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プロジェクト選考キャンプも8日目を数えていた。
毎日、動けなくなるまでしごかれる。
ランニング10キロに始まり、匍匐前進500m、吊り下がったロープを使って高さ3mの木組みの壁超えを往復5回、室内に移動して腹筋、背筋、腕立て、スクワットを各50回×2セット、シャトルランを3回、縄跳び30分、バスケのドリブル左右それぞれ100回。
終わるタイムによってポイントが加算される。

初日の語らいが嘘のように、つくしの部屋は静まり返っている。
夕食が終わり、風呂に入ったらすぐに寝てしまいたいが、装備品の手入れとチェック、就寝前の点呼を受けなければならない。

つくしの部屋のメンバーはかろうじて5人全員が残っていたが、他の部屋では脱落者が出始め、当初、第三次選考に残っていた20名は14名に減っていた。


「あと2日…帰ったら絶対に24時間寝てやる…」


重い安全靴を磨きながら、つくしは閉じそうな瞼を必死にこじ開けていた。

ポイントは靴の磨き方にも与えられる。
完璧で5ポイント。しかしこれはまだ誰も獲得したことがない。
及第で3ポイント。ほぼこれだ。
落第、磨き直しで1ポイント。
最近は疲れすぎて、これになる候補者も出てきた。

今、自分が何ポイント獲得していて候補者の中で何位なのか、果たして最終選考に残れる基準に達しているのか、誰も何も知らなかった。

目標がない中の過酷な生活で、各自が自分なりの目標を立てていた。
つくしは当然『100万円!』
中には『シャトーブリアン1kg!』とか『世界一周クルーズ』、あるいは『転職する!』などもあった。

訓練としては明日がいよいよ最終日。
あと1日乗り切れば家に帰れる。
全員が選考の通過よりも、帰宅を目指して眠りについた。





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今、つくしの目の前には夫が立っている。

これまで写真でしか見たことがなかった夫に初めて相対したのは今日の午前中、式直前の顔合わせの時だった。
その時も思ったが、なんて綺麗な男なんだろう。
写真なんてものは現実の何分の一しか真実を伝えないものなのか。

見上げるほどの身長はこんなにもあったのかと驚くほどで、照明が当たるクルクルとした特長的な髪は艶々と光を反射し、その前髪のかかる眉は弓形に整い、自分をじっと見つめる鋭い瞳はオニキスのように輝いている。
スッと筋の通った高い鼻にシャープな頬のラインは男性的なのに、形のいい唇はカサつきのひとつもない。

それは美しいという形容詞が相応しい姿形で、まさに神が造りたもうた人類の、究極の完成形とも言うべき容姿をした男だった。

これがあたしの夫?
生きているとは信じられないような造形美のこの人が?
この平々凡々と生きてきた、これまた平々凡々とした女であるあたしの?

つくしはこの結婚が決まってからずっと、どこか現実味のない世界観の中で浮遊するように日々を暮らしてきた。
今日という日のために準備をしながらも、いつかプラカードとマイクを持った見飽きたようなタレントが「ジャジャーーン!」と飛び入ってきて、自分を驚きと共に解放してくれる日がくるのではないかと半ば期待していたのだ。
なのにその瞬間は一向に訪れず、ついに閨で夫を迎える段にまでなってしまった。

ボウッと見惚れていたのはどれほどの時間だったか。
司がクッと微かに笑んだ気がして、つくしは途端に自分の平凡さに居た堪れなさを感じ、視線を司の顔から下に移した。

つくしはなんだか急に自分が滑稽に思えた。
今夜、羽二重の寝衣を着ているつくしに対して、司はシルクのパジャマズボンにガウン一枚というラフな格好をしている。
抱かれるために隙なく身支度を整え、あまつさえ寝化粧まで施されているが、この普段着のような夫には自分を妻として迎えようという気はないのではないか。
でも、それならそれでこちらも気が楽でいい。
愛情も親しみも何もない関係ならば、いっそ足掻かずに他人として暮らしていけたら、その方が案外、友情なんかが芽生えたりして。
子供は誰か好きな女性に産んでもらえばいい。

そんなことを考えてフッと息を吐き出したときだった。
ベッドが僅かに沈んだ。
目を上げると夫が乗り上げてくるのが見えて、つくしは見開いた目を司に向けたまま固まった。

待って!
するの?
する気なの!?
だって、今日会ったばっかりの女だよ!?
こんな普通の女だよ!?
…ってか、する気で待ってたのはあたしじゃんか。
いや、積極的にしたいわけじゃない。
本当は嫌だ。
だって知らない人だもん。

司がつくしの前まで来て胡座をかいて座ると背後のカーテンがスッと降りた。
ベッドの上の空間で二人きりになる。
しかし部屋の中にはまだ島田と司の従者である森川が控えていた。

近くで見てもなんの綻びもない司に、つくしは緊張と戸惑いでまともに顔を上げることができない。
そんなつくしに司はそっと手を伸ばした。
温かい手が頬を包んで上向かせた。


「マキノ、お前、下の名前はなんていうんだ?」


この上なく美しい人形が喋った。
しかも美しい人形は声まで隙なく整っていて、低音の響きがつくしの横隔膜を振動させた。


「へっ? 名前……ま、じゃない。つくし、つくしです。」


牧野つくしと名乗りそうになった。
つくしはすでに道明寺つくしになっている。

この人、私の名前さえ知らないで結婚したの?
そっか、婚姻届はあたしが書き込む時にはすでにこの人の分は書き込んであったもんね。
でも、式の前に自己紹介したんだけど、聞こえなかったのかな?
そういえばあの時、呆然としてたもんね、この人。
平凡すぎるあたしを見てきっとショックを受けてたんだ。
だから耳に入ってなかったんだ。
でもそれにしたってそんなのでいいの?

