フォスター邸に戻り、身支度を整えてディナーの席についている。
今夜は当主で椿の夫、アンドリュー・フォスターも同席している。
“ ようこそ、Miss牧野。LAは楽しんでもらえているかな? ”
司が通訳してくれる。
「はい、とても楽しいです。お招きくださって感謝しています。」
“ なんでも広ーい海で泳ぎたかったとか? ”
「あ、えーと、日本の海でもよかったんですが、せっかくなので、と…」
チラリとつくしは司を見た。
“ はは! ツカサもツバキもちょっと強引なところがあるからね。でも君に喜んでもらいたかったんだ。悪く思わないでほしい。 ”
「ええ、もちろんです! 今は来て良かったと思っています。」
司から、椿が政略結婚をさせられたと聞いていたが、アンドリューの目には妻への愛情が溢れていて、彼が椿に惚れ込んでいることはつくしの目にも明らかだった。
では、お姉さんはどうなんだろう?
好きな人がいたって道明寺は言ってたけど、今はもうこの人を愛してるのかな?
太平洋のシーフードを中心としたディナーを堪能した後は司はアンドリューとともに他のゲストが集う大応接室に移動していった。
ケイトはメイドが寝かしつけ、椿とつくしは広大な庭園を臨むバルコニーでワインを楽しんでいた。
「つくしちゃん、LAはどう?」
「はい、抜けるような空と海の青さがとても綺麗で感動しました。大都会なのに自然もたくさんあって、いい場所ですね。」
「そうなの。NYの陰鬱さがなくて、私にはこっちが合ってるみたい。」
椿の表情からは悲壮感は微塵も伺えず、恋人と引き裂かれたという話は本当なのだろうかとつくしはその破片を椿に探していた。
「司との暮らしはどう? あいつ、頑張ってる?」
「あ、はい! 頑張ってます。この前はお風呂掃除をしてくれました。」
「あいつが! 愛の力ってすごいわねぇ。」
「ブッ!! ゴホッゴホッ、お、お姉さん、」
「告白されたでしょ? あいつ、この6年、ずっとつくしちゃんのことが好きだったのよ。」
「は、はぁ…」
「だから縁談も壊し続けてたの。だって好きな人がいるのに他の人となんて無理でしょ?」
椿は美しい顔をさらに美しく微笑ませた。
「でも、お姉さんもそうだったって道明寺が言ってました。恋人がいたって。」
椿から微笑みが消えた。
「申し訳ありませんっ」
「フッ、いいのよ。本当のこと。そう、私にはあの時、恋人がいた。その人と別れさせられてアンドリューと結婚したの。」
「じゃ、お姉さんは今、幸せじゃないんですか?」
椿は再び微笑んだ。
「幸せよ。今はもうアンドリューを愛してる。だから大丈夫!」
「・・・だったら、道明寺もいずれはその家柄の釣り合う女性を愛せるようになるんじゃないですか? 何もあたしにこだわらなくても。」
「あいつはダメなの。融通がきかないの。つくしちゃんがダメなら一生…そうね…誰も愛さないわね。」
「そんな…そんなこと言われても…」
椿は立ち上がり、向かいに座っているつくしの横に座り直した。
「ごめんなさいね。でもね、私も時々思うのよ。あの時、なんでもっと頑張れなかったんだろうって。今が幸せなのに、昔の自分が今の自分を責めるの。きっと悔いが残ってるからね。司にはこんな思いをして欲しくないの。あなたには迷惑でも。」
「お姉さん、あたし、わからないんです。あいつのこと、なんか弟みたいに可愛いと思う時もあるし、友情っていうか、そういう連帯感みたいなものを感じることもあります。でも恋とか愛とかって聞かれたら違う気がするんです。」
椿はグラスをテーブルに起き、つくしの手を取った。
「ね、つくしちゃん、焦らなくていいわ。ゆっくりでいい。ゆっくりでいいけど司のこと、真剣に考えてやって欲しいの。そしてもし、つくしちゃんが自分の本当の気持ちに気付いたら、できるだけ早く、その気持ちをあの子に伝えてやって欲しいの。ね? お願い。」
椿のいつにない真剣な瞳に、つくしは吸い寄せられた。
「わかりました。努力します。」
つくしも椿の手に手を重ねて微笑んだ。
***
今日の予定を終え、22時を過ぎて部屋に戻ってきた。
司はまだ戻っていなかった。
「フゥゥ…」
疲れた。
気持ちがズシリと重い。
椿に贈られたドレスを脱ぎ、バスルームに入った。
バスには湯が張られていたが、やはり少し日焼けしたようで湯に浸かるとヒリリと肌を刺激した。
肌の熱を鎮めようと水に近いぬるいシャワーを浴びる。
頭からシャワーをかぶりながら、海でのキスを思い出して、またカッと身体が熱くなった。
嫌じゃなかった。
振りほどこうとも思わなかった。
なぜ?
