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いま、あたしはお風呂から上がり、体を拭いて髪を乾かし、純白の家紋入り羽二重の寝衣を着付けられ、寝化粧を施されている。
普段なら寝るだけなのに化粧?

あたしは今日、結婚した。
だから今夜は初夜だ。


「奥様、少しお顎をお上げください。」


床入りの支度を施してくれているのは私の侍女になった島田さん。
侍女ってのは私専属の使用人さん。
50歳を超えたばかりの痩せ型の女性で、ピチッと引っ詰めたお団子ヘアはキッチリとした人柄を物語っていて、表情豊かとは言い難い。
ってか、専属の使用人てそもそも必要なの?
化粧くらい自分でできるけどなぁ。

・・・いけない、いけない。
今までの常識は通じない世界なんだから、いちいち疑問に思ってたら身がもたないよ。

だってここは日本中にその名を轟かせている、大富豪のお邸なんだから。




->->->->->->->->->->->->->->
  



それは遡ること3ヶ月前のことだった。




「牧野くん、ちょっと。」


あたしが勤務するのは創業70年という奥田商事の秘書課だ。
奥田商事は元は羊毛を扱う貿易会社だったけど、1970年代になって手芸の材料全般を取り扱うようになり、今では全国に手芸専門の店舗を持つ商社になった。
とは言っても資本金一億はそう大企業という訳でもない。
秘書も社長と専務に各1人と、常務以下のその他の役員をまとめて仕切る2人の4人体制だし。


「失礼します。」


あたしの担当はその他の役員。
だけど、今、呼び出された先には社長以下の役員が勢ぞろいしていた。
役員フロアの会議室は異様な空気。
どしたの?


「牧野くん、まあ、座ってください。」


奥田社長は腰の低い柔和な人だ。
その社長に手招きされて、まるで面接でもされるみたいに空いたスペースにポツンと置かれた椅子に腰掛けた。
なに?
あたし、なんかやらかした?


「今日、呼び出したのは君に是非とも依頼したい案件があってね。」


本題に入ったのは専務。
社長の弟さんで、こちらは切れ味鋭いナイフのようなキツイ目をした男性だ。


「私でお役に立てることならば。」


弾劾裁判じゃなかったことに内心、安堵の息を吐きながら、あたしは軽く頭を下げた。


「まず最初に、結論から話そう。」


専務が話を続けた。


「君を、道明寺グループが今後100年の計と打ち出した大プロジェクトのチーム候補生として、我が社から推薦することにした。」


・・・・・・


「は?」


ごめん、何つった?


「フフ、驚くのも無理はない。我が社が2年前に道明寺の傘下に入ったことは知ってるね?」

「はい。そのおかげで頭打ちだった売り上げが格段に伸びました。」


奥田商事は2年前に買収により道明寺グループの傘下に入った。
現代の趣味の多様化に伴い、手芸の種類も多岐にわたり、材料も膨大になった。
大量の在庫を抱える中、それを実店舗販売と自社HPの細々としたネット販売だけで捌いていたため売り上げは伸び悩み、ついには赤字に転じていた。
その時、道明寺HDから買収の話が持ち上がったのだ。
道明寺ほどの大企業がなんでうちなんか…と社長は呟いたが、役員会議の満場一致でグループ会社として再生する道が決定した。

最初は不安ばかりだった社内も、いざ始まってみると現在の体制はそのままに、道明寺グループの各専門企業の力を借りて今では1分間の手芸動画アプリや今流行りの15秒動画サイトへの投稿、大々的なネット販売網を構築し、純利益が最盛期に迫る勢いまで回復した。

大学を卒業して入社1年目で迎えた一大変革に、あたしも昼夜を問わず役員たちと共に走り回ったっけ。
各分野の専門スタッフとの打ち合わせに同席させてもらって、彼らの有能さに舌を巻いて、すっごく勉強になって充実した時期だった。

でも、その道明寺グループが今後100年の計!?
どれだけすごいプロジェクトなんだろう。


「その道明寺グループの全グループ会社本社から各1名、候補生を推薦せよとのお達しなんだ。」


ほへー!
全グループ会社!
1名ずつでもすごい数だろうな。


「そうだったんですか。水面下でそんなことが。」

「ああ。そこで我が奥田商事からは牧野つくしくん、君を推薦することにした。」


あたしはそこでやっと事の次第が理解できて面食らった。


「あの…それはもう身に余る光栄なのですが、私は一介の秘書に過ぎません。そんな重要なプロジェクトの候補生ならば、もっと他の適任者がいらっしゃるんじゃないでしょうか。」


そうだよ。
営業成績1位の田辺さんとか、企画でヒットを飛ばし続けてる仁科さんとか。
あたしが選ばれたって何すんのよ!?


