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都内の会員制バーのカウンターで西門総二郎はバーボンを手にしていた。

人を待っているが、今日の待ち人は女ではない。
総二郎の誕生日のこの日、祝ってくれるのは昔から3人の親友たちと決まっていた。
その中でいま日本にいるのは一人だけ。
今夜はその男と飲み明かそうと待ち構えていた。

平日の夜、疎らな店内では客の話し声もピアノの生演奏にかき消されていた。

……ゾクリ…

そんな店内の雰囲気が変化したのを背に感じ、総二郎は振り向いた。
店の入り口からこちらに向かって男が歩いてくる。
スラックスのポケットに片手を入れてゆったりと歩くその男は、総二郎を見て微かに目を細めて微笑んだ。

ゾクッ

その顔は出会ってから27年、見慣れたもののはずなのに、今夜の男は総二郎が見たことのない妖艶な顔だった。
そして纏うオーラは匂い立つほどに甘美で、それが一つの空間の雰囲気までもを変化させていた。

何かあった?
何があった?

出会った……?
……誰に?

   愛せる女に?

総二郎は知っていた。
この親友が人を心から愛せる男だということを。
だから、早くそんな相手にまた出会って欲しいと思っていた。


「よう」

「よう、待ったか?」

「いや」


司は総二郎の隣に座ろうとカウンターチェアの背もたれに手を掛けた。
しかし総二郎の方が立ち上がった。


「マスター、部屋に移る。」


そう言って司を促してVIPルームに入った。




「おい、なんだよ。俺の顔を見ながら呑みたくなったのか?」


向かい合わせのソファに腰掛けて、すぐに出されたいつものウイスキーを片手に、司は総二郎にからかい交じりの言葉をかけた。


「ま、そんなとこだ。」

「フンッ、まずは乾杯だ。誕生日おめでとう。」

「ああ、サンキュー」


司は胸ポケットから箱を取り出した。


「今年はこれだ。」

「おっ、腕時計か。」


様々な女が総二郎に貢物をしようとする。
中でも腕時計が一番多かったが、総二郎は決して受け取らなかった。
女が腕時計を贈る理由はひとつ。
フェイスを見るたびに自分のことを思い出して欲しいからだ。
だが、総二郎にとって女は記録であって、記憶するものではない。


「パネライの受注モノじゃねぇか! さすが道明寺日本本社の代表ともなれば違うな。サンキュー!」


総二郎は早速、いま着けている時計を外し、パネライ、ラストロノモの限定品を着けた。
それは2000万以上する受注生産品だ。


「侘び寂びを体現しなきゃなんねぇ家元がするには俗っぽいけどな。」

「ハッ! 俺が俗っぽく見えたらそれは時計のせいじゃねぇよ。俗っぽい人生を選んで歩いてんだよ。だから侘び寂びの世界の良さがよくわかるんじゃねぇか。」

「か。」


司はクッと片側の口角を上げて、ロックのグラスを小さく掲げて見せた。


「な、司」

「あ?」

「何があった?」


総二郎の問いかけに向けられた司の瞳は、はぐらかそうか一瞬迷っていたが、すぐに決断が下されたようで視線は手許のグラスに移った。


「牧野に会った。」

!!?


牧野?
牧野ってあの牧野か?
まさか、それで?
つまり、まだ……?


「牧野ってあの牧野だよな? ……会って、ンでどうしたんだ?」

「ん………寝た。」

「はぁぁぁ!???」


ちょっと待て。
あのことがあってから14年は音信不通だったはずだ。
なのに会って寝た?
その牧野は本当にあの牧野か?


「クッ、信じらんねぇって顔してるな。」

「おまっ! 当たり前だろうが! お前が言ってる牧野が俺の記憶の牧野だとしたらそんな簡単な女じゃねぇだろ! なんだ?どうやった? また脅したとか?」

「またってなんだよ。あの女と一緒にするな。」


牧野が自分の母親に脅されて去ったあと、司は荒れに荒れた。
好きな女にフラれたショックもあっただろうが、母親にとって自分はどこまでも駒にしかすぎないって再確認も司を傷つけた。
それ以来、司もあのかーちゃんを仕事相手としか見なくなった。
上司として、仕事のことなら会話もするが、プライベートは没交渉だ。


