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涙がやっと落ち着いて、個室から出て手を洗い、パウダースペースに腰掛けて申し訳程度のバッグから出した化粧品で化粧を直して、大きな鏡に写る自分を思わずまじまじと見つめた。

普通…

ブスじゃないとは思うけど、取り立てて美人てわけでもない。
いや、もしかしたらあの美貌の夫の隣に立てば、ブスに見えるかもしれない。
総帥も社長も落差とかバランスってものを考えなかったんだろうか。

あの人、華園さんとおっしゃった女性…ステージで司と並んだ時、とってもバランスが良かった。
背丈やスタイル、あの美しさも。
お似合いってああいうことを言うんだなって素直に思えた。
きっと二人のダンスは見事なものだったんだろう。


「ハァ…」


こういう公の場に出ると今まであのお屋敷でどれだけ甘やかされていたかわかる。
何も持たないあたしが、なんの因果か道明寺司の妻になり、身に余る待遇で迎えられ、使用人にかしずかれ、一から教育を受けさせてもらって。
なのに何もかもが付け焼き刃で、司に恥をかかせちゃったよね。

何か一つでも秀でていれば…
容姿か家柄か能力か。
何か一つでもあの夫の隣に立つ自信を持てれば…
妻として堂々としていられるだろうに。

メイク台に肘をついて思わず額を抱えていたつくしは背後からの声に顔を上げた。


「もしや、道明寺夫人でいらっしゃいます?」

「え? あ…はい…」


“ 道明寺夫人 ”


他人からそう呼ばれたのは初めてだった。
振り返ると3人の女性が立っていた。
どの女性も豪華なスーツやセミアフタヌーンドレスや宝石で美しく着飾り、それなりの身分であることが窺えた。


「はじめまして、私、浅井百合子と申しますの。こちらは私のお友達です。」

「はじめまして、奥様。鮎原エリカです。」

「山野美奈子です。」


つくしは立ち上がり、いつもの癖で頭を下げたくなるのを堪えた。


「はじめまして、道明寺つくしです。皆さま、英徳学園のご出身でいらっしゃいますか?」


このフロアには大広間しかない。
だからこのフロアにいるということは即ちそういうことだろうとつくしは問いかけた。


「ええ、もちろんです。幼稚舎から大学までを英徳で過ごしました。奥様も英徳のご出身ですか?」


浅井は慇懃な態度だった。
なのになぜかそこに蔑みを感じるのは卑屈すぎるというものだろうか。
つくしは初対面の相手に自分が抱いた印象こそ無礼なものだと感じて、他愛もない会話に鷹揚に応じることにした。


「いえ、私は、」

「そう言えば、先程の華園様と道明寺様の睦まじいツーショット、奥様にはショックだったんじゃありませんか?」


つくしの言葉を遮ったのは鮎原エリカだった。
違和感を禁じ得なかったが、それでもつくしは今度は鮎原の問いかけに答えようと口を開いた。


「そんなことは、」

「ちょっとエリカさん、失礼なことをおっしゃらないで。道明寺様だって昔の彼女よりも今は奥様を大切になさってるわよ。」


そう言って侮蔑の視線を送ってきた山野美奈子に、さすがのつくしもこの3人の意図に気がついて黙り込んだ。
そんなつくしの様子にほくそ笑んだように見えたのは浅井百合子だった。


「あら、奥様、もしかしてご存知ありませんでした? 華園様は道明寺様の元恋人でらっしゃいますのよ。それはそれはお似合いのカップルで、私たちの憧れだったんです。なんせ華園様はあの華園グループ会長の孫娘でありあのお美しさ。私たち、お二人はそのままご結婚なさると思ってましたのに、別れられたと聞いた時には残念でしたわ。」

「百合子、その話、別れたのは道明寺様のお母様が反対なさったからだって聞いたわよ。華園様は一人娘。会長が道明寺様を婿に欲しがったからだって。」

「つまりエリカの話ではお二人は愛し合っていたのに引き裂かれたってことになるわけね。もしかして、今も…? あー、そうだったら素敵だわぁ。あのお二人のダンスはそれはもう、息ひとつ乱れずに見事なものでしたものぉ。あのお姿がまた見たいわぁ。」

「美奈子、奥様の前で失礼よ。いくら奥様のダンスが…プッ!」

「そう言うエリカこそ失礼じゃない。でも、道明寺様の奥様になられるほどの方だから、ダンスくらいは華園様以上かと思いましたのに…。あら、いけない。奥様、お気を悪くなさらないでくださいね。」


浅井百合子とその取り巻きらしき二人は、つくしに視線を送りながら、ニヤついた顔で聞こえよがしに言い合った。
どんなに高価な宝石で飾り立てていても、内面の醜さは外面に表れるものなんだとつくしは唖然とした思いで見ていた。
つくしは出来ることなら拳で反撃したかったが、まさか今の立場でそんなことができるわけがない。
ぐっと握り締めた手を片手で覆って怒りを隠し、煽られて相手の思うツボの失態をしないように努めて冷静な口調で答えた。


「気を悪くなんてしません。華園様は本当に素敵な方ですもんね。確かに、あんな素敵な方が妻なら夫も自慢になったでしょうね。」


つくしの言葉に3人は我が意を得たりとばかりに、もう今はつくしへの蔑みを隠そうともしなかった。
腕を組み、顎を上げ、見下す視線はまさに蔑視だった。
浅井百合子がはっきりとした嘲笑を浮かべた顔で言った。


「身の程だけはわきまえていらっしゃるようで安心しましたわ。でもそれなら話が早いですわね。道明寺様の妻の地位にしがみつくようなみっともないマネはお止めになって、私たちのようにもっと相応しい女性に譲るべきですわよ。ねぇ? 皆さん。」

「そうよ、私たちは時間もお金もたっぷりかけた最高の女なの。道明寺様のような最高の男性には私たちみたいな女こそ相応しいのよ。」

「それをよもぎだかつくしだか、雑草の名前をした女になんて横に立たれちゃ堪らないわよ。道明寺様がお優しいのはね、物珍しいからよ。珍獣は暇つぶしの遊び相手にはちょうどいいからよ。すぐに飽きて捨てられるのがオチなんだから、惨めになる前にさっさと自分から離婚届に判を押して出て行くことね!」


3人はパウダールームの入り口を塞ぐように立ちはだかって、その醜悪な顔には勝ち誇ったような優越感が浮かんでいた。
つくしは久しぶりに怒りが体に漲るのがわかった。


他人から見ればそれが答えなんだろう。
わざわざ言われなくても自分が一番身に染みている。
でも、それでも華園公子が直接、言ってくるならまだしも、なぜこんな下衆な女たちに言われなければならないのか。
それも司のことまで馬鹿にしたような言い方で。
あいつが道明寺家の後継者として、どれだけの覚悟を持ってあたしと夫婦になってくれたか、そしてあたしを妻として大切にしようと努力してくれてるか。
そういう司の真剣な思いまでこんな人たちに穢されてたまるもんか!


