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結局、バスルームでの司の言葉の真意を確かめる間もなく、プライベートジェットはNYに到着した。
9月はサマータイムのため日本との時差は13時間で、東京を20時に出発した飛行機はNYにも20時に到着した。

札幌市とほぼ同じ緯度のNYの夜は肌寒かった。
いつの間にか積み込まれていたつくしの荷物から島田の代理侍女である岡村聡子がジャケットを用意し、PJ内の一室でつくしに着せ掛けた。


「奥様、島田さんは大丈夫です。謹慎処分ということで決着しましたからご帰国後はまた復帰します。」


そう伝えられてつくしはホッと安心した。
そもそも島田の人事権は司にはない。
島田の首を切れるのは島田直属の主人であるつくしだけだったのだ。
もちろん、司もそのことを知っていた。
知っていてもクビを命じるほど司の怒りを買った島田は、執事である遠山の計らいにより謹慎処分で手打ちとなった。
が、もうひとり気がかりな人がいる。


「あの、庭師の藤村さんはどうなりました?」


NY時間に合わせて早々に起きてPJ内の書斎で仕事をしている司に聞かれていないか周囲に気を配りながら、声を潜めて岡村に尋ねた。


「藤村さんも造園部の親方の請願や遠山さんの進言でどうにかクビは免れましたが、鹿児島にある道明寺家所有の山荘に異動になりました。」

「鹿児島!?」

「奥様、お声を落としてください。」

「ご、ごめんなさい…でも鹿児島って!」

「旦那様のお祖父さまが狩りを楽しむために所有してらっしゃった山荘で、旦那様は一度も赴いたことがないために選ばれたそうです。これからも行くことはないから、って。」

「そんな…」


健太とその家族の優しい笑顔が浮かんだ。
つくしと関わったために、道明寺家本宅の庭師という、いわばエリートの道から外れてしまった。
それだけではなく、東京から遠い地への転居を余儀なくされ、どれほど驚き、心を痛めただろう。
ただ友達と話していただけなのに。


「奥様、どうかお悲しみになりませんように。これでいいんです。道明寺家当主の怒りを買って解雇にでもなればまずまともな再就職は見込めません。藤村のためにもこれでよかったんです。」


そう言われても自分のせいで健太に不遇を強いてしまったという気持ちは強かった。








NYでの滞在はウエストチェスターにある広大な屋敷ではなく、マンハッタン ・イーストサイドにあるペントハウスだった。
司の泊まりがけの出張には常に森川も付き添い、屋敷に居る時同様に主人の身の回りの世話をする。
そこに今回はつくしと岡村も同行し、メゾネットになっているペントハウスでは1階に森川と岡村の部屋がそれぞれ用意され、2階が司とつくしの寝室だった。
しかし屋敷と違うのはそれだけではない。
ここでは生活のほぼ全てを共に過ごすのだ。
朝食、夕食を共にし、リビングもバスルームも共有し、渡る必要もなく同じベッドで休む。
つまりは世間一般の夫婦のような生活を送ることができた。


「それでは私はここで。」


この日は移動だけだった。
菱沼とはマンションゲートに横付けされたリムジンで別れた。


「はい、ありがとうございました。おやすみなさい。」


つくしは丁寧に頭を下げて別れを告げた。
司がその手を引く。
従者と侍女とSPを従えた二人がマンションに消えていくのを菱沼は黙って見送った。

不思議な人だ…と、菱沼はつくしのことを考えた。





18時に邸に迎えに行くと、副社長は奥様を抱いて現れた。
初めて目にするその姿には緩い部屋着を着せられ、首には白い布が巻かれ、その顔は青白く、そして瞼は閉じていた。


「奥様…ですよね? どうなさったんですか?」


応接室で女たちを地獄に突き落とし、NYに発つ前に奥様との関係を修復すると勇んで帰宅したはずだったのに、副社長の顔は強張っていた。
無言でリムジンに乗り込んだ副社長は、奥様を膝の上で抱き、眠ってしまった赤子を抱くように奥様を優しく腕の中に閉じ込めていた。

奥様を抱いたまま副社長はPJに乗り込み、すぐに時計をNY時間に合わせ、NY時間正午まで仮眠するためにプライベートルームに入った。

数時間後、森川さんを伴って部屋から出てきた副社長は多少は気持ちを持ち直したようで、軽食を摂ったのちに仕事に取り掛かった。
そしてそのさらに数時間後、身支度を済ませた奥様が代理侍女として同行することになった岡村さんと共にPJ内の執務室をノックした。

現れた奥様はレースのあしらわれたアンサンブルにタイトスカート姿で、首の白い布はスカーフに変わっていた。
なによりも日本で見た女性とは別人のように血色よく、お元気を取り戻されたご様子に安堵した。
しかし何より驚いたのはその容貌だった。
小さなお顔に印象的な黒く大きな瞳は輝き、白い頬はもともとなのかチークなのか、仄かにローズピンクに染まり、リップの引かれた唇はキュッと締まった口角が上がって微笑んでいた。


