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ゆらゆらと揺れる感覚で目を開けたつくしは、見上げて見えた司の顔のアングルから自分が抱き上げられ、何処かへ運ばれていることがわかった。


「司…」


呼びかけるとその顔がこちらを向いた。


「洗い流そう。立てるか?」

「…ん」


下ろされて見回すとそこは邸よりは狭いがバスルームの脱衣スペースであることがわかった。
そこでつくしはハッと意識が覚醒した。
司が全裸になり、つくしのネグリジェを脱がせようと片方だけ残っていた肩紐に手をかけたからだ。


「い、いい! 自分でする! ひとりで入れるから!」


と、胸元の布を押さえた手がヌルついた。


「え…? なに?」


見つめようとした手を司が素早く掴み、そのまま手を引いてバスルームに連れ込んでシャワーを勢い良く出した。


「キャッ! 冷たい!」


さすがに道明寺邸のようにはいかず、水で始まったシャワーは程なくして心地よい湯に変わった。
なにもかもが湯に溶けて流されていく。
汗も唾液も…それから……

手のヌルつきの正体に気づいたつくしは頬を染めた。
今更ながら、自分がしたことが、その姿を見られていたことが恥ずかしくて堪らなくなり、司に背を向けて膝を抱えてしゃがみこみ、膝頭に顔をうつ伏せた。


「つくし」

「…なに?」


頭上から呼ばれ、返事だけは返したが顔を見ることはできない。


「つくし」


今度は背後から声がした。
つくしはまだ違和感の残る首を回して自分の肩越しに後ろを伺った。
すると降り注ぐ湯の中で同じ目線に司の顔が見える。


「っ!」


急いでまた俯いた。


「怒ってるか?」

「え?」

「怒ってんだろ?」

「……怒ってるのは司でしょ。」

「こっち向けよ。」

「無理。…きゃっ!」


背後から抱き上げられ、無理やり立たせられ、振り向かされ、そして抱きしめられた。


「悪かった…」

「………」

「お前も悪いけど、俺も悪かった。」

「……なにそれ…あたしの何が悪かったのよ…」

「悪いだろうが! 俺にはしない笑顔をあの男には見せやがって。」

「は?……ま、まさかそんな理由?それだけの理由?」

「それだけじゃねぇよ! 二人っきりでイチャついてただろうがよ!」

「だからそれが意味わかんないから!! イチャついてなんかない! 友達と話してただけでしょ!」


二人はシャワーに打たれながら抱き合い、つくしはいつしか恐怖も忘れて司に向き合っていた。
その司はシャワーコックを捻って湯を止めると、濡れてストレートになった髪をかき上げ、自分に沿うつくしの柔らかい体の感触を確かめるように抱きしめていた。


「お前はまさか、男女の間に友情が成立するとか考えてんじゃねぇよな!?」

「考えてるわよ! 悪い!?」

「ああ、悪りぃよ! ンなもん、成立するわけないだろうが!」

「じゃあ司は知り合う女性、全員をヤラシイ目で見てるってわけね!」

「はぁ?? なんでそうなるんだよ! 見てねぇよ!」

「友情が成立しないなら、全員が恋愛対象なんでしょ? あたしにそう言ってるも同然なんだから。」

「俺は他の女に恋愛感情なんて抱いたことはない!」

「嘘ばっかり! 彼女がいたくせに!!」


思わず口を吐いた言葉につくしは「しまった!」と思い司から顔を背けた。

つくしはこのことを知っているのは秘密にしようと思っていた。
自分ががこの件について何か発言すれば、司の古傷を抉ってしまうと考えていたからだ。
しかし弾みとは言え、触れてしまった。
このまま知らないフリはもうできないと観念し、つくしは語り始めた。