つくしは燃えるような目をして浅井たちを睨みつけ、持って行き場のない拳を無意識にパシッと掌に打ち付けた。


「あなたたちがあいつに相応しいって!? チャンチャラ可笑しいっての!!」


しかし、つくしの怒りなど歯牙にもかけず、浅井が後ろの二人に顎をしゃくった。


「ほら見て、本性を表したわよ。」

「本当! お育ちが悪いとこれだから。」

「嫌だわぁ。こういう人種とは同じ空気も吸いたくないわぁ。」


高笑いを始めた3人に、つくしはツカツカと歩み寄ると、浅井の横、パウダールームのオーク材の壁に拳を思い切り打ち付けた。
ガッと激しい音がして、3人は動きを止めた。


「言われなくても、あいつにはあたしが世界一素敵な女性を見つけるつもりです。でも天地がひっくり返ってもそれはあなたたちじゃないわよ。あんたたちみたいな性格の醜さが顔にまで出ちゃってるような女、1ミリも近づけない。あの人の視界にさえ、絶対に入らせないから、覚悟しといて!」


そう言い放つと、つくしはメイク台に置かれた自分のバッグを掴んで、3人の間を抜けてレストルームの出口に向かった。


「待ちなさい!」


その背中を浅井の声が追いかけてきた。


「庶民の分際で、私たちにそんな口を利けるのも今だけよ。道明寺様の妻の座を降りたら、容赦しないから!」


つくしはゆっくりと振り返った。


「降りたら? 降りなくても司が好きなら今、向かってきなさいよ。あたしから奪ってみなさいよ。できないのはあんたたちが見てるのは司じゃなくて、道明寺の名前だけだからでしょ? 名前におもねてすり寄って、あたしがあいつの女のうちは手を出さないって!? そんな人間、あたしは怖くない! いつでも受けて立つわよ!!」


その時、レストルームのドアがノックされた。


「奥様? どうかなさいましたか?」


それはつくし付きの女SPだった。
つくしのただならぬ声が外にまで漏れていたのだ。


「なんでもありません。大丈夫です。」


つくしは浅井たちに背を向けてレストルームを出た。









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2020.04.01




レストルームを出たところにはつくし付きの女SPが不安そうな顔をして立っていた。
レストルーム内のあの屈辱的な会話を聞かれていただろうか。
いや、きっと内容までは聞こえていないはずだと自分に言い聞かせた。
聞かれれば報告されるに違いない。
司には知られたくなかった。



ホールのロビーに向かうと人でごった返していて、女SPがヘッドセットで司付きのSPと連絡を取りながらつくしを庇うようにして司の下に誘導した。
でも、本当は司の顔を見たくなかった。
このまま屋敷に帰ってしまいたかった。
それほど、今のつくしは惨めな思いを噛み締めていた。


「おう、つくし! こっちだ。」


しかし無情にも、つくしは親友と一緒にいる司に早々に見つかった。


「ありがとう。」


離れようとする女SPにそう告げると彼女は少しだけ笑みを見せてくれた。


「つくし、長かったな。腹、痛いのか?」


司の身も蓋もない言葉で出迎えられ、つくしは真っ赤になった。


「司〜、お前なぁ、マジでそういうとこだからな。」

「道明寺家はシキタリを考え直すべきだな。結婚まで女とまともに絡んだ経験がないとこうなるって見本だぞ、お前は。」

「つくしさん、大丈夫?」

「お前らこそまだ独身なんだから経験ないだろうが! 類、お前はつくしに近づくな!」


そう言った司に抱き込まれ、司オリジナルのパフュームに包まれた。
いつもならうっとりとして力が抜けてしまうその香りも、今はつくしの空虚さを浮き彫りにするだけだ。
つくしはやんわりと司の腕の中から抜け出し、一歩距離を取った。


「つくし?」

「あの、ごめん。」


司から顔を背けたつくしを総二郎が覗き込んだ。


「つくしちゃん、俺らこれからあきらんとこの別宅に行くんだけど、司と一緒に来なよ。」

「総二郎、お前は人の嫁を勝手に誘うな!」

「お前が煮え切らねぇからだろ。どうせ屋敷には帰らずにつくしちゃんとどっかにシケこもうと思ってたろ。」

「うっ…」

「なら一緒に行こうぜ! あそこには離れもあるから二人きりにしてやるよ。な、あきら。」

「ああ、風呂もついてるから、ゆっくりできる。妹達も来るんだ。夕食だけ付き合ってくれたらいい。」


あきらの言葉につくしはパッと顔を上げた。


「妹さん達が? あの可愛らしい双子の?」


つくしが喰いついたのを見て、あきらの顔がフワッとした笑みになった。


「うん、つくしんさんはうちの妹達に会ったことがあったよね。また会いたい、連れて来てくれってせっつかれてね。きっと楽しいよ。どう?」

「はい! 私もお会いしたいです!」

「おい、つくし!」


先ほどとは打って変わったつくしの明るい顔に、司はなんだか面白くない。
つくしがあきらに楽しげな様子を見せるのも、そんなつくしをあきらが優しく見守っているのも、とにかくつくしの気が自分ではない人間に向いているのが面白くない。

普段、屋敷の中だけで会っているとわからなかったつくしの表情の豊かさや明るいオーラ、自分の友人達に歓迎される裏表のなさが外で見るとなお一層輝いて見えて、自分だけが独り占めしていた顔を他の人間、こと男に知られたくないという思いが湧き上がった。
だから司はつくしを強引に引き寄せた。
ウエストに腕を回し、あきらから引き剥がすようにして背後から抱き込んだ。
これは自分のものだと主張するように。


「なんだ? 司、どうした?」

「俺たちは行かねぇから。」

「えっ?」


つくしが背後を仰ぎ見た。


「クックック…司、お前、分かり易すぎ!」


口を尖らせて憤慨する司の様子に、その心情を察した総二郎がこみ上げる笑いを押し込めるように手で口元を覆った。


「あー、お前がこんなに可愛い男になるなんてなぁ。結婚って怖いなぁ。な、つ・か・さ・くん!」


総二郎が司の頭をグシャグシャとかき混ぜた。


「総二郎、手ぇ離せ! 俺たちは帰る! つくし、行くぞ。」


そう言って司はつくしの腕を掴んで出口に向かい始めた。
焦ったのはつくしだ。
さっき、レストルームであの3人にした宣言は本気だ。
司に似合う、そして司が愛せる素敵な女性を見つけようと本気で決意したからには、可能性のある女性には会っておきたい。

一度だけ美作邸で会ったことがあるあきらの妹達。
まだ子供だったが、それでも二人とも可愛らしく美しく、将来が楽しみだろうと思ったのだ。
それにこの人格者であるあきらの妹ならばなおのこと、きっと人柄も良い子達に違いない。
だったらあの子達があと数年して大人になれば、司が気にいるお嫁さん候補になるかもしれない。
だからもっと良く知り合いたかった。
それには今日のお誘いは有り難く、ぜひ、行ってみたかったのだ。


「司、待って! 止まって!」


痛いほど腕を掴まれ、足がもつれながら早足の司についていくのがやっとで、立ち止まって引き止めることなどできない。
だからつくしは懸命に訴えた。


「あたし、行きたいの! 妹さん達と会いたい!」


人をかき分けてロビーに出て、係員が誘導するエレベーターに乗り、控え室に使ったスイートのあるフロアボタンを司が押した。
やっと放された腕をさすりながら、つくしはそれでも司に訴えた。


「帰るんじゃないの? 帰らないなら美作さんとこに行きたい。」

「…うるさい」

「司、」


ポーン…と、エレベーターは到着し、ドアが開いた途端にまた腕を掴まれ、ズンズンと歩かされる。
部屋に入っても、森川も島田も帰っていて誰もいなかった。


「なんで…ここに…」


二人きりなんて嫌だ。
今は司と向き合いたくない。
掴まれている腕に伝わる司の手の温かささえ、今は鬱陶しい。

つくしはあの3人に、司が華園公子と交際していた、彼は彼女に恋をしていたと聞かされた時から吐き気がしそうなほどの胸のムカつきを覚えていた。

わかってる。
この感情がいかに理不尽か。
でもどうしようもなく腹が立つ。
そう…これは嫉妬だ。

女性と親しくしたことないなんて島田さんは言ってたけど、それは島田さんが知らなかっただけだった。
実際にはきっと何人も彼女がいたし、キスもしてたんだ。
そりゃそうだよね。
あたしにだって彼氏がいたくらいなんだから、司ならなおのこといるでしょ。
その一人が目の前に現れたからって、あたしが怒る謂れはない。

