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会社の駐車場に戻り、司はシートに身を預けて深く長い息を吐き出した。

疲れた…
生まれてからの24年分の疲れがどっと押し寄せたように感じられた。
求め続けた先に得た結果は、親の愛情は存在しないという事実だった。
自分はどれだけセンチメンタルな人間なんだと、司は自嘲が漏れた。

腕の時計を確認すると、時刻は17時を過ぎたところで、あと少しで終業時刻だった。
仕事に戻る気にはならなかったが、つくしに会いたい。
車を降りようとセンターコンソールに入れた携帯電話をジャケットの胸ポケットに仕舞おうとした時だった。

カサッと別の何かが胸ポケットに入っている音がした。
そこを探ると、一通の小さな封書が出てきた。
白い封筒の表には “ 道明寺司 様 ” と書かれている。
裏を見ると “ 道明寺つくし ” と記名があった。

つくしからのメッセージカード!?
いつの間にこんなところに?
なんのために?

司はシールで留められている封を丁寧に開けた。
中からはピンクのハートが飛び交う二つ折りのバレンタインのカードが出てきた。
開くとつくしの文字が見えた。


『 司へ

 今日は私たちの初めてのバレンタインです。
 たまには気持ちを文字にしてみようと思い、
 カードを贈ります。

 16歳で出会って、22歳で再会して、
 いつのまにか嫌いが好きになって、
 大好きになって、今ではあなたは私の大切な人です。
 ずっと一緒にいられたらいい。
 ただそれだけが私の願いです。
 でも、もしも一緒にいられなくなっても、
 悲しまないでください。
 私はどこからでも、いつも司を見てるから、
 だからあなたは自分の幸せのことだけを考えてください。
 司の幸せが私の幸せです。

           愛を込めて
                     つくし 』


司は手の中のカードをじっと眺めた。
メッセージを何度もなぞった。

なんでこの女はこんな絶妙なタイミングでこういうことをするんだろうな。
何度見失いそうになっても、その度に俺にその存在を知らしめて、愛はここにあると教えてくれる。
そして俺の心に希望の光を灯してくれる。

司はカードを再び胸に仕舞い、車を降りて
つくしの下へ急いだ。




「ありゃ、おかえりなさい。」


総務には塩田しかいなかった。


「牧野は?」

「牧野さんは帰りましたよ。」

「帰った!?」

「あれ、連絡、ありませんでした? なんだか顔色が悪くて、お腹が痛かったみたいです。道明寺さんを待つように言ったんですけど、電車で帰るから大丈夫だって言って。」

「いつのことだ!」

「1時間ちょい前かな、って、道明寺さん!?」


塩田の言葉を聞き終わらないうちに司はまた駐車場に向けて走り出した。

腹が痛い?
電車で帰るだと!?

つくし!




***




司は家に帰ってきた。


「つくし!」


玄関に入るとつくしの靴はあるのに部屋は暗く、居間に入っても灯りは点いていなかった。


「つくし?」


居間の灯りをつけてカーテンで囲まれたベッドに近づいた。
カーテンをかき分けると、つくしがベッドに入って丸まっている。
少しだけ出ている頭を撫でた。


「つくし? 腹が痛いのか? 大丈夫か?」


つくしは動かずに声だけが返ってきた。


「大丈夫…放っといて。」

「なんか食わねぇか? 薬飲むか?」

「食べない。もう飲んだ。」

「そっか。な、顔、見せろよ。」

「やだ。」


仕方なく司はベッドから離れ、スーツを脱いで着替えた。
そしてキッチンに入り、晩御飯の準備をしようとした時、ベッドで寝ていたつくしが来て、司の手伝いを始めた。


「大丈夫か?」

「大丈夫。病気じゃないし。」

「……そっか。」


つくしは前日から鈍痛を感じ、鎮痛剤を服用していた。
受診をした産科で処方された妊娠に影響のない鎮痛剤だったが効き目が弱く、生理痛を完全に抑えることはできなかった。

そして今日、つくしは会社のトイレで生理になったことがわかり、落胆した。
しかし、別れないために授かりたいと思うことが何か不純に思えて、つくしはそうは考えたくなかった。
司が好きだから司の子供が欲しいだけなんだと思いたかった。
純粋にパパとママに望まれたから産まれてきたんだと子供に思って欲しかった。
だから落胆を覆い隠した。
けれど同時に司の顔を見るのが辛かった。



