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最終選考が仕切り直され、つくしは道明寺HD役員フロアの広過ぎる会議室で4人に囲まれていた。

うち3人は目の前に座っており、残りの1人はつくしの背後の出入り口脇に立っていた。
4人のうち、2人とは会ったことがある。
選考会初日にプロジェクトリーダーとして壇上に上がった遠山と、選考会委員長の浅尾だ。
遠山は座っており、浅尾は立っている。

しかしつくしは、知っている人間がこの場に何人いようとこの緊張を解くことなどできないと思った。
なぜなら、目の前に座る3人のうち2人は、いち会社員である自分が通常は一生かかっても会うことなど叶わない相手だったからだ。


「牧野さん、でしたかしらね。」


会議用の机に3人が横並びに座り、その目の前に一脚の椅子が置かれている。
まさに「ザ・面接」という設の部屋だった。
つくしはまだ椅子の横に立っている状態だ。


「はい! この度はお忙しいところ何度もお時間をいただきましてありがとうございます!」


こん限り背筋を伸ばした直立の姿勢から勢いよく90度のお辞儀をした。


「急病人を救護していたのでしょう? それ以上に重要な案件などありません。道明寺グループ会社の社員として範になる行いです。」

「はっ! 温かいお言葉、恐縮です!」


なぜつくしがここまで緊張しているのか。
それは今まさにつくしに声をかけた人物が道明寺HD社長、道明寺楓だったからだ。
スモーキーブラウンに染められた髪をシニョンに結い、メゾンの仕立てだろう濃紺のスーツを着こなし、ペンより他に重いものなど持ったことがないというような細く白い指が机上で組まれている。
肌の艶は30代と言っても通用しそうだが、漂うオーラとその射るような視線がそんな小娘ではないと告げている。
きっと50代だろう。
美魔女と表現するのもおこがましいような美貌がつくしを見つめていた。


「まあまあ、牧野さん、そんなに緊張しないで。どうぞ座って。」

「はっ! 失礼します!」


今度は道明寺楓の左隣に座る男性がつくしに声をかけた。
楓と同じように机上で手を組んでいる男性は、楓と同世代に見えたがその年代にしては珍しいくらいに引き締まった体をして、濃紺にピンストライプのスリーピーススーツを着ていた。
座っているとその身長が測れないのは足の長さのせいだろう。
グレーの混ざった髪はゆるいウェーブを描いており、いわゆる七三分けだが両側面の短さからそれはまるでハリウッドの映画俳優のごときスタイリッシュさだった。
ハンサムと言うより美男子と形容したくなる風貌は、齢を重ねることを味方につけたとしか言いようがない渋みを放っていて、かつての恋人に「鉄のパンツを履く女」と揶揄されたつくしでさえヨロけてしまいそうな色気を放っていた。

この会議室は入り口正面が大きな窓になっていて、面接官の3人はその窓を背に座っている。
午前の光はまだ冷たさを残しているが、南向きの窓にはその光が頭上高くから降り注いでいて、窓辺に座る3人を背後から照らしていた。
それが後光のように2人をさらに崇高な存在たらしめていて、つくしは直視することができなかった。


「先ほど遠山から紹介があったが、改めて自己紹介しよう。私は道明寺偀(すぐる)だ。今日はよろしく。」


ガシャーン


「はい! よろしくお願いします!!」


つくしは椅子を倒して立ち上がり、また頭を下げた。


「牧野さん、座ってください。そんなに緊張していたら話が進まないわ。」


椅子を戻しながらつくしは真っ赤になって楓に向いて座り直した。


「申し訳ありません…」

「さて、今日は最終選考です。ここまでよく頑張りましたね。」


話は主に楓によって進められた。
偀は時々、軽く頷くだけだったし、遠山に至っては一言も言葉を発せず、ただ手許の手帳にメモを取るだけだった。


「あなたは第一次選考で全体6位の好成績を収め、二次のメディカルチェックでも健康優良印がつきました。」


第一次選考『間違い探し』の6位は不本意だった。
断トツの優勝を狙っていたし、手応えもあったのに。
世の中なんでも上には上がいると思った。


「そして第三次選考の山越えではチームリーダーとしてよくメンバーをまとめて引っ張ったそうですね。報告が来ています。」

「あ、いえ、あれはメンバーに恵まれたんです。」


と、ふと、報告って誰が?とつくしは首を捻った。


「謙遜しなくて結構よ。証人を呼んでいます。遠山。」

「はい。」


楓が遠山に命じ、遠山が浅尾に目配せする。
すると浅尾がつくしの背後で会議室のドアを開けた。
どうやら証人とやらが招かれたようだ。


「こちらへ。」


楓に指示されてつくしの前に立ったのは津島陽子だった。


「陽子さん…!? どうして…」

「牧野様、第三次選考合格、おめでとうございます。」


そう言って黒いパンツスーツを着た津島陽子は頭を下げた。
その表情に浮かぶのは選考会で会った野心家な顔ではなく、警護を担当する者特有の鋭さだったが、つくしに向けられた眼差しには穏やかな微笑みが表れていた。


