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R12レベルです。






「どこにいくのよ!」


長い廊下を歩き、司はつくしの部屋に戻ってきた。
足を突っ張って抗うつくしを引きずり、そのままバスルームに連行した。
つくしは青ざめた。


「やめて! 何するの!?」

「心配するな。できないのはわかってる。」


バスルームの真ん中につくしを立たせると、司はいきなりシャワーコックをひねった。
まだ冷たいシャワーが二人に降り注ぐ。


「やだっ! ちょっと! ケホッケホッ」


髪から顔から服から足元まで、つくしも司もずぶ濡れになった。
シャワーに打たれながら強引に顔を上げさせられて見えたのは、怒りの炎が滾るように燃え盛る司の瞳だ。
しかしその中には隠しきれない不安も見えていた。
いつまでも司に付きまとう不安
この不安をどうしたら拭ってあげられるのか。
つくしにはその方法がわからなかった。
司の怒気を含んだ低い声が聞こえた。


「他の男の匂いをつけてんじゃねぇ。」

「司…」

「お前は俺だけの女だ。俺の匂いを纏うことができるこの世で唯一の女だ。そのことを忘れるな。」


それだけ言うとシャワーの中で性急に唇が被さった。
いつもならまずはじっくりと唇を味わうのに、今夜はすぐに舌が割り入ってきた。
歯の裏側をなぞられ、舌を掬われ、絡めとられ、吸われる。
荒々しいのに淫らなキスはあの夜から始まったつくしを欲しがる司のサインだ。

そのサインにつくしも応えながら、ズキンッとした痛みが下腹部に走った。
しかし次には、痛みだと思われたそれが疼きだと気づいた。
司が自分を求めていると思うと、子宮がジンジンと疼く。

あたしもこの男が欲しい。
でも今夜はできない。
でもほしい。


「…んっ………ふぁ…ん…」


司からの息もつかせぬキスにつくしはますます身悶えた。
つくしも司の肩を引き寄せ、自身も爪先立って貪欲にキスを求める。
深く深く、もっと深く。
奥まで欲しい。

司の肩を掴んだまま、つくしは唇を離した。
そしてその不安が揺らめく瞳を見つめる。


「ごめん。もう2度とあんたの香り以外、他の人の匂いは付けないようにする。約束する。」


つくしの前髪から滴った水滴がまつ毛に伝い、瞳を濡らしている。
でも瞳が濡れているのはそれだけが原因ではないことは司にもわかっていた。

シャワーを止め、またキスを交わしながら司の手がドレスの上から胸をまさぐる。
互いの熱は上がる一方だが、今夜はまだできない。

キスだけで崩れ落ちそうになるつくしをバスルームの壁に押し付けて立たせる。
2人とも靴も履いたままで、まだ何も脱いでいなかった。

長く深いキスはつくしの耳に移り、やがて首筋に赤い痣をつけた。
デコルテまでを熱い唇が這い、快感を伴う微かな痛みを落としていく。
そのたびに下腹部の痛みは徐々に競り上がり、今はもう胃を通って肺にまで達している。
このまま脳天まで達して欲しいのに、そこまでは決して来てくれないことはわかっていた。


「司…もうだめ…やめて…」


司の肩を握りしめるつくしの手はいつのまにか小刻みに震えている。


「もう…苦しい…」


鎖骨から顔を上げると、瞳を潤ませながらも本当に苦しげに眉をひそめているつくしの表情があった。


「何がそんなに苦しいんだ?」


つくしは壁から体を起こして司の胸に飛び込み、縋るようにジャケットを掴んだ。


「言えないか? なら俺が言ってやる。俺が欲しいんだろ? 欲しくて欲しくて堪んなくて苦しいんだ。」


つくしの手にギュッと力が入った。
答えなくてもそれが答えだ。

司はつくしを抱きしめて反転すると、今度は自分が壁にもたれた。
そして抱きしめたままつくしの片手を取るとスラックスの上から自身に触れさせた。
顔を背けているつくしの肩が揺れる。


「これだろ?」


そこはもうギチギチに張っていて解放されるのを待ち望んでいた。
司は片手でベルトを解き、ボタンを外しファスナーを下げ前立てを開いた。
再びつくしの手を取ると、今度はボクサーブリーフの上から触れさせた。
つくしは一言も発せずにされるがままだ。


「俺もお前が欲しくて欲しくて堪んねぇ。でもできない時、どうするか教えてやる。」


司はつくしの手に手を添えて、ボクサーブリーフの上から自身を撫でた。
それだけでも快感が昇ってくる。
息遣いが荒くなる。
司の吐息につくしも興奮を覚えた。

何度か往復したあと、もう耐えきれなくなり、つくしの手を直接、自身に誘った。
つくしはいつのまにか自分から司自身に手を添え、優しく包み、動かした。
その手を司の手が包んでいる。


「ハァ…つくし…」

「司…すごく硬くなってるね…」

「や…めろ…イッちまうだろ…ハァ…」


感じたことのない興奮が2人を取り巻く。
いつもは鋭い光を放っている司の瞳が、濡れてストレートになった髪の間から潤んで切なげにつくしを横目で見ている。
その縋るような視線が放つ壮絶な艶に射抜かれながらも今度はどうしようもない愛しさがこみ上げて、つくしは手を止めずにまた司と唇を合わせた。
今度はつくしから司の舌を誘い出す。
舌と手で繋がる行為はゾクゾクとした快感をもたらし、止められていた甘美な痛みがつくしの脳天を突き抜けた。
身体がブルリと戦慄き、互いにこれ以上はキスができずに唇が離れると、司は甘えるようにつくしの肩に額を乗せた。


「…ハァ…ハァ…こんな可愛いあんたを他の誰にも見せられないね。」

「バッカやろ…見せるかっ…あぁ…もう…つくし…!」


つくしの手を包んでいる司の手が動きを早めた。
大きく上下に行き来させている、と同時に司が顔を上げ、背が仰け反った。
その表情は快感に歪んでいる。
司がイく気配を感じ、つくしは自分の手が包むものの行方を見守った。
すると、ドクンと波打ったかに思った次の瞬間、司の呻きとともにヌラつく先端から白濁した粘液が飛び出した。
長い射精のあと、すべてを吐き出してやっと司の手は止まったが、恍惚と見入っていたつくしは手を止めず、その放出物もろともまだ司自身を弄んでいた。


「も…やめっ!」


司は腕を伸ばしシャワーコックをひねった。
またシャワーヘッドから二人の頭上に勢いよく湯が飛び出した。


「キャッ」


驚いたつくしがようやく司から手を離した。
2人に湯が降りしきり、肉欲の痕跡を洗い流す。
司は着衣を直し壁にもたれてつくしを抱き寄せた。
温かいシャワーが2人の身体を弾く音が響いていた。


