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【第一話祭り】その4








「暑い・・・」


7月に入り、気温が35度に迫ろうかという東京。
いくらオシャレなお店が建ち並ぶ代官山だとて、雰囲気だけで涼風が吹くわけもなく、先輩の三山と共にホテル・メープルの制服に身を包んだつくしは額の汗をぬぐいながら、ヒールを履いた脚を休めずに歩を進めていた。

つくしは大学卒業後、楓の勧めでメープルホテルに入社し、グランド・メープル・東京のブライダル部門に配属されていた。
つくしの人を惹きつける能力と人当たりの良さ、元から備わっているホスピタリティ、そして頭の回転の良さからの対応力はブライダルプランナーという職を得てさらに輝きを増した。
司との付き合いは7年になっているが、途中の5年間は遠距離だったため、恋人らしい期間はまだ2年程度だった。


「先輩、弓浜ローブ・ド・マリエって本当に代官山でしたっけ? 青山にもありませんでした?」


二人は今、顧客の指定したウエディングドレスデザイナーを訪ねる最中だ。


「つくしちゃん、青山にあるのは事務所。代官山は店舗兼アトリエよ。弓浜先生がいらっしゃるのはこっち。」


ホテル・メープルでは世界中の有名デザイナーによるプレタポルテマリエのレンタルからメゾンのオートクチュールマリエのオーダーまで取り扱っているが、それ以外にも顧客の要望があれば個別のデザイナーにドレスをオーダーする仲介も行なっていた。

今回はつくしと三山が担当するカップルの新婦が、子供の頃から憧れだったといいう“ KEI YUMIHAMA ” ブランドのウエディングドレスの商談だった。
引き受けてもらえるかまだわからない。
メープルの名を出せば通らない案件はなかったが、つくし自身が相手の名前だけでひれ伏す人間ではない。
メープルの名前に奢らずに誠心誠意、お願いする心算だった。

代官山駅からやや坂を下った住宅街にそのアトリエはあった。
コンクリートの打ちっぱなしで窓もないその2階建の建物は、突然、住宅街に現れた箱のようだった。
外からは店舗、ましてやウエディングドレスを扱っているとは全くわからない。
その箱の端に小さくYUMIHAMA Robe de Mari'ee Atelierというレリーフが貼り付いていた。

1日限定1組の予約しかとっていない店舗兼アトリエで、今日はつくしたちとの商談のため、予約は入っていないと言っていた。
小洒落た建物は得てして出入り口がわかりにくい。
不審にならない程度に周囲を伺い、やっとそれらしき扉を見つけた。
が、今度は呼び鈴が見つからない。
「これだからお洒落な建物ってのは・・・ 」とブツブツと言っていると、いきなりドアが開いた。


「あれ? メープルさん?」


中から顔を出したのは40代と思しき男性だった。


「あ! はい、失礼しました。グランド・メープル・東京から参りました、三山と、」

「牧野です。」

「ああ、暑いところをようこそ。分かり難かったでしょ?さあ、入ってください。」


エアコンの冷気に上昇した体温が一気にクールダウンされていく。
この瞬間の極楽さといったら、格別のものがある。
アトリエに入り、見回してつくしは歓声をあげた。


「わぁ〜〜〜!!」


中に入ると壁に沿ってぐるりとたくさんのウエディングドレスがディスプレイされている。
そのデザインはもう秋冬物らしく、肌の露出を抑え、暖かみと光沢のある素材だったり、ファーだったりが使われている。
シルエットも様々で、中でもつくしの目を引いたのはスカート部分がフィッシュテールになっているドレスで、前が超ミニ、後ろはドレープのように長かった。
メープルでは断られそうな扇情的なドレスだったが、なぜか桜子の顔が浮かんだ。

サロンの中心に設えられた商談スペースに案内され、椅子に鞄を置き、中から名刺を取り出した。


「弓浜先生、本日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます。改めまして、この度、酒井様よりのご依頼でお伺い致しました三山と申します。」


先輩が名刺を出したのに続いてつくしも名刺入れから顔写真と名前が印刷された名刺を取り出す。
名刺入れは椿から贈られたもので、蓋の表に"TSUKUSHI"と刻印されている。
ファーストネームだけなのは、後から". D"を加えるためだと椿から聞かされた。


