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島田から司がやってくると聞かされたのは司の到着10分前だった。


「え!? 来るの?いつ?」

「今すぐだそうです。」

「今すぐ!? ど、どうしよう」


つくしは急に慌て始めた。
クローゼットに入り、鏡の前で一回転して自分の姿を確認した。
笑顔の練習などをしてみたが、我ながら見苦しい。
自然体が一番だとリビングに戻った。

南棟から北棟へは東棟を通る。
その時だけ、東棟の通路に灯がともされるのだ。
北棟のリビングからも東棟の廊下が見えた。
灯がともっている。
間も無く司が現れる合図だった。


コンコン


ノックの音に島田が応答すると、森川がドアを開けた。
その先に司が立っていた。
2週間ぶりに会う夫だ。
それは初めて見るスーツ姿で、秘書をして多くのビジネスマンを見てきたつくしも惚れ惚れするほどキマっていた。

挨拶もせずについボーっと見とれているつくしを諌めようとした島田を司が制止した。
微笑みをたたえてつくしに近づくと、その顔を覗き込んだ。


「つくし、どうした? そんなに俺がカッコいいか?」


ハッと我に返り、瞬間的に熱を持った顔を背けた。
そんなつくしの照れた顔をもっと見たい。
司はこちらに向かせようとつくしの顔に手を伸ばした。


「なりません!」


森川の鋭い声が響いた。
あと数センチのところで司の手が止まる。
森川の声に振り向いたつくしの瞳が司を映したが、すぐにまた顔を逸らして立ち上がった。


「旦那様、本日はお疲れのところお出ましくださりありがとうございます。」

「…ああ、会いたかったぞ。」


思わずこぼれた言葉だった。
つくしに会えて嬉しいと思う自分は新しい発見だ。
でも触れられないことが辛い。
辛いのに、会えてよかったと思う。
この矛盾を司はまだ整理できないでいた。

司はつくしの向かい側のソファに腰掛けた。
司にはコーヒー、つくしにはレモンティーが給仕され、島田と森川はリビングのドアの横に控えた。
しばらく沈黙が流れていたが、先に言葉を発したのはつくしだった。


「あの、日毎に贈り物やメッセージをくださり、ありがとうございました。」

「ああ。」

「それで、その、あの時は思わず手が出てしまい、申し訳ありませんでした。」

「手じゃなくて拳だろ。あの後、数日は顎が痛かったぞ。」

「すみません。」

「でも、俺も悪かった。お前に不満があって他の女を求めたわけじゃない。むしろその逆だ。お前に満足したから1週間が待てなかったんだ。でももうあんなことはしないと誓う。」


つくしは手元を見ていた視線を司に向けた。


「…いえ、いいんです。私も冷静になりました。旦那様にあんなことを言える立場ではありません。どうぞ、他に良い方がいらっしゃったら遠慮なくそちらに行ってください。」

「………は?」


司はコーヒーに口をつけようとして、褐色の揺らめきに俯いていた顔を思わず上げた。


「ええ、ですから、私は旦那様が好きな女性に出会うまでの仮の妻です。旦那様が本当に愛せる女性に出会った時、この地位はその方にお譲りします。ですので大いに他の女性と会ってください。」


この発言に、ドアの前で気配を消していた島田と森川もつくしに顔を向けた。


「それ、マジで言ってるか?」

「ええ。マジです。最初の夜にも申し上げました。私は旦那様にふさわしい女ではありません。旦那様にはこの世のどこかに本物の相手がいます。その方と早く出会っていただきたいです。その時には私は喜んで離婚届を書きます。」


つくしの言葉を聞いた司は持っていたコーヒーカップを置いた。


「お前は、俺ほどの男と結婚できたんだぞ。その立場を手放そうというのか?」


つくしも手に持っていたティーカップとソーサーをテーブルに置いた。


「私を選んだのは総帥と社長です。旦那様ご自身ではありません。だったら、本物が現れたら退くのが物事の筋というものです。」

「じゃ、俺が選んだ女ならお前は文句は言わないってことか。」

「はい、言いません。」

「俺が決めたことに従うってことだな?」

「はい、もちろんです。」

「それまではお前が妻だな?」

「そういうことですね。」

「島田、」

「はいっ」

「つくしの日曜日の予定は?」

「日曜日はレッスンもお休みです。何もありません。」

「よし。つくし、日曜日は出かけるぞ。」

「どちらに?」

「別に決めてない。ショッピングでもどうだ。欲しいものはないのか?」

「え…、ありません。もう十分に持っています。」

「いくらあっても無駄にはならない。夏用のドレスはどうだ。」

「いいえ、必要ありません。クローゼットはすでにいっぱいですし、今でも一生分ありますから。」

「じゃ、飯は? 何が食べたい?」

「あの、先程から何をおっしゃっているのか…。食事もこの邸で美味しいものがいただけますので満足しています。どなたか他の方を誘ってください。」


司の目がギロリとつくしを睨んだ。


「お前は、まだ俺を許さないつもりか?」

「え!? そんなことありません。もう許してます。」

「だったら、なんで俺の誘いを断る? お前は妻だろ!?」

「仮の妻です。」

「仮でもなんでも今は俺の女だ。言うことを聞け!」

「ハァ…日曜日に出かければいいんですね?」

「そうだ。午後2時にエントランスだ。」

「わかりました。」


つくしはため息をつきながらしぶしぶ承諾した。
その様子に司は苛立ちを隠せない。


「島田、」

「はい。」

「障りはいつ明ける?」

「予定では3日後です。」

「わかった。ではまた3日後に渡って来る。」


そう言って司は立ち上がった。
つくしも立ち上がり、司を部屋の出口まで見送った。










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2020.03.01




司は昨日までとは違うイラつきを抱えていた。

“ 喜んで離婚届を書きます ”

あんな庶民の女の一人や二人、どこに行こうが知ったこっちゃない。
なのに、まるで俺が棄てられるような気になるのはなんだ?
俺に好きな女ができて、つくしと別れて、その女と再婚して…
ハッピーエンドに…なるか?

俺と別れたつくしはどうするんだ?
高額の慰謝料を俺からふんだくるのか?
その金で他の男と幸せになるって?

