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第三次選考キャンプ最終日、つくしたちの班は10キロの標識を超え、山頂に向かっていた。
荒い息遣いと安全靴が土を蹴る音が森に吸い込まれていく。
春が過ぎ、紫外線の強さを増した日射しがこずえに乱反射するこの時期の訓練は、ここへきて苛酷の度を深めていた。
先頭を歩くつくしも地面を見ながら黙々と歩いている。

ここまで頑張ったんだから100万ほしい…
満額は無理でも、寸志くらいは出ないかなぁ。

そんなことを考えていたつくしは江藤麻友の叫び声に顔を上げた。


「見て!」


それは一本の鎖が垂れ下がった3メートルほどの大岩だった。
下半分は抉れ、上半分は突き出ている。


「こ…れ…、こんなの登れって言うの?」


つくしは思わず呟いた。


「うそでしょぉ、もうここでリタイアしません?」


松永朋花がへたり込んだ。


「だからリタイアなんてごめんだって言ってるでしょ! あんた、根性なさすぎなのよっ!」


津島陽子が噛み付く。
班の雰囲気が一気に険悪になった。


パンパンッ


そこにつくしが手を打ち鳴らした。


「二人とも、やめなさい! 朋花ちゃん、リタイアはしない。その選択肢をあなたの頭の中から消しなさい。それと陽子さん、弱音を吐く人を叱っても何も解決にならないですよ。まずは受け止めてから励ましてあげなきゃ。」


秘書をしている時もそうだった。
激務で弱音を吐く重役の気持ちを否定しているよりも、一度は受け止めて共感して、そこから励ましたほうが頑張りが持続した。
自分の気持ちをわかってくれる人がいるというだけでどれだけ救われるか。


「登るしかない。登れるよ。だって鎖が下りてるんだよ? あの鎖を付けた人は鎖なしで登ったんだから、鎖のある私達なら楽勝だって!」


つくしはできる限りの明るい声で話しながら、みんなに笑顔を見せた。


「わかった、ごめん。牧ちゃんのその顔見てたらできそうって思えてきた。よし、協力して頑張ろう!」


津島陽子がグッと拳を握りしめて応えた。






最初に登ったのは松永朋花だった。
中学時代、全国大会にも出場した経歴のある高跳びの選手だったとかで、高所も平気だという理由で名乗り出た。
鎖を掴んだ朋花を他の4人で押し上げる。
抉れた下半分には足場がない。
足がつく上半分までが難所だった。
朋花が岩の上に着くと、長坂、江藤の順に登った。
下から押し上げるメンバーが減っていく。
腕の力を使ってしまうと、この後、自分が登る時に鎖を掴む力がなくなる。
残った体力との勝負だった。

陽子とつくしが残された。


「牧ちゃん、あなたの方が軽いから先に登って。」

「いえ、私はリーダーです。メンバーを残して先に登るなんてできません。陽子さん、どうか先に登ってください。私は大丈夫です! 体力には自信があります!」


つくしに促され、陽子はしぶしぶ鎖を登り始めた。
つくしも精一杯に陽子を押し上げる。
体重に荷物の10キロが加わり、その重さは平均的な成人男性くらいあった。

陽子が登り切って、最後はつくしだ。
しかしここまで4人を押し上げ、もう腕に力が入らなかった。

どうしよう。
もう鎖を掴む力が残ってない。
まだ10キロ地点、帰りも含めてあと20キロもあるのに。
みんなにはリタイアはないって言ったけど、無理かもしれない。


「牧ちゃん、早く登っておいで!」

「大丈夫? 鎖、掴める?」


上から声がかかる。
つくしは思考を振り払った。

弱気になっちゃダメだ。
あたしがここでリタイアしたらみんなが責任を感じてしまう。
リーダーなんだから踏ん張らなきゃ。

つくしは鎖を掴んだ。
飛び上がって靴で鎖を挟もうとするが、やはり手に力が入らずに落ちてしまう。
荷物や装備品を含めて60キロ以上ある重さを支える体力はもう残っていなかった。

