牧野は結局、牧野のままだった。
清佳は順ってもう一人に認知され、壮介は高山に認知されていて、牧野は同居してるだけ。
寝室も牧野は別室で高山と順が同室だ。
奇妙なファミリー。
「なあ、」
「ん?」
高山は自室に入った。
キッチンの入り口から洗い物をしている牧野の背中に声をかけた。
「俺んとこ、戻ってこいよ。」
「え? あはは。戻るってまた付き合うってこと?」
「ん…まあ、もうそんなのもすっ飛ばしたいけど。」
「は? いきなり結婚とか言うの?」
「それもいいよな。」
牧野は洗い物を終え、手を拭き、「はぁ」とため息をついた。
「座ろっか。」
牧野はエプロンを外し、俺たちはダイニングテーブルに斜め向かいあって座った。
「記憶戻って、すぐに会いに来てくれて嬉しかった。また会えて嬉しかった。でもね、ごめんね。先に謝るね。あたしにはそれは17年前のことなの。道明寺にはつい先月のことかもしれないけどね。」
記憶を失くした時、俺たちの気持ちは最高潮だったと思う。
俺は道明寺を捨てる覚悟をして、こいつはそんな俺と生きていく覚悟をした。
その気持ちのまま、俺の時は止まった。
だから蘇った記憶は、あの最高潮の気持ちも俺に蘇らせた。
でもこいつにとってあの時の気持ちは17年前のものだ。
わかってるけど、わからない。
「あの時には戻れないって言うんだろ。だったらまた始めればいいんじゃないか? またもう一度、あの時みたいに俺を好きになれよ。」
「…あたしたち、もうあの時の子供じゃない。お互いの立場の違いもよく分かってる。生きる世界が違うってことも。気持ちだけでどうにかできると思えた無鉄砲な時代は17年前に終わってるんだよ。受け入れなきゃ。」
今日、ずっと朗らかだった牧野はここへきて初めて困惑の表情を見せた。
「受け入れたとして、それでどうなる? 誰が幸せになる? お前は俺があの時の気持ちを思い出して高揚してるだけだとでも思ってんだろ。おまえにわかるか? 一瞬のうちに17年経ってた俺の気持ちが。一瞬でお前を失った俺の気持ちが。俺はもう一刻も無駄にしたくない。二度と離れずにお前と生きていく。決めたんだ。」
「道明寺…」
俺は牧野から視線を外さずに立ち上がって、ダイニングテーブルを周り、座る牧野に近づいた。
その手を取り、エスコートするように立たせた。
牧野は俺から視線を外せない。
腰を引き寄せ、俺は牧野にキスをした。
17年ぶりに牧野の唇に触れた。
ビリッと電流が流れ、みぞおちに甘い痺れが走る。
昔、こいつが好きだった俺のキスを思い出してもらえるように何度も優しく重ねる。
ガキみたいなキスなのに反応してきた。
ブレーキをかけてても気持ち良くて、もっと深い快感を求めてしまう。
もっともっと、深く深く。
逃げようとする体をさらに強く引き寄せた。
「…ん……んん!」
しばらくは身をよじる牧野の抵抗にも気づかないほど深いキスに夢中になった。
ハッと気づいて、やっと離して抱きしめた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」
牧野は俺の腕の中で荒い息をついている。
その吐く息が俺の胸に当たって、それさえも興奮を煽った。
「うっ、バカァ。」
泣いてるらしい牧野の腕が俺の胸を押し退けようとしているが、力が抜けててくすぐったい。
「キス、嫌だったか?」
「バカァ、あんた、この17年、なにしてたのよぉ。あたし以外の女、何人抱いたの? キスがプロになってて引いてんのよ!! このバカッ!!」
ドンっ!!
力を取り戻した牧野に思いっきり突き飛ばされた。
よろめいて見えた牧野の顔は涙で目が潤んで、酸欠で顔が赤くなってて、唇が少し腫れてさっきよりふっくらしている。
怒らせたってのに、俺は牧野に見惚れてた。
その時、俺の背後で声がした。
「あのぉ、お取り込み中悪いけど、、ただいま。」
「順!!」
牧野が順と呼んだ男に駆け寄り、抱きついた。
「つくし? おい、キスくらいで動揺しすぎだろ?」
「みっ、見てたの?」
「あー、ん、まぁな。ビックリしすぎて眺めちまった。」
「バカっ!! 止めなさいよ!!」
「よしよし、お前にプロのキスは刺激が強すぎたな。俺が素人のキスしてやろうか?」
「ん。して。」
目の前の男女の会話が俺を素通りしていく。
待て待て待て!!