「お仕事中、失礼します。一言、ご挨拶を、と。」


そう言った奥様に、立ち上がって俺の方から頭を下げた。


「奥様、ご挨拶が遅れました。副社長の第一秘書を務めております、菱沼彰悟と申します。以後、お見知り置きを願います。」


俺の挨拶に、奥様はニコリと笑顔で答えてくださった。


「こちらこそ、初めまして。道明寺つくしと申します。いつも主人がお世話になっております。これからもよろしくお願いしますね。」


その瞬間から部屋の照度が上がったように周囲が明るくなり、心地の良い温かさに包まれた。

美しい…というわけじゃない。
可愛いらしい…とも違う。
もっと凛とした、神々しいような何か。
いや、実際の造作は可愛い系だろう。
華奢なお身体は強く抱きしめたら折れそうだ。
細い手足、艶やかな黒髪がサラサラと落ちる。

道明寺司の妻として惜しみなく磨かれたその姿は…イイ女…

そんな言葉が脳内をグルグルと回っていた。
ヤバイ…好みかもしれない。


「菱沼、俺の妻の鑑賞はそのくらいにして、さっさと仕事に取り掛かれ!」


ハッ


「も、申し訳ありません。」


つい奥様に見惚れていた。
デスクにつく副社長を振り向くと額には血管が浮き上がっている。
マ、マズイぞ。
こりゃ、到着まで激おこモードだ。

奥様はダイニングに行くと言って書斎を辞した。


「菱沼、」


副社長は美声だ。
神から声まで与えられてるって、奇跡の存在だ。
その声フェチを悶絶させるようなバリトンが、今日はいつもよりも低く響いた。


「…はい」

「つくしに手を出したらクビじゃ済まさねぇからな。」

「手を出すなんて、そんな滅相もない!」

「2秒以上、見るのも禁止な。」

「にっ、2秒!?」

「オカズにもすんなよ。」

「しませんよ!!」


いや、しそうになっていた…
あの奥様が処女だった…
そしてこの副社長を溺れさせた女性…
ベッドに散る黒い髪、上気した白い肌、ソコはまだピンクで、きっとキュウキュウに狭くて…


「おい!! いま想像しただろ!? コロスぞ!!」

「し、してませんっ!!」


本気でヤバイ…
あー、早く帰って野々花ちゃんに会いたいなぁ。






それからNYに着陸するまでの数時間を過ごし、俺たちは降り立った。
副社長はどこか誇らしげに奥様をエスコートしていたが、奥様はそんな副社長の様子には全く気づいていない。
リムジンの中でもNYは初めてだという奥様は窓から景色を見てはしきりに感嘆の声を上げている。
副社長はそのたびに「今更、くだらない」というテイを装って相槌を打つが、実はじっと奥様を見つめていて、時折、目を細めて微笑まれる場面もあった。
その時の副社長の目は見たことがないくらいに優しい。
でも奥様はやっぱり気づかない。

ああ、副社長。
俺、副社長の健気さになんだか心を打たれました。
あなたほどの男は本来ならもっと遊んだっていいんですよ?
資源を有効活用していいんですよ?
なのに、その一途さは反則ですって。

そしてこんなにイイ男に愛されてるのに、どうやらそれに気付いてないカンジの奥様。
鈍感さもここまで来れば天然ちゃんです。

この天然ちゃん奥様が同行している今回のNY出張。
さて、俺は無事に帰国できるんでしょうか?









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2020.05.17
コメント記入欄

ぼ、ぼ、ぼ、ぼっちゃ〜ん。(泣)
島田さんにつきまして、謹慎処分とのこと寛大な対応に感銘致しました、カオカオでございます。

『ちょっとぉ!nonaさん!
坊っちゃんの事、ちゃんと紳士に描いて下さいよぉっ!!
坊っちゃんの鬼畜ぶっ、、、ゴホッ。
大変失礼致しました。
坊っちゃんのコワモテぶりが凄くて、カオカオときっとつくし様もドン引きでしたわよ!
ハッピーエンドにしないと、nonaさんも坊っちゃんにクビっ!て言われるわよ〜〜!
ちゃんと休んで、しっかり再開したら、坊っちゃんとつくし様をトロットロにとろけるくらい幸せに描いてよねっ!』

(坊っちゃんnonaさんに、しかと注意しておきましたよ!)

カオカオ | 2020.05.17(Sun) 21:22:53 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

カオカオ 様

コメント、ありがとうございます!
坊ちゃんもたいそう、お喜びです。

『おう、カオカオ!よく言ってくれたな。サンキュ!』

だそうです。

ぼ、坊ちゃんにクビにされたら私はいったい何を生き甲斐にしていけばいいんですか!?
わかりました。
次に書くのは坊ちゃんデレデレ作戦でいきます!

nona | 2020.05.18(Mon) 16:31:27 | URL | EDIT