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つくしはガーデンハウスのベッドルームの窓辺に置かれたファブリックソファに座り、出窓に肘をかけて庭を眺めていた。
そこには健太と共に植えた花の種が芽を吹き、二十日大根の芽も黒い土に綺麗なグリーンの列を作っていた。

あの日、ホテルから帰りの車の中で御渡りを申し込まれたが、疲れたからと言って断った。
あの日だけはどうしても司に触れられたくなかった。
誰かの身代わりのように抱かれたくなかった。
しかし翌日からは適当な理由が見当たらずに受け入れざるを得ず、以前はする日としない日が交互だったのに、今はまた毎晩、揺さぶられていた。
行為の最中に「つくし、つくし」と名を呼ばれる。
その時だけは体に熱が生まれるが、そうでなければ冷えたままで、苦痛さえ感じるようになっていた。

あの人はどうして毎晩、渡ってくるんだろう。
ああ、そういえば言ってたな、「気持ちイイからだ」って。
そりゃそうか。
男性として処理しなきゃいけないんだもんね。
愛人がいないなら妻とシなきゃ仕方ないよね。

その時、ふと華園公子の姿が浮かんだ。

綺麗な人だった。
司の隣に立っても申し分のない人だった。
立ち居振る舞いも優雅で、ダンスもお上手だった。
内面だって、司が好きになるくらいだからあの3人とは比べ物にならない良い人なんだろうな。
司はああいう女性が好みなんだ。
好みなんて考えたことないなんて言ってたけど、でも現実はあの時に思い浮かべた通りの人じゃん。
別れるのは辛かっただろうな。
そしてあたしを見た落胆はいかばかりだっただろうか。
本当はああいう好みの人と結婚したかったよね。
でも道明寺の後継者としての義務だから、責任があるから、きっと愛そうと努力してくれてる。
でも愛って努力じゃないんだよ。
心が自然と動くことなんだよ。
そういう、司の心が動く運命の人がきっとどこかにいるはずだよね。
あの人を幸せにしてくれる女性が。

そういえば、今日からNYに出張だと言ってた。
パーティーもあるだろうって。
そこでどこかの素敵な人と出会ってくれればいいのに。


コンコンッ


ベッドルームのドアがノックされ、庭を眺めて考え事に耽っていた意識がハッと覚醒した。


「はい」

「奥様、藤村が参りました。」

「わかりました。出ます。」


つくしの今のスケジュールは、婚約当初、レッスンを始めた頃よりはゆるやかなものになっていた。
午前中は美容に充てられるようになり、全身エステ、ネイルケア、ヘアケアが日毎に組み込まれた。
そして午後をレッスンが占めたが、今日は講師の都合でレッスンが休講になり、時間が空いたのでこのガーデンハウスで過ごすことにしたのだ。

今や花壇でのひと時がつくしの癒しになっていて、秋に向かい始めた陽を浴びたり、刻々と変化する植物たちを眺めることで日常の憂いをしばしの間、忘れられた。

つくしが花壇に降りる時は常に島田がガーデンハウスで待機している。
つくしは一人の時もあるが、大抵は庭師の藤村健太が付き添ってあれこれと指導していた。
パーティーに出た日から様子のおかしいつくしも、この時だけは屈託のない笑顔を見せていた。

主人の明るい顔は喜ばしいが、もう一人の主人、司のことを思うと島田はため息を禁じ得ない。
つくしと司の心の距離がどうやら開いてしまっているらしいからだ。
司は毎晩渡ってきているが、その表情は日増しに曇っていく。
昨夜など、来る時はまだマシだったが、帰る時には眉間にシワを寄せ、曇りどころか、嵐の予感がしそうなほど険しかった。

司がつくしを好きなのは間違いないが、つくしの心が読めない。
司を好きになっていると思ったこともあったのに、今はもうあれは幻だったのかと思うほど、つくしは司の渡りに拒否感さえ示していた。


でもあれは旦那様が悪い。
早く「好き」だと言ってしまえばいいのに。
言わないから奥様はいつまで経っても旦那様と距離を置こうとなさるんだわ。
愛を囁かずに毎晩、体だけを求めていたら、そりゃこうなりますよ。
森川くんがそこんところを進言すべきなんだけど、あの人も大概、鈍感というか不器用だからねぇ。


「ハァ…」


畑に降りて楽しげに藤村と畑仕事に取りかかったつくしを眺める島田は、自分の無力を感じて短いため息をついた。




***




NYへ出発する準備のため、司ひとりを乗せた車は道明寺屋敷に向かっていた。
車内の司は窓枠に肘をつき、形の良い親指の先に歯を立てている。

司はつくしを守れなかった自分の不甲斐なさに自己嫌悪の只中だった。
つくしの様子から何かあったとは思っていたが、まさかあれほど酷い扱いを受けていたとは。

シキタリも守れないような下品なアバズレが夫の元恋人だという嘘から始まり、俺に無理やり踊らされたダンスを嘲笑され、挙句に相応しくないから別れろだと!?
しかも俺に向かってさらに嘘を重ねやがって、あいつら八つ裂きにしても足りねぇ!
やっぱり菱沼に任せずに俺自ら手を下すべきだったか。

しかし司にそんな無駄な時間はない。
今夜からNYへ発てば10日間もつくしに会えない。
現状のまま日本を離れれば、つくしの心はさらに離れていくような気がした。

司はまた腕時計を見た。
現在時刻は15時36分。
予定より20分も押している。

邸を出発するのが18時。
つくしに会って、誤解を解いて謝って、身支度をして…
いや、いい。身支度などプライベートジェットの中でもできる。
とにかくつくしに会わねば。
…許してくれるだろうか。
つくしの苦しみにも気づかずに、渡ればその肌を求めるだけだった。
だからあいつは俺から顔を背け、身体を強張らせていたんだ。
なにもわかっちゃいない男に抱かれたくなくて。
俺がもっとちゃんと向き合っていれば。
それもこれも不安だったせいだ。
あいつから決定的な言葉を聞くのが怖くて話をすることを避けていた。
夫婦なのに。

打ちあけよう…司はそう決意した。
これ以上、先延ばしにしてもつくしとの距離が縮まるとは思えない。
「好きなんだ」と告白して、関係を最初からやり直す。
親が決めた夫婦という関係ではなく、好き合った夫婦という関係へ前進しようと司がようやく心を定めた時、車は道明寺邸南棟の車寄せに到着した。









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2020.05.12
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