・・・なんだこのイラつきは

待てよ

つまり、俺に好きな女が現れなきゃずっとつくしが俺の妻なんだよな?
あいつは俺から解放されたがってる。
そうはさせない。
お前の思惑通りになんてさせるか。
つくし、いくら待っても俺に好きな女なんて現れないぞ。
肚を括れ。
お前を一生、俺の妻に縛り付けてやる。


つくしに執着するその心の本当の意味に司はまだまだ気づかない。




***




つくしの障りが明け、再び渡りの日がやってきた。
つくしはまた朝から気が重かった。
結婚式から数えて1ヶ月近くが経過していたが、司に会ったのはまだ3回ほどで、話という話をしたのは先日の御招きの日だけだった。
結局は、司のことをまだ何も知らないに等しい。
こんな状態が夫婦だとはつくしには到底思えなかった。
なのに体だけは重ねなければならないのか。
早く司に本命が現れてくれ、と、つくしは願った。


司が帰宅したと連絡があり、つくしは支度をして待った。
初夜の装束はもう着なくていい。
じゃ、パジャマでいいじゃんと思ったつくしの前に用意されたのは淡いピンクのスリップドレスとレースのショーツだった。


「あの、島田さん、」

「はい。」

「御渡りは本当にするだけなんですか? この前の御招きみたいに座って会話をしたりとか、例えばいっしょにお酒を楽しんだりとかそういう…交渉以外のことはしないものなんですか?」

「旦那様がお望みになればそういうこともございますが、基本的には共に閨に籠ることでございます。」

「じゃ、妻の役割は夫の性処理ですか?」

「奥様、お言葉をお控えください。ご夫婦の営みは主に後継者を儲けるためでございますが、それだけではありません。ご夫婦の親愛を高めるという役目もございます。」


つくしはもうため息しか出なかった。
親愛?
会えばするだけ。
するためだけに会う。
こんな関係に親愛など育まれるはずはない。
そしてそれはつくしが思い描いた夫婦像ではない。


つくしがため息をついているうちに寝室のドアがノックされ、司の渡りが伝えられた。
今夜からはもう森川は寝室には踏み入らない。
司だけを残して下がっていった。

つくしは初夜と同じように三方にカーテンのかかったベッドの上で頭を下げて待っていた。
耳にかけた艶のある長い黒髪がシーツに落ちた。

そこに初夜と同じ出で立ちの司が現れ、ベッドに乗り上げるのが沈みでわかった。
島田が天蓋からカーテンを下げ、寝室を出ていった。


「つくし、顔を上げろ。」


命じられたままつくしはベッドから顔を上げたが、司を見上げることはなく、視線はシーツを見ていた。


「それ、似合うじゃん。」

「えっ?」


司に言われてつくしは自分を見下ろした。
胸元にレースをあしらったスリップドレスの下はノーブラでツンと澄ましたつくしの胸の形が露わになっている。


「キャッ」


慌てて胸を隠すと、先程まで腕で隠れていた大胆に開いたスリットからは白い腿が見える。
こうなるともう堪らない。
司はつくしに近づき、スリットから手を入れて腿を撫でると、顎を上げさせ被さった。


「ひゃっ…ン…」


2週間ぶりに味わうつくしのキスはやっぱり甘くて美味しい。
背に腕を回し、そのまま横たえた。
深いキスの音が耳に届き、その音が脳天に響くようにこだまして興奮を呼び覚ます。


「つくし、」


唇を離してつくしの目を覗き込むと早くも潤み始めていて、司の中で今夜のスターターピストルが鳴り響いた。
腿を撫でさすり、シルクの上から乳房をなぞり、首筋の香りを楽しみながら、つくしの反応も観察した。
つくしは目を閉じ、顔を背け、身体を強張らせている。


「つくし、俺に抱かれるのは嫌か。」


つくしは目を開けて司に振り向いた。
鼻先が触れるほど近づき、思わず赤面する。


「旦那様がどうというわけではありません。慣れないだけです。」

「…つくし、ベッドでは名前で呼べ。これからずっとだ。」

「……司…さん?」

「呼び捨てでいい。呼んでみろ。」


つくしの瞳に司が映った。


「…………司…」

「そうだ。いい子だ。」


その大きな手でつくしの頭を撫でると、またキスが始まった。






「ハァ…ハァ…っ……あっ」


終わったと思えばまた始まる。
今夜はこれで3度目だ。
腕を掴まれ、今度は背後から突かれていた。


「あッ…ンッ…」

「つくしっ…俺を呼べ」

「ンァッ…ツッ…司…つかさっ」


司と呼ばれるたびに血が流れ込み、司と呼ぶたびに潤みが滴った。
肌がぶつかる音を響かせながら昇り詰めていき、細くしなる身体に根も精も何もかも呑み込まれていく。
そしてそのたびに、つくしに対する執着が司の中に募った。

最後は背後からつくしを抱き込み、強く押し付けて果てた。
司の体にすっぽりと収まるつくしの体に欲望の限りを注ぎ込む。
司が吐き出し終えてやっとつくしはベッドにドサリと落ちた。


「ハァッ…ハァッ…もう…今夜は無理です…」

「ハァ…ハァ…ハァ…ああ、俺も今夜はこれで満足だ。」


司はベッドの上に散乱した服を着ると、つくしにシーツを被せ、カーテンをかき分けてベッドを降りた。


「また明日来る。」


その言葉に驚いて、つくしは上体を起こして司を見た。


「明日!? そんな…毎日…?」

「ああ。俺の気が済むまで毎日だ。」

「早く気が済んでいただきたいです。」

「フッ、じゃ、おやすみ。」


また横たわり、司に背を向けて答えた。


「…おやすみなさい。」


目を閉じながら、『御渡り』というシキタリをつくしは好ましいと思った。
なぜなら事が済めば夫は自分の部屋に戻ってくれるからだ。
夫がいなくなれば心が休まってよく眠れる。

司のことを嫌いというわけじゃない。
というか嫌うほどまだ関わっていない。
同じ理由でまだ好きでもない。
ただ結婚したから、自分は妻だから、務めを果たしているに過ぎない。
こうしていればいつかは愛情が芽生えるのだろうか。
いや、そのためには会っている時間が短すぎる。
それに、いずれは別れる人だ。
好きになったら辛くなる。

