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翌早朝、司はまだ眠るつくしとバスに浸かっていた。
その間に司に呼ばれた岡村がベッドメイクを済ませ、目覚めないつくしはバスローブのまま清潔なシーツに横たえられた。
司はもう少し休もうとつくしの横に滑り込み、力が抜けた柔らかな体を抱え込んで再び目を閉じた。

次に目を覚ましたのは、唇を何かがなぞる感覚が覚醒させたからだ。


「あ、ごめん。起こしちゃったね。」


起きて最初に目に映るのが愛しい妻の明るい瞳。
そんな日はきっと良い日になるに違いない。
司はクスッと笑むと妻に腕を回して抱きしめた。


「なんだ? キスで起こしてくれたのか?」

「キスして欲しいの?」

「して欲しい。」


チュッと唇が触れる。
それだけで幸福という名の甘い感情に支配される。
まるで愛が通じたかのような錯覚を起こすが、司はまだ愛を囁いてはいなかった。


「もしかしてお風呂に入れてくれた? シーツも換えてくれたとか?」

「風呂は入れた。シーツは岡村。」

「えっ!? 岡村さんを呼んでしてもらったの? 恥ずかしすぎ!」

「今更だろ。今までは島田がしてたんじゃん。」

「そうだけど、昨日、会ったばかり人なのに。」

「つくし、あいつらはわかってる。お前の声、デカかったからな。」

「!! もう! バカ!」


離れて起きようとするつくしを逃すまいと腕に力を入れた。


「なぁ、つくし、」

「なによ?」


腕の中からギロリと睨まれるがその顔も可愛くて笑いが漏れる。


「何笑ってんのよ!」

「いや、悪りぃ。可愛いなと思って。」

「なっ、なっ、」

「あ、赤くなった。」

「バカ!」


でも逃げられない彼女は顔を隠すのに司の胸にピッタリとくっついた。
そんなことをしたら司の肌に吐息が当たって、またその気になるとも知らずに。


「な、お前さ、俺に恋人がいたと思って拗ねてたのかよ。」

「え!?」

「だってここんとこ渡りを嫌がってたろ?」

「………」

「あの女どもに何言われた?」

「そのこと、なんでわかったの?」

「野村が調べてた。俺の質問に答えろ。」

「……華園さんは司の元恋人で、二人は結婚まで考えてたけど、華園さん側が司を婿養子に欲しがったからお母様が反対して引き裂かれたって。だから今でも二人は愛し合ってるんじゃないかって…。」


