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皆様、ご無沙汰しています!
そろそろ涼しくなってきた秋の夕暮れ、いかがお過ごしですか?

さて、「18歳のキス」やっと目処が立ちましたので、明日から連載を開始します。

このお話は雨の別れ分岐です。
あれから14年後の再会から始まります。

司32歳、つくし31歳と、大人になってしまった二人を描きます。
今回のテーマはちょっと複雑で、もしかしたらわかりにくいお話しになってるかもしれません。
私の中にある二人の心情が複雑なので。




今回、書きながら鬼リピしたのは、エミール・パンドルフィというピアニストのアルバムです。
「An Affair to Remember」というタイトルのアルバム、全曲をずーっとリピートしながら書きました。
作中に出てくるバーの店名の「Remember」はここからきています。
タイトルチューンは古い映画「めぐり逢い」のテーマ曲で、元はジャズ曲です。

当初、この曲が聴きたくてこのアルバムを聴き始めたのですが、全曲聴いているうちに「Ebb Tide」(引き潮)という曲が今作品に一番ハマりました。


Ebb Tide - エミール・パンドルフィ


この「Ebb Tide」はもとはハープ奏者が作曲したインストゥルメンタルでしたが、その後、歌詞が付いて様々な歌手が歌い継ぐ名曲になりました。

それがこちら。


Ebb Tide - ライチャス・ブラザーズ


歌詞の和訳も掲載しようと思いましたが、そうするとこの記事をパス制にしなければならず、読んでいただくのに面倒なのでやめます。
ご興味がある方はこちら


悲しく、美しく、そして深い愛の音楽と共にお楽しみいただけたら幸いです。







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2019.10.03




日曜日 22:08


俺は丸の内の外れにある小さなバーで女を待っている。
待ってはいるが、約束があるわけじゃない。
いや、正確には今日の約束があるわけじゃない。

毎週日曜日の21時から23時、時間が合えばここで落ち合うことになっている。
だから来るか来ないかわからない待ち人だ。


「先週は、お待ちになってましたよ。」


マスターは昨年、古希だった男。
ホテル・メープルのバーラウンジでマスター・バーテンダーを長年勤め上げ、定年後に開業したのがここ「Remember」だ。
カウンターのみ7席の店内には常にジャズピアノの調べが漂っている。
店名もジャズの名曲からもらったと、開業当時まだ若かった俺に話してくれた。

俺はもう一度、腕の時計を確認した。

22:37

今夜はもう来ないか。
あいつが来るときはいつも22時までに来る。
それを過ぎて来たことはない。
なのに、俺は約束の時間までここを出ることはない。
未練てものを心の裡に隠してもう半年だ。
いや、実際はもっとだろう。
あいつを失った18の時から、再会した32まで、ずっと後悔という名の未練が俺の身の内にしがみついていた。


チリン…

「おや…いらっしゃいませ。」


俺は期待しないようにと心に言い聞かせ、目だけで左に振り向いた。
頭にも肩にも水滴が光る女が、レースで縁取られたハンカチでそれらを払いながらこちらに視線を寄越した。


「まだ、いたんだ。」

「……外は雨か?」

「ん。降り出した。」


女はひと席空けて俺の横に座ると、マスターに「いつもの」と声をかけた。
雨に濡れたウールの匂いに混じり、女の香水の香りが届いた。
大人になった女は、真っさらな自分を隠すように香水を纏っていた。


「それ、いつもの?」

「ああ」

「クスッ。いつも思うけど、麦茶飲んでても同じ色よね。」

「お前…ウイスキーに謝れ。」

「あはは」


マスターがコースターに乗せたジンライムをカウンターに差し出した。
女はいつもこれだ。
ジンライムのカクテル言葉は「色褪せぬ恋」
こいつはわかってこれにしてるのか?


「先週はNYだったんだ。」

「ふーん。」

「待っててくれたんだろ?」


女は口から離したグラスをコースターに置いた。


「待ってたんじゃなくて、ここで過ごしてたの。マスター、余計なこと言うと調子に乗るじゃない。」

「はは、すみません。」


意地っ張りは14年前から変わってない。
変わったものばかりの中で、変わらないものの存在は俺を癒してくれる。

14年前のあの日、俺たちの道は分かれた。
その道が再び合流したのは半年前だった。









『あんたを好きだったら、こんなふうに出て行かない。』

その言葉を残して、女は俺の前から去った。
だが、俺の心から去るにはそれから数年を要した。
俺が大人になる必要があったからだ。

女を失った直後、俺は荒んだ。
自分の運命を呪い、家を呪い、親を呪い、そして俺を捨てた女を呪った。
だが、時間の経過とともに、彼女に他の選択肢などなかったということが理解できるようになった。

あのとき、たった17歳だった高校生に何ができただろう。
相手は世界を動かす鉄の女。
電話の一本で他人の人生を終わらせることができる怪物と戦う術など持ち合わせているわけがない。
俺を捨てる以外の方法はなかったのだと納得した時、女は俺の心からも消えた。

消えはしたが、新たな残像が生まれた。
それは後悔。
なぜあの時、引き止めなかったのか。
なぜあの時、追いかけなかったのか。
ただあいつの言葉を鵜呑みにして、肝心な時にあいつが意地っ張りだってことを忘れてた。

もしかしたら、違う言葉が聞けたんじゃないか?
もしかしたら、違う表情が見られたんじゃないか?

もしかしたら、あいつの肉体は遠ざかってしまっても、心だけは側にいられたかもしれなかったのに。

そんな後悔が今も俺につきまとう。


「出るぞ。」


俺は女の分も金を置いて立ち上がった。


「ごちそうさま。」


女はマスターに向かって声をかけ、俺の後に続いて店を出た。

店の前の道は車の入れない路地だ。
そこを右手に進むと運転手がドアを開けて待っている。
女を先に乗せ、俺も後部座席に乗り込んだ。
ここからは何も言わなくても車は走り出す。
俺がここで女と一緒に車に乗り込めば目的地は決まってる。


ミシュラン五つ星ホテルの関係者用地下駐車場に到着すると、俺は女を伴いエレベーターに乗り込み、35階を目指す。
そこのクラブ・メープルスイートが俺の定宿だ。

部屋に入ると女はソファにバッグを投げ出し、いつも結っている髪を解いた。


「バスルーム、借りるね。」


そして慣れた足取りで消えていった。
俺もジャケットを脱ぎ、ネクタイを投げ出して、もう一つのバスルームに足を向けた。









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2019.10.04




熱いシャワーを浴びながら、半年前のことを思い出す。



バー「Remember」は俺の息抜きの場所だった。
あいつらにも誰にもこの店のことは話してない。
マスターも見込んだ人間にしか店の存在を明かしていなかったから、他の客と鉢合わせることは稀だった。