「つくし…」

「司…いつもああして耐えてたの?」

「そうだ。」

「だからシャワーが多かったんだ。」

「お前のせいだぞ。」

「ごめんね。」

「今度はお前がしてるの見せてもらうから。」

「しっしないわよっバカっ」


つくしが振り上げた手を掴み、またキスをした。
しかし今度は労るように唇を食むだけの優しいキスだ。
濡れたつくしの横顔に司は手を添えて、まだ潤んだままの大きな瞳を真っ直ぐに見た。


「愛してる。心の底から愛してる。俺の全てを知るのはお前だけだし、お前の全てを知るのも俺だけだ。だから俺から離れるな。」


つくしも司を抱きしめた。


「本当にそう?」

「なに?」

「本当にあたしはあんたの全てを知ってる?」

「どうした?」

「…お父さんは何かおっしゃってた?」

「…………」

「勘当してる息子に意外なほど穏やかだったから。…戻ってこいって?」

「…………」

「司?」


司は先ほどの偀との会話を思い出していた。


『牧野さんだけはこの契約の破棄を申し立てられる。』


話すべきか。
話して同じ方向を向いてもらえるように説得すべきか。
もしくは、偀に破棄を申し入れるように説得すべきか。

そもそもこんな話を聞かされたつくしの反応は?
激しく拒絶されたら?
どちらの方が後悔する?
話さずにリミットが来た時か、話して拒絶された時か。

……本当のことを話す必要があるか?
つくしの申し立てにより親父との契約が破棄されても問題は解決しない。
俺の結婚は消えるが、代わりにこの生活も消えてしまう。
1年の自由も消えてNYに連れ戻されて、またつくしのいない生活に戻るだけだ。

俺が力を持って親父の影響下から脱するまでに何年かかる?
いっそつくしと逃げるか?
……道明寺の包囲網は世界中に張り巡らされてる。
逃げ切れるわけがない。
それにそんなことこいつが良しとするわけない。
俺と別れると簡単に口にできるこいつに。

どうする?
どうすべきだ?









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2019.08.01




あの後、花火が打ち上げられる音が聞こえ、二人は新年を喜び合った。
そしてそれぞれに改めてシャワーを浴び、司の部屋のベッドで抱き合って眠りにつこうとしていた。

一緒に暮らし始めてから2人は暗闇で会話をするのがもう癖のようになっていて、相手の顔が見えないからか、大事なことは明るいところよりも話しやすかった。

背中からつくしを抱きしめながら司は、今にも眠ろうとするつくしに話しかけた。


「つくし…」

「んー?」

「眠いか?」

「んー」

「さっきの話だが、」

「さっき?」

「親父のことだ。」


つくしはパッと目を覚ました。
自分に巻きつく司の手に手を重ねた。


「お父さん? やっぱり何かおっしゃってたの?」

「お前のこと、気に入ったって。早く結婚しろってせっつかれた。」


司はつくしを欺くことを選んだ。
表情を見られない闇を選び、さらにつくしの背後から話を切り出した。


「あたしを気に入る? 道明寺財閥の総帥が? そして勘当した息子に結婚をせっつくの? 話が完全におかしくない?」

「そもそも縁談を壊し続けた挙句に勘当されたんだ。それなら好きな女を連れて来いってことだろ。親父にしてみたらお前は6年前も今も、俺を真人間にしてくれた恩人なんだよ。だからお前を連れて帰れば勘当は解ける。」


つくしは上半身で振り向いた。


「本当にあのお父さんがそう言ったの?」

「ああ、そうだ。早く孫の顔が見たいって。」

「孫!? ははっ…何言ってるの? 飛躍しすぎ。」


また司に背を向ける。


「ああ見えて結構歳だからな。安心したいんだろ。」


沈黙したつくしが何を考えているのか、わかる術はない。
どう出るのか、司は言葉を待たずに続けた。


「お前は何も心配いらない。姉ちゃんも俺の両親も俺がお前と一緒になることを望んでる。あとはお前が飛び込んでくれればいいだけだ。」


つくしを一層強く引き寄せ、その髪に顔を埋めた。


「なぁ、つくし、愛してる。どうしようもなく、狂いそうなほど愛してる。俺にはお前しかいない。みんなが俺たちを認めてるんだ。別れる必要なんてない。ずっと一緒にいよう。」


こうまで言われてもまだつくしはYESと声を出すことができなかった。
それはひとえに司が司らしくないという直感だった。

こんな人だった?
周囲を気にかける人だった?
そりゃ、まだ多くを知ってるわけじゃないけど、少なくとも6年前の道明寺は周囲の意見に耳を傾ける人じゃなかった。
誰が言ったからじゃない、俺が決めたんだと猪突猛進なところがあった。
それなのに、お父さんの後押しを利用するの?
勘当が解けるという言葉にあたしが流されるとでも?

おかしい
何かがおかしい
なぜこんなに結婚にこだわるの?

…孫…?
子ども?
子どもが欲しいの?
だから?


「ね…」

「ん?」

「子ども、ほしいの?」


つくしの思いがけない問いかけに司は闇の中の一点を凝視した。


「…ほしいな。お前に似た女の子がいいな。」

「あたしはまだいい。まだやっと23になったところだもん。結婚も出産も20代後半でいい。」

「相手が俺じゃなくても?」


馬脚を現した。
つくしはそう思った。
つくしは今度は体ごと司に向いた。


「ね、“ 道明寺 ”、言ってること、やっぱりおかしいよ? あたしは認められてるんだよね? なのにあと数年を待ってもらえないの?」


暗闇だが完全な闇ではない。
薄ぼんやりと司の顔が見えた。
それは何も読み取らせまいとするかのような無表情だった。
なかなかYESをもらえないイラつきも、つくしの言葉に対する嘲笑も、なにもそこにはなかった。
ただ瞳がじっとつくしを捉えていた。


「俺は待てない。1日でも早くお前を俺のものにしたい。」

「あたしと別れないって言ったのは結婚すること前提なの? ただ付き合っていくんじゃダメなの?」


司の目が細められた。


「俺は春にはNYに戻る。その時にはお前を妻として連れて帰りたいんだ。婚約者じゃなく、妻として。」


つくしはベッドに起き上がった。
髪をかきあげ、隣の司を見下ろした。


「遠距離恋愛って選択肢は司にはないってこと? 別れないなら結婚するしかないってこと?」


司も起き上がり、ヘッドボードにもたれた。


「遠距離なんてまどろっこしいだろ。俺たちは愛し合ってるんだ。結婚を迷う理由がわからない。俺たちの気持ちも、周囲も、何もかもが結婚を指し示してるんだから。」


つくしはベッドサイドのランプを灯した。
昼白色の光に照らされた司の彫りの深い顔の陰影をじっと見つめた。


「ね、」

「……」

「本当のことを話して。」


薄明かりの中、司の表情が変化した。
それはなお一層、影が濃くなったように感じられた。


「さっきから話してる。」

「違う。あんた言ったよね? 許されなくていいって。このままあたしとこの世界で生きたいって。なのに春にはNYに戻ることはもう決定なの? いつから決まってた? 最初からその予定で、1年間だけの予定であたしのところに来たの? お姉さんが条件を言い出したのはあたしにあんたの面倒を見させるためだったの? NYに戻ったら何が待ってるの? 政略結婚? だから早くあたしと結婚したいの?」