ギリッと奥歯が鳴った。

いかにも女が好きそうな陳腐な三文小説だ。
それをまことしやかにつくしに吹き込んだってわけか。


「でもそれは嘘だったというか、彼女たちの勘違いだったってこと…なんでしょ?」


そう言って上目遣いに司を見上げたつくしの瞳が不安げに揺れていることが司は嬉しかった。


「勘違いなんて可愛いもんじゃねぇよ。悪意のある嘘だ。つくし、いいか、俺の妻であるお前にはこれからも陥れようとする輩が寄ってくる。そんな奴らの言葉を信じるな。」

「でも、どれが嘘かなんてわかんないよ。」

「だから俺の言葉以外は信じなくていいんだよ。俺だけを信じろ。いいな?」

「…ん。わかった…からさ、司もあたしを信じて。」


つくしが伸び上がり、手を出して司のクルクルと巻いた髪を撫で、指で梳いた。
その心地よさに目を閉じ、そしてまた開いてシーツと司の腕に包まれたつくしを見つめた。


「藤村さんは友達だし、あの時は励ましてもらってただけ。だって、その、あたしは華園さんの身代わりなんじゃないかって思ってたから。」

「はぁ!?? ンなわけねぇってなんでわかんねぇんだよ!」

「なんでって、だって元恋人だったって信じてたし…でも、話はそういうことじゃなくて、つまり、あたしは司と結婚してるんだから、他の男性となんてありえないから。」


つくしの言い方に何か引っかかるものを感じながらも、真剣に訴えてくるその表情に司の心の奥底に最後まで残っていた根雪のような塊は溶けていった。


「だったら、俺にももっといろんな顔を見せてくれよ。」

「顔?」

「大笑いしたとことか、怒った顔とか、泣いた…顔は見たくねぇけど、もっと本当のお前が知りたい。」


するとつくしは花のように微笑んだ。


「わかった。頑張る。でも怒らせないでよ? 怒ったらあたし、怖いよ?」

「俺には敵わねぇだろ。」

「うっ…うん、怖かった。」

「悪かった。でも…」


『それはお前を愛してるからだ』という言葉が司の口から出る前に寝室にノックの音が響いた。


「旦那様、そろそろお目覚めください。」


声の主は森川だ。
もうそんな時間かと、ウォールクロックを見ると7時を過ぎたところだった。


「起きてる。今行く。」


名残惜しく、司はつくしに軽く口付けるとベッドを出た。


「お前は今日一日は休んでろ。念のため医者を手配しておく。」

「え、いいよ! もう大丈夫だから。」


司はベッドでシーツに包まるつくしに振り返り、その首にまだ痛々しく残る痣を撫でた。


「ダメだ。ちゃんと診てもらえ。安静にって言われてたのに、激しい運動しちまったしな。」

「なっ!! そっ、それはっ」

「我慢できなかったんだもんな。ククッ。」

「〜〜っ!! バカッ!」


つくしは真っ赤になってシーツを被った。


「森川がクローゼットに入ってくる。お前はそのまま隠れてろ。森川に素顔を見せるなよ。」


それはつくしにとっては冗談とも本気ともつかない言葉だったが、司にしてみれば本気だった。
素のままのつくしを他の男に__例えそれが全幅の信頼を寄せている森川だとしても__見られるのは許せなかった。

その後、身支度を整えた司はつくしに出勤のキスをして、迎えにきた菱沼と共にペントハウスを後にした。











リムジンで司の向かい側に座る菱沼は、目の前の上司が車が走り出してすぐに集中し始めた様子に、本来の調子を取り戻したと確信した。

PJの中で、社を出た後に何があったのか森川から聞いた時は、まさかこの副社長に限って、そんな些細なことで嫉妬の鬼に豹変してしまうとは信じられなかった。
実際、森川も驚いていた。
しかし、考えてみれば司が女に恋をしたのも愛したのも初めてのことで、誰も見たことがなかったのだ。
だから誰も、本人でさえ知らなかったのだ。
道明寺司という男が異常なほどの独占欲を有していたことを。
そのことを今回、初めて知った面々の中の『道明寺司・取扱説明書』には以下の文言が加筆された。


『 道明寺つくしに男を近づけてはならない 』


人ってわからないぁ


「副社長、今朝は絶好調のようですね。」


菱沼の声かけに、司はタブレットから目を上げ、ニヤリと口角を上げた。


「おう、仕事はさっさと片付けて帰るぞ!」

「ハハ…」


そんなにさっさと片付きませんけどね。
だって、このNY出張の日程自体、かなりタイトなスケジュールになってるんですから。

当初、つくしを連れてくる予定ではなかった今回の出張、司は早く帰国しようと本来は12日間だったところをリスケで2日詰めさせて10日間としていたのだ。
だからペントハウスは寝るために帰るだけの場所で、そこでゆっくり過ごすなど土台無理な話だった。

ハァ…それでも頑張っちゃうんだろうな。
恋のパワーってすごいよな。

などと思いながら、そこに巻き込まれて馬車馬のようにコキ使われる自分の姿が容易に想像できて、菱沼は朝だというのに重い疲労感に襲われた。




***




軋む体を鼓舞し、つくしがやっとのことでベットを出たのは司が出勤して2時間後のことだった。
シャワーを浴び、岡村に手伝ってもらってクローゼットで身支度をし、ダイニングに降りてブランチを摂った。

その後、司の指示で訪ねてきた黒人の女医の診察を受け、異常なしとのお墨付きをもらい(司に絞められたとは伝えなかった。ここアメリカでそんなことを言えば司と言えども妻へのDVで起訴されてしまう。日本で暴漢に襲われたが犯人は捕まったとだけ伝えた。)、今はリビングで眼下の景色を堪能しながらアフターヌーンティーを楽しんでいた。