「おいっ! 俺を無視すんな! キスなんてするな!」
「しーー!! 静かにしてよ! 子供たちが起きちゃうでしょ!」
「でさ、これは今、どういう状況?」
順と呼ばれた男は身長は俺と同じくらいか。
鍛えてるのは捲られたシャツの袖から出ている腕でわかった。
黒髪は短髪でスポーツマンといった風情だ。
涼やかな目元にシャープな顎は女にモテそうなのにな。
「俺は道明寺司だ。こいつの男だ。」
えーい、もう面倒は取っ払いだ。
俺はこいつの男で、こいつは俺の女だ。決定。
「自分の目が信じられなかったから聞いたけど、やっぱり道明寺さん? あの??」
「うん…そう…」
牧野がしぶしぶといった様子で認めた。
順は俺をマジマジと見つめている。
おい、惚れるなよ。
「……ここにいるってことは、」
「あー、記憶が戻ったんだって。」
「…マジか…やっと…」
それだけ呟いて順は牧野を放し、大股で近づくといきなり俺に抱きついた。
「道明寺さん、お会いできて光栄です。あなたにずっとお会いしたたかった。お会いできたら言おうと思ってました。ありがとう、ありがとうございました!」
「はっ??」
ガタイのいい奴に抱きつかれ、何度も礼を言われる。
なんだ、なにが起こってる?
「あなたの記憶喪失のおかげでつくしに出会えて、子供達を授かった。あなたには感謝しかない! それにしてもすごい美形だ。うちに居るのが合成みたいだ。」
おいコラ、舐めてんのか?
お前のために記憶を失くしたわけじゃねぇ。
人を珍獣扱いしてんじゃねぇぞ。
「順! もういいから放してあげて。」
牧野が間に入った。
「つくし、ってことは道明寺さんはお前を迎えにきたのか?」
「え、と、あの…」
「ああ、そうだ。牧野ともう一度あの時に戻りたくて来たんだ。でも戻れないって言うから、もう一度始めることになった。」
これも決定事項だ。
「なってない! 順、なってないから。あたしはどこにもいかないから。」
「うーん、そうだよなぁ。今、つくしに出ていかれるのは困るなぁ。子供達にはお前は母親だからなぁ。でもさ、恋愛は自由だぞ。お前は未婚なんだから、別に遠慮はいらない。もう一度、盛り上がればいいじゃん。」
「順!」
「何が問題なんだ? キスしてみて感じてたろ? 俺とした時よりいい顔してるぞ。」
順は牧野の顎を持って顔を上げさせた。
ちょっと待て、お前ら、一体どういう関係なんだ?
「おい、お前らって、」
「ああ、すみません。俺たち大学時代に付き合ってたんですよ。」
「はぁ??」
だってこいつは高山のパートナーだろ??
「順、今その話すると長くなるから、遅くなったけどおかえり。明日も仕事でしょ? 早くお風呂入っておいでよ。」
「おお、そうだな。あ、道明寺さん、なんか前後しちゃいましたがはじめまして。鳥飼順です。つくしさんにお世話になってます。ゆっくりしてってください。っても、もうすぐ日付変わりますけど。」
順は時計を見上げた。
「俺、風呂入ったら今日はもう寝るわ。つくし、ごゆっくり♡」
そう言うと、順は牧野の頬にチュッとキスをして、ダイニングを出て行った。
「もう、順は!」
「・・・おい、」
牧野は肩をギクっと揺らしたが、そんなもん知ったこっちゃねぇ。
「鳥飼が元カレ? お前、ゲイに惚れてたのか?」
「はぁぁぁ〜、あのさ道明寺、今日はもう帰ってくれないかな? こんな時間だし、いろいろあってあたしも疲れちゃった。」
「はぁ…ま、だな。俺も疲れた。お前の17年の濃さに脳の処理が追い付かねぇわ。」
「じゃ、今日はこれで。」
と、牧野はリビングのドアを開けて俺に出ていくように促した。
俺は素直にリビングを出た。
が、玄関とは逆方向に向かう。
「ちょ、ちょっとちょっと、そっちはみんなの部屋がある方だから、玄関はこっち!」
牧野が声を潜めて俺の腕をを引っ張った。
「ゲストルームとかねぇの? 疲れて帰る元気もねぇわ。今日は泊まる。」
「はぁぁ??? 泊まるぅ???」
「お前、声、デケェよ。子供たちが起きるぞ。」
「ゲストルームなんてないわよ。4部屋に5人が分かれて寝てんのよ! 帰れ!」
「じゃ、お前の部屋でいいや。バスルーム貸して。」
「バカッ! あんたのお邸じゃないのよ。お風呂場は家の中にひとつ。今は順が使ってる。」
「ふーん。じゃ、空くまでお前の部屋で休む。」
スタスタと廊下を歩き、適当にドアを開けようとノブに手をかけた。
その手を牧野が掴む。
「そこは清佳の部屋!」
「じゃ、こっちか?」
「そこは悠介たちの!」
「じゃ、ここだな。」
俺は高山たちの部屋の向かい側のドアを開けた。
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2019.04.03