つくしの大きな瞳に宿る光は、その胸元のサンストーンが与えた力によって太陽のようにどんな闇をも照らし、暴き、晒す力があるかのごとく司に注がれていた。
その光に縋りたいのか、逃れたいのか、司の心は対立した。


「…そうだ。俺は春になったら結婚させられるんだ。」

「!」

「親父たちが用意した、どこの誰とも知らない女と会ったその日に結婚させられる。お前はそれでも俺との結婚を拒むのか?」

「な…んで…じゃ、なんで戻ったの? いえ…戻された?」

「お前を連れ帰るためだ。1年の間に好きな女と結婚しろと言われたからだ。それが俺の真実だ。」


司はどうしても最後の真実だけはつくしに告げることができない。
それはこれから誘(いざな)おうとする世界の醜悪さをまだつくしに知られたくなかったからだ。
つくしが自分が庶民であることに引け目を感じているように、司は自分の世界の醜さに引け目を感じていた。
だがそれでもつくしという太陽を失うわけにはいかない。
自分の世界が醜ければ醜いほどに、司はつくしを必要としていた。

司は体を起こし、つくしの頬を両手で包み、その瞳を真っ直ぐに見た。
心に巣食う嘘を覆い隠して。


「つくし、俺を独りにするな。俺を救えるのはお前だけだ。俺にはお前が必要なんだ。お前だけが。」


その言葉につくしは眉を強くひそませ、司の左右の瞳を交互に見遣った。
まるで司がもう何も隠していないか探るようだった。
司は探られまいと、つくしを抱きしめた。
つくしもまた司を抱きしめた。


「それがあんたの真実…本当にもうそれだけ?」

「ああ、これが全てだ。今まで黙ってて悪かった。」

「あたしが春までにあんたと結婚しないと、あんたは他の女性の夫になっちゃうんだね?」

「そうだ。つくし、俺を助けてくれ。」


つくしは鼻の奥に痛みを感じ、視界が下から徐々に滲んでいった。
自分がいかに現実を見ていなかったか、つくしは気づいた。
春には別れると頭で考えていたことは、実は全く実感として理解していなかった。
愛した男が他の女性のものになる。
二度と相まみえることはない。
それが自分の選択の結末だということをいま実感として受け入れた時、これまでの様々な憂いは消え失せた。
何があろうと、何が起ころうと、この先、どんなに苦悩しようと、この人を失うこと以上の苦しみなどあり得ないだろうとつくしは思った。
つくしは司に抱きつく腕に力を込めた。
視界は完全にぼやけ、瞬きをきっかけにしてそれは雫となって境界線を越えた。


「わかった…あんたを独りにはさせないよ。あたしがずっとそばにいる。」

「つくし…」


涙が後から後からこぼれ落ちて、つくしの頬を伝って司の肩に落ちる。


「でもあたし、道明寺家のビジネスに重要なものなんて微塵も持ってないよ。」

「そんなものなくても俺の腕で道明寺をさらに大きくしてみせる。」

「それに、庶民の奥さんなんて、あんたに恥をかかせるだけかもよ。」

「俺を幸せにできる唯一の女が恥なわけないだろ。自慢にしかならねぇよ。」

「もしかしたら教養もマナーもいつまでも身に付かなくてずっと重荷になるかもよ。」

「お前は十分に持ってる。そのままのお前で最高だ。」

「それと、浮気したら離婚だからね。」

「お前が浮気したら相手の男を殺す。さっきの男、殺してくるか。」


大きな瞳を涙で潤ませたまま、つくしは司と額を合わせた。


「浮気なんてするわけないでしょ。あんたのこと、こんなに…好きなのに。」


ニコリと司は笑顔を見せた。


「そこは愛してるだろ。…牧野つくし、俺の妻になってくれるな?」


つくしは一度鼻をスンと鳴らしてから、やはりニコリと微笑んだ。


「可愛いあんたは他の誰にも見せられないからね!」

「フン、可愛いって言うな!」


二人は強く抱きしめ合った。








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2019.08.02




翌朝、偀はすでにNYに、アンドリューは中東へ向けて発っていた。
明け方までカウントダウンパーティーが行われていた邸内は、ゲストが多く宿泊し、いつもよりもざわめくような人の動きがあった。

家族専用のダイニングに入って席に着くと、椿とケイトは食事を終えて立ち上がるところだった。


「司、おはよう。あとで私の部屋に来て。」

「ああ、わかった。それより姉ちゃん、俺たち婚約したから。」


司からの唐突な報告に立ち上がろうとした椿は、目を瞬いて司を見つめたままもう一度腰を下ろした。


「なんですって?」

「俺たち、結婚する。昨夜、つくしが承諾してくれた。」


なおも椿は言葉が飲み込めずにつくしを見遣った。
恥ずかしげにうつむくつくしは耳から首元までを赤く染めていた。


「本当なのね? 本当に、つくしちゃん、OKなのね?」


司はハッとした。
普段の椿なら研ぎ澄まされた反射神経で一拍もおかずに歓喜していただろう。
しかし念を押すように慎重に言葉を発する姉は、もしや司が全てを打ち明けたと思ってはいないだろうか。


「姉ちゃん、報告はそれだけだ。あとで部屋に行けばいいんだな?」


司の言葉には椿の追求を止めるニュアンスが含まれていた。
それを椿も察し、一瞬よぎった安堵の心持ちはすぐに消え去った。


「ええ。私の書斎にきてちょうだい。」

「わかった。」


椿は立ち上がりつくしの背後に回ってその肩に優しく手を触れ、上から覗き込んだ。


「つくしちゃん、決心してくれてありがとう。新年早々、こんなに嬉しい知らせはないわ。あなたが本当の妹になってくれるなんて、これ以上の歓びはないわ。」


つくしは振り向いて椿を見上げると使用人に椅子を引かれて立ち上がり、15センチ上の美しい女性に向き直って頭を下げた。


「ありがとうございます。不束者ですが、よろしくお願いします。」


椿は最上の微笑みを浮かべると、隣に座る弟にも声をかけた。


「司、おめでとう。頑張りなさいよ。」

「ああ」

「じゃあね。…ケイト、行きましょう。」

「つくし、後で私の部屋に来て! いっしょに遊ぼう!」

「うん! 後でお部屋に行くね!」


二人を見送りダイニングに残されたつくしは再び腰掛け、隣の司に向いた。


「お姉さん、心配そうだったね。」

「そうか? 驚いただけだろ。」


決心はしたものの、司の世界に受け入れられるだろうかという不安は未だつくしの中に燻っていた。
でも、自分しかこの人を救えないとしたら、司を孤独の中に置き去りにはできないとつくしは思った。




