FC2ブログ




映画を観て、牧野のリクエストですき焼きを食って帰ってきた。


「あそこで許すか?」

「だって、記憶なくしたのは彼のせいじゃないでしょ? 彼女は思い出してくれるのを待ってたのよ。」

「あの親友とくっつきゃいいのに。」

「あたしは彼女の気持ちわかるなぁ。」


俺はなんとか映画のあらすじが言えて、寝室別は免れた。


「ハァ…疲れた。けど、楽しかった。ありがと。じゃ。」


自分の部屋の前で俺を向いてそう言った牧野は、何食わぬ顔で部屋に引っ込もうとした。
だから俺はその肩を掴んで振り向かせた。


「おいおい、待て待て。」

「ん?」

「とぼけてんじゃねぇよ。なに引っ込もうとしてんだよ。寝室は一緒だろ。」

「あ、ですよねー。じゃ、お風呂から出たらそっちに行くね。」

「待て待て待て。出たらじゃねぇって。風呂も一緒だ。」


牧野はため息をついて頭を抱えた。


「あのさ、確かに別れるかどうかは任せるって言ったし、あたしもわかったって返事したけど、でもお風呂は嫌。」

「でも前は入ってたろ。」

「あ、あれは不可抗力というか…とにかく、どうしてもって言うなら出て行く。出て行ったって別れることにはならないんだし。」


そこまで言われたら見送るしかない。


「フンッ! わかったよ。後でな。」


これは長期戦になりそうだな。
まずはどうすっかな。





自室のバスから上がり、ベッドの淵に腰掛けて携帯を見たら着信とLINEの嵐だった。
俺はその中の一番使えそうなヤツに連絡を取った。




***




コンコン


「入れ」


牧野はパジャマにしている長袖のロングTシャツにレギンス姿で現れた。
髪は緩く編んで左肩に下ろしている。
湯上りの素顔には17歳のころの名残がある。
だから俺は化粧を落とした顔も好きだった。

この女を抱けたらどんなにいいだろう。
だが、目の前の女は唇を引き結び、視線には警戒心を携え、その表情にこれから眠る気持ちの安らぎは見られない。

牧野は俺の反対側に周り、ベッドに入って向こうを向いた。


「おやすみ。」


俺はクローゼットで着替えて寝室に戻り、灯りを消してベッドに入った。
抱けないけれど、抱きしめることはできる。
牧野の体に片腕を回して引き寄せた。

俺のことを好きじゃない女と眠る。
正確に言えば「今の俺」だが。
「今の俺」は好きじゃないが、「過去の俺」のことは愛してる…
それはどんな心理状態なんだ。
過去の人間を愛するってのはどんな感覚だ。


「牧野」

「…なに?」

「今日、楽しかったつったな?」

「うん、楽しかったよ。」

「それはあの時、 15年前に “ 道明寺 ” と過ごした1日より楽しかったか?」


牧野は考え込んだ。
しばらくして寝返りを打ち、少し距離を空けて俺に向いた。


「あのさ、あたしはあんたを嫌いなわけじゃないよ?」


暗い室内で、俺もまた牧野を見つめた。


「今のあんたのことも好きだよ。あんたの求める『好き』じゃないだけで。」

「男に対する恋や愛じゃないってことだろ? でもお前が愛してる男も俺なんだ。一体、それはどんな感覚なんだよ。」

「…理解できなくて当然だと思う。でもあんたにもあるんだよ、そういう感覚が。」

「俺にはない。」

「あるよ。あんたが熱烈に恋してくれた17歳のあたしがあんたの心の中に宝物みたいに仕舞われてるの。だから今のあたしに過去のあたしを探したでしょ? そしてもういないんだって思って寂しさを感じたことがあるはずなのよ。違うとは言わせない。」


違うとは…確かに言えなかった。
17歳の牧野のあの小気味いいほどの潔癖っぷりを懐かしんだ瞬間は確かにあった。


「あたしにはあんたの感覚の方がわかんないわよ。15年も経って、すっかり変わってしまった女をどうして愛せるのか。どうして過去に重ねられるのか。あんたこそ、もういい加減に夢から覚めなよ。」


