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タクシーで道明寺邸正門前に乗り付けた。


「で、どうやって中に入るの?」


道明寺はスラックスのポケットに手を突っ込んで、聳える門扉を見上げていた。


「知らねぇ。自分ちに徒歩で入ったことねぇ。」


あー、はいはい。
日本一のお坊っちゃまですもんねぇ。

あたしはインターフォンでもありはしないかと、門柱を見回して、呼び鈴らしき装飾されたボタンを見つけた。


「ね、これじゃない? 押してみていい?」

「勝手にしろ。」


その重そうなボタンを押そうとしたけど、ほんとに重い。
あたしは思い切りグッと押し込んだ。


・・・・・


門から邸が遠すぎて、鳴ってんのかわからない。
あたしはもう一度強く押してみた。


・・・・・


やっぱりウンともスンとも言わないし、邸からの反応もない。

あれぇ?
壊れてんのかな?
それとも、もう使われてないとか?

道明寺を振り向いて「どうしよう」と言いかけた時だった。


“ 司なの? ”


声が降ってきた!


「え、どこから聞こえてんの?」


キョロキョロするあたしを尻目に道明寺は門のてっぺんに向かって叫んだ。


「姉ちゃんか?」

“ そうよ。司でしょ? 横にいる女性は? ”

「・・・・」


あたしが見えてる?
どっかに防犯カメラがあるんだ!


「あ、お姉さんですか? ご無沙汰しております。牧野つくしです。あの6年前に英徳で、」

“ つくしちゃん!? ”

「あ、はい。あの、」

“ 司!? ”

「ちげーよ。こいつが俺を送り届けたいって言うから来ただけ。」

“ 送り届ける?……ちょっとそこで待ってなさい。 ”


お姉さんとの会話は終了して、あたしたちは門の前で20分は待ってたと思う。
門の中の遠くにライトが見えたかと思ったらどんどん近づいてきて、門を隔てた向こう側にハイヤーが2台停まった。
そして運転手さんが開けたドアから降りてきたのは6年ぶりにお会いする道明寺椿さんだった。

お姉さんはきっともう休むところだったにちがいない。
レース仕立てのナイトウエアを着て、シルクだと思われる光沢のガウンを羽織って、足元はミュールだ。

門を挟んで向かい合った。


「司、つくしちゃん、こんばんは。」

「お姉さん、こんな夜分に申し訳ありません。」

「いえ、いいのよ。で、どんな御用かしら?」


お姉さんはにこやかなのに、弟を前にして門を開ける気配はない。
6年前には感じなかった目の冷たがあった。


「あの、弟さんを送り届けにきました。中に入れてあげてください。」


道明寺は相変わらずスラックスのポケットに手を入れたままでお姉さんとは視線を合わせずに門柱を見つめていた。


「弟がどうしてここに入れないか、何か聞いた?」

「はい。あの、勘当されたとかクビになったとか…」


これ、あたしの口から言っていいこと?


「そう、その通りなの。だからこの門を開けるわけにはいかないの。つくしちゃん、わざわざ来てくれたのにごめんなさいね。」


穏やかな口調がかえって緊張感を生んでいる。
でもあたしもこのまま帰れない。


「勘当された理由も聞きました。縁談を壊したって。」

「ええ、そうね。」

「壊したってことはまだ結婚したくなかったってことで、その、弟さんはまだ若いですし、そんなに無理強いすることでもないのかなって。だからそういうことが一度あったからって勘当までするっていうのはどうなんだろう、と・・・」


この独特な緊張感の中、あたしは視線を漂わせ、右手で左手の甲を撫でながら話した。
部外者が口出しすることじゃないのはわかってる。
でも厳しすぎると思うし、それに何より自宅に帰ってもらわなきゃ困る。


「つくしちゃん、一度じゃないのよ。」

「へっ?」

「4度よ。そして最後はお見合い相手を海に突き落としたの。」


お見合いを4度!?
う、海???