でもあの人に触れた手で触れられたくない。
あの人にしたキスをされたくない。
だって、あの人には恋する気持ちでしてたことかもしれないけど、あたしにはただ結婚したからってだけなんだもん。
そこに司の意思はカケラも反映されてない。
義務…
そうだ、あたしは義務で触れられたくないんだ。


掴まれた腕を引いて司から逃れようとするつくしに、得体の知れない焦りを募らせた司は再びつくしを抱きしめた。


「はな…して…」

「どうして、」

「え?」

「なんで嫌がるんだよ。夫婦だろ。」

「……っ」


夫婦…じゃなかったら、夫婦としてじゃなく、ただの男と女として出会っていたら、果たして自分は司の腕の中にいただろうか。
そうなれただろうか。

そんなことを考えると、泣きそうなほど悲しくなる。
だってあり得ないから。
ただの牧野つくしのあたしなんて、目にも留まらない。
そもそも出会うはずもない。
きっとすれ違うこともなく、互いに別の相手と違う人生を過ごしていたはずだ。
なのにここにいるのはあたしで、司はあたしを一生懸命に受け入れようとしてくれてる。
それが哀しい。
そうさせている自分が哀しい。

もういっそ全部投げ出して逃げ出せれば楽なのに、そうすれば司を解放してあげられるのに、包み込んでくれるこの腕を失いたくない想いの方が強くて、つくしは自分の身勝手さを詫びることしかできなかった。


「…ごめん。」

「いや、まぁ、謝んなくていいけど…」


今度はつくしが司にギュッと抱きついた。


「本当に、ごめんなさい。」

「つくし? どうしたんだよ。お前、おかしいぞ。」


司の胸に俯いていたつくしはドンッと司を押し除け、背中を向けた。


「帰ろう。その前にちょっとお化粧直してくるね。」


そう言ってつくしはベッドルームに入り、バスルームに駆け込み、嗚咽が漏れないように口許を両手で押さえた。










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  明日からしばらく休載します。


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2020.04.02




皆様、ご無沙汰しております。
休止中にもかかわらず、訪問してくださっている方や気にかけてくださっている方、ありがとうございます。

いよいよ緊急事態宣言が全国に発出されたわけですが、いかがおすごしでしょうか。
不安だったり、不満だったり、いろいろな負の感情に苛まれている方もいらっしゃるのじゃないでしょうか。
そんな時だからこそ、少しでも現状を忘れられる楽しいお話を書きたいのですが、現在、超スランプに陥っております。

そもそも忙しくて書く時間がなかったのですが、この数日、やっと少し時間ができてスマホに向き合ったり、音楽を聴いたりしています。
そして「夫婦恋愛」の続きを妄想しようとするのですが、世界が広がらない。降りてこない。
いや、あらすじは決まってるんです。
ラストシーンも決まってます。
ただそこに向かう詳細な文章が、書き方を忘れたように浮かびません。

というわけでリハビリで全く関係ない短編を書くことにしました。

それを書き上がり次第、更新しようと思っています。
現在の状況下での司つくしを描いております。
ちょっと説教臭いかもしれませんが、よかったら覗いてみてください。


「夫婦恋愛」の再開はまだ先になりそうです。
待ってくださっている読者様には申し訳ないです。
もう少し落ち着いたら腰を据えて取り組む予定です。


では、近況報告まで。
皆様、どうかご自愛ください。


                 nona









2020.04.18




WHOが新型コロナウイルスによるパンデミックを宣言して1ヶ月あまり。
俺はやっと日本に帰ってきた。
しかしプライベートジェットを降りた俺は、目の前にはあいつがいる邸があるってのに反対方向に歩を進め、離館で2週間の隔離生活を送ることになった。




NYの状況は酷いもんだった。
老若男女、誰もこのウイルスからは逃れられない。
文化的な人と人との距離感や日本にあってアメリカにはない生活習慣のために、人々は容易く斃れていった。
道明寺のNY社屋も早々に閉鎖し、社員は自宅待機、そしてテレワーク。
しかしそれだって限界がある。
テクノロジーがどんなに発達しようとも、人が生きていくためには直接のコミュニケーションも絶対的に必要だということを肌で感じた1ヶ月だった。

仕事をするには仲間も相手も必要だ。
飯を食うには料理が必要で、食材が必要で、食材を手に入れるためには小売りが必要で、流通が必要だ。
そしてもちろん製造も。
それらの全てを無人化することは不可能で、人は一人では生きられないとうことを痛感した。

そんな俺の隔離生活には相棒が一緒だった。
秘書の西田だ。
一時的な女房役とでも言うのか、離館の入り口に毎日置かれる食材で西田が飯を作ってくれた。
牧野に鍛えられた舌と胃袋は西田の庶民飯も容易に受け入れた。


「まさか私の手料理を司様に召し上がっていただく日が来るとは。世の中。捨てたもんじゃありませんね。」


そんなことを言って少し笑ったように見えたのは隔離開始何日目だったか。
俺が渡米した時は教育係として、そして帰国してからは秘書として共に仕事をしてきた西田が人間だと実感したのは初めてだったように思う。


「俺もまさかお前の飯を食うことになるとはな。玉子焼きの味が牧野と違うけど、ま、それは愛嬌だな。」

「庶民の料理はそれぞれの家庭で味が違います。牧野様の玉子焼きが恋しいですか?」

「…恋しいのは玉子焼きじゃねぇよ。」


恋しくて恋しくて、病んでしまいそうになるのは今に始まったことじゃないが、今回は堪えた。
だから会えたらあいつの温かい体を抱きしめて、優しい香りを吸い込んで、太陽みたいな笑顔を間近で見たい。
そしてちょっとからかって、照れて赤くなったところにキスをする。
もっと茹で蛸みたいになって怒り出すあいつにさらにキスをして、大人しくさせたい。
そこからは流れるようにベッドに……


「…さま、…かさ様、司様!」


ハッ


「ンだよ、邪魔すんじゃねぇよ!」


牧野欠乏症を拗らせて無意識にトリップしてたわ。
無理もねぇよな。
あいつと離れてもう3ヶ月も経ってんだから。

中国でヤバいウイルスが広がってるって報告を受けたのは12月だった。
それがまさかと思っていた新たなウイルスで、パンデミックは確実だと判断したババアが俺をNYに呼び寄せたのが1月の半ば。
そこから怒濤のパンデミック対策に奔走した2ヶ月だった。
日本への帰国命令を受けた時には、すでにウイルスはアメリカ全土を覆い尽くそうとしていた。
ババアは言った。


「こちらはもういいわ。あとは日本をお願い。世界同時恐慌、来るわよ。」


ゴクリと生唾を飲み込んだ。
鉄の女が予見しなくとも、誰もがその冬の到来を肌で感じているだろう。
そうとなれば俺がすることはひとつ。
大切な者を守る。
ただそれだけだ。