***




朝食を終え、つくしをケイト部屋に送ってから司は椿の書斎に来ていた。

椿は夫のホテル業を手伝っていて、ブライダル部門を統括していた。
書斎は椿らしく風通しのいい明るい部屋で、バルコニーに面するテラスドアが開放されてレースのカーテンが午前の風に揺れていた。

デスクからソファに移った椿は向かい側に座る弟にティーカップを掲げた。


「司、改めて婚約おめでとう。」

「ああ、姉ちゃんの尽力もあった。礼を言う。」


カップの中身は有機栽培のリンゴの皮を使ったアップルティーだ。
りんごの清香が鼻腔をくすぐる。
しかし状況はのこの香りほど芳しくはない。


「で、肝心な話はまだってわけ?」

「それはもう話さないことに決めた。」

「…どうしても言えない?」


司に出されたのは厳選されたブルーマウンテンだ。
年間、100キロほどしか生産されないそれは、フォスター家が農園と直接契約して手に入れている希少品だった。
一口含んでカップをテーブルに置いた。


「言わない。もう猶予がない。話して理解してもらう時間も、拒絶された関係を修復する時間もない。それにもしもの時、あいつ自身の重荷になるのは嫌だ。」

「お父様と話したんでしょ? 突然、訪ねてくるなんて今までなかったのよ。それもパーティーになんて…で、なにを話したの?」

「俺と親父の間の契約は絶対だって話だ。」

「そう…あの人に期待するだけ無駄ね。」


リミットまで残すところ3ヶ月。
チャンスはあと何回ある?


「ね、帰国したらすぐに婚姻届を出す気?」

「ああ」

「…そんなこと、春には無駄になるってわかってるわよね?」


法に則った手続きだとしても、道明寺偀にかかればすぐに無効にされてしまうことはわかっていた。
だが、司はどう考えても賭けに勝つにはこの方法しかないと思った。


「わかってる。でもあいつに堂々と『それ』を迫るにはこの方法しかない。俺はもうあいつを知らなかった時には戻れない。あいつを諦めようとしてたのはガキだった俺だ。俺はもうあいつを手放せない。離れて生きていくことはできない。どんなに欺こうと、後で恨まれようと構わない。」


椿は膝に乗せていたティーカップをソーサーごとテーブルに置くとため息をついた。


「あんた、わかってる? ううん、わかってないわよね。」

「なんだよ。」

「この賭けに負けて苦しむのはあんただけじゃないってことよ。」

「なに?」

「あんたを失ったつくしちゃんも同じように、いえ、聞かされてない分、もっと苦しむことになるってこと。だって、夫がある日消えちゃうのよ? そして別の女性と結婚しちゃうのよ? 残されたつくしちゃんはどうなるの?」


椿から聞かされるまで、司は本当にそのことに思い至らなかった。
つくしもまた自分を失い、そのことに苦しむなどと思いもよらなかった。


「あんたたちの関係は、もうあんただけのものじゃない。片想いしてた時とは違うのよ。あんたが『それ』を言えないって気持ちも痛いほどわかるわ。でもね、一緒に乗り越えるんだから、隠してはおけないわよ。リミットが来てあんたを失ってから真実を知った時のつくしちゃんのことも考えてあげなさいよ。」


椿はつくしに伝えられない真実について自分が口にする立場ではないことはわかっていた。
が、同じ女性として知ることよりも知らないことの方が無慈悲に思えた。

自分が妊娠しなかったことで愛する人を失う。
女としてこれほど辛いことはない。

そのことは椿自身が何年も苦しんだ経験から感じていた。
もしも、自分がつくしの立場なら、高い確率で賭けには負けている。
なんせケイトを授かるまでに4年を要したのだから。
それも夫婦で葛藤し、名医を招聘し、諦めずに何度も挑んだ結果に掴んだ幸運だった。

つくしはルーレットの駒にされている。
なのに自分の意思で挑むことさえできなかったとしたら、これほど残酷な結末はないと椿は思った。









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2019.08.03




LAでの残りの日々はレッスンとショッピングに費やされた。

司と共に生きていくと決心してレッスンにも身が入るようになった。
と言っても残された数日で何が身につくというわけではなかったが、自分がこれから足を踏み入れる世界の一端に触れ、身の引き締まる思いだった。

それとともに椿にはLA中のドレスショップを連れ回され、何着か覚えていられないほどのウエディングドレスを試着した。


「本番はオーダーだけど、イメージだけでも掴みたいから」


と椿は言ったがイメージを掴むためならこんなに試着しなくてもいいんじゃないかと思うほどの量だった。
とは言え、つくしも女性だ。
ドレスを着られるのは嬉しく楽しい経験だった。
試着室から出てきたつくしは頬を染めて照れながらも顔を上げた。


「つくしちゃん! 綺麗! いいじゃない、似合うわよ。そうね、シルエットをあともう少し……」


つくしは椿の声を遠くに聞きながら同行していた司に視線を向け、思わず笑顔になった。
その瞬間、司はもう一度恋に落ちた。
つくしから発せられる光が一直線に司に届き、いつまでも彼に纏わりつく闇を薙ぎ払ってくれたように感じられた。
どんな財宝の輝きもかなわないつくしの輝き。
その輝きを誰にも触れさせず我が物にしたい。
そして生涯、その光に包まれていたい。
きっと彼女と一緒ならどんな困難も苦悩も乗り越えて行けると確信があった。
だから、そのために・・・・・


