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日曜日の朝、つくしはまだ部屋から出てきていなかったけど、ダイニングにはすでに焼き立てのパンの香りが立ち込め、瑞々しいサラダにツヤツヤしたハムエッグ、暖かいスープと宝石のようなフルーツが並んでいた。

邸から派遣されている使用人さんは午前と午後の交代制でそれは日曜日でも例外ではない。


「高山様、ご朝食になさいますか?」

「あ、そうですね。お願いします。」

「かしこまりました。」


こんな会話にも慣れたけど、慣れていいんだろうか。


「パパ、おはよ〜」

「清佳、おはよう。」

「ママ、また喧嘩してるよ。」

「えっ?」


廊下に出ると確かにつくしの部屋から声が漏れていた。
でも今回、聞こえるのはつくしの声だけだった。


「もういい加減にして! あたしは普通の生活がしたいの! 使用人さんは必要ないし、邸にも移らない!」

「ーーー」

「誰が怒鳴らせてんのよ! そう思うならあたしの意見を尊重してよ!」

「ーーー」

「いや、そりゃわかってるよ。その気持ちは嬉しいよ。でもね、ものには加減てもんがあるの! 子供達だって混乱するでしょ?」

「ーーー」

「英徳ぅ!!? ダメ! 絶対ダメ!! それにそれを決めるのはあたしたちじゃないでしょ!? 清佳も壮介も順と悠介の子供達なんだよ? 勘違いしないでよ!!」


話の内容が手に取るようにわかった。
でもこれ以上、つくしをヒートアップさせるわけにはいかない。
俺は強くノックをした。


コンコン!!


声が止んだ。
ドアが開いてつくしが顔をのぞかせた。


「ごめん。声、漏れてた?」

「うん、つくしの声だけね。赤ちゃんに喧嘩の声ばかり聞かせちゃダメだよ。」

「うっ…そうだよね。気をつける。」


やれやれ。
夫婦ってのはどこでもいろいろあるだろうけど、男女の夫婦ってのはあんなに分かり合えないものかな。
俺と順だったら目を見てればわかるけどな。
だから今まで大きな喧嘩らしい喧嘩はしたことがないわけだし。

なんだか急に順の顔が見たくなって、俺はリビングには戻らずにそのまま自室に戻った。








結局、邸に移らない代わりに、週に4日、使用人さんが通ってくることをつくしは受け入れた。
そして外出するときは必ず車を呼ぶことも約束させられた。


「いちいち過保護すぎ! 両親学級に参加するたびに大騒ぎだよ。この先が怖い。」


司さんが出張でいない朝、つくしは俺に朝食を出しながら愚痴をこぼした。
両親学級の第3回目は新生児の世話について学ぶんだ。
これなら騒ぐことはないと思うけど、でも相手はあの司さんだ。
予想外なところから球を投げてくるからな。


「3回目は明日だっけ?」

「そう。車で行かなきゃ。ハァ、もうそれも億劫だぁ〜。」





最近のつくしの口癖は『億劫』か『面倒』だ。
もしかして……


「あのさ、つくしさ、司さんと、その……ある?」

「ある? 何がある?」

「だからさ、アレだよ。」

「??? アレ?」

「……ふ、夫婦生活だよ。」


他の家族はまだ誰も起きてなくて、このリビングには二人しかいないのに俺は口元に手を当てて、なんだか照れたような気分でつくしに囁いた。


「えっ! ちょっ…何言い出すのよ!」


真っ赤になりながら、つくしも声を潜めていた。


「面倒だ、億劫だって断ってない?」

「断ってるっていうか、帰ってきたときにはあたしは寝てるし、あいつが休みの日もあたしはすぐに眠くなっちゃうし…」

「どのくらいしてないの?」

「な、なんでそんなこと悠介に言わなきゃいけないのよっ。」

「…かなりしてないね。数ヶ月はしてないでしょ?」

「だ…だから、言う必要ないって…それに妊娠中なんだからなくて当たり前なんじゃないの?」


俺はハァァとため息をついた。
そっか、今まで清佳の時も壮介の時も、つくしにパートナーはいなかった。
だから妊娠中の交渉について考える必要はなかった。
でも今は司さんがいる。
3人目にして初めて知る壁。
それは妊娠中の夫婦生活についてだった。

俺はダイニングに座ったまま、つくしを手招きした。


「司さんが過保護な理由はそれだよ。お前が疲れてるからできないと思ってるんだ。今度、お前から誘え。」

「えーー!!…っとと。そ、そんなことできないわよ! それに、妊婦に欲情するの?」

「妊婦かどうかは関係ない。あの人にはお前しか見えてない。」

「でも、赤ちゃんがいるのに…」

「それでもスキンシップは大事だろ。無理しなくていいけど、特に司さんは初めてのことで不安なんだから、寄り添うのが夫婦だろ。」

「……わかった。」


つくしはまだ頬を染めながらも、それでもこの過保護状態から抜け出せるなら、と決意を固めたようだった。




********




その日は家事を使用人さんに任せてたっぷり昼寝をしたと言うつくしが司さんの帰宅を待っていた。


「じゃ、おやすみ。」

「おやすみ。」

「頑張って。」

「頑張らないわよっ」


つくしをリビングに残し、なんの話だ?と、頭にクエスチョンマークを貼り付けた順を連れて自室に引き上げた。








翌朝、つくしの話を聞こうといつもより早起きして毎朝恒例の起き抜け歯磨きをするために洗面に入ると、つくしが鏡の前に立っていた。


「ああ、ごめん…ってそれ!」


ブラにキャミソール姿のつくしの肌にはキスマークが散っていた。
その姿を見たのは二度目。
司さんがつくしの記憶を取り戻して、初めてつくしの部屋に泊まった朝以来だった。