もう考えないようにしようと、目を開けたつくしも緩慢に起き上がりバスルームへ入った。










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2020.03.02




『御招き』をしたのは月曜日だった。
障りが明けたのが木曜日。
そして今日は約束の日曜日だ。

木曜日から昨夜まで3夜連続で御渡りが行われていて、つくしは経験がないまま結婚した男の性衝動にほとほと疲れていた。
昼間は顔を合わせなくて済むはずなのに、今日は午後から行動を共にしなくてはいけない。
もしもそのまま今夜も御渡りになるようならば、今日こそ文句を言ってやろうと思っていた。

ただ、外出はうれしかった。
結婚から1ヶ月。
初めて屋敷の外に出る。
同じ外の空気でも、雑多な街の空気というものを感じたかった。

島田が身支度を手伝ってくれる。
本当は手伝いなどいらないが、島田から仕事を奪うわけにもいかない。
島田といっしょに服を選び、着せ付けられ、髪を梳かれ、つくしがした化粧の手直しをされる。
司と出かけるのは初めてのことで、島田からは様々な注文がついた。


「森川から旦那様の装いにはグリーンが使われると報告がありましたので、奥様もグリーンのアイテムをお選びください。」

「お化粧が簡単すぎるようでございますね。マスカラぐらいはお使いください。」

「いえいえ、髪を一つに括るだけなどいけません。毛先を巻きますので下ろしましょう。」


あー、もう、うるさーーいぃ!!
と、つくしは叫びたかった。

たかが夫と出かけるのに、なんでこんなに気を遣わなきゃいけないのよ!
服の色とか合わせる必要ある!?
髪だって暑いから結びたいのに。


「では仕上げに、アクセサリーは先日、旦那様より贈られたものからお選びください。」


島田がベルベットのジュエリートレイに2週間分の贈り物を並べてつくしの前に差し出した。
そこには指輪以外のアクセサリーが並んでいる。
どれも今日の装いにマッチするものばかりだったが、その中でつくしが選んだのはクローバーチャームにグリーンの宝石があしらわれたの華奢な金鎖のペンダントだった。
それはつくしの鎖骨に沿って輝きを放った。


島田を伴い、約束の時間の10分前に北棟エントランスに行くと、ポーチに黒塗りの大きな高級車が入ってきて、その後ろには黒いセダンが連なっていた。


「つくし、待たせたな。」


司が森川を伴って車から降りてきた。
先日のスーツ姿とは一変し、まるでコレクションから抜け出たモデルような出で立ちだった。
ボトムスは麻素材でリラクシングなシルエットの淡いグレーのストレートパンツの裾をくるぶしまで捲り、足下は裸足にブラックのスリッポンだ。
トップスはクロムグリーンの綿ニットで腕にはロレックスのダイバーズウォッチ、シードゥエラーが見える。

司のクロムグリーンに合わせるつくしは淡い黄色地にエメラルドグリーンのストライプのフレアスカートを履き、トップスはコットン素材でオフホワイトのクルーネックアンサンブルに同系色の刺繍が施されていた。
オープントゥのパンプスはクリームイエロー、バッグはコスメしか入らないような小振りのものを合わせた。
そして首元では先ほど選んだクローバーペンダントの細い金鎖がつくしの白い肌に映えていた。


「いえ、私も今来ました。」

「そうか。…じゃ、行ってくる。」


司は、つくしに返事をし、森川に振り向いて告げた。
そしてつくしの背に手を添え、運転手が開けた後部座席に乗り込んだ。
その刹那、つくしはチラリと後ろの島田を振り返った。


『奥様、くれぐれもご自分が道明寺若夫人であることをお忘れなきよう。旦那様に恥をかかせるような言動は厳にお謹みください。 』


つくしは部屋で島田に言われた言葉を思い出して頷き、島田もまたつくしに頷いた。






運転手とSPの座る前席とつくしたちの後席の間には仕切りがあるが、窓のように透明でフロントガラスからの景色も見えた。
後部座席は独立シートになっていて、まるでファーストクラスのような座り心地だ。

走り出した車は屋敷の外へ出た。
1ヶ月ぶりに見る街並みに、つくしの顔は自然と綻んでいた。
司を振り向き、問いかけた。


「旦那様、今日はどこへ?」

「ん…決めてない。お前はどこに行きたい?」

「え…私ですか?」


つくしはうーん、と考え込んだ。

あたしの行きたいところ?
公園…は、お屋敷の広大な庭園で十分だし。
映画…は、お邸のシアタールームでいつでも好きな時に観られるし。
スーパー…は、行く必要ないし。
カフェ…は、この人と話すことなんてないし。
ゲームセンター…いやいや、ないでしょ。

うーん、うーん…正直、目的地はない。
ただ、街をブラブラしたい。


「なんだ、なんでも言ってみろ。」

「えーと、あの…」

「これ、よく似合ってるな。」


司が突然、つくしの首元に手を伸ばして、その鎖骨に沿っているクローバーのペンダントに触れた。


「あ、そうなんです。あの、素敵なものをありがとうございました。」

「え?」

「え?」

「俺か?」

「え? ですよね? 旦那様が選んでくださったんですよね?」

「あ、ああ、そうだな、ああ、そうだ。」

「?? ですよね?」


危ね…と司は思った。
危うく人任せにしていたことがバレるところだった。
あの2週間、つくしのためにジュエリーを選んでいたのは森川だ。
だからつくしは厳密に言えば森川から贈られたジュエリーを纏っていることになる。


「・・・・・」


なんだか釈然としない気持ちになった。
自分だけが触れる権利があるつくしの肌なのに、他の男の存在がそこに触れているかと思うと途端にイラつきを覚えた。


「行き先は決まった。」

「どこですか?」


司は前席との会話ボタンを押すと有名ハイジュエリーブティックを指定した。









銀座に着いて降り立ったそこはまるで宮殿のような内装で、天井から下がっているシャンデリアもまさかダイヤでできてるんじゃないかと思うほど、豪奢なジュエリーブティックだった。
入り口にはつくしたちの車の後ろに控えていたセダンから降りてきたSP2名が立ち、店内に入ったつくしたちには同じくセダンから降りてきた女のSP1名と、つくしたちと同じ車の前席に座っていた男性SP1名が付き添っていた。
店内に他に客はおらず、貸切状態だ。

いや待って、まさか貸切にしたんじゃないよね?

つくしは不安になった。
ジュエリーはもういらないと伝えなかっただろうか。
それとも夫は自分のものを買いにきたのか?

