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牧野が小首を傾げて「幸せだった?」と聞いてきた。
お前がいないのに幸せなわけねーだろ。
と、言ってやりたいが、こいつを忘れた俺は、それなりに幸せを感じてると思ってた。
今思えば、それは幸せなんかじゃなかったけど、牧野を知らない俺には本物の幸せなんてわかるはずもなく、現状に満足するってか、“ そんなもん ” だと思ってた。


「結婚とかしてたっけ?」


実はしてた。
25の時だ。
御多分に洩れず政略結婚てやつ。


「ああ。25の時な。」

「ん? じゃ、別れたの?」

「ああ。」

「恋愛?」

「いや、政略。」

「じゃ、別れたのもそういう利害の一致?」

「んー、まあ、あのババアだし。でも表向きの理由は子供ができないことだったな。」

「・・・何年間のこと?」

「5年。」

「5年か、そっか、長いね。」


牧野は目を伏せてコーヒーに口をつけた。
こういう話題は気を遣うよな。


「でも理由があったんだ。」

「理由って、できない理由?」

「あっちがずっとピル飲んでた。」

「えっ! 子供欲しかったんじゃないの?」

「家同士は欲しかっただろうけど、本人は欲しくなかったんだろ。」


俺は知ってた。
知ってて何も言わなかった。
互いに嫌いじゃなかったけど、愛情もなかった。
夫婦だけどセフレみたいな関係に子供はいらないと思ったんだろ。
後継が生まれないことに業を煮やしたババアがあっちを切った。
それも俺にはどうでもよく、別れもあっさりしてた。
そうだ、あいつは俺とよく似てた。
本当の幸せを知らない女だった。
最後の言葉は「5年も同じ男とヤってると飽きるからちょうどよかった。バイバイ。」だった。
負け惜しみでもなんでもなく、あいつの本心だとわかったのは俺も同じことを思ってたから。


「道明寺? 奥さんのこと、思い出しちゃった?」


また小首を傾げて牧野が聞いてきた。
その仕草、可愛いけどお前、34だぞ。


「また妬いてくれんの?」

「フフッ、妬かないよ。道明寺に幸せな思い出があるならよかったと思っただけ。」


幸せな思い出・・・
その言葉で俺が思い出すのは17年間のことじゃない。
17年前のことだ。
こいつと過ごした数ヶ月。
俺の人生を通して、幸せだったと言い切れるのはその期間だけだ。


「なぁ、なぁなぁなぁ、」

「な、何よ?」

「昨夜さ、順とのこと、話が長くなるって言ってただろ? 今、聞かせろよ。」

「はぁ? やだよ。これから午前中は家のことしなきゃ。忙しいもん。」

「今日は休みか?」

「うん。」

「じゃ、もう一回、」

「バカッ!」


牧野は立ち上がって食器を片付けた。
まだ何も言ってねぇじゃん。
もう一回、風呂かもしれねーじゃん。

俺はそのままダイニングに座って、牧野が忙しく立ち働く姿を眺めてた。
洗濯をして掃除をして。
牧野たちが住んでるこの部屋は俺からしたら狭いけど、あの頃の牧野からしたら相当に広い。
100平米以上はあるだろう。


「あいつらって何してんの?」


台所で洗い物をしてる牧野に尋ねた。


「んー? 悠介は商社の法務部、順は大学職員で主に野球部のスカウトマン。」


それでこんなマンションを買えるんだな。
いくら東京郊外といっても、この立地でこの広さなら7000万は下らないだろう。
俺がこいつを忘れてた17年間、あの2人がこいつを守って、食わせて、幸福を与えてくれてた。
あいつらは俺に礼を言ってたけど、俺の方こそあいつらに感謝しなきゃいけねぇんじゃねーの?


「お前さ、処女なのによく子供産もうとか思ったよな。」


牧野は目をまん丸にして驚いて、すぐに優しく笑った。
手に布巾を持って来て、テーブルを拭いて腰掛けた。


「あたしさ、10年は待とうと思ってた。あんたの記憶が戻るのを。」


今度は俺が驚く番だった。
10年?
17からの10年を俺を待つために費やそうとしたのか?


