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日本列島をなぞった桜前線は最後の花びらを散らし、その色を皐月に移した。

仕事を終えて、まだ混み合っていない電車に乗り30分。
東京郊外の文教地区で降りる。
すっかり特色を失った駅舎を出た。
通勤客の帰宅時間にはまだ早いため、駅から吐き出されたまばらな人々は左右に散っていく。
うまく機能しているとは言い難いラウンドアバウトには、タクシーが通るたびに土埃が舞っていた。

時刻は午後4時。
駅から家までは徒歩15分のはずだが、実際は20分以上はかかる。
途中のスーパーに寄って帰ったらちょうど晩御飯の用意を始める時間だ。
今日は何を作ろうかな?
冷蔵庫にあるものを思い出しつつ、いつものように頭の中でメニューを繰る。


歩道が終わり、路側帯を歩いてるときだった。
私の横を国産の黒い高級車が滑り過ぎ、10メートル先で停車した。
自分とは関係のないその光景は目に入るけど、脳には入らない。
でも、その車から降りてきた人物のシルエットは私の脳の奥底から懐かしくも苦い記憶を引きずり出した。
その人がゆっくりと私に向かってくる。
私もその方向へ動く足を止められない。
向き合う距離になった時、やっとお互いの足は止まった。


「よう」

「……」


私の記憶の中でスクリーンに登場する映画俳優のように実体のないその人が、眼前に立っている。

いつもは夜見る夢の中に登場するんだけど、今日はどうやら白昼夢を見てるらしい。
久しぶりだな。
疲れてんだな。
やけにリアルなのは疲労の深刻さを表しているのか。

この手の幻影は相手にしないのが最善の対処法と身に沁みてるあたしは、通り過ぎようと歩を進めた。
と、その幻影は遮るように立ちはだかった。
足許に落としていた視線を顔ごと上げた。
インナーニットに綿混のジャケットを羽織り、スラックスではなくパンツ姿だ。

リアルだと思ったのはそれもそのはず。
その幻影は生身を伴っていた。
なぜそうとわかったのか。
今日の幻影は歳をとってたから。
かつてピカピカした少年だった彼は、社会に出て齢を重ね、その光に鈍色の艶が加わった大人に変化していた。


「記憶、戻った。」


幻影が喋った。
一瞬、彼の発した言語が分類できない。


「牧野、お前の記憶が戻ったんだ。」


ああ、日本語だったんだ。
理解できたからには返事をしないと。


「それは…わざわざ知らせに来てくれてありがとう。うん、それじゃ。」


日本語だということはわかった。
言葉の意味も理解できた。
私の中ではそれで終わり。
晩御飯、何にしようかなぁ。


「ちょっと待て」


話が終わったと思って、もう一度通り過ぎようとした私の腕が掴まれた。


「え? なに?」


私は掴んだ人物を振り返って見上げた。


「だから、お前のことを思い出した。」

「うん、わかった。ありがとう。それじゃ、元気で。」


話は終わった。
帰りたい。
家事が待ってる。


「だから、待て」


また掴まれた。


「ハァ、なに? どした?」


また振り返る。


「俺が悪かった。」


ん?
どうして謝ってるの?
この人、どんな悪いことしたんだっけ?
思い出せない。


「いや、悪くないよ。と思うよ。謝られるようなことされた覚えがない。もうあんまり覚えてないけど、もしかして類の女と勘違いしたことだったら記憶なかったんだから仕方ないよ。あんた悪くないから、なんならまた忘れてくれていいよ。」


あたしは「この人、何言ってんだろう??」ってキョトンとしてたかも。
戸惑った表情が、返ってきた。


「やっと思い出したのにもう忘れないから。」


そんな言い切らなくても。
先のことはわからないのに。


「それは、ちょっとわかんないけど。とにかく、うん、ありがとう。というわけで、もういい?」


掴まれた腕を引っ張った。


「なんで逃げるんだよ。」


逃げる?
そんな発想はなかった。
だって逃げる必要ないから。


「逃げるんではなくて、家に帰りたいだけだから。」


だって仕事終わったし、晩御飯作らなきゃいけないんだから。


「じゃ、俺も行く。」


この人物の驚く発想にまた見上げた。


「あ、そう。うん。招いてないけど、来たいならどうぞ。」


断る理由もない。





まずはスーパーに寄る。


「買い物するのか?」


それ以外にここに何の用が? というツッコミは飲み込んで、カゴを取り、カートに乗せる。
どれだけ買い物するかわからないけど、とりあえずカートを押すのが私のデフォ。


「うん。晩御飯、何にしようかな。」


家にある野菜は定番ばかりだから、なんにしても大丈夫よね。
うん、あれにしよう。
あれが食べたい気分だし。
いつもの流れで歩き回り、必要なものを入れていく。
私の斜め後ろをピタリと付いてくる人がいる。


「なんか飲む?」


後ろの人に聞く。
初めてする質問だな。
ってか、こんな小さいスーパーで売ってるもので飲めるものあるの?


「ああ、じゃ、ビール。」

「ふーん。6本あればいいか。」


さすがに発泡酒は飲まないだろうな。





スーパーを出て今度は家まで歩く。
10分もないくらい。
なのに横を歩く人が買い物袋を持ってくれた。


「ありがとう。」


チラリと上目遣いで見上げると、心なしか顔が赤くなったように思ったけど、夕映えだったのかな?