その時、


「見て! 熊がいる!!」


津島陽子が叫んだ。


「どこっ!?」


江藤と長坂が下を覗き込んだ。


「牧ちゃん、急いで! 熊に襲われる!!」


陽子はさらに叫んだ。


「うそっ!? やだっ」


つくしは周囲を忙しなく見回した。
まだその猛獣の姿も気配も感じなかったが、きっと上からは見えているのだろう。


「いやーーっ! 牧ちゃん、早く!!」


パニックに陥った江藤の金切り声が山に響く。


「牧ちゃん、とにかく鎖に乗って!! あとはあたしたちが引っ張り上げるから!!」


陽子の叫びにつくしは残った最後の力を振り絞って鎖に掴まると、ピョンっと地面を蹴って足でも鎖を捉えた。
岩の上にいる4人は、岩に打ち付けられた鎖を隙間から掴むと引っ張り始めた。


ガシャシャ…ジャリジャリ…ガシャ…


鎖が岩を削る音がする。

4人は顔を真っ赤にして少しずつ鎖を引いた。
つくしの体が岩の抉れている下半分を通過し、上半分に到達した。
つくしは足を岩に突っ張り、足でも登り始めた。
そこからは引く力もあり駆け上がるように登り切った。

鎖が軽くなり、ドサっと倒れこむように岩の上に尻餅をついた4人の前に、登り切ったつくしは座りこんだ。
5人それぞれが肩で荒い息を吐き出していた。


「うっ、ありがとう〜、みんなぁ〜」


安堵のあまり涙が滲んだつくしは、ヨタヨタと仲間たちに抱きついた。


「牧ちゃぁ〜ん、よかった〜」


4人もつくしを囲み互いに抱き合った。


「ってか熊が出るとか聞いてないですよねぇ〜」


松永朋花が目尻の涙を拭いながらも頬を膨らませた。


「あー、あれね、嘘。」


陽子が悪びれない様子で答えた。


「「「「へ!?」」」」

「火事場の馬鹿力って言うじゃない? 命の危機を感じたら牧ちゃん、登ってくるんじゃないかと思って。」

「ひ…ひっどぉ〜い!! 陽子さん。酷いですよ!」


顔を真っ赤にして抗議したのはパニックに陥っていた江藤だ。


「ごめん! でも牧ちゃん、あたしたちを支えるので力尽きてたから最後の賭けだったのよ。登れたんだからいいじゃない、ね?」


おどける陽子に4名は顔を見合わせてから笑い出した。


「まんまと騙されたけど、見事にみんなで達成できました! 陽子さん。ありがとう!」


つくしはもう一度腕を広げて仲間たちを抱きしめた。





そこからは順調だった。
休憩し、リュックの食料を摂ったのち歩き始めて少しでチェックポイントに到達し、またあの岩場を今度は降りなければならないかと覚悟した帰り道は別のルートを示された。
その帰り道は舗装されたなだらかな道で特に障害物もなかった。
5人は岩場で芽生えた結束を最後まで守り抜き、終わってみれば4チーム中2位のタイムで、唯一、ひとりのリタイア者も出さずにゴールした。







「皆さま、お疲れ様でした。」


室内運動場で行われている解散式で壇上に立ったのは浅尾と名乗った選定委員長だ。


「これで第三次選考を終了します。結果は1週間以内に文書にて通知いたします。通過者のその後のスケジュールもそこに記されておりますので、通過した方は文書に従ってください。また落選した場合でもその通知書は破棄せず、所属会社の最高責任者にお渡しください。以上、解散!」


解散の声とともに候補者たちは体の底から疲労の息を吐き出し、それぞれにその場を後にした。
つくしも同室だった班員に惜別を告げ、基地を後にした。

疲労困憊で一人暮らししている自分の城にたどり着いたつくしは、そのままベッドに潜り込み、丸1日、眠り続けた。




***




通知が来たのは解散式から5日後のことだった。
第一次と第二次はいずれも電話連絡だった。
だから今回は特別な緊張感があった。

昔、大学受験した時、封筒が薄ければ不合格、厚ければ諸々の書類が同封されているので合格だとの噂が流れ、実際、その通りだった。
今つくしの手の中にある封筒は薄い。
あーあ、落ちたか。
でもこれで仕事に戻れる。
社長秘書だ!と半ば浮かれた気持ちで封を開けた。

