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渡りのない今夜、司の帰宅は23時近かった。
渡りができない時には先の仕事までこなし、渡りの日には早めに帰宅するという習慣がつきつつあった。

エントランスまで出迎えた執事ならびに使用人の列に森川もいた。
司が使用人たちの挨拶に鷹揚に頷き、廊下を歩き始めたのに倣って、森川も司のすぐ後ろに付き従った。


「つくしは?」

「北棟の灯りは消えております。」

「そうか…招き状は届いてないんだな?」

「届いておりません。」

「………」


今夜の渡りができないのは昨夜の自分の無茶のせいだとわかっているのに、司はどこか腹立たしい。

あの程度でヘバるとは、あいつ鍛え方が足らねぇんじゃねぇの?
俺なんかピンピンしてるってのに。
ずっと邸にこもってじっと座ってレッスン受けてるだけだから体が鈍るんだ。
島田に言ってつくしにトレーナーを付けてやるか。
2晩くらいブッ通しでヤってもヘバらねぇくらいの体力、つけさせてやる!

階段を上がり2階の自室の前の廊下で立ち止まり、司は廊下の窓から北棟を眺めた。
同じく2階にあるつくしの部屋の灯りは森川の言った通りリビングも寝室も消えていて、つくしがすでに休んだことを意味していた。

フンッと鼻を鳴らして森川がドアを開けて待っている自室へと入った。


「渡れないのは今日だけだよな?」


司は着ていたものを一枚ずつ脱いではそれを森川に差し出し、森川もまた流れるように受け取った。


「はい。明日以降のことは聞いておりません。」


それに返事をすることなく、司はバスルームに向かった。

主人がドアの向こうに消えたのを確かめて森川は一つ息をついた。

帰宅してから旦那様は渡りのことばかり気にしている。
たった一晩、奥様に会えないだけだというのに、旦那様のあの苛立ちはどうだ。
あのご様子では、早くも恋に陥落したのかもしれない。
しかしそれは喜ばしいことなのか、憂うべきことなのか。

島田の話では奥様はまだ旦那様にお心を許していないらしい。
そりゃそうだろうな。
一般人でも見合いで結婚すれば親愛の情が湧くのに時間は必要だ。
なのに旦那様と奥様は生活を共にはされず、まだ数えるほどしか会っていない。
それもほとんどがベッドの中。
旦那様ほどの男性が相手なら、愛情がなくても泣いて喜ぶ女性は多いだろうが、奥様はどうやらそんな方ではない。
だからこそ大旦那様たちが見込まれたのかもしれないが。


「うーん…どうすれば…」


どうにかして奥様にも旦那様に恋していただかなければ。
しかしそのためにはどうすればいいだろう。

司とつくしの結婚生活の鍵を握るのはどうやらつくしになりそうだ、と森川は思案に暮れた。




***




「あの、島田さん、」


午前のドイツ語、ダイニングルームで昼食時のテーブルマナー、そして午後の道明寺家の歴史の講義とダンスのレッスンを終えたつくしは部屋に戻り、入浴の準備をしていた島田を呼び止めた。


「なんでしょう。」

「あの、お願いがありまして。」

「どういった?」


つくしがこの道明寺邸に来てからというもの、一度も何かを強請ったことはない。
司に対してもそのような形跡はないらしいと森川から聞き及んでいた島田は、その点においてつくしに一目置いていた。
一般庶民の女性が嫁してくると聞いた時から、財産や地位、もしくは名誉目当ての嵩高い女性ではなかろうかと危惧していたからだ。


「その、花壇が欲しいんです。」

「花壇…ですか?」

「はい。私は趣味と言えるものもなく、ここでの生活がやや…その…手持ち無沙汰と言いますか。あっ、もちろん、レッスンや復習に充てられる時間とは別に空いた時間のことなんですけど、ガーデニングなんてしてみたいなぁ、なんて思いまして。」

「つまり専用の庭園が欲しい、と。」

「そんな庭園だなんて、ほんのちょっとしたスペースで構わないんです。」


島田はメガネの縁をクイッと上げた。


「お話はわかりました。しかしそれはわたくしではなく、今夜、御渡りの時にでも旦那様におっしゃってください。旦那様の許可が必要ですので。」

「旦那様の…そう…わかりました。」


御渡り…
その言葉が出てつくしの気持ちは一気に暗く沈み込んだ。
抱き潰されたのは日曜日。
昨日の月曜日は控えてもらったが、たった1日休めただけでまた再開されるのか。


「島田さん、その御渡りなんですが、」

「奥様、おっしゃりたいことはわかっています。が、しかし、正当な理由も無く無闇に拒否することはできません。どうしてもお嫌ならそれも旦那様とお話し合いになってください。」

「……わかりました。」


話し合うって頻度のこととか?
週に何日にしましょう、って?
あるいは一晩に何回までとか?

考えてつくしはボボっと顔から火を拭く勢いで赤面した。

そ、そんな話をあたしからフルの?
どんなタイミングで?
いや、待って。
交渉ってのは慎重にしないと。

まずは花壇の話をしよう。
それから頻度の話に持っていこう。

うん、そうだよね。
夫婦なんだから何事も話し合わないとね。








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2020.03.08




つくしが道明寺家に嫁いできてから1番驚いたことは1日のスケジュールの奇妙さだ。
道明寺家の人々は、日に何度も入浴をし、着替えるのだ。

入浴については朝晩に加えて、ダンスレッスンなど汗をかいた時。
着替えに至っては食事のたびに行わなくてはならない。
朝食だけは入浴後のガウン姿が許されていたが、それもつくしの性分ではかなりの抵抗のあることだったから、結局は着替えてからダイニングに降りた。
それに加えて昼食前、昼食後、夕食前、夕食後、そして夜の入浴後だ。
食事は毎日毎日一人でダイニングテーブルに着くだけなのに、夕食時などは誰かの結婚式にでも出掛けるのかというほどのフォーマルだった。

今日もつくしは誰に見せるともないオシャレなドレスに身を包んだ夕食を終えると、まずは平服に着替えた。
そして司が会社を出たという知らせを受けた島田によって入浴を促され、丹念に身を清めると、用意されていたのは日曜日に訪れたランジェリーショップで司が選んだベビードールだった。
バスローブを羽織り、寝室で準備をする島田に歩み寄った。


「島田さん、今夜はこれを着るの?」

「はい。旦那様から是非にその姿が見たいとのお言付けがございました。」


手渡されたベビードールはボルドーの総レースで、隠すべきところも透けている。


「こ、こんな、着ても裸同然じゃないですか!?嫌です。」


すると眼鏡の向こうの島田の目がスッと細まった。


「奥様、」

「はい?」

「今夜は旦那様に交渉したいことがおありなんですよね?」

「うっ…はい…」

「でしたら、着ることをお勧めいたします。交渉には戦略が大切ですよ!」


戦略…
つまり司の要望を聞くことで、こちらの要望も通しやすくなると言いたいのだろう。
ただ、花壇の件はさておき、御渡りを控えて欲しいという要望を通すのに、煽るようなこれを着るのはなんだか矛盾しているような…

だが今や切実な懸案事項となっているその交渉の成功のため、つくしは手の中の布切れを握りしめた。









いつものように森川に先導された司は東棟の廊下を歩いていた。
今夜はつくしに先日買った特別な寝衣装を纏わせるように島田に伝えてある。
楽しみすぎて菱沼も驚くほどのスピードで仕事を片付け帰宅した。
早くその姿が見たいと逸る気持ちを表に出さないように、司はいつもよりもゆったりとした歩調で北棟に向かっていた。

いつものようにつくしの寝室に入り、いつものように天蓋からカーテンの下されたベッドに近づく。

この先に艶かしいつくしがいる。
思わず緩む頬を引き締めて司はカーテンの開いているベッド脇に立った。

が、司はしばらく立ち尽くしていた。
何度も眉根を寄せては目を見開き、期待した姿はどこにあるのかと探したが見つからない。
そこにあるのはこんもりと盛り上がったシーツの塊だった。


「つくし?」


ベッドの上のシーツの塊がモゾモゾと動き、黒髪が見えたかと思ったらプハッとつくしが顔だけを覗かせた。
体はシーツに隠れたままだ。


「あ、どうも、こんばんは。」


間の悪さを誤魔化すようにつくしはとりあえず笑顔になった。


「何してんだ?」


司がベッドに乗り上げてきた。


「隠れてました。」

「なんで」


つくしに近づき、乱れた髪を手櫛で梳きながらその瞳を覗き込んだ。
つくしが照れたように頬を染めて視線を逸らす。


「なんでって、心当たりあるでしょ。」

「着てんのか?」


司に向いた顔はちょっと怒ったような膨れっ面で、それが司のツボに入った。


「プッ! その格好でその顔はやめろ。ハハハッ」

「笑ってないでよ! 誰のせいよ! こんなもの着せといて!」

「似合うと思ったから。見せろよ。」


司に請われたつくしは、ベッドの上で座ったまま一歩退いた。


「まだダメー!」

「はぁ? なんだ? 追いかけて剥ぎ取るプレイか?」

「バ、バカッ! そうじゃなくて、話があるの。」

「話?」

「そ。今夜は私の話を二つ聞いてください。じゃないと見せません。」


司はこんな風に女と軽口を利いたことなどない。
いや、男とだって親友3人以外とはなかった。
それなのにベッドの上の無礼講がいつの間にか二人の間の壁を薄くしていく。
誰かが自分の心に近づくなどという経験をしたことがない司もなぜか心地よく、普段なら怒り出しそうな物言いも、この妻にされるとむしろ楽しく可笑しく愉快だった。


「わかった。聞いてやるから早く話せ。」


つくしはシーツで体を隠したまま、ベッドの上で司に向かい合って正座した。


「じゃ、一つ目ね。旦那様、お庭に私専用の花壇が欲しいんです。許可をください。」


つくしは頭を下げた。


「花壇だと? 何するんだ?」

「気晴らしに花を育ててみます。」

「お前が? 庭の花だけじゃ足りないのか?」

「いえ、あの広いお庭はいつでも素晴らしいです。でも見てるだけじゃなくて自分でも育ててみたいの。他に趣味もないし、レッスンがない時間は暇だし。」

「ふーん。わかった。じゃ1ヘクタールくらいあればいいのか?」

「へ、ヘクタール!? いい! いらない! そんなにいらない! せいぜい2坪で十分です!」

「2坪!? 何にもできねぇじゃん。」

「私一人でお世話するんだから十分よ。」

「わかったわかった。許すから、次!」


司が捕まえようと伸ばした腕を仰反るように避けながらつくしはまた少し下がって正座をした。


「次は、えーと、あー、」

「なんだ、早くしろ!」

「それが、御渡りの件なんですが、」

「渡りの? 渡りがどうした?」


まさか、また拒否するってんじゃねぇだろうな。


「もう少し頻度を落としてほし…キャッ」


早技で、シーツを掴むつくしの手を引いてくるりと向きを変えさせて背後から抱き寄せた。
シーツの合間からつくしの脚とベビードールの一部が見えた。


「話、終わってない!」

「渡りの頻度を落とせだ!? ここに来るなってことか!」


つくしは慌ててシーツを掴み直そうとしたが、司はその隙間から手を入れ、まだ見えぬレースの上からつくしの胸をその掌中に収めた。


「あっ…ちょっ…そんなこと言ってない! あっ…やっ」

「却下だ! ほら、話は終わったぞ。早く見せろ!」

「このぉ、ケダモノ!!」


バサッとシーツが剥がされた。
と同時に、つくしは司の手から逃れ、フワリと黒髪を一振りして振り向くと、司に向かい合うようにして50cmのところで背後に手をついてベッドに座り込んだ。

揺れる真っ直ぐな黒髪、ハッと見開いた吸い込まれそうな大きな瞳、白い肌を彩るはボルドーの総レース。
全身が透けていて桃色の頂まで見えている。
裾からスラリと伸びた脚は膝を立てているため、いかにも柔らかそうな腿の間から下生えのその奥まで見えそうだった。
その艶かしく美しい肢体にドクンと高鳴ったのは司の下半身だったか、それとも心臓だったのか。


「やだっ」


つくしは俯いて腕をクロスさせて胸を隠し、脚もクロスさせて下半身を隠した。
しかしそのポーズさえも艶かしく、司の頭にモヤがかかり、劣情に支配されていく。


「つくし」


自分の体を隠すことで精一杯のつくしに近づき、手を伸ばした。


「隠さなくていい。すげぇ似合ってるから。」


その頬を包み、上向かせて唇を軽く触れる。
それだけなのに電流が走ったように司の身にはブルッとひとつ身震いが起こった。


「司…」


彼女が名前を呼んでくれるのが嬉しい。
自分を見上げるその瞳に自分だけを映してくれるのが嬉しい。
彼女がもう既に自分の妻であることが司は嬉しかった。








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2020.03.09




結局、つくしの2つ目の願いは聞き入れられることはなく、まだ週の半ばだというのに今週2度目の遅い朝を迎えていた。

恥ずかしさを抑えて着たベビードールはすぐに剥ぎ取られ、何度もイカされた。
しかしその後のことは朦朧としていてほとんど思い出せない。
いつ狂宴が終わったのか、いつ司が部屋に戻っていったのか、そしていつのまに自分はガウンを着せられたのか。
何も思い出せなかった。

あの人、ケダモノじゃなくてバケモノよね。
人一人を意識なくなるまで抱けるって、これはもう才能じゃない?
なんか活かせる職業ないの?