しかし部屋にはつくし以外は森川と岡村しかおらず、いつもは邸に勤務する人々の存在が活気のようなものをつくしに運んでくれているが、ここにはそれもない。
気を利かせて岡村がオーディオからクラシック音楽を流してくれているが、それでもペントハウスの静けさを消すことはできなかった。

司はいつごろ帰ってくるんだろう。
晩ご飯も一人なんだろうか。
と、そぞろ物思いに耽っていて、ふと健太の顔が浮かんだ。


「あの、森川さん、」

「はい。」


リビングからキッチンに通じる部屋の端に控えていた森川が進み出た。


「藤村さんが鹿児島に移籍になったと聞いたのですが、それは撤回できないんですよね?」


これには森川も、そして岡村もギョッとした。


「できないでしょうね。旦那様が了承されないでしょうし、それにこれ以上その話題を出すのは…賢明とは言えませんね。」

「そうですか、無理ですか…。」


つくしが純粋に友達の身を案じているのはわかる。
しかし司の前で藤村を案じている姿を見せればどうなるのか、森川も岡村も考えただけで竦み上がった。


「奥様、ご心配には及びません。鹿児島は藤村の妻の地元なんだそうで、両親もそちらに在住しているとか。」


カップに口をつけていたつくしは、パッと顔を上げた。


「えっ!? 奥さんの地元?」

「はい。今回、遠山がそういうことも勘案して鹿児島をご提案したようです。ただの左遷ではなく、あちらでは凱旋、という形になっております。」

「凱旋…そう、それはよかった。」

「ただし、このこと旦那様はご存知ありません。くれぐれもお耳に入れないようにしてください。というか、旦那様の前で他の男性の話はお控えいただく方がよろしいかと。」

「え? なぜ?」


つくしの首の傾げ方から本気でわかっていないというのが伝わってきて森川はため息をつき、それを見ていた岡村はクスクスと笑いを漏らした。


「奥様、旦那様は奥様を大切に想ってらっしゃるのですわ。それに今回、誤解だったとしても旦那様は傷ついたんです。しばらくは安心させておいて差し上げたほうがよろしいかと思います。」


傷ついた…
正直、つくしにしてみればとんだ勘違いで被害を被ったわけだが、そう言われてしまえば何も反論できない。
人が何で傷つくかはその人の勝手だからだ。


「わかりました。この話はこれで終わりにします。でもいつか、藤村さんにはお詫びしたいと思っています。」


この言葉で森川は確信した。
我が主人はきっとずーっと安心などできないだろうと。








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2020.06.29
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| 2020.06.29(Mon) 17:50:50 | | EDIT

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| 2020.06.30(Tue) 10:06:23 | | EDIT

Re: タイトルなし

おちゃび  様

コメント、ありがとうございます!
私の作品で元気になっていただけてるなんて信じられないくらいに嬉しいです。
これからもそう言っていただける作品を送り出せるように頑張ります^^

蒸し暑い雨の日が続きますね。
ご体調にお気をつけ下さい。

nona | 2020.06.30(Tue) 23:46:51 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

ゆずぷりん 様

コメント、ありがとうございます!
73話はかなりご好評をいただきました。
あれ以上のRはちょっと書けないと思います。
身体の結びつきは強固になった2人だけど、心は?
というところで、2人がそれぞれの立場で葛藤していきます。
特につくしはこじらせますが、でもそれも司を愛するが故、女であるが故であるとの思いを込めています。
完結までまだまだですが、楽しんでいただけたら嬉しいです^^

nona | 2020.06.30(Tue) 23:49:45 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

みー 様

コメント、ありがとうございます!
ただいまで〜す!

ふたりはとりあえず落ち着いた状態になりました。
でもこれで落ち着いたと思ってる司と、まだ心を開いていないつくしと、その温度差が気になりますよね。

nona | 2020.06.30(Tue) 23:51:34 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

二次小説大好き 様

コメント、ありがとうございます!
お待たせ致しました〜

心を曝け出せない理由として、つくしが意地っ張りだから、という点と、夫婦だから、という点があると思います。
2人の育ちや常識が違うことから来るすれ違いも。
でもそういうものを乗り越えて、通じ合って欲しいですね。
先はまだまだ長いです。
おつきあい、よろしくお願いします!

nona | 2020.06.30(Tue) 23:54:13 | URL | EDIT