「もう少しです。すべては牧野様を守るためです。ご辛抱を。」

「わかってる。」


でも今や俺の『大切な者』は牧野だけじゃない。
俺たちを取り巻き、支えてくれる全てが大切なものだ。



そんな思いを深める2週間を過ごし、やっと隔離が解けた俺は何も持たずに体一つで牧野のいる邸に駆け出した。




***




「おかえりなさいませ。」


エントランスで俺を出迎えた執事の遠山はイエロードットのマスクをしていた。
モーニング姿とそのポップなマスクの対比に思わず足が止まった。


「皆、無事か?」

「はい。通いの者は自宅待機にさせております。今は住み込みの者しかおりません。ご不便をおかけします。」

「いい。牧野は?」

「お部屋におられるかと。」


俺は早足で牧野の許へ向かう。


「牧野!」


人が減って静まりかえった邸内で、俺の声が響いた。
だがいくら静かでもあいつの部屋に届かないことはわかっている。
それでも逸る気持ちが抑えられない。

あいつが邸に住むようになったのはおよそ1年前だ。
俺は約束通り4年で帰国を果たし、大学4年になっていたあいつに同居を提案して説き伏せたのは去年のGWだった。
時代が平成から令和に移り変わったのと時期を同じくして俺たちの関係もステージを変えた。

それからは毎日が楽しくて楽しくて。
あいつと出会ってから幸せや面白さってものを発見するばかりだったけど、毎日が楽しいって経験は初めてだった。
だからそんな日々が目に見えないものに侵食されていく今の状況は、時に叫び出したくなるような強い不安を呼び起こした。


「牧野!」


長い廊下をあいつの部屋に向かうと、角からピンクのストライプのマスクを付けた使用人が出てきた。


「司様、おかえりなさいませ!」

「牧野は?」

「お部屋におられます。」


俺はやっぱり駆け出した。
牧野に会いたいと思う時だけ、この邸が広いと感じる。
あいつの部屋はまだ先かよ!

やっとドアが見えてきた。
と、牧野の部屋から今度はデニム色したマスクをした使用人が出てきた。


「司様! おかえりなさいませ!」


そいつは俺に深々とお辞儀をしてドアの前から退いた。
ってか、さっきからこいつらのカラフルなマスクはなんだよ。
俺がアメリカから送ったマスクはどうした?
なんて俺が一瞬、気を取られた隙にドアから愛してやまない女が現れた。


「道明寺!」

「おう! 帰ったぞ! 2週間の隔離も無事に明けた。もう大丈夫だ!」


化粧っ気のない顔にデニムにTシャツ、パーカー姿は相変わらずだが、少し伸びた黒髪が会えなかった時間を表していた。
4年も離れていた時間を耐えたのが信じられないくらいに、牧野は俺が生きていく上での太陽で水で酸素だ。
両腕を伸ばして胸元にすっぽりと収まる小さな体を抱きしめ、牧野の香りを吸い込む。
途端に体の強張りが溶けていくような安心感に包まれて、そして顔を上げた牧野の大きな瞳に俺が映るのが見えれば3ヶ月間、種火のように押し込めていた愛しさが一気に花開いた。


「おかえり。」

「会いたかった。元気だったか?」

「元気だったよ。道明寺は?」

「元気だ。」

「お父さんやお母さんも? お姉さんも? 西田さんやNYの皆さんもお元気?」

「ああ、みんな大丈夫だ。」

「そっか、よかった。…ちょっと痩せた?」


牧野は俺のウエストに腕を回した。
NY出張中は暇を見つけては牧野にフェイスタイムで連絡を取っていたが、帰国してからの2週間は牧野とのつながりを絶っていた。
時差のない同じ国土を踏んでいて、庭先を少し歩けば会えると思ってしまったら隔離の2週間が耐えられなくなりそうだったから。
だからお互いに顔を見るのは2週間ぶりだった。


「この2週間、西田の飯を食ってたんだ。お前が作るメニューと同じでも味が違うのな。それでじゃね?」


牧野はクスッと笑った。


「NYが大変だったんでしょ? 西田さんのせいにしちゃだめだよ。」


こうして嗜められるのにも愛を感じてくすぐったいなんて、俺はどうしちまったんだ。
いや、わかってる。
会えるってことが、ただそれだけのことがこんなにも嬉しい。
嬉しくて幸せで泣きそうになる。
愛する者に会えて、声が聞けて、触れられて。
他に何もいらないと思わせてくれる。

俺は牧野の頬にひとつキスを落としてから、ニヤける顔を隠すために笑って見せた。


「ね、見せたいものがあるの。部屋に入って。」


さっきの使用人はいつのまにか姿を消していて、俺は牧野の肩を抱きながら部屋に入った。


「そう言えば邸の連中、なんかカラフルなマスクしてたけど俺が送ったマスクはまだ配ってないのか?」


3月に入ってすぐに俺は空のプライベートジェットに道明寺がアメリカで生産していたN95のマスクを詰めるだけ積ませて飛ばせたんだ。
牧野と使用人全員が毎日使い捨てても2年は保つ量だ。


「ああ、あれね。寄付した。」

「は?」

「医師会に預けて「足りない医療機関に配ってください。道明寺司個人からの寄付です。」って言っといた。あ、あんたの分は残してあるから大丈夫!」


そう言って牧野は俺に肩を抱かれたままでピースサインをして見せた。
俺は思わず牧野を正面に見てその肩を揺さぶった。


「お前! 何考えてんだよ! あれは俺がお前のために、」

「うん、わかってる。ありがとうね。」

「わかってるならなんで他人にやるんだよ! さすがの俺もあの量はもう手配できないぞ!?」


パンデミックは始まったばかりだ。
この戦いは長期戦になる。
集団で免疫を獲得するのが早いか、ワクチンや特効薬が使えるようになるのが早いか。
でもどっちが早かろうが、その間の犠牲は考えるだに恐ろしい。
だから俺はそれが人の道に悖(もと)るとしても、牧野を守れるだけの量を奪い取ったんだ。
この世で一番大切な女を守るために。
それを寄付だと!?


「ねぇ、道明寺、本当にありがとう。」

「お前…何を余裕ぶったことを言ってんだよ!」

「余裕ぶってなんかないよ。あんたの気持ちが嬉しかったから言いたかったの。でもね、あたしは大丈夫。」


俺は心底落胆した。
N95はサイズと装着方法さえ守ればウイルスをほぼ通さない、最前線の医療現場で使われるマスクだ。
完成品はもちろん、材料だって各国の争奪戦になって、うちの工場もアメリカ政府への供給を余儀なくされている。
そのくらい重要な装備のひとつだ。


「あれがなきゃお前を守れねぇよ。」


俺はドサリとソファに座り込んだ。
NYで見てきた現実が脳裏に蘇る。

牧野は本当ならこの春から社会人として道明寺日本支社デビューするはずだった。
それが外出自粛で自宅待機にさせられてんだ。
この逼迫した状況で新人の面倒まで見きれないからな。
でもいずれ緊急事態宣言は取り下げられ、世の中はウイルスとの共生を模索し始める。
その時、出勤すると言い張る牧野に使わせたかったのに。

緊張の糸が切れたように額を抱える俺の隣に牧野が座り、寄り添った。


「マスクならあるから大丈夫! あたしね、この外出自粛の期間に布マスクを大量生産してるんだ。」


俺は思わず顔を上げて左の牧野を見た。


「布マスクぅ!?」

「うん。ミシン買ってね。ダブルガーゼっていうマスクの材料もたくさん買ってね。でもそれだけじゃ足りないから着なくなった服で外側を作って、内側をガーゼにしてたくさん作ってんの。好評なんだよ。」


すると牧野は立ち上がってクローゼットに消えたかと思ったら、手に大量の布切れを持って戻ってきた。


「ね、見て見て! これはね半袖のブラウスの生地で作ったの。サックスブルーで清潔感あるでしょ? こっちはワンピースだったの。あたしって物持ちいいからさ、中学生の時の服だったんだけど、いい具合に生地が柔らかくなってて縫い易かったんだ。他にもねぇ、」