「…かさ? 司? つくしちゃんが綺麗すぎてボーッとしてんじゃないわよ。」

「へっ? あ、ああ。ボーッとなんてしてねぇよ。」

「嘘ばっかり。見惚れちゃって。あんたもしっかり選んであげなさいよ。」

「ね、道明寺はどれがいい?」


何着目かにベアトップのAラインドレスを試着していたつくしが問いかけた。
司はつくしに近付き、むき出しになっている細い肩に口づけた。


「道明寺!」

「俺は全身を覆って欲しい。こんな肌を出すデザインは却下だ。お前の肌は俺だけが見て触っていいんだから。姉ちゃん、頼んだぞ。」

「はぁ、わかったわよ。私が最高のものをデザインするわ。」


一瞬、目を見交わした姉弟は同じことを考えていた。
その最高のドレスを必ずつくしに着せてやる! と。




***




ようやくLAから帰国したのは土曜日の夜だった。
月曜日からは仕事始めだ。
つくしは荷物を片付け、お風呂を沸かそうと立ち上がると司も立ち上がった。


「どうしたの? お風呂沸かすから休んでなよ。」

「これから出かける。お前も一緒だ。」

「出かける?」

「役所行くぞ。」

「役所? 休みだよ。」

「婚姻届は発行してくれる。」

「は!? 婚姻届!?」

「ああ。俺を救ってくれるんだろ? これから貰いに行って出来る限り早く提出したい。」

「出来る限りって春まではあと3ヶ月あるんだよ? ほら、司のご両親にご挨拶とか、うちの親にも話さなきゃ。」

「うちの親はどっちもNYだ。今まで俺自身に関心を示したことはない。俺が結婚しさえすれば文句はねぇんだ。挨拶なんて今更だよ。お前の親にしたって俺との結婚に異論はねぇんじゃね? だったら俺たちだけで決めたっていいはずだ。」

「ちょっと、いくらなんでも焦り過ぎ。大丈夫だから、あたしは気を変えたりしないから、ちゃんと段取り踏もうよ。」


車のキーを持って立ち上がっていた司はつくしを抱き寄せた。


「言っただろ。早くお前を俺のものにしたいって。俺は1日も待てない。お前と今すぐに夫婦になりたい。」

「今すぐって・・・」


つくしは違和感を覚えた。
いくらなんでもなんでこんなに焦ってんの?
こんなに余裕のない道明寺を見たことがない。
3ヶ月後が怖いから?
何か邪魔が入ると思ってるの?


「ね、司、」

「…」

「あたしたち、結婚したらずっといっしょにいられるんだよね? 春になったらあたしもNYに行くってこと…だよね?」

「…当たり前だろ。」

「じゃ、職場には3月いっぱいの退職を伝えなきゃいけないし、結婚するなら社会保険とかの手続きもあるし、社会人なんだからやっぱりそういう根回しなしにって無理だよ。」


つくしの言葉に司の顔色が変わった。

退職……
もしもダメだった時、こいつはどうなる?
俺を失い、仕事を失うのか?
それだけじゃない。
俺との婚約が破棄されればこいつは周囲の冷やかしにあうだろう。
となるとやはり優先すべきは・・・

司はなおも深い苦悩の中にいた。
考えても考えても妙案は浮かばない。
何もかもを失うのはつくしも同じだと、やっとわかった。
やはり椿の言うように話すべきなのか。


「わかった…今日のところはそういうことにしておく。」


司の言葉につくしはホッと息を吐いた。


「さ、お風呂沸かすから休んでて。」


出て行こうとしたつくしだったが、司に腕を引かれてまたその腕の中に戻った。


「司…?」

「な、もう終わったよな?」

「え?」

「アレ…今夜はできるよな?」


そう言うと司はつくしの耳を舐め始めた。
体の関係になってから、司に触れられるとすぐに力が抜けてしまう。
どんなに意地を張っても、好きな男を求める身体は正直だった。


「ちょっと、わかったから、お風呂入ってから。」

「帰りのジェットの中じゃお前が恥ずかしいって言うから触れるのも我慢したんだ。風呂なんかいい。明日も休みだし、このまま抱きたい。」


行きのジェットの中では翻弄されたつくしだったが、降りる際にこの濃厚な睦みあいの痕跡を片付ける人間のことに気づいて羞恥で気が遠くなりそうだった。
だから帰りのジェットでは司を近寄らせず、品行方正に過ごしていた。


「な、つくし。愛してる。」


司は部屋の明かりを消し、つくしを抱き上げてベッドに入った。
キスから始めてつくしを味わっていく。


愛してる
愛してる…

1秒ごとに愛しさが募る。
出会った日から俺の心はこいつに囚われている。
こいつへの雁字搦めの想いの中に溺れてそのまま死ねたらいいのに。
離れられない、離せない。
もし離されたら俺に待ってる世界はなんだ。
闇か、痛みか。
そんなものでも感じられるならまだ生きてる証だ。
それさえもない無だとしたら…
生きてる意味なんてない。
つくし、お前を必ず永遠に手に入れてやる。


「はぁ…んっ…つかさっ」

「愛してる…お前を必ずNYに連れてかいくからな」

「つか、ああっ! ちょっ、司、避妊して! やだっ」

「なんでする必要がある? 俺たちは間もなく結婚する。お前だって俺の子が欲しいだろ?」

「そんなっあっ…あっ…」

「つくしっ…お前を直接感じたい…」


司はつくしと繋がり続けた。
何度もつくしに命の種を送り込み、その結実を願った。








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2019.08.04




LAから帰国し、2週間が経過していた。


金曜日。
日常に戻り仕事から帰宅した今は、司が入浴中に洗濯物を畳んでいた手を止めて、つくしは考えに耽っていた。


春までにあたしと結婚しなければ別の女性と結婚させられるとの司の真実を聞かされ、彼を失う恐怖を感じ、婚約した。
帰国後すぐに婚姻届を出したいと言われた。
ならば、両家への挨拶や、職場への報告をなしければならないと伝えたら、司に拒まれた。

あれから何度もその話をしているが、その度に挨拶も報告もいらない、司の両親は今更だし、つくしの両親にしたって俺が相手なら反対はしないだろう、職場だって辞めるなら1ヶ月前で十分だと言いはる。
つくしがそんな社会通念の欠落したことはできないと抵抗すると、結婚するのは俺たちで、他の人間は関係ないと子供のようなことを言う。

なぜ段取りを拒むのか。
つくしには司がわからない。
つくしとの結婚がゴールというなら、ただ単純にそれらを踏めばいいだけの話で、何も無理難題を押し付けているわけではない。
リミットにしたってまだあと3ヶ月もあるのだ。
各所に根回ししたって十分に間に合う期間だった。

そしてつくしにはもう一つ、腑に落ちないことがあった。
つくしが結婚を承諾したにもかかわらず、司の瞳には依然として不安が宿っており、時にそれは激しく揺らめいていた。

まだ何かある?
結婚のこと以外に、真実が隠れている?


