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司は南棟のエントランスを足早に自室へと向かっていた。


「森川、つくしに会いたいんだが、これから北へ渡れるか?」


司の後ろに従っていた森川は驚いて司に並んだ。


「今からですか? 緊急のご用事ですか?」

「ああ。あいつの様子がおかしかった原因がわかった。留守にする前に会って話がしたい。」

「かしこまりました。島田に連絡を取ります。」


自室に入り、立ったまま森川が内線で北棟へ連絡を取るのを見つめた。


「…お疲れ様です。森川です。……島田さんは?……ああ、そうですか、わかりました。ではそちらに連絡を取ります。」

「どうした?」


森川が内線を置くのも待ちきれずに司が問いかけた。


「奥様は島田を伴ってガーデンハウスでお過ごしだそうです。」

「そうか、わかった。」


歩き出す司に森川が声をかけた。


「連絡を取りましょうか?」

「いや、いい。」


司は森川に背を向けて部屋を出て行った




***




つくしは半袖のカットソーにUVカット加工が施された薄手の長袖パーカーを羽織り、アンクル丈のデニムにスニーカーという出で立ちだった。
くるぶしソックスからは細い足首がのぞいている。
長い黒髪はひとつに括り、まだ強い日射しを避けるためにキャップタイプの帽子をかぶっていた。

花壇の手入れが気に入っている理由の一つに、このカジュアルな服装があった。
邸の中にいればいかにも道明寺夫人然とした装いが求められ、レッスンで習った立ち居振る舞いの実践を意識する日常だ。
しかし花壇に降りるために着慣れたカジュアルに袖を通せば、なんだか窮屈さから解放されたような爽快感があった。
多少、大股で歩こうが走ろうが、土の上に尻餅をつこうが許される。
そんな気持ちのリラックスが表情にも現れた。


「今日は間引きをしよう。」


つくしの師匠である健太がガーデニング用の軍手をつくしに手渡しながら告げた。


「間引き?」

「育ちのいい芽を残して、ひ弱な芽を摘んでいくんだ。そうして栄養を良い芽に集中させる。」

「ふーん。間引いたのはどうなるの?」

「食べられるものは食べる。食べられないものは土に還る。」

「そっか、無駄にはならないのね。」

「ああ。それが植物を育てる良いところだ。命は必ず循環するからな。」

「循環か。」

「さあ、まずは二十日大根からだ。摘んだ芽はお浸しとか味噌汁の具とかで食べれば旨いけど、奥様には無理かな。」


いくら幼馴染みだと言っても、今のつくしは道明寺司の妻だ。
本当なら自分などが気安く会話して良い相手ではない。
ただつくしの気取らない無垢さが健太にも心地よく、こうして時々その立場を思い出さないと、つい友達感覚に陥っていた。


「食べるわよ。厨房にお願いして料理してもらう。」

「ふーん…ま、それもまた奥様だからできることだな。わかった。摘んだのはカゴに集めよう。」


そうしてつくしは健太に教えてもらいながら、二十日大根の芽を引き抜いていった。

こうして日を浴びて土いじりすると確かに嫌なことは忘れられる。
考えることと言ったら目の前の作物が育った後の食べ方のことだけだったからだ。
つくしは立ち上がり、しばらくしゃがんでいて固まった体を伸ばした。


「んーっ! 気持ちいい!」

「どう? 気分転換になるか?」

「うん、なってるよ! やっぱり外の空気を吸うのはいいね。命を育てるのも。嫌なことも忘れられる。」


同じ畝の向こう側を間引いていた健太も立ち上がった。


「なんかあったか?」

「え?…はは…ないよ。大丈夫。」

「女はいつもそう言うんだ。そのくせ最後には爆発して「言わせてもらうけど!」って怒り始める。怒るなら最初から打ち明けて欲しいよな、全く。」

「あははは! 何それ、奥さんの愚痴? 打ち明けられるのを待ってるからダメなんだよ。察して欲しいんじゃないの?」

「それが面倒臭いって言うんだよ。男はわかるわけないからな、お前も旦那様にそういうの期待するなよ?」

「フフッ……してないよ。期待なんて何にもしてない…」

「つくし?」


俯いてしまったつくしの様子に、健太は軍手を外してつくしの鼻先を撫でた。
顔を上げたつくしの表情は自嘲にも似た微笑だった。


「旦那様はさ、もう十分に頑張ってくれてんの。本当は好きな人がいたのにさ、家のために好きでもない女と結婚してさ、そのあたしのお願いをこうやって聞いてくれて…これ以上、期待とか…バチが当たるよね。」


そう言いながらもその顔には失望が浮かんでいるように健太には見えた。


「…そっか。夫婦のことは二人にしかわからないからな。俺には何にも言えないけど…でもさ、今はお前を大事にしてくださってるんだろ? その旦那様の気持ちは大切にしろよな。だから、つまり…お前も察してくれるのを待ってないで、言いたいことは言っちゃえってことだよ!」

「誰が察してちゃんよ! 別に言いたいことなんてないから!」

「おっ! 意地っ張りなつくし節、炸裂!」

「もう! 人を爆弾みたいに言わないで!」


つくしが殴る真似事で届かないパンチを繰り出し、それを健太がトレーナーよろしく掌で受け止める。
そうして最後は笑い合った。


「よし! まだまだ間引かなきゃ。今夜のお浸しには足りないもん!」


と、つくしは再びしゃがみ込んだ。
が、目の前の健太は突っ立ったままだ。


「健ちゃん?」


つくしが見上げると、健太は呆気にとられたような顔をしてつくしの背後のある一点を見つめていたかと思ったら、急に帽子を取って頭を下げた。
その様子に再び立ち上がり、その視線の先につくしも振り向いた。
健太が頭を下げた相手に気づいて、つくしの唇がゆっくりと動いた。


「司……」


庭を囲む柵の向こう、木々の間にその長身の男は立っていた。










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2020.05.13
コメント記入欄

ぼ、ぼ、坊っちゃん………
ご、ご、ご、ごか、ごかっ、誤解…、なさらないで……下さいませっ!
カオカオ、大変心配で御座います…。

カオカオ | 2020.05.13(Wed) 18:14:31 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

カオカオ 様

コメント、ありがとうございます!
夫婦恋愛、初めての嵐の予感。。。
やっぱりね、乗り越えなきゃいけないものが夫婦にはありますよね。
でも今回の司は基本がピュアですから、きっと大らかな心で・・・どうなるかなぁ

nona | 2020.05.14(Thu) 11:34:06 | URL | EDIT