FC2ブログ




司がガーデンハウスに近づくと、つくしの笑い声が聞こえてきた。
つくしが声を上げて笑う姿など、司は見たことがない。
ハウスを素通りし、花壇に近づいた。
そうして柵の向こうに見えたのはつくしが男と向かい合って話している姿だった。
つくしの背後からのアングルだとその顔は見えない。
だが、俯いたつくしに男が手を伸ばして何事かを呟くと、つくしは元気な声と共に男に向かって拳を突き出し、それを男が受け止めて笑い合う様子が展開された。

男がつくしから聞かされていた幼馴染みの庭師であることはその出立からすぐにわかった。
しかしその親密さは司の想像を超えるもので、司は体の末端から胸の中心に向かって黒く熱いマグマが再び集結する感覚を覚えた。

司に最後に見せた笑顔は、NY出張でしばらく渡りがないことに安堵したかのような顔だった。
なのに今は、心から楽しげな笑い声まで上げている。

自分以外の男に心を開いている。
つくしに俺は必要ない…
そう思ったら、先ほどまでつくしに許しを乞おうとしていた思考はどこかへ吹き飛び、憎しみにも似た怒りが沸騰するように湧き上がった。

しゃがみ込んだつくしの向こうに立つ男が司に気づいた。
帽子を取って頭を下げる男の様子につくしがまた立ち上がって振り向いた。
そして「司……」と呟いた顔は笑顔ではなく、驚きと困惑を表していた。







司はゆっくりと柵に近付き、そこに取り付けられた扉を抜け、畑を踏みながら真っすぐにつくしに近づいた。
磨かれた革靴が美しい畝を破壊し、司のために植えられた二十日大根の芽を踏みにじった。


「あ…」


「やめて、踏まないで!」と止めたくとも声が出ない。
それは司が誰の目にも明らかな怒りのオーラを纏っていたからだ。
しかしつくしはわからない。
司が今ここにいる理由も、怒っている理由も、作物の芽を構わず踏みながら自分を睨んで近づいてくる理由も、何一つわからなかった。

司はつくしまでたどり着くと、ガーデニング用軍手を着ている手首を掴み上げ、畝を挟んで向かい側で帽子を握りしめて硬直する7センチ小さい藤村健太に体を向けて見下ろした。
その怖いほどの美貌の中心にある、氷のように冷え切った眼差しが健太に突き刺さった。


「お前は今日でクビだ。出て行け。」

「は……!?」

「司!? 何言うの!?」

「主人の命令が聞こえただろ。…さっさと行けっ!!」

「っ!!」


硬直して動けない健太をその場に残し、司はつくしの手首を掴んだまま、黒い土に靴を埋めながら大股でガーデンハウスに向かって歩きだした。
そこへ中から島田が出てきた。


「旦那様! どうかなさったんですか!?」


歩みを止めない司は、もつれるように従うつくしの手首をさらに強く握りしめながら自分に駆け寄った島田を鋭く睨みつけた。


「っ!」


司を幼少期から知る島田でもここまでの怒りを纏った姿を見たことがなかった。
近づくことも憚れるような威圧感を携え、相手を切り裂くかのような視線を発するその瞳は紅く煮えたぎっていた。


「島田…テメェは何をしてた。」

「わたくしは…ハウスの中から奥様を見ておりました。」

「男とイチャつく主人の妻をただ眺めてたってわけか。」

「なっ、司! 誰が、」

「答えろ! 島田!!」


島田は項垂れるように俯いてから深く頭を下げた。


「私にはなんら問題がないように見えておりました。申し訳ございません!」

「…テメェもクビだな。」


呟くような声だったが、しかし二人にははっきりと聞き取れた。

島田さんまでクビ!?
あたしのせい?
健ちゃんと話してただけなのに、なんでこんなことに…


「旦那様!!」


島田の声はもう届かない。
司はつくしの手首を引いてガーデンハウスに入って行った。
島田はただその場に立ち尽くした。




***




「司! 痛いよ、離して!」


テラスからガーデンハウスに入った司は左手のベッドルームに入ってベッドの上につくしを突き飛ばすようにして手を離した。
背中からバウンドするように投げ出され、帽子の落ちたつくしは、すぐに態勢を立て直そうと起き上がって立ち上がろうとした。
が、ドアに鍵をかけて一瞬早く戻ってきた司に再び肩を突き飛ばされてベッドに沈み込んだ。
そして馬乗りになった司に両手首を掴まれてベッドに押さえつけられた。

