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道明寺邸の地下は2階まであるが、地下1階は半地下になっている。
そこにはリネン室や調理室、更衣室、そして使用人専用の60人ほどが座れる広い食堂があった。
食事の提供は7時〜20時、ベーカリーの提供は24時間行われ、ドリンクバー方式でいつでも休憩が取れるようになっている。
使用人はもとより、警備、庭師、車番など、道明寺屋敷で働くあらゆる人が利用可能だ。

そこで今はそれぞれの主人を送り出した2人が休憩を取っており、島田がローズヒップティーの入ったカップを置き、息を吐き出した。


「森川くん、旦那様の御渡り、もう3日連続よ。ちょっと控えるようにそれとなく申し上げてもらえない?」


森川は島田の向かいでサンドイッチを頬張っている。


「モグ…もう申し上げてます。でも無理ですよ。やっと解禁になって楽しくて仕方ないんですから。」

「そりゃわからないでもないけど、奥様はお疲れよ。だってあれ、1回で終わってないでしょ。」

「まあ、でしょうね。旦那様が奥様の部屋から出て来られる時はすこぶる満足気ですからね。」

「ご懐妊にでもなれば2年は解放されるけど、旦那様のお許しが出るのはいつになることやら。」

「それを知ったら許さないだろうなー。また2年も我慢するなんて覚悟、まだまだできそうにないですよ。」

「飽きるまで無理ってことかしらね。」

「奥様が保つかな。」


サンドイッチを皿に置いてコーヒーを飲んでいる森川に向けて、島田の銀縁メガネが光った。


「そう言えば、旦那様に女遊びを推奨したのはあなた?」


森川がコーヒーカップから顔を上げた。


「推奨だなんて人聞きが悪いですよ。1週間待てないって仰るから、だったら他の女性はどうですか?ってお膳立てしただけです。」

「お膳立てって…ハァ…やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ。だったらあの騒動も森川くんのせいじゃないの。」

「だって、お可哀想だったんですよ。あそこまで我慢したんだから、ちょっとくらい遊んだってバチは当たりませんよ。」

「で、本当のところはどうなの? 愛人、できそうなの?」

「島田さんだってワクワクした顔になってるじゃないですか。できそうじゃありませんよ。お二人ほどお世話しましたけどダメでした。今のところ、旦那様は奥様じゃないとダメみたいです。」

「ふーん…なんだかもったいないような気もするけど、司様の純粋さから言えばそれが順等かもしれないわね。」


すると島田は森川に身を乗り出した。


「ね、あれ、どう思う?」

「あれって?」

「奥様が言ってた「旦那様に好きな人ができたら」って話よ。本気かな?」

「うーん、どうでしょう。僕はそれも寵愛を受けるための作戦かな? なんて穿ってますけど。」

「駆け引きってこと? だとしたら大した人よね。」

「だって事実、あれ以来、旦那様は奥様にこだわり始めてますし、早く帰るためにお仕事も打ち込んでらっしゃるようですし、なにより御渡りを毎日、楽しみにされてます。旦那様の方がもう奥様に夢中ですよ。」

「殴られたのに? プッククッ、ごめん。でもあの時の旦那様の顔、思い出したら笑っちゃうわ。」

「だからでしょうね。もっと奥様の本当の姿が見たくなっちゃったんじゃないでしょうか。どうやったら殻を壊せるか、お考えなんでしょう。」

「じゃ、今日のデートもそれで?」

「んー、奥様はまだ旦那様との間に壁を築き上げておいでですからね。それを突破するきっかけがわからないんだと思います。」

「そりゃそうよ。あのお歳まで女性と親しくしたご経験がないんだもの。これからでしょ。」

「先は長いですね。」


森川と島田は互いの主人に思いを馳せて持ち場に戻った。




***




いま、つくしの目の前には眩しくて目が開けられないほどのジュエリーが並んでいる。


「どれでも好きなものを好きなだけ選べ。」


と、言われたがつくしには何が何だかわからない。
どれをいつ、どこで着用するのかもわからない。
そもそも欲しいと思っていないのに選べるわけもなかった。


「どうした? まだ気に入るのがないか? おい!」

「はい! 申し訳ありません。」


店長の顔色がどんどん悪くなってきた。
もう何度、商品を入れ替えただろうか。
徐々に後ろに控える女性店員の手が震え始めた。
マズイ、とつくしは思った。
早く何かを選ばなければ、この人たちはどうなるんだろう?