「ごめん。たまたま知っちゃたの。あのパーティーの人なんでしょ? 華園さんだっけ。素敵な人だね。」


司の顔を見ることはできない。
もしそこに華園公子に向ける悔悟や愛しさを見つけてしまったら、もうつくしは道明寺つくしとして立ってはいられないだろうから。


「ダンスもお上手だったし、何よりすごく綺麗な人だし、きっとお人柄も素晴らしいん、」


しかしつくしはそれ以上、語らせてもらえなかった。
なぜならその口は司によって塞がれたから。
今夜はまだ一度も与えられていなかった司からのキスだった。


「ん……んっぅ…」


息継ぎをしながら、それは長い絡み合いだった。
唇と唇、舌と舌、膝を割って脚を絡ませ、胸を合わせ、全身で相手の存在を請うような、そんなキスだった。

つくしには先ほどの口淫で生じた下腹部の熱が蘇り、再び下肢の間を濡らしていくのがわかった。
抱かれたい…この人に今すぐに、抱かれたい。
濡れて身体に張り付いた薄いシルクの布越しに司の昂りを感じ、その熱はますます高まり、唇が離れ、自分でも分かるほどに潤んだ瞳にはもう司しか映っていなかった。

司はつくしを強く抱きしめた。


「あんなもん、嘘に決まってるだろ。お前は女たちに騙されたんだよ。」


つくしの目が見開かれる。


「嘘?」

「俺があんなシキタリも守らねぇ低俗な女、相手にするわけないだろうが。あんな女が綺麗だと? お前に敵うわけねぇんだよ!」


瞬間、司の言葉が理解できずに、つくしは顔を上げた。


「え…?」


見えた司の顔は湯で上気したように朱が刷かれ、泳ぐ目に昼間見えた冷たさはなかった。
司はつくしの視線を遮るように温かく大きな手で額にかかる濡れた前髪をかき上げ、現れた白い額にひとつキスを落とした。


「これじゃ風邪引くな。出ようぜ。」


そうして体を離して司は棚にあったバスローブを手に取った。


「お前、それ脱げよ。」

「え?…あ、ああ。じゃ、先に出てて。」

「…フンッ」


そして司は手にしたバスローブを自ら羽織ると出て行き、つくし一人が残された。


「なん…だったの…?」


嘘?
華園さんが司の恋人だったって話が嘘だったの?
え、待って、女たち?
なんで司はあたしがその話をされたのを知ってたの?
司はあたしがレストルームで浅井さんたちに会ったことを知ってるってこと?
どうやって??
いや、それより、話の内容をどこまで知ったの?

頭に浮かぶ幾つもの疑問に動揺しながら、つくしは着ているものを脱ぎ、そして首に巻かれた白い布も取り去った。


「!」


バスルームの鏡に映るその首には、くっきりと5本の指の跡が残っていた。
司が圧迫したのは頸動脈だったため、脳への酸素が滞り早々にブラックアウトしたのだ。
圧迫されたのが喉の前面にある甲状軟骨だったら、本当に死んでいたかもしれない。

ゾクっとつくしの背を恐怖が駆け上がった。
ただ健太と畑で話していただけだった。
友達として、少しじゃれついたのはあるかもしれない。
でも本当にただそれだけの場面だったのに、これほどの怒りを司が抱いた原因はなんなのか。
先ほどの言葉が過る。


“ どこにも逃げられない。お前はずっとこの腕の中にいるんだ ”


フッと、つくしから自分を嘲笑うかのような笑いが漏れた。
司の自分への執着に対する喜悦が死への恐怖に勝り、肌が粟立った。
つくしは首に残る司の指の跡に自身の指先を這わせた。

どんな理由でもいい。
ただ、妻として夫を独り占めしていられるならそれでいい。
この指の跡がずっと消えずに残るほど、何度でもあの人の執着を感じたい。

司がまだ誰も愛したことがないという事実が明かされた今、その喜びはつくしの中に仄暗い独占欲となって水面に落ちた一滴の墨液のように広がった。









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2020.05.16




皆様、おはようございます。

ってか、これ書いてるの夜中なんですけどね(^^;)


先日の「夫婦恋愛」で司と類がプロムで踊ったって内容を書きました。
あ、司がリードで類がフォローです。

この記事のタイトルでピンときた方も多いと思いますが、そのくだりを書いてる時にイメージしたのが「ポーの一族」のエドガーとアランです。
ここからは「ポーの一族」を知ってる方にしか伝わらなくて申し訳ありません。
クルクル頭のエドガーとサラサラ髪のアランがまさにリードとフォローになって踊るシーンがあるんです。
クックロビンを迎えに行ったギムナジウム(ドイツ語の中等教育機関(日本でいう中高一貫校)のことです)でのことだったと思います。
(「小鳥の巣」って作品でしたね。)