「ちょっと待て。てことは使用人どもがしてたのはお前が作ったのか?」

「そう。」

「お前が着てた服の?」

「そうそう。」

「遠山のあの黄色いのも?」

「ああ、あれね。前にパジャマにしてたやつ。洗ってあったけど作る前にもちゃんと洗ったから…え…どしたの?」


俺は立ち上がり、壁に掛かった内線の受話器を取った。


「……俺だ! 遠山を出せ! ………お前、今すぐそのマスクを外してランドリーに持っていけ! 牧野のマスクをしてる男は全員外させろ!!」

「道明寺!? 何言ってんのよ!」


振り向くと、牧野が手にいっぱいのカラフルマスクを持って俺に詰め寄った。
それを牧野から奪い取ってソファテーブルに投げ出すと、俺は牧野の腕を強く引いて抱きしめた。


「お前が身につけてた物を俺以外の男にくれてやるなんてバカじゃねぇ…?」

「な、なに言ってんのよ! あんなの古着のハギレなのに。」

「お前の肌に触れたもんだろうが!匂いだって染み付いてるし。」

「匂いなんてついてない! ちゃんと洗濯してたもん!」

「そういうことじゃねぇよ! バカヤロウが…」


大事な大事な女を胸に抱く。
ほんっとにこいつは何にもわかってない。
俺がどんなに愛してるか、とか、本当は他の人間と同じ空気も吸わせたくない、とか、小さくしてポケットに入れて連れて歩きたいくらいだ、とか。
なのにお前が愛用してたものを男にやった!?


「マスクなんてずっと匂いを嗅いでキスしてるようなもんじゃねぇか!」

「はぁ!?? な、何考えてんのよ! 変態!」

「お前な、俺の感覚は普通だ! じゃあお前は俺の古着で作ったマスクを他の女に配れんのかよ!」


ん?待てよ。ここで「配れる」って言われたら話は俺の負けで終わるな。
しかし俺は振り上げた矛を収めることもできずに、牧野をじっと見下ろして返事を待った。


「そっ、それは……ヤダ…ね…」


そう言って口を尖らせて目を泳がせた牧野が超絶に可愛くて、その返事が嬉しくて、抱きしめる腕に力がこもった。


「だろ! だから俺が送ったのを使えばよかったんじゃねぇか! あれなら確実に人から人への感染を防げる。」


8割が軽症とは言っても、牧野が軽症で済む保証はどこにもない。
健康な若い奴だって重症になる可能性はあるんだ。
だから守りたいのに。
俺にできるのはこれくらいしかないのに。


「道明寺の気持ちはよくわかってる。あたしたちを守りたいと思ってくれたんでしょ? ありがとう。自宅待機してる使用人さんたちに全額補償してくれてるのも知ってる。医療者のための装備品の生産を強化したり、グループ全社を挙げてワクチンや特効薬の開発に当たったり、経済対策とか在宅勤務のためのシステム開発とか、あんたはあんたにできることを全力でやって皆を守ってる。だからあたしも何かしたかったの。」

「だからってあれを他人にやることなかっただろ。置いといたって腐るもんでもねぇのによ。」

「置いとくなんてもったいないよ。N95のマスクを切実に必要としてる人がいるんだから、その人たちに使ってもらわないと。あたしや邸の皆さんは飛沫を防げる布マスクでも十分。洗えば繰り返し使えるし、サージカルだってまだ少し残ってるしね。」

「いや、ダメだ。お前もいずれは出勤しなきゃならなくなる。その時は俺に残してるってさっき言ってた分を使え。」


抱きしめられていた牧野の腕が俺の背中に回り、牧野は俺の鼓動を聞くようにピッタリと横顔を寄せた。
ベッド以外で牧野から甘えてくるなんて超レアなことで、会話の流れも忘れて何が起こるのかと息を潜めた。


「あのね、あのさ………好きだよ。」

「…っ」

「道明寺がNYに行ってる間、すごい不安で、あたしはこういうこと、普段はちゃんと伝えてないなってすごく後悔した。」


だったら目を見て言えよって出掛かったけど、きっと牧野は照れて顔を赤くしてんだろう。
だからこそ真実味があって、結局、俺はそういう牧野が好きで、こいつが「好き」を平気で大盤振る舞いするような女だったら惹かれてない。

俺も牧野を抱きしめ直して、髪を撫でた。


「言われなくてもお前が俺に惚れてることぐらいわかってる。でも…そうやって言葉にしてくれて嬉しい。俺もお前が、好きだ。好きだって言葉じゃ足りないくらいだけど。」

「そうやっていつも道明寺は言葉にしてくれるよね。ありがとう…だからあんたがあれを送ってくれた意味もよくわかった。今、自分にできる精一杯で大切な人を守りたい。きっと世界中のみんな、同じ気持ちだと思う。でもその大切な人には見ず知らずの他人も含まれてるんだよ。」


牧野は顔を上げて俺を見上げた。


「道明寺や家族や友達やお邸の皆さんだけじゃなく、あたしたちの生活に関わる全ての人が大切な人たちで、あたしはそういう人たち皆に守られてる。本当は皆に「ありがとう」を伝えたい。でもできないから、身近な人を守ることで大勢の見知らぬ誰かを守れると思うんだ。」

「ん…」

「だから道明寺は特効薬ができるまで、絶対に感染しちゃだめなんだよ。」

「ん…?」


俺を見上げる大きな瞳が情熱で煌めき始めた。
マズイ…こいつがこういう目をする時はすげぇ燃えてて絶対に引かない時だ。


「道明寺や道明寺のお父さんやお母さんが感染することで与える影響はあたしみたいなルーキーが感染するのとは訳が違うでしょ?」

「だから?」

「だからあんたはあたしが守る! あんたを守ることでその後ろにいるたくさんの大切な人々を守れるもん。ね、だからあのN95マスクは道明寺が使って。」


そういうことか。


「ハァ…お前はやっぱり本当に何にもわかってないな。」

「何よ、わかってるわよ。」

「わかってねぇよ!お前になんかあったら、俺は簡単に潰れるんだよ!」

「なっ…え…?」


ほらな、思いっきり「??」って顔をして首を傾げてやがる。


「お前になんかあったら俺は仕事どころじゃなくなる。隔離されて会えなくなったら俺の活動は停止する。だから俺を守りたいなら、お前は自分を守ることを優先すべきなんだよ。」

「なによそれ。わかんないわよ。」

「つまり、俺たちは互いが一番大切だってことだろ!」


これ以上は何を言っても牧野は引かないと知ってる俺は、堂々巡りの議論にさっさと見切りをつけた。
それにさっき確かに告られたんだ。
話はもういいだろう?
3ヶ月ぶりに会った恋人同士が愛を囁き合ったら次にすることはその愛を確かめ合うことだ。
俺は牧野を抱き上げ、寝室に向きを変えた。


「ちょっ、待って! どこ行くの!? まさか、」

「なぁ、俺にもそのマスク、作ってくれよ。」

「そりゃいいけど、って、そっちはベッド!」

「俺にはあれな。NY行く前の晩に着てたネイビーのキャミな。」

「そんな下着なんて…ちょっと、道明寺!」

「わかった、わかった。」


牧野の部屋の寝室に入り、ボフンッとバウンドさせてベッドに下ろせば、これから俺がすることはひとつだと今の牧野はわかってる。
被さって頬を撫で、髪を梳き、その瞳を覗き込んだ。