そんなことを考えていると、2人の前に店長と思しき洗練された中年の男性がやってきた。


「道明寺様、本日はご連絡をいただき、ありがとうございます。奥様、はじめまして。わたくし、当店のジェネラル・マネージャーを務めております。」


男性はつくしに深い礼をした。
もしも自分が一介のOLとして来店したならば、歯牙にもかけられないだろう。
でも今は道明寺夫人だ。
人間は立場が変われば扱いが変わるということを今こうして実体験している。


「では道明寺様、こちらへどうぞ。」


店長は2人とSPをエレベーターに案内し、それは5階に到着した。
そこはVIPだけが通される個室になっていて、ヴィクトリア朝の内装がされ、ここでも輝くシャンデリアがつくしたちを出迎えた。
つくしと司はソファに座り、その後方にSPが控えた。


「本日はどのようなものを。」


向かい側に座った店長が司に問いかけた。


「妻に最高のものを。」

「かしこまりました。」


店長は後方に控えていた30代くらいの女性の店員に視線を向けると、女性はうなずいて部屋を出て行った。
つくしは驚いて、隣に座る司に小声で詰め寄った。


「あの、旦那様、私は、」


すると司は、つくしに「待て」と言い、店長に視線を移し、眼球を動かして退室を促した。
店長は立ち上がり、一礼すると部屋を出て行った。
そして次に司が左手をさっと挙げると、背後のSPも退室して行った。
そうして2人きりになって司は自分の右側に座るつくしに向いた。


「つくし、どうした?」


室内にいた人間の一連の動きに唖然としていたつくしは我に返り、やっと自分の主張を始めた。


「旦那様、私のものですか? だとしたら結構です。もうたくさんいただきました。」

「いや、まだ足りない。お前と一緒に選んでないだろう?」

「確かに私が選んではおりませんが、どれもとても気に入っています。これも、」


と、つくしが首元にかかるペンダントに触れた時だった。


「触るな!」


司が大きな声を出し、つくしの手首を掴んだ。


「なにっ?」


つくしの手首を放すと、その首にかかる森川が選んだジュエリーを外し、つくしの肩を掴みペンダントが触れていた跡をなぞるように鎖骨を唇でなぞった。


「ひゃっ! ちょっと! こんなところでやめて!」


鎖骨から顔を上げた司はつくしの頬にもチュッとキスをし、ニヤリと口角を上げた。


「これは俺が預かっておく。もっとよく似合うものを一緒に選んでやる。」


そういって手の中のクローバーのペンダントを司はボトムのポケットに突っ込んだ。










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2020.03.03





皆様、こんばんは!

日本が、いや、世界が経験したことのない事態に陥っていますが、お元気ですか?
私にとって二次は厭世から逃れる場で、ここではあまり現実世界の話をしたくないのでこれ以上この話題には触れません。
しかし、罹患された方には心からのお見舞いと、快癒の祈念を捧げます。



そんな我がブログももうすぐ15万拍手に到達します。
これもひとえに、日々、読んでくださる全ての読者様のおかげだと思っています。
本当にありがとうございます!

拍手ってちょっと面倒ですよね。
だって別のウインドウがいちいち開いちゃうし。
だからこそ、そんな面倒をおかしてもいただく拍手のなんと貴重なことか。
貴重だからいただくとうれしくて、実は刻々とチェックしてます。
今日は多いな、とか、今日は少ないな、とか、なんで今日のがこんなに!?って日もあります。
しかしそういう毎日が楽しくて、生きる糧になってます。
私は書きたいものを書きたいように書いてるので、そんな私にこんなに多くの方がご賛同くださっていると思うと胸が熱くなります。

その拍手が15万・・・
感無量です。
なので、記念に短編を更新することにしました。
短編が苦手な上に、最近はかなりのスランプで「夫婦恋愛」も遅々として進まないので、前から書いて温存していた話で恐縮なのですが。


お届けするのはMusic Collaborationの新しい話です。
瀬里ちゃんは中2になりました。
そんな瀬里ちゃんと司を中心とした話です。

曲はまだ内緒。
15万拍手に到達したことに気づいたら即座に更新するので、更新がいつになるかはわかりません。
前後編にしようと思ったのですが、私のあるこだわりが理由ですっごく長いですが一度で更新します。
5000文字近くありますので休み休み読んでください。


それでは、これからもLips that Overlapsをよろしくお願い致します!


                        nona










2020.03.03




道明寺邸の地下は2階まであるが、地下1階は半地下になっている。
そこにはリネン室や調理室、更衣室、そして使用人専用の60人ほどが座れる広い食堂があった。
食事の提供は7時〜20時、ベーカリーの提供は24時間行われ、ドリンクバー方式でいつでも休憩が取れるようになっている。
使用人はもとより、警備、庭師、車番など、道明寺屋敷で働くあらゆる人が利用可能だ。

そこで今はそれぞれの主人を送り出した2人が休憩を取っており、島田がローズヒップティーの入ったカップを置き、息を吐き出した。


「森川くん、旦那様の御渡り、もう3日連続よ。ちょっと控えるようにそれとなく申し上げてもらえない?」


森川は島田の向かいでサンドイッチを頬張っている。


「モグ…もう申し上げてます。でも無理ですよ。やっと解禁になって楽しくて仕方ないんですから。」

「そりゃわからないでもないけど、奥様はお疲れよ。だってあれ、1回で終わってないでしょ。」

「まあ、でしょうね。旦那様が奥様の部屋から出て来られる時はすこぶる満足気ですからね。」

「ご懐妊にでもなれば2年は解放されるけど、旦那様のお許しが出るのはいつになることやら。」

「それを知ったら許さないだろうなー。また2年も我慢するなんて覚悟、まだまだできそうにないですよ。」

「飽きるまで無理ってことかしらね。」

「奥様が保つかな。」


サンドイッチを皿に置いてコーヒーを飲んでいる森川に向けて、島田の銀縁メガネが光った。


「そう言えば、旦那様に女遊びを推奨したのはあなた?」


森川がコーヒーカップから顔を上げた。


「推奨だなんて人聞きが悪いですよ。1週間待てないって仰るから、だったら他の女性はどうですか?ってお膳立てしただけです。」

「お膳立てって…ハァ…やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ。だったらあの騒動も森川くんのせいじゃないの。」

「だって、お可哀想だったんですよ。あそこまで我慢したんだから、ちょっとくらい遊んだってバチは当たりませんよ。」

「で、本当のところはどうなの? 愛人、できそうなの?」

「島田さんだってワクワクした顔になってるじゃないですか。できそうじゃありませんよ。お二人ほどお世話しましたけどダメでした。今のところ、旦那様は奥様じゃないとダメみたいです。」