「奥様、おはようございます。」


島田の声に額に乗せていた腕を下ろした。
つくしの住むのは北棟だが部屋は南向きだ。
広い中庭があるせいで、日当たりはそれほど悪くなかった。
真夏に向かうこの時期、日はすでに勢いを増して伸び上がろうとするところで、つくしは眩しさに光から顔を背けた。


「島田さん、花壇の件は許しをもらえましたが、御渡りの件はダメでした。」

「そのようですね。」

「ハァ…あの人、本当になんなんですか? あたし、そのうち殺されますよ?」


しかし、つくしにしても本当に嫌なら抗う術はあるはずなのに、こうして懲りもせずに餌食になっている。
なんだかんだと口では言いながらも、つくしも司を憎からず思っているのではないかと島田は感じていた。


「今夜の御渡りは断っておきます。」

「でもそれじゃ、明日にはまた解禁てことですよね?」

「そうなります。」

「……島田さん、旦那様に御招き状を出します。じゃないと話し合いになりませんもん。」

「かしこまりました。」




***




「招き状が届いた!?」


日中、森川から渡りの断りの連絡がなかったため、今夜も渡れると期待して帰宅した司にもたらされたのは『御招き状』の知らせだった。


「そんなもん無視すればいいだろ! どうせ渡れば俺に会えるんだから同じだろうが!」


と言いながらも同じでないことは司にもわかっていたから、どうしてもこの『招き』に応じるわけにはいかなかった。
招きに応じればつくしを抱くことはできないのだ。


「旦那様、そうはいきません。『御招き状』が届いたからには、まずは招きに応じなければその相手の閨に渡ることはできません。」

「チッ! どんな仕組みだよ。」


自室に入る前、廊下で立ち止まり、司はまた北棟を眺めた。
今夜はまだ宵の口ということもあり、つくしの部屋の灯りは煌々と灯っていた。

家族と暮らす

そんな当たり前のことが司には当たり前ではなかった。
長く東棟で生活している間、15歳の時に姉の椿が嫁いでからは南にも北にも灯りが灯ることはほとんどなかった。
引退した婆やが住む西棟の1階が僅かに明るくなる程度。
邸の暗さは司の心にも陰を落としていた。
それでも荒まずに済んだのは道明寺家後継者の自覚と3人の親友、そして森川以下、常に自分を慕い気にかける使用人の存在だった。
しかし今は妻がいる。
邸に灯る灯りは、そのまま司の心に灯る灯りになった。


「ったく、あいつはなんだって招き状なんて寄越しやがったんだ。」


呟くように吐き捨てると、司は自室に入った。




***




森川に先導されながら北棟に向けて廊下を歩く司の出で立ちは昨夜とは違いきっちりと服を着込んでいる。
渡る時はいつもボトムだけを履いてガウンを羽織っているが、今夜は渡りではない。
『招き状』に応じての訪問なのだから、カジュアルと言えどもだらしない格好はできなかった。


「旦那様、今夜の奥様は障りではございません。ですので睦事以外のことは問題ありません。」

「フ…ン…わかってる。」






部屋に入ると島田とつくしが共に立って司を出迎えた。
今夜のつくしはビジュー付きのシフォンブラウスにフレアスカートを履いて、昨夜の妖艶さとは打って変わって淑女然としていた。
司を上座のソファに案内し、つくしは下座に座った。

司はわざとらしくドカッとソファに腰掛け背もたれに腕を広げて顔をつくしから背け、不機嫌であることを言外に匂わせた。
島田と森川はいつものごとくドアの脇に並んで立ち、程なくして入ってきたメイドが食事を済ませていた両者にコーヒーを給仕して出て行った。
それまで互いに口を開かなかった司とつくしだったが、口火を切ったのはつくしだった。


「旦那様、招きに応じてくださってありがとうございます。」


つくしは座ったまま頭を下げたが、不機嫌な司は返事をしない。


「今夜、御招きしたのはきちんとお話ししたいことがあったからです。」


その言葉に司はギロリと視線だけをつくしに向けた。


「なんの話だ。」


不機嫌全開の低い声がやっと答えた。


「御渡りの件です。」


司の目が細まる。


「その話なら昨夜終わっただろ。」

「終わってません。」

「俺は渡りをやめないし、控える気もない。」

「やめろとは言ってません。ただ毎日は付き合いきれません。」

「お前は妻だろ。妻の義務だろ。」

「そこは否定しませんが、頻度を落としてほしいと頼んでるんです。」

「嫌だね。」

「嫌だねって……」


互いに譲らない二人の間には徐々に険悪な空気が漂い始めた。
しかしそんな中で、つくしの大きな瞳に怒りという名の光が宿り、爛々と輝きだしたことに司は気づいた。

これだ。
あのとき見た瞳。
もっと見たい。
もっと輝かせたい。

司はいつしかつくしの本来の姿を見たいがためにこの交渉に熱を入れた。


「毎日する必要ないですよね? 現に結婚するまでは我慢できてたんだからできるはずだと思います。」

「できない。」

「はぁ?」

「知らなかったから我慢できたんだ。知ったら我慢できない。」

「ハァ…あの、この一週間で何度しました? もう飽きてもいい頃じゃないでしょうか?」

「飽きるだと?」

「私が意識失うまでっておかしいです。もうここらで本当に飽きてほしいんです。」

「それはまだまだ先の話だな。」

「じゃ、週3にしてください。」

「やだ。」

「じゃ拒否します。」


話が通じないと、つくしはプイッとそっぽを向いた。
司は立ち上がりテーブルを回るとつくしの隣、体が触れるほど近くに腰掛けた。


「ちょっと、なんですか!?」


飛び退けようとするつくしの両腕を掴んでグッと引き寄せ、司は被さるようにその瞳を覗き込んだ。


「俺から目を逸らすな。」

「腕っ、痛いっ、なんなの!?」


怒りのボルテージが上がるごとにつくしの瞳は煌めく。
その煌めきの中心に自分が映っている。
どんな感情だろうと、彼女の本心が知りたい。
本物の心に触れたかった。
が、司の決意もそう長くは保たない。
なぜなら心に触れる前に、すぐに彼女の身体に触れたくなってしまうから。

司は不意打ちに口付けた。
これにはつくしだけでなく壁と化していた島田と森川も思わず目を見開いた。
それは長い口付けで、つくしは硬直し、見開いた視界には司の長い睫毛が映っていた。
そのうちに我に返ったつくしが抵抗し始めた。


「んっんんんーー!!!」


すると司はキスをしたまま、つくしの腕を掴んで立ち上がった。
そして唇が離れた瞬間、つくしの足元に屈んだかと思ったら肩に担いでまた立ち上がった。


「よっと、」

「ちょっと!! 何してんのよ! 下せー! 下ろしなさい!!」

「森川!」

「は、はい。」


司が暴れるつくしを担いだまま、ドアの横に立つ森川を振り向いた。


「セックスしなきゃいいんだろ?」

「えっ?…え、ええ、はい、そうです…けど…」

「心配するな。シキタリは破らねぇよ。だからついて来るな。」

「はあ…」

「何言ってんのよ! ちょっと、下ろして!!」


担がれたまま背中をドンドンと叩かれているのも気にせずに司はそのままつくしの寝室に入って行った。









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2020.03.10




ドサッ


今夜はカーテンがまだ1枚も下がっていない天蓋ベッドに司はつくしを下ろし、被さって顔の横に両手をついた。
部屋の灯りは消されていたが、月なのか向かいの南棟の明かりなのか、室内はそれほど暗くもなかった。

ベッドに横たえられたつくしはジッと司を見上げた。
見るたびに新鮮な気持ちで見惚れてしまう綺麗な顔が自分を見下ろしている。
つくしはその仄かに照らされる顔のあまりの秀麗さに、さっきまでの怒りを忘れて見入った。
クルクルとした前髪が落ちて僅かに瞳を隠している。
それがもったいなくて、つくしは手を伸ばしてその髪に触れた。
触れられて司の瞼が閉じる。
髪に指を通したつくしの手は前髪を梳くようにそのまま司の横顔を撫でた。
司の瞼がまた開く。
現れた黒曜石のような瞳がつくしの瞳を捕らえた。


「旦那様、」

「ベッドでは司だろ?」

「…司、なんで…」

「俺は毎日お前に触れたいのに、お前はそうじゃないって?」

「触れるだけで、いいなら…」

「触れて、味わって、感じたい。」


美しい夫に魅入られていたつくしは、率直な司の言葉に我に返り、頬を染めて思わず顔を背けた。
司はその顎に手を添えてまた自分に向かせた。


「俺から目を逸らすなと言ったろ。そんなふうにお前は自分自身からも目を逸らしてる。お前も本当は渡りを待っているんだって、カラダなら正直に答えてくれるんじゃないか? 俺が聞いてやるよ。」

「え……んっ」


再び唇が重なった。
しかし今度のそれはじっとなんてしていない。
上に下につくしの唇を甘噛みし、温かい舌が表面を滑り、侵入し、絡ませれば混ざり合った透明の液体がつくしの喉に流れ込む。
それをつくしが嚥下すると、まるで喉の奥まで犯されているようでそれがつくしの劣情まで煽り立てる。
抗いたい自分と、受け入れたい自分とが小競り合いを起こし、視界がチカチカと点滅した。
そのうちに司の顔は首筋に埋まり、その手がつくしのシフォンブラウスの裾から侵入し、キャミソールをたくし上げた。


「だ、だめっ」

「いいんだ。交わらなきゃいいんだから。お前だけを悦ばせてやる。俺を欲しがるようにしてやる。」


抗いたいのに、抗わなきゃいけないのに、許しちゃいけないのに、許したくないのに、司の甘言にその逞しい胸を押しのけようとする腕に力が入らない。
結婚以来、抱かれるたびに深まる快感を知った体は、これから始まる快楽の波に乗りたがっているのだ。

しかし、司に触れられるほど熱を持つ体とは反比例して、つくしの心は冷めていく。
荒涼と広がる冷え冷えとした原風景の中に、ポツンとひとり取り残され、つくしの心はうずくまって凍えていた。

愛されてない。
愛されてるから抱かれてるんじゃない。
快楽のために貪られようとしているだけ。
妻とはなんだろう。
結婚てなんだろう。

ただ体を差し出すだけの日常に、つくしの心が悲鳴を上げた。


「やだ…いや…もうやめて…もうやだ……うっ」


初めて聞くつくしの嗚咽に、スカートをたくし上げてその腿を撫でていた司の手は止まり、胸の頂の甘さを味わっていた顔を上げた。


「つくし?…泣いてるのか? どうした…」


手で顔を覆い、司が退いた体を司から背けるように横臥し、小さく丸くなった。


「うぅ…もうやだ…帰りたい…帰りたい…」

「つくし…」


帰りたい?
この屋敷を出て行きたい?
俺を置いて?
…俺はまた独りに?

