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牧野のリクエストは「あの日のやり直し」だった。
翌日、俺たちはあの遊園地に出かけた。
今の俺なら、かの有名なテーマパークを急遽、借りきることもできるが、それは牧野のしたかったことじゃない。
俺たちは一般客に混ざって歩いていた。
が…これ、確実にSNSに晒されるだろ。


「ねぇ、これマズイよね。」


牧野がチラリと周囲を見回した。
何人かが俺の名前を囁きながら、コソコソとスマホをかざしている。
そして時折、シャッター音が俺たちにも届いた。


「今はインスタとか? ツイッターか? 晒されるんじゃないか?」

「ゲッ! ヤバイ…」

「昔はよかったよな。フェイスブックはまだできたばっかで日本では普及してなかったし、ツイッターなんて存在自体なかったし、スマホの普及率もそうでもなかったし、せいぜい、解像度の悪い写メを友達に送る程度か。今は一般人がマスコミ化してるからな。」

「…帰ろうか。帰ろうよ。」

「怖がるな。」


牧野の手を取り、ズンズンと歩いた。
当時経験した思い出せる限りのアトラクションに乗り込み、最後は観覧車だ。

その間、俺の携帯にはサウジのあきらとイタリアの類、オーストリアにいる三条やNYの滋、そしてついにはLAの姉ちゃんからも連絡が入っていた。
それは日本のちっせぇ遊園地でのツーショットが全世界を駆け巡ったことを意味していた。
つまりは、あの女も情報を掴んだってことだ。

俺が牧野という幸福と生涯を共にするためには、あの女との対決を避けては通れない。
あの女にとって俺はどこまでも駒に過ぎないが、俺はもう無力な駒じゃない。
ただの「歩」も「と金」になれる。
捨て駒である「歩」だって上手く使えば王将を追い詰めることができるんだ。


「あんたって目立ち過ぎ。」


観覧車に乗り、あの時と同じに向かい合わせに座った。


「いい男がいい女連れてたらそりゃ目立つだろ。」


俺を見ていたのに、牧野はプイッと横を向いた。


「そういうことも言うようになったんだもんね。昔はブスだなんだって言ってたのに。」

「バーカ。昔からいい女だと思ってたけど、照れてただけだ。じゃなきゃ、俺が惚れるかよ。」

「照れなくなったのが時間の経過でしょ?」


こいつはどうしても今の俺を否定したいらしい。


「あの時さ、キスする寸前だったよな。」

「はぁ?」


そっぽを向いてた牧野をこちらに向かせる効果はあった。
すかさず後頭部を引き寄せて触れるだけのキスをした。


「〜〜〜っ!!」

「すっげ、赤くなってんの。」

「バカッ!」


こういうやりとり、懐かしいな。
軽いキスだけで照れたり舞い上がったり。
少しのことで幸せを感じてた。
あの頃の俺にしたら、抱けないことなんて贅沢な悩みだよな。

顔を赤くしたまま俺を睨んでる顔が煽ってくる。
堪らなくなってもう一度キスをしようと近づいた時だった。


「ぉ疲れ様っしたーー!!」


観覧車の扉がガタンと開けられた。


「チッ! 邪魔すんな!」


そう言って降りれば牧野がクスクスと笑いをこぼした。


「んだよ」

「プクククッ、あの時とおんなじ反応だから…」


俺たちには確かに15年が経過したが、人間、変わらないこともある。
性格や癖なんかはなかなか直らないし、一度好きになったものを嫌いになることもそうそうない。


「変わったと思っても、変わらないものだってあるだろ。誰でもそういうもんだ。」

「そうだね…」

「次に行くぞ。」


俺たちは次の目的地に向かった。








「で、映画ってお前もベタだな。」

「仕方ないでしょ!目立たないで楽しめるとこって他に思いつかなかったんだから。」

「でも結局、チケットを買う時に思いっきり目立ってたけどな。」

「うぅ…」


こいつは俺のせいで目立ってると思ってるが、こいつ自身も十分に目立ってる。
今日の牧野は遊園地デートで歩き回ると踏んだんだろう。
スキニーデニムにハイカットスニーカー、ボアブルゾンというカジュアルスタイルだが、まとめきれないフワフワと巻いた後れ毛が色っぽい。
耳には誕生日に俺が贈った揺れるダイヤのイヤリングをし、化粧で大きな瞳がさらに印象深くなった顔は男の目を引いてることにこいつは気づいてない。
だから次から次へと言い寄られる事態に陥るんだ。