結果は『第三次選考合格』

なんで???
うそでしょぉぉぉ
もうやだ…

喜ぶべき『合格』の文字もつくしにはさらなる試練への切符にしか見えなかった。

次は最終選考。
ここまで、あれだけ面倒な選考をさせられてきたんだ。
最後は何が待っているのか。
就職試験なら役員面接だが・・・
まさか、総帥が面接するんじゃないよね?
なわけないわよ。
ははは…あたしったら何考えてんだろ。
総帥じゃないとしたら、道明寺HD社長?
あ、プロジェクトリーダーのあのおじさん?
あり得るわよね。
これから一緒に働こうって人なんだから。
でも、そんな普通の面接で終わるのかなぁ?

決戦に指定された日時は4日後の午前11時。
道明寺HD日本本社の受付へと書かれていた。





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先程からつくしは、胸への愛撫に漏れそうになる声を押し殺していた。
決して自慢できる大きさではなかったが、初めて男性に触れられるそこはつくしに快感とは何かを伝えるかのようにゾワゾワとした波が寄せては返す。
しかしつくしはその波にいまいち乗りきれないでいた。


「…んっ…ンン…」

「つくし、声を出せ。俺に聞かせろ。」

「でも、人が…」


つくし付きの島田と司付きの森川がまだ部屋にいるはずだった。
出て行った気配はない。
広い部屋は明るかったが、ベッドの四方を囲むシフォンカーテンでその姿は探せない。
きっとドアのそばにいるに違いない。
彼らのことが気になって正直、初夜どころではない。


「気にするな。」

「気になります。」

「集中しろ。」

「無理です。」

「あいつらは見届け人だ。置き物とでも思え。」

「見届け人?」


つくしは上体を起こして、司を押しのけた。
自分の下にあった着物を手繰り寄せ、体を隠した。


「どういうことですか?」


つくしの表情が今夜始めて歪んだ。
司はその細い足首を掴み、グッと引き寄せた。
また仰向けになったつくしに被さる。


「俺たちが無事に事を成すのを見届ける役目だ。何も趣味でああしてるわけじゃない。」

「そんな…聞いてません。」

「そうか、今言った。」


司はつくしから着物を剥ぎ取ると、再び乳房の頂に被さり、右手が脇腹から腰に降りた。


「イヤッ」


人前で身体を触れられる嫌悪につくしは思わず司の右手を押さえた。
その手を司が掴み、つくしの頭上で押さえる。
右手がまたつくしの体をなぞり、今夜、司を受け入れる場所にたどり着いた。


「ヤダッ!」

「奥様!」


思わず島田がつくしを諌めた。
第三者の声につくしが今日何度目かビクリと震える。
その目は困惑して司を見ているが、指はなおもそのままつくしの中心に分け入った。
しかし怯えと困惑からか、もしくは司への嫌悪からか、そこは全く濡れていなかった。
が、そんなことは構わずに指が強引に押し入ってきた。
つくしは引き攣るような痛みを感じ、思わず叫んだ。


「い、痛いっやめてっ! 触らないでっ!!」


痛みと怒りと屈辱と。
涙なんて見せたくないのに、満ちてくる。
なのに指はまだ諦めてくれない。
しかしやはりつくしの中心は受け入れることができない。


「チッ」


司の舌打ちが聞こえた。
もう諦めて欲しい、とつくしは祈るように思った。


「二人とも下がれ!」


司がベッドの外に向かって鋭く声をかけた。


「ですが旦那様、シキタリにより、」


男の声がした。
司付きの森川だろう。


「森川、控えろ。このままじゃ完遂しないぞ。花嫁が拒絶してる。」

「……かしこまりました。」


少しの静寂の後、部屋のドアが開いて、閉じた。
二人が出て行き、部屋にはつくしと司だけになった。








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2020.02.08
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