看板はなく、ただドアとその横に申し訳程度の小さな明かりが灯っているだけ。
明かりが消えていたら入れない。
煤けたように黒いそのドアは、知らない人間は決して開けようと思わない古びた代物だった。

その日、俺は2ヶ月ぶりに店に入った。
そこに女がいた。

スーツ姿で、結われた髪にはダウンライトの光がツヤツヤと反射していた。
タイトスカートから覗く脚は足首に向かって細く締まり、ベージュのストッキングを履いていてもその肌の白さがわかった。
ジンライムを持つ指は細く、爪の先まで整えられている。
いい女だった。


「いらっしゃいませ」


マスターの声にチラリとこちらを見た黒く大きな瞳が見開かれるのがわかった。
と同時に俺は息を止めた。


「…道明寺…」

「牧野…か?」


俺たちは互いに言葉もなく、そのまま数秒、見つめあった。


「お知り合いですか?」


マスターに向き直ってその質問に答えたのは牧野だった。


「え…いえ……でも、まあそうね。」


なんと答えていいのか迷った末に認めた牧野から、ひと席空けて俺は座った。

何も言わなくても俺の前にはウイスキーが供される。
まだ若い頃は濃厚なスコッチウイスキーを好んでいたが、今の俺が好むのは国産のウイスキーだ。
日本の水で、日本の材料で、日本の空気で熟成された酒。
その香りも味わいも喉ごしも、何もかもが俺に沿って馴染む。


「しばらくだな。」

「大昔でしょ。」

「14年だ。」

「そっか。ほんと、大昔。」


俺たちの空気を察してマスターはカウンターに背を向けてグラスを磨き始めた。


「あの、」「おまえ、」


声が重なり、互いに横を向いて視線で譲り合った。


「お前、よくこの店知ってるな。」

「ああ、マスターさんが誘ってくださったの。」

「マスターが?」


俺は男の背中を見た。


「私、百貨店に勤めててね。そこに買い物に来てくださったマスターがよかったらって。」

「ふーん。」


古希のおっさんがナンパかよ。


「あ、ナンパじゃないからね。」

「私が孫に贈る入学祝いの腕時計を選ぶのを親身になって手伝ってくださったので。それだけですよ。」


ナンパの言葉に反応したマスターがそれだけ言うために体をこちらに向け、また背を向けた。


「よく来てるのか?」

「日曜日の仕事終わりに。私、月曜日が休みなこと多いから。」


平日休みの牧野の左手にサッと視線を滑らせた。
指輪はない。
まだ独身か?
それとも仕事では外してるのか?


「道明寺はさ、元気だった?」


言葉の後に向けられた瞳には、昔あった清澄の代わりに憂いを帯びた深さがあった。


「お前にフラれてしばらく荒れたけどな。」

「…ごめんね。もっと言い方ってものがあったよね。子供だったから。」


あの時、他にどんな言い方があっただろう。
他ならぬ俺の母親に追い詰められたこいつに、どんな非があっただろうか。
ただ、俺に惚れなかったというだけで。


「元はと言えばうちの母親だろ。庶民の女子高生相手に天下の鉄の女がエゲツなかったよな。」

「それだけ本気だったんでしょ。息子を守るために。」


俺を守ろうとしたんじゃない。
あの女は自分のプライドを守りたかっただけだ。
俺が牧野に赤札を貼って自分の体裁を守ろうとしたのと同じように、あの女はこいつを排除して勝った気でいただけた。
俺のDNAの出所は確かにあの女だってことだ。


「あのあと、風邪引かなかった?」

「引くかよ。お前こそ、あれからどうしてたんだよ。」

「はは。ずぶ濡れで電車乗って、ヨレヨレでたどり着いた場所が日本のジャングルで、家族と再会して地元の高校に転入して今に至る。」

「端折りすぎだろ。13年くらいすっとばしてるぞ。」


牧野はジンライムに口をつけ、一拍置いた。


「一度、結婚したの。」


ウイスキーのグラスを持ち上げようとしていた手が固まった。
我が耳を疑うって経験は初めてだ。
結婚?
そう聞こえたが、俺は何と聞き間違えてる?
結構? 結局?
いや、文脈と合わない。


「27の時だった。でもたった11ヶ月で離婚。つまりバツイチ。私にしちゃなかなかの武勇伝でしょ。」


フフッと牧野は目を細めたが、俺は笑えなかった。


「子供はいなかったのか?」

「いないよ。だから別れられた。」

「別れられたって別れたかったのかよ。」

「その方が良かったの。あっちにはもう違う人がいたし。」

「…浮気か? 結婚して数ヶ月で浮気ってどんな男だよ。」

「いい人だったよ。でも寂しかったんじゃないかな。私には…ほら、私って薄情じゃん? あはは」


さっきから笑ってんじゃねぇよ。
笑い顔が泣き顔にしか見えねぇよ。


「で、今の男には大事にされてんのか?」

「今の男? …フフ…私の話はもういいでしょ。次はあんたの話。なんで日本にいるの? NYじゃないの?」


“ あんた ” って俺を呼べるのは姉ちゃんとこいつだけだ。
久しぶりの響きに俺の後悔が頭をもたげた。


「俺は日本を任されてる。NYはまだ両親が健在だからな。」

「そっか。昔、なんかの記事で読んだことあったからさ。NYで婚約者とパーティーに出てたとかなんとか。」


人差し指を額に付けて考えるポーズをしてる。
今時、そんなポーズで考え事するやついねぇぞ。
ってか、なんだ? 婚約者って。


「いつの話だよ。んなのガセだろ。俺はまだバツもついたことがない独身だ。」

「えー、結婚は?」

「してない。したことない。」

「そんなのあのママンがよく放置してるわね。フフフッ」

「ママンって、フンッ 気持ち悪りぃ。」


その時、牧野の前に何杯目かわからないジンライムが置かれた。


「おい、こいつ、これで何杯目だ?」

「3杯です。」

「もういい、下げろ。」

「ちょっと! 何勝手なこと言ってんのよ! そういうとこ、変わんないわねぇ。」


下げようとするマスターより一瞬早く牧野がグラスを手に取り、一気にあおった。


「おい!」

「フー! 美味しかった。じゃ、帰るね。」


牧野はバッグから財布を取り出し、万札を1枚カウンターに置くと立ち上がった。


「じゃっ、道明寺、元気でね。また縁があれば今度は20年後? くらいに会おう! バーイ!」


軽く足元をふらつかせながら、牧野は俺の背後を通り過ぎて、ドアに向かっていた。
その時、さっき頭をもたげた後悔が、今はもう立ち上がって俺の心の壁を力一杯叩いていた。
だから俺も立ち上がった。