この「なぜ」を見つめなきゃ。
ちゃんと向き合わなきゃ。
そして答えを出さなきゃ。
髪を乾かしてバスルームを出て、水を飲もうとリビングスペースに入ると司が戻っていた。
かなり飲んだようで、ソファに仰向けになって横たわり、腕を目隠しに微睡んでいる。
「道明寺、起きて。こんなとこで寝ちゃダメだよ。」
つくしの声かけに司は半目を開けて、ダルそうに起き上がった。
「よう、飲み過ぎた。俺もバス使う。」
「うん、どうぞ。先に寝てるね。おやすみ」
つくしはベッドに入り、端に寄ってシーツを肩まで引き上げて丸くなった。
本当は眠れない。
同じベッドに入ってくるだろう男が気になって眠れない。
何かされることを心配してるんじゃない。
ただ、今まで無意識にできてたことに意識が向いてしまって、緊張する。
ダメダメ、眠らなきゃ。
つくしは無理やりに瞼を閉じた。
やっと浅い眠りが訪れた頃、ベッドが振動した気配を微かに感じて、つくしはまた意識が浮上した。
「牧野? 寝たのか?」
司が問いかけたが、つくしは寝たふりをして答えない。
ゴソゴソと司がシーツの中に入ったのがわかった。
寝よう
寝るのよ、つくし
あたしはもう寝てるの
自己暗示をかけようと心に何度も言い聞かせた。
その内に、衣擦れの音がして、何かがつくしに近づいた。
と、次にはつくしの体にその何かが巻きつき、強く引いた。
司の腕だった。
つくしを引き寄せ、抱きしめた。
つくしは体を強張らせ、努力して寝たふりを続けた。
起きていることがバレれば、この危うい均衡が崩れるような気がしたから。
そのうちに頭上から司の少し浮いたような声が聞こえてきた。
まだ酔っているのかもしれない。
「牧野、マジで寝たか?」
「・・・・」
「そっか。寝たか。今日は疲れたもんな。」
「・・・・」
「なぁ、牧野、何度も言うが、俺はお前が好きだ。いつからだったかな、自覚したのはお前が類に惚れてるって気づいた時だった。その時にはきっともっと前から好きになってたんだってわかった。」
司が酔いに任せて語り始めた。
つくしはじっと聞き入った。
「それからいろいろあって、お前とうちの別荘に行ったよな。そこでやっぱり類には勝てないって思い知った。」
あの時、あたしはどうしてもっとちゃんと道明寺に断らなかったんだろう。
きっと今と同じ気持ちだった。
どう思ってるのかわからない状態で、好きじゃないけど嫌いじゃない。
そのどっちつかずがこいつを傷つけた。
もうあんなことは繰り返したくない。
「思い知ったけど悔しくて、お前らを追放するって息巻いたよな。今思えばガキだったな。」
司の独白は続いている。
「あの、試合の前の日にお前に会いに行っただろ? 今ここで俺を好きだといえば許してやるって。俺、どんだけ諦め悪いんだよって話だよな。はは」
覚えてる。
言うことは簡単だった。
でもそれは道明寺にも花沢類にもすごく失礼なことだと思って言わなかった。
キスされそうになった時もそうだった。
ここで受け入れたら、打算で受け入れたように思われるのが嫌だった。
純粋な気持ちじゃなくて、許して欲しいから受け入れたんだって思われたくなかった。
花沢類を庇ってるって思われたくなかった。
「試合中に、あと一歩で俺たちが勝つ場面で、俺は怖気付いた。この手でお前を切り捨てることに怖気付いたんだ。だから試合を投げた。」
「・・・・・」
「なのに、邸に帰ったらお前と類が最中だって言われて、世界が崩れ落ちた。もう望みは絶たれたと思った。」
「・・・・・」
「あれから6年。俺はまだお前が好きなんだ。相当だろ。」
「・・・・・」
「俺にはお前しかいねぇんだからよ。だから早く俺を好きになれ。」
司の独白は終わったようで、つくしを抱き込んだまま、そのうちに寝息が聞こえ始めた。
つくしは腕の中から抜け出すと体を起こして、薄いカーテンから月光が差し込む室内で司の寝顔を覗き込んだ。
「本当に、そうなれたらいいのにね。」
まだ完全には癖が戻っていない前髪を搔き上げると、つくしはその額にそっとキスをした。
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2019.07.05



