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オフィスに入り菱沼から今日のスケジュールの申し送りを聞きながら、司は開いたPCで野村からの報告書を読んでいた。


「……以上です。本日は午後3時には退社していただき、森川さんを伴って20時の便で日本を発ちますのでよろしくお願いします。副社長からありますか?」

「そのスケジュール、30分空けてくれ。」

「30分ですか?」

「ああ、その時間にこいつらを呼び出せ。」


司はPCの画面を菱沼に向けた。




***




浅井百合子、鮎原エリカ、山野美奈子は道明寺日本本社第一応接室のソファに座り、期待と不安の入り混じった顔をしてある人物を待っていた。


「ね、私たち、どうして呼ばれたのかしら。」

「もしかして、見染められたんじゃない?」

「うそぉ! 私たち3人とも? じゃ、私が妻になるから、2人は愛人ね。」

「何言ってるのよ! そんなもの引き摺り下ろしてやるわよ!」

「「「やぁだぁ〜〜オホホホッ」」」


3人が盛り上がったところに、ノックの音が聞こえた。


「失礼します。」


入ってきたのは司の第一秘書、菱沼彰悟だ。
背の高い菱沼の黒い髪は司に憧れたツーブロックで、ストレートショートの長さに軽くツイストパーマを当て、無造作にかき上げたようにセットされていた。
年齢より若く見える顔は道明寺HD副社長の第一秘書としてはソフトな印象を与え、特に彼のキャラクターを伺わせるその表情のある目は、今は柔和ささえ感じさせた。
セミオーダーの濃紺のスーツは彼の痩身に添うタイトシルエットで、そこにも司への憧憬が読み取れる。
菱沼は3人が腰掛けるソファとはローテーブルを挟んだ向かい側のソファの前に立った。


「初めまして。私、弊社副社長、道明寺司の第一秘書をしております、菱沼と申します。本日はお忙しいところ、ご足労いただきありがとうございます。」


菱沼は軽く礼をしてから腰掛けた。
そして手元の書類をめくり始めた。


「早速ですが、浅井様、鮎原様、山野様ですね?」


と、菱沼は一人一人に顔を向けて尋ねた。
西田の薫陶を受けた菱沼は秘書課若手の中では最有望株で、そのため若くして司の第一秘書に抜擢されたのだ。
性格は西田とは真逆だったが、能力においては肩を並べるポテンシャルの持ち主だった。
しかし、いくら能力のある道明寺司の第一秘書と言っても3人からしたら格下の相手だ。
その男が名刺も出さず、自分たちに断りも許しもなしに、短い挨拶のみで目の前に腰掛けた非礼に、三人は三様に顔をしかめた。


「あの、道明寺様は?」


山野美奈子の問いかけに、菱沼は繰っていた手許の書類から顔を上げ、ニコリと人懐こい笑顔を見せて答えた。


「副社長は会議中でして。本日は私が対応させていただきます。」


しかし実際の司は自分のオフィスでPCから応接室をモニタリングしていた。
部屋に隠して取り付けられた複数のカメラは菱沼とその向かいに座る女3人を映し出している。
菱沼が入っていく前から3人の会話は筒抜けになっていた。


「勝手なことばかり言いやがって。誰なんだよ、こいつら。」


つくしと結婚してから忘れていた女の浅ましさ。
彼らに見えているのは道明寺の名前と財産、そして司の容姿だけで、司が心を持った人間だということも知らないのだろう。
濁った目をして臭気を纏い、追い払っても追い払っても蝿のように集ってくる。
そんな女たちとつくしの間に何があったのか。

その時、司の脳裏に初めて会ったときに見たつくしの瞳が蘇った。

白無垢姿の綿帽子の中から現れたのは清浄な瞳。
その強烈ななまでに清冽な光を放つ瞳が一瞬にして司に纏わり付く全ての邪気を払った。
思えば、あの時に司自身の心も射抜かれた。
だからもっと見たいと思ったのだ。
そして覗き込んだ彼女の瞳が見せる表情は清らかさだけではなかった。
脆さも慈愛も淫らな艶もあらゆる表情を見せてくれる。
しかし今、つくしはその瞳を司から逸らし、得体の知れない感情を揺らめかせていた。