が、そこで思考は寸断された。


「つくし、出たぞ。お前も入れ。」


頭を拭きながら司が居間に入ってきた。


「あ、髪、拭こうか?」

「いい。それよりお前、風呂。」

「じゃ、これ畳んじゃうから。」

「いいから、俺がやっとく。風呂に入れ。」

「ん…ごめん、よろしく…」


つくしは渋々といった面持ちで着替えを手にして居間を出た。

最近はいつもこうだ。
とにかくベッドに入りたがる。
そのためなら労を惜しまずに家事を代わってくれる。
最初はただの親切心かと思っていたけど、早くベッドに入りたい、早くシたいという下心があるからだと気づいた。
不純な親切はありがたさより不信感を芽生えさせた

そしてベッドに入れば、甘美な責めが待っていた。
しかしいくら愛し合う恋人同士と言っても限度がある。
つくしにしてみれば一晩一度で十分だったし、毎晩もしたいとは思わなかった。
以前のように、ただ抱きしめられて眠る夜も欲しかった。
その時間の方が司の温かい愛情を心で感じられた。
今は体から熱は感じられても、心はどこか置いてけぼりを食ったような虚ろさがあった。


湯船に浸かり、考え事の続きに耽った。

悩みの種は尽きない。
帰国してから毎晩、執拗に求めらることにもそろそろ辟易していたが、それにも増してつくしを悩ませるのは司がしばしば避妊を怠ることだった。


「だから、ピルを飲むって言ってるでしょ!」

「ダメだ! 薬は使うな!」

「薬が嫌なら他の女性用の避妊をすればいいんでしょ!?」

「ダメだ!! お前は何もするな!」

「だったらちゃんと避妊して!」

「だからさっさと結婚すりゃいいだろうが!」

「それとこれとは話が別!」


このことについて言い合いになれば、いつも司は身を切られるかというほど苦悩に満ちた表情になった。


「そんなに妊娠するのが嫌か? お前は俺の子が欲しいと思わねぇのか? 俺はお前と俺のガキが欲しい。きっと可愛いぞ。」


つまり、妊娠させようという明確な意思を持って避妊しないのだ。
つくしだって司との間に子供ができればいいと思っている。
でもそれはいずれということであって、今すぐではない。
それも、道明寺家の両親への挨拶もなく、婚姻もまだな状態で妊娠などつくしにはとんでもない話だった。
それでなくとも引け目を感じ、司の世界に踏み込む勇気を奮い立たせねばならない状態で、婚姻前に妊娠などして放埓な女だと思われたくなかった。

しかし、その時ふいにある言葉がつくしの脳裏に蘇った。


“ 早く孫の顔が見たいって ”


あれはLAで司の真実を打ち明けられた時。
孫が見たい…?
お義父さんがあたしの妊娠を望んでるってことよね?
でもそれはちゃんと結婚してからじゃないの?
なのに、結婚よりも先に妊娠させたいみたいな司の態度…

……もしかしてあたしの妊娠も条件?
いいえ、「も」じゃなくて、「が」だとしたら?
つまり結婚の条件が子どもができたらってこと?

でもまさか、司はあたしとそうなる前、あれだけ慎重にあたしを大切にしてくれていた。
それこそ一生できなくてもいいとまで言い切っていたんだ。
妊娠が条件だとしたらそんなことを言うだろうか。

そうだ…
あのクリスマスイブの夜、婚約したカップルを「あれが俺たちならいいのに」と、まるで自分たちはそうなれないと言うようなセリフを吐いたじゃない。
だからあたしは別れを覚悟して一線を超えた。
それなのにそういう関係になってからは結婚にこだわるようになった。
それは妊娠が現実味を帯びたから?

両親への挨拶や職場への報告を拒むのは、あたしが妊娠しなかった時には別れなければならないから?
だからなの?
だとしたら、あたしは?
あたしはどうすればいいの?
どうしたいの…?

つくしはLA最後の夜に椿と交わした言葉を思い出した。


「つくしちゃん、司との結婚はなだらかなものじゃないってことは正直に伝えておくわ。でもあの子は魂の底からあなたを愛してる。必要としてる。だから、この先、何があっても絶対にあの子の手を離さないでやって。どんなに苦しくても、もしかしたら怒りに震える夜があっても、それでも最後はあの子を信じてやってほしいの。」

「わかりました。お姉さん…あたしはあいつを孤独にはさせません。」

「ありがとう…司を、お願いね。」

「はい。」



あれはそういうこと?
あたしの妊娠が条件だって知ってて?
誰なら真実を教えてくれる?

・・・そんなの一人しかいないじゃない。








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2019.08.05




つくしは風呂から上がり、普段ならこのまま濡れた髪を司に拭いてもらう。
しかし今夜は司と距離を置きたい気分だった。
つくしは洗面で髪を乾かしてから居間に戻った。


「なんだ、髪、乾いてんのか。」


こんなことも今までなら司は不満をこぼしていたはずだ。
でも今の司はそんなことはどうでもいいとでも言いたげな態度で、つくしの手を引いて自分の膝に座らせた。
司の大きな手がつくしの頬を包み込み、もう片方はトップスの中に入り込もうとしている。
その手をつくしが押さえた。


「ね、ちょっと、今夜はこのまま寝ない?」

「あ?」

「あの…さ、LAから帰ってから毎晩だし、その…今夜は…し、しなくていいんじゃない?」


そんなつくしの言葉に答えずに、司はつくしの頤(おとがい)に手をかけ上向かせるとキスをしようと顔を傾けた。
その瞬間、つくしは全身にザザッと鳥肌が立った。
それはつくしの意思を無視する男に対する怒りからだった。


「いやっやめて!」


首をすくめて顔を避け、頭を振って頤にかけられた手を振り払い、司を押しのけてその腕の中からも逃れ、ドアを背にして立ち上がった。


「いや…今日はやだ。」


司も立ち上がり、つくしに手を差し出した。
それはまるで車の下に入り込んだ猫をおびき寄せるような様子で、慎重につくしとの距離を詰めていった。


「つくし、どうした? ほら、こっちに来い。」

「やだ…毎晩する必要ないでしょ。」

「毎日、お前に触れたいんだ。愛してるから。」

「違う…」

「違わない。愛してる。」

「やだ…今夜は絶対に触られたくない!」


その言葉にサッと司の顔色が変わった。
それはまるで6年前の昏さが蘇ったような温度の感じられない表情で、細められた目には苛つきが感じられた。


「つくし、俺たちは夫婦になるんだ。本当なら今すぐにでも婚姻届を出したいのに、お前が段取りがなんだと言うから待ってやってるんだぞ。少しでも俺の不安な気持ちをわかろうって思うなら、寄り添ってくれたっていいだろ。」


司の言い分につくしは唖然とした。


「不安て、あたしは何も結婚が嫌だって言ってるわけじゃないでしょ!? 筋を通したいって言ってるだけじゃん。それの何が問題なの!? 寄り添うって身体さえ寄り添えばそれでいいの? あんたこそ、私に寄り添おうって気があるなら身体ばかり求めるのはやめてよ!」


