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6月
北の庭では春のバラが終わっていたが、西の庭では紫陽花が咲き誇っていた。

紫陽花…色が変わることから花言葉は確か『心の移ろい』
でも小さいなガクが集まってひとつの花に見せていることからは『団欒』

真逆の言葉なのよね。
心が移ろうってのは、元は一人の人にあったってことよね。
一人を愛してたけど、他の誰かに移ろったってことでしょ?
まだ愛されてもない、愛してもない場合はどうなるんだろ。
『団欒』に至っては遠い道のりよね。
だって別々に暮らしてんだから。

両脇に紫陽花を従えて小径を歩いていると、草むしりだろうか、広いツバの麦わら帽子を被った人物がうずくまって土いじりをしていた。
庭師にしては小柄だし、使用人にしては農家のようないで立ちだった。


「あの、こんにちは。」

「ん?」


つくしが話しかけると帽子を被った頭を上げて、その人は立ち上がった。


「何をなさって…え…?」

「ああ、草むしりですよ。奥様。」

「あのっ、あなたは、あ、あの時の!」


つくしの肩ほどの背丈のその人は老婆だった。
シワの刻まれたその顔は80前後だろうか。
しかし目は爛々としていて、鋭い視線はニコリと微笑んだことで細まった。


「その節はお世話になりました。やっぱりあんたが選ばれたね。あたしの目に狂いはなかったってわけだ。」

「おばあさん!!」


それはつくしが最初の最終選考会の日、道明寺日本本社前で介抱し、病院に付き添った老婆だった。


「ここで何をしてるんですか!!?」

「何って、だから草むしりだよ。あたしの趣味なのさ。あんたこそ、散歩かい?」

「あっ、えっ、えーと、なんで…偶然!?」

「あっはっはっは! とんでもなく混乱してるね。いいさ、話してあげるよ。あたしの部屋に奥様をご招待しよう。こっちだよ。」


老婆に促され、つくしは呆然としたまま後について行った。
入って行ったのは西棟エントランス。
そして廊下の先にある格子戸を開けて通されたのは座敷だった。


「西棟1階があたしの住まいさ。ここで隠居生活をしてるんだ。ほら、お客さんはそこにお座りよ。」


指されたのは奥座敷の上座だった。
つくしは迷いながらもそこに置かれた座布団に腰を下ろした。
程なくして着替えた老婆がガラスの茶器に入った麦茶と茶菓子を差し出し、つくしの向かい側に落ち着いた。


「さて、改めて自己紹介しようかね。あたしは三池タマ。この道明寺屋敷に60年勤めた元・使用人さ。今は引退して大旦那様のご厚意でここに住まわせてもらってるんだよ。」

「元…使用人さん…じゃ、あの時は…」

「ああ、あれは偶然じゃないよ。ちょっとあんたを試させてもらったんだ。」

「でも、じゃ、あれは演技だったんですか!?」

「そうさ。大女優になれるだろ? あはははっ。」

「え、でもでもっ救急車とか…」

「あれは英徳大病院の救急車で、病院もグルだよ。全部、大旦那様と大奥様の指示さ。騙して悪かったよ。」

「騙してって…試すって、あたしの何を試したんですか?」


タマは麦茶を啜り、茶器を茶托に置いた。


「あんただけじゃない。あんたを含めて最終選考に残った3人、全員を試したよ。」

「3人!? 他の候補者がいたんですね?」

「ああ、いたよ。ひとりはとびきり美人だったね。もうひとりは東大出の才女だった。でもどちらもあたしに言わせりゃ不合格だ。」


美人に才女。
勝てた意味がわからない。


「3人の中で最も勇敢で、思いやりがあり、判断力に優れた人物。あたしが坊ちゃんに一番お似合いだと思ったのがあんただったのさ。」

「そんな……」


何と言えばいいだろう。
言葉が出ない。
言うべき言葉が見つからない。
つまり、あの時、この老婆を助けなければ今のこの状況はなかったということ?
それはあたしにとって良かったの? 悪かったの?