そう思ったら司の背筋に鳥肌が立った。
どうにかして目の前で泣きじゃくる女を宥めなければと、その頭をそっと撫で、彼女が落ち着くのを祈るように何度も手を往復させた。


「つくし、悪かった。そんなに嫌だとは思わなかった。」


尚もつくしの頭を撫でながら、司はシーツを手繰り寄せ、つくしの肩まで引き上げた。
そして自分も彼女の背側に横臥し、シーツの上から再び抱きしめた。


「どこにも行くな。ここにいろ。お前は俺の妻なんだから。」


司の手、仕草、言葉。
そのどれもが優しくて、ともすれば酔ってしまいそうなのに、なのにそれがさらにつくしの涙を誘引する。

なぜだろう。
何でこんなに泣けてしまうんだろう。
でもどうしようもなく悲しい。
悲しくて寂しくて涙を止められない。
どうしたらいいかわからない。

司の大きな手がつくしの肩にそっと添えられた。
そしてつくしを自分に向かせ、今度は正面から抱きしめた。
その胸の温かさと甘い香りに、つくしは司の胸元に顔を埋めてまた泣き声を上げた。






結局、つくしが泣き止んでそのまま眠るまで司はその頭を撫で続けた。
そしてつくしが眠ったのを確かめてベッドを抜け出し、寝室を出た。
そこには島田と森川が先ほどと変わらない位置で佇んでいた。


「奥様はどうなさいました?」


島田が問いかけた。


「眠った。」

「本当に、してないでしょうね?」


司に疑いの目を向けたのは森川だ。
なんせ二人が寝室に消えてから優に1時間は経っていた。


「してねぇよ。あいつが泣き出したから……」


俯き加減な司の顔には困惑と不安が浮かんでいるように森川には見えた。


「島田、」

「…はい。」

「俺は渡りはやめない。毎日でも渡ってくるつもりだが、あいつに負担になるようなことはもうしないって伝えとけ。」

「かしこまりました。奥様を泣かせるようなことはもうしない、ですね。」


司の幼少期の育成にも携わっていた島田は、司が不機嫌に噛み付いてくるかと身構えたがしかし、そんな気配はなかった。


「ああ、そうだ。もう泣かせねぇ。」


まるで手応えのない返事をして司は森川を伴って出て行った。






「泣かせちゃったんですか?」


東棟の廊下を南に向いて歩きながら、自分の斜め後ろを黙り込んで歩いている主人に向かって森川はチラッと視線を送った。


「………」


反応はない。


「それは、嫌がるのを無理矢理的な…」

「泣き出したからやめたっつったろ!」

「でもするつもりだったんですよね?」

「シキタリだろ。最後までするつもりはなかったけど…」


声が尻すぼみになるところを見ると、ギリギリのことまではしようと思っていたらしい。
司はまだブツブツとボヤいていた。


「あいつが、渡りを控えろとか言うから…じゃあカラダに聞くかって………っと、急に止まるなよ……ってなんだその目は!」


話の途中で森川は立ち止まり、後ろを歩いていた司にジトーッと白い目を向けた。
そして「ハァ〜…」と呆れたようにため息をついた。


「な、なんだよ。」

「旦那様、それじゃまるっきり悪代官みたいじゃないですか。」

「悪代官!? 俺は夫だ!」

「好きなんですか?」

「は?」

「恋愛感情です。奥様のことを好きになって、愛してて、だから毎晩渡って閨を共にしたいと思ってらっしゃるんですか?」

「俺たちはもう結婚してるんだぞ? 今更そんなもんが必要か? あいつとヤりたいって気持ちだけで十分だろうが。」

「だから何でそんなに “ 奥様と ” ヤりたいんですか!?」

「なんでお前が怒ってんだよ!」

「怒ってません!」

「気持ちイイからだよ! 他の理由なんてあるか!」


司の言葉に、今度はガックリと肩を落とすジェスチャー付きで森川はまた「ハァァァ〜…」と深くため息をついた。


「さっきからなんなんだよ、お前は!」


森川は背筋を伸ばし、いつもの従者の顔になった。


「旦那様、そろそろ下半身で奥様のことを考えるのはご卒業なさってください。」

「なっ!」

「シキタリをお守りになり、ご経験のない旦那様を私も島田も生温かく見守って参りましたが、ご結婚から1ヶ月そこそこで奥様からの異例の御渡り自粛要請。この森川、これ以上黙っておられません。」

「あいつは何も自粛まで言ってねぇだろ…」

「旦那様!」

「だからなんだよっ!」

「早く奥様に心で恋してください!」


言いたいことを言い終えた森川は、呆気に取られる司を残し、クルリと前に向いてまた歩き出した。




***




「……さま、奥様、起きてください!」


島田の声につくしはハッと瞼を開けた。
広いベッドの向こうの明るい室内で島田が立っているのが視界に入った。
瞬きながら記憶を辿って今の状況を推し量る。


「奥様、目が覚めましたか?」


つくしは起き上がり髪を撫で、服を着たままの自分を見下ろした。
そうだ、あいつにベッドに運ばれて抱かれそうになって泣き出したんだ、あたし。
そしたら止めてくれて寝ながら抱きしめられて…そのまま寝ちゃったのか。


「何時ですか?」

「22時を過ぎたところです。今夜は渡りはありませんから、ご入浴してゆっくりなさってください。」

「わかりました。すみません」

「旦那様よりご伝言です。『毎日でも渡ってくるが、負担になるようなことはもうしない』だそうです。」

「毎日……」


御渡りの頻度を控えてほしいと改めてお願いしたのに、結局聞き入れてもらえなかったのか。
先ほどの司の言葉が思い出された。


『どこにも行くな……妻なんだから。』


優しい言葉をかけられたと思った。
きっとわかってくれたんだと思った。
なのに彼が出した答えはこれだったのか。

つくしは深い落胆に覆われた重い体を起こしてベッドを抜け出し、バスルームへと入って行った。





***




部屋に戻り、入浴を済ませ、書斎で少し仕事を片付けると司は自分のベッドに入った。
季節は文月に入っていたが空調の整えられた館内は年中快適で、暑さも寒さも司の部屋までは届かない。
なのに、司は生まれて初めてシーツの冷たさを感じていた。
つくしの部屋と同じ広さの部屋の、同じ大きさのベッド。
濃紺地に黒い絹糸で模様が描かれた重厚なジャガード織りの天蓋から下がるのは同じ生地のカーテンだ。
その何もかも、ただ色が違うだけでつくしの部屋と同じなのに、温度だけが違った。

先ほどつくしの部屋のつくしのベッドで、胸につくしを抱きしめていた時間の温かさ。
腕の中で自分に縋って泣いていたつくしが徐々に落ち着き、そのうちにクウクウと寝息が聞こえてくると、それに釣られるようにもう少しで司も眠ってしまいそうになっていたのだ。

その誘惑を振り払い、つくしを残してベッドを出た時に感じた寒さは、今ひとりで横たわる自分のベッドのシーツの冷たさと同じだ。

どうしてあの時、俺はつくしのベッドを出たんだろう、と考えてすぐに答えにたどり着く。
それはシキタリだからだ。
『妻と共に朝日を見てはいけない。』と決められたことだからだ。
いや、決められていなくても妻と寝食を共にするなど庶民でもあるまいに、そんな煩わしいことは真っ平だ。
と思うのに、目覚めたつくしは俺がいなくて寂しくないだろうか、などと相反する想いが湧き上がった。









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2020.03.11




翌日も司は北棟に渡るために東棟の廊下を歩いていた。
道明寺邸はロの字に建築された3階建ての洋館だ。
南棟を正面とし、その1階には大きなエントランスがある。
各棟にも小さいながらエントランスが存在していおり、それぞれが独立した生活が営めるようになっていた。

東西南北の各棟の各フロアは重い扉で仕切られている。
北棟に出入りする扉にのみ鍵が付いており、鍵を持つのは執事と主人の従者だけだった。
その鍵は何のためなのか。
主人の妻を守るためか、もしくは外から入ってきた女を閉じ込めておくためなのか。


「なぁ…」


司は先導する森川に声をかけた。


「はい、なんでございましょう。」

「女ってのは、その、ヤりたくない時ってのがあんのか?」


森川は歩きながら振り向き、速度を緩めて司に並んだ。


「あります。わたくしの経験から言わせていただけば、女性は男と違い、心と体が直結しています。心が受け入れないと、身体も受け入れないようですね。」

「あいつが俺とヤりたくないのは気持ちが俺を嫌ってるからか?」

「奥様は何もヤりたくないなどと仰っておられません。ただ、毎日は多いのではないかということでしょう。」

「………な、森川。」

「はい。」

「渡りってのは必ずヤらなきゃいけないと定められてるか?」

「いいえ。御渡りはあくまで旦那様が奥様の部屋を自らの意思で訪ねることです。訪ねて何をなさるかまでは決められておりません。」

「そうか…」


11センチ上の司の顔を仰ぎ見た森川は話が終わったことを悟り、また司の先導に戻った。

北棟の扉を森川が開け、中に入る。
北棟の廊下は北側に面していて、他の棟よりヒンヤリとした空気が流れている。

リビングのドアの前で立ち止まり、森川がノックをすると中にいる島田がドアを開けた。
招き入れられ、寝室の前まで来ると島田がノックをしたのちにドアを開け、いつものように御渡りの宣言をした。
いつもと同じ手順だが、司は昨日のつくしの泣き顔を思い出して一瞬躊躇したのちに踏み出した。

今夜も司はボトムだけを履き、上はガウンだ。
いつものようにベッドサイドに立つと、今夜はシルクのパジャマを着たつくしがいつものようにベッドの上で正座をし、手をついて頭を下げて待っていた。

思わず司の表情が緩む。
ベッドに乗り上げ、つくしの前で胡座をかいて座った。


「待たせたな。」


その言葉につくしは無言で顔を上げたが視線は上げず、無表情だった。


「つくし、俺を見ろ。」


司の手がつくしの顎にかかり、顔を自分に向けさせたが、尚もつくしの視線は下を向いたままで決して司を見ようとしなかった。

無言の抗議

『私の瞳に決してあなたは映さない』という、つくしの精一杯の反抗だった。
その気概を感じ取った司はつくしの腕をグッと引き寄せ、自分の胸に落ちてきた女を抱きしめた。


「そう拒むな。今夜はしないから。」


司の言葉につくしは倒れ込んでいた体を起こしてパッと司の顔を見上げた。


「やっと俺を見たな。」


至近距離で自分を見つめる瞳に、司はともすれば唇を落としてしまいそうになる。
しかし今夜は体を使わないでつくしと対話したかった。
泣くほど嫌がる女を抱く趣味もない。
喜んで受け入れろとまで言わないが、少なくとも先程のような拒絶状態からは脱したかった。


「しないのに御渡りを?」

「渡りは睦み合うためだけにあるんじゃない。ただお前に会いたいって理由だけで十分なんだ。」


人は無意識に言葉に本音を乗せることがある。
今の司の言葉も、司自身は『御渡り』というシキタリについて語ったつもりだった。
しかし「お前に会いたい」との本心の吐露につくしはえっ!という顔をして一瞬目を見開き、次には照れたように視線を彷徨わせたが、やがてまた司を見上げて微笑んだ。
その優しい微笑みは結婚以来、つくしが初めて見せた心からの笑みだった。