「えええ〜〜〜!!!」


思わず道明寺を振り返った。


「それまでの3回を壊されてきた母は、逃げられないようにクルーザーでのお見合いをセッティングしたの。船でディナーを楽しみながら今度こそ相手の女性を受け入れて欲しかったんだと思うんだけど、甲板で2人きりになった時に、ね。」

「ディナーってことは、ふ、船から夜の海に? その方はどうなったんですか?」

「幸い助かったわ。でも相手方はもちろん激怒よね。司を殺人未遂で訴えると言ってきたわ。」


そりゃそうでしょうよ。
よく生きてたな。
その人もだけど、道明寺も悪運が強い。


「訴え取り下げの交換条件が司の追放よ。駒として使い物にならなくなった司をうちの両親は切ったってわけ。」

「そんな言い方…」


本人を前にして駒とか使い物にならないとか、なんでそういうことが言えるんだろう。


「だからね、ここに連れてきてもらっても、もうここは司の家じゃないの。ごめんね、つくしちゃん。」


お姉さんが一歩下がった。
行ってしまうんじゃないかとあたしは焦った。


「あのっ」


ガシャンッ


あたしは門扉の柵を握ってお姉さんに詰め寄った。


「何か、許してもらえる方法ってないんですか?」

「許される方法?」

「道明寺は確かにバカですけど、理由もなしに人を殺そうとするようなバカじゃないと思いますし、仕事ができるかどうかは知らないですけど、優しいところもありますし、何か家に戻れる方法ってないんですか?」


あたしの訴えを聞いてお姉さんの口角がニヤリと上がった気がした。


「そうねぇ、可能性は低いけど、ひとつ、あるわね。」

「姉ちゃん!!」


振り向くと、それまであたしたちから顔を背けてた道明寺がポケットから手を出してお姉さんを睨みつけた。
あたしはムカッ腹が立った。


「ちょっと道明寺! あんた、そういうとこでしょ! いま許してもらえる可能性の話ししてんだから、邪魔すんな!」

「うるせぇ! お前は口を出すな! これは俺の問題だ!」

「電車一つひとりで乗れない人間が、これからどうやって生きていくのよ! あんたはどこまで行っても道明寺司なんだから、許してもらわなきゃ始まらないでしょーよ!」

「道明寺なんて俺の方から捨ててやる! 俺は1人でも生きていける! 誰の助けも許しも必要ねぇーんだよ!」

「絶対に無理! そういう世間を舐めてるところが問題なのよ! 昔、あたしがあんたの根性叩き直してあげるって言ったのに、途中で放り出してNYなんかに行くからそんなこともわかんないのよ!」


あたしたちは6年ぶりに睨み合い、バチバチと火花を散らした。
その時だった。


「それよ! つくしちゃん、司を許す条件は、あなたが司の根性を叩き直してくれることよ。」


お姉さんの言葉にあたしはハッとして今度はお姉さんを振り返った。
いま、なんてった??

「お姉さん? あたしが、ですか? こいつの根性を?」

「そうよ。つくしちゃんならできるんじゃない? 司の根性を叩き直して、道明寺に役立つ人間に変えてちょうだいよ。」


今度はお姉さんの言葉があたしの怒りの導火線に火をつけた。


「さっきから聞いてりゃ使い道だの、役立つだの、なんなんですか! お姉さんは道明寺の家族でしょ!? もっと他に心配することあるでしょ!」


しかしあたしの剣幕にも動じず、お姉さんは言い放った。


「ないわね。」

「えっ…」

「ないわ。わたしたちが心配するのは常に道明寺って組織のことよ。司もその中の駒に過ぎない。重要な役割を持つ駒だったけど、中から腐ってたんじゃ使い物にならないじゃない。」


唖然とした。

こんな人たちに囲まれて育ったの?
NYに行ってた6年間、どんな気持ちで過ごしてた?