「なぁ、牧野、マジだからな。お前が自分を大切にしなきゃ、それは俺を蔑ろにしてるのと同じことだからな。」


牧野の柔らかな手が俺の前髪をかき上げた。


「…だからあんたを大切にしたいんじゃん。あんたに何かあったら、あたしだってダメになる。なんせあんたが刺された時に経験済みなんだから。」


予想外の言葉がジワジワと染みてくる。


「そっか、俺たちの気持ちはひとつってわけだ。じゃ、体も一つになるか。」





愛する者を守ることは、彼女を取り巻く全てを守ること。
それに気づかせてくれたことにだけは「ありがとう」と言おうか。
でも最後に勝つのは俺たちだ。
その道のりにどんな忍耐が待ち受けていても、必ず乗り越えられる。

それは俺たちの愛くらい確かなことだから。






賢者の贈り物 【完】








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2020.04.19




皆様、こんばんは。


先日は「賢者の贈り物」へのたくさんの拍手やコメントをありがとうございました。
全て読ませていただいております。
返信は遅くなると思いますが、必ずさせていただきます。

あの話は閉塞感のフラストレーションが溜まりに溜まって生まれました。
ネットもメディアも誰かが誰かの批判合戦。
それも必要だと言う人がいらっしゃると思いますが、でも疲れました。

これじゃ人々の精神までが病んで、蝕まれてしまう。
そんな焦燥感がありました。
だからキレイ事かもしれないけど、つかつくに『大切な愛』を語ってもらいました。
感謝、思いやり。
それを忘れたくないなっていう自分への戒めもありました。

だから多くの方に受け入れていただけて本当に嬉しいです。
改めて、皆様への感謝の念に打たれました。




しかし、それでも「夫婦恋愛」は止まったまま。
本当に申し訳ありません。
いつになるのかな・・・再開できるのは。


で、ですね、
連載休止中なのに、その次の連載を何にするかが気になりまして・・・アホでしょ?

寝かせてるネタがたくさんあります。
本来は私の中で連載順を決めていたのですが、世情を鑑み、皆様のご意見を聞いてみようと思いました。
・・・それに、この自粛生活の中で少しでも皆様の息抜きになれば、というおこがましさも含んでおります・・・


そこで!


『 第一話祭り 』


を、開催します!

『第一話祭り』カテゴリに4つの話の第一話をアップしております。
(日時は運営の都合上の仮です。)
それぞれお読みいただき、拍手数やコメントの数、内容など総合的に判断して、「夫婦恋愛」の次のオモテでの連載を決めたいと思います。
どの話も前置きなしです。
長短ありますし、実際に連載する時には修正することもあると思います。

そのことをご了承いただき、推しの作品には拍手やコメントで反応をお寄せください。

ただ、何が人気で何が不人気でも、最終的には全部連載しようとは思っています。



それでは、よろしくおねがいします^^


                  nona











2020.04.24




道明寺が帰国して2年。
私たちは長い婚約期間をあと3ヶ月で終えようとしている。


「俺はネイビーがいいな。」

「いやシルバーだろ。」

「それじゃ新郎みたいじゃん。俺は黒。」

「おい、類! 黒こそ新郎の色なんだよ!」


今日は新郎に付き添うベストマンの衣装の採寸日。
道明寺に付き添うんだからメンバーはもちろんあの3人。
ブライズメイド同様、揃いの衣装で花を添えるのだ。
・・・なのに、それぞれの個性が強すぎてまだ生地も決まってない。


「ねぇねぇ、色を決めるだけでもう30分だよ? まだ先は長いんだからさ、もうネイビーでいいじゃん。」

「「「ダメ!!」」」

「・・・ハァ」


あたしは道明寺邸の応接室の窓際に置かれたソファに座り、膝を抱えていた。
今日だけ模様替えされた応接室の中央には円卓が置かれ、道明寺お抱えのテーラーが持ち込んだ布が何種類も広げられている。


「牧野がネイビーっつってんだからネイビーで決まりだ! ほら、一人ずつ採寸するから上着脱げ!」

「ねぇ司、生地だけもらってうちのテーラーで作らせちゃダメ? パターンを初めから起こすの面倒。」

「だったら俺もそうさせろよ。司のテーラーは仕事がちょっと気取りすぎなんだよ。縫い目も硬いし。俺はもっと柔らかい仕上がりが好きなんだ。」

「類…総二郎…ワガママ言うんじゃねぇ…さっさと脱げ!!」


こうして4人の貴重な休日の半分も費やして、やっと衣装のオーダーが完了した。




***




「乾杯!」


終わって道明寺の部屋に移動した。
そこに仕事で来られなかった優紀以外のブライズメイドも合流し、宴会が始まった。
F4と滋さんと桜子とあたし。
こうして集まるのは4〜5ヶ月ぶり?


「ブライズメイドの衣装は決まったのか?」


美作さんがシャンパングラスを置いた。


「うん、先週ね。まぁ、それも揉めたんだけどね。」

「だろうな。牧野、個性強いの集めすぎ。ククッ」

「ニッシーに言われたくないよねぇ、桜子。私たちなんて大人しい方だよ。」

「滋さん、『私たち』って一緒に括らないでください。」


ブライズメイドは優紀、桜子、滋さんの3人。
予想がつくと思うけど、揉めたのは桜子と滋さん。





「絶対にこっちのビオニーパープルですわ。ビオニーとは牡丹のことですのよ。道明寺さんと先輩の結婚式にはふさわしい色です。」

「えー! そんな赤紫やだ。私はこっちのロイヤルブルーがいいなぁ。ね、つくしも私にはブルーの方が似合うって思うでしょ?」

「えっ!?」

「おー、いやだ! ブルーなんてわたくしに一番似合わない色ですわ。滋さん、ブライズメイド、降りてもらえますか?」

「はぁ!? 降りるなら桜子でしょ!」

「ちょっと、二人とも! 優紀は? どんなのがいい?」

「あ、私はこのプリムローズイエローが素敵だなって、」

「「ダメ!」」





そうだ…F4のこと言えないわよ。ブライズメイドの衣装なんて発注するのに2週もかけたんだから。

でもこうしてひとつひとつの準備を整えていると、着々とその日が近づいているのを感じる。
類の計らいによってピサの斜塔で婚約指輪を受け取ったのは大学2年になる春だった。
あれから5年。
最大の試練だと思った遠距離恋愛を乗り越えてからも、山あり谷ありだったあたしたちにやっとひとつのゴールが見えてきた。
いや、中継地点、もしくは経由地と言うべきか。
結婚という名の地面に着地したら、一度しっかりと身をかがめよう。
そしてその地面を蹴ってまた飛び上がろう。
もっともっと幸福な未来へ向けて。


「ハァ…ちょっと酔っちゃった。夜風に当たってくるね。」

「大丈夫か?」


バルコニーに出ようと立ち上がったあたしに道明寺が心配げな視線を向けて来た。


「ん、大丈夫。軽く酔っただけだから。」


そう言うとあたしは東の角部屋のバルコニーに出た。
初めてここに来たのは匍匐前進だったっけ。
眼下の庭の芝生に目をやりながらあたしはクスリと笑いを漏らした。


「何が可笑しいことあった?」


振り返ると類もバルコニーに出て来ていた。
あたしの横まで来て、バルコニーの縁に両肘を乗せた。


「ううん、初めてここに来たときのことを思い出してたの。」

「秘密の交際時代?」

「そうそう。懐かしい。あの時、まさかこうなるなんて想像もしてなかった。」


ずっと一緒にいたい。
そう思っていたけど、それが結婚だなんてことにはまだ結びついていなかった幼い日。
ただ日々を過ごすのに一生懸命で、今日、そして明日、道明寺に会えらたそれで満足だった。


