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昼を過ぎる頃になってやっと起き上がったつくしは、今日のレッスンをキャンセルして気分転換に庭を歩いていた。
広大な屋敷の大半を占めるのは見事な庭園だ。
つくしがここへ来てからの2ヶ月の間にも、様々な花がその可憐な姿を見せており、散策の合間には庭の所々にある東屋で休憩するのが常だった。

庭園は今、年に2回ある剪定の時期だ。
冬場ほど大掛かりではないが、春の芽吹きが一通り終わったこの時期にも行われる。
そのため、庭のあちこちで屋敷所属の庭師が脚立に登って剪定バサミや刈り込みバサミで丁寧に枝を切り落としていた。


「健太ーー! お前の植木バサミくれぇ!」


親方らしき男性が隣の松の木を世話する若い庭師に声をかけた。
頭に白いタオルを巻き付け、青さのある紺の作業着姿の健太と呼ばれた若い庭師は脚立を降り、親方に駆け寄った。


「どうしたんですか?」

「いよいよ先が合わなくなった。50年も使ってんだ。寿命かな。お前のを貸してくれ。」

「わかりました。じゃ、俺はあっちの皐月をやってます。」

「おう、悪りぃな。」


若い庭師は親方にハサミを渡すと、自分の脚立に戻りそれを抱え上げて移動し始めた。
その様子を東屋から見ていたつくしは、胸の鼓動を抑えながら目の前を通り過ぎようとする庭師に声をかけた。


「あの、すみません。」

「えっ?」


いるはずのない女の声に庭師は東屋を振り向いた。
長い黒髪を横で束ね、つば広の帽子を被った色の白い、目の大きな可愛らしい女性が立っていた。


「あの、失礼ですが、もしかして藤村健太…さんですか?」

「え、ええ。そうですけど。」

「やっぱり! 健ちゃん、あたし! つくし! 牧野つくし!」

「つくし?……あっ! ああーー! つくし! おー? お前こんなとこでどうしたんだよ!」

「えっ? えーと、あはは、どうしたんだろうね〜。」


健太はつくしを下から上までマジマジと眺めた。
記憶の中のつくしとは似ても似つかない上品な服装で、遠い昔の真っ黒に日焼けして遊んでいた幼いつくしの面影はどこにもなかった。


「もしか、お前が新しい奥様…か?」

「…まぁ、そうらしいね…」


つくしは視線を彷徨わせた。


「親爺さーーん、俺、ヤボ用でちょい休憩しまーす!!」


健太は振り向いて叫んだ。
親方からは「おー」と返事が返ってきた。
健太は脚立を寝かせて置くと、東屋に入ってつくしの隣に腰掛け、庭師用の手袋を外して作業服の胸ポケットに仕舞い込んだ。
つくしは白い帽子を脱ぎ、傍に置いた。