ひとり考えに耽るつくしの耳に梁塵を動かすかの如き司の声が再び届いた。


「つくし…いい名前だな。」


そう言って微笑んだ司に、つくしはさらに目を見開いた。


「「人に尽くす」の尽くしだろ? それに頭に「う」が付けば「美し」だ。そういう意味だろ?」


この人の、このクルクルのヘアスタイルの中の脳ミソは何てロマンチストなんだろうと、つくしは心の中で感嘆した。
「尽くし」も「美し」も今まで誰一人そんな風に解釈した人はいなかったし、そんな発想は自分にさえなかった。

つくしを見つめる司の瞳はどこまでも深く、今日会ったばかりの女に最大限の慈愛を見せていた。
それを感じたつくしの大きな黒い瞳を涙が覆い始めた。
表面張力が限界を超えると涙は雫となって白桃のようなつくしの頬を伝い、紋羽二重の寝衣に落ちた。


「なんで泣いてるんだ?」


司から視線を外してうつむいた拍子にさらに両目から涙がポツンポツンと落ちた。


「…申し訳ありません……」

「なにを謝ってる?」

「私などが選考を通過してしまって、旦那様の妻などと。もっとふさわしい方がいらっしゃったでしょうに、申し訳ありません!」


再びベッドに手をついて頭を下げ、つくしが思わずした謝罪は本当に心からのものだった。

この人が美しいのは容姿だけじゃない。
心も美しい人なんだ。
そんなこの人の妻には同じように美しくて、優しくて、この人を包み込んでくれるような人がお似合いだ。
あたしみたいなガサツな庶民と結婚しなきゃならなかったこの人が可哀想だ。

司はしばらくつくしの様子を見つめていたが、やがてベッドに突っ伏すように頭を下げているつくしの両腕をとって顔を上げさせた。


「最もふさわしい女がお前だと選ばれたんだろ?」


つくしは最早ぐちゃぐちゃになってしまった顔で再び司を見た。
司の目には優しい光が宿っている。
その光に包み込まれる切なさに、つくしはさらに涙を溢れさせた。


「旦那様…本来なら結婚相手は自分で選ぶものです。テストで選出するものではないんです。だってそこに愛情はないでしょう? 結婚は愛してる人間とするものなんです。」

「それはつまり、お前は俺達の間には愛情がないからダメだと言いたいんだな?」

「いえ、そうではなく、旦那様には、」

「愛情はこれから生み出せばいいんじゃないのか? 俺の父母も祖父母も曽祖父母もみんなそうしてきたぞ。」

「旦那様には好きな女性はいないんですか!? これまで恋をなさったことは?」

「ない。」

「一度も?」

「ない。愛情はふさわしい女と結婚したら心に芽生えるものだと教えられた。違うのか?」

「旦那様…うぅっ」


つくしは司が不憫でならなかった。
人を愛することさえコントロールされているなんて。
愛していない女とだって、決められたならば否を言えずに結婚を遂行しなければならない司の宿命に胸が痛んだ。

司はなおも泣き続けるつくしをゆっくりと引き寄せ、抱きしめた。

ああ、神様。
あなたはなにを思ってこんな人を生み出したんですか?
美しくて、声も良くて、広い胸を持ってて、温かくて、その上、いい匂いまでして……
まるで人間味のないこんな人が本当に存在するなんて信じられない。

ジッと伝えられる温もりにつくしが徐々に力を抜いて身を任せていると、頭上から聞こえた声にまたつくしの横隔膜が戦慄いた。


「つくし、俺たちは夫婦になったんだ。義務を果たさないといけない。」

「…義務?」


見上げたつくしの顔に手を添えると、司は顔を傾けて唇を合わせた。
結婚式は神前式で、誓いのキスはなかった。
驚きに見開かれたつくしの目に司の長い睫毛が見えた。


「美味いな…」


唇を離した司の呟きが聞こえたと思ったら、つくしはベッドに横たえられ、前で結んだ寝衣の腰紐が解かれ始めた。
呆然と固まっていたつくしはやっと我に返り、事態が飲み込めて慌てだした。


「あ、あの、旦那様、待ってください。」

「司だ。司と呼べ。お前は妻なんだから。」


シュッと腰紐を抜き、司はつくしに被さった。








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2020.02.06
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| 2020.02.06(Thu) 17:57:52 | | EDIT

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| 2020.02.06(Thu) 22:36:37 | | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

コメント、ありがとうございます!!
ご指摘ありがとうございました!
気づいてなかったです。すぐに訂正しました!

そしてさすが、二次会のサスペンス女王!その線は読みが深いですね!

司はいつもと逆の過程を踏むと思っていただければ間違い無いと思います。
いつもは穏やかに向けて変化していく坊ちゃんが、穏やかから・・・どうなるでしょうか。
今後、司サイドも出てきますよ!
楽しんでいただけたら嬉しいです^^

nona | 2020.02.07(Fri) 00:12:36 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

みー 様

コメント、ありがとうございます!
でしょー!感じていただけました?
今回は、『オトナときどきガキ』な司くんです。
今後は司サイドも出てきますので、楽しんでくださいね〜!

nona | 2020.02.07(Fri) 00:14:59 | URL | EDIT