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最終審査当日、初日の遅刻騒ぎを思い、つくしは目安よりさらに30分早く家を出た。
電車に乗り、順調に道明寺HD日本本社を目指していた。

今日はパンツスーツを選んだ。
ストッキングが伝線してもわからないし、それを探してコンビニを探し回るということもない。
長い髪はひっつめてひとつに結い、頭部にはワックスをしっかりと撫で付けた。
こうしておけば強いビル風にも髪が乱れることはなく、軽く巻いた前髪を手櫛で整えればいいだけだ。
化粧は元々薄い方だし、トイレでもう一度、身だしなみを整える時間を取られることもない。
とにかく、遅刻の可能性をことごとく潰そうと準備万端を整えた。

朝のラッシュの時間を過ぎて乗車した車内は空席がチラホラあり、そのひとつに腰掛けて揺られながら、つくしは最終審査について思いを巡らせていた。

何をさせられるのか、何が起こるのかわからない。
でも、ここまで来たんだからそれだけでも自慢できるよね。
あの、道明寺の大プロジェクトメンバーの最終審査まで残ったんだよって。
きっと社長秘書として帯同する先々で小ネタになって、商談の掴みはバッチリ!ってことに利用できるわよ。
転んでもただでは起きない雑草、つくし!
今日も、頑張れ!!

自分を鼓舞して目的地の最寄駅を降りたのは約束の時間の45分前だった。
ここから10分も歩けば道明寺のビルだ。

確か、あの大きなビルの手前に広いカフェがあったはず。
面接前にちょっとリラックスタイムといくか。

つくしは意気揚々とビルに向かって歩き出した。








大きな交差点を渡り、あと30mで目的地のカフェに辿り着くという時だった。


「あ、あいたたた、イタタタ…」


しゃがれた声が聞こえてきた。
ん?と周囲を見回すと、形良く刈り込まれた街路の植え込みにおばあさんが座り込んでいる。
横には杖が落ちていた。
つくしは思わず駆け寄った。


「どうしました? 大丈夫ですか? 転んだんですか?」

「いえ、ちょっとお腹が、アイタタタ…」

「え、お腹ですか? お腹が痛いんですか?」


老婆はうずくまって腹を押さえたまま、もう返事をしなかった。
つくしはすぐに携帯を取り出すと、119をコールした。


「あ、すみません! 救急車を一台、お願いします! えーっと、ここは、あ、道明寺HD日本本社ビルのえーと、南側の路上です。ええ、…はい、そうです。あの、おばあさんがお一人、お腹を押さえて倒れ込んでまして…いえ、歩けそうにありません。…ちょっと失礼します。」


つくしは老婆の脈を取った。


「大丈夫です。脈はあります。呼吸も…あります!…はい、お願いします!」


通話を切ると携帯をスーツのパンツのポケットに仕舞い、つくしのバッグを枕にさせて老婆を仰向けに横たえた。
平日の午前中、大企業のビルが立ち並ぶオフィス街に通行人はまばらだったが、それでも数人は歩いていた。
だが、誰もつくしの騒ぎに気づかない。
もしくは見て見ぬ振りしているのか。
つくしは自分の背後を通り過ぎようとした男性を呼び止めた。


「ちょっと、そこの人!」


男性はビクッと反応し振り向いた。


「はい?」

「AED探して持ってきて!」

「AED?」

「このおばあさんが急病なの。きっとあのビルの受付に言ったら貸してくれるから。急いで!」

「は、はいっ」


男性は走って行った。
つくしはジャケットを脱ぎ、腕まくりをして、老婆が上まできちっと締めているブラウスのボタンを2つ外し、少し顎を持ち上げて呼吸を楽にした。
老婆は顔を歪めている。
かなり苦しそうだ。