その顔を見て、司は言葉を失った。
まるで幼い子供が宝物を見つけたような、大切に大切にして誰にも見せたくないような、それを自分だけの隠し場所にそっと仕舞っておきたいような、それでいて持っていることを自慢したいような、そんな感情が司の中に湧き上がった。

司はつくしの顔を見つめながらその頬に手を添えた。
大きな手の指先がつくしの耳を撫で、親指が大きな瞳の下の頬を辿る。


「旦那様?」


今夜はしないと言ったばかりなのに、その桜色の唇を味わいたい衝動を抑えられずに司は顔を近づけた。
しかし、つくしの瞳に不安が過ぎったのに気づいてすんでのところで唇を避け、頬と頬を合わせるに留めた。
司は瞼を伏せてつくしのすべらかな肌を自分の頬で感じながら、今しがた生まれた感情がじわじわと体を温めていく感覚を心地よく味わった。


「旦那様、あの…」


二度目のつくしの声に司は体を離し、フッと微笑んだ。


「つくし、今夜はお前に添い寝してやる。お前が眠るまでそばにいるから、さあ、横になれ。」

「えっ!? 添い寝ですか?」

「ほら」


司は体をずらし、ベッドのシーツを剥いで潜り込むと片側を開きつくしにも横たわるように促した。


「ほら、早くしろ。」


パンパンッと先程つくしの頬を包んでいた手がベッドを叩いた。
つくしは横たわる司の様子を眺めた。
ベッドを叩いたのとは別の手は片肘をついてクルクルと巻いた髪に指を埋めて頭を支えている。
司が上半身に着ているのはシルクの黒いガウンだけで、前が肌蹴ているため引き締まった体躯の割れた腹筋がヘソまで見えている。
その体に乗っている顔は片眉を上げ、ニヤリと口角を上げ、艶のある目が誘うようにつくしを見ていた。

いや、誘うようにというのはつくしの主観だろうが、しかしそれほどに司は色気とでも表現すべきものを漂わせていて、もうあの初夜に出会った純粋さだけを滲ませていた男とは別人だった。

その魅力に抗い難く、つくしは司が持ち上げたシーツの中に横たわった。
つくしの肩までシーツを被せ、司は自分を見上げている妻の顔を見下ろした。


「なんだ、不思議そうな顔をしてるな。」

「…だって、あんなにしたがってたのに。」

「そりゃ気持ちイイからな。」

「そっ、そう言うことをサラッと言わないでください!」

「なんでだよ。喜べばいいだろ。」

「なんで私が喜ぶんですか。」

「お前の身体がイイって言われてんだ。嬉しくないか?」


つくしはプイッと向こうを向いた。


「……嬉しくないです。」


長い黒髪が枕からベッドに広がり、つくしが向こうを向けば細い首が見えた。
その首の耳から後ろの白いうなじが差し出されるように司に向けられている。
強い意志を保っていないとすぐにつくしに喰らい付いてしまうだろう。
喰らい付く代わりに司は指先でそのうなじをツツッと撫で下ろした。


「ひゃっ」


つくしがビクッと震え、すぐに手が首を押さえた。
そして真っ赤な顔で司に振り向き、今度は強く不満を訴える顔つきをして瞳をギラリと光らせた。


「今夜は触るのも禁止!」

「なんでだ? 感じるからか?」

「っ!! そっ、そんなわけないしっ!」

「はははっ! 真っ赤だぞ。」

「もうっ!寝る!」


つくしはシーツを頭の天辺まで引き上げ、潜り込んだ。


「おう、寝ろ寝ろ。俺も我慢の限界だ。明日はするからな。」


ガバッとシーツから顔を出したつくしはさっき以上に首まで赤く染めていた。


「予告しなくていいから!」


そしてまたガバッとシーツを被り直した。


「ククッ、おもしれぇヤツ。」


司はシーツの上からつくしの体に腕を回し、自分に引き寄せた。
そのうちに息苦しくなったつくしがシーツから頭だけを出した。


「おやすみ…司…」


司はつくしの髪にキスを落とした。


「ああ、おやすみ…つくし。」


つくしの瞼が閉じるのを司はただ静かに見つめた。
そして寝息が聞こえてきて、つくしが眠ったのがわかるとその額に一つキスをしてから司はそっとつくしの部屋を後にした。









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2020.03.12




あれからする日としない日を交互に繰り返し、一週間が経過していた。
今夜はする日だ。
司は渡りに向けて、朝から精力的に業務をこなしていた。

毎週金曜日恒例の役員ランチミーティングを終えたところで司の携帯が振動した。


『よ! 俺だ。』

「あきら、どうした?」

『久しぶりに集まらねぇか? お前に結婚の祝いも渡したいしな。』

「いらん気を遣うな。今夜は忙しい。」

『なんだ? 嫁を抱くのはそんなに楽しいか?』

「バッ、バカ言ってんじゃねぇよ! 仕事だ、仕事!」

『ククッ、どーだか。でもそういう事なら明日の夜にしようぜ。嫁さんも連れて来いよ。紹介しろ。』

「マジで仕事が忙しいんだからな!」

『わぁかったって! どんな女か会わせろよ。』

「ふ…ん…しょうがねぇな。明日な。」

『ああ、21時にいつものとこな。』

「わかった。」


あきらとの通話を切り、司はそのまま邸の森川に連絡を入れた。


「明日の20時に迎えをやると島田に伝えとけ。…いや、邸に帰る。明日の俺に合わせた服装をさせろ。ああ、そうしてくれ。」




***




森川から連絡を受けた島田はすぐさまつくしに伝えた。


「そう、明日の夜ね。」

「はい。西門様、美作様、花沢様という旦那様のご親友方です。西門様は茶道西門流家元の御子息、美作様はダンスとファッションマナーを教えてくださった美作夢子様の御子息です。」

「あのお二人の!? そう、そういう方に私を預けてくださったんですね。」

「はい。ですのであまり堅苦しくない服装で参りましょう。森川から明日の旦那様のネクタイにはブルーを使うと聞きましたので、奥様もブルー系のドレスをお選びください。」

「旦那様のコーディネイトは森川さんが?」

「お仕事着はそうです。それが従者の仕事です。」

「そうなんですか…」


それからつくしは島田と翌日用のドレスを選び、それに合わせたアクセサリーも選んだ。
アクセサリーはあのハイジュエリーブティックで結局、司が大量に選んで購入していたものから選ばれた。
後日、何も知らずに届けられたそれらにつくしは度肝を抜かれて返そうとしたが、司に恥をかかせ道明寺の名に泥を塗る事になると島田に諭され、仕方なくクローゼットに収納されることになった。
そして島田は森川から事情を聞かされ、御渡り拒否の2週間に司からという名目で贈られたジュエリーたちをそっと封印した。

そうしてクローゼットでセットされたドレスとアクセサリーを前につくしはため息をついた。

たかだか友達と飲むだけなのに、こんなに大袈裟な服装をしなきゃいけないのね。
金持ちって大変だわ。

つくしは、この先まだどれくらい自分の知らない世界の扉が待っているのだろうかと思うと、体が重くなるのを感じていた。




***




確かに忙しかった司だが、菱沼も驚くほどのスピードで片付けると21時過ぎには帰宅した。


「飯は部屋に運ばせろ。下のダイニングまで行くのが面倒だ。」

「そのような横着はなりません。きちんと着替えてダイニングに下りてください。」


つくしと結婚する前、まだ東棟に住んでいた頃は帰るとまずはシャワーを浴び、着替えて身支度をし、1階のダイニングに下りて夕食をとり、2階の書斎にこもって少し仕事をして、そして自室に戻って寝支度をして就寝するのが常だった。

しかし今は早く渡りたいために少しの間も惜しい。
特に今夜は抱くと予告しているのだから、すぐにでも北棟に向かいたかった。


「だったら飯なんて食わなくていい。これからすぐに行くと島田に伝えろ。」

「食欲より性欲ですか、まったくもう…奥様に叱られても知りませんよ。」


こうして帰宅から1時間経たず、司は森川に先導されて今夜も北棟へと渡った。








北棟のつくしの部屋に入ると、司は島田によってクローゼットに案内された。
ベッドじゃないことに半ば落胆したが、クローゼットで待ち受けるつくしを見て気分はすぐに上向いた。


「旦那様、おかえりなさい。」


つくしは髪をザックリと結い、耳にはイヤリングをしてスカイブルーのホルターネックドレスを試着していた。
それはシルクの土台にレースを重ねた2枚仕立てになっており、デコルテから首まではレースだけで覆われていた。
ブルーのレース生地の向こうに白い肌が透けている。
今まで見たことのない緩く結われた髪や後れ毛の向こうに見え隠れするうなじは司を誘っていた。


「明日のご友人との会に先日、旦那様に買っていただいたこれを着て行こうと思うんですがどうですか?」


つくしが鏡の中の司に問うた。


「似合うじゃん。」

「なら明日はこれで行きます。」


壁面の大鏡に映るつくしの背後に立ち、司がそのノースリーブの肩口から出ている腕をそっと捕まえるとフニフニとした二の腕の、ひんやりとした肌が手に吸い付いた。


「旦那様の手ってあったかいですね。」

「そうか?」


でもお前の中の方が温かいぞ、と言いそうになって司は口を噤んだ。
添い寝をした夜からなんだか距離が縮まった気がする。
だからどうしたというわけでもないが、つくしとの距離がまた離れるようなことは言いたくなかった。
司はガウンのポケットから小さな革張りのケースを取り出すと、おもむろにそれを鏡に向くつくしの前に差し出した。
つくしは鏡に映ったケースに気づき、視線をケースに移し、そして振り返って司を見た。


「明日、これを着けてくれ。」


つくしを抱き込むように背後から手を伸ばし、ケースを開けた。
そこにはネックレスのトップが収まり、細い鎖が見えていた。


「これは?」

「あのジュエリーショップでこの前オーダーしてたのだ。途中で修正してやっと今日、上がってきた。」

「あの時の…可愛い…」


それはつくしの肌の色に合わせて18金で作られた小振りな『TKS』のイニシャルに一粒のダイヤがあしらわれているトップのついたネックレスだった。


「お前の名前のイニシャルで作らせた。日常でいつも着けていられるものがいいって言ってたろ。だから小さめにした。気に入ったか?」

「はい…ありがとうございます!」


つくしはケースを受け取ると司に向かい合って礼を述べ、また視線をケースに戻して自分のイニシャルだというトップを指先でなぞった。

これがあの時にあたしに席を外させてオーダーしていたジュエリーだったんだ。
もっとゴテゴテしてたらどうしようと思ったけど、あたしの希望を聞いてくれたんだ。
どうしよう…すごく嬉しい…!