「ほら、お前も目立ってるぞ。こっちだ。」


牧野の手を引いて入ったのはカップルシート利用者専用ラウンジ。


「え? なにここ?」

「カップルシート利用者専用ラウンジだ。何飲む?」

「カップルシートぉ!?」

「目立つの嫌なんだろ? プレミアムにしといたぞ。」

「何が違うのよ。」

「普通のカップルシートは2席が連なってるだけだけど、プレミアムはボックスだって店員が言ってた。周囲の目は届かないから安心だろ?」

「安心…なのかなぁ?」


思い切り怪訝な表情で首を傾げた。


「安心、安心。さ、好きなもの飲め。これもチケット代に含まれるんだから。」


そう言えば気を取り直した。
昔から『もったいない』が好きな女だもんな。







上映開始時間が近づいて、俺たちはドリンクを持ちシートに向かった。


「な、な、なにこれぇ!?」


そのボックス席にあるのはカウチソファだった。
奥側がカウチになっている。


「へー、映画館てすげぇな。イチャつきOKってことか。牧野、あんま大きい声出すなよ。」

「イチャつくか!!」

「だから、それ。」


ハッとして口元を押さえた。
ボックス席は一般客の後方に位置しているだけで、ガラスの仕切りがあるわけじゃない。
普通に話せば声は筒抜けだろう。


「お前は奥に座れ。」

「ヤダよ。座るっていうか寝るになるじゃん。」

「寝てもいいぞ。終わったら起こしてやる。」

「だからそれがっ…嫌だって言ってるでしょ…」


ついつい声を張り上げてしまう牧野は、また口元を押さえて囁いた。
そして最後は牧野が折れて靴を脱いでカウチに脚を投げ出して座った。
あー、スカートだったらなぁ。
弾力のいい腿を撫でてぇなぁ……

って、マズイ…
禁断症状だ。
ついついあらぬ妄想に囚われてしまう。
これじゃ本当に18のガキみたいだ。

俺もソファに座り、隣の牧野を抱き寄せた。


「ちょっと…」

「なんかさ、あの時みたいだな。」

「あの時?」

「お試し交際の時。俺はお前を好きで、お前はまだ俺を好きじゃなくて、これ以上の接触ができなかった時。お前ってほんと、焦らすよなぁ。」

「焦らしてるつもりなんてないけど…」

「ほら、始まったぞ。」


カップルシートの有無で選んだ映画は予想した通りの恋愛映画らしかった。
らしいってのは俺が見てたのは映画を観る牧野だったから。
と言っても、見下ろす俺から見えるのはスクリーンからの光に照らされる牧野の前髪と鼻の頭、時々、瞬きをする睫毛の動きくらいだ。
こっち見ねぇかな…
と思っていたら30分くらいして牧野が俺の腕の中から体を離して俺に向いて耳元で囁いた。


「あのさ、この体勢、観辛いから、手、繋ごう。」


牧野からの提案に一瞬、呆けてしまった。


「手?」

「そう。妥協案。じゃないとあんた、騒ぐでしょ。」


本当は離れて欲しいがそれを言えば俺が騒ぎ出して迷惑だから、と言いたいらしい。


「おう、いいぞ。」


30過ぎた男女が今更手を繋いだくらいでなんだって思うが、これが案外、いいものだ。
直接、肌と肌が触れるからだ。
たかが手と侮れない。
俺は牧野と指を絡めた。

おい、牧野の中の18の俺、見てるか?
お前は33になってもまだこいつが好きなんだぞ。
長い長い片想いがやっと実ったって思ったのに、言うに事欠いてお前に邪魔されるとはな。
牧野は気づくまでは鈍感だが、自覚したからには頑固な女だよ、まったく。
牧野の中のお前が成長してくれなきゃいつまで経っても俺はこいつを手に入れられない。
それはお前だって不本意だろ?
だから早く俺に追いつけ。
俺も手伝ってやるからよ。

座ったまま牧野に近づき、繋いだ手をグッと引いた。
牧野が視線はスクリーンを見たまま、「なんだ?」と言うように俺の肩に頭を預けてきた。
だから今度は俺が上から囁いた。


「好きだ。」


ビクッと肩を揺らした牧野が俺を見上げた。


「牧野、好きだ。お前も俺を好きになれ。いや、もう好きだろ。お前は俺が好きだ。好きだ、好きだ、好きだ……」

「ちょっと、呪文唱えるのやめて映画観て!」

「つまんねぇ。」

「……終わった後にあらすじ聞くわよ。言えなかったら寝室は別ね。」

「んだとっ!………わかったよ! 見りゃいいんだろ、見りゃ!」


俺は牧野の膝を枕にして寝転び、スクリーンを向いた。
おお、このカウチソファの使い方はこれか。
…でも待て。
これじゃ、視界に手すりが入ってスクリーンが見えねぇじゃん。
設計ミスだな。


「なにしてんのよ!」


牧野が怒りながら囁く。
器用なやつだな。


「彼女の膝枕で映画鑑賞中。」

「………ハァ…」


映画は邦画で、愛し合ってた恋人同士だったのに、男の方が記憶喪失になっちまう話だった。
自分の恋人を忘れて別の女を恋人だと思い込む悲劇だ。


「こいつ、バカだよな。忘れたって間違うかよ。」

「黙って観て。」


あー、なんかすげぇカップルっぽい。
正直、映画なんて配給会社にデータを持って来させて部屋の大型テレビで観りゃいいじゃんと思うが、一般客を睥睨しながら二人だけの空間で息を潜めてるってのがいい。
牧野の太腿の程よい弾力が頬に伝わる。
直接、触れたい。
そうか。やっぱり今度は部屋で観よう。
牧野の生足で膝枕してもらって。








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2019.11.04
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