「え…あの…これは、どういう…」

「津島は私のSPです。今回、候補者の護衛と撹乱、そして内偵のために潜入してもらっていたの。」

「内偵?」

「僕から説明しよう。第三次選考で組んだ4チームにそれぞれ1名ずつ女性のSPを配置していたんだ。目的は候補者の安全管理、警護、そしてチームを撹乱し、その結果を報告すること。安全管理と護衛はわかるね。各社から預かった大切な人材に怪我や不慮の事故がないようにだ。撹乱はわざとチーム内を掻き回して、候補者たちがそれにどう対処するのか観察し、候補者の素の姿を探ること。そしてその報告と体力データを基に選考させてもらった。その結果、今、君はこうしている。」

「陽子さんがその役目を?」


陽子が一歩進み出た。


「牧野様、騙して申し訳ありませんでした。しかし牧野様のお人柄、決断力、統率力、どれも抜きん出て秀でており、最終選考に残るに十分の資格をお持ちでした。」


これはなんと答えるべきか。
「ありがとう」とでも言うべきなのか。
しかし全くありがたくない状況だった。


「そういうわけで牧野さん、わたくし達は全てを把握した上であなたに残っていただきました。ここからが最終選考です。」

「ゴクッ…はい。」


楓の目配せで陽子が退室し、場の空気が一段と張り詰めた。
そして楓の目つきが変わった。
何もかもを見透かすようなその目は、しかしなんて綺麗なんだろうとぼんやりとつくしは思った。


「それで、あなたはどうしてこのプロジェクトメンバーの選考に参加したのかしら。意気込みがあって? それとも他に?」


この質問には参った。
元はと言えば奥田商事で勝手に選出されていたのだ。
100万の話をすべきか?
社長秘書の密約をバラしても大丈夫だろうか?
そんなことをグルグルと考えているうちに返事をする機会を逸してしまった。


「どうしてって言っても、条件に合ったからだよね? 違いますか?」


偀が口を挟んだ。


「はい、それが一番大きな理由です。」

「じゃ、牧野さんは未婚なんだね?」

「はい。」

「交際している人は?」

「いません。」

「恋愛対象は男性かな?」

「はい…」

「好きな人はいるんでしょう?」

「それも今はいません。」

「今はっていうことは前はいたんですね?」

「はい。」

「その彼とはお付き合いを?」

「…そうですね。」

「ではセックスしたこともあるんだ。」

「あなた!」「総帥!」


楓と遠山が諌めたが、偀はなおも言葉を続けた。


「はは、これは失礼。でもこれは私の個人的興味で聞いてるんじゃないんだ。今回のプロジェクトにはとても重要なことだから聞いてるんですよ。牧野さん、あなたはとても魅力的な女性だ。そんなあなたがまさか25歳まで経験がないなんて、にわかには信じられなくてね。失礼だとは思うけど、正直に答えてくれませんか?」


つくしは冷水を浴びせかけられたような心持ちだった。
先ほどまでの緊張は吹き飛び、今はただ羞恥と怒りに体の内部からワナワナとした震えが沸き起こるのを感じていた。
どうしてこんな、最もプライベートなことをこの場で話題にしなければならないのか。
100万のためか。
だとしたらプライドを売り払ってまで手に入れるべき金額ではない。

つくしは立ち上がった。


「総帥、私は男性との交際経験はありますが、そういった類いの経験はありません。このことがそのプロジェクトにどう影響するのか存じ上げませんが、どう影響しようと最早私の興味の及ぶところではありません。今回のお話は辞退させていただきます。これほどの辱めを受けてまで担いたい役目ではございません。この決断は私に経験があっても同じです。失礼します。」


