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BGM
An Affair to Remember(Piano)



バーを出て行ってしまった先輩を追いかけて路上に出れば、タクシーを捕まえようと路側帯にまで乗り出している仕事帰りのキャリアウーマンを見つけた。
白いシャツに黒いスーツ、その上に襟を立ててベージュのドレストレンチを羽織り、ウエストはベルトをしっかりと結んで華奢なシルエットが強調されてる。
車のヘッドライトを反射する夜会巻きは、17歳の鈍感少女が大人のオンナに開花したことを物語っていた。


「先輩!」

「桜子…」

「付き合いますよ。次に行きましょう?」

「あたしはもういいわよ。帰るから。また今度、ゆっくり会おう?」


先輩の手首を引いて歩道に戻り、逃さないように手首を持ったまま、私はクラッチバッグからスマホを取り出した。
そしてうちの運転手をコールした。


「ダメです。帰るって道明寺さんと一緒に暮らしてる部屋でしょ? こんな状態でそんなところに帰せませんよ。今夜はまだ付き合ってください。」


そう言って今度は先輩の背に手を添えて歩くことを促した。
行き過ぎるヘッドライトにくるくると照らされる先輩の顔は困ったようだったけど微笑んでいて、やっぱり先輩もこのまま一人で帰りたくなかったんだと、引き止めに成功したことに安堵した。




***




迎えの車に乗り込み、向かったのはRememberだった。
西門さんからここを使うように指定されたそのバーは丸の内の外れにあり、煤けたようなドアと申し訳程度の灯りで私たちを出迎えた。


「いらっしゃいませ。」


今夜、西門さんから話を通されているマスターは私たちが着席すると外の灯りを消した。


「いつもので。」

「かしこまりました。」


牧野先輩はジンライム。
『色褪せぬ恋』に未だ囚われている先輩の心情が痛いほどに伝わってくる。
そして私の注文はカリフォルニアレモネード。
カクテル言葉は『永遠の感謝』
受け止めきれないほどの恩を先輩から受けた私が一番好きなカクテルだ。


「先輩、改めまして女だけの夜に乾杯。」


グラスを軽く捧げ、唇を濡らした。
先輩も一口含むとグラスを置いた。


「西門さんも桜子も道明寺から話を聞いてるんでしょ?」

「えへへ、バレました?」

「15年ぶりに会ったってのに、いきなり男性経験の話になるんだもん。わかるわよ。」

「そうですよね。あからさま過ぎましたよね。すみません。」

「で、帰国も道明寺のため?」


私はもう一度唇を濡らすと、先輩に向いて微笑みかけた。


「違いますよ。私が一番大切な人のためです。」

「…あたしじゃないわよね?」

「鈍感、ちょっと直ってますね。」

「桜子…会えて嬉しいけど、あたしは大丈夫だよ。」

「いいえ、大丈夫じゃありません。今の道明寺さんを好きになれとは言いません。でも15年前の男を想い続けるのが健全とも言えません。キリをつけないと。」

「…………」


牧野先輩は指先をジンライムで濡らし、グラスの縁をなぞり始めた。
ジャズピアノの調べが流れる店内に空気の振動が波紋のように伝わった。


「あたしさ、本当に桜子に会いたかったんだよ。あんたに謝りたかった。」

「えっ…」

「あたし、あんたの気持ち、よくわかったの。自分が愛してる人が別の女を見てる。その女を憎む気持ちが。」

「先輩……」


先輩は乾くたびに指先を濡らし、グラスの縁をなぞっていた。
まだ液体が半分以上残っているグラスの振動は低く、それは一定のリズムで繰り返された。


「先輩、だったら罪滅ぼしだと思って私にはこの15年の全て、話してくださいますでしょ?」


私は知り尽くした自分の武器を使って、牧野先輩に甘えるように催促した。
先輩はグラスの縁をなぞりながら、横顔のまま私に視線だけをよこしてからまたグラスに戻した。

そして先輩は15年間を語り始めた。







「あの日、道明寺とデートして、あたしからキスして、照れ隠しに逃げ出して学校に行ったら花沢類に「友達は大丈夫?」って言われた。背筋が凍り付いた。」


青池さんと優紀さんのご家族に圧力が加えられていたことを私たちが知ったのは牧野先輩が姿を晦ました翌日だった。


「道明寺家とは今後一切関わらないと誓って、あの邸を出た。本当はそのまま消えればよかったのに、あたしはどうしても道明寺にちゃんと話しておきたかった。だから雨の中で待ってたの。あいつが帰ってくるのを。」


先輩はカウンターの上で腕を組み、目の前のグラスを見つめて記憶を辿っていた。


「あたしを見つけて雨の中で車から降りて駆け寄ってきてくれた。会えるのはこれが最後だって思ったらものすごく切なくなった。」


ジンライムを手にして一口含み、先輩はグラスをコースターに戻した。


「道明寺に別れることを告げて、あいつに背を向けてあたしは一人で歩き出した。その時に、気づいた。あたしはあいつが、好きなんだって。始まりが終わりだった。」


やっと、やっと気づいた想いは届けることができなかった。
その時の先輩を思うと、私はじんわりと目頭が熱くなるのを感じていた。
でも今は泣く時じゃない。
私は先輩に気づかれないように瞬きを繰り返して熱を逃した。


「苦しくて辛くて悲しくて寂しくて、涙が止まらなかった。あの夜が雨でよかった。じゃないとあいつに涙を見られてたかもしれないから。」

「先輩……」

「でも、その時の苦しさなんて序の口だった。あたしの本当の苦しみはまだ始まったばかりだった。」








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2019.11.09
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