その感情の正体を掴みたい。
また以前のように自分を真直ぐに見てほしい。
そしてその瞳に自分への愛を煌めかせて欲しい。

そのためにはあの日、何があったのかを知らなければならないと、司は爪の先まで整った長い指をデスクにカタンカタンと打ち付けながらPCの画面を見つめた。


画面の中の菱沼はまた視線を書類に戻していた。
その向かいに座る3人は、司に会えないと知った落胆の色を隠せない。
怪訝な顔で互いに目配せをしあっていた。
そんな様子を知ってか知らずか、菱沼は書類から顔を上げ、構わず本題に入った。


「皆様は先日の英徳学園創立記念パーティーにご参加でしたね。」


その言葉に「やっぱり!」とでも言いたげに3人の顔は同時に緩んだ。
中央に座る鮎原エリカが身を乗り出した。


「ええ! わたくし達3人で出席しておりました。」

「そこで、副社長の夫人と接触されましたか?」

「え…?」


唐突に告げられた存在に一瞬でその表情は動きを止め、鮎原は乗り出していた体を戻し、左右の2人と目を見交わした。


「会場の東側レストルームで接触なさいましたね?」


菱沼の目はその光に鋭さを持って3人に注がれている。
それは3人の大いなる野望に暗雲が垂れ込め始めたことを示していた。

あの女が告げ口した?
何をどこまで把握しているのだろう。
でもあの会話を他の誰かに聞かれたわけではないだろう。
だとしたら証拠はない。
あの女の讒言だと、あの女はそんな讒言を吐く賎しい女なのだと、逆にこちらに優位に持っていけるかもしれない。

3人は数秒で示し合わせ、代表したのは一番奥に座る浅井百合子だった。


「はい、たまたまご一緒になりましたので、ご挨拶させていただきましたわ。」

「そうですか。その時、どんな会話になりましたか?」


会話したかしていないかではなく、したことは確定的な菱沼の言葉に、つくしが夫、道明寺司にレストルームでの一幕を告げ口したのだと百合子は確信した。


「何ということのない内容ですわ。奥様は英徳のご出身ではないと伺いましたので、当時の道明寺様のことを少し。」

「それはどういう。」

「取り止めのないことです。恋人だった華園様とは引き裂かれても、奥様という素晴らしい方と出会われた道明寺様はお幸せですね、と申し上げたんです。それだけですわ。」


画面から聞こえた名前に司はデスクに打ち付けていた指を止めた。


華園…?


司は創立記念パーティーの詳細をもう一度思い返した。
つくししか見えていなかったからうろ覚えだが、一緒に壇上に乗せられた女がそう言えば華園公子だったかと思い出した。


俺は英徳創設者の子孫として、主な学校行事には行儀良く参加していたんだ。
でもプロムは女を誘わないといけないから一番、億劫で。
あきらや総二郎はさっさとパートナーを見つけやがるし、類は出ないとか言い出すし。
そしたらあっちから誘われて、面倒だった俺はこいつでいいかって承諾したんだ。

でもあの女、プロム当日は肩も背中も大きく露出した真っ赤なドレスを着てきて、いちいち俺に流し目をしやがる。
あー、こいつはシキタリを破ったな、とすぐにわかった。
そんなフシダラな女に触れられるのも嫌で俺はパートナーなしで参加してた類と踊ったんだ。
そしたら周りが騒ぎ出して。
生徒の投票では実際、類がクイーンに選ばれちまって運営がそれはマズイって言い出したんで、急遽、俺のパートナーだったあの女がクイーンになったんだ。
だから仕方なくセレモニーの一曲だけは踊ってやったが、その間もグイグイと体を押し付けてきやがって、下品なんてもんじゃない。
女に萎えるって経験を初めてしたのがあの時だった。

その華園が俺の恋人!?
いつからそんなことになってんだよ!
そしてそれをつくしに言ったってのか?
ふざけんじゃねぇぞ!