「ふーん…なんだかもったいないような気もするけど、司様の純粋さから言えばそれが順等かもしれないわね。」


すると島田は森川に身を乗り出した。


「ね、あれ、どう思う?」

「あれって?」

「奥様が言ってた「旦那様に好きな人ができたら」って話よ。本気かな?」

「うーん、どうでしょう。僕はそれも寵愛を受けるための作戦かな? なんて穿ってますけど。」

「駆け引きってこと? だとしたら大した人よね。」

「だって事実、あれ以来、旦那様は奥様にこだわり始めてますし、早く帰るためにお仕事も打ち込んでらっしゃるようですし、なにより御渡りを毎日、楽しみにされてます。旦那様の方がもう奥様に夢中ですよ。」

「殴られたのに? プッククッ、ごめん。でもあの時の旦那様の顔、思い出したら笑っちゃうわ。」

「だからでしょうね。もっと奥様の本当の姿が見たくなっちゃったんじゃないでしょうか。どうやったら殻を壊せるか、お考えなんでしょう。」

「じゃ、今日のデートもそれで?」

「んー、奥様はまだ旦那様との間に壁を築き上げておいでですからね。それを突破するきっかけがわからないんだと思います。」

「そりゃそうよ。あのお歳まで女性と親しくしたご経験がないんだもの。これからでしょ。」

「先は長いですね。」


森川と島田は互いの主人に思いを馳せて持ち場に戻った。




***




いま、つくしの目の前には眩しくて目が開けられないほどのジュエリーが並んでいる。


「どれでも好きなものを好きなだけ選べ。」


と、言われたがつくしには何が何だかわからない。
どれをいつ、どこで着用するのかもわからない。
そもそも欲しいと思っていないのに選べるわけもなかった。


「どうした? まだ気に入るのがないか? おい!」

「はい! 申し訳ありません。」


店長の顔色がどんどん悪くなってきた。
もう何度、商品を入れ替えただろうか。
徐々に後ろに控える女性店員の手が震え始めた。
マズイ、とつくしは思った。
早く何かを選ばなければ、この人たちはどうなるんだろう?

4度目の商品入れ替えが行われた。
店長と店員はどうにかこの中につくしの気にいるものが含まれていてくれと願っている雰囲気がヒシヒシと伝わってきた。

仕方ない。
何かを選ばなければ。
できるだけシンプルなもの。
ダイヤがビッシリとか、大粒のサファイアやエメラルドがドーン!じゃないやつ。


「えーと、じゃあ、これ!」


つくしが選んだのは「T」のイニシャルに控えめなダイヤが一粒だけ嵌め込まれた華奢なペンダントだった。

「私のイニシャルです。これがいいです!」


店長は小さくホッと息を吐いて、手袋をした手でつくしが指定したペンダントを掬い上げ、司に手渡した。
司はそれをつくしの首にかけた。


「可愛いですよね? ね?」


つくしは早く決めてこの店を出たかった。
しかし司はジーッと見入ったまま渋い顔をしている。


「ダメだ。」

「えっ! どうしてですか?」

「チャチすぎる。他のものにしろ。これなんてどうだ?」


司が差し出したのはズラリとダイヤが並んだネックレスだ。


「そんなの特別な時にしか使わないじゃないですか。私は日常でいつも身につけたいんです。」


つくしは普段の生活でちょっとしたオシャレに利用したいという意味で言ったのだが、その言葉を聞いた司は別のことを考えた。


「いつも?……おい、オーダーはできるか?」


少し考え込んだ司が店長に問いかけた。


「はい、できます! おい、デザイナーを呼んできなさい。」


女性店員が内線をかけた。
ほどなくして年配の男性が部屋に入ってきた。


「妻のジュエリーをオーダーする。俺が言うデザインを起こしてくれ。」

「かしこまりました。」


つくしは、今度は何が始まるんだと、司の様子を伺った。


「つくし、店の中を見てこい。」


つまり、席を外せと言われたのだ。
つくしは望むところだと言わんばかりに抵抗せずに司の言葉に従った。
女性店員と女のSPが付き添う。


「ハァァァ〜〜〜…」


VIPルームを出ると、大きなため息が漏れた。

もう疲れた。
もう帰りたい。
なんなのこれ。
普通の人間が一生かかってもお目にかかれないジュエリーたちが次から次へと目の前に登場して、今、視界がちょっとしたハレーションを起こしてるわよ。


「奥様、こちらへどうぞ。」


女性店員が案内してくれる。
どうやらやっと手の震えから解放されたようだ。

エレベーターに乗り込み、1階に降りた。
ショーケースを見て回る。
世界のハイジュエリーブランド。
値札の掲示はない。

ほお〜
ひは〜
どひゃ〜
こんなの、誰が買うの?
いつ着けるの?
一体、幾らなんだろう??

そりゃね、見るのは好きよ。
綺麗だし、可愛いし、目の保養になるし。


「奥様、お気に召したものがあれば何なりとおっしゃってください。」


ショーケースの向こう側に立つ若い男性店員が声をかけてきた。

こういうとこに就職する人も身元の確かな人なんだろうな。
まさか道明寺夫人がド庶民なんて知らないのかもな。


「あ、ええ、ありがとう。」


島田の言葉が蘇る。

そうだ、今のあたしは道明寺夫人なんだから、それらしくしなきゃ。
あの婚姻届にサインした日からおよそ2ヶ月。
レッスンの毎日だった。
インプットだけじゃモノにはならない。
アウトプットしていかないと。
実践、実践。

つくしはそれらしく背筋を伸ばし、ゆっくりと歩を進めながら店内を見て回った。









つくしが2階のブライダルコーナーを見ていた時、司が降りてきた。


「つくし、待たせたな。」


司の声に気づいたのはSPと店員だけで、つくしはショーケースを見ていて気づかない。
ムッとしてつくしに近寄り、何をそんなに熱心に見ているのかと横から覗き込んだ。

つくしが見ていたのはマリッジリングだ。
道明寺家ではエンゲージリングもマリッジリングも贈り合う慣習はない。
日本において結婚指輪の歴史が始まったのは明治の開国後であり、道明寺家の歴史からすればごく最近のことだ。
そして道明寺家の婚礼がキリスト教の教会式で行われたことは一度もなく、初代からこれまで神前でのみ結婚の契りは結ばれてきた。
言うに及ばず伝統ある神前式に指輪交換の式次第はない。
そのため、道明寺家の夫婦は結婚指輪を持たなかった。
つくしもそのことは承知していたため、ただ好奇心で見ていただけだった。