エドガーが司で、アランが類ならメリーベルがつくしでしょうか。

何を隠そう、私が人生で初めて読んだ漫画が「ポーの一族」です。
あれは7歳のとき、出先で母と寄った書店で初めて漫画コーナーに出会いました。
母に漫画の存在を教えてもらい、「何か読みたい」とリクエストしたら選んでくれたのが「ポーの一族」のなぜか2巻でした。
母は読書好きでしたが、漫画にはまったく造詣がなく、そんな母が知っていた作家が天才の2人、手塚治虫先生と萩尾望都先生だったそうです。
まだ昭和でしたしね。

手にした表紙からして今思えば耽美だったわけですが、この内容というのが7歳には難解でした。
しかも、何度も言いますが2巻でしたからね。
でも萩尾先生の天才的構成によって、2巻はエドガーがバンパネラになる物語で、愛しのメリーベルと離れてしまう話でした。
何度も何度も読みましたが、結局、その内容を完全に理解できたのは十数年後、完全愛蔵版を読んでからでした。


なーんてことを思い出しました。
久しぶりに読み返そうかな・・・



以上、雑談でした。

「夫婦恋愛」は20日からまた休載に入ります。
ごめんなさい。


                  nona









2020.05.17




結局、バスルームでの司の言葉の真意を確かめる間もなく、プライベートジェットはNYに到着した。
9月はサマータイムのため日本との時差は13時間で、東京を20時に出発した飛行機はNYにも20時に到着した。

札幌市とほぼ同じ緯度のNYの夜は肌寒かった。
いつの間にか積み込まれていたつくしの荷物から島田の代理侍女である岡村聡子がジャケットを用意し、PJ内の一室でつくしに着せ掛けた。


「奥様、島田さんは大丈夫です。謹慎処分ということで決着しましたからご帰国後はまた復帰します。」


そう伝えられてつくしはホッと安心した。
そもそも島田の人事権は司にはない。
島田の首を切れるのは島田直属の主人であるつくしだけだったのだ。
もちろん、司もそのことを知っていた。
知っていてもクビを命じるほど司の怒りを買った島田は、執事である遠山の計らいにより謹慎処分で手打ちとなった。
が、もうひとり気がかりな人がいる。


「あの、庭師の藤村さんはどうなりました?」


NY時間に合わせて早々に起きてPJ内の書斎で仕事をしている司に聞かれていないか周囲に気を配りながら、声を潜めて岡村に尋ねた。


「藤村さんも造園部の親方の請願や遠山さんの進言でどうにかクビは免れましたが、鹿児島にある道明寺家所有の山荘に異動になりました。」

「鹿児島!?」

「奥様、お声を落としてください。」

「ご、ごめんなさい…でも鹿児島って!」

「旦那様のお祖父さまが狩りを楽しむために所有してらっしゃった山荘で、旦那様は一度も赴いたことがないために選ばれたそうです。これからも行くことはないから、って。」

「そんな…」


健太とその家族の優しい笑顔が浮かんだ。
つくしと関わったために、道明寺家本宅の庭師という、いわばエリートの道から外れてしまった。
それだけではなく、東京から遠い地への転居を余儀なくされ、どれほど驚き、心を痛めただろう。
ただ友達と話していただけなのに。


「奥様、どうかお悲しみになりませんように。これでいいんです。道明寺家当主の怒りを買って解雇にでもなればまずまともな再就職は見込めません。藤村のためにもこれでよかったんです。」


そう言われても自分のせいで健太に不遇を強いてしまったという気持ちは強かった。








NYでの滞在はウエストチェスターにある広大な屋敷ではなく、マンハッタン ・イーストサイドにあるペントハウスだった。
司の泊まりがけの出張には常に森川も付き添い、屋敷に居る時同様に主人の身の回りの世話をする。
そこに今回はつくしと岡村も同行し、メゾネットになっているペントハウスでは1階に森川と岡村の部屋がそれぞれ用意され、2階が司とつくしの寝室だった。
しかし屋敷と違うのはそれだけではない。
ここでは生活のほぼ全てを共に過ごすのだ。
朝食、夕食を共にし、リビングもバスルームも共有し、渡る必要もなく同じベッドで休む。
つまりは世間一般の夫婦のような生活を送ることができた。