二人とも、どこか上の空で食事をして、入浴を終えた。
つくしの髪を司が拭いている。
冬場になってからはドライヤーを持ってきて、完全に乾かしてくれる。
司にされるがままに任せながら、つくしはずっと無言だった。

この空気を変えたいと、司が口を開いた。


「そう言えば、カード、今日、見つけた。サンキューな。」

「…うん。」

「チョコ以外にないなんて嘘じゃん。でもなんでジャケットに隠してあったんだよ。そのせいで気づくのが遅くなっちまった。」

「…だってさ、恥ずかしいじゃん。あんなの目の前で読まれたら。」

「俺は嬉しかった。これから何度も読み返すと思う。」

「…………あそこに書いたこと、本心だから。」

「…ああ。」

「だから、春が過ぎたらあたしのことは忘れていいよ。」


見せないようにしていてもつくしが落ち込んでいることはわかっていた。
でもどう声をかければいいのか、なにを言えばいいのかわからなかった。
つくしの責任じゃない。
司の責任でもない。
誰が悪いんでもない。
今回は授からなかった。
ただそれだけ。
なのに、言葉にすれば薄っぺらくて、取り繕うような、変な慰めっぽくなりそうだった。

だから司は後ろからつくしを抱きしめた。
今はもう体温しか伝えられるものがなかったから。


「怖いね。」

「………」

「刻一刻とその時が近づいてて、怖くて怖くて動けなくなりそう。」


つくしは伝わる温もりに、素直に気持ちを吐露した。
なのに背後から聞こえてきた反応は意外すぎるものだった。


「フッ…ハハ…」


司が思わず漏らした笑い声につくしは憤慨して振り向き、目を三角にして睨んだ。


「何がおかしいのよ!」

「悪りぃ…でも、つい嬉しくて。」

「嬉しいって何言ってんのよ!」

「だって、それだけお前は俺が好きだってことだろ? あー、嬉しい。すげぇ、めちゃくちゃ嬉しい。」


司は今度は正面からつくしを包んだ。


「お前が俺を好きになってくれた時に奇跡だと思った。」

「奇跡って…」

「そしてあのクリスマスイブの夜、また奇跡が起きた。」

「どんだけ持ってんのよ。」

「まだ持ってたぞ。お前が結婚してくれて、俺のガキを産む気になってくれた。いくつあっても足りないと思った奇跡が次々と起きて、お前は今こうして俺の腕の中にいる。俺は幸せすぎるんだ。」


優しく強く抱きしめてくれる腕が、つくしは愛しくてたまらなかった。


「あたしにも奇跡は起きたよ。」


司に抱きしめられていたつくしがその腕の中から少し体を離して司を見上げ、手を伸ばして癖のある柔らかい髪を梳いた。

「もう2度と会えないだろうと思ってた道明寺に、また会えた。」


頬に降りてきた手を掴んで、その手のひらに司はキスをした。
そして深く微笑んだ。


「俺たち、すげぇ奇跡持ってんじゃん。あと一個くらいなんとかなんだろ。」

「そうだよね。」


つくしも微笑んで、再び司の胸に頬を寄せた。










チェッカーズ - 夜明けのブレス

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2019.08.24
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| 2019.08.24(Sat) 17:20:25 | | EDIT

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| 2019.08.24(Sat) 17:39:01 | | EDIT

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| 2019.08.24(Sat) 18:57:16 | | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

コメント、ありがとうございます!
そう言っていただけて書き手冥利に尽きます。
司のつくしを想う気持ちは海よりも深く、天よりも高いですよね。

自分が好きになった人が自分を愛してくれる。
どんな確率なんだろう。
だから人はそれを『運命』と呼ぶんですね。

nona | 2019.08.25(Sun) 23:23:18 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

とぉ 様

コメント、ありがとうございます!
自分が産まれてきたのも、子どもたちに出会えたのも全部は奇跡の積み重ねかもしれません。
そう考えれば、奇跡って特別なことじゃなく、平穏な日常こそが尊い奇跡って気がしてきます。
このコメントを書いてる時点で完結できたので、早速、新作に取りかかって、できるだけお待たせしないようにしたいと思います!

nona | 2019.08.25(Sun) 23:26:12 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

みー 様

コメント、ありがとうございます!
そうだったんですか。
そういう読者様も多いかと思って結末をずっと悩んでいましたが心を決めました。
愛する人が愛を返してくれることが奇跡なんだって、一番わかってるのは司かもしれません。
ご期待に添えるよう、頑張ります!

nona | 2019.08.25(Sun) 23:29:12 | URL | EDIT