わぁ〜、あれ可愛い!
あんなデザインもあるんだ。
でもあたしだったらあっちだな。

そんなことを思いながら数ある結婚指輪に見入っていた。
と、ふとガラスに司の顔が映った。
パッと横を向くと、司もショーケースを覗き込んでいる。


「旦那様!」


司は屈み込んでいた背筋を起こした。


「声をかけたのに返事をしないから、何を見てんのかと。」

「それはすみませんでした。で、終わったんですか?」

「ああ。お前は結婚指輪が欲しいのか?」

「いいえ! そうじゃありません。ただ見ていただけです。」

「ふーん…そうか。じゃ、いくぞ。」

「あ、はい。」


司に手を引かれ、エレベーターでまた1階に降りる。
店の出口で店長以下、全員に見送られた。
走り出した車の中、つくしは話の接ぎ穂にと司に話しかけた。


「それで、どんなデザインになさったんですか?」


つくしの左側に座る司がつくしに向いてニヤリと口角を上げた。


「出来上がりは一週間後。お楽しみだ。」

「そうですか。…楽しみです。」


心からの言葉ではない。
ゴテゴテとしたものでないことだけを祈った。








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2020.03.04
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2020.03.05




「つくし…つくし…」


名を呼ぶ声に微睡みから醒めかけて、つくしはいま自分はどこにいるのか、と考えた。
確かソファに座っていたはずなのに、今は温かいものに包まれて、体が軽い。
誰かの鼓動が伝わってくる。
緩慢に目を開けると、そこはバスルームで、バスタブの中で司がつくしを横抱きにして座っていた。
自分の肩につくしの頭をもたれさせ、その頭を撫でている。
つくしは力が抜けた身体を司に任せて、黙ってされるがままに抱かれていた。


「つくし、そろそろ目を覚ませ。」


その声に、つくしは返事をしようと口を開けたが声が出ない。
唾をゴクンと飲み込んで、自分の唾液で喉を潤した。


「…なんで…? ここ…」


しゃがれたような声でつくしは答えた。


「起きたか。お前が目を閉じたままだったから体を洗ったんだ。」

「…っ…旦那様が?」


「司」と呼びそうになったが、シラフで名前を呼べるほど、まだつくしの中に司への親しみはなかった。
それに「旦那様」と呼んで他人行儀にしているうちは、自分の心の中から司を締め出せるような気がした。
遠い他人。そう思うほうが愛のない行為を受け入れ易かった。


「ああ、そうだ。」

「すみません。」

「お前に無理をさせたのは俺だからな。」


話しながら、司はつくしの肩に湯をかけた。
その温もりを感じながら、つくしはソファでの強引な情事を思い出して考えにふけった。

この人は、新しいおもちゃを与えられた子供みたいだ。
与えられた直後はもの珍しくていじくりまわして、振り回して。
そのうちに飽きて捨て置かれる。
相手はおもちゃだから意思なんかない。
だから配慮も斟酌も必要ないんだ。
あたしにはいつ頃飽きてくれるかな。
早く飽きてほしい。
そして早く運命の人に出会って欲しい。


「お腹…空きました…」

「ああ、そうだな。用意させる。」

「どうせなら、レストランに行きませんか?」


そうだよ。
あたしはこの人の本当の相手が現れるまでの仮の妻なんだから、早く運命の人に出会えるようにできるだけそういう場に出かけるチャンスは生かさなきゃ。


「じゃあ、そうしよう。その前に…」


司はつくしの肩に回した手で顎を上げさせると、またその唇を味わった。
そして先ほどつくしに湯をかけてくれた手がつくしの双丘を包んだ。

ほら、やっぱり。
あたしはオモチャ。
あたしの意思なんて無いも同然なんだから。

司はつくしをイかせる快感に目覚め、このあとバスルームでも何度も絶頂に導き、そして自身も導かれた。




***




瞼の向こうに光が射している。
朝の光なのか、もしくは灯りなのか。
確かめようとつくしは目を開けた。

ベッドの天蓋が見えた。
顔を光の方へ傾けると天蓋から降ろされているオーガンジーのカーテンが見え、その向こうに窓が見えた。

ああ、自分は邸に帰ってきたんだ。
いつ?
どうやって?
つくしにはバスルーム以降の記憶はなかった。

起き上がろうと寝返りをうつが、そこからベッドに手をつけない。
腕で体重を支えられない。
ハァ、と、息を吐いてまた仰向けになった。


「奥様? お目覚めですか?」


ベッドの外から島田の声がかかった。


「島田さん…はい、目は覚めました。けど起き上がれません。」

「お食事はベッドにお運びします。そのまま休んでいてください。」

「私、どうやって帰ってきたんですか?」


つくしの問いかけに、島田は珍しく一拍おいて答えた。


「旦那様が運んでくださいました。」

「ホテルから?」

「はい。」

「服は?」


バスルームで司の体力に付き合わされたつくしは力尽き、また意識を失って沈み込んだ。
そのつくしを抱き上げてベッドまで運んだはいいが、ここからどうすべきかわからない。
このままつくしが目覚めるまで待てば朝になってしまうが、妻と朝を迎えることはシキタリで禁じられている。
困った司は仕方なく島田を呼んだのだ。
未明にグランド・メープル・東京のインペリアルに呼び出された島田は、つくしの様子を見て怪訝な表情で眉間にシワを寄せた。


「旦那様…奥様はどうなさったんですか?」

「意識を失ってるみたいだな。」

「意識を失ってる!? なぜまたそんなことに?」

「あー、俺につきあわせたからだろうな。」


バスローブを着て乾きかけでまだ癖が戻っていない髪をかき上げながら司はバツが悪そうに答えた。
島田は額を抱えてため息をついた。


「つきあわせたって…あの、お夕食は召し上がったんですよね?」

「んー……いや、食ってねぇな…」


島田の片眉がつり上がり、銀縁メガネの奥から冷ややかな視線が司に突き刺さった。


「旦那様、僭越とは存じますが、一言申し上げます。」

「……なんだよ。」

「奥様を大事になさいませんと、本当に離婚されますよ!」

「だ、大事にしてるだろ! 今日だって連れ出したし、毎晩、渡ってるし。」

「加減というものがございます! 意識を失うまでのことは今後はお控えください。さ、あとはわたくしがお世話させていただきますから、旦那様はこの部屋から出てください。」