「それが、候補生には条件があってね。」

「条件ですか…」

「第一に女性であること。」


女性限定!?
じゃ、田辺さんはダメか。


「第二に25歳以下であること。」


25歳!?
若くない!?
だから仁科さんは外されたのか。
彼女、27だもんね。


「そして第三に、未婚であること。」


ちょっと、ちょっと!
さっきからなんなのよ、その条件は。
まるでセクハラじゃん。


「そうなると、我が社から推薦できる人間は限られてくる。」

「はぁ…」

「商品部の久保くん、システム保全課の町田くん、そして秘書課の牧野くんだ。」


で、その中で何であたし?
商品管理及び手配の知識ある人より、IT系の学部を卒業してシステムに精通してる人より、何であたしなの?


「その中で君に決定した決め手は…」

「ゴクリ…決め手は…?」


あたしはやや身を乗り出した。


「代わりの人間を用意しやすかったからだ。」


ガクーーッ!!

それは秘書なら代わりはいくらでもいるってことかいっ!
秘書って一言で言っても相性もあるんだから、そんな簡単には見つかんないんだからね!
しかも複数の役員にひとりの秘書なんていう激務をこなせるのは…


「そういうわけで、来週から君の代わりを務めてくれる人間ももう見つかった。」


見つかったんかいっ!
オッサン、仕事、早っ!


「…コホン、お言葉ですが、まだ候補生の段階で代わりの人間というのは気が早すぎるのではないでしょうか。」


もしも選ばれたらその時はってことでしょ?
なのにもう代わりの人間!?


「候補生の選定には最長1ヶ月かかるそうだからね。知っての通り秘書課は万年人手不足だ。例え1週間でも君が抜ける穴は大きい。悪く思わんでくれ。」


選定に1ヶ月!?
ど、どんな試験が待ってるの??


「左様でございましたか。それはお気遣いありがとうございます。」

「で、どうだね? この推薦、受けてくれるね? これこそ君にしかできない重要な仕事だよ。」

「・・・・・」


そんな唐突に職場を追い出される話をされて、「はーい」なんて二つ返事できるわけないでしょ。
それに、ただの候補生でしょ?
何人採用するのか知らないけど、グループの全社からっていうと、軽く見積もって1000人はいるんじゃない?
落ちるわよ。
もうほぼ落ちるの決定よ。
そのとき、あたしが帰る場所は確保されてんの?


「あの、メンバーの選から漏れた場合にはまたここへ戻って来られるんですよね?」

「ああ、そのことなら心配ない。もし戻ってきたら君にはそれ相応のポストを用意してある。」

「ポスト?」

「社長秘書をやってもらうから。」

「社長秘書!?」

「ああ、だから大船に乗った気持ちで挑んできてもらいたい。」


秘書の花形はやはりその企業のトップの秘書を張ること。
一人の役員に秘書が複数いる大企業ならさらに第一秘書が秘書の中のトップだわ。
うちみたいなマンツーマンなら社長秘書ってだけでかなりの箔がつく。
いつかはって狙ってたけど、こんなに早くそのチャンスが回ってくるなんて。
よしっ!


「わかりましたっ! 社長秘書を任せていただけるんでしたら不肖・牧野つくし、奥田商事の代表として精一杯戦ってまいります!」

「もしもプロジェクトメンバーに選ばれたらお祝い金を出すからね。」


奥田社長がおっとりとした口調で付け加えた。


「お祝い金ですか?」

「うん。名誉なことだから100万の特別ボーナスだ。」

「ひゃっひゃっひゃっ、100万!? わかりましたぁ!! 必ずやメンバーの座を勝ち取ります!」


あたしはさっき抱いた不快さなどすっかり忘れ、ただ目の前の人参に夢中になった。


翌週には中途採用された秘書さんに引き継ぎをして業務を切り上げ、面接から10日後、いよいよ候補生選定試験に臨むため、あたしは道明寺HD日本本社に乗り込んだ。









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2020.02.01
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| 2020.02.01(Sat) 17:29:32 | | EDIT

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| 2020.02.01(Sat) 19:25:31 | | EDIT

Re: タイトルなし

ゆずぷりん 様

コメント、ありがとうございます!
そして楽しみにしてくださっていたとのこと、嬉しいです!
ホワイト司!そうですね、言わばそういうことかもしれません。
なんせ、ピュアです 笑
でもそのピュア司がつくしと出会って愛を知ってどうなるのか?ってことかな。

ウラも読んでくださってありがとうございます!
500って数字を疑問に思わないのがウブなふたりなんですよねぇ。
あっちは「夫婦恋愛」を書き上げたら着手しようと思ってます!
またよろしくお願いします。

nona | 2020.02.02(Sun) 11:56:58 | URL | EDIT

Re: 大奥?

ふじ 様

コメント、ありがとうございます!
いい曲ですよね〜。落ち着いた曲調と歌詞が今作品にピッタリです。
そして大奥と言っても、ドラマとかの物語としての『大奥』ではなくて、仕組みとしての大奥を取り入れているのでドロドロはありません。そこはご安心を(^^)
実は「夫婦恋愛」の後に控えている作品が読者の皆様を奈落の底に突き落としてしまいそうな内容なので、その前にジレジレした甘ーい話を読んでいただこうと思ってます。
今回もちょっと長くなるかもしれませんが(3ヶ月くらい?)お付き合いいただけたら幸いです。

nona | 2020.02.02(Sun) 12:01:18 | URL | EDIT