「送っていく。」

「へっ?」


牧野の肩を抱き、俺は店を出た。









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2019.10.05




引きずるように路地を歩かせ、車に押し込めると案の定、暴れ出した。


「ちょっと! 降ろしてよ! 私は帰るんだから!」

「だから、送ってやるって言ってるだろ。家どこだ?」

「言うわけないでしょ! 一人で帰れる!」

「何時だと思ってんだ。こんな夜更けに女が一人歩きするな。」

「私みたいなオバさん、襲うヤツなんていないわよ!」


こんな言い合いは久しぶりだ。
いや、久しぶりなんてもんじゃない。
こいつ以外とすることなんてないんだから、やっぱりこれも14年ぶりだ。
俺は体内に再び灯る炎を感じていた。
俺の命の火を燃え上がらせるのはやっぱりこいつだ。

なおも暴れてドアレバーに手をかけた牧野の背に俺は語気を強めた。


「14年前の詫びだと思って言うことを聞け!」


その言葉に牧野はピタリと動きを止めた。
そしてドアに向けていた顔をカクカクと音がしそうな動きでこちらに向けた。


「お詫びって、さっきしたじゃん…ごめんって。」

「あんなもんじゃ足りねぇよ。俺がどんだけ苦しんだと思うんだ。もっとしろ。」


ほんの軽口だった。
さっきの言い合いみたいにポンポンと言葉の応酬が続くと思ってた。
でも牧野は神妙になった。


「でも、あれは…。悪いと思ってるけど…でも、じゃ、どう…したらいい?」

「どうって…」


14年の間に格段に綺麗になった牧野の困った顔が俺を見上げていた。
その上目遣いの表情が、俺に18歳の頃の欲望を思い出させた。
俺はゴクリと一つ飲み込むと、運転手に行き先を告げていた。


「メープルに」




***




俺が常に押さえているクラブ・メープルスイートはメープルのスイートの中では3番目のグレードだ。
インペリアル、エグゼクティブ、そしてクラブ・メープル。

スイートの中でも比較的部屋数の多いクラブ・メープルなら、身内が押さえたところで営業に差し支えない。
ここはリビングとキングサイズのベッドが置かれたメインベッドルーム、そしてダブルが置かれたゲストルームが部屋の構成になっている。
ベッドルームにはそれぞれにバスルームもついている。

俺がメープルを指示した瞬間に、牧野は軽く飛び上がった。
そうだ、あそこだ。
お前と一度、行ったことがあるよな。
総二郎が仕組んだデートの尾行をさせられて海に落とされて、ここでバスを使ったんだ。
そうしたらあの女が現れて…

お前にいくら聞いても話してくれなかったあの日のことを、俺は後からタマに聞かされた。
あの女はお前を「ドブネズミ」つったんだろ?
牧野がドブネズミならババア、お前はなんだ?
死肉を食らうハイエナか? ハゲタカか?
俺から全てを奪う死神か?


「あの…なんで…ここ…」


なんて、昔を思い出してる場合じゃない。
牧野を連れてきちまった。

本当は詫びなんて必要ない。
むしろ、詫びなきゃならないのはこっちサイドで、こいつを道明寺の渦に巻き込んだ俺こそが元凶だ。
でも、このまま牧野を帰せば次に会えるのは本当に20年後になりそうだった。
もう後悔はしたくない。
恋じゃなくなっても、俺はこいつと繋がっていたかった。
そしてあのとき、心底欲しかったものを手にするチャンスが巡ってきたと感じていた。


「まあ、座れよ。」


牧野にソファを促すが、座ろうとしない。


「…長居しないから座らなくていい。それで、なに?」


俺は腰掛け、脚を組んだ。


「俺に詫びてくれるんだろ?」

「そりゃ、そのつもりはあるけど…」

「俺は欲しいものがある。」


牧野は半歩、後ずさった。


「なに…が、欲しいの?」

「あの頃の俺が欲しかったもの。詫びだと思ってくれないか?」

「だから、それは何?」


俺は立ち上がり、ジリジリと後ずさる牧野に近づき、その肩を掴んだ。
牧野がビクリと震え上がった。
俺から外せない視線には戸惑いと怯えが浮かんでいた。


「お前。」

「あ、あたし?」

「そう、お前が欲しい。」


いくら鈍感でも結婚まで経験した今のお前ならこの言葉の意味はわかるよな?
そうだ、俺はお前が欲しい。
お前と寝たいんだよ。


「えーと、それはヘッドハンティング、」

「違う。」

「じゃ、トレード…」

「違う。」


俺は視線を彷徨わせる牧野の瞳をじっと見つめた。
戸惑っていたその瞳には、俺の視線の意味を捉えて嘲りの色が浮かんだ。


「ハッ! まさかあたしと寝たいとかそんなことじゃないわよね? 幼かったあたしの稚拙な言葉選びのせいであんたを傷つけたことは悪かったと思ってるし、そのことに対する謝罪なら何度でもするけど、あたし自身をあげることはできないわよ。だって、あのままだったとしてもあたしはあんたのものにならなかったから。あの時の、お試しの期間の終わりには結局、さよならしてたんだから。」


お前、よく覚えてんな。
「試しに2ヶ月付き合おう」と言ってお前が承諾してくれてから1ヶ月もしないうちにあの雨の夜が来た。
その数時間前にはキスしてくれた。
「深い意味はない」ってこいつは言ったけど、深い意味のないキスを自分からする女じゃないことはわかってた。
だから俺は有頂天になった。
残りの時間を一緒に過ごせば、きっとこいつをモノにできると確信した。
そんな日の夜のことだったんだ。