「それでは私はここで。」


この日は移動だけだった。
菱沼とはマンションゲートに横付けされたリムジンで別れた。


「はい、ありがとうございました。おやすみなさい。」


つくしは丁寧に頭を下げて別れを告げた。
司がその手を引く。
従者と侍女とSPを従えた二人がマンションに消えていくのを菱沼は黙って見送った。

不思議な人だ…と、菱沼はつくしのことを考えた。





18時に邸に迎えに行くと、副社長は奥様を抱いて現れた。
初めて目にするその姿には緩い部屋着を着せられ、首には白い布が巻かれ、その顔は青白く、そして瞼は閉じていた。


「奥様…ですよね? どうなさったんですか?」


応接室で女たちを地獄に突き落とし、NYに発つ前に奥様との関係を修復すると勇んで帰宅したはずだったのに、副社長の顔は強張っていた。
無言でリムジンに乗り込んだ副社長は、奥様を膝の上で抱き、眠ってしまった赤子を抱くように奥様を優しく腕の中に閉じ込めていた。

奥様を抱いたまま副社長はPJに乗り込み、すぐに時計をNY時間に合わせ、NY時間正午まで仮眠するためにプライベートルームに入った。

数時間後、森川さんを伴って部屋から出てきた副社長は多少は気持ちを持ち直したようで、軽食を摂ったのちに仕事に取り掛かった。
そしてそのさらに数時間後、身支度を済ませた奥様が代理侍女として同行することになった岡村さんと共にPJ内の執務室をノックした。

現れた奥様はレースのあしらわれたアンサンブルにタイトスカート姿で、首の白い布はスカーフに変わっていた。
なによりも日本で見た女性とは別人のように血色よく、お元気を取り戻されたご様子に安堵した。
しかし何より驚いたのはその容貌だった。
小さなお顔に印象的な黒く大きな瞳は輝き、白い頬はもともとなのかチークなのか、仄かにローズピンクに染まり、リップの引かれた唇はキュッと締まった口角が上がって微笑んでいた。


「お仕事中、失礼します。一言、ご挨拶を、と。」


そう言った奥様に、立ち上がって俺の方から頭を下げた。


「奥様、ご挨拶が遅れました。副社長の第一秘書を務めております、菱沼彰悟と申します。以後、お見知り置きを願います。」


俺の挨拶に、奥様はニコリと笑顔で答えてくださった。


「こちらこそ、初めまして。道明寺つくしと申します。いつも主人がお世話になっております。これからもよろしくお願いしますね。」


その瞬間から部屋の照度が上がったように周囲が明るくなり、心地の良い温かさに包まれた。

美しい…というわけじゃない。
可愛いらしい…とも違う。
もっと凛とした、神々しいような何か。
いや、実際の造作は可愛い系だろう。
華奢なお身体は強く抱きしめたら折れそうだ。
細い手足、艶やかな黒髪がサラサラと落ちる。

道明寺司の妻として惜しみなく磨かれたその姿は…イイ女…

そんな言葉が脳内をグルグルと回っていた。
ヤバイ…好みかもしれない。


「菱沼、俺の妻の鑑賞はそのくらいにして、さっさと仕事に取り掛かれ!」


ハッ


「も、申し訳ありません。」


つい奥様に見惚れていた。
デスクにつく副社長を振り向くと額には血管が浮き上がっている。
マ、マズイぞ。
こりゃ、到着まで激おこモードだ。

奥様はダイニングに行くと言って書斎を辞した。


「菱沼、」


副社長は美声だ。
神から声まで与えられてるって、奇跡の存在だ。
その声フェチを悶絶させるようなバリトンが、今日はいつもよりも低く響いた。


「…はい」

「つくしに手を出したらクビじゃ済まさねぇからな。」

「手を出すなんて、そんな滅相もない!」

「2秒以上、見るのも禁止な。」

「にっ、2秒!?」

「オカズにもすんなよ。」

「しませんよ!!」


いや、しそうになっていた…
あの奥様が処女だった…
そしてこの副社長を溺れさせた女性…
ベッドに散る黒い髪、上気した白い肌、ソコはまだピンクで、きっとキュウキュウに狭くて…