つくしは一礼し、退室しようとドアに向かった。


「待ちなさい。」


偀から再び声がかかった。


「あなたの、いや、人の最も秘すべきところを突いてしまって申し訳なかった。この通り、謝ります。」


偀は立ち上がってつくしに頭を下げた。
その場にいた全員が息を呑んだのがつくしにもわかった。


「牧野さん、夫の非礼をわたくしからもお詫びするわ。」


楓も立ち上がり、偀に倣って頭を下げた。
道明寺財閥の2トップに頭を下げられて、このまま退室などできるはずがない。
つくしはドアに向けていた体ごと振り返った。


「どうぞお顔をお上げください。私こそ言葉が過ぎました。申し訳ございません。」


つくしは二人よりも深い角度で頭を下げた。


「牧野さん、どうかもう一度座っていただきたい。」


つくしは偀の謝罪を受け入れたが、選考に戻る気は無かった。


「いえ、辞退の意思は変わりません。」

「牧野さん、私は今の会話で確信したよ。あなた以外にこのプロジェクトを任せられる人間はいない。どうか私を許して席についてもらいたい。」

「あなた、まだ結論は、」

「いや、楓、彼女だ。僕の勘がこの人だと言ってるんだ。彼女ならきっと成し遂げる。いや、彼女にしかきっと成し遂げられないよ。」


道明寺財閥総帥にここまで言わせて、まだ否と言える人間がいたとしたら、それは社会的抹殺を厭わない人間だろう。


「わかりました。そこまでおっしゃっていただいて身に余る光栄です。」


つくしの返答に他の選択肢など存在しなかった。








つくしはもう一度、座り直し、選考は仕切り直された。
その時、楓の横に座っていた遠山が何かの書類を机上に広げ始めた。


「牧野さん、総帥の決断でプロジェクトメンバーはあなたに決定しました。この決定を受諾していただけますね?」

「あの、そのお返事をする前にお伺いしたいことがあります。」

「なんでしょう。」

「今回のプロジェクトは道明寺100年の計とお伺いしました。一体、どういう内容なのですか? そしてその中で私が担う役目とはなんでしょうか。」


真剣なつくしの瞳が楓を捉えている。
楓は隣の夫に顔を向けた。
伝えるか否か、視線で考えを通じ合わせる。
話し始めたのは偀だった。


「牧野さん、単刀直入に申し上げる。あなたには我が子、道明寺司と結婚してもらいたい。」


!!!


なに?
結婚?
そう言った?
道明寺司と?
誰?
…合宿で朋花ちゃんが言ってた人?


『道明寺司、26歳。英徳学園で幼稚舎から高等部までを過ごし、大学はNYへ。4年で帰国後、日本本社の役員を経て今は副社長を務めている。特筆すべきはその容姿!どんなモデルも顔負けのイケメンで、TIME誌が選ぶ世界の美しい男たち100では日本人で唯一必ずトップ10入りをしているんです!でも美しいのは顔だけじゃない。身長187cmの肉体、長い脚、鍛え抜かれた筋肉美、オーダースーツがビシッと決まって、あああ〜〜、抱かれたい!』


あたしがその人と結婚?
          ……結婚!?
              ……結婚!!?


ガターン!!


「えっ! えええ〜〜〜!!!!」


また椅子が勢いよく倒れ、今度は背もたれが2、3度バウンドした。
立ち上がったつくしは3人が座るデスクに歩み寄ってそこに広げられた書類を手に取った。
それは婚姻届で、すでに道明寺司のサインが入っていた。


「なっ、なっ、どっ、どっ……どういうことですか!!」


つくしは大きな瞳を溢さんとするように見開き、手元の婚姻届と偀達の顔を交互に見た。


「ブッ! あはははは!! 牧野さん、君の反応、最高に面白いね! あははははは!!」

「あなたっ! やめてください!」

「総帥! 笑い事じゃないです! あたしが結婚!? 息子さんと? あの道明寺司さんとっ!?」

「フフッ、ああ、そうだよ。道明寺財閥後継者のあいつとね。」

「財閥…後継者…?」

「遠山、西田を呼んでくれ。」

「かしこまりました。」


呆気にとられるつくしをよそに、偀はニヒルに笑んだ。









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2020.02.10
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| 2020.02.11(Tue) 11:57:21 | | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

コメント、ありがとうございます!
ねー!仕事だって「務まるかな?」ってドキドキだったでしょうに、選りに選って結婚とはね。
男が結婚まで未経験て、申し訳ないけど「だろうね」って人しか知らない・・・蛭子さんとか(笑)
それが坊っちゃんになると「なにか深い理由があるのね〜」となるからいい男は得ですね。

nona | 2020.02.11(Tue) 13:26:48 | URL | EDIT

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| 2020.02.11(Tue) 17:22:32 | | EDIT

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| 2020.02.12(Wed) 00:13:27 | | EDIT

Re: ごめんなさい パスワードなのですが

衞藤 様 

間違っています。
注意書きをもっとよーーくお読みください。

nona | 2020.02.12(Wed) 00:54:14 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

チョコ鳴門 様

コメント、ありがとうございます!
細部まで読み込んでくださっている様子がわかりました。
まだ序盤ですが、ひとまず受け入れられていて一安心です。
今後は司視点も出てきますよー
今のところカッコいい司くんですが、おバカ可愛い司も出てきます。
お楽しみに!

ちなみに返信の名前は「名前」蘭に記載のあるものにしていますのでご安心ください。

nona | 2020.02.13(Thu) 21:58:39 | URL | EDIT