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「ど、道明寺様!?」


菱沼と女たち3人が見上げた先に立っていたのは司だった。
磨かれた靴先、長い脚、フルオーダーされたスーツに包まれた筋肉質な均整のとれた体躯、長い腕の先には大きな手、綺麗な指先。
シャツのワイドスプレッドカラーからのぞく喉仏さえなまめかしく、髭の跡も見えない顎はシャープで、引き結ばれた唇は官能的な厚みと艶を持ち、筋の通った高い鼻は小鼻が切れ上がり成功者の顔相をしている。
そして、オニキスにも例えられる彼を彼たらしめている一番魅惑的なその双眸は、今は溶岩の割れ目のように真っ赤な怒りを内包していた。
しかし、溶岩は空気に触れればすぐに冷えて黒く硬い塊になる。
まるで司の瞳もそうであるかのように、見る者が瞬いた次にはすでに荒れ狂う熱は失われていた。


「遅れて申し訳ありません。」


司はトレードマークとも言える小悪魔的にクルクルと巻く髪をかき上げて指で梳きながら、3人の女たちに向かって微笑みさえ浮かべてそう告げると、菱沼の隣にドカッと腰掛て脚を組み、その菱沼の肩を抱くようにソファ の背もたれに腕を伸ばした。


「菱沼、お話は伺ったか?」


司の行動に虚を突かれていた菱沼は我に返り、「はい、大体のところは。」と言って手許を覗き込む司にメモを見せた。
もちろん、そんなものを見ずとも司が全ての会話を聞いていたことはわかっている。
だからこその登場なのだろう。
打ち合わせでは最後まで姿を見せる予定ではなかったが、司が隣に座っている現状からは、彼の動揺が伝わってきた。


「…ほう、私が華園さんと、ねぇ…」


メモに落としていた顔を、弓形の眉を吊り上げ、見下げるように顎を上げ、司は目の前に座る3人の女たちに向けた。
ゾクリ…と、女たちの背が戦慄いた。
司の姿の現実離れした、美しいという言葉では到底表しきれない神のなせる麗容に息を呑んだ。
その神に愛された男の黒瑪瑙が如き目がじっと3人を見据えている。
女たちは途端に我が身が卑賤に感じて俯いた。


「私が華園さんと交際していたなどという事実はありません。事実ではないことを妻は聞かされたわけですね?」

「事実じゃない…?」


辛うじて顔を上げたのは浅井百合子だ。


「こう言っては華園さんに失礼だが、あの程度の女に私が惚れると、あなた方は思っていたわけですか。」

「えっ、いえ、」

「そしてそれをわざわざ妻に告げた、と。」

「申し訳ありませんっ! あの、ご卒業の時のプロムのダンスが印象的で、お付き合いなさっているとばかり思ってしまって…でも奥様はさほど気にされていないご様子でしたわ。ねっ?」


百合子は援護を求めるように左に座る友人たちに顔を向けた。
引きつった表情で鮎原エリカが答える。


「え、ええ、奥様も「華園様は素敵な方だ」っておっしゃってましたもの。「華園様が妻なら夫も自慢になっただろう」とまでおっしゃったんですのよ。」

「つまり、つくしじゃ俺の自慢にならないって、本人が言ったのか?」

「ええ、そうです!」


司は組んだ脚の上に片腕をついて身を乗り出した。


「おい…話がおかしくないか? なんでつくしが自分のことを初対面のお前らにそんなふうに言わなきゃならない?…お前ら、他にも何か言っただろ。」

「えっ…」


鮎原エリカの瞳が揺れた。
それは左を見て、そして右を見た。
司は鮎原の右に座る女に、再び溶岩が割れてマグマがのぞく瞳を向けた。


「お前…浅井、だったな?」

「ヒッ、は、はい。」


浅井百合子は座ったまま飛び上がった。
前髪を風速30メートルでもびくともしないほど頑丈にセットし、顔は高級化粧品で固め、一着50万もする有名老舗ブランドのスーツを着ている。
家柄や財産からしたら道明寺家には遠く及ばないまでも、つくしとは比べ物にならない令嬢だろう。
しかしその女が発する『気』は淀み、濁り、欲望をむき出しにした卑俗さが感じられ、司は直視するのも汚れる思いだった。


「つくしが自分を貶めたのはなぜだ。本当はなにがあった? 俺は真実が知りたいんだ。」

「あの…」


白塗りの顔面をさらに白くしても浅井は、この期に及んでまだ言葉を選んでいた。
視線がキョロキョロと動き、額には薄らと汗が滲んでいる。


「奥様が道明寺様にどのようにお訴えになったかは存じませんが、私たちは先ほども申し上げました通り、お慰めしただけで、それ以上のことはなにも…」


ガァンッ!!


「ヒィッ!」


司は目の前のテーブルを大きく蹴り上げた。


「つくしが俺に告げ口でもしたと思ってんのか? つまり告げ口されるようなことをしたんだな?」


そして腕時計を見た。


「俺はこの後NYへ飛ぶ。リミットはあと…4分だ。あと4分で俺はあんたたちに非があると判断して手を下す。お前らの一族郎党一人残らず、連帯責任で俺の妻を侮辱した罪を償ってもらう。…あ、あと3分になっちまったけど、いいか?」


菱沼も聞いたことのない低い声が、足元を振動させるように波紋となって広がった。
いまだかつて司がこんな恫喝にも似た手法で相手を追い詰める姿を菱沼は見たことがなかった。
それはビジネスの交渉において、そう難しい案件がこれまでなかっただけなのか、それとも司が醸し出す穏やかでいかにも御曹司然とした気性によるものだったのか。