「いやいや、今時珍しい律儀な方ですね。メープルほどのホテルの担当者があなた方のような謙虚な人だとは、嬉しいですよ。」


弓浜啓は名刺を受け取り、席に着いた。
3人が座ったところでスタッフがコーヒーを給仕した。
その後、そのスタッフも交えて商談はスムーズに進み、半年後の式に向けてドレスのオーダーが決まった。


「ところで、今日、あなた方が来られることを知人に話したところそのご友人が是非、会いたいと言い出しましてね。よろしいですか?」

「ええ、もちろんです。」


弓浜がスタッフに耳打ちすると、スタッフは隣室から一人の女性を連れて戻ってきた。


「三上さん、牧野さん、紹介しますよ。こちら五条院蝶子さんです。」


つくしはハッとした。
五条院家と言えば、桜子の三条家に次ぐ公家出身の名家で、日本で数少ない道明寺家より格上の家柄だった。
華族制度がまだあった時代、五条院家は公爵、道明寺家は伯爵だったのだ。
ビジネスにおいても五条院は600社以上のグループ会社を抱える大財閥である。


「はじめまして、五条院蝶子です。」


そんな大財閥のご令嬢であるはずが、蝶子はつくしたちに向かって頭を下げて礼をし、顔を上げてニコリと微笑んだ。
その姿はまるで日本人形のようで、微笑んだ可愛らしさに目が合ったつくしは思わず赤面した。


「はじめまして、わたくしグランド・メープル・東京から参りました、三上です。こちらは牧野です。」


つくしたちもまた深々と頭を下げた。
頭を上げたつくしを見て蝶子はクスッと笑いをこぼした。


「そんなに固くならないでください。牧野さんと私は同世代でしょう? ブライダルプランナーさんがいらっしゃると聞いて、啓先生にご無理を申しましたのよ。いろいろお話を伺いたいわ。」

「では、近々ご結婚のご予定でいらっしゃいますか?」

「ええ、そうなる予定ですの。」


蝶子とつくしはすぐに意気投合した。
五条院家には婚姻に関する数々のしきたりや式次第があったが、蝶子はやはり現代風のチャペル式に憧れるという。


「そのときはわたくしも啓先生にドレスを作っていただく約束なの。ね?」

「蝶子さんのドレスとなると、お父様が僕なんかにお許しになるか。」

「あら、お父様はわたくしがお願いすれば何でも叶えてくださいますわ。お父様は跡継ぎさえ確保できればいいんですもの。」


蝶子の言葉に悲壮感はなかったが、どこの家でも財閥ともなると同じような親子関係なのかとため息が出る思いだった。
でもそんな中でも五条院家ほどの家柄の蝶子でも好きな男性と結婚できるのだと思うと、つくしは司とのことに希望の持てる思いだった。


「牧野さん、もし私がチャペル式をするときには是非、牧野さんにプランニングをしていただきたいわ。」

「ええ、もちろんです! メープルスタッフ一同、お待ち申し上げております。」


つくしと三上は弓浜のサロンを後にした。




***




つくしは大学を卒業し、就職してから名目上、一人暮らしをしている。
司が5年でNYから戻った時に同棲しようと提案されたが、それは楓によって一蹴されていた。
良家の子女ならおおっぴらに婚前交渉するものではない、と。
しかし司は尚も譲らず、それならば、と自身が所有するマンションのペントハウスをリフォーム。
1戸だったところを全く同じ造りの2戸にし、片方に自分、片方につくしを住まわせることで決着したのだ。
しかも、クローゼットに隠し扉までつける周到ぶりで楓の言う不名誉な『同棲』は避けながら、司の希望の『同棲』に限りなく近い空間を作り上げた。
つくしは司の執念深さに呆れながらも、5年も離れていた時間を埋めたかった気持ちに変わりはなく、司の隣での一人暮らしを受け入れたのだった。

婚約はつくしが大学3年の春に二人の間で取り交わしていたが、実際の結婚話はまだ出ていなかった。
司もつくしも、もっと恋人状態を楽しんでいたかった。
結婚してしまうとつくしに道明寺という家の名が重くのしかかり、また別の義務が生じてくる。
まだ20代前半だった二人はつくしが25になるまでは自由を楽しむことにしていた。