つくしはもう司と同じ空間にいることにも怒りを覚えた。
クローゼットを開けてコートを着込むと、バッグを持って居間を出て行こうとドアに手をかけた。
その腕を司が捕まえた。


「ちょっと待て!」

「離して!」

「どこに行く気だ!」

「家に帰るのよ! 両親の家に泊めてもらうから追いかけてこないで!」

「行かせない!」


つくしは司から逃れようと、自分を掴んでいる手の手首を掴んで引き離そうとしたが太い腕は微動だにしない。
そのうちに司の手に力が入り、コートの上から掴まれているのに指先が鬱血してくるのがわかった。


「痛い! 離してって!」


司はつくしのバッグをひったくり床に落とすと、つくしを担ぎ上げた。


「降ろしてぇっ!」


ジタバタと暴れるつくしをバウンドするようにベッドへと落とし、馬乗りに被さって腕を押さえた。
その瞳は黒光りしてつくしを捉えた。


「…司…やめて…」

「つくし、愛してる。だから今夜も明日も明後日も、俺は毎日毎晩お前を抱く。」


言葉とともに司が被さってきた。
思わず顔を真横に背け、強く目を閉じた。
露わになった首筋を生暖かくヌメる舌が舐め上げた。


「やっ、嫌だって言ってんでしょ!! このバカっ!!」


司に乗り上げられている脚をこん限りバタつかせ、肩を揺らして抵抗した。
それでも司は止まらず、手がスウェットに侵入してきた。


「道明寺! やめないと別れるからぁ!!」


その言葉にやっと司はピタリと止まり、体を起こしてつくしを見た。
顔を背けたままのつくしは目に涙を滲ませながらも鋭い視線だけを司に向けて睨んでいた。


「…これ以上やったら…あんたを捨ててやるっ。どっかの女に拾われればいい…NYでもどこへでも行っちゃえ!!」

「つくし……」


ゆらり…と、司はつくしの上から退いた。
つくしは起き上がり、掴まれた腕をさすりながらベッドを降り、バッグを持って居間のドアノブに手をかけ立ち止まった。


「………っ!」


司に何か言いかけたが何を言えばいいかわからなかった。
そしてつくしは出て行った。










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2019.08.06




ピンポーン…ガチャ…


実家に戻ったつくしは、一応、呼び鈴を鳴らしてから持っている鍵で中に入った。

両親が住むのは2LDKのマンション。
つくしのマンションからさらに西にある都市の郊外にそれはある。
時刻は0時近い。

リビングから顔を出したのは千恵子だ。


「え!? つくし? ちょっと、いきなりどうしたのよ!?」

「ただいま…」

「ただいまって、あんた、そんな格好でこんな時間に……こっち来なさい!」


リビングに招き入れられると父親の晴男がソファで習慣になった寝る前のホットレモンを飲んでいた。


「つくし! おかえり〜」

「パパ、呑気にしてないでよ。つくし、座んなさい。」


ダイニングテーブルに着いたつくしの前に晴男と同じホットレモンが出された。


「パパ、ママ、あけましておめでとうございます。今年もよろしく…」


つくしの前に千恵子が座った。


「おめでとうじゃないわよ。今日、何日だと思ってんの? 最近、全然、帰ってこないし、連絡もメールくらいだし、あんた、ちゃんとやってたの!?」

「ん…」


暖かく、甘く、酸っぱいそれを口に含んで、つくしはやっと一息ついた思いだった。


「彼氏でもできて同棲してんじゃないかってパパと話してたのよ。そうなの?」


笑みを浮かべて千恵子が覗き込むつくしの顔は肯定しているわけではないが、否定もしない。
こんなからかいには当然、いつもの潔癖なリアクションが返ってくると思っていた千恵子の顔からは笑みが消えた。


「え…あんた、そうなの? 男の人と同棲してんの?」


同棲の言葉に晴男が振り向いた。


「ま、そういうことになるかな。」

「そっ…えっ!? ええ〜!?」


千恵子と晴男は目も口もポカンと開き、しばらく言葉がなかった。
先に気を取り直した千恵子が畳み掛けた。


「どっ、どこの人なの? どこで知り合ったの? 会社の人? それとも合コンとか? いつからいっしょに暮らしてるの? で、その人はちゃんと仕事してる人? 仕事できる人? 出世しそうなの? 結婚の話とかもうしてるの?」

「ん…」

「えええ〜〜!!! 結婚!??」

「パパ、うるさいっ」


思わずカップを持ったまま立ち上がって叫び声をあげた晴男に徐々に冷静さを取り戻した千恵子の喝が入った。


「つくし、つくしはその人と結婚するつもりなの?」

「…………」


こんな夜中に部屋着にコートに裸足というほとんど着の身着のまま帰ってきた娘に何かあったのは明白だった。
きっと喧嘩をして飛び出したのだろう。
若いっていいわねぇなんて思ったのは一瞬で、目の前でテーブルの一点を凝視している娘を励まさねばと母心がムクムクと湧き上がった。


「なにがあったの? 喧嘩したんでしょ?」

「…………」

「それとも別れ話?」

「…違う。別れたいなんて本気で思ってるわけじゃない。」

「本気じゃないけど、言っちゃったの? 別れるって?」


コクンとつくしは頷いた。
千恵子はハァァと息を吐き出した。


「男女がいっしょに暮らしてたらよくあることよ。売り言葉に買い言葉ってね。今夜は泊まって、明日帰って冷静に話し合いなさい。それで一度、連れて来なさいよ。どんな人か、つくしを幸せにしてくれる人かママが見てあげる。」


千恵子は立ち上がり、つくしの布団を敷こうとリビングを出て行った。
つくしも立ち上がり千恵子の後を追ってリビングを出た。
ホットレモンを持って立ち尽くしている晴男だけが残された。

進は県外の大学に進学し、寮に入っている。
帰省の時に使う部屋に入ると、千恵子が敷布団にシーツをかけるところだった。
つくしも手伝おうとかがんでシーツを掴んだ。


「ママ…」

「ん〜?」

「それが…あたしがその人と結婚するためには条件があるみたいで…。」


千恵子は怪訝な顔を上げた。


「条件ですって?」


大事な娘を嫁に出そうかというのに、条件!?
こんなに気立てが良くて勤勉で真面目で親孝行な可愛い娘をくれてやるだけでも惜しいのに、言うに事欠いて条件?
別に条件を呑んでまで嫁に出そうと思ってませんけど?
一体、その男の家は何様のつもりなんだか。


「フンッ、随分居丈高な親御さんなんだね。で、どんな条件なの?」

「まだ、詳しく聞いてないんだけど、もしかしたらあたしが妊娠しないとダメとか…」

「妊娠!!? ちょっとあんた! 自分を安売りするのもいい加減にしなさいよ! そんな男、別れなさい!! 今からママが言ってあげるわよ! 冗談じゃない! うちの娘をなんだと思ってるのよ! バカにするにもほどがあるわよ!!」