だが菱沼は今日をもってその司への印象を変えざるを得なかった。
育ちの良さと努力、そして純粋さだけを武器にしていた司は過去の人だ。
ニュータイプの司は荒れ狂う激情を内に秘めたまま、その感情の波をコントロールしながら相手を徐々に追い詰めていく男だった。


「あと2分。あー、お前らも明日からは社会のヘドロを啜る生活に堕ちていくわけか。哀れだなぁ。クククッ」


司の言葉に3人の顔には早くも死相が浮かんで見えた。
すると山野美奈子がガタガタと震えはじめた。


「あ、浅井さんと鮎原さんが悪いんです。」

「美奈子!?」

「浅井さんと鮎原さんが奥様を追い詰めたんです。奥様のダンスを嘲笑って、奥様は道明寺様に相応しくないから他の方に譲るべきだって言って。私は止めたんです! でも聞いてもらえなくて。」

「美奈子! この裏切り者! あんただって奥様のこと珍獣だとかすぐに飽きて捨てられるとか散々に言ったじゃない! 挙げ句は早く離婚届に判を押せとまで言ったくせに!!」

「そ、それは浅井さんに脅されたんです!! 従わないと取引を打ち切るって言われて、うちみたいな歴史の浅い会社は仕方なかったんです! 本心じゃありません!」

「美奈子…あんたよくもそんな嘘ばかり抜け抜けと。道明寺様、こんな女の言うこと信じないでください! 全部嘘です!」


ガァンッ!!


司はもう一度テーブルを蹴り上げると立ち上がった。


「2分経った。話は終わりだ。」

「道明寺様!」


3人は先を争うようにソファから床に移動し、司の足元で額を擦り付けるように土下座をした。


「も、申し訳ありませんでした! 悪気があったわけでは、決して。奥様の重荷を少しでも軽くできればという…」

「私は言ってません! なにも言ってません!」

「どうか、どうかご温情を…」


慈悲を乞う3人に、司は裁きの大天使ウリエルのように微笑み、罪人の中から善人を救い出そうとするように穏やかに告げた。


「そうだなぁ、だったら、お前らに最後のチャンスをやろう。さっきの、つくしが俺を愛してない、別れたいと言ったってのも嘘だよな? 俺に真実を教えてくれるのは誰かな?」


司の美しい微笑みと言葉に光明を見つけた3人は、先を争って口々に真実を告げた。


「うっ、嘘です! 浅井さんが勝手についた嘘です!」

「奥様はそんなこと言ってません! 私だけは奥様の味方でした!」

「こ、この人たちに強要されたんです! いつもそうなんです! 本当の黒幕はこの人たちですっ!」


互いになすり合い、貶め合う女たちに司の酷薄な笑みはスッと引き、代わりにその目は肥溜めでも見るように細められた。


「誰一人救う価値のない汚らわしい女どもだ…お前らみたいな汚れた女が俺からつくしを奪おうとするとは、俺もいよいよ舐められたもんだな。」


司に倣って立ち上がった菱沼は、司から発せられる瘴気にも似た禍々しい空気を感じ取った。
それは未だかつて司が纏ったことのない真からの怒りを表していた。
このままではこの女性たちに対して何をするかわからない。
直接、手を下させてはいけない。
菱沼は気圧されそうになる自分を叱咤激励し、喉の奥からやっと絞り出した声を発した。


「副社長、お時間です。後のことは私にお任せください。」

「…そうか。害虫駆除は一斉に徹底してやらなければ意味がないぞ。」

「その点についても西田から教えを受けております。」


その言葉に司は菱沼を振り向き、ゆっくりと冷たい笑みの表情を作った。


「それは頼もしいな。では駆除しておけ。」

「かしこまりました。」

「俺は屋敷に帰る。」

「では、お車の手配を致します。」

「ん。」


それを最後に司は応接室を出て行った。
二人の会話を呆然と聞いていた3人の女たちに菱沼は向き直り、そしてフェミニストの笑顔を貼り付けた。


「愚かな人たちだ。司様から一番大事なものを奪おうとするなんて、身の程知らずでしたね。残念です。」


その言葉に3人は泣き崩れた。









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2020.05.11
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| 2020.05.11(Mon) 18:05:38 | | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

日々のコメントありがとうございます!
司が早々に気づいて、対処してくれたけど、これがいつまでもわからなかったらすれ違いから別れになってたかもしれないです。
それにしても、私の想像力の欠如でブラック司が上手く書けないジレンマが・・・
なんせ私の脳内の坊ちゃんはいつも幸せそうか、エロいだけだから(笑)


最近、特に脳のキャパの狭さ?小ささ?を実感してます。
考えることが少し増えたらトリアージされた記憶がどんどん消えていきます。
アホになってきてます( ;∀;)

nona | 2020.05.12(Tue) 11:49:32 | URL | EDIT

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| 2020.05.12(Tue) 12:19:16 | | EDIT

Re: タイトルなし

二次小説大好き 様

コメント、ありがとうございます!
そう言っていただけてホッとしました。
私の脳内の坊ちゃんは常につくしとラブラブか、もしくはエロエロなので、シリアスだったりブラックな坊ちゃんは妄想がとても難しいんです。だから今回もかなり難航しました。
読者の皆様に「生ぬるい!」と思われたらつまらない話になっちゃうなーと。
だからスカッとしたと言っていただけて、うれしいです。
この3人は花男には欠かせないモブキャラで、いつかこの3人の座談会とかしたいなーと思います。
(「nonaの部屋」に招こうかな?)

つくしと司はまだまだわかりあえませんが、幸せになってほしいと思ってますので、これからもおつきあいください^^

nona | 2020.05.13(Wed) 13:36:18 | URL | EDIT