弓浜ローブ・ド・マリエから帰社し、業務を終えて帰宅したのは20時過ぎだった。
夕食は司と時間が合うことが少ないためいつも軽く済ませ、逆に出張でもない限りいっしょに食卓を囲める朝食はしっかり食べるスタイルだ。
この日もつくしはさっさと夕食を済ませ、入浴し、翌日の朝食の仕込みに入った。

23時を過ぎると、つくしのクローゼットを通って司がリビングに現れた。
当初、隠し扉の存在を知らされておらず、寝室で目覚めると司がいて驚いたが、今ではデフォルトな光景だった。


「おかえり〜」

「おう」


すでに入浴を済ませたのが緩くなった髪の癖でわかる。


「食べた?」

「ああ、今日は会食だったから」

「じゃ、お茶にしよ。」


つくしはキッチンに入り、いつも寝る前に飲んでいる日替わりのハーブティを準備した。
司が少しでも安眠できるようにと激務で尖った神経を宥める効果があるものを色々と揃えて、その日の気分でいっしょに飲んでいた。
飲みながらその日あった出来事を報告し合うのが日課だった。

司もキッチンに入ってきた。
キッチンに入るとつくしの後ろ姿を至近距離で堪能できる。
仕事中は長い髪を低い位置で束ねているが、家では高い位置でのポニーテールにしていて、後れ毛がかかるうなじがよく見える。
つくしは司が自分の手元を見ていると思っているが、そんなものは全然見ていない。
ずっと耳の後ろからうなじ、そして見えそうで見えないその先の胸元を見ていた。

吸い込まれるように無意識に手が伸びる。
束ねられた髪を抑え、うなじにチュッとキスを落とす。
「あっ」と反応したつくしがキスの跡を抑えて振り向いた。
イタズラを咎めるような膨れ顔で見上げてくる瞳は、本気で怒っていないことを教えてくれる。
その顔も可愛くて今度は唇にチュッとキスをする。


「もう! いつでもどこでもしないで!」


今度は少し頬を赤らめて睨んでくる。
もうこんなじゃれ合いも2年以上になるのに、彼女はまだその顔が司を煽ることに気づいていない。


「んな可愛い顔で睨むな。もっとするぞ?」

「何言ってんだか。今日はオレンジピールにしたよ。ほら、座って!」


照れ隠しに司をキッチンから追い出して、つくしは2人分のハーブティーをトレイに乗せた。
いつもはテレビを消して、リビングのソファに座る司の向かい側でラグに直接座って向かい合うつくしだが、今夜はスポーツ中継が延長になって、いつも見ているドラマが時間変更になっていた。
司とやや隙間を開けてテレビが見える位置のソファに座った。
ドラマを気にしながら司にも向き合う。


「今日ね、」

「ん、」


いつも話し始めはつくしだ。


「代官山のウエディングドレスデザイナーさんとこに商談に行ったんだけど、そしたら五条院のお嬢様を紹介されたの。顔がすっごく小さくてね、日本人形みたいな本物の美少女? 美女? だったぁ〜」

「五条院?」

「うん。蝶子さんて言ってね。私と同世代だって言ってたけど、どう見ても20歳前後にしか見えなかった。でね、結婚のご予定があるんだって! その時には是非私にプランナーになってほしいって!」
「・・・」

「どうしたの?」

「いや、俺の今夜の会食の相手も五条院だったんだ。五条院顕信。財閥総帥がわざわざお出ましで驚いた。公の場にもほとんど顔を見せないで有名なのに。俺とお袋を指名してきた。」

「名目はなんだったの?」

「同じ財閥系としてオリンピックを控えた日本をさらに発展させて行きましょうとかなんとか。親父やお袋とは親交があるのは知ってたがなんでこんな時期に、と思ったら次期総帥を任せる娘婿を見つけて次世代への根回しってわけか。しかし娘が結婚するとは言ってなかったがな。」

「蝶子さんて一人娘?」

「ああ、お袋さんはかなり前に亡くなってる。」

「ふーん・・・」


その時だった。


ピリッピリッ! ピリッピリッ!


テレビからニュース速報を伝える注意音が流れた。
条件反射でふたりは振り向いた。


“ 新道製鋼 数値改ざんが発覚。アメリカでの取引停止 ”


ガシャンッ!