「本当に、牧野はここまでよく頑張ったよ。」

「ふふ、全部、皆のお陰、類のおかげだよ。」


そして道明寺がいたから。
あの憎たらしい男を、ここまで愛させてくれたあの男のおかげ。


「ね、牧野、」

「ん?」


いつでもすぐに愛しいあの人で占められてしまう思考を現実に呼び戻すシルキーテノールに、あたしは声のした方を向いた。
そこには庭の先を見つめる類がいる。


「あんたを最初に見つけたのは俺だった。」

「あはは、そうだったね。あたしが非常階段で叫んでたのを聞いてたんだもんね。」

「そしてあんたが最初に恋をしたのは俺だった。」

「え…」

「その時にあんたを見なかったことを悔やまなかったと言えば嘘になる。でも俺は、今の牧野を誇りに思うよ。」


類のビー玉の瞳は夜の中でも温かく煌めいてあたしに向いた。


「俺はあの5年間、あんたを支えたって自負がある。それはきっと俺にしかできなかったことだって。」


5年…道明寺との遠距離時代。
どれだけ遠くても、あたしの心は常に道明寺と共にあった。
でもそれは…思い切り道明寺を愛し通せたのは、仲間たちの、そして誰よりも類の支えがあったから。
それもまた道明寺への愛と共に揺るがない事実だ。


「ん…あたしもそう思う。本当に、本当にありがとう。」

「だからさ、最後にご褒美が欲しい。」

「ご褒美?」


あたしが首を傾げた瞬間、背中から強く引き寄せられた。


「る…い…?」


見えるのは類の肩。
感じるのは類の体温。
そして耳にかかるのは類の吐息だった。


「幸せになれよ。これからは司があんたを支えてくれる。どんな時も、何があっても信じることを諦めるな。」

「類…」

「そして、ありがとう…。」


類の腕がギュッとあたしを抱きしめた。
甘い、香り…
道明寺の脳も体も溶かされる香りとは違う、あたしの心を抱きしめてくれるような類の匂い。
あたしは初めて知った気がした。


「これで、終わり。」


あたしを放した類は天使のような微笑みをたたえていた。
あたしと類の間にだけ流れる時間。
この人とも確実に特別な絆があると感じた穏やかな一瞬だった。

でもその穏やかさを打ち壊す音が室内から響いて来た。


ガッシャーーン!!!


「きゃっ!」


それは道明寺が持っていたバカラのグラスをバルコニーに通じる扉に投げつけた音だった。

見られてた?
そりゃそうか。
強化ガラスの嵌まるテラス扉は透明だ。
いくら夜でも見えるよね。

グラスの砕けた音に続いて道明寺がバルコニーのテラス扉を蹴破るようにして出てきた。
その表情は忿怒に満ちていて、その瞳にギラギラと滾る炎が見えた。


「類…俺の目の前でやってくれるじゃねぇか。」


道明寺の腕があたしの肩に回されたかと思ったら、よろけるほど強く引き寄せられ、背中に隠された。


「お前もしつこい男だな。この期に及んでまだこいつを奪う機会を狙ってんのかよ。」


表面に見える怒りとは裏腹な凛と通る低い声。
その声が怒鳴るでもなく静かに類に詰め寄った。


「目の前だから抱きしめた。友情のハグだから。」


類は微笑さえたたえて肩を竦めた。


「隠れてする方が疚しいだろ? 今までもこれからも牧野と俺の友情は続いてく。それを確かめただけだよ。」

「友情だと…?」


声が凄みを増し、道明寺の背に炎が燃え盛ったのが見えた気がした。


「道明寺、怒らないで。類はあたしたちの幸せを願ってくれてるんだから。」

「お前は黙ってろ!…類、この際だから言わせてもらう。俺のいない5年を世話になったのはわかってる。そのことに関しちゃ感謝もしてる。でもな、友情だろうがなんだろうが、牧野に触れるんじゃねぇ。口も利くな。視界にも入るな!」

「なっ! 道明寺!」

「こいつは俺の妻になるんだ。男友達は必要ねぇんだよ! これを機にお前とは絶縁させるからな!」

「勝手なこと言わないで!」


道明寺の腕を掴んだあたしの手が大きな手に荒々しく引き剥がされて、そのままバルコニーから室内に連れ戻された。


「おい、司! 落ち着け!」

「司!」


あたしたちのただならぬ事態に立ち上がっていた仲間たちが道明寺を止めようとしてくれたけど、そんな声は届かないかのように道明寺はあたしを引きずりながら廊下に出た。









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2020.04.27




「ハァ…おい、類。お前もいい加減に司を刺激するのはやめとけよ。」


つくしを連れ出す司を見送り、改めてソファに腰掛けたあきらがグラスを片手に類に呆れたように呟いた。


「刺激しようと思ってしてるわけじゃないよ。俺と牧野は本当にただの友達なのに、司が勝手に邪推してるだけだろ。」


類も戻ってきてソファに寝転んだ。


「司ってさ、昔からああだよね。つくしに対する独占欲、すごいけどさ、特に類くんにはひどいね。やっぱあれかな? つくしの初恋の相手ってのが気になるのかな?」


料理やスイーツの並ぶテーブルから皿を持って戻った滋がスツールに腰掛けた。


「花沢さんはビジュアルが先輩の好みですもんね。未だに顔を赤くしたりしてるところなんかが自分に絶対的な自信を持ってる道明寺さんは気に入らないんじゃないですか?」


ソファに座り、ワイングラスを揺らして赤い液体がクルクルと回る様子をかざして見ていた桜子が脚を組んだ。


「ククッ、牧野に関して、あいつに絶対的な自信なんてねーよ。」


料理の並ぶテーブルでグラスを片手にオリーブを摘んだ総二郎が、みんなの輪に戻って司が座っていた位置に腰掛けた。


「えー、でも5年間も離れてた遠距離を乗り越えて、司のお母さんも乗り越えて、もうすぐ結婚するんだよ? それでもつくしに愛されてる自信がないなんて、司らしくないじゃん。」

「それがなー、あいつはダメなんだよ。きっと一生、自信なんてもてねーかもな。」

「一生なんて、言い過ぎじゃありません?」

「総二郎、なんでそう言い切れる?」


類以外の3人は総二郎に注目し、その発言を待った。


「それは、牧野にとって司が初恋じゃないからだ。司が牧野の2個目の恋の相手だからだよ。」

「順番が関係あるのか?」

「順番ていうか、回数? だろうな。」

「回数、ですか?」


類が立ち上がり、窓辺の長椅子に移動してまた寝そべった。
それを目で追った総二郎はまたあきら、滋、桜子に向いた。


「司にはさ、わからねーんだよ。恋を何度もするって感覚が。」

「はぁ?」

「初恋ってのはさ、初めての恋のことだろ? 初めてってのは、ある意味ではその後も何度かあるからそう呼ぶんだ。でも司にとって恋は牧野だけに一度きりのもんだ。きっと生涯に一度きり。だから司にとって牧野は初恋の相手じゃねーんだよ。」

「初恋じゃなきゃなんなんですか?」


総二郎はグラスをソファーテーブルに置き、ニヤリと口角を上げた。


「ただひとつの、極めつけの、究極の恋。言わば極恋、だな。」

「ゴクコイ!?」

「そうだ。そんな恋しか知らないあいつは、自分が牧野にしたような恋を、牧野も類にしたんだって思ってんだろうな。だとしたら忘れるなんてできねんじゃねーかって。今は自分を向いてても、簡単なきっかけでまた牧野が類に向くんじゃねーかって、いつでも不安なんだよ。」