俺は起き上がってナイトテーブルの上のランプを点け、ヘッドレストにもたれかかった。


「じゃ、俺たちは互いに過去の思い出にしがみついてるってわけか?」


牧野も起き上がって片手をベッドについた。


「そういうこと。あの時に手に入らなかったものが期せずして目の前に現れた。そして簡単に手に入った。だから執着してるに過ぎない。あたしもあんたも過去の代替え品なんだよ。早くそれに気づいてよ。」


それだけを言って牧野はまたベッドに潜り込んだ。


「明日は仕事だよ。もう寝よう。」


でも俺は牧野の言葉を理解するのに時間がかかって、そのままじっとベッドの上に座っていた。

過去の代替え品…

その言葉に反発したいのに、納得なんてしたくないのに、ストンと落ちた胃の中から出て行ってくれなかった。

過去の代替え品…

俺も、こいつも、二度と取り戻せない一期一会の残骸なのか?
ガキの時に欲しくても得られなかったものが、大人になったからって簡単に手に入っただけか?
だから俺はこいつの中に17のこいつを探してしまうってのか?

それはつまり、こいつが今の俺を見ていないように、俺も今のこいつを見ていないってことになるのか?

すると、その事実が指し示す未来が急に目の前に現れた。
それは俺が望む未来とはかけ離れた光景だった。

俺はもう一度牧野の横に滑り込み、背中から牧野を抱きしめた。
両腕を絡めて、俺の体に沿うように強く引き寄せた。


「…寝かせてよ。」

「怖いんだ。」

「え?」

「お前を失うのが怖い。またあの雨の夜が来るのが怖い。お前のいない人生を独りで生きていくのが怖いんだ。」

「………」


牧野は俺の手を解いて寝返りを打ち、俺に向いた。
ランプの光が牧野の顔の片側に当たって、俺を見つめるその瞳も片方だけ輝いた。


「独りじゃないでしょ? あんたを大切に思って愛してくれる人はたくさんいるでしょ? 名前じゃなく、財産じゃなく、容姿じゃなく、あんた自身を愛してくれる人はたくさんいるわよ。」

「たくさんなんていらない。ただ一人いてくれればいい。」

「そういう人とも出会える。それはあんたの心次第で見つけられる。いつかも言ったでしょ? あんた自身が相手の本質を知る努力をすればいいんだって。」


俺はなんだか泣きそうになって、まるで幼い子供のように首を横に振っていた。


「そうじゃない。そうじゃないんだ。出会いたくない。俺はお前がいいんだ。お前じゃないとダメなんだ。牧野つくしを愛してるんだ。」


駄々をこねるような俺の様子に、牧野はまるで庇護者のように微笑みながら一つ息を吐いた。


「そっか……ありがとう。」


そして牧野は頭を起こして、俺の頬にキスをした。
それは子供をなだめる慈愛のキスだった。
でも俺が求めてるのはそんなキスじゃない。


「な、約束してくれないか。」

「なにを?」

「俺を、今の俺を好きになる努力をするって。」

「………」

「俺を過去の俺とは切り離して、全く別の男だと思ってくれないか。別人として一から惚れてほしい。俺もそうする。お前を17歳の牧野つくしじゃなくて、去年出会った32歳の牧野つくしとして愛するから、だから約束してくれ。」


牧野は真摯な表情で俺の話を聞いていた。
そして静かに頷いた。









にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト



2019.11.05
コメント記入欄

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

| 2019.11.05(Tue) 17:35:52 | | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

コメント、ありがとうございます!
そうですか、そんなことが・・・
愛って難しいですよね。
目の前の人を愛してるけど、そこに別の幻影がつきまとったらどうしたらいいんでしょうね。
でもモヤモヤしたまま、そんな大切な時間にそばにいられてもその後の心理状態が怖いですよね。
そこはつくしんぼ様のご希望を通した方がいいです。

つくしにもいろいろ歴史がある事でしょう。
それは今後、明かされますのでお楽しみに!

nona | 2019.11.05(Tue) 23:32:39 | URL | EDIT