ティーカップを落としたのはつくしだった。








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2019.05.04
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| 2020.04.25(Sat) 12:01:29 | | EDIT

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| 2020.04.25(Sat) 14:06:01 | | EDIT

政略結婚もののノナさんのものも読んでみたい。
けど、政略結婚系、つくしちゃん以外の女性が司と結婚するやつは苦手です〜〜。
一番目もそうか…。
こっちのがドロドロしてそうで読むのが怖い〜。鬼畜もの、政略結婚ドロドロ女系は少し苦手なカオカオです。

カオカオ | 2020.04.25(Sat) 19:09:28 | URL | EDIT

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| 2020.04.25(Sat) 21:34:11 | | EDIT

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| 2020.04.25(Sat) 21:37:08 | | EDIT

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| 2020.04.25(Sat) 21:40:01 | | EDIT

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| 2020.04.25(Sat) 21:42:36 | | EDIT

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| 2020.04.27(Mon) 22:38:13 | | EDIT

Re: タイトルなし

みー 様

コメント、ありがとうございます!
あー、やっぱそう思いますよね。ですです。
でも私は司を愛してますので、できるだけ彼が苦しまない展開で書きたいと思います。
(「って、おい!どの口が言うんだよ!」って坊っちゃんの声が聞こえました(^^;))

nona | 2020.04.28(Tue) 00:48:48 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

スリーシスターズ 様

コメント、ありがとうございます!
この1話から察していただいたようになると思いますが、そこは私です。
長い二次ファンの方でも読んだことがないような展開で、また新鮮な気持ちで楽しんでいただけるのではないかと思います。
でも結構リスキーな作品でして、スリーシスターズ様は別の意味で潜っちゃうかもしれません。

4作品のなかで、結果はだいぶ見えてきましたが、どれになっても楽しんでいただけたら幸いです。

収束はまだまだ見えませんね。
日常が侵されたままで過ごさなければならない欲求不満が溢れそうなほどに溜まっています。
でもそれでもじっと堪えねばならないですね。
スリーシスターズ様も、どうかお気をつけ下さい。

nona | 2020.04.28(Tue) 01:28:52 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

カオカオ 様

コメント、ありがとうございます!
政略結婚という、つかつくに定番の話は書いたことがなかったですよね。
ただ、そこはひねくれた私ですので、皆様に経験のない話をご提供できればと思っています。
私も司が他の女と結婚するのは苦手なので。他の女のファーストネームを呼ぶのさえ嫉妬します。

というわけで連載が始まったらまたご感想などお寄せくださいね〜。
待ってます!

nona | 2020.04.28(Tue) 01:34:30 | URL | EDIT

Re: すみません…コメントの続き最後です

瑛里 様

熱のこもったコメントを、ありがとうございました!
壮大なコメントを嬉しくて緩む頬を抑えきれずに読ませていただきました。
私も他の方の作品を読みながら妄想を繰り広げることが多々あります。
だから瑛里様も二次が書けると思いますよ。

さて、「I am」も「プライド」も気に入っていただけたようで嬉しいです。
私は二次の諸先輩に敬意をこめて、誰かと被るお話は書くまい、と心に決めています。
ですからこれらの作品も、瑛里様が今まで読んだことのない作品であることはお約束致します。
司は確かに政略結婚をするかもしれません。でもその理由は驚くべきものです。
そして司とつくしの愛はどの作品においても普遍です。
だって、司が他の女の名前を呼ぶのも私は嫌なんですもん。
つくしのことは「牧野」なのになんでその女はファーストネームなのよ!って常々モヤモヤしております。

他の2作品に関してもご期待をいただいているようでやる気が出ます!
まずは夫婦恋愛の完結に向けて邁進して、そのあとに次回作をゆっくりと練りたいと思います。

これからもよろしくお願いします^^

nona | 2020.04.28(Tue) 01:44:39 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

ゆずぷりん 様

コメント、ありがとうございます!
選べないと言ってくださってありがとうございます!
とっても嬉しいです!

どの話になっても、ゆずぷりん様を予想外の世界へお連れする自信はあります。
ただ、そこに向かう過程でちょっと気分が落ち込むことがあるかもしれませんが。
ドカえもんだけは優しい楽しい世界観だと思います。
その前に「夫婦恋愛」でホッコリしていただけるように、完結を目指したいと思います。

nona | 2020.04.28(Tue) 02:00:27 | URL | EDIT