「おい!! いま想像しただろ!? コロスぞ!!」

「し、してませんっ!!」


本気でヤバイ…
あー、早く帰って野々花ちゃんに会いたいなぁ。






それからNYに着陸するまでの数時間を過ごし、俺たちは降り立った。
副社長はどこか誇らしげに奥様をエスコートしていたが、奥様はそんな副社長の様子には全く気づいていない。
リムジンの中でもNYは初めてだという奥様は窓から景色を見てはしきりに感嘆の声を上げている。
副社長はそのたびに「今更、くだらない」というテイを装って相槌を打つが、実はじっと奥様を見つめていて、時折、目を細めて微笑まれる場面もあった。
その時の副社長の目は見たことがないくらいに優しい。
でも奥様はやっぱり気づかない。

ああ、副社長。
俺、副社長の健気さになんだか心を打たれました。
あなたほどの男は本来ならもっと遊んだっていいんですよ?
資源を有効活用していいんですよ?
なのに、その一途さは反則ですって。

そしてこんなにイイ男に愛されてるのに、どうやらそれに気付いてないカンジの奥様。
鈍感さもここまで来れば天然ちゃんです。

この天然ちゃん奥様が同行している今回のNY出張。
さて、俺は無事に帰国できるんでしょうか?









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2020.05.17




つくしはこれから8日間を過ごすペントハウスに入った。


「うっわぁ〜〜!」


マンション最上階24階、その吹き抜けになっているリビングからは摩天楼の夜景が見渡せた。


「すごい部屋だね! 夜景、キレイ!」


顔を輝かせて喜ぶつくしに、司も顔を綻ばせた。
その様子を見ていた森川も岡村も、どうなることかと思った十数時間前を思い出し、二人に気づかれないようにホウッと安堵の息を吐き出した。






あの時、司の背中を見送った数十分後だった。
司が血の気の失せたつくしを抱いて戻ってきたのだ。


「奥様!? いかがなさったんですか!?」


森川が急いで司の寝室の扉を開くと、司は寝室に入ってベッドメイクが終わっているシーツの上につくしを横たえた。


「今、奥様の主治医を!」


そこから出発までの1時間半は怒濤の展開だった。
森川から遠山を通してつくしの主治医が呼ばれ、到着までの間に庭師の藤村健太とつくしの侍女、島田貴子が司から解雇を言い渡されたとの知らせが駆け抜け、遠山が司の部屋に訪れ、島田の解雇の権限はつくしにしかないこと、藤村健太は道明寺の別会社が運営する委託管理会社に移籍させ、司とつくしの前には二度と現れない僻地へ異動させる、つまりは左遷について話し合われた。
司は島田に関しては謹慎という処分で折れたが、藤村については頑として解雇を譲らなかった。
しかし理由が見当たらない。
藤村は造園部で一番の若手であり、上司である親方の覚えもめでたかった。
勤務態度、人柄、私生活に関して一切の瑕疵が見当たらなかったのだ。