しかしその時、司の頬が微かに緩んだ。


もしかして、またヤキモチか?
俺に恋人がいたと思って腹を立てた?
それであいつの態度が硬化したのか?
だとしたら、あいつは俺のことが……?


しかし男心を揺さぶる不安の波は思考をそこで止めない。


いや待て。
あんな品のカケラもない女に俺が惚れていたとつくしは聞かされたんだろ?
つくしの目に俺はどれだけ愚鈍な男に映ったんだ?
俺に対する評価が暴落じゃねぇか!
そんな男は自分に相応しくないと思われていたとしたら……

許せねぇな…
愚かしい嘘でこの俺様をあんな売女と同等に貶めやがって。
そしてつくしに俺に対する不信を植え付けた。
この代償は高くつくぞ!


燃え上がる怒りに身をまかせようと立ち上がりかけた司の耳に、会話の続きが聞こえてきた。


「本当にそれだけですか?」

「ええ、そうです。こんな話のために、私たちは呼ばれたのかしら。」

「はい。奥様付きのSPがレストルームから漏れてくる唯ならぬ声を聞いていましてね。副社長が是非とも真相が知りたい、と申しまして。」

「オホホホ! 随分と愛妻家でいらっしゃるのですね。でもご心配なことは何もありませんでしたわ。ただ…」

「なんでしょう。」

「いえ…」

「おっしゃってください。」


少し俯いて逡巡を見せた百合子は、一呼吸おいてから決心したように菱沼に顔を上げた。


「ここにいるお二人も証人なんですが、奥様は突然、取り乱されて。それはもう驚いてしまって。ねぇ?」


百合子は自分の左に座るエリカと美奈子を振り向いた。
二人も「ええ、そうよ。」「驚いたわ。」と話を合わせて相槌を打った。


「ほう…奥様はなんと?」


喰いついた菱沼に百合子は微かに口角を上げた。


「道明寺様を愛してないって。結婚したのは仕方なくだった、華園様のような方のほうが相応しいから、そういう方がいれば早く別れたいって。そう取り乱して大きなお声でおっしゃって。私たち、落ち着いていただこうとお慰めしたんですのよ。」


マズイ!と思ったのは菱沼だった。
今この瞬間、司がこの部屋をモニタリングしている。
きっと聞いているに違いない。
妻を愛し始めた司が、妻からは愛されていないなど、はっきりと聞かされればどれほど心を痛めるだろう。


「そんな、本当に奥様はそこまでおっしゃいましたか? 何かと聞き間違えたのでは?」

「いいえ。はっきりと仰いました。道明寺様と別れたい、と。」


その時、応接室のドアがノックに続いてすぐさま開いた。








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2020.05.10
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| 2020.05.10(Sun) 17:36:51 | | EDIT

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| 2020.05.10(Sun) 21:44:34 | | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

コメント、ありがとうございます!!

やはりつくしんぼ様は書き手だけあって読みが深い!
結構、私自身も気づいてなかった視点をいつも気づかせてくださいます。

そしてスランプのせいで忘れていたこともあり(苦笑)
「ああ、そうだったな」と言われて気づきました。(ヤバい・・・)

浅井たちは早々に終了です。
モブ・・つらいよのぉ

nona | 2020.05.11(Mon) 10:12:12 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

ゆずぷりん 様

コメント、ありがとうございます!
お待たせしました!でもいまのところ10日分しか投稿できてないんですけどね^^;

類なら女性のポジションも踊れそうだし、司なら下手な女子と踊るくらいなら気心の知れた類と踊りそうだな、と思いました。
きっと美しいペアだったでしょうね。
私もきっとクイーンは類に投票してたと思います。

これから波乱がありますが、ハッピーエンドを目指してふたりにも頑張ってもらおうと思ってます!

nona | 2020.05.11(Mon) 10:32:23 | URL | EDIT