「すっげぇ久しぶりだよな。」

「ん、だね。」

「社宅に住んでた時だから、最後に会ったのは俺が小5でお前が小3か?」

「そうそう! いっつも社宅の中庭にある公園で遊んでたよね。夕方になってさ、音楽が鳴っても健ちゃんはいつまでも滑り台から降りなくてさ。」

「ンでつくしに『仮面ライダー』ごっこの悪役を押し付けてな。」

「あったねー!いっつも進をお姫様にしてさ、助ける話作って。」

「『仮面ライダー』に『マリオブラザーズ』が混ざってんのな。」

「そうそう! あははは!」


人に対して久しぶりに抱く親近感。
思い出の中はいつでも輝いていて、つくしの心を無邪気だった童心に帰した。


「…どうした?」

「え…どうしたって…?」

「泣いてるから。どうした?」

「泣いてる?」


つくしは自分の頬に触れた。
指先をひと滴の涙が伝った。


「ほんとだ…なんで…」

「道明寺家に新しい奥様が来たって話は聞いてた。それがまさかつくしだなんてな。あ、いや、奥様って呼ばなきゃならないか。」

「やめてよっ。あたしは変わらずただのつくしだよ。」


健太は作業服のズボンのポケットからハンカチを取り出し、つくしの顎に伝う涙を拭った。


「これ、今日はまだ使ってないから、清潔だから。」

「…ありがと。」


健太から差し出されたハンカチを受け取って涙を拭えば、ほんのりとフローラルな香りがして、つくしはそっと健太の左手に視線を滑らせた。


「なんか…辛い思いしてんのか?」


健太が先ほどまでの軽い空気を抑えてつくしの頭にポンと手を置いた。


「はは…してないよ。なんかすっごく懐かしくなっちゃっただけ。はい、ハンカチごめん、ありがとう。」


つくしから返されたハンカチを健太は無意識に鼻先に当て香りを嗅いでからまたポケットに仕舞い込んだ。


「健ちゃんはどうしてここに?」

「ああ、俺はここの造園部勤務なんだよ。」

「え!? 職員さん?」

「そうそう。園芸高校を卒業してこの道明寺屋敷の造園部に就職してさ。さっきのが俺の上司。上司つっても親方だけどな。」

「こういうの、好きだったの?」

「うん、そうだな、あの頃から好きだったんだろうな。母方の爺さんが庭師でさ。帰省の度に仕事手伝ってたら将来の夢になってたな。」

「そうだったんだ! じゃ、結婚は?」

「ああ、してる。」


そう答えた健太の顔が微笑もうとしてすぐに真顔に戻った。


「プッ、あたしに気を遣わないでよ。健ちゃんの幸せ話を聞かせてよ。」

「そうか?」


つくしに言われて、健太の顔が綻んだ。
それはあの幼い日に、進が扮するピーチ姫を救出した時そのものだった。







「……でな、俺がさ…」

「えー! マジで!? 奥さんそれでよく結婚してくれたね!」


健太とその妻の話で盛り上がる。
恋愛結婚の二人の、つくしには経験のない馴れ初めやプロポーズの話に僅かな乙女心がチクリと痛んだ。


「で、お前は? 若旦那様とはどうやって知り合った? 恋愛か?」

「まさか! あたしさ、試験に合格しちゃったんだよね。」

「試験!?」

「花嫁試験。それと知らずに受けてさ、最終選考で道明寺の総帥と社長に説得されたの。」

「総帥と社長が出てきたら受けるしかないな。」

「一度は断ったんだけどね。根負けしちゃった。夫になる人の顔も知らなかったんだよ、あたし。」

「ははっ、つくしらしいな。あの超絶イケメン御曹司の顔も知らないとか。」

「…確かに、すごい綺麗な人だよ。でもあたしはもっと普通の人がよかったな。」

「なんで?」

「旦那様はね、綺麗でね、純粋な人なの。モテるだろうに女遊びとかしたことなくて、道明寺の跡取りとして真面目に頑張ってきた人なんだって。そんな人にあたしだよ? 釣り合わなさ過ぎでしょ。もっとブサイクでもっと性格悪かったら「結婚してやったのにふざけんなー!!」ってガツーンとぶつかっていけたのかも。」

「ブサイクじゃなくてもぶつかっていけばいいじゃん。」

「んー、そうだねぇ。でもあんまりにも自分と価値観が違う人だし、よく知らない人だし、会いたい時に会える人じゃないし。」

「なんか、いろいろあるみたいだな。」

「ボヤいちゃった。ごめんね、あはは!」


つくしは帽子を取って立ち上がった。


「さ、もう戻らないと。」

「な、つくし、」

「ん?」

「良かったらさ、お前も土いじりとかしてみれば?」

「土いじり?」

「ああ。今はガーデニングって言った方が通じるか。自分の花壇を作らせてさ、お前が暇な時でいいから花を植えたり、草を抜いたり。命を育てるのっていい気晴らしになるぞ。」

「花壇か……わかった。聞いてみるね。」


健太も立ち上がった。


「おう! そしたら俺が手入れを教えてやるよ。」

「うん、ありがとう!」


二人は東屋を後にして歩きながら互いの家族の近況の続きを報告し合った。









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2020.03.07
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| 2020.03.07(Sat) 17:07:47 | | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

コメント、ありがとうございます!
そうそう、フラグ…ニヤリ
つくしも他の誰もまだ知らない、司が恋をするとどうなるのか。
司自身も知りませんもんね。
さあ、健ちゃんはどのタイミングで再登場するのかな?
そのとき、司の心理はどんな状態かな?<ーイジワル

パス制へのご理解ありがとうございます。
基本、あまり読まれたくないからあそこに仕舞ってるわけなので、自力でどうにかしてもらうしかないですよね。

nona | 2020.03.08(Sun) 09:42:54 | URL | EDIT