「あの司が、か?」

「ああ、あの司が、だ。だから絶対的な自信なんてないんだよ。」

「えー、じゃあ、つくしはどうしたらいいのよ〜?」


盛り上がる一堂に、長椅子から声がかかった。


「心配いらないよ。」

「類、どうしてそう言えるんだよ。」


あきらが首を伸ばして類を伺った。


「牧野の司への気持ちはもう恋じゃないから。」

「恋じゃない!?」

「もうとっくに、恋じゃないよ。だから心配いらない。」


類の意味不明の発言に納得するように肯いたのは桜子だけだった。




***




「道明寺! 手、痛いよ!離して!!」


つくしの手を引いたまま、司は東の角部屋からは遠く離れた南の2階奥のゲストルームにつくしを連れ込んだ。
普段は全く使われないその部屋はバスルーム付きのワンルームで、70平米の部屋にはダブルベッドとライティングデスク、クローゼットが備え付けられているだけの道明寺邸では珍しくシンプルな部屋だった。

部屋に入って灯りも付けず、窓から差し込む光だけを頼りにして真直ぐベッドに向かう司に掴まれていた手を、つくしは渾身の力で振り払った。
そして痣になった手首を抱きしめてさすりながら、振り向いた司に叫んだ。


「どうしてそうなの!? なんでここまで来て、類にあんなこと…あたしがそんなに信じられないの!?」

「ああ、信じられねぇな!!」


部屋まで黙っていた司も感情を解放したかのように腹の底から怒りの声を上げた。


「俺と婚約してるくせに他の男に抱きしめられる隙を見せるような女、どうやって信用しろってんだよ!!」

「なっ! まるであたしが他の男を誘ってるような言い方はやめてよ!! 類は友達よ! 彼も言った通り、友情のハグだった。あたしたちの幸せを願ってくれてるのよ! それをいちいち目くじら立てて怒り狂って、挙句に絶縁ですって!? なんであんたにそんなこと決められなきゃいけないのよ!!」

「俺はお前の夫になる男だからだよ!! 俺にはお前しかいないからだ!!」


怒鳴り合う二人の荒い息遣いだけが静かな部屋に充満していた。
互いに拳を握りしめ、負けじと相手を睨みつける。
しかしその緊張感の糸を先に切ったのは、司の瞳に射す色濃い不安の影を見てとったつくしだった。

つくしは一度、視線を床に落とし、切り替えようと大きく息をついて両手で顔を覆った。
そして手の中でもう一度深呼吸すると、顔を上げて司に歩み寄り、その自分よりも一回り大きな体を抱きしめた。


「ねぇ、あたしにだってあんたしかいないよ? あたしがこうして抱きしめたいのはあんただけ。キスしたいのも触れ合いたいのもあんただけ。その気持ちが信じられない?」


つくしの体温が激情に荒れ狂った司の心を宥めていく。
司もまたつくしを抱きしめ、その腕に力を込めた。


「信じてる。信じてるのに、時々、無性に不安になる。」

「どんなふうに? 教えて。」


離れていた5年間、言葉を軽んじてすれ違ったことが何度もあった。
意地を張って伝えなかった言葉、プライドが邪魔をして聞かなかった言葉、時差と距離に阻まれた言葉。
だから言葉は大切だ。
愛しい人の言葉ならなおのこと、真剣に向き合いたかった。

つくしは司の手を引いてベッドに座らせ、自分もその横にピッタリとくっついて腰掛け、指を絡ませて繋いだ手を司の膝の上に置いた。
チラリと横のつくしを見遣った司が視線を前に戻し、深く息を吐き出してから話し始めた。


「俺にはさ、わかんねぇんだよ。2回目の恋ってのが。」

「2回目の恋?」

「お前の初恋は類だよな。」

「…そうだね。」

「類に恋してたお前が、失恋したか何かでそれを諦めて、次には俺に恋してくれた。でも、その類への想いはどこへ行った? どこに仕舞われてる?」

「仕舞う?」


司はゆっくりと体ごとつくしに向いた。
片足をベッドに乗り上げ、つくしの両手を優しく取った。


「俺はお前しか知らない。お前しか愛したことがない。この想いを無かったことにして他の女に気持ちを向けるなんてこと、俺には想像もできない。だからわかんねぇんだ。お前が類に向けてた気持ちが今はどこにあって、どんな状態なのか。」

「だから不安なの?」

「ああ、そうだ。そのどこかに仕舞われた恋が何かのきっかけで復活するかもしれねぇって、いつも怯えてんだよ。…クソッ! カッコ悪りぃ…」


司は前髪をかき上げてクシャリと手の中でつぶした。
いつも弓形を描いている眉根を寄せ、瞼を強く閉じ、奥歯をギリリと噛み締めた。

そんな弱さを曝け出す司の姿にどうしようもない愛しさが込み上げて、つくしは自分の手を取る司の手を自分の頬にそっと当てがった。
司は自分の手に伝わるつくしの頬の感触に、目を開いた。


「あたしは確かに類に恋してた。あんたに恋するずっと前に。だって仕方ないよ。類はあたしのヒーローだったから。」

「チッ…自業自得だって言いたいのか?」

「ふふっ、まぁ、それもあるかな。でもね、あの時の恋、今はもう跡形もないよ。どこにも仕舞われてない。存在自体が別のものになったの。」

「…………」

「友情、尊敬、信頼。あの時の恋はそういうものに姿を変えた。昇華したって言えばいいかな。だから復活なんて絶対にありえないの。」

「絶対に?」

「絶対。それにね、あんた勘違いしてる。」

「何をだよ。」

「恋と愛は違うんだよ? あんたさっき、自分はあたししか愛したことがないって言ったよね? あたしだってそうだよ。」

「え?」

「あたしだって、道明寺しか愛したことないよ? 恋は2回目でも、愛は初めてだから、初…愛?」


照れと恥ずかしさに頬を赤く染めてやや目を泳がせながらも、薄暗さが背中を押してくれて精一杯に言葉を紡ぐ。
大切な人を大切にしたいから。
愛してる人の不安を打ち消したいから。
そのつくしの愛が司に届き、その顔にはやっと穏やかな笑みが浮かんだ。
司はつくしの頬に添えられた手の指先で耳を撫で、頬を撫で、背中に回してグッと引き寄せた。


「初愛にはさせねぇ。」


抱きしめられたつくしがパッと顔を上げ、その瞳に司を映した。


「2つとない、生涯たったひとつの愛にしてやる。」


そして顎を上げさせ上向かせると、愛の言葉を紡いだ唇にそっと自身の唇を重ねた。





極恋【完】…?










「んっ、んんっ!…っは! ハァ、ハァ、ちょっと、どこまでするのよ! あっ、こら、手!」

「どこまでって最後までだよ。お前からあんな可愛い告白されて止まれるわけねぇだろ。」

「ダッ、ダメだよ! 皆が来てるんだから! 戻らなきゃ! ちょっ」

「放っておけよ。あいつらだって仲直りした俺たちがナニするかなんてわかってるさ。」

「ナ、ナニって……ちょっと! もうダメ!」

「すぐ済ませるから、な?」

「ダーメ! すぐ済んだことなんてないじゃん!」

「チッ、ケチ!」

「っとにもう………ねぇ、道明寺?」

「な、なんだよ…」

「道明寺も初愛にはしないでね。」

「え?…………こ、このヤロ、やっぱり食ってやる!!」

「ギャ〜〜!!」




だから心配いらないって言ったでしょ?と、どこかで類の声が聞こえた2人だった。




極恋【完】










エンジンかかってきました!
「夫婦恋愛」も頑張ります!

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2020.04.28
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