「そうか。わかった。」


俺の言葉に短く安堵の息を吐き出した女の肩を掴んだまま、俺は俯いてワザとらしく大きなため息をついた。


「いきなり変なこと言って悪かった。実は俺にはな、リハビリが必要なんだ。」

「え?」

「道明寺後継者の俺が32にもなってまだ未婚なのはどうしてだと思う? 女を愛せないからだ。女を信頼できないからだ。」

「道明寺? どうしたの?」


お前は困ったヤツを見放せない女だからな。
その法則はきっと俺に対しても発動されるはずだ。
…俺はもう14年前の、戦略を持たなかったガキじゃねぇんだよ。


「あの日、ねずみ屋行ってパフェ食って、ゲーセン行って遊んで、お前を守るって言ったらお前は対等でいたいからやめろって言ったよな? 俺はあの日のことは全部覚えてる。雨の中でお前の背中を見送ったところまで何もかもが鮮明に思い出せる。そのくらい、人生で衝撃を受けた日だった。」

「……」

「わかってる。お前にはあの選択しかなかったって。ダチを守るためには俺を切るしかなかったって。でもな、本当にそうか? 本当に俺はお前に必要のない人間だったか? 俺はお前を守りたいと思ってたが、お前はダチを救うにしても俺のことも守りたいって、それが例え恋愛感情じゃなくても、それでも一瞬もそんな考えは浮かばなかったのか? それは俺があの女の息子だからか? 俺のことも憎かったか?」

「違うっ! 道明寺が憎かったなんて、そんなこと…ただあたしは友達を守るためには、あんたと離れるしかないってそれだけしか考えてなくて…」

「お前のその意地が18のガキだった俺を深く傷つけた。あれから俺は女なんて1ミリも信じられなくなって、女に真剣になれない。心から愛することができない。お前のせいだろ。」


牧野は悲痛なほど顔を歪めて俺を見上げた。


「今度は俺を助ける番だ。俺がまた女を愛せるように、人生の伴侶を見つけられるように、お前が詫びのつもりで俺のリハビリに付き合え!」

「…そんな……」

「手始めにあの日のキスをしてくれよ。」

「はぁぁ!?」

「あのキスはどういう意味だったんだ? 深い意味はないってお前は言っただろ? でも女ってのは深い意味もなくキスできるのか?」

「だからあれはお礼だって言ったじゃん。守ってくれるって言葉が嬉しかったからって。」

「嬉しかったらどこでも誰にでもキスするのか?」

「いや、だってお試し彼女だったから…彼女ならそのくらい…するのかなって…」


頬を染めた顔を逸らしながら俺に視線だけを流すその姿は確かに14年が経過した大人の女だった。
俺の記憶の中でいつもスカートを翻していたジャジャ馬娘も今では色気さえ感じさせた。
それはもう鉄パンを脱いだからか?
そのことを考えるとかつて翻弄された嫉妬という感情が久しぶりに湧き上がった。


「じゃ、その時の気持ちに戻れよ。ほら。」


俺はスーツに仕舞い込まれたネクタイを引き出した。
あの日は俺のマフラーを引っ張ったんだよな。
「なんだよ!」ってイカったら柔らかい唇が触れた。
何が起こったのか理解するのに数秒かかって、理解したら血が逆流した。
こいつにはその時の俺の喜びなんてわかんねぇんだろうな。

俺の首からぶら下がっているネクタイを牧野がおずおずと握りしめた。
握りしめてじっとしている。
グッてなるからな、グッて。
衝撃に備えとかねぇと。

俺は牧野を見下ろしてその瞬間を待った。

すると、不意打ちとも言えるタイミングでネクタイがグンッと引かれ、14年前と同じ唇が迫った。
しかし俺だって14年前の俺じゃない。
唇が触れた瞬間に両腕で牧野を捕まえた。
そして触れるだけのはずだった唇を捕らえた。
ビリビリと体の末端にかけて身震いが駆け抜けた。


「んっ!」


NY時代に覚えた深いキスを牧野に仕掛ける。


「……ン…」


顎を押さえて口を開けさせ、舌で交わる。
こいつとこんなキスをするのは初めてだな。
柔らかい舌を誘い出す。
仄かにライムの香りがした。
痺れるくらい甘い甘いキス。

口内を舐めまわし貪っていた俺に牧野も返してきた。
牧野の舌が俺の唾液を舐めとり、飲み込む。

互いのキスが絡まる音が耳に届いて、こいつ…そりゃもう17の小娘じゃないよな、と時間の経過に少なからず傷つく一方で、牧野に煽られてる俺がいる。
俺はもうすでにすっげぇ反応して、もっともっと、もっとこいつの中に入りたいとスラックスの中で主張している。

負けないからな。
お前もその気にさせてやる。

なおも深く与え合うキスで膝が震えてきた牧野からやっと顔を離す。


「ハァ…ハァ…あんた…なにがリハビリよ。こんなキス…ズルイ…」


そう言った牧野は俺の支えで辛うじて立ってる。
もう一押しだ。

耳元に唇を寄せ、低音で囁いた。


「お前が欲しい。なぁ、お前の中に入りたい。」


その時、俺のジャケットを握りしめてやっと立っていた牧野の膝がガクンと崩折れた。
俺の勝ちだ。
牧野を横抱きに抱え上げ、ベッドルームに向かった。









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2019.10.06
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2019.10.07




あの夜以来、俺は可能な限り日曜日の約束の時間にはバーに顔を出すようになった。
とは言え、出張だなんだと月のうち来られるのは半分程度。
やっと時間ができて顔を出してもあいつは来ない。
もう俺とは会わないつもりかと思ったが、マスターによればすれ違ってるらしい。
そんな週が続き、2度目に牧野に会えたのは再会から1ヶ月後だった。


「あれ」

「よう」

「会えちゃったね。」


牧野はいつものジンライムを頼み、マスターはまた背を向けた。


「百貨店てどこだ?」

「日本橋五越」

「そんな近くにいたのかよ。五越ならうちにも出入りしてる。」

「外商?」

「ああ。長いのか?」

「大学出てからだから9年?かな。」

「ビンボーだったのに大学行けたのか。」

「あのね、世の中にはね、奨学金制度ってのがあってね、」

「つまりは借金だろ。」

「まあ、そうだね。でももう返したよ。」


当たり障りのない会話をし、牧野がジンライムを2杯飲み干したところで席を立つ。


「行くぞ。」

「…マスター、ごちそうさまでした。」

「お会計は頂いてます。」


牧野がチラリと俺を見上げる。
奢られたくないと噛み付いてくるかと思ったが、


「…ごちそうさまです。」

「ああ」


男を立てるってことまで覚えた牧野。
お前の14年にはなにが詰まってんだ?
知るのが怖ぇよ。


店を出て、車に乗り込み、メープルに乗り付ける。
会えた時はいつもこのコースだ。
この後することも決まってるが、牧野は黙ってついてくる。

リアシートに並んで座って、車窓を眺める牧野の横顔を俺は盗み見る。
そこにいるのは31になった牧野で、17歳の時の潔癖すぎるほどの少女はもういない。
そのことに微かな寂しさを感じてしまう俺は、いつまであの頃に囚われてるんだろう。