ベッドルームから司を追い出し、島田はつくしの体を拭き、部屋のクローゼットに用意されていたつくしの服を着せ、軽く化粧をした。


「……はぁ、まったく…まるで納棺するみたいだこと…」


つくしは青白い顔をして眠り続けていた。



「そうだったんですね。お世話をかけてすみません。」

「いえ。そのあと、旦那様が自分が運ぶとおっしゃって、ホテルからこの部屋までずっと抱きかかえてらして。」

「誰のせいでこうなったか考えれば感謝など湧きませんが…あの人、よくあの歳まで性欲を抑えていられましたね。それとも初夜まで禁止というのはやはり建前ですか?」

「いえいえ! 本当のことです! 旦那様は奥様との初夜までご経験はございませんし、これまで親しくお付き合いした女性もおられません。何もかも、奥様が初めての方です。」


でもきっとキスは経験があったんだ、とつくしは思った。
あの蕩けるようなキスをされると、力が抜けて抵抗できなくなる。
何もかも身を任せていいかと思えてしまう。
「キスの魔術師」
つくしは秘かにそう呼んでいた。


「あの、奥様、」

「はい」

「旦那様のこと、どうか許して差し上げてください。」

「・・・・・」

「旦那様は幼少より東棟でお一人でお暮らしで、こんなにも頻繁にご家族と接したことはございません。それに先ほども申し上げました通り、女性とのお付き合いも初めてでらっしゃいますし、まだわからないんですわ。これでも旦那様なりに奥様を大事になさっているんです。」


島田は情の深い女だとつくしは思った。
その表情に温かみは無くとも、庶民の出の自分にも誠意を持って仕えてくれている。
そんな島田の言葉なら信じてみようとつくしは枕に頭を預け、目を閉じて深く息を吐き出した。


「わかりました。でも今日の御渡りは勘弁してください。」

「もちろんです。森川に伝えます。」




***




森川から司に今夜の渡りはできないと連絡があったのは昼前のことだった。
オフィスで菱沼と打ち合わせ中に入った一報に、司は短いため息をついた。


「どうかなさったんですか? 嫌な知らせですか?」

「いや、今夜の渡りがキャンセルになったって連絡だ。」

「渡りですか。どこに渡るご予定だったんですか?」

「そうか。一般人は妻とは同じ部屋で暮らすらしいな。」

「一般人はって…副社長は違うんですか?」

「俺たちは別棟で暮らしてる。妻に会うには妻の住む棟に渡るんだ。」

「ああ、それで『 渡り 』ですか。…へー、大変ですね。」

「そうか? 会いたい時だけ会えばいいんだ。その方が楽だろ。」

「でもその渡りが今夜はキャンセルになって会えないんでしょう? 好きな人とずっといっしょにいられないのは辛くないですか?」

「好きな人? あいつが?」

「あ、まだそこまでになってませんか? 随分、落胆されていたのでもう愛情が芽生えたのかと思いました。」


愛情…
結婚すれば芽生えると言われていた。
この気持ちがそうなのか?
俺はただ、今夜はあいつの肌を抱きしめられないことが残念で…

この気持ちが愛情だろうがそうじゃなかろうが、俺たちはもう結婚してる。
いまさら愛情の有無が重要とは思えないな。


「あいつに会いたいってわけじゃない。ただ今夜はできないってだけだ。」

「なるほど、そうですか。まぁ、そう毎日するものじゃない…と聞きますしね。」

「お前も早く結婚しろよ。我慢は体に毒だぞ。」

「あ…ははは。ですよねぇ、ははっ」


そういえば、つくしがどうしているのか聞くのを忘れたな、と司はもう一度森川に連絡を入れた。









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2020.03.06
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2020.03.06





皆様、こんにちは。


風に春の匂いが混ざり始めました。
皆様、お健やかにお過ごしでしょうか。


さて、先日、重要なご指摘を受けましたので、いい機会ですから「はじめまして」の記事を書き直すことにしました。
あれはまだ二次を書き始めたばかりの頃、ブログで公開するにあたりとりあえず書いた記事で、まだ何もわからない状態で書いたものなのでいろいろと不備がありました。
次に書く「はじめまして」には私独自のルールなども盛り込むつもりですので、すでにお読みいただいた方も今一度ご確認いただけたらと思います。

一両日中には公開するつもりですのでよろしくお願い致します。


これからも当ブログで二次創作の世界をお楽しみいただけたら幸いです。



                   nona













2020.03.07




昼を過ぎる頃になってやっと起き上がったつくしは、今日のレッスンをキャンセルして気分転換に庭を歩いていた。
広大な屋敷の大半を占めるのは見事な庭園だ。
つくしがここへ来てからの2ヶ月の間にも、様々な花がその可憐な姿を見せており、散策の合間には庭の所々にある東屋で休憩するのが常だった。

庭園は今、年に2回ある剪定の時期だ。
冬場ほど大掛かりではないが、春の芽吹きが一通り終わったこの時期にも行われる。
そのため、庭のあちこちで屋敷所属の庭師が脚立に登って剪定バサミや刈り込みバサミで丁寧に枝を切り落としていた。


「健太ーー! お前の植木バサミくれぇ!」


親方らしき男性が隣の松の木を世話する若い庭師に声をかけた。
頭に白いタオルを巻き付け、青さのある紺の作業着姿の健太と呼ばれた若い庭師は脚立を降り、親方に駆け寄った。


「どうしたんですか?」

「いよいよ先が合わなくなった。50年も使ってんだ。寿命かな。お前のを貸してくれ。」

「わかりました。じゃ、俺はあっちの皐月をやってます。」

「おう、悪りぃな。」


若い庭師は親方にハサミを渡すと、自分の脚立に戻りそれを抱え上げて移動し始めた。
その様子を東屋から見ていたつくしは、胸の鼓動を抑えながら目の前を通り過ぎようとする庭師に声をかけた。