「人の女、ましてや主人の妻と特別に親しい間柄になっておいて、問題がないだと!?」

「旦那様、聞き捨てなりませんが、それは奥様が藤村と密通しているということですか?」


この11年で見たことのない司の激昂ぶりに狼狽る森川を尻目に、遠山が冷静に問いかけた。


「密通だと!? 体の関係があったと言いたいのか!!」

「旦那様、どうか落ち着いてください。あったのかどうか、わたくしどもにはわかりません。旦那様は何をご覧になったのですか?」


島田から報告を受けていた遠山はすでに知っていたが、念のために司に問いかけた。


「俺が見たのは…二人が花壇で笑い合ってた。楽しそうにじゃれ合って…」

「じゃれ合うとは、抱き合って接吻でもしていたということですか?」

「せ?」

「キスのことです。」

「んなことしてたら今頃、殺してる!!」

「してなかったんですね。ただ楽しげに笑いながら話していた、と。」

「…そうだ。」

「わかりました。ではなおのこと、解雇ではなく左遷の方向での御処分をお願いします。強制的に遠くに追いやれば、もう奥様と会うことも叶いませんから。」


冷静な遠山に助けられ、藤村はなんとか東京から遠く離れた地への異動に決定した。
その間、つくしの主治医が到着し、急遽、島田の代理侍女となった岡村が付き添った。


「旦那様、医師からお話がございます。」


つくしのベッドサイドへ腰掛けた司に、女医はつくしの状態を告げた。


「奥様は何者かに首を強く掴まれたために、脳への酸素供給が一時的に滞り失神したと考えられます。脳への後遺症はないと思われますが、24時間は安静にお過ごし下さい。それで、奥様を襲った不届き者にお心当たりはございますか?」

「俺だ。」

「え?」

「つくしの首を絞めたのは俺だ。もういい、行け。」

「ですが…」

「どいつもこいつも俺に逆らうのか! 行け!!」


そうして追い出された医師は遠山に懸念を伝えたが、「大丈夫です。」の一言で帰された。

その間も出発の時刻は迫っている。
森川はつくしに付き添い、じっとその顔を見つめている司に恐る恐る告げた。


「旦那様、時間がありません。奥様は岡村に任せて御支度を。」

「…連れて行く。」

「いま、なんと?」

「つくしもNYに連れて行く。10日間も自由になどさせてたまるか。岡村を呼んで支度をさせろ。」

「……かしこまりました。」


それは今まで森川が知っていた司ではなかった。
道明寺の御曹司として、煌びやかな道を歩いてきた昨日までの司ではない。
力強い自信を漲らせていた瞳に今、見えるのは、弱さに揺蕩う不安定な心で、その姿は、愛されていないという失望の翳(かげ)を背負い、つくしを失うかもしれないという恐怖の足音を聞き、それでも愛されたいと切望する、ただのちっぽけなひとりの男だった。

その後、岡村によって清拭と着替えを済ませたつくしを連れ、一行は道明寺邸を後にした。

  


***




ペントハウスでの時刻は23時に近かった。


「お荷物の収納が完了しました。」


森川と岡村、荷解きにNYの道明寺邸から呼ばれた使用人がリビングのソファで寛ぐ司とつくしに頭を下げた。
別の使用人が淹れたコーヒーを飲んでいた司は目を上げた。


「ご苦労。今夜はもういい。下がれ。」

「かしこまりました。それでは旦那様、奥様、おやすみなさいませ。」

「ありがとう。おやすみなさい。」


使用人たちが下がり、二人だけになると訪れる沈黙がつくしには痛い。
人一人分空けて座る司からガーデンハウスで感じた威圧感はもう漂っていなかったが、それとはまた別の原因で気まずかった。
つくしはスクッと立ち上がった。


「さて、探検でもするかなー。」


つくしは勢い良くそう言うと、リビングの隣のキッチンに入って行った。
そこは厨房と言うべき広さを誇り、ここなら数人のシェフを招いて立食だろうが着席だろうが、パーティーもできるだろう。
壁一面にはステンレスの冷蔵庫が並ぶ。
その一つを開けてみた。


「ふわぁ〜、スゴっ」


それはドリンク専用だったらしく、上段は摂氏5度に設定されよく冷えたミネラルウォーターから各種ソフトドリンクにシャンパン、ビール、ウォッカまである。
下段は地下の貯蔵庫を思わせる摂氏13度に保たれ、ワインや日本酒が収められていた。
他の冷蔵庫も食材の種類別に温度管理がなされており、それぞれの食材が詰まっていた。


「こんなに、食べれんの?」


ここで食事をするのはせいぜい4人なのに、この食材は一体、何日分なんだろう。


「面白いもん、あったか?」


背後から聞こえた夫の声につくしは振り返った。
ノーネクタイのスーツ姿の司は、ポケットに手を突っ込んでリビングに繋がる通路の壁にもたれて立っていた。


「あ、うん。冷蔵庫には食材が一杯で誰がこんなに食べるのかなって。」


つくしの体の奥にはPJで点けられた情欲の火が今も燻っていて、二人きりになると途端にそこに意識が向いてしまって、まともに夫の顔を見られない。
つくしは冷蔵庫の扉を閉めて廊下に出るドアに向かった。