部屋に入るなり、牧野はバスルームに向かう。


「借りるよ。」

「いきなりか?」


牧野が振り向く。


「こんな時間に、こんなとこに入って、バスルーム使う以外に何するの?」

「……お前はそっち使え。」


いつもこうして俺たちの夜は始まる。




***




「はぁっ…あん…あっ…」

「…牧野っ…」

「道…明寺…あ…ぁン…」


今夜も俺たちは絡み合う。
唾液も汗も蜜も…何もかもを混ぜ合わせ昇天する。
力尽きるまで抱き合って、一緒にバスに浸かって洗い流して。

でもそれだけ。
俺たちの関係は再会した夜から何も変わらない。
こいつを手に入れたいと思っても、今更18のガキみたいに追い縋るようなダセェ真似はしたくねぇ。
かと言って勝手にこいつの身辺を調べて野暮な男だと思われるのも心外だ。
オトナになるってのは窮屈なもんだ。

だから半年経っても、俺は牧野の連絡先すら知らなかった。


「そう言えば、これはリハビリなんだっけ。」


俺に抱きかかえられてバスに浸かって、俺の肩に頭を預けた牧野が呟いた。


「もう回復した?」

「しねぇよ。バーで会ってヤるだけの女でリハビリになるか。」

「フッ…結婚すればいいじゃん…貞淑な妻なら信頼できるようになるんじゃない?」

「貞淑かどうか、どうやってわかるんだ?」

「お母さんがよーく調べて連れてきてくれるわよ。」

「政略結婚じゃねぇか。」

「それが宿命でしょ?」

「お前が言うな。」

「なんでしないの? お相手はいくらでもいるでしょ?」


頼みもしないのに勝手に寄ってくる輩なら掃いて捨てるほどいる。


「フンッ、俺に擦り寄ってくるのは金と名前目当ての香水臭え厚化粧女ばっかりだ。そんな女、相手にしようなんて思わねぇな。」


その言葉に牧野が頭を起こし、濡れたまつ毛に縁取られた、俺が惚れてる大きな瞳を珍しく真っ直ぐ向けてきた。


「始まりがなんだろうが、相手を慈しむことはできるよ。きっかけが政略結婚だとしても、その人の本質を深く知ろうと努力することだよ。あんたが女に求めてることは、あんた自身が女に実践しなきゃ始まらないよ。」

「牧野…」

「香水臭いのが嫌なら使うなって言えばいい。厚化粧が気に食わないなら化粧を落とせって言えばいい。あんたが女を表面でしか見てないのに、なんで相手にはあんたの本質を見てほしいって言えるのよ。」

「…お前はそれでいいのか? 俺がどっかの女と結婚しても平気か?」


平気じゃないと言って欲しかった。
ベッドの上で俺に向けて腕を伸ばすのは、お前の心が俺を求めてるからだと思いたかった。
俺たちは愛し合ってる。
そう思いたかった。

牧野はまた俺の肩にもたれかかった。
だからその顔は見えなかった。


「平気とか、平気じゃないとかって話じゃない。それが当たり前。あんたの運命の女はこの部屋の外にいる。ただ、それだけ。」



『あんたを好きだったら、こんなふうに出て行かない。』

結局また、あの言葉が俺を苛む。
お前が俺を好きなら、こんな関係になってないか。
きっと俺を忘れないで、清冽だった17歳のままに歳を重ねて、一途に俺を待っててくれたんじゃないか。
…なんて、夢を見るのも大概にしろと自嘲がこみ上げた。








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2019.10.08




都内の会員制バーのカウンターで西門総二郎はバーボンを手にしていた。

人を待っているが、今日の待ち人は女ではない。
総二郎の誕生日のこの日、祝ってくれるのは昔から3人の親友たちと決まっていた。
その中でいま日本にいるのは一人だけ。
今夜はその男と飲み明かそうと待ち構えていた。

平日の夜、疎らな店内では客の話し声もピアノの生演奏にかき消されていた。

……ゾクリ…

そんな店内の雰囲気が変化したのを背に感じ、総二郎は振り向いた。
店の入り口からこちらに向かって男が歩いてくる。
スラックスのポケットに片手を入れてゆったりと歩くその男は、総二郎を見て微かに目を細めて微笑んだ。

ゾクッ

その顔は出会ってから27年、見慣れたもののはずなのに、今夜の男は総二郎が見たことのない妖艶な顔だった。
そして纏うオーラは匂い立つほどに甘美で、それが一つの空間の雰囲気までもを変化させていた。

何かあった?
何があった?

出会った……?
……誰に?

   愛せる女に?

総二郎は知っていた。
この親友が人を心から愛せる男だということを。
だから、早くそんな相手にまた出会って欲しいと思っていた。


「よう」

「よう、待ったか?」

「いや」


司は総二郎の隣に座ろうとカウンターチェアの背もたれに手を掛けた。
しかし総二郎の方が立ち上がった。


「マスター、部屋に移る。」


そう言って司を促してVIPルームに入った。




「おい、なんだよ。俺の顔を見ながら呑みたくなったのか?」


向かい合わせのソファに腰掛けて、すぐに出されたいつものウイスキーを片手に、司は総二郎にからかい交じりの言葉をかけた。


「ま、そんなとこだ。」

「フンッ、まずは乾杯だ。誕生日おめでとう。」

「ああ、サンキュー」


司は胸ポケットから箱を取り出した。


「今年はこれだ。」

「おっ、腕時計か。」


様々な女が総二郎に貢物をしようとする。
中でも腕時計が一番多かったが、総二郎は決して受け取らなかった。
女が腕時計を贈る理由はひとつ。
フェイスを見るたびに自分のことを思い出して欲しいからだ。
だが、総二郎にとって女は記録であって、記憶するものではない。


「パネライの受注モノじゃねぇか! さすが道明寺日本本社の代表ともなれば違うな。サンキュー!」


総二郎は早速、いま着けている時計を外し、パネライ、ラストロノモの限定品を着けた。
それは2000万以上する受注生産品だ。


「侘び寂びを体現しなきゃなんねぇ家元がするには俗っぽいけどな。」

「ハッ! 俺が俗っぽく見えたらそれは時計のせいじゃねぇよ。俗っぽい人生を選んで歩いてんだよ。だから侘び寂びの世界の良さがよくわかるんじゃねぇか。」

「か。」


司はクッと片側の口角を上げて、ロックのグラスを小さく掲げて見せた。


「な、司」

「あ?」

「何があった?」


総二郎の問いかけに向けられた司の瞳は、はぐらかそうか一瞬迷っていたが、すぐに決断が下されたようで視線は手許のグラスに移った。


「牧野に会った。」

!!?