4度目の商品入れ替えが行われた。
店長と店員はどうにかこの中につくしの気にいるものが含まれていてくれと願っている雰囲気がヒシヒシと伝わってきた。

仕方ない。
何かを選ばなければ。
できるだけシンプルなもの。
ダイヤがビッシリとか、大粒のサファイアやエメラルドがドーン!じゃないやつ。


「えーと、じゃあ、これ!」


つくしが選んだのは「T」のイニシャルに控えめなダイヤが一粒だけ嵌め込まれた華奢なペンダントだった。

「私のイニシャルです。これがいいです!」


店長は小さくホッと息を吐いて、手袋をした手でつくしが指定したペンダントを掬い上げ、司に手渡した。
司はそれをつくしの首にかけた。


「可愛いですよね? ね?」


つくしは早く決めてこの店を出たかった。
しかし司はジーッと見入ったまま渋い顔をしている。


「ダメだ。」

「えっ! どうしてですか?」

「チャチすぎる。他のものにしろ。これなんてどうだ?」


司が差し出したのはズラリとダイヤが並んだネックレスだ。


「そんなの特別な時にしか使わないじゃないですか。私は日常でいつも身につけたいんです。」


つくしは普段の生活でちょっとしたオシャレに利用したいという意味で言ったのだが、その言葉を聞いた司は別のことを考えた。


「いつも?……おい、オーダーはできるか?」


少し考え込んだ司が店長に問いかけた。


「はい、できます! おい、デザイナーを呼んできなさい。」


女性店員が内線をかけた。
ほどなくして年配の男性が部屋に入ってきた。


「妻のジュエリーをオーダーする。俺が言うデザインを起こしてくれ。」

「かしこまりました。」


つくしは、今度は何が始まるんだと、司の様子を伺った。


「つくし、店の中を見てこい。」


つまり、席を外せと言われたのだ。
つくしは望むところだと言わんばかりに抵抗せずに司の言葉に従った。
女性店員と女のSPが付き添う。


「ハァァァ〜〜〜…」


VIPルームを出ると、大きなため息が漏れた。

もう疲れた。
もう帰りたい。
なんなのこれ。
普通の人間が一生かかってもお目にかかれないジュエリーたちが次から次へと目の前に登場して、今、視界がちょっとしたハレーションを起こしてるわよ。


「奥様、こちらへどうぞ。」


女性店員が案内してくれる。
どうやらやっと手の震えから解放されたようだ。

エレベーターに乗り込み、1階に降りた。
ショーケースを見て回る。
世界のハイジュエリーブランド。
値札の掲示はない。

ほお〜
ひは〜
どひゃ〜
こんなの、誰が買うの?
いつ着けるの?
一体、幾らなんだろう??

そりゃね、見るのは好きよ。
綺麗だし、可愛いし、目の保養になるし。


「奥様、お気に召したものがあれば何なりとおっしゃってください。」


ショーケースの向こう側に立つ若い男性店員が声をかけてきた。

こういうとこに就職する人も身元の確かな人なんだろうな。
まさか道明寺夫人がド庶民なんて知らないのかもな。


「あ、ええ、ありがとう。」


島田の言葉が蘇る。

そうだ、今のあたしは道明寺夫人なんだから、それらしくしなきゃ。
あの婚姻届にサインした日からおよそ2ヶ月。
レッスンの毎日だった。
インプットだけじゃモノにはならない。
アウトプットしていかないと。
実践、実践。

つくしはそれらしく背筋を伸ばし、ゆっくりと歩を進めながら店内を見て回った。









つくしが2階のブライダルコーナーを見ていた時、司が降りてきた。


「つくし、待たせたな。」


司の声に気づいたのはSPと店員だけで、つくしはショーケースを見ていて気づかない。
ムッとしてつくしに近寄り、何をそんなに熱心に見ているのかと横から覗き込んだ。

つくしが見ていたのはマリッジリングだ。
道明寺家ではエンゲージリングもマリッジリングも贈り合う慣習はない。
日本において結婚指輪の歴史が始まったのは明治の開国後であり、道明寺家の歴史からすればごく最近のことだ。
そして道明寺家の婚礼がキリスト教の教会式で行われたことは一度もなく、初代からこれまで神前でのみ結婚の契りは結ばれてきた。
言うに及ばず伝統ある神前式に指輪交換の式次第はない。
そのため、道明寺家の夫婦は結婚指輪を持たなかった。
つくしもそのことは承知していたため、ただ好奇心で見ていただけだった。

わぁ〜、あれ可愛い!
あんなデザインもあるんだ。
でもあたしだったらあっちだな。

そんなことを思いながら数ある結婚指輪に見入っていた。
と、ふとガラスに司の顔が映った。
パッと横を向くと、司もショーケースを覗き込んでいる。


「旦那様!」


司は屈み込んでいた背筋を起こした。


「声をかけたのに返事をしないから、何を見てんのかと。」

「それはすみませんでした。で、終わったんですか?」

「ああ。お前は結婚指輪が欲しいのか?」

「いいえ! そうじゃありません。ただ見ていただけです。」

「ふーん…そうか。じゃ、いくぞ。」

「あ、はい。」


司に手を引かれ、エレベーターでまた1階に降りる。
店の出口で店長以下、全員に見送られた。
走り出した車の中、つくしは話の接ぎ穂にと司に話しかけた。


「それで、どんなデザインになさったんですか?」


つくしの左側に座る司がつくしに向いてニヤリと口角を上げた。


「出来上がりは一週間後。お楽しみだ。」

「そうですか。…楽しみです。」


心からの言葉ではない。
ゴテゴテとしたものでないことだけを祈った。








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2020.03.04
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