「悠介っ!」


つくしがパッと手で胸元をかくして振り向いた。


「成功したんだ。よかったじゃん。司さん、喜んだだろ? なっ?」


つくしは顔を赤くしてはにかんだ。


「うん、喜んでくれた。けど、それだけじゃなかった。」




********




あたしは悠介からのアドバイスを受けて今日はお昼寝をたっぷりして司の帰りを待っていた。

司は一昨日から地方に出張だった。
今日は移動だけのはずだから早々に帰社して仕事して帰ってくるはず。
と、玄関で物音がした。
帰ってきたんだ。

あたしはリビングを出て玄関に向かった。


「おかえり。」


玄関には司が連れてきた冬の匂いがしてた。

そんな空気を纏いながら俯いて靴を脱いでいた顔がハッと上がり、すぐに半分、笑顔になった。


「ただいま。起きてたのか。」


それは、驚いたけど嬉しいって顔で、その顔を見て、今朝、悠介に言われた言葉がストンと胃に落ちた。


『特に司さんは初めてのことで不安なんだから、寄り添うのが夫婦だろ。』


この家で妊娠・出産を目の当たりにするのは司だけが初めてで、あたしも悠介も順も3回目。
悪阻も妊娠の経過も「ああ、あれね。はいはい。」って感じで受け流してた。
司にとっては疎外感があったかもしれない。
わからないことをわからないって、不安なことを不安だって言いづらい雰囲気にしてたかもしれない。

清佳の時、あたしは出産までに順と悠介に父親になるって意識をしっかり持って欲しくて3人一緒にいろいろ頑張ってた。
両親学級もちろん、日常でもお腹に触れてもらったり、妊娠線のマッサージをしてもらったり。
あたしと同じ速度で命が生まれるって自覚をもってもらおうと必死だったと思う。
それを司にはしてない。

あたしの中でいざとなったら順や悠介がいるって、どっかでタカをくくってたんだ。
あたしが頼っていいのは司だけなのに。
順と悠介の夫夫(ふうふ)は言わばお隣さん。
自分の夫を差し置いて、お隣の夫夫に頼るって完全におかしいよね。


「まだ寝なくていいのか?」


ただ今、時刻は23時40分過ぎ。
いつもならあたしはとっくに寝ている。


「いいの。今日は目が冴えちゃったから。」


廊下を歩きながらコートを受け取ろうとしたら、あたしには渡さずに自分で持って廊下を歩き出した。


「貸しなよ。掛けとくよ。このままお風呂に入っちゃったら? 着替えは出しとくから。」


すると前を歩いていた司は振り向かずに答えた。


「重いからいい。自分で掛ける。」


こんな風に、小さなことでも気遣ってくれる。
司はもうちゃんとお父さんじゃん。


「このくらい大丈夫だから。このままお風呂入ってきて。」


コートを引っ張ってその足を止めさせた。


「なんだよ、気持ち悪りぃな。またなんか話でもあるのか?」


あたしの様子が普段と違うからか、振り向いたその表情には警戒心が浮かんでる。


「話なんてないよ。たまにはいいじゃん。ほら、入っておいで。」


せっかく起きてるんだから、奥さんらしいことしますよ。
なんて殊勝に思っていたあたしに司が一歩近づいた。
廊下の灯りを司の長身が遮ってあたしが影に入る。


「なに?」


見上げて問えばさっきの素直な笑顔じゃなくて何か企んだように口角を上げている。


「一緒に入ろうぜ。」

「はぁ? 入らないよ。入ったもん。」

「もう一回入ればいいじゃん。みんなもう寝てんだろ? 誰にも見つかんねぇよ。」

「悠介たちはきっとまだ部屋で起きてるよ。それに狭いし、それに、」

「それに?」

「…とにかく、あたしはもう入ったからいい。入浴って疲れるんだからね。」


『疲れる』の言葉で司はあっさりと引き下がった。
やっぱり気にしてくれてるんだ
ということはあたしを気遣って我慢してくれてたってこと?
つまり、チャンスがあれば触れたいってこと?
妊婦だよ?
したいの?
そういう気になるの?

あたしは二人の部屋に入ってコートをクローゼットにかけ、司の着替えを脱衣所に持って行き再び部屋に戻ってベッドに座り込んだ。

ここからどうしよう。
スキンシップって、何をきっかけにすればいいの?
いきなり襲いかかられても困るんだけどな。
うーん…

その時、あたしの視界にあるものが入った。









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2019.12.03
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