廊下に出て、牧野の部屋のドアをノックした。
中から返事はない。
もう一度、ノックした。
やはり返事はなかった。
引き下がるべきなんだろう。
今夜は自分の部屋でおとなしく一人で休むべきなんだろう。
でもそんなことは耐えられなかった。
牧野の心が離れていくんじゃないかという焦りや恐怖を抱えて一人で過ごすことはできなかった。
俺はそっとドアを開け、牧野の部屋に入った。
厚いカーテンが締め切られ、フットライトも灯っておらず、室内は真っ暗だった。
あれからまだ10分も経っていないはずだ。
寝ているわけがないと思ったが、ベッドからはかすかな息づかいが聞こえている。
俺はベッドに近づき、目が暗闇に慣れるまでその場に佇んだ。
慣れてくると牧野がキングサイズのベッドの向こう端に寄っていることがわかった。
俺は手前からベッドに入り込み、牧野の背中に身を寄せた。
温かい。
いい匂いがする。
牧野がここにいる。
そのことだけでも俺の体は安堵に弛緩した。
そして片腕を牧野のウエストに回した。
息づかいは変わらず続いているが、まだ起きていると確信して話しかけた。
「牧野、眠るだけだから、こうしていていいか?」
すると俺の手に牧野の手が重なった。
「…いいよ。」
許す言葉が聞こえて、17歳の牧野なら怒ったかもなと、なぜか遠い昔のことを思った。
***
じっと抱きしめていると、牧野から本物の寝息が聞こえてきた。
俺の方は牧野の横に滑り込みはしたが、眠れるはずがない。
牧野の頭にキスをして、さらに強く引き寄せた。
力の抜けた牧野の細くて柔らかい体が俺に沿う。
再会して半年以上、体を重ねた時は必ずこいつを満足させていた自信はある。
昂ぶって昂ぶらせて、いつも溢れるほどに濡れていたのに、今夜は一体、どうしたんだ。
言葉では許しながら、身体は拒否してた。
なぜだ…
__俺を好きじゃないから…?
ちがう!
そうじゃない!
こいつは俺が好きだ。
さっきもそう言ったし、この前に問いかけた時もそう答えた。
__他に好きな男ができたから…?
こいつはそんな器用な女じゃない。
あの雨の中に佇んで、やっと自覚したくらい鈍感なんだぞ。
この短期間に他の男に心を動かすような女じゃない。
__まさか、俺が下手とか…?
ンなわけねぇだろっ!!
だったらこの半年をどう説明つけるんだよ!
こいつだって俺に溺れてるはずなんだ。
だからこんなに続いてる。
きっと体調が悪かったんだ。
それに雨を見たからだって本人も言ってたじゃないか。
やっぱり昔の辛い気持ちを思い出して、そこまで追い詰めた女の息子である俺にも少なからず思うところがあるんだ。
そうだ、だからだ。
何も深い意味なんてない。
そんな日もあるさ。
その時、牧野が寝返りを打って俺に向いた。
そして寝言で俺の名を呼んだ。
「道明寺……」
俺の名…だよな?
お前が夢に見るほど好きなのは俺だよな?
俺は拭えない不安から目を逸らすように無理矢理に瞼を閉じ、牧野の匂いを吸い込みながら眠りに落ちていった。
***
朝起きるとベッドに牧野の姿はなかった。
ダイニングに入ると、まだ起き抜けのルームウエアのままキッチンに立っていた。
「おはよう。朝食、パンでいいよね?」
毎日、屋敷から運ばれてくるクロワッサンを皿に並べながら、牧野は昨夜のことには触れずにいつも通りだった。
「コーヒーとサラダだけでいい。朝から重いもんは食えない。」
「そう? 朝だから重いものを食べたいじゃない。朝からカツ丼とか。」
「ゲッ! お前の胃袋、エンジンかかりすぎ。」
「あははっ」
屈託のカケラもない笑顔に、昨夜は俺が考えすぎていたんだとホッと息を吐いた。
女はいろいろあるもんな。
陰鬱とした冬の雨で、気分が乗らなかっただけだろう。
俺はいつものように牧野の背後に周って抱きついた。
「な、昨夜は悪かったな。でもお前も変に気を遣わないで言えよ。無理強いする気はないんだからよ。」
すると牧野はクルリと向き直った。
「うん、ごめんね。あたしもびっくりしちゃった。やっぱちょっと疲れてんのかな。」
その顔はにこやかだった。
「びっくりはこっちだよ。思わず固まったじゃねぇか。男はああいうことすげぇナーバスになるんだからな。」
「ごめん、ごめん。」
「体調が悪い時も遠慮すんなよ。」
「うん、しないよ。大丈夫!」
牧野も俺を抱きしめた。
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2019.10.22



