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菱沼の読み通り、もともとタイトだった司のスケジュールが縮まることはなく、司が帰宅したのは23時をとうに回った時刻だった。
時差ボケまではいかないが、さすがに疲労の濃さは隠せない。


「おかえりなさい!」


それでも起きて待っていたつくしが森川や岡村と共に笑顔で出迎えてくれれば疲れなど吹き飛んだ。


「ああ、ただいま。」


帰ってすぐに妻を抱きしめる。
これ以上の至福があろうか。


「ちょっと、人前だよ。離してって。」


照れて逃げようとするつくしの肩を抱いてリビングに向かう。


「人前って、森川たちしかいねぇじゃん。」

「その森川さんたちの前だって言ってるの。」


交際期間もなく、夫婦らしく暮らしたこともないつくしは、使用人といえども人前でのスキンシップを羞恥心が邪魔をして素直に受け入れられない。
対して使用人は空気のような存在として生きてきた司には、つくしが彼らを気にする気持ちがわからなかった。


「あ、司、先に手洗い、うがいをして。」

「はぁ?」

「外から帰ってきたら手洗い、うがい。これ社会人としての基本だから。」

「聞いたことねぇ。」


と、司は森川に振り向いた。
森川は奥様に従ってください、という視線を寄越した。


「チッ、どうせすぐにシャワー浴びるのに面倒くせ。」

「いいから、ほら!」


つくしはリビング手前のパウダールームの扉を開けた。
そこにはハンドウォッシュとうがい用のグラスが置かれていた。


「旦那様、これが結婚というものです。」


森川の言葉に、司は渋々従った。








「旦那様、それでは私どもはここで。おやすみなさいませ。」


2階の寝室の入り口で森川と岡村はそう言って礼をした。


「は? 俺の着替えは?」

「それは大丈夫! 昼間、森川さんから教えてもらったから。お二人、お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね。」

「はい、奥様、ありがとうございます。明日は朝8時半に迎えが参りますので。」

「わかりました。」


つくしが笑顔で階段を降りていく二人を見送った。


「お前が森川の代理をするのか?」


寝室に入りながら司は機嫌の良い妻に問いかけた。


「うん、そう。クローゼットが寝室の中にあるでしょ? 森川さんが、今回はあたしが同行してるから自分はあまり入らない方がいいんじゃないかって仰って。それでいろいろ教えてもらったの。ほら、上着脱いで。」

「そんな、使用人のマネなんてしなくていいじゃねぇか。」

「失礼ね。使用人のマネじゃなくて、「本物の夫婦」ごっこよ。」


つくしは司に手渡されたジャケットを森川に教わった通り、ランドリースペースに掛けた。
ここに収納されたものは翌日、ランドリーやクリーニングに回されることになっている。


「本物の夫婦『ごっこ』?」

「そう。日本では味わえない、一般人の夫婦みたいに過ごすこと。ずっとじゃないし、全部じゃないから『ごっこ』。」


この言葉が司は腑に落ちない。

『ごっこ』ってなんだよ。
まるで俺たちは本物の夫婦じゃないみたいじゃん。

しかしそんな違和感も、つくしの一言で消え失せる。


「さあ、シャワー浴びてきて!」

「お前もまだだろ? 一緒に入ろうぜ。」

「えっ、いいよ、あたしはゲストルームで浴びるから。ちょっ、やだっ! やだやだっ」

「なんか前にもこんなことあったよな。ハハハッ。」


いくら抵抗しようとも、司がその気になれば結局は拉致され、剥かれ、翻弄されるのがつくしの宿命だった。






バスルームで繋がり、ベッドに入って繋がる。
不安が消え去り、心の重石の取れたつくしは素直に快楽に身を任せるようになり、以前の強張りが嘘のように潤い、司に身を委ねた。
そんな乱れるつくしが愛しくて仕方がない司は、なかなかつくしを放せない。


「つ…かさ、明日も早いんだよ? もう寝ないと…あっ、やっ!」

「グチャグチャに濡らして俺を欲しがってんのはお前だろ?」

「そんな、あっ…ンンッ! 司がやめてくれないから…あ…あ…」

「今夜はこれで最後にする…つくし」

「はっ…ぁ…つかさっ」


つくしの潤いが増すごとに、司の快感も深くなる。
そうして深みにハマって抜け出せなくなっているのは司の方だった。




***




渡らずとも会えて、抱けて、そのまま眠れる。


「司、起きて。司。」


そして朝は愛する女に起こされて1日が始まる。

これが結婚か
これが幸せか

声がする方に腕を伸ばすが、それは冷たいシーツを撫でるばかりで、目的の温かい体は捉えられない。
そのうちに、右から聞こえた声が左に移動し、今度はすぐ耳許で司を呼ぶ鈴のような声が聞こえた。


「司、朝だよ。一緒に朝ごはん、食べよ?」


だから司はまた声のするほうに腕を伸ばし、柔らかな体を巻き込むように引き寄せた。


「ちょっと! 寝ぼけてないで、起きなさい!」

「寝ぼけてねぇよ。」

「だったら、離して! 服がシワになっちゃう。」


司がうっすらと目を開けると、ベッドに引き摺り込んだ妻はすでに身支度を整えていた。
今日はタートルネックのノースリーブコットンニットにAラインのスカート姿だ。
つくしの首の痣は消えるまで1週間と診断が下っており、そこに司に刻まれたキスマークが加わって、首を隠すアイテムが必要だった。


「ンだよ、つまんねー。一緒にシャワー浴びようかと思ったのに。」

「そんなわけないでしょ。さ、早く起きてバスルーム入って!」

「キスしてくれたら。」


つくしが腕の中で身をよじるが、この檻から出られるはずもない。


「司って、そんな甘えるタイプだったんだ。新発見。」

「何言ってんだよ。むしろお前は俺のことなんてまだまだ何も知らないぞ。」


笑っていたつくしの表情がスッと真顔になった。


「そうかもしれないね。だって、夜しか会わないもんね。」


その言葉に咄嗟に返事ができずに詰まっていると、ほっそりとした指先が司の頬をスッと撫でた。


「ホントだ、また発見。司も朝になったら髭が伸びるんだね。」


さっきの顔は見間違いかと思うほど、つくしの表情はまたクスクスと笑いを漏らす笑顔になっていた。


「で、キスは?」

「え!? 本気?」

「当たり前だろ。ほら。」


そう拗ねたように尖らせた唇を外し、その端につくしはチュッと口付け司の腕から逃れた。


「さ、約束だよ。起きてね。」

「ケチ」


ベッドを離れ、クローゼットに入ろうとしたつくしはドアの前で立ち止まり、やっとベッドの上で起き上がった司を振り向いた。


「司だってあたしのこと、まだ何にも知らないよ。きっとね。」


そう意味深な言葉だけを残して、つくしは入って行った。


「そうかもな…」


司は、わだかまりの溶けた今、やっと自分たち二人がスタートラインに立ったような気がしていた。
道明寺家の氏神の前で行った契りは、あの時点では単なる形骸的なものでしかなく、カタチだけでは本物の夫婦にはなれないと学んだ数ヶ月だった。
しかし今はお互いが同じ温度で求め合い、満たし合っていると実感できた。
これが夫婦だ、そしてこれからはもっともっとその関係を深めていけばいい。
そんな思いに司は充足感を覚えた。








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2020.06.30
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