「あの、すみません。」

「えっ?」


いるはずのない女の声に庭師は東屋を振り向いた。
長い黒髪を横で束ね、つば広の帽子を被った色の白い、目の大きな可愛らしい女性が立っていた。


「あの、失礼ですが、もしかして藤村健太…さんですか?」

「え、ええ。そうですけど。」

「やっぱり! 健ちゃん、あたし! つくし! 牧野つくし!」

「つくし?……あっ! ああーー! つくし! おー? お前こんなとこでどうしたんだよ!」

「えっ? えーと、あはは、どうしたんだろうね〜。」


健太はつくしを下から上までマジマジと眺めた。
記憶の中のつくしとは似ても似つかない上品な服装で、遠い昔の真っ黒に日焼けして遊んでいた幼いつくしの面影はどこにもなかった。


「もしか、お前が新しい奥様…か?」

「…まぁ、そうらしいね…」


つくしは視線を彷徨わせた。


「親爺さーーん、俺、ヤボ用でちょい休憩しまーす!!」


健太は振り向いて叫んだ。
親方からは「おー」と返事が返ってきた。
健太は脚立を寝かせて置くと、東屋に入ってつくしの隣に腰掛け、庭師用の手袋を外して作業服の胸ポケットに仕舞い込んだ。
つくしは白い帽子を脱ぎ、傍に置いた。


「すっげぇ久しぶりだよな。」

「ん、だね。」

「社宅に住んでた時だから、最後に会ったのは俺が小5でお前が小3か?」

「そうそう! いっつも社宅の中庭にある公園で遊んでたよね。夕方になってさ、音楽が鳴っても健ちゃんはいつまでも滑り台から降りなくてさ。」

「ンでつくしに『仮面ライダー』ごっこの悪役を押し付けてな。」

「あったねー!いっつも進をお姫様にしてさ、助ける話作って。」

「『仮面ライダー』に『マリオブラザーズ』が混ざってんのな。」

「そうそう! あははは!」


人に対して久しぶりに抱く親近感。
思い出の中はいつでも輝いていて、つくしの心を無邪気だった童心に帰した。


「…どうした?」

「え…どうしたって…?」

「泣いてるから。どうした?」

「泣いてる?」


つくしは自分の頬に触れた。
指先をひと滴の涙が伝った。


「ほんとだ…なんで…」

「道明寺家に新しい奥様が来たって話は聞いてた。それがまさかつくしだなんてな。あ、いや、奥様って呼ばなきゃならないか。」

「やめてよっ。あたしは変わらずただのつくしだよ。」


健太は作業服のズボンのポケットからハンカチを取り出し、つくしの顎に伝う涙を拭った。


「これ、今日はまだ使ってないから、清潔だから。」

「…ありがと。」


健太から差し出されたハンカチを受け取って涙を拭えば、ほんのりとフローラルな香りがして、つくしはそっと健太の左手に視線を滑らせた。


「なんか…辛い思いしてんのか?」


健太が先ほどまでの軽い空気を抑えてつくしの頭にポンと手を置いた。


「はは…してないよ。なんかすっごく懐かしくなっちゃっただけ。はい、ハンカチごめん、ありがとう。」


つくしから返されたハンカチを健太は無意識に鼻先に当て香りを嗅いでからまたポケットに仕舞い込んだ。


「健ちゃんはどうしてここに?」

「ああ、俺はここの造園部勤務なんだよ。」

「え!? 職員さん?」

「そうそう。園芸高校を卒業してこの道明寺屋敷の造園部に就職してさ。さっきのが俺の上司。上司つっても親方だけどな。」

「こういうの、好きだったの?」

「うん、そうだな、あの頃から好きだったんだろうな。母方の爺さんが庭師でさ。帰省の度に仕事手伝ってたら将来の夢になってたな。」

「そうだったんだ! じゃ、結婚は?」

「ああ、してる。」


そう答えた健太の顔が微笑もうとしてすぐに真顔に戻った。


「プッ、あたしに気を遣わないでよ。健ちゃんの幸せ話を聞かせてよ。」

「そうか?」


つくしに言われて、健太の顔が綻んだ。
それはあの幼い日に、進が扮するピーチ姫を救出した時そのものだった。







「……でな、俺がさ…」

「えー! マジで!? 奥さんそれでよく結婚してくれたね!」


健太とその妻の話で盛り上がる。
恋愛結婚の二人の、つくしには経験のない馴れ初めやプロポーズの話に僅かな乙女心がチクリと痛んだ。


「で、お前は? 若旦那様とはどうやって知り合った? 恋愛か?」

「まさか! あたしさ、試験に合格しちゃったんだよね。」

「試験!?」

「花嫁試験。それと知らずに受けてさ、最終選考で道明寺の総帥と社長に説得されたの。」

「総帥と社長が出てきたら受けるしかないな。」

「一度は断ったんだけどね。根負けしちゃった。夫になる人の顔も知らなかったんだよ、あたし。」

「ははっ、つくしらしいな。あの超絶イケメン御曹司の顔も知らないとか。」

「…確かに、すごい綺麗な人だよ。でもあたしはもっと普通の人がよかったな。」

「なんで?」

「旦那様はね、綺麗でね、純粋な人なの。モテるだろうに女遊びとかしたことなくて、道明寺の跡取りとして真面目に頑張ってきた人なんだって。そんな人にあたしだよ? 釣り合わなさ過ぎでしょ。もっとブサイクでもっと性格悪かったら「結婚してやったのにふざけんなー!!」ってガツーンとぶつかっていけたのかも。」

「ブサイクじゃなくてもぶつかっていけばいいじゃん。」

「んー、そうだねぇ。でもあんまりにも自分と価値観が違う人だし、よく知らない人だし、会いたい時に会える人じゃないし。」

「なんか、いろいろあるみたいだな。」

「ボヤいちゃった。ごめんね、あはは!」


つくしは帽子を取って立ち上がった。


「さ、もう戻らないと。」

「な、つくし、」

「ん?」

「良かったらさ、お前も土いじりとかしてみれば?」

「土いじり?」

「ああ。今はガーデニングって言った方が通じるか。自分の花壇を作らせてさ、お前が暇な時でいいから花を植えたり、草を抜いたり。命を育てるのっていい気晴らしになるぞ。」

「花壇か……わかった。聞いてみるね。」


健太も立ち上がった。


「おう! そしたら俺が手入れを教えてやるよ。」

「うん、ありがとう!」


二人は東屋を後にして歩きながら互いの家族の近況の続きを報告し合った。









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2020.03.07
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