牧野?
牧野ってあの牧野か?
まさか、それで?
つまり、まだ……?


「牧野ってあの牧野だよな? ……会って、ンでどうしたんだ?」

「ん………寝た。」

「はぁぁぁ!???」


ちょっと待て。
あのことがあってから14年は音信不通だったはずだ。
なのに会って寝た?
その牧野は本当にあの牧野か?


「クッ、信じらんねぇって顔してるな。」

「おまっ! 当たり前だろうが! お前が言ってる牧野が俺の記憶の牧野だとしたらそんな簡単な女じゃねぇだろ! なんだ?どうやった? また脅したとか?」

「またってなんだよ。あの女と一緒にするな。」


牧野が自分の母親に脅されて去ったあと、司は荒れに荒れた。
好きな女にフラれたショックもあっただろうが、母親にとって自分はどこまでも駒にしかすぎないって再確認も司を傷つけた。
それ以来、司もあのかーちゃんを仕事相手としか見なくなった。
上司として、仕事のことなら会話もするが、プライベートは没交渉だ。


「…で、どうだった?」

「どうだった?」

「まだ鉄パン、履いてたか?」

「脱いでたな。」

「ハァァ、当たり前か。あれから14年、もうすぐ15年か。 牧野も32? だもんな。」

「バツイチだとよ。」

「バツイチ!? 牧野が?」

「だからさっきから牧野の話をしてんだろうが。」


司は面白そうにククッと笑った。


「それでお前は焼き木杭に火がついたわけか?」


総二郎の言葉に司の笑い顔が途端に自嘲に変化した。


「どうだろうな。」

「どうだろうって、わかんねぇのか? 会ったってのは一度だけか?」

「…いや、それから続いてる。」

「いつからだ?」

「半年だ。」

「よく黙ってたな。昔のお前なら誰かに言わずにはいられなかっただろうに。」

「そうかもな。」

「で、やっぱりまだ好きだったってわけか。」

「なんでわかる?」

「お前の雰囲気だ。好きな女ができましたーって色気が隠せてねぇぞ。」

「ははっ、マジか。」


そんなとこもだ。
笑って受け流すなんて朗らかなお前は久しぶりだな。
牧野を失ってひとしきり荒れた後、お前は心を閉ざしちまったからな。
もう暴れたりはしなくなっていたが、その代わりに明るさや温かさってモノを失った。

それが牧野に再会して、恋が再燃して、いま、15年ぶりに幸せを感じてるんだろ?
お前は女を愛するだけで幸せになれる稀有な男だからな。


「で、今回は早々に成就して付き合ってるわけか?」

「いや。」

「あ?」

「付き合ってはない。ただ、時間が合えば会えるってだけだ。」

「ちょっと待て。わけわかんねぇぞ。最初からちゃんと話せ。」


司はつくしとの再会を総二郎に語って聞かせた。
日曜日の21時から23時、バーで落ち合って関係を持つだけの間柄に過ぎないことを。




「マジかよ。リハビリって、まぁ、間違っちゃいねぇがな。でもよ、あの牧野がよくそんなことを続けてるな。つまり、お前に会えばそうなることがわかっててバーに来てんだろ? あいつは本当にお前に惚れてないのかよ。」

「ンなこと、俺が知るか。自己犠牲の権化みたいな女だからな。今回もそういうことなんじゃねぇの。」

「なんじゃねぇのって、お前はそれでも寝てくれるならいいって? んなわけねぇよな? 今度こそちゃんと向き合いたいんじゃないのか?」


司は手の中のグラスを目線まで上げて玩(もてあそ)んだ。
グラスをくるりと回したら、中の氷がカランと音を立てた。
その音がなぜか心地よくて司は何度も手首を捻ってグラスを回した。
総二郎は司のそんな様子をじっと見つめて返事を待った。


「今更だろ。あれから15年が経ったんだ。俺はもう18のガキじゃないし、あの頃ほどの情熱もねぇよ。」

「嘘だね。お前はまた傷つきたくないだけだろ。牧野の本心を確かめるのが怖いだけだ。確かめたらその先に何があるのか、知るのが怖いんだ。」


カランと音がする度に氷は溶けていく。
溶けるそばからウイスキーに混ざり合えば、もう水には戻れない。
氷のままなら、水でいられたのに。


「18のガキじゃないからできることがあるだろ。あの頃は持ってなかったものを、今なら持ってるだろうがよ。」


グラスの向こうに総二郎の顔をじっと見つめた。


「…そうだな。らしくねぇよな。わかってる。わかってるけどよ…」

「一度結婚してるってのが引っかかってんのか?」

「フッ…つまり、他の男を愛したってことだろ? あの時、もしかしたら牧野も俺のことを好きになってくれてたんじゃないかって希望が消えて無くなったんだよな。」

「何でそうなる? お前のことと結婚と関係ないだろ。」

「……あいつが…あいつなら………………………いや、やめだ。馬鹿らしい。そこまでアホにはなりたくねぇ。」

「さっきから何の話をしてんだよ。いいか、また出会ったんだ。そしてお前はやっぱりあいつじゃないとダメなんだよ。だったら獲りに行けよ。アホはアホらしく余計なことは考えるな。」

「誰がアホだ!」


男たちのささやかな誕生日の祝いは日付をまたいでも続けられた。








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2019.10.09




総二郎の誕生日を祝った週の日曜日、俺はまた「Remember」にいた。
日曜の夜、他の客に会ったことはなかった。
この店は、どうやって採算を取ってんだ?