ネックレスを見つめるつくしの顔は喜びで微笑んでいて、その顔を見た司の中にも喜びが芽生えた。

今まで誰かを喜ばせたいと思ったことはない。
だから今回も思いつきでオーダーした品だった。
ただ森川が選んだものをつくしが身につけるのが気に入らなかっただけだ。
なのにつくしはこんなに喜んでくれた。
もっと喜ばせたい。
もっと笑顔が見たい。


「着けてみろよ。」

「あ、はい。」


ネックレスを取り出して着け、つくしは鏡を向いた。


「どうですか?」

「ああ……」


しかしそのブルーのドレスは首元までレースで覆うデザインのため、ネックレスが目立たない。
つくしはそれでも満足だったが、司の顔は不満気だった。


「似合う、が、お前は色が白いから……こっちの方がきっともっと似合うぞ。」


そう言って司は間近に掛けてあった淡いローズピンクのドレスを手に取った。
それは衿元がボートネック状で衿周りがドレープになっていて、これならネックレスの金鎖がつくしの細い鎖骨に添って喉元に収まるトップが映えた。
つくしが振り向いて司を見上げた。


「ピンク、ですか? 私、25歳ですよ?」

「だからなんだ。似合うんだからいいだろ。」

「でも、旦那様の明日のネクタイがブルー系だと聞いて島田さんが私にもブルーを着るようにと言ったんです。島田さんに聞かないと…」

「じゃ、俺のコーディネイトを変えさせる。お前はこれにしろ。」

「そんな…そこまでお気遣いいただかなくて結構です。それに今から準備する森川さんに申し訳ないです。いいです。私はこのブルーがいいです。」


つくしの言葉に司の表情がみるみる険しくなり、つくしを鏡までジリジリと追い詰めた。


「旦那様…?」


ダンッ


手にしていたドレスを床に投げ、つくしに被さるように司が鏡に手をついた。
そして見下ろすように向けられた視線は冷ややかなのに、それは燃え上がるような怒りを含んでいた。
結婚以来、初めて見る司の怒りにつくしはたじろいだ。


「つくし、俺はお前の何だ。」

「…なんだって…夫…です…か?」

「ですかじゃねぇだろ。夫だ!」

「ゴクッ…あの、なんで怒って、」

「島田も森川も使用人だ。夫より使用人を尊重する妻がどこにいる!」

「尊重って、そんなつもりは、」

「黙れ!!」


先ほどまで微笑みさえ浮かべていた司の豹変に、つくしは困惑していた。

これまで司がワガママを言うことはあったし、話が通じないと感じたこともあった。
でも、理不尽な怒りを向けられたことはなかった。
司は最初から優しかったし、大切にしてくれていると感じていた。
だからこそ自分はこの人には不釣り合いだという思いが日々強くなっていった。
早く、一刻も早く、本当の奥様を見つけなければ。
その焦りがつくしに募っていった。
だから抱かれたくなかった。
誰かの身代わりになっていると感じてしまうから。

こんなことで争っても仕方ないと、つくしは内心の戸惑いを覆い隠して答えた。


「申し訳ありませんでした。旦那様の仰るとおりにします。」


そう言って殊勝げに俯いたつくしに司は先日と同じ拒絶を感じて衝動的にその細い首に手を伸ばした。


「っ!」


おとがいに手をかけ、強引に上向かせる。
司を見上げる瞳には反抗心が浮かんでいた。
しかしそれを隠して見せないつくしに司は苛立った。
が、それになぜこんなにも苛立つのかはわからない。
ただ、つくしが自分よりも島田や森川に心を開いていて、いつまで経っても自分には心を開いてくれずに本当の姿を見せてくれないことが癪に触ったのだ。

俺の妻なのに…!
つくしはずっとここにいて俺だけを見て、俺の言うことだけを聞いて生きていく女なのに。
俺だけを愛して生きていく女だ。





愛…?
愛されたい…?
つくしに?
俺はつくしから愛されたいのか?
なぜ…?


“ ふさわしい女と結婚すれば、愛情は自然と芽生える”


愛が芽生えることがそんなに重要か?
愛がなくても、俺たちはもう夫婦じゃないか。
俺が別れると言わなければ、離れることはない。
好きな時に渡って、好きな時に抱ける。
俺とってそれ以上、必要なものがあるか?

司はつくしを上向かせ、被さった。
甘い唇はすぐに司の理性を奪う。
鏡に片手を着いたまま、膝でつくしの腿を割り、もう片手でつくしが着ているスカイブルーのドレスの背にあるファスナーを下ろした。
スルリとドレスが肩から落ちるのをつくしの手が押さえる。


「はっ…んっ…やっ」


逃げようとするつくしの後頭部を押さえ、キスを深くしていく。
角度を変えながら舌と共に唾液を吸い上げ、自分のそれと交わらせてつくしの口内に戻して嚥下させる。
自分のカケラがつくしの体内に流れ込めば司の中にさらなる征服欲を呼び覚ますが、その正体に司はまだ気づかない。
ただ、つくしの細胞全てを自分に向けさせたかった。

つくしの腿を割っていた膝を引き、つくしの手が押さえていたドレスを掴むと、剥ぎ取るように一気に下に引いた。
するとドレスはバサッと床に落ちた。
すかさず閉じたつくしの腿の間に再び力づくで膝を割り込ませる。


「ふっ…ぅ…」


そして尚も後頭部を引き寄せてキスをしながら、空いた片手はブラのホックを外しにかかった。
しかしつくしも抵抗した。
ガウンの上から司の筋肉で覆われた腕を自分から引き離そうともがく。
そんな中でようやく顔が離れた。
が、後頭部を押さえる手は緩まらず、そのまま司の胸に抱きこまれた。


「ハァ、ハァ、司、どうして…」

「チッ…こんな時ばっかり名前で呼ぶな。」


司はつくしの細く、柔らかい体が軋んで痛むほど抱きしめる腕に力を込めた。


「痛いっ! 旦那様、離してください。」

「名前で呼べ!」

「〜〜っっ、どっちなのよ! このワガママ!」


ふ…と司が顔を上げると、笑っている自分の顔が鏡に映っていた。
つくしに叱られるのが楽しかったのだ。
心を閉ざして拒絶されるよりよっぽどいい。
鏡に映るつくしの後ろ姿はショーツだけで、ブラの肌蹴た背中はクローゼットの光を反射するように白かった。
その背中に見入っていたら抱き込んでいたつくしが身を捩った。


「あ、あの…」

「なんだ」

「わかったから、明日はさっきのピンクを着るから…もう、いいかな? 着替えるから出てってほしい…んだけど…ギャッ!」


離れようとしたつくしを司はまた強く抱きしめ直し、自分の体に沿わせた。
すると司の昂りがつくしの腹部に押し付けられた。


「あ、当たってる、当たってるよ!」

「わざとだ。今夜はするって言ってあっただろ。」

「予告するなって言ったじゃない!」

「だから着替える必要はない。すぐに脱ぐから。なんならこの鏡の前でするか? お前のイク顔を映すのもいいな。」

「バカッ、絶対にヤダ! キャッ」


司は一度屈み、つくしを縦に抱き上げた。
司の肩に掴まったつくしの腕を肌蹴たブラの肩紐が滑り降りた。


「ひゃっ、見ないでっ」


つくしは露わになった胸を見られまいと司の首にしがみついた。


「クククッ、いつも見てるし、これからベッドで存分に見るんだからいいじゃねぇか。」

「だからそういうことを言わないで!」


先ほどまでの不機嫌は完全に払拭され、司はむしろ上機嫌だった。
それはつくしとキスしたからなのか、それとも初めてつくしの方から触れられたからなのか、もしくはつくしが素の心で接しているからなのか。

とにかく鼻歌が聞こえそうなほど上機嫌になった司は、つくしを抱いてクローゼットを出てベッドに向かった。










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2020.03.13




会員制のバーに入るのは初めてだった。
イメージよりも広い店内には通路の幅がたっぷり取られたボックス席が並んでいる。
光は最低限に抑えられ、数少ないダウンライトがカウンターの向こうで美しい酒瓶を照らしていた。
客が疎らなのは今日が土曜日だからか、それともここが会員を厳格に吟味しているからなのか。
道明寺司と結婚しなければ万に一つも足を踏み入れることはなかっただろう場所に、今夜、つくしはいた。

つくしは昨夜、司からコーディネイトされた淡いローズピンクの衿ぐりがドレープになっている他はシンプルな膝丈ドレスを着て、アクセサリーは昨夜贈られたイニシャルのネックレスだけを着け、髪は緩くウェーブさせてから頭の低い位置でまとめるアップスタイルだ。手にはクラッチバッグを持っていた。
化粧は昼間に出かけるよりもやや濃く、いつもの童顔が鳴りを潜めて大人の女然と澄ましていた。

婚約してからおよそ3ヶ月のレッスンで、つくしは見違えるような淑女になっていた。
歩き方、立つ姿勢、バッグの持ち方、男性にエスコートされるときの立ち居振る舞い…つくしは任務のつもりで学び、吸収した。
その成果を試せる場として、今夜のお出かけが楽しみになっていた。

エスコートされて司と店に入った途端に、店内にいた全ての人間がこちらを向くのがわかった。
司は仕事から帰るなりエントランスでつくしを乗せてやってきたため、出勤した時と同じスーツ姿だった。
だがそこには1日が経過した疲れや乱れはなく、一分の隙もない完璧な男がいた。

つくしがチラリと隣を見上げると、それに気づいた司もチラリとつくしを見た。
その表情は硬く、ここまで来る車の中でも司は一言も発しなかった。


旦那様、もしかして緊張してる?
そうだよね。
初めてあたしを親友さん達に紹介するんだもんね。
庶民の妻なんて、本当は外に出したくないとか?
とにかく、この人に恥をかかせないように、粗相をしないように気を付けないと。
今日の昼間は島田さんと何度もシュミレーションしたんだから、頑張らなきゃ。


しかし司は緊張などしていなかった。
物心ついた頃から一緒にいる親友に緊張などするはずはない。
そうではなく、司は怒っていたのだ。
それも自分に。

仕事を終えて邸に戻り、北棟のエントランスで待つつくしを一目見た時からその怒りは続いていた。

北棟のポーチに停めたリムジンから降りてエントランスに入ってすぐにつくしに気がついた。
そして一瞬、息が止まった。
こちらに背を向けていたつくしが着ていたのは昨夜、司がこれにしろと強引に勧めたドレス。
昨夜の司は気付かなかったが、ノースリーブのそのドレスは前の衿元のドレープが背面まで続いているデザインで、後ろは背中が大きく開いていたのだ。
つくしの曲線を描く背筋や肩甲骨が見えていた。
それは鏡に映って司を誘惑したつくしの白い肌だった。

つくしがクルリと振り向いた。
そして司を認めて「おかえりなさい」と微笑んだ。
その顔が可愛くて、司はますます機嫌が悪くなり、視線をつくしの横に立っている島田に移すと司の表情の変化に気付いたようで、呆れたような、咎めるような顔をしていた。


“ だからブルーにしとけばよかったでしょ!? ”


とその顔が言っているようで、内心で「うるせぇ!」と悪態をついた。
着替えさせるか?とも思ったが、つくしが着替えるなら自分も着替えないとコーディネイトが合わない。
「夫とコーディネイトを合わせない妻」と世間から誹りを受けるのはつくしだ。
それに昨夜、あれだけ言い合いをして折れさせたのに、ここで司も着替えるなどという話をつくしが呑むわけはない。
喧嘩になるのは必定で、仕方なく司はつくしをエスコートし、再び車に乗り込んだ。

車の中で、司は窓の淵に肘を置き、ひたすら外を眺めていた。
時折、つくしが不安そうな顔で司の様子を伺っているのがガラスに映る。
夫として妻を安心させてやらなければと思うのに、一度曲がったヘソはなかなか修正がきかない。


なぜ俺はピンクのドレスなんぞ勧めたのか。
つくしがブルーでいいと言った時になぜ俺の方が引かなかったのか。
俺だけのつくしの肌を他の男に見せるなんて。
俺にだってやっと見せるようになった微笑みを他の男に向けるかもしれないなんて。

クソッ
ピンクを着ろなんて言うんじゃなかった。
誰だよ、つくしのクローゼットにこんなハレンチなドレスを用意しやがったのは!