司がつくしを見下ろし、つくしは下から司を見つめる。

司の顔は無表情だった。
どんな美も人としての温もりを持たなければそれは人を模した作り物、ただの美しい彫刻だ。
だが、司が作り物に見えないのは、無表情の奥にとてつもない怒りを感じさせたからだ。
しかし怒りを買う理由がつくしにはわからなかった。

司が見下ろすつくしの顔は困惑だけを映し出していた。
なぜ自分が司に組み敷かれているのか、司が何を怒っているのかわからないといった表情が司の怒りをさらに加速させていた。
つくしが司に見せる笑顔は控え目な微笑だけで、満面の笑み、ましてや笑い声を上げるほどの笑顔というものは見たことがなかった。
それをあの男には見せていた。
それだけで裏切られたと感じさせるには十分だったのだ。

先ほどの女たちの話が蘇る。


“ 道明寺様を愛してないって。結婚したのは仕方なくだった………早く別れたいって。”


それは女たちがついた嘘のはずだった。
なのに今はつくしの真実の声であるかのように司の中に渦巻いた。


そうだ、こいつは最初に言いやがったんだ。
俺に別の女を見つけて、喜んで離婚届にサインするって。


司の中に眠る獰猛な獣が、今、ゆっくりと目覚めようとしていた。
司は片手をつくしの手から離し、髪を撫で、頬を撫で、その細い首にあてがった。
目の前の獲物を引き裂き、喰らいつき、血の一滴も残さずに我が身の糧にしたい欲望が湧き上がる。


庶民の分際でこの俺の妻になれただけじゃなく、俺から愛されているのに、この女は最初から俺を愛そうともせずに他の男に笑顔を見せてじゃれ合い、俺を裏切った。
許せない…許せない


「つ、司?」


つくしの首に回した手の指先に頸動脈の拍動が伝わる。
ピクピクと波打つそれを止めれば、つくしの全てが永遠に自分のものになるような倒錯した感覚に陥り、司はゆっくりと手に力を込めた。


「やめて…」

「お前は、男との密会場所を俺に用意させたってわけか?」


低く、凄まじい怒りを含んだ声がつくしの脳内に響く。


「な、なにを言ってるの? 密会なんてしてない。ただ花壇を、」

「黙れ!!」


司の手にさらに力が加わり、つくしは空いた手でその鋼のような手首を掴んだ。


「や…めて、く…くる…し…」

「そうだよな、お前は俺と別れるつもりなんだよな? 別れてあの男と逃げる気だったのか? それとも俺から奪い取った慰謝料で新しい男を探す気だったか?」

「な、なに言って…離して…おねが…い…」

「させねぇ。お前は一生ここに、俺の妻として俺の横にいるんだ。例え死んでも出て行くことは許さない。」


先ほどまで怒りで無表情だった顔が近づいた。
その顔には今は微笑が浮かんでいた。
まるで、つくしの死を喜んでいるかのような笑みで、司の容貌は悪魔的なまでに壮絶な美しさを放っていた。
その顔を見つめるつくしの目は見開き、眉根は寄り、口は空気を求めてヒクヒクと戦慄いていた。


「つくし、お前が地獄に堕ちるなら俺も一緒に堕ちてやるよ。」


つくしの最後の記憶は、自分の唇に重なった司の柔らかいそれの感触だった。










にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト



2020.05.14
コメント記入欄

ぼ、坊っちゃん、あんまりで御座います。
お怒りのあまり、島田までもクビになさるとは!ごむたいな。
おおおっと、こんな事を不躾にも御主人様に向かって、カオカオももうすぐクビ…ヒーッ!

カオカオ | 2020.05.15(Fri) 00:10:48 | URL | EDIT

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

| 2020.05.15(Fri) 09:58:30 | | EDIT

Re: タイトルなし

カオカオ 様

いつもコメント、ありがとうございます!
えー、今日は坊ちゃんからメッセージを預かっております。

『カオカオ、お前のことは覚えてる。クビになりたくなかったら、nonaに俺がずーっと幸せなままの話を書けと言っとけ!』

だそうです。
坊ちゃん、ごめん!
それは無理(笑)だって面白くないもん。

とうわけで、最後だけはみんなを幸せにしたいと思います。

nona | 2020.05.15(Fri) 15:35:50 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

ルナ 様

コメント、ありがとうございます!
『苦難は続くよ何処までも』がツボりました。
私の書く話はいつもそれですね。

それにしても、つくしがほかの男に笑いかけただけでキレるとは、坊ちゃん、ガラスのハートすぎww
誰か止めてあげて~

nona | 2020.05.15(Fri) 15:38:08 | URL | EDIT