「でもさ、寂しかった。苦しかった。心に溢れる愛が、出口を求めてた。」


牧野は開け放たれたテラスから吹き込む風が揺らす薄いカーテンを見ながら呟いた。


「だから子供を産んだの。思い切り愛していい存在を自分で産んだの。もちろん、清佳も壮介も順と悠介の子だよ。でもたとえ離れることになっても、心の中では無償の愛を注げる存在だから。」


そう言って微笑んだ顔は今までで一番綺麗だった。
俺は牧野の手を取ってその指にキスをした。


「今度は俺を思い切り愛してくれ。」


それは懇願だった。
こいつにもう一度、愛を注がれたい。
こいつの愛をもう一度、浴びたい。


「3番目だけど、いい?」


今日何度目かの小首を傾げる仕草で、俺の顔を覗き込んだ。
3番目?


「1番は清佳と壮介が同列で入るから、あんたは3番目。」


いや、むしろ上位で驚いてんだが。
5番じゃなくてよかった。


「何番でもいい。お前が愛してくれるなら。」


すると牧野は立ち上がり、自分の部屋に消えていき、またパタパタと戻ってきた。
そして俺の傍に立った。


「じゃあ、はい。」


牧野が差し出したのは、懐かしいジュエリーケース。
俺はそのあまりにも意表を突いた再会に声も出ず、目を見開いてマジマジと牧野の手の中にあるそれを眺めた。


「あたしはあんたがあたしを想ってくれる10分の1くらいしか、あんたのこと好きじゃないかもしれないよ?」


俺はいろんな感情が込み上げてきて、少し手が震えていたかもしれない。
牧野の手からジュエリーケースを受け取り開いた。
そこには17年間、輝きを失わなかった土星のネックレスがあった。


「…じゃ、残りの9を足していこうぜ。」


俺は牧野を引き寄せ膝に座らせて、そのネックレスを今ふたたび彼女の首にかけた。


「クスッ、10分の9ね。」


牧野のキスが落ちてきた。
あの時は強引に俺からしたキス。
でも今度は牧野が俺にしてくれた。

優しいキス
あの頃の、まだ何も知らなかったガキの、それでも全身でこいつを求めてた時代の心が震えるキスだった。








「な、これ、確か俺が川に投げたよな? 中身入ってなかったとか? でもケースもこれだよな?」


牧野は真っ赤になって俺の膝に乗ったままプイッと顔を背けた。


「あの頃、すでにあんたを好きだったから川に入って探したの。」


・・・絶句。


「…あ、あの頃って漁村から帰ってすぐだよな? お前、いつから俺のことが好きだったんだ?」


そういや聞いたことなかったな。
牧野は顔を背けたままだ。


「あの雨の日に、あんたに別れを告げた時に自覚した。」


“ あの雨の日 ”

俺にとって記憶を失くしたことの次に思い出したくない日だ。
何度、あの日が無かったらと思ったか。
でもこいつはあそこまで極限に追い詰められなきゃ俺への気持ちを自覚しなかったってことか?
だとしたら超絶鈍感女だな。


俺は心の底から牧野への愛しさがこみ上げた。
両腕を牧野の体に巻き付けるように抱きしめた。
牧野の体重が俺にかかり、その温かさが沁み込んでくる。


「あの時、冬だったよな。水も冷たかっただろ? 夜だったし。それなのに川に入ったのか?」


首筋の甘い香りを嗅ぎながら、こいつの話をもっと聞きたい。
どれだけ俺を好きだったのかもっと知りたい。


「だって、絶対に失くしたくなかったから。あんたとあたしを繋ぐ、唯一の物だったから。」


もっと聞きたいのにもう我慢できない。
媚薬のごとき牧野の香りと耳に聞こえる愛の告白に、理性なんてとっくにブチ切れた俺は目の前の白い首に唇を寄せた。






Let's be a Family! 〜 Regeneration 〜 再生【完】









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2019.04.06
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