あいつらに会わせるなんて約束するんじゃなかった。
いつものバーだと!?
会いたいならあいつらが邸に訪ねて来りゃいいだろうが。
そうすりゃ、つくしを連れ出すこともなかったのに。
他の男の目に晒す危険もなかったのに。


その自分への怒りは店に入るといよいよ燃え上がった。
店内の男性客が一斉につくしを見たからだ。
いや、少なくとも司にはそう感じられた。

お前らごときが俺の女を視界に入れるんじゃねぇ!
目ぇ、潰すぞ!
そんな言葉が聞こえそうな鋭い視線で司が周囲を睨みつけたことにつくしは気づいていない。
一斉にこちらに向いた視線は司を見ており、そしてまた一斉に俯いたのは、きっと司のあまりの美丈夫ぶりに言葉を失ったからだろう、とだけつくしは思った。

司の腕がウエストに巻きついてきた。
そして歩きにくさを感じるほどにグッと引き寄せられた。
曝け出した背中にスーツの生地が触れる。
そこから司の持つ熱が伝わってきて、緊張で冷え始めたつくしの体も心も温めた。







司たちが入店すると、SPたちが配置についた。
店の外に1人、マスターに案内された個室の前に1人、そして室内には女性のSPがドアの前に立った。


「おっ、来たな。」


個室と言ってもその広さは邸のリビングに引けを取らないもので、バーカウンターまで付いている。
ここまで案内してきたマスターがそのカウンター内に入り、陳列されている美しい酒瓶の一つを手に取った。


「これはこれは、新婚の司くん。」

「ふーん…司、なんか雰囲気変わったな。」


個室にいたのは2人の紳士だった。
その2人は広々したモダンな部屋に余裕を持って置かれたブラックレザーのソファから立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
座っていた時にはわからなかった背の高さは脚が長いことを示している。
左にはストレートの黒髪に和装姿の美男子、右には軽いウェーブのかかった長髪に優しそうな顔をした美男子が立った。
にこやかに近づいた2人をつくしは直視できずに思わず俯いた。


「司、紹介しろよ。」

「………」


右の柔和男子がそう司に声をかけたが、司は返事をしない。
つくしが見上げると憤然とした顔が見えた。


「なんでいきなり不機嫌なんだよ。なに? 喧嘩中?」


左の和装男子がそう揶揄うと、司は「喧嘩なんかしてねぇよ!」と答えた。


「奥さん、ごめんねー。こいついきなりスイッチ入るからさ。特に意味ないから気にしなくていいよ。俺は西門総二郎、よろしく。」


上体を屈めてつくしの顔を覗き込んだ総二郎は握手をしようと右手を差し出した。
つくしは、司からの紹介を待つべきか迷ったが、差し出された手を無視するわけにはいかない。


「初めまして。道明寺つくしです。お父様にはお世話になっております。よろしくお願いします。」


“ 頭は下げないように!”


島田の声が聞こえた気がして、つくしは背筋を伸ばしたまま総二郎の手を取ろうと自分の手を出した。


ガシッ


「え?」


しかしつくしの手は総二郎ではなく、司によって掴まれた。
司は無言のまま、掴んだつくしの手を下させた。

これには3人とも驚いた顔をしたが、そのうちの2人はチラリと目配せし合った。
そして今度は右の美男子が一歩、つくしの前に進み出た。


「俺は美作あきら。結婚前、うちに来てたよね? 妹たちとも会っただろう?」


横に立つ司に気を取られていたつくしは、あきらの声に振り返り、パッと笑顔を見せた。


「はじめまして、道明寺つくしです。はい、その節はお母様に大変、お世話になりました。妹様方はお元気でいらっしゃいますか?」

「ああ、元気だよ。つくしさんが来なくなって寂しがってた。また遊びに来てやってよ。」

「ありがとうございます。夢子先生のケーキが恋しくなっていたところです。今度ぜひ、伺わせていただきま…す……あの…」


社交辞令と親しみを交えて談笑するあきらとつくしの間に司が割り込んだ。
つくしを背に隠し、あきらを睨む目には苛立ちが見て取れた。


「おいおい、司、ンな警戒しなくていいだろ。俺たちが親友の奥さんにちょっかいかけるわけないだろう。まぁ、座れよ。」


苦笑いのあきらに促されて座ろうと動いた瞬間、司の手がつくしのむき出しの背中に触れた。
ただ触れたのではない。
背筋をその温かい手がスッと撫でた。
ビクッとつくしの背がしなり、ゾクッと体の中心を何かが駆け抜けた。
それはすぐに昨夜の情事をつくしに想起させ、顔が熱を持つのがわかった。

つくしは自分をエスコートしようと横に立つ男をキッと睨みつけた。
しかしその男はつくしのことは見ずに、ただ前を向いていた。









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2020.03.14




広い室内に設えられているソファに司とつくし、そしてあきらと総二郎は向かい合って座った。
座るとすぐにバーテンダーが司のグラスを持ってきた。


「奥様はいかがされますか?」

「あ、私は…」


つくしは接待で常務とクラブには行ったことがあったが、バーで飲んだ経験などない。
ほとんど大衆居酒屋しか経験のないつくしには何を頼むのが正解なのか、皆目見当がつかなかった。

梅酒、なんてないわよね。
じゃ、カクテル?
えーと、どんな種類があったっけ。
こういう場所じゃメニュー表なんて出してくれないのね。
えーと、えーと、


「つくし、好きなもん飲め。」

「あ、はい…」


それでもつくしが目を白黒させるように迷っていると目敏いあきらが声をかけた。


「おい、司、つくしさん困ってるぞ。」

「お前が選んでやれよ。カクテルぐらい知ってるだろ。」


あきらと総二郎の取りなしにも司はフンと鼻を鳴らした。


「だったら俺と同じもんでいいだろ。」

「なわけないだろ! どこの奥方がウイスキーをロックで飲むんだよ。女と付き合ったことがないヤツはこれだからな。」

「うるせぇ!」

「あー、もういい。じゃ、奥さん、キールでいい? 飲みやすくてアルコール度数も高くないし。」


総二郎が美しい顔でつくしに微笑んだ。
やっぱり直視に耐えなくて、つくしは俯いた。


「はい、それで結構です。」

「じゃ、キールを。」


程なくしてつくしの前にワインレッドに染まったグラスが置かれ、今夜の宴が始まった。


「司、つくしさん、結婚おめでとう!」


あきらと総二郎がグラスを掲げ、つくしもそれに続いたが司は倣うことなくガラステーブルにグラスを置いた。
こういう場で一人、機嫌の悪い人間が出す空気は場を白けさせる。
あきらと総二郎は司の不機嫌の原因がわからずに顔を見合わせ、そして「何があったの?」と言うようにつくしを見た。
つくしは「私にもわかりません。」とでも言いたげに隣の司に気づかれないように微かに首を傾げて肩を竦めた。


「お前ら、何、視線で会話してんだよ!」


司の剣呑な声が場の空気をますます凍らせる。


「わ、わぁ〜、これ美味しい。甘くて飲みやすいです!」


つくしは司の不機嫌は自分のせいだと思い、何とかこの空気を変えようと努めて明るい声を出した。


「気に入ったんならよかった。」


つくしの意図を汲み取ったあきらが、柔らかい声で応えた。
なのにいつまで経っても不機嫌が直らない司の冷たい声が、暖かくなりかけた空気を引き戻した。


「類はどうした?」

「類は仕事が押してる。もうすぐ来るはずだ。」

「俺たちを無理に呼び出しといて自分は遅刻かよ。」

「まぁまぁ、今日は急だったからな。類んとこで口説き落としたい取引先が来日してるとかで会食だとよ。」


総二郎の取りなしにも司の不機嫌は深まるばかりだ。
そんな雰囲気を少しでも和やかにしようとあきらが落ち着かなげに喉元のネックレスに触れているつくしに話題を振った。

「そのネックレス、イニシャル? 珍しいね。司から?」

「あ、はい。私の名前『つくし』のイニシャルです。」


つくしが照れたように頬を赤らめて、また指先でトップに触れた。


「ふーん…よく似合ってる。」

「ありがとうございます。」

「司、女のためにジュエリーをオーダーとは、お前も成長したな。」


総二郎のからかいに司は一瞥しただけでグラスを持ったまままた顔ごと視線を逸らした。
そんな様子を気に留めず、あきらが続ける。


「つくしさんは結婚するまでは仕事してたんだよね?」

「はい。役員秘書をしてました。」

「そこからどうして司と結婚することになったの?」

「あー、それは、」


つくしはチラリと隣の司を見た。


「いいから、いいから。俺らは他所で吹いたりしないから。」

「いえ、そんな…」


それでもまだ司を気にするつくしを気遣って、総二郎が司に「いいよな?」と問いかけると司は黙ってうなずいた。
それを見たつくしは観念してできるだけ込み入った部分は避けて答え始めた。


「道明寺100年の計がかかった一大プロジェクトのメンバー選考会に会社からエントリーされたんです。」

「道明寺100年の計! 確かにな、違いねぇ!」

「そのプロジェクトメンバー候補に?」

「はい。条件に合って、選考会の間中、社外に出せるのは私しかいないってことで選ばれました。」

「その条件て?」

「25歳以下の未婚の女性であることです。」

「それだけ?」

「はい。」

「それでその選考会って何したの?」


ギク………
自分の妻が間違い探しで選ばれたなんて知ったらショックだよね。


「えーと、あまり言えないんですが、メディカルチェックとか…? ははっ」

「へー、メディカルチェックね。それで、最終選考に残った、と。」

「はい。」


つくしは司の反応が気になっていた。
嘘は言えないが、かと言って赤裸々に語りたい内容でもない。
とにかく司を傷つけたくなかった。
その司はハイペースでグラスを空け、もう3杯目を手にしていた。


「最終選考は誰がしたの?」

「総帥と社長ご夫妻です。」

「そりゃそうか。嫁選びだもんな。で、そのことはいつ知らされたの?」

「その時に。」

「司と結婚してもらいたいって?」

「…はい。」

「で、承諾したんだ。」

「……まぁ、そうですね。」


なぜか苦笑いのつくしにあきらと総二郎はもう一度顔を見合わせた。


「違うんだろ? 断ったんだろ? 俺のことは気にせずに正直に話せ。」

「「断った!?」」


突然、話に入ってきた司の言葉は意外なもので、二人はつくしに身を乗り出した。
しかし司とつくしは構わずに、ソファで隣合って座ったままで向かい合った。


「正直にって別に嘘をついてるわけじゃ…最終的には承諾したわけですし…」

「最終的には、か。どんだけ固辞してたんだよ。」

「だって、いきなり知らない人と結婚しろって言われたら誰でも断りますよ。」

「相手は俺だぞ? 断るヤツなんているわけねぇだろ。」

「何ですか、その自信。どうして旦那様だと断る人がいないなんて思えるんですか?」

「家柄、地位、名誉、財産、そして容姿。これだけ完璧が揃ってる男だぞ。断る方がどうかしてる。」

「……そうですか。」


つくしはまだまだ言いたいことがたくさんあったが、ここは言い争いをする場ではない。
もっと続けようと目をギラつかせる司からスッと体を背けて夫の親友達に向き、目の前のグラスを手に取った。


「おい、まだ話は終わってないぞ。」


自分から興味をなくした妻は、手の中のグラスを一気に煽った。


「おい!」

「ッハァ、ちょっと失礼します。」


つくしはどうにか自分の中の怒りを鎮めるために別の空間に行こうとバッグを持って立ち上がった。
が、手を掴まれ、ボフンッとソファに引き戻された。


「なんですか?」

「ここにいろ。席を立つな。」

「…どうしてですか?」

「どうしてもだよ!」


司は、つくしが動けばここにいる男どもに背中を見せることになるのを危惧したのだ。
その男どもにはマスターも含まれている。
再び席についたつくしの前に新しいグラスが運ばれてきた。


「おいおい、つくしちゃんはレストルームに行きたいんじゃないのか? 女性のそういうのは引き止める方が野暮だぞ。」

「総二郎、つくしちゃんて呼ぶな!」

「つくしさん、また同じものでいいの? 別のにする?」

「あきら、こいつに構うな!」


つくしの手を握ったままで親友達を威嚇する男に、あきらも総二郎もお手上げだった。
せめて不機嫌の理由がわかればと思うが、なにせ司は今までとは何もかも状況が違う。
結婚し、発するエネルギーは女を知った男の艶を含み、なおかつ初めての女連れ。
何かに怒っているのか、それとも彼女の前で虚勢を張っているのか。
援護すべきなのか諫めるべきなのか。
とにかくわからないことが多すぎた。