「おばあさん? おばあさん、わかりますか? 意識はありますか?」


つくしは声をかけ続けた。
老婆が持っていたバッグが目に入った。
携帯を持っていれば家族に連絡できる。


「おばあさん、ちょっとバッグ見せてね。ごめんね。」

「持ってきましたぁ!」


♪〜♪〜…


男性がAEDを持ってきたのと救急車が到着したのは同時だった。


「ご連絡くださった方は?」


救急隊員がつくしに声をかける。


「はい、私です。」


老婆はストレッチャーに乗せられた。


「同行なさいますか?」


救急隊員がつくしを振り向いた。
一瞬、つくしは迷った。
今、この場を離れたらきっともう最終選考には間に合わない。
かと言って老婆を一人で行かせても、気になって選考どころじゃないかもしれない。


「します!」

「えっ! あの、」


つくしを呼び止めようとしたのはAEDを持ってきた男性だった。
つくしは振り向いた。


「持ってきていただいてありがとうございました。使わずに済んでよかったです。申し訳ありませんが返しておいてください。これ、私の名刺です。何がご迷惑をおかけしたことがあればご連絡ください。私が証言しますから。」


つくしは呆気にとられる男性を残し、バッグとジャケットを掴むと救急車に乗り込んだ。
バシンッと救急車のバックドアが閉められ、隊員が乗り込み、発進した。
おばあさんは酸素マスクを装着され、目は閉じられている。
つくしは老婆の小さく皺くちゃな手を取り、励まし始めた。


「おばあさん、これでもう大丈夫ですからね。これからすぐに病院ですからね。」

「ーーー」


老婆が何事かつぶやいた。
隊員がマスクを外す。


「あんた…何か大事な…約束が…ハァ…あったんじゃないのかい?」

「いいえ、そんなものありません。暇だからお茶しようと思ってたまたま通りかかっただけです。心配しないで休んでください。」


つくしのニコッと屈託のない笑顔をみて安心した老婆はまた酸素マスクを装着され、目を閉じた。
救急車は程なくして英徳大学付属病院へ到着した。







病院に到着し、老婆は処置室に運ばれ、つくしは状況を説明した。
そして今は廊下で老婆の処置が終わるのを待っている。
時刻は10:55
最終選考受付時間の5分前だった。
つくしは携帯電話利用エリアに移動し、第三次選考合格の通知書に記載されていた緊急連絡先をコールした。


『はい』

「お忙しい時間に失礼します。浅尾さんでいらっしゃいますか?」

『はい、そうです。』

「私は牧野と申します。本日、午前11時からプロジェクトメンバーの最終選考に臨む予定だった牧野つくしです。」

『ああ、はい。牧野さん、どうされましたか?』


つくしは事情を説明し、最終選考を辞退する旨を伝えた。


『そういうご事情でしたら、辞退の必要はありません。そちらの案件が落ち着き次第、またご連絡ください。改めて選考の日程を組み直します。』

「いえ、いいんです。ご縁がなかったと諦めます。ですので他の候補生の方を、」

『いいえ、こちらも最終選考まで残った方をそう簡単に諦めるわけにはいきません。この話はこれで。ご連絡をお待ちしております。』


通話は切られた。
つくしはしばらく携帯電話の画面を見つめていた。

縁はなかなか切れないものなんだ。
あの大岩の時も今回も、もうダメだと思ったけど救済された。
でもそっか。
ここまでコストも時間もかかってる。
念のため最後の一人を確かめたいってわけよね。

