにはつくしが唇を尖らせて従っていた。


「着替え出したのに。司はいつもその格好で朝ご飯を食べるの?」


邸から来たメートルがつくしの椅子を引き、森川が司の椅子を引いた。


「ああ、だな。いつもはコーヒーだけだし。」

「朝ご飯がコーヒーだけ? お腹空かない?」

「別に。」

「ふーん…燃費がいいって言うかなんて言うか、よくそれであんな夜中まで働けるね。」


そこに通いの使用人が朝食の皿を給仕する。
アメリカ人のコックの作る朝食は、庶民的と言ってよかった。
皿の上に乗っているのはカリカリベーコン、豆の煮込みとハッシュドポテト、そしてお決まりのサニーサイドアップだ。
それらが皿の面積いっぱいに盛り付けられていて、つくしはなんだか嬉しくなった。
道明寺家の人間相手に気取らないコックの心意気が気に入ったのだ。


「これ、盛りすぎだろ。」


フォークで突きながら顔をしかめる司とは対照的に、つくしは何から手をつけるべきか、ワクワクした気持ちでそれらを眺めた。
それに、テーブルの上にあるのは皿だけではなく、バタートースト、フレンチトースト、クロワッサンといったパンや、数種類のジャム、そして彩のいいフルーツやヨーグルトもあった。
朝からお腹が何個あっても食べきれないと思うほど目移りしていたつくしだったが、やはりまずはバタートーストにサニーサイドアップ、つまり目玉焼きの黄身を乗せて食べることを選んだ。


「おいしっ! このバター、トリュフバターだ!」


つくしと食事を共にするのは2度目だ。
初めて共にしたあの料亭でわかっていたことだったが、やはりつくしは食べることが好きなようで、本当に美味しそうな顔をする。
その顔を見れば、司もなぜだか空腹を感じるような気さえした。
それでも目の前のアメリカ人らしいダイナミックさで盛り付けられた皿に手をつける気にはならず、司はコーヒーを手にした。


「つくし、今日も帰宅は遅くなるだろうから先に休んでていいぞ。」


もちろん本心では起きて待っていてほしい。
ペントハウスでエレベーターを降りて、エントランスの扉が開いて、一番最初につくしの顔を見て、抱きしめてその頬にキスがしたかった。
しかしその欲望は、つくしの顔に差した落胆を見て満たされた。
それは日本でNY出張を告げた時に欲しかった表情だった。


「そっか。わかった。もともとあたしを連れて来る予定じゃなかったんだから、こっちのことは気にしないで。でもご飯はちゃんと食べてね。」

「ああ…悪いな。」

「いいから! あー、今日は何しようかなぁ。」

「5番街でショッピングでもしてこいよ。森川に俺のカードを預けておくから、なんでも好きなものを買え。」

「え…カードならあたしも持たされてるから、いいよ。」


つくしが持っているのは言わばファミリーカードで、司と同じブラックのそれは、結局は司の口座から落ちる。
だからどっちを使おうが同じことなのだが、男にとっては同じではないらしい。


「いいから、俺のを使え! 森川、」

「はい。」

「聞いてただろ。今日は岡村といっしょにつくしに付き添ってやれ。」

「かしこまりました。」

「で、でもあたし、欲しいものとか特にないしっ。」

「見れば気が変わる。」


コーヒーを飲み終えた司は席を立った。


「お前はゆっくり食ってろ。森川。」

「はい。」


司は森川を従え、またメゾネット2階の寝室へ入って行った。









つくしと岡村、そして森川を乗せたリムジンは先ほどから5番街を周回していた。
しかしつくしは一向に車を止めない。
ただ車窓から店店を眺めるだけだった。


「奥様、少しでも目を引く店がありましたらすぐに車を止めますので、どうかご遠慮なさらずに。」


つくしの向かいに座る森川がそう促しても、「ええ、ありがとう。」と言ってつくしはただ景色を眺めるばかりだった。
これでもう何週しただろうか。
旦那様がああ仰ったからには、何か今日の戦利品の報告をしなければならない。
まさかこのまま何も買い物しないで帰ったりしたら、絶対に必ず不機嫌になる。
奥様の興味を惹くものが何か、何かないか??

そう思って森川は隣の岡村に視線を送ったが、昨日今日で代理侍女になった岡村にはつくしの嗜好はわからない。
岡村は戸惑い気味に小さく首を横に振った。

こんな時こそ島田さんがいてくれたらなぁ。
いや、島田さんがいない状況になったからこそ奥様は今、ここにいるわけだからな。
それにしても欲のない方だ。
ブラックカードを渡され、旦那様から何でも好きに買い物しろと半ば命じられたのに、それでも購買意欲が湧かないのか。

その時、つくしがため息をついた。


「あの、森川さん。」

「はい。」

「お店に入ったらやっぱり何か買わないとマズイですよね?」

「は? マズイ?…とは?」


主人が店に入って何も買わないという状況を目にしたことがない森川は、つくしの言わんとするところを瞬時に理解できない。
が、岡村は理解できたようで、森川の一瞬の間をついて口を開いた。


「左様でございますね。道明寺の名の手前、店側に相応の粗相がない限り、手ぶらで店を出るというのは考えづらいですね。」

「ですよね。ハァ…」


つくしがまた車窓に向いたので、森川と岡村は再び顔を見合わせた。

この奥様は、もしかして無駄使いができないタイプなのか?
欲しくもないものを買うことに苦痛を感じるとか?
まさか、そんな女性がいるのか!?
ましてや道明寺当主夫人にまでなり、金だけなら湯水の如く浪費したってなにも咎められない立場なのに。
そもそもこれだけの店構えが立ち並んでいるところで欲しいものが見つからないとはこれ如何に!??
これはますます困ったぞ。
何か奥様の食指を刺激できるものは…

森川は懸命に考えた。
頭の中でこの数ヶ月のつくしの情報を洗い直した。


「あっ!」

「え? 森川さん、どうしたんですか?」


突拍子もなく声を上げた森川につくしも岡村も振り向いた。


「あ、いえ、失礼しました。奥様、そろそろティータイムはいかがですか? この先のグランド・メープルに美味しいチーズケーキを作るパティシエがおりますよ?」

「チーズケーキ!? はい! 行きましょう!」


先ほどまで困り果てた様子だったつくしの顔が一気に明るくなった。

やっぱりこれか。
島田さんが言ってた『花より団子』ってのは本当だな。
とりあえず目的ができてよかった。

一行はグランド・メープル・ニューヨークに進路を取った。








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2020.07.01
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