いつの間にか怒りで拳を握りしめてた。
グッと力が入った。


「わかりました。道明寺の根性はあたしが叩き直します。」

「牧野…」

「でもっ、立ち直った道明寺がどう生きるかは道明寺が決めることです。あなたたちじゃない!」


あたしはうつむいていた顔を上げて、お姉さんを真っ直ぐに見た。
お姉さんはまたフッと笑んだ。
そして後ろに控えていた運転手さんから紙袋を受け取り、門扉の隙間から差し出した。


「これ、一千万入ってる。これが司の全財産よ。つくしちゃん、あなたに預けるわ。管理してちょうだい。じゃないと1週間で使い切っちゃうと思うから。」

「え!」

「さあ、受け取って。それとこれは私の連絡先。つくしちゃんならいつでも歓迎するわ。司のことで困ったことがあったら連絡してね。」


半ば落とすように手渡された紙袋と名刺をあたしはマジマジと見つめた。


「じゃーね、司、つくしちゃん。期限は1年よ。ま、頑張ってね。」


お姉さんは後ろ手をパタパタと振り車に乗り込むと、闇の中に消えていった。









あたしは今、道明寺家の車に乗って自宅を目指してる。
あの後、もう一台のハイヤーがあたしたちの前に滑り込んできた。
中から出てきた運転手さんが送るから乗ってくれ、と言った。
あたしは固辞したけれど現金一千万を持ってたし、道明寺の荷物を積んでいるからと言われて送ってもらうことにした。

左隣には道明寺が座ってる。
顎に手を当てて窓枠に肘をついて車窓を眺めてるから、その表情は見えない。

英徳の思い出が蘇る。

英徳のこの人は王様だった。
思い通りにならないことは一つもなくて、道はいつもこの人の前に開けてた。
学園一の人気者で暴君で、その命令に従わない人間なんていなくて、赤札を貼って他人の人生さえ操ってたのに。
なのに、家族も友達も失って、やっと思い出した人間があたし?
この人、こんなにも孤独だったんだ。


あたしは急に道明寺が可哀想になった。
この人の心を見てくれる人は誰もいないから。

シートに置かれた道明寺の手に自分の手を重ねてそっと包んだ。
道明寺が振り向いた。


「ね、あたしがいるじゃん。ひとりじゃないじゃん?」


道明寺は驚いたような顔をしたけど、すぐにフッと微笑んだ。


「そうだな。お前がいればなんとかなるな。」

「おうよ! 庶民の代表、牧野つくしに任せなさい!」


アハハって、笑ってみせた。
フンッて道明寺も笑った。








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2019.06.03
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| 2019.06.03(Mon) 17:22:10 | | EDIT

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| 2019.06.03(Mon) 18:05:00 | | EDIT

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| 2019.06.03(Mon) 18:11:49 | | EDIT

Re: タイトルなし

チビネコママ  様

コメント、ありがとうございます!
私、気付いたんですがタイトルの付け方が下手かもしれないです。
他の作家さんみたいにオシャレで情感豊かなタイトルにしたいと思うのに浮かばず、結局、ほとんどそのまんまをタイトルにしちゃう感じです。今回もタイトルだけならコメディ?ってかんじですけどコメディじゃないですし。
それに家事が苦手なのに「ハウスキーパー」といい家事の話がガッツリ出てきちゃうし。料理の記述は大幅に削除しました(笑)
つくし〜、私のことも教育して〜

nona | 2019.06.04(Tue) 11:27:29 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

つくしんぼ 様

コメント、ありがとうございます!
つくしが思わず発しちゃった言葉。
お人好しなつくしならではですよね。

はい、いよいよここからが始まりです。
期限は1年。
ふたりはどう過ごすのか?

あ、例の件は数字に着目してくださいね〜^^

nona | 2019.06.04(Tue) 11:30:56 | URL | EDIT

Re: つくしちゃん、そんなこと言っちゃっていいの?

ふじ 様

コメント、ありがとうございます!
ね!つくしのお人好し炸裂でしたね。
椿の作戦と読んだふじさんもすごい!
椿もやっぱりあの人の娘ですから、交渉の腕はあります。
そして、そのまさかです。
さあ、1年間、どうなる!?

nona | 2019.06.04(Tue) 11:33:02 | URL | EDIT