「このくらい。」


と、照れたように答えた。
その様子が変わってなくて、なんだか笑いがこみ上げて、私は思わずニッコリとしてた。
横の人はますます顔を赤くした。





家は7年前に購入したオートロックの分譲マンションだ。
ベージュの外壁が周囲に馴染んでいるそのマンションは、入り口に管理人さんが常駐してて夕方5時までの勤務。
とっても温和な人だから、みんなに好かれて頼りにされてる初老の男性。
いつもは微笑んで「おかえりなさい」と言ってくれるおじさんも、今日はあたしの後ろの人に気付いて「おや?」って顔してる。

そんなおじさんの変化にあたしは気付かないフリして「どうも〜」って顔して通り過ぎ、エントランスで鍵をかざして中に入る。
建築規制がある地域だから最上階でも5階までしかない。
エレベーターで最上階に到着すると、2戸の内のひとつのドアの前に立つ。
ドアにまた鍵をかざすとガチャリと解錠する。
重いドアを開けて中に入る。
パッと明かりが点く。
靴を脱いでいると奥から駆けてくる足音が聞こえる。


「ママ〜〜、おかえりぃ」


女の子と男の子の2人の子供が駆け寄ってきた。


「サヤカ、ソウスケ、ただいまぁ〜、遅くなってごめんねぇ。」


私は靴を脱いで上がるとスリッパを履いた。
ずっと着いてきてる後ろの人を振り返ると、さっきまで赤かったのに、今度は白くなった顔色で私たちを見つめてる。


「どうぞ、上がって。それとも帰る?」


ハッとして首を振る。


「いや、上がらせてもらう。」


靴を脱いでいるその人物の足許に来客用のスリッパを差し出して振り返ると、子供たちが怪訝な表情で見つめていた。


「ママ、この人は?」


サヤカが遠慮がちに聞いてきた。


「この方は道明寺さん。ママが高校生の時にお付き合いしてた人。わざわざ会いにきてくれたの。ほら、ご挨拶。」


名を呼ばれた本人も、紹介された子供達も、驚きで目を見開いた。


「こんにちは、清佳です。」

「こんにちは、壮介です。」

「…道明寺です。」


3人はぎこちなく挨拶を交わした。


「こっち、どうぞ。」


みんなでリビングに向かった。





「適当に座ってて。私はちょっと着替えてくるから。」


道明寺を子供達の輪に残して手洗いうがいをしてから自室に引き上げた。
ジャケットを脱いで、楽な服装に着替えて髪を束ね、エプロンをする。
リビングに戻ると、道明寺はソファに座ってゲームをする姉弟を見ている。


「おじさんも、する?」

「おじさんかよ。」


と言いながらコントローラーを握って画面の中のカートを動かして行く。


「すっげー!! うまぁっ」


壮介が感嘆の声を上げた。
清佳がバナナの皮を放った。
道明寺のカートがスリップしてる。


「うげっ! なんだよ、その技!」


和気藹々と楽しんでる。
でも道明寺がチラチラとこちらを見てる。
立ち上がってキッチンに入ってきた。
私はそんな彼を見上げた。


「晩御飯、食べていくよね?」

「あ、ああ、迷惑でなければ。」


この人はそんな気遣いもできるようになったんだ。


「フフ、いいよ、大丈夫。カツカレー、食べられる?」

「日本滞在中は社食の定番だ。」

「道明寺が社食! 時代は変わるね〜」


久しぶりに呼んだ「道明寺」
また呼べる日がくるなんてね。


「なんか手伝うか?」


私は驚きで手が止まった。


「あんた本当に道明寺? 記憶、戻りすぎて別人になっちゃったんじゃない?」

「お前ん家で鍋やった時も手伝ったじゃねぇか。」

「懐かしい話! そうだったっけ? 忘れちゃった。」


記憶喪失じゃなくても、古い記憶は歳とともにどんどん失われていく。


「記憶はいつ戻ったの?」

「1ヶ月前。日本に帰る算段が付いたのが1週間前で、帰ってきたのは昨日。」

「わぁ、そっか。急いで会いにきてくれたんだ。ありがとね。」


私は本心から嬉しかった。








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2019.04.01
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| 2019.04.01(Mon) 17:55:37 | | EDIT

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| 2019.04.01(Mon) 19:57:39 | | EDIT

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| 2019.04.01(Mon) 21:39:33 | | EDIT

Re: えっ別の人と…。

ふじ 様

コメント、ありがとうございます!
混乱させてしまってごめんなさい。
でも、そう思いを巡らせていただけるのは書き手冥利に尽きます。
明日の更新をお楽しみに!

nona | 2019.04.01(Mon) 23:19:17 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

りりあ 様

コメント、ありがとうございます!
そうなんです。子供がいます。
いいリアクションをありがとうございます!
明日の更新をお楽しみに^^

nona | 2019.04.01(Mon) 23:20:32 | URL | EDIT

Re: タイトルなし

Megumi 様

コメント、ありがとうございます!
そうなんです、マリオカートです。
壮介は小3の設定なので、ちょうどハマる年齢じゃないかと思いまして。
初めてなのに上手い司。ドライビングは例えゲームでも負けたくない司なのでした(笑)

nona | 2019.04.01(Mon) 23:23:05 | URL | EDIT