ただ、なんとなくわかってきたこともあった。
この不機嫌な親友は自分の妻を憎からず思っているようだということ、そしてどうやらこの奥方は鈍感らしいということ。
その証拠に、つくしの表情もどんどん険しくなっている。
司の感情に気づかずに、自分が邪険にされているとでも感じているのかもしれないと二人は思った。
その時だった。
つくしが2杯目のキールを空いている方の手で掴み、またグッと一気に飲んだのだ。


「おい、やめろ!」

「司、つくしちゃんは酒に強いのか? 何杯飲んだら酔うんだ?」

「つくしちゃんて呼ぶなっつってんだろ! そんなこと知るか!」

「知るかって夫なのに妻が酒にどの程度の耐性があるか知らねぇのかよ。」

「知らねぇ。飲んだことねぇし。」

「飲んだことない?」

「一緒に飯を食ったこともねぇんだから飲むのも今日が初めてだ。」

「「一緒に飯を食ったことがない!?」」


司の言葉に唖然としている二人を前に、つくしはまたスックと立ち上がった。
白かった肌がうっすらとピンクに染まり始め、怒りを含んだ表情で一同を見下ろしていた。


「そうですよ。あたしたちは夫婦だけど別居してるので一緒にご飯を食べたこともないんですよ。あたしの常識じゃ考えられないけど、お金持ちの世界では常識なんでしょ?」


つくしは司の手を振り解いた。


「あたしはこの部屋を出て行きたいの。邪魔しないで。」

「待て!」


バッグを持って一歩を踏み出したつくしの手をまた司が掴んだ。


「あきら、総二郎、俺たちは帰る。」

「えっ!? おい、待てよ!」


今度は呆気に取られたあきらと総二郎が引き止めるのも聞かず、司はつくしの背を隠すようにエスコートして、さっさとドアに向かった。
司の目配せにドアの前に立つ女SPがドアノブに手をかけようとした時だった。


ガチャッ


「遅くなってごめん。」


光の王子が現れた。
その人は颯爽と個室に入ってくると、すぐに目の前の司とつくしに気付いて優しく微笑んだ。


「やあ、あんたが司の奥さん? はじめまして、花沢類です。」


つくしは類の顔を見上げたまま瞳を見開き、その顔に釘付けになった。

サラサラと揺れる薄茶の髪はストレート、ビー玉のように透明感のある瞳は優しさに満ちていて、筋の通った鼻から薄い唇にかけては少女漫画の巨匠が描いたように完璧だった。

司に初めて会った時、こんなに美しい人が存在するのかと感嘆した。
しかし今日は、ありえない美男子たちに囲まれて、自分が彷徨っている世界は果たしてリアルだろうかという疑念が湧いた。
それほどに突然現れた光の王子の微笑みは美しかった。

すごい…高級なお店の美味しいお酒で酔うとこんなハイレベルな幻覚まで見るの?
ずっと見ていたいからどうか消えないで。


「ん? 俺の顔になんか付いてる?」


類は自分を見つめて棒立ちになっているつくしの顔に屈み込んだ。
その近さにつくしの頬に酔いではない赤みが差した。
その様子を見ていてカッと頭に血が上ったのは司だった。


「類、テメェ!」

「え?」


類は横から伸びてきた手に胸ぐらを掴まれた。
訳もわからずそちらを向くと司が鬼のような形相で睨んでいた。


「なに? どうしたの?」

「司! 何やってんだ!」

「やめろ! 司、手ぇ放せ!」


後方で見守っていた二人も駆けつけ、司の手を押さえた。
放された類がよろけ、そこにつくしが駆け寄る。


「大丈夫ですか?」

「つくしっ、類に触るな!」


その時、プツンと何かが切れた。


「あんたちょっと、さっきから何なのよ!!」


つくしは邸を出てからの司にいい加減、堪忍袋の緒が切れた。
類を背にして司の前に立ちはだかった。


「ずっと不機嫌にしてて挙句がこれ!? 自分の友達なんでしょ!? なのに何が気に入らないわけ? もう頭に来た! あたしは一人で帰るから、あんたは帰ってくるな!!」

「なっ、なんだとぅ!? あそこはもともと俺の家だ!」

「あっそう! じゃああたしが出て行く。あー、こんなワガママ坊ちゃんと別れられて清々する。さいならっ!!」


つくしが素を曝け出して司と言い争っていると背後から声がした。


「あ、綺麗な背中」

「ひゃっ!」


目の前に晒されたつくしの背中。
その肩甲骨を不意に類の指先がなぞった。
驚いたつくしは腕を捻って自分の背中を押さえ、真っ赤な顔をして類を振り向いた。
今度は背中が男3人に晒された。


「い、今、触った?」

「うん。」


ビー玉の瞳は悪びれることなくつくしを映している。


「類!!」


男二人の手を振り解き、司はつくしに駆け寄るとその背中から抱き込んだ。


「ちょっ、離して!」

「類、テメェ、勝手につくしに触れやがって!!」


つくしの声など無視をして自分の腕の中に閉じ込め、類に放った低い怒りの声は空間を振動させた。
それはもう不機嫌などというレベルではない。


「勝手じゃなきゃいいの? じゃ、触っていい?」

「ダメに決まってるだろうが!! これは俺の女だ! つくし、帰るぞ!」

「えっ!? だから帰らないって、え、えー! あのっ、すみませんでしたっ! また、」

「またじゃねぇ! 行くぞ!」


つくしを抱き込んだまま、いや、半ば後ろから抱きかかえるようにして司はSPが開けたドアから消えて行った。
まるで嵐が去った後のように、残された一堂は呆気にとられて静まり返った。
が、


「「「プッ!」」」

「わはははっ」

「クーックックックッ」

「あっはっはっはっ!」


3人はどうしようもない笑いがこみ上げて、それぞれが腹を抱えて、涙を滲ませて笑い出した。


「司のヤツ、もう惚れてんじゃん。あの独占欲! 司が女に惚れるとあんななるんだな!。」

「あの子、面白れぇなぁ。最初は「旦那様」って呼んでたのに最後はあの司に「あんた」だってさ! ワガママ坊ちゃんとか、ククッ、あー、腹痛ぇ!」

「総二郎、つくしさんの胸元のネックレス、気づいたか? あのイニシャル。」

「ああ、あれな。」


あきらと総二郎がニヤリと笑んだ。


「何? ネックレス?」

「トップがイニシャルになってダイヤのついたのをあの奥さんがしてたんだよ。そのイニシャルが『TKS』」

「え、それって、」

「つくしさんは自分のイニシャルだと思ってるみたいだったけど、あれは司のイニシャルだろ。」

「…なるほど、そういうこと。」


類もまた口角を上げた。
3人がソファに座り直すとそれぞれの前に新しいグラスが置かれた。


「あーあ、これならもっと早く来るんだった。あきら、すぐに次をセッティングしてよ。あの二人、もっと見たい。」

「ああ。でも別れるとか言ってなかったか?」

「道明寺司の妻になれたのに、あっさり「別れる」とか言えるとこがおじさん達に気に入られたんだろうな。」

「だろうな。」

「にしても、別居してるとか、一緒に飯も食ったことないとか、道明寺家にはまだまだ俺たちの知らないシキタリがありそうだな。」

「…面白そう…」


男達はドアの向こうに視線を向けながら、改めて親友の幸福を願い乾杯をした。









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2020.03.15




「離してよ!」


個室と一般席の間の死角になった空間で、つくしは司に背中から抱き抱えられて暴れていた。


「おい、静かにしろ。他の客に聞こえてるぞ。」

「ぐっ…だったら余計に離して。このまま出口まで運ばれるなんて御免よ。」


司はつくしを下ろしたが、ウエストに巻きつけた腕はそのままに歩き始めた。
つくしはこれにも声を潜めて抗議した。


「この腕も解いて。」

「ダメだ。」

「歩きにくいでしょ!」

「黙って歩いてろ!」


つくしは従いたくなんてなかったが、注目を浴びたくない今は大きく抵抗することなく何とか出口まで歩き、店を出た。


「離してったら!」

「暴れんなって!」


店を出た途端につくしは身を捩ってまた暴れ始めたが、司は構わずつくしを抱え直してリムジンに乗り込んだ。
車内でやっと放されたつくしはすぐに態勢を立て直して窓に肩を押し付けるようにして司から離れた。


「あたしは実家に帰るんだから、降ろしてよ。」

「里帰りしたいってんなら明日にしろ。今夜はもう遅い。」

「なわけないでしょ。完全に帰るのよ。あのお屋敷には戻らない。あんたとは離婚するんだから。」


今度、ギラついた目をしているのはつくしだ。
司に挑むように睨みつけるその瞳は本気だと語っている。
司はそんなつくしから視線を逸らして前を向いてリアシートの背もたれに深く身を預けると、ハァ…とひとつため息をついて前髪をかき上げた。


「俺は別れるつもりはない。つーか、なんで離婚なんて話になるんだよ。」


落ち着いた司の様子に、つくしもまた冷静になろうと司に向けていた体を前に向け、慰めほどの小さなバッグを膝に置いてフゥ…と息を吐き出した。


「怒りに任せてとか、勢いでとかじゃないです。やっぱり旦那様は私とでは幸せになれません。」


つくしの言葉はその内容よりもその言葉遣いが司を落胆させる。
近づいたと思ったら離れる。
それは開いたと思ったら閉じられる心だった。


「旦那様はやめろ。敬語もよせ。お前がそれを使うときは俺を拒絶してる証拠だ。もっと本気の本心を曝せよ。」


つくしは左に座る司に顔を向けた。
その目は先ほどの司を睨むとは違うが、やはり強い視線だった。


「あなたとあたしにはやっぱりどうやっても埋められない溝がある。そしてあなたはそれをきっとこの先も受け入れられないよ。それって不幸なことだと思う。だからあたし達は離婚するべきなのよ。あなたにはあなたと同じ世界の相応しい人が絶対に存在する。その人を探して。」


つくしを見返す司もまたその視線に力をこめた。


「俺に相応しい女と俺が一緒にいたいと思わなかったらどうするんだ?」

「思うよ。だってその方がラクだし、きっと楽しいよ。同じ価値観だからこうやっていちいち争わなくていいんだよ? 息をするみたいにわかりあってさ。」

「息をするみたいにわかりあいたくないと思ったらどうするんだ? 相応しかろうが、価値観が同じだろうが、俺がそいつは嫌だ、つくしがいいんだって言ったらお前はどうする? また俺と結婚するか?」

「はぁ?」

「俺は今のままで十分、お前といて楽しいぞ。お前は違うのか?」


司の視線が真っすぐにつくしを射抜く。
その瞳に嘘はない。
快晴の夜空のように純粋な瞬きが宿る目が、つくしを素直にさせた。


「あたしだって…楽しいと思うことはあるけど…」


顔が熱くなるのがわかってつくしは車窓を向いた。


「じゃあ、問題ないだろ。なのになんでいきなり別れ話になるんだよ。な、つくし、」


司は自分でも不思議なほどに凪いだ心で、顔には微笑さえ浮かべていた。
だったら、つくしの瞳はどんな感情を映しているのか見たくて、司はつくしの肩に手を添えて自分を向かせた。
司に向いたつくしは今にも泣き出しそうな顔だった。


「つくし、どうした、言ってみろ。」


すると、とうとう一粒の涙がつくしの頬を弾くように転がり落ちた。


「どうしたじゃないわよ…あんたじゃない。今日、最初から機嫌が悪くて怒ってたじゃない。あたしを連れ出したくなかったんでしょ? 友達に紹介したくなかったんでしょ? あたしが…恥ずかしかったんでしょ!?」


そこまで言い切って、つくしはウッと泣き出した。
慌てたのは司だ。
泣くつくしを宥めたいが、聞き捨てならない言葉を否定もしたい。
でも今は、後から後から流れ落ちて止まらなくなったつくしの涙がなぜか惜しくて、司はそれを受け止めるように両手で頬を包んで、涙に口付けた。

左の頬、右の頬、右の目尻、左の瞼…

そのうちに涙は止まり、つくしの伏せられていた睫毛が上がり、濡れた瞳が現れた。
その瞳が司を映す。

そこに映るのはいつでも自分だけであってほしい。
他の誰も見ないでほしい。
そしてその瞳をもっと覗きたい。
何を考え、何を思い、何が好きで、何が嫌いなのかもっと知りたい。

この想いはなんだろう。
これが愛なのか?