「司さんは日曜日が出勤日なんですか?」


マスターがメープルを定年退職する日、「明日から俺のことを「坊ちゃん」と呼びやがったら、新しい店を大々的に宣伝してやる。」と宣言した。
自分の好きなものに囲まれ、気の置けない常連との時間を楽しむ余生を送りたいと語ったこいつには大迷惑な脅しだった。
それ以来、この男は俺をファーストネームで呼ぶようになった。

そのマスターはきっと、この半年ずっと疑問だったに違いない。
それまで年に2〜3回顔を出す程度だった俺が、ほぼ毎週、日曜日になると来てるんだからな。
それもしっかりスーツを着込んで、仕事終わりって顔してる。
俺は総二郎の言葉を思い出していた。


“ アホはアホらしく余計なことは考えるな。 ”


「フッ…ククッ」

「司さん?」


あー、そうか。
俺はもうとっくにアホだったか。
本当は日曜日は休みだ。
だが、あの日はたまたまNYとの衛星会議があって休日出勤していた。
その帰りに久し振りにここに寄ったら牧野がいた。
それ以来、出張がない限り勝手に日曜に出勤して、この時間まで仕事してる。


「いいや、日曜は休みだ。勝手に出勤して、勝手に仕事してんだ。おかげでこの半年、まともに休んでないな。」


そもそも休んだって部屋で仕事してたが。


「…牧野さんは、特別な女性なんですね。」

「…………」

「あなたを変えた人ですか?」

「…どうかな。」


手の中の琥珀色の液体が揺らめく様を見つめた。

俺がもし、牧野に出会わなかったらどうなっていただろうか。
恋を知っただろうか。
人は傷つくものだと知っただろうか。
想うだけでこの胸が熱くなるということを知っただろうか。

きっと否だろう。
地の底を這うような絶望を知らないで済んだ代わりに、満たされた心から温かいものが溢れる幸福も知らないままに人生を終えていただろう。

あの経験をもう一度したい。
あの幸福をもう一度感じたい。

そして、その幸福を生涯、側に置きたい。


「あいつ、来ねぇな。」


時計は22:19を指している。
今日、来なければもう3週間会えないことになる。

ただ待ってるだけ。
連絡先も知らず、家も知らず、職場に突撃するでもなく、ただカウンターに腰掛けて、ひたすらにあいつを待つ。

確かにこんなの俺じゃねぇよな。
と思っても、少なくとも今夜はまだ席を立てない。
どんだけアホなんだよ。


「クックックッ」


マスターが怪訝な顔で見つめる中、俺は自分の滑稽さに対する笑いが堪えきれなかった。




***




ドーナツ化現象と言われて久しい都内23区の中心部に道明寺のビルはある。
その38階が日本本社代表の俺のオフィスだ。
NYも本社と呼ばれて東京とNYの2本社体制だ。
あっちには俺を産んだだけの男と女がいる。


「代表、調査書が上がってきました。」


結局、待ちぼうけだった日曜日の翌日、俺は牧野の調査を依頼した。
アホがアホなりに考えた結果、不毛な関係に終止符を打つことにしたのだ。

そのために俺は今持つものを使うことにした。
18の時に持っていなかったもの。
32になった今は持っているもの。
それは本物の権力だ。

俺は調査書を開いた。
そこには牧野の31年の人生が詰まっていた。

俺が知ってる牧野は全体の10%にも満たない。
誕生日すら今、知ったし。
クリスマスの直後って、あいつらしいよな。

幼稚園、小学校、中学校、そして英徳へ。
俺が知ってる牧野はこの部分だけだ。
その後は県立高校へ編入し、奨学金を得て公立の大学へ。
優秀な成績を修めて卒業し、五越百貨店に就職。
最初の2年は地方にいたのか。
両親と弟は今でもその地に住んでいる。
その後、日本橋の本店に異動になってる。
7年も前からこんなに近くにいたなんて。
もっと早く再会したかった。

そして27の時に結婚。
相手は五越に出入りするメーカー勤務の小椋雅也
牧野は五越で宝飾時計部門勤務だ。
そこにメーカーの担当者として出入りしていたのが小椋だったのか。

牧野と離婚後、すぐに別の女と結婚し、その後、第一子が生まれてる。
浮気相手に子供ができて離婚、か。

俺の心にとてつもなく黒いマグマが吹き出した。
牧野に愛され、結ばれておきながら他の女だと?
俺が血反吐を吐くほど欲しかった幸福もこいつには無価値だったってことか?

許せない…
牧野を傷つけ、苦しませた。
俺の大切な者を弄んだ罪は重いぞ。








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2019.10.10




皆様、こんにちは。

今日は当ブログの牧野つくしについて考察したいと思います。
これは人に指摘されたわけではなく、私自身がここら辺で整理しておきたいと思ったからです。


私は、意地っ張り過ぎるつくしは好きではありません。
つくしのカマトトぶった意地っ張りに振り回されるのは司だけじゃなく、読者もそうです。
ですので、物語に必要性がない限り、うちのつくしはそんなに意地っ張りじゃありません。

それと、これは司にも言えますが、ふたりに処女性は求めていません。
ですので不自然に二人が処女だったり童貞だったりはしません。

あと、うちのつくしは美人です。
私はドラマは観たことがなく、専ら原作漫画を元にして二次を書いています。
その中でも髪を切る前、TOJくらいまでのつくしが好きです。
あそこまでのつくしは「磨けば光る逸材」という設定でした。
実際、TOJ前の合宿で磨かれてあの鮎原にも「ちょっとあか抜けた」と言わしめています。

それに、司LOVEな私としては、あまりにも司と乖離した女に隣に立って欲しくありません。
高校生ならいざ知らず、大人になったつくしを扱う作品についてはつくしもそれなりにいい女に成長し、司の隣に並んでもそこまで驚愕されるほどではない、とお考えください。

原作の中で、総二郎や桜子がつくしを「十人並み」と評する場面がありますが、それはあくまでも貧乏生活の中で磨かれない状態のつくしであって、また、皮肉屋の二人の言葉であって、実際はあれだけモテるんですから、内面から滲み出るものだけじゃなく、やっぱり外面も良いと私は考えています。

