そしてついに結婚式当日を迎えた。
いつもよりも随分早く森川がカーテンを開ける。
昨日から南棟に移ったため、早朝の陽が差し込まなくなった寝室はまだ翳っていた。
「今日から朝日が差し込みませんから、お目覚めが悪いかもしれませんね。旦那様。」
森川の声に微睡んでいた目が開いた。
旦那様?そう呼ばれたか?
それは昨日まで親父の呼称だった。
しかし今日からは俺の呼称だ。
親父は大旦那と呼ばれるようになる。
そうか、いよいよか。
いよいよ俺は結婚するのか。
この日を待ち望んだぞ。
問題は妻だ。
どんな女なのか、それにこれからの俺の人生がかかっている。
式は道明寺家の氏神を祀る神社で行われる。
それは東京の奥地の山の中にある。
外観からはまさか我が家の氏神とはわからない質素な社殿と社務所があるだけだ。
だがここは一定期間ごとに建て替えられている。
右山と左山を一対とし、30年ごとに新社殿に移るのだ。
その費用はこれまでもこれからも全て道明寺が賄っている。
結婚式の参列者は3親等以内の親族のみ。
これもシキタリだ。
婚約者も昨日から北棟に移ったと聞いた。
「森川、女は北棟か?」
俺に朝食を給仕する森川に問いかけた。
「はい。婚約者様は昨日、北棟に移られました。しかし昨夜はご実家に泊まられたそうです。」
「そうか。女付きの侍女は誰だ。」
「島田です。」
「ふーん、また厳しいのを充てがわれたんだな。」
「なんでも、婚約者様ご自身が庶民の出の自分をしっかり指導してくれる人を、とご要望されたとか。遠山は当初、岡村を付けようと思っていたらしいですから。」
俺がまだ婆やと一緒にいた時代に、島田は婆やの助手をしてたことがある。
ギスギスした女で、根は悪いやつじゃないが温かみというものは感じない。
対して岡村は優しい女で周りの雰囲気をすぐに和やかにしてくれるメイドだ。
「こちらの世界に慣れようという気概はあるようだな。おい、式は11時だったな。」
「はい。神社まで2時間はかかりますので8時半にはここを発ちます。大旦那様と大奥様は空港から直接、向かわれるそうです。」
その時、ノックの音が響いた。
森川が応答すると懐かしい声が聞こえてきた。
「司ーー! 久しぶりぃ、元気だった?」
姿を現したのは姉の椿だ。
今は結婚してLAに住んでいる。
俺とは4歳違いで今、30歳。
姉貴は未明に到着していた。
「姉さん、久しぶりだな。」
「また、あんたは他人行儀な。昔みたいに「姉ちゃん」って呼びなさいよ。」
「お互い幾つになったと思うんだよ。」
「そっか…あんたももうここの主人だしね。」
姉とは俺が5歳まで北棟で一緒に暮らしたが、その後は週に一度顔を合わせるだけになり、俺が高等部1年の時にLAの不動産王と結婚して出て行った。
接点の少なかった姉だが愛情深い人で、いついかなる時もこうして慈しんでくれる、俺にとって貴重な人だ。
森川が給仕したコーヒーを一口啜り、姉貴は身を乗り出した。
「そうそう、結婚、おめでとう!! で、相手はどんな子?」
「知らん。」
「え?」
「親父とお袋が選んだ女だそうだ。俺は今日でもまだ会ったことがない。」
「…は、ははは、またそういう手なんだ…」
この姉もだまし討ちのように縁談が決まり嫁いで行った。
「1000人の中から選ばれた子だっていうのは聞いてるんだけどね。」
「親父が言ってた “ 選考会 ” ってやつか。」
「トップの成績で合格したらしいけど、辞退しようとしたんだって。お父様とお母様とみんなで口説き落としたって。」
「辞退!? 自分から参加しておいて怖気付いたってのか?」
俺との結婚を辞退?
身の程をわきまえたのか?
「旦那様、そもそもその選考会は旦那様の花嫁選びというのは伏せて集めた女性たちだったそうですので、いきなり真相を知らされて驚かれたのでしょう。」
「それがさ、お父様がその子にセックスしたことがあるのかって聞いて、キレちゃったんだって!」
「ブッ!」
俺は思わずコーヒーを吹き出した。
セッ、セッセッセッ!?
「……で、あったのか?」
「バカねぇ、結婚もしてないのにあるわけないでしょ! あるわけないのに聞かれたからキレたんでしょ!」
「そ、そうだよな。そりゃ、キレるよな。はは…」
脅かすな!
「可愛い子かなぁ? ね、森川は知ってる?」
「存じ上げませんし、美醜に関してはお考えにならない方がよろしいかと存じます。」
「そうよねぇ。万が一、あの、アレだったらねぇ。あはは…」
「どっちにしろもう変更はきかないんだから、受け入れるしかないだろ。姉さんは余計なこと言わないでくれよ。」
「わかってるわよ! 私にとっても義妹になるんだから、良い子だったらいいなーって思っただけよ。」
姉貴は席を立ち、窓辺に立った。
本館正面の南棟からは遠くに敷地の門扉が見える。
「あっ! あれ婚約者じゃない? 帰って来たわよ!」
門扉から入った車はしばらく敷地をこちらに向かって走っていたが、やがて北棟に向かうために見えなくなった。
「あーあ、見えなくなっちゃった。私、挨拶してくるわね!」
「おい、やめろ! 森川、姉貴を止めろ!」
「旦那様のご命令といえどもそれは不可能でございます。」
結局、姉貴は戻ってこなかった。
どうやら、準備のために先に屋敷を出た婚約者に同行したらしい。
つまり気に入ったってことか?
午前8時半
紋付袴を着付けられた俺も屋敷を出た。
街中から山の中に向かって2時間ほど走り、式場となる神社が見えて来た。
あそこに、俺の妻がいる。
子供の頃から、結婚相手は両親と状況が選ぶと繰り返し言い聞かされてきた。
家のため、繁栄のための妻。
妻が気に入らなければ祖父のように愛人を作れ、とも言われた。
でも親父はお袋一人を大切にしてきた。
俺はどっちになるんだろうな。
お袋は親父と同じアッパークラスの出だ。
だが、俺の妻になる女は庶民だと親父は言った。
生きる世界が違う伴侶と通じ合えるとは思えない。
容姿だけでも許容範囲ならいいんだが。
しかしここまできて考えていても仕方がない。
どう転んでも妻は一人だ。
よし、肚を決めたぞ。
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2020.02.18