「美人な子は一応、様子を聞いてくれたよ。でも通りすがったサラリーマン役のうちのSPにあたしを託して行っちまった。才女は一瞥しただけで、知らんぷりだったね。二人とも、最終選考に遅れたくなかったんだろう。でもあんたはそんなことはお首にも出さずに救急車を呼んで病院まで付き添ってくれた。辞退まで申し出たんだろう?」


それは違うと、つくしは思った。
勇敢だったから、思いやりがあったからじゃない。
最終選考なんて半ばどうでもよかったからだ。
合格なんてそうたいして目指していなかった。
きっと他の二人とは意気込みが違っただけだ。
じゃなかったら、あたしだってあのサラリーマンさんに託してたかもしれない。


「ハァ……」


つくしはますます暗澹たる気持ちになった。

もしかしたら、とびきり美人だったかもしれない。
もしかしたら、東大出の才女だったかもしれない。
もしかしたら、あの人の隣にはもっと良い女性が立っていたかもしれない。
なぜ自分が、という思いがどうしても拭えない。


「ため息なんてついて、坊ちゃんが嫌いかい?」


俯いていたつくしは顔を上げた。


「嫌いではないです。好きでもないですけど。」

「ははは、正直でいいねぇ。あの坊ちゃんを好きじゃないなんて言えるところがみんなの心を掴んだんだよ。」

「タマさんは、旦那様のことをよくご存知なんですね。」

「そりゃね。6歳から15歳まであたしがお育てしたんだよ。」

「えっ! タマさんが?」

「東棟で一緒に暮らしたんだ。時々は大奥様もいらっしゃったけど、ほとんどはあたしと二人だったね。」

「シキタリ、ですか。そんな小さい子供に可哀想に。」


つくしはやっとお茶に手をつけた。


「仕方ないさ。道明寺という大所帯を率いていく人間を育てるためさ。孤独に耐えられる人間じゃないと務まらないんだよ。」

「孤独……そうなんですか…あの人、孤独なんですか。」

「でもあんたならその孤独を埋めて差し上げられるだろう?」

「あたしが?」

「あたしが見込んだんだ。きっとそうなるよ。坊ちゃんはあんたを愛するようになる。そしてあんたも、ね。」


誰かも言った。
司はつくしを愛せるし、つくしもまた幸せになれる、と。
何を根拠に、と思う。
けれども今はその言葉だけが心の拠り所だ。


「でも、愛されていいんでしょうか。」


茶器を手にしていたタマも顔を上げた。


「旦那様に相応しい人が他にいるような気がして、愛されなくていいと思う自分がいます。」

「あんたの気持ちもわかるけどね。でもそれを決めるのはあんたじゃないよ。坊ちゃん自身さ。だからあんたは何も考えなくていい。そのままのあんたでいいんだ。」


このままのあたしでいい…
ここに来て初めて言われた言葉だ。
あたしはあたしのままでいい。
そっか、決めるのはあたしじゃないか。
だとしたら取り繕ったり、無理して背伸びしたって無駄なんだ。
あたしはどこに行ってもどこまでも雑草のつくし。
ただそれだけでいいんだ。


「覚悟を決めたかい?」


つくしの大きな瞳が輝き始めたのを見てとって、タマは問いかけた。


「…そうですね、あたしは所詮、あたしでしかないってことは達観できました。」

「そりゃよかった。…奥様、旦那様をよろしくお願いします。」


タマは座布団を辞し、畳に手をついて頭を下げた。








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2020.02.25
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| 2020.02.25(Tue) 20:06:55 | | EDIT

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| 2020.02.26(Wed) 09:23:38 | | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

コメント、ありがとうございます!!
やっぱり読みが深い!
そうなんです、今回の司は愛されて育った子です。
お父さんやお母さんとの時間は少なかったけど、代わりに見守ってくれてた人がいて、だから荒れてない坊っちゃんです。
中等部から男子校だったのもあって、女性をそこまで毛嫌いしてないってのもありますし。

あ、いま、ブレザー姿のF4を想像してしまいました・・・萌える

nona | 2020.02.29(Sat) 00:20:04 | URL | EDIT

Re: 一言^^

YUMEWARABE  様

コメント、ありがとうございます!
高校生のつくしと違い、社会に出たつくしには司と自分の違いが明確にわかっています。
私は「御クビ」でつくしに「川が逆流するようなものだ」と語らせましたが、
今回のつくしにはその川を遡上する若鮎を重ねました。
流されるような楽な生き方はできない。
自分が自分でいないと力が出せない。

とは言っても、苦悩するんでしょうけどね。
つくしの苦悶もまた読みどころです。

nona | 2020.02.29(Sat) 00:30:23 | URL | EDIT