以上を踏まえ、当ブログの牧野つくしは、

1、実は美人である。
2、そこまで意地っ張りではない。
3、大人になればそれなりに経験も積む。

という女であることをここに宣言します。


とは言え、読者の皆様それぞれのつくし像があると思います。
相容れない作品についてはご容赦をいただきたいと存じます。
申し訳ありません。

以上、よろしくお願い致します(^∇^)ノ


                    nona









2019.10.11




今夜は違うバーに来ている。
ここは小椋雅也の行きつけだ。

小椋行きつけのバーは都内4つ星ホテルの上層階にあるスカイラウンジだった。

牧野より4つ年上の小椋は小売店担当営業課長として、若いながらもいい生活をしているようだ。
牧野との離婚時、慰謝料も払わなかったケチ野郎だからな。
そりゃ貯め込んでんだろ。

調べによると、小椋は水曜の夜には必ずここに顔を出すらしい。
まだ女漁りしたいのかよ。
どんだけクズなんだ。
牧野、お前、男を見る目がないぞ。

俺は予めそのホテルの総支配人に連絡を取り、俺を見ても無視するように指示を出した。
じゃないと、すぐにアリどもが群がってきやがるからな。

俺が店内に入ると、指示を受けているバーテンダーは視線を逸らし、何食わぬ顔でシェーカーを振っていた。
その前には写真で見た小椋が座っている。

身長は180ないくらいか。
痩せ型でブランド物のスーツがやや余っている。
スッキリとした短髪は清潔感がある。
グラスを持つ手の首には勤務するメーカーの高級ラインの腕時計が光っている。
顔もまぁ、見られる方なんじゃねぇの。
俺の足下にも及ばないが。

俺は小椋の左側に2つ席を空けて座った。


「響21年をストレートで。」

「かしこまりました。」


俺の声に小椋がチラリとこちらを向いたと思ったら、二度見して固まりやがった。
俺のことを知ってるか?
なら話が早い。


「いい時計ですね。」


俺は営業スマイルを大奮発して小椋に話しかけた。
一瞬、喉に詰まったような声を発した小椋は周囲を見回して自分に話しかけられたと確信したようで返事をした。


「あ、ええ。グランドセイコーです。」

「ああ、日本の職人技でしたか。どうりで緻密なわけだ。」


俺は出されたウイスキーを目の高さに掲げて口に含んだ。
香りが鼻に抜ける瞬間が心地いい。


「あの、道明寺さんですよね?」

「ここではあなたも私もただの男だ。名前など役に立ちませんよ。」


俺の言葉に小椋は「はぁ〜」と、ため息とも感嘆ともつかない息を吐き出した。


「息抜きですか?」


俺は小椋に話を続けた。


「そういうことになりますか。」

「ご結婚、されているんでしょう?」


小椋の左手薬指には指輪が鈍く光っている。


「ええ、ですね。」

「週の半ばの平日に?」

「…毎週水曜は妻が休みでして。」

「夜が長い?」

「はは…」

「お子さんは?」

「ひとり。」

「女の子?」

「そうです。娘は可愛い。」

「フフ、娘さんは、ですか。」

「あ、いや、…面目無い。」


そう言って小椋は頭を掻いた。


「本音が出ましたね。奥さんはどんな方ですか?」

「妻は、優しい女ですよ。」

「なら文句ないでしょう。」

「……優しくて、優しいから、逃げ出したくなる。」

「なぜ?」

「つい甘えてしまうんです。甘えすぎてしまう。あいつはきっと傷ついてる。」


そこまで言うと、小椋は左手で持っていたビールグラスを一気に空けた。
それを見て、俺はカウンターの向こうに声をかけた。


「マスター、次を。」

「いえ、そんな、」

「いいんです。代わりにもう少し私に付き合ってくれませんか?」

「そんな…あなたなら暇つぶしでもいいから付き合いたいって人間は男女問わずにいくらでもいるでしょう?」

「いくらいても、私が求める人は一人だ。今夜は彼女にすっぽかされましてね。どうですか?」

「あなたをすっぽかす女性がいるなんて、お目にかかってみたいです。僕でよければお付き合いさせていただきます。」


運ばれてきた小椋の2杯目とグラスを捧げ合った。


「求める人は一人、か。あなたほどの人でもそうなんですね。」

「言ったでしょう? 私もただの男だって。蝋でできた人形じゃないんだ。これでも血も涙も持ってますよ。」


小椋はまた「ははっ」と笑った。


「僕にもかつて、心から求めたただ一人の女性がいました。」

「奥さんじゃないんですか?」

「…違います。彼女とは再婚なんです。」

「では…最初の奥さん?」


小椋は酒の勢いからなのか、俺と出会った非現実からなのか、自分から牧野のことを語り始めた。


「そうです。4年前に別れたんですけどね。」

「そんなに求めた女性となぜ別れたんです?」

「お互いに苦しかったからです。」

「お互いに?」


苦しんだのは牧野で、苦しませたのはお前だろうと叫びたくなるのを俺はグッと堪えた。


「彼女にはもうずっと愛している男がいたんです。」


俺は思わず小椋を見た。


「愛している…男?」

「僕は結婚する前から、いや、交際してた時から知ってました。鈍感な彼女にストレートに告白して、何度か断られて、とにかく友達からって言って付き合うことになりました。」

「それで…」

「それで付き合っていくうちに、ああ、この人には誰か他に好きな人がいるんだなって気づいて、一度、思い切って言ってみたんです。」

「なんと?」

「「その人にもう一度ぶつかってみたら?」って。「今なら状況が変わってて、受け入れてもらえるかもしれないだろ」って。」

「彼女は?」

「「それは無理」って。「なんで?」って聞いたら、「その人はもう二度と会えない人だから」って悲しそうに言ってました。きっと死んでしまった人なんだと僕は思いました。」


牧野に愛してる男だと!?
それも死んだ男?
いつからだ。
大学時代か?
それとも地方勤務の時代?


「だったら、もう新しい恋をするべきだと説得して、プロポーズしました。」


俺が思考を巡らせている間も小椋の話は続いていた。


「一度目は断られた。僕のことを身代わりにするようでできないって。でも僕はそれでも構わなかった。」

「身代わりでも構わなかった?」

「…構いませんでした。身代わりでも彼女のそばに居られるなら、あの笑顔や、時々その彼を思い出したように暗く沈む瞳やその肉体を独占できるなら、それでもいい、と。そう思ったのは最初のうちだけでしたが。」

「何があったんですか?」


話が核心部分に迫った。
俺は一席、小椋に近づいた。








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2019.10.11
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