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翌月曜日、出勤早々、秘書が告げたスケジュール変更は俺の予想通りだった。


「朝一番で社長がお話があるそうです。動画通信のご準備を。」

「…わかった。」


日本本社代表のスケジュールをなんだと思ってんだ。
あの女はまだ俺の母親気取りが抜けていない。
自分で捨てた母親の地位にいつまでしがみ付くつもりなんだか。


東京 9:11 <=> NY 19:11


PCモニターにはバーチカルブラインドが引かれた窓をバックに社長・道明寺楓の姿が映し出された。
還暦前とは思えない風貌が新しい仇名を彼女につけた。


“ Timeless woman_時間を超越した女_ ”


老いることを忘れたように時間の経過を超越する女。
つまり、いつまでも若々しいということを言いたかったおべんちゃらだ。
だが俺には別の意味に響いてくる。
なぜならこの女はかつての敵のことも忘れないからだ。
何年経とうが攻撃し、報復する。
それはまさにこの女の前には時間など存在しないかのようだった。

秘書を下がらせ、部屋に一人で画面に対峙していた。
俺は悪魔に助けを請うようにデスクに肘をついて手を組んだ。


「おはようございます。」

『こんばんは。』

「そちらの状況はいかがですか?」

『変わりないわ。』

「そうですか。日本も変わりなく順調です。」

『そのようね。数字には満足よ。』

「恐れ入ります。」

『数字には…ね。問題はあなたのプライベートのようね。』

「私のプライベートですか。なにか社長のお気持ちを乱したでしょうか。」

『あれはデートの画かしら。世界中に拡散されたようだけど。』

「ああ、昨日の件ですか。ええ、数ヶ月前からお付き合いさせて頂いている女性と出掛けた際に撮られたようです。マスコミにはもう手を回しました。」

『…あれは牧野さんね?』

「さあ…そんな名前だったか…」


女はクッと片頬を上げた。
それは笑顔という代物ではない。
ましてや微笑みでもない。
陥れる獲物を見つけた獣の舌舐めずりだ。


『性懲りもないわね。』

「先日、私にご一任くださるとおっしゃいましたので、後継者について至極、真面目に考えました。その結果です。」

『後継者について考えたのは殊勝な心がけね。あなたがその気になったのなら、すぐにでも道明寺に相応しい方を用意するわ。やはりわたくしの力が必要なようですからね。』

「いえ、それには及びません。私の最高に貞淑な妻候補はもういます。」

『最高に貞淑な? 一度、結婚して別の男のものになった女性が?』

「その件でしたらご心配には及びません。彼女が愛しているのは昔も今も私だけです。仮初の夫婦生活など、とるに足らないことです。」

『………また…繰り返す気?』

「社長、私は社員の一人ではありますが、社長の持ち物ではありません。私のプライベートは完全に私のものであり、社長にご関心をいただくことではありません。でももし、それでも干渉したいとおっしゃるなら…」

『なら?』


俺は組んだ手から顔を上げ、女を見下げるように顎を上げ、女に倣って片頬を歪ませた。


「あんたを道連れにして地獄に堕ちてやるよ。」


牧野に『地獄の果てまで追いかける』と言ったことがあったが、そもそもあいつなら地獄には落ちない。
落ちるのは俺とあんただ。
牧野は追いかけて来てくれねぇだろうがな。


『ハッタリまでご立派に?』


女は嘲笑を放った。
その顔の映る画面に向けて、俺は引き出しから取り出したものを手の中でぶら下げて見せた。


「これはUSBだ。あるデータが入ってる。正確にはあるデータのコピーだ。元データはある仕掛けで隠してある。俺に何かあればそれは世に放たれる。そうなればあんたも俺も終わる。つまり道明寺は終わりだ。きっとこの世から跡形もなく消え去る。」

『…フフフッ…ホホホホッ…なにかと思えば、スパイ映画でも見過ぎたのかしら? それともあの方の浅はかさが移ったのかしら。道明寺が跡形もなく消え去るようなデータなど存在しません。』