やはり、普通の人間の反応はこれだろうとつくしは思った。

相手が同じ世界の庶民ならあたしも同じ反応で突っぱねただろう。
でも相手はあの道明寺家。
庶民の常識の通じる相手ではない。
きっとあたしに子供ができたら仕方ないから認めてやるとかなんとか言われたんだ。

もちろん、まだあたしの推測の域は出ないけど、でもあれだけあたしを大切にしてくれてた司の豹変した態度からしてきっと間違いない。
司はあたしを妊娠させようとしてる。
リミットは春。
あと3ヶ月も残されていない。
だからあんなに焦ってるんだ。

どうする?
どうするの、あたし…

つくしはまだ怒って文句を言っている千恵子に近付き、その手を取った。


「ママ、心配しないで。あたしだってそんな簡単な女じゃないから。でもその人のこと、どうしても諦められないの。だからママたちはあたしを信じて待ってて。いずれはちゃんと紹介するから」

「つくし…あんたまた自分から苦労に飛び込むようなこと…」

「それに、相手はママも知ってる人よ。」

「ママが知ってる人?」

「うん…あたしが英徳の2年の時に一度だけうちの社宅に来たことがある人。」

「英徳……まさか…」

「うん、道明寺。」


・・・


「ええええ〜〜〜〜!!!!!」


千恵子の声が部屋から廊下まで響き渡り、リビングの晴男が飛んできた。


「ママ! どうしたの?」

「どっ、どっ、」

「ママッ! 気を確かに!」

「道明寺さまぁ〜〜!!?」

「うん…そう。」


千恵子はシーツを放り出し、つくしの手を両手で取り直した。


「頑張りなさい! 頑張りなさい! 妊娠が必要なの? あー、えーと、妊娠しやすい食べ物は、」

「ママッ妊娠て!? つくしが?」

「パパ、うるさいっ。えーと、えーと…ってか、あんた、帰りなさい!」

「えっちょっと!」

「早く帰って道明寺様と子作りしなさい! 玉の輿よ、それも超玉の輿よ!」

「さっきはバカにするなって言ってたじゃない!」

「そんなの相手によるでしょ!? 道明寺家に嫁に行けるならもうそんなのどうでもいいわよ。妊娠さえすればあんたは道明寺様とずっといっしょにいられるんでしょ? 子供はいずれ結婚すればもうけるんだから、ちょっと早まったからなんなのよ。捨てられないうちに、さ、帰りなさい!」


興奮した千恵子に散々急かされたが、終電も終わっている時間に帰る術はなく、つくしはどうにか一泊することになった。









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2019.08.07




翌朝、早々に千恵子に追い出されたつくしは司の待つ部屋に戻ってきた。
もしかしたら司も出て行ったかもしれないと思っていたつくしが見たのは、ベッドの上で壁を背にして膝を立てて座り、抱えた膝に顔を伏せている司だった。


「ただいま…」


居間のドアが開いた音がして、遠慮がちに聞こえた声に司はピクッと反応したが、顔は伏せたままだ。

つくしは居間のテラスカーテンを開け、コートとバッグをクローゼットに仕舞い、ベッドに近づいた。
エアコンで暖房運転はされていたが、真冬の朝は冷え込む。
パジャマ代わりのTシャツとスウェット姿の司が一晩中そうしていたとしたら体が冷えているはずだ。

つくしはベッドに乗り上げ、司に近づいた。
司はまだ反応を示さない。
腕に触れるとやはり冷たかった。


「司…帰ったよ。」


それでもまだ顔を上げない。
怒っているのか、バツが悪いと思っているのか。
でもどちらにしても話をしなければならない。
つくしはベッドの上の毛布を剥いで司が抱えている膝ごと包んだ。
そしてその上から抱きしめ、司の正面で話し始めた。


「昨夜は別れるとか…ごめん…」


司がゆっくりと目だけを腕から上げてつくしを見た。
クルクルとした前髪の間から見える目は充血し、目の下には隈が見てとれる。
どうやら眠れなかったようだ。
つくしはなおも司の大きな体に腕を回してその瞳を覗き込むように話を続けた。


「司、聞きたいことがあるの。大事な話。」


自分の中に燻る疑念をこれ以上放置することはできない。
二人の関係のためにも今しかないとつくしは思った。


「今からあたしがする質問に答えて。いい?」


司は無反応だ。


「あんたの真実にはまだ続きがあるんじゃないの?」


何の反応も見せないまま、それでも司の目はじっとつくしを捉えている。


「あんたは春までにあたしと結婚できなかったら別の女性と結婚する。でもそれだけじゃない。あたしがあんたとずっと一緒にいるためには、子供ができなきゃダメなんでしょ? そうなんでしょ?」


つくしの言葉に、いつも溢れる自信を表すかのように弓なりを描いている眉は眉間に寄り、時に蛇のように鋭くなる黒目勝ちの瞳は頼りなさげにユラユラと揺れて、堪らずつくしから逸らされた。
その顔をつくしは両手で包んで自分に向かせた。


「あたしを愛してるって言うなら、正直に答えて。本当のことを教えて。だってあたしたち夫婦になるんでしょ? 隠し事はなしだよ?」


つくしは小さい子供を安心させるかのように、チュッ…チュッ…と司の両頬に軽いキスを与えた。
その途端、自分の膝を抱えていた腕を解き、司はつくしをしっかりと抱きしめた。
もうどこにも行くなと縋るように。


「司、答えて。」


言いたくない。
口に出したくない。
でもこれが最後のチャンスかもしれない。
かすれた声が出た。


「……ああ、そうだ。春になって、お前の腹ん中に俺の子がいれば無条件に結婚を認めると言われた。お前に対して一切、口出しも手出しもしないって。それができなかったらNYに戻って親父が用意した女と結婚する。これが全てだ。これが…本物の真実だ。」


自分の予想した通りだったのに、いざ聞かされると現実のなんと残酷なことだろう。
と、同時に、司は再会してから9ヶ月以上もずっとこんな苦悩を抱えていたのかと思うと、不憫でならなかった。


「最初は、1年の自由をやると言われてまたお前に会えればそれだけでいいと思った。ただ近くで1年を過ごせたらって。でもお前が受け入れてくれて、一緒に暮らし始めて欲が出た。お前に今度こそ振り向いてもらいてぇって思った。そしたらお前も俺を好きになってくれて…本当に、生まれてきてよかったって思った。でも俺はお前に無理強いしたくなかったから、お前と春まで過ごして、それで別れようって覚悟もしてた。」


でもあたしから一線を