するべきことは全て終わってあとは料理だけ。
マンション近くの高級スーパーに来てる。
メニューが決まらないから、店内をグルグル回ってる。
アッパー専門の今の紹介所に入ってから、庶民じゃない食事に関しても勉強と経験を積み、ある程度は作れるようになった。
でも、上流社会を垣間見たからこそ、あたしの道明寺に対する苦手意識は深まったと思う。
だって、上流階級の中でも道明寺家は頭抜けて特殊だって事が改めてわかったから。
大人になって、社会に出たからこそ実感した。
ほんと、生きてる世界が違うんだよね。
そんな相手に作る食事。
あー、まだ迷ってる。
なんにしようかな〜
しかも一人分なのよね。
う〜、面倒く〜さ〜い〜
彼女いるんでしょ?
だったら週末くらい彼女に来てもらって作ってもらえばいいじゃん。
・・・あ、そっか。
道明寺が付き合うような令嬢は料理なんてしないか。
しかも、彼女が来るってことは、またアレするわけで。
はぁ、もうマジでさ、辞めたい。
!
クビになればいいじゃん!
あっちから辞めさせるように仕向ければいいんだよ!
よぉっし、思いっきり庶民料理にしてやろ。
ウクククッ
そうと決めたら楽しくなってきた。
記念すべき第一食目はオムライス!
サラダはエビを使って、スープはオニオンコンソメにしよう。
道明寺がオムライスを食べるところを想像したら笑いが止まらない。
あ〜、楽しいなぁ。
これでどのくらいでクビになるかなぁ。
********
日曜日
朝はコーヒーだけ。
今日はハウスキーパーの来ない日だ。
俺もオフだしな。
しかし特にすることもない。
結局、タマが来るまで書斎で仕事をして過ごす。
休みなんていらないが、今のご時世、ブラックだなんだとうるせぇから役員も模範としての休みを取らなきゃならない。
今、俺が所属してるのは道明寺HD日本支社。
日本支社長はお袋の腹心だった男だ。
俺は後継者だが、23でNYから戻って日本支社に配属になってからは経営企画部のヒラから始まって、主任、係長、課長までを1年、部長、部門長までをさらに1年、そして今は役員常務だ。
この先は専務、副支社長、支社長と上がっていく予定だが、名前だけでエスカレーターな訳はない。
あのババァはそんな甘い人間じゃねぇ。
結果を出さなきゃ俺にも墓場が待ってる。
ただの左遷なんてもんじゃねぇぞ。
地球規模の窓際族だ。
アマゾンの奥地で部族を説得して土地を明け渡させるとか、南極の調査隊に年単位で参加して体を張って資源調査とか。
いつでも気が抜けねぇ。
駒として使い物にならなきゃ、待ってるのは種馬としての人生だけだ。
これはババアから直接言われたからな。
「あなたが役に立たなきゃ次の世代に譲るだけです。私はあなたの子供が成長するまで現役でいるつもりですから心配いらないわ。」
だーれが心配するんだよ!
あんたは隕石が直撃しても死なねぇーよ!
コンコン
「なんだ」
「坊ちゃん、タマでございますよ。お夕食のご用意ができました。」
「今行く。」
「・・・・・」
「どうしたんですか?食べないんですか?」
「タマ、これは何だ?」
「どうやらオムライスみたいですねぇ。」
目の前には俺の人生に初登場したオムライスがその黄色いボディを惜しげもなく晒している。
わずかにトマトソースのシーツを纏っているだけだ。
オムライスの皿の横には温められたスープとエビの乗ったサラダが澄まし顔で寄り添っていた。
「俺にこれを食えって?」
「橘さんはそういう考えみたいだね。」
「・・・何考えてんだ。No. 1の家政婦じゃねぇのかよ。」
「“ 坊ちゃん ”ってのを小学生か何かと思ったのかねぇ。」
んなわけねーだろ!
小学生が使用済みのコン○○○捨てねぇだろ。
「クビだ!」
「ほぉ、そりゃ喜ばれちまうねぇ」
「なに!?」
「嫌がってたからねぇ。クビなんて言ったら飛び上がって喜んじまうね。」
「・・・この料理が俺への挑戦状だってのか。」
「さぁて、どうでしょう。」
橘、いい根性してんじゃねぇーか。
クビになりたくて俺に宣戦布告か?
受けて立ってやろうじゃん。
俺は絶対にお前をクビにしてやらねぇからな。
「美味しそうじゃないか。坊ちゃん、召し上がってくださいな。」
「スープだけでいい。」
「まったくもう。」
スープは美味かった。
腕はあるんだな。
しかし来週もオムライスだったら顔を見てやるぞ。
次の週は豚の生姜焼き定食。
その次の週は鯖の味噌煮定食。
そのまた次の週はカツとじ定食。
全部、タマに教えてもらわなきゃ知らねぇ料理だ。
だから当然、俺の食ったことのねぇものばかり。
しかし食えば美味い。
味見したタマによると味付けは料亭並みらしい。
知るか!
定食ってここは食堂じゃねぇんだよ!
そして毎回、卵焼き付きだ。
馬鹿の一つ覚えなのか!?
ま、出汁の味がしっかりしてて気に入ったけどな。
「坊ちゃん、どうしますか? クビにしますか?」
「しねーよ。」
「ほう、諦めましたか?」
「クビにしたら俺の負けだろ。絶対にクビにしてやらねぇ。」
「やれやれ」
俺は赤だしの味噌汁っつーもんを食いながら、来週はどんなメニューで挑戦してくるのか実はだんだん楽しみになっていた。
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2019.03.06