「こっちはなんだろう。」

「そっちは廊下だ。」

「ふーん。」


ドアを開けると本当にさっき通った廊下だ。
今度は向かいのドアに向かった。
ノックをしても返事はない。
ならばなんの部屋か確かめようとドアノブに手をかけた時、背後からウエストに回った腕に体をさらわれた。


「キャッ」

「そこは書斎だ。俺たちの部屋は上だ。行くぞ。」


司に抱えられたまま、リビングにある階段を上がると2階だ。
右手には吹き抜けのリビングが見える。
階段を上り切った正面のドアを入れば煌々として明るいマスターベッドルームだった。
パンプスのヒールが埋まるカーペットの上につくしは下された。
そこはベッドルームだけで25平米はあり、そこに二部屋に分かれているクローゼットルームとマスターバスルームがまた別のスペースを取って続いていた。
これから8日間、ここが二人の部屋だ。


「ひ、広い部屋だね。うわぁ、ここからも夜景が見えるんだ。」


つくしは飛び跳ねるように司から離れ、床から天井まである窓に近寄って張り付いた。
その窓に司が映り、背後からつくしの肩に手を置いた。
つくしは反射的に体を固くしてギュッと目を閉じた。

なぜ自分がこんな状態になってしまったのかわからない。
しかし、火のついたままの身体は全細胞が司を求めて蠢いて、彼のいる方向に神経が集中してしまう。
PJの中で司は執務室で仕事をしていたから、つくしは自分がこんな状態であることに気づかなかった。
でもリムジンの中から媚薬のごとき司の香りがすぐそばでして、心臓が胸の中で躍っている。
このうるさい鼓動が、こんなに静かな室内では司に聞こえてしまうのではないかと思うと怖かった。
知られた時に拒否されることが怖かった。


「俺が怖いか?」

「え?」


思ってもない言葉に開いた目に見えたのは、ガラスの中のつくしを見つめる司の痛みを感じたような表情だった。
司は手を下ろし、つくしから顔を逸らし、背を向けた。
と、つくしは無意識に体が動き、気づけば司の手首を掴んでいた。
高価な腕時計をした鋼のような手首。
首から手を離してほしくてそれを懸命に掴んだのは昨日のことだった。
しかし今日は自分から離れてほしくなくて掴んでいる。
そうじゃない、怖いからじゃない、と誤解を解きたかった。
司がゆっくりと振り向いた。


「あの、違うの。怖くない。司が怖いとかじゃ…ない。」


つくしは自分の頬が熱を持つのがわかってつい顔を逸らした。


「えっと、上手く言えないけど、そうじゃないから。」


昨日の今日でどうして怖くないのか、つくしにも不思議だった。
あんな怖い目に遭ったのに、あんなことを強要されたのに、それなのに司が欲しいと思ってしまった。
昨夜の行為はもっと抵抗することもできたはずなのに、途中からは女の本能が司を求めて受け入れていた。
そして司のあの言葉が、これまで強張って殻に閉じ込めていたつくしの ” 女 ” を開花させたのだ。


「じゃあ、なんだ。俺を避けてるその態度の理由はなんだよ。」

「避けてなんか…」


避けてる。自覚はある。
でもその理由を説明することはできない。
そんなことは口が裂けてもつくしは言えなかった。
「抱いてほしいからだ」なんて。

その時、ダンッという音と共に、つくしは防弾仕様になっている窓ガラスに追い詰められ、閉じ込められた。


「これでも怖くないか?」

「怖く…ない。」


怖くはないが、顔が近くて恥ずかしい。
だからつくしはやっぱり顔を逸らした。
それが司の中の恐れを消してくれない。
つくしに恐怖を植えつけてしまったのではないか、そしてあんな屈辱的なことをさせた男を軽蔑しているんじゃないか、だからもう本当に望みを失ってしまったんじゃないか、そのことが司は怖かった。
だから司はつくしの真意を確かめようと、昨日と同じようにつくしの髪を撫で、頬を撫で、その手をスカーフが巻かれた首に添えた。
そしてつくしの耳許に唇を寄せてささやいた。


「つくし…」


その瞬間、司の手の中からつくしが消えた。










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2020.05.18
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2020.05.19
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