「…で、どうだった?」

「どうだった?」

「まだ鉄パン、履いてたか?」

「脱いでたな。」

「ハァァ、当たり前か。あれから14年、もうすぐ15年か。 牧野も32? だもんな。」

「バツイチだとよ。」

「バツイチ!? 牧野が?」

「だからさっきから牧野の話をしてんだろうが。」


司は面白そうにククッと笑った。


「それでお前は焼き木杭に火がついたわけか?」


総二郎の言葉に司の笑い顔が途端に自嘲に変化した。


「どうだろうな。」

「どうだろうって、わかんねぇのか? 会ったってのは一度だけか?」

「…いや、それから続いてる。」

「いつからだ?」

「半年だ。」

「よく黙ってたな。昔のお前なら誰かに言わずにはいられなかっただろうに。」

「そうかもな。」

「で、やっぱりまだ好きだったってわけか。」

「なんでわかる?」

「お前の雰囲気だ。好きな女ができましたーって色気が隠せてねぇぞ。」

「ははっ、マジか。」


そんなとこもだ。
笑って受け流すなんて朗らかなお前は久しぶりだな。
牧野を失ってひとしきり荒れた後、お前は心を閉ざしちまったからな。
もう暴れたりはしなくなっていたが、その代わりに明るさや温かさってモノを失った。

それが牧野に再会して、恋が再燃して、いま、15年ぶりに幸せを感じてるんだろ?
お前は女を愛するだけで幸せになれる稀有な男だからな。


「で、今回は早々に成就して付き合ってるわけか?」

「いや。」

「あ?」

「付き合ってはない。ただ、時間が合えば会えるってだけだ。」

「ちょっと待て。わけわかんねぇぞ。最初からちゃんと話せ。」


司はつくしとの再会を総二郎に語って聞かせた。
日曜日の21時から23時、バーで落ち合って関係を持つだけの間柄に過ぎないことを。




「マジかよ。リハビリって、まぁ、間違っちゃいねぇがな。でもよ、あの牧野がよくそんなことを続けてるな。つまり、お前に会えばそうなることがわかっててバーに来てんだろ? あいつは本当にお前に惚れてないのかよ。」

「ンなこと、俺が知るか。自己犠牲の権化みたいな女だからな。今回もそういうことなんじゃねぇの。」

「なんじゃねぇのって、お前はそれでも寝てくれるならいいって? んなわけねぇよな? 今度こそちゃんと向き合いたいんじゃないのか?」


司は手の中のグラスを目線まで上げて玩(もてあそ)んだ。
グラスをくるりと回したら、中の氷がカランと音を立てた。
その音がなぜか心地よくて司は何度も手首を捻ってグラスを回した。
総二郎は司のそんな様子をじっと見つめて返事を待った。


「今更だろ。あれから15年が経ったんだ。俺はもう18のガキじゃないし、あの頃ほどの情熱もねぇよ。」

「嘘だね。お前はまた傷つきたくないだけだろ。牧野の本心を確かめるのが怖いだけだ。確かめたらその先に何があるのか、知るのが怖いんだ。」


カランと音がする度に氷は溶けていく。
溶けるそばからウイスキーに混ざり合えば、もう水には戻れない。
氷のままなら、水でいられたのに。


「18のガキじゃないからできることがあるだろ。あの頃は持ってなかったものを、今なら持ってるだろうがよ。」


グラスの向こうに総二郎の顔をじっと見つめた。


「…そうだな。らしくねぇよな。わかってる。わかってるけどよ…」

「一度結婚してるってのが引っかかってんのか?」

「フッ…つまり、他の男を愛したってことだろ? あの時、もしかしたら牧野も俺のことを好きになってくれてたんじゃないかって希望が消えて無くなったんだよな。」

「何でそうなる? お前のことと結婚と関係ないだろ。」

「……あいつが…あいつなら………………………いや、やめだ。馬鹿らしい。そこまでアホにはなりたくねぇ。」

「さっきから何の話をしてんだよ。いいか、また出会ったんだ。そしてお前はやっぱりあいつじゃないとダメなんだよ。だったら獲りに行けよ。アホはアホらしく余計なことは考えるな。」

「誰がアホだ!」


男たちのささやかな誕生日の祝いは日付をまたいでも続けられた。








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2019.10.09
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| 2019.10.09(Wed) 17:19:49 | | EDIT

Re: タイトルなし

erika  様

コメント、ありがとうございます!
いつも書き出しはいいんですけどね(妄想全開だから)、徐々に行き詰まって最初の設定が崩れてきてしまいます。
大人な司もどこまでもつやら(笑)
つくしの14年も徐々に明かされますのでお楽しみに!

nona | 2019.10.10(Thu) 08:34:55 | URL | EDIT