処置室からストレッチャーに乗せられて老婆が出てきた。
つくしは駆け寄った。


「おばあさん、大丈夫ですか?」

「ああ、あんた、まだいたのかい。大丈夫。痛みも治ったよ。」

「お元気になられて良かったです。ご家族は?」

「もう来るよ。あんたは帰っておくれ。ありがとうね。」

「ご家族がいらっしゃるまで付き添います。」

「いや、それは、」


老婆はチラッと頭上でストレッチャーを引っ張る看護師を見遣った。


「牧野さん、でしたか? ここは完全看護で、申し訳ないんですがご家族以外の方はご遠慮願ってるんです。この方はもう大丈夫ですから。」


にこやかにそう告げられるとこれ以上食い下げるわけにも行かずに、つくしは老婆に別れを告げて病院を後にした。






->->->->->->->->->->->->->->






「つくし、これで俺たち以外誰もいないぞ。もっと心を開け。じゃないとお前が苦しいだけだ。」

「………」


横たわるつくしの顔の両側に手を付きながら見下ろしていた司の手が、その長い髪を撫でて指で梳いている。
つくしはすでに全裸にされていたが、司はまだ何も脱いでいない。
素肌にガウンを羽織り、シルクだろう光沢のある素材のパジャマのズボンを履いていた。
自分ばかりが生贄のように剥かれていて、覚悟したはずだったのにつくしにはもうすっかりその気が失せていた。
つくしはまた起き上がって寝衣で身体を隠し、司から顔を背けてうつむいた。

その様子を見た司は着ていたガウンを脱いだ。
目の端で司の動きを捉えたつくしは、諦めてくれればと願っていたのにまだ続けるつもりかと微かにため息をついた。

と、バサリと音がしたかと思ったら急に視界が暗くなった。
あっと思った瞬間、気づけば身体を隠していた寝衣を奪われ、押し倒されて司の素肌の胸に抱きしめられていた。
被せられたのはシーツで、狭く、暗い空間で感じるのは相手の体温と匂いだけだ。
逞しい腕に抱き込まれて、筋肉質なのに思わず頬ずりしたくなるような滑らかな肌につくしは密着していた。
その肌と肌のふれあいのあまりの緊張状態に飛びそうになる意識を辛うじて繋ぎ止めているのは、抱きしめられている胸から聞こえてくる司の鼓動だった。
それが早鐘を打っている。
まさか、緊張してる?
こんなにも全てを持ち、全てが備わっている人が自分などに緊張してくれていると思うと、つくしの中に司への親しみが芽生えた。


「聞こえるか」

「はい」

「さっきは悪かった。俺も緊張してるんだ。なんせ初めてのことなんだから。」

「はい」

「お前は肌が滑らかで柔らかくて、触り心地がいい。」

「は?」

「お前の唇は瑞々しくて甘くて、果物のように美味い。」

「え、ちょっと…」

「お前の首筋はいい香りがする。」

「もう、やめてください!」


つくしは思わず司を振り仰ぎ、手でその口を押さえた。
この人はいきなり何を言いだすんだろう。照れることを次から次へと。
と、つくしは顔だけでなく、全身に熱が広がるのを感じていた。

司は自分の口を押さえているつくしの手を取ると、見上げている大きな瞳をシーツの中で見下ろした。
天蓋のシフォンカーテン越しの部屋の明るさが、シーツの中もほのかに照らしていて、その中で見る女の双眸に自分が映っていた。


「そしてお前のその目は俺を吸い寄せる。」


つくしはそう言われ、恥ずかしさから目をギュっと閉じた。
顎に司の指を感じたのと、唇に柔らかさを感じたのは同時だった。









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2020.02.09
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| 2020.02.09(Sun) 18:33:44 | | EDIT

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| 2020.02.09(Sun) 18:45:24 | | EDIT

Re: タイトルなし

二次小説大好き 様

お忙しい中、コメントをありがとうございます!
あはは〜バレちゃいましたか^^
さあ、どっちでしょう・・・
タネ明かしをどこに差し込むか迷いに迷って、その場面を決めて書き上げたのはつい最近です。
乞うご期待!

nona | 2020.02.11(Tue) 13:21:07 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

みー 様

コメント、ありがとうございます!
司の導入はとっても紳士なところから入りましたが、さて、これが本性かな??
でも甘〜い話になってることは間違いありません!
今作は、ほんわかした雰囲気が出てたらなぁと思っております。

nona | 2020.02.11(Tue) 13:22:58 | URL | EDIT