女の高笑いこそ、俺にはハッタリに聞こえた。


「そうですか。お心当たりはありませんか。では、イランの原油をロ…」

『司っ!』


女はいきなり金切り声を上げた。
それが俺の勝利への道標とも知らずに。


「社長、どうかなさいましたか? ああ、よろしければこのコピーをご覧になりますか?」

『………』

「今度、ご帰国の際にお見せしますよ。ああ、そうそう総帥にも報告しますか? クククッ」

『…それが取引条件というわけ?』


俺は勝利を確信し、USBを手に収めるとデスクチェアに背を預けた。


「死にますよ…」

『なんですって!?』

「今度、俺からあいつを奪ったら、あいつを殺して俺も死ぬ。そしてこのデータは放たれる。あんた方も道連れだ。」

『どうして…そこまで…』


女にもう余裕はなかった。
掴まれてはいけない情報を掴まれたのだ。
もうこの女に勝ち目はない。

俺はいつか復讐してやろうとこの時を待っていた。
そのためなら女の犬にも駒にもなりきった。
そして掴んだのは、アメリカから経済制裁を受けているイランの原油を、道明寺楓が総帥にも秘密裏に何重にも鍵をかけてロシアに設立した輸出会社を通して世界中に売り捌いているという情報だった。
取引相手には巧妙な仕掛けでロシアで産出された原油を買っていると思わせている。
が、実際はイランから安価な原油をロシアに輸入し、それを高値で転売しているのだ。
アメリカの経済制裁を受け、販路を失ったイランの原油は暴落した。
そこにこの女は目をつけた。

まったく、ビジネスマンとしては尊敬に値する。
道明寺が日本だけの企業ならそこまで咎められることはないだろう。
日本は昨年までイランの経済制裁適応除外国として、原油の取引が認められた数少ない国のひとつだったからだ。
しかしNYに本社を置き、アメリカの政界とも繋がっているとなれば、見過ごしてはもらえない。
輸出先にはアメリカメジャーの取引先もあり、アメリカ政府もメジャーも同時に敵に回すとなれば道明寺は終わる。

俺は本気だぞ。
次に牧野を失うなら、あいつを連れて地獄に堕ちてやる。
もう誰もあいつに触れさせないために。
これが狂気だろうが、鬼気だろうが構わない。
あいつと一緒なら地獄だって楽園だ。


「計算ができないわけじゃないだろう? たかだか女一人のために道明寺の全てを失うか?」

『その言葉、あなたにそっくりお返しするわ。』

「フックックックッ、まだわかんねぇか? 俺はなにも失わない。どっちに転んでも俺はあいつさえ手に入れば満足だ。」

『何があなたにそこまで…』


女は初めて表情を崩した。
禍々しいものでも見たような、歪んだ女の顔に俺は愉悦を覚えた。


「あんたはわからなくていい。だが、俺には確実にあんたの血が流れてる。自分が至上だと思ったことには手段を選ばないあんたの血がな。今はそのことに感謝してる。お陰であいつを手に入れられるならあんたにも道明寺にも一片の情さえ沸かない。なんの躊躇もないし、この命さえ惜しくない。俺が欲しいのはあいつだけだ。さあ、あんたが選べ。」


モニターの向こうの女は今はもうデスクの上に肘をつき、真っ白になるほど手を強く組み、俯いていた。
それはまさに神に祈るような姿だった。
神を散々に欺いてきた女が今更何を祈るのか。
それとも懺悔か。
懺悔ならば死ぬまでに終えなければ天国には行けないらしい。
じゃあ、今から始めなきゃ間に合わねぇな。


『……わかりました。お好きになさい。』


女はあまりの悔しさのためだろう。
この数分で年相応に老け込んだ顔を上げることもできずにそれだけ呟いた。
俺は居住まいを正し、にこやかに答えた。


「社長、ありがとうございます。せいぜい、私と彼女の幸福を願っていてください。今度、彼女にフラれたら八つ当たりに何をするか分かりませんからね。そして婚約の折にはぜひ、ご報告させていただきます。どうか、総帥にもよろしくお伝えください。」


この時俺は、この女だったら最後に仕掛けてくるだろう足掻きに思いを巡らせていた。









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2019.11.06
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| 2019.11.06(Wed) 17:55:58 | | EDIT

Re: タイトルなし

みー 様

コメント、ありがとうございます!
司は司ですもんね。
自分をコケにした相手は例え鉄の女だとて容赦しないでしょう。
さあ、楓はどうでる!?
その前に、つくしはどうなる!?
乞うご期待!

nona | 2019.11.07(Thu) 23:38:54 | URL | EDIT