「つく、」

「離して。」


つくしは司の手を掴んで下させ、顔を背けた。


「あたしは、人に恥じるような生き方はしてないし、父のことも母のことも尊敬してて大好きで、家族を誇りに思ってて、あたし自身、どこに出たって堂々としていられる自信はある。でも、お花畑に住んでるわけじゃない。世の中には厳然とした階層ってものが存在することだって知ってる。そしてある一定以上の階層にとって、一般庶民が蔑みの対象であることも。道明寺家の皆さんがそうだとは思わない。現にあたしを大切にしてくださって、そのことには感謝してる。でももういいんだよ。」


つくしはもう一度司に向いた。
その顔は見る者を怯えさせるほどに穏やかだった。


「もう、無理しなくていい。無理してあたしを受け入れようとしなくていい。そんなの歪だもの。そんな夫婦、不毛だもの。だからあたしと別れてください。」


つくしは頭を下げた。
司の返事が聞こえるまで下げ続けた。
だが、一向に返事が聞こえずに顔を上げた。


「…司……?」


リムジンの白い車内灯が浮かび上がらせたのは、司の悲痛な表情だった。
泣いているのかと錯覚するほど、その表情は歪んでいた。
自分の言葉が司をこんな表情にしたことが信じられずに、つくしは困惑した。
優しい司のことだから、ポーズとしてのためらいを見せてくれるかもしれないとは思ったが、まさかこんな悲しそうに、寂しそうな顔を見せてくれるとは予想だにしていなかった。


「俺はお前にどこへも行くなと言ったはずだ。お前は俺の妻だから、と。」

「わかってる。でも、」

「悪かった。」

「え?」

「お前を恥ずかしいなんて思ってない。今夜、俺が不機嫌だったのはお前にじゃない。俺自身にだ。」

「そんな…自分に? どうして?」


司はつくしのむき出しの細い腕を取った。
そして自分に引き寄せて、広いリムジンの中で二人が一人になったように抱きしめた。
つくしの肩越しに見えるのは滑らかな背中。
柔らかい体に回した腕の片方を解いて、司はその背中の中心に手を当てた。
車内の空調によって肌はヒンヤリと冷めていて、手の温もりと交換するように冷たさが伝わった。


「お前にこのドレスを着ろと言ったのは俺だから。あいつらに会わせると連れ出したのも俺だから。お前のこの肌を他の男に見せたくなかった。お前が誰かに笑いかけるところを見たくなかった。」

「そんな…嘘でしょ?…そ、そんなことで?」

「そんなことじゃない。とにかく無性に嫌だったんだ。まさかお前にそんな誤解をさせてると思わなくて、悪かった。」


司はつくしの肩から顔を上げて、つくしの顔を覗きこみ、今度は唇に口付けた。
甘く甘く甘く、優しく優しく、可愛いつくし。
あと少しで殻を破って出てきそうな感情がどうしようもなく燻るのに、でもまだその時には程遠いような気もして、司は密かに身悶えた。









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2020.03.16




リムジンの中で二人の行き違いは氷解し、屋敷に帰ってきた。
島田以下、北棟の使用人が出迎える中、ポーチでつくしをエスコートして降ろす。


「じゃ、おやすみなさい。」


と言ってエントランスに入ろうとするつくしの指先を司が掴んだ。
つくしが振り向く。


「なに?」

「………」


訳もなく引き止めて、確かに俺はどうしたんだろう。
でもなんだか離れ難いというか、もっと一緒にいたいというか。
もっとこいつに触れていたいというか…


「その…今夜も渡っていいか?」

「えっ! 今夜って…」


つくしは今度は背後の島田を振り向いた。


「旦那様、今夜はもう遅うございます。奥様もお疲れのことと存じますので、お控えください。」


時刻は23時を過ぎている。
これから渡るとすれば0時を超えるだろう。
しかし司はつくしを見つめている。
そしてつくしの両手をとらえ、自分に引き寄せてその耳元で囁くように訴えた。


「明日は日曜で休みなんだ。もっとお前と…話がしたい。お前が使用人どもの主人なんだから、お前が決めてくれ。」


つくしはそっと司を見上げ、スルリと司の手から自分の手を引き抜くと、もう一度島田に向いた。


「島田さん、旦那様が御渡りをご希望よ。部屋に戻って準備をしましょう。」

「ハァ…かしこまりました。では旦那様、1時間後には準備を整えさせていただきます。」

「ああ、つくしを頼む。」


つくしはもう司を振り向くことなく北棟へ入って行った。
司はその白い背中を飽くことなく見送った。




***




北棟でつくしを降ろしたリムジンは、今度は南棟のポーチに到着し、司は森川以下使用人に出迎えられた。




「まったく、帰ってきたと思ったら御渡りとは。よく島田が許しましたね。」


部屋に入って司が脱ぎ落とした衣服を慌ただしく拾いながら森川がボヤく。


「島田の意思は関係ねぇだろ。主人であるつくしの意思が最重要だろうが。」

「その奥様もご了承なのでしょうね?」

「当たり前だろ! あいつが島田に命じたんだから。ま、俺の頼みを無碍にできる女なんていねぇけどな。」

「なるほど、そうですか。今夜も渡りたいって頼み込んだんですね。」

「うっ…」

「旦那様、もうお認めになったらいかがですか?」

「何を。」

「奥様に恋してるってことですよ。」


シャツのボタンに手をかけていた司はバスルームの前で立ち止まった。
そして森川を振り返った。


「お前にはそう見えるか?」


否定するでもない司は真剣な面持ちだ。


「見えます。」

「俺は…わからない。」

「ご自分のお心がわかりませんか?」

「確かに俺は、あいつを気に入ってる。つくしといれば楽しい。あいつは面白い女だ。笑うと可愛い。抱きしめればすぐにその気になって抱きたくなる。でもそれが愛なのか、わからない。な、森川、」

「はい。」

「今夜、俺があいつの笑顔をあきらや総二郎たちに見せたくないと思った感情はなんだ。」

「それは独占欲ですね。」

「独占欲…でもつくしはもう俺の妻だぞ。すでに独占してるようなものだろうが。なのにまだ独占したいって、どんな感情だよ。」

「そうですねぇ、それがどんな感情なのか、わかった時が旦那様がお目覚めになる時かもしれませんね。」


じっと森川の柔和な顔を見ていた司は「フンッ」と鼻を鳴らしてバスルームに消えて行った。




***




つくしは入浴を終えてパジャマを着込み、ドレッサーの前に座っていた。
背後では島田がつくしの髪を梳かしている。


「島田さん、こんな夜中まで引き止めてすみません。」

「それはいいのですが、なぜ御渡りをお許しになったのですか? 結局、旦那様は毎晩渡って来られてますけど、よろしいのですか?」


なぜ許したのか。
それはつくしにもわからなかった。
でももっと一緒にいたいと言われて嬉しかった。
司に引き寄せられるといつものいい香りがして、それだけでうっとりとしてしまう。
そして耳元でささやかれればどんなワガママにも抗えなくなる。
時にガキっぽく、時に大人になってつくしを振り回す男に自分が惹かれている自覚はあった。
でも好きだとか誰にも渡したくないだとか、嫉妬だとか独占欲だとか、そんな思いはまだない。
別れたいと話したのは本心だったが、誤解だとわかって、まだ別れなくていいとわかってホッとしたのも事実だ。

愛し合えればいいのに、と思う。
あの稀有な人への愛が心に満ちて、そして彼からも愛される。
そんな奇跡に浴することができたなら、どれほど幸せだろう。
でもそうであってはならないとブレーキをかける自分がいる。
彼にはあたしじゃない、あたしにも彼じゃない。
どうしてもその思いが拭えない。

今夜出会った3人の男性。
彼らにしてもその隣に似合うのは一流の女性たち。
その光景が容易に想像できる。

つくしはひとりひとりを思い浮かべた。

西門さん
茶道家元の御子息で次期家元、つまり若宗匠だ。
きっと楚々とした日本美人が似合う。
豊かな黒髪をしっとりと結い上げ、着物は華美ではないけれど実は価値のあるものをご自分でさっと着ちゃえる女性。
立ち居振る舞いは完璧で若宗匠の影になり日向になって支えてゆく、そんな女性。

美作さん
お金持ちのお坊ちゃんなのに気遣いと思い遣りのあるあの人には同じような優しい女性が似合う。
どこかの令嬢でありながら、分け隔てなく誰とでも仲良くなれる懐の深さがあって、笑顔を絶やさない大らかさを持っている。
でも芯は強くて、いざと言う時には美作さんを助けて共に歩んでゆける人。

花沢さん
あんなに綺麗な男性を見たことがなかった。
旦那様とはまた違う王子様。
まるで天使みたいな。
そんな彼にはきっとうんと年上か、逆に年下が似合いそう。
どちらにしても、飄々とした花沢さんをいつも叱咤激励して面倒を見る姉御肌な女性。
でも、華やかさも忘れないで、きっと彼に劣らない美貌の持ち主よ。

そしてうちの旦那様
の、隣にあたし?


「フフッ…」

「奥様?」


あの人ってどんな貧乏くじを引いたのよ。
あたし一人だけ毛色が違うじゃない。
美しいサラブレッドの牝馬の中に一頭だけロバ? ポニー?


「あははっ」


あー、可笑しいったらないわよ。
サラブレッドの中のポニーは確かに物珍しいわよね。
小さくて短くて遅くて。
「あら、ちんまりして可愛い」なんて同じ馬なのに愛玩動物みたいに扱われたりして。
でも気づく時が来る。
仲間だけど仲間じゃないって。
同種だけど、同類じゃないって。


「奥様、やはりお疲れなのでは? 森川に連絡を取りましょうか。」

「…………」


鏡に映る自分を見つめながら、つくしは深く思惟に沈んでいて島田の声は届いていない。

じゃあ、旦那様にお似合いなのは?
やっぱりまずは容姿の麗しさよね。
隣に立っても旦那様の美しさに負けない女性。
長い髪、小さな顔、背はスラリと高いけど、ヒールを履いても旦那様を超えない程度で、長い手足、なのに豊かな胸と引き締まった体でスタイルも抜群。
高貴な出自なのに、誰にでも優しく接する正義感の強さと、時には子供っぽくなる旦那様のワガママを包みこむような寛容さを持っていながら、どこか天然で守ってあげたいって思える女(ひと)。

ああ…どこかにそんな女性がいないかな。
その女性に旦那様が恋してくだされば、あたしは大手を振ってこの家を出ていけるのに。


「…さま、…奥様?」

「えっ、 は、はい!」

「森川から連絡が来ました。旦那様がもうすぐ到着されます。ご用意はよろしいですか?」

「あ、はい。…島田さん、旦那様は話がしたいと仰っていたのでリビングで過ごしていただきます。よく眠れるハーブティーを用意してください。」

「かしこまりました。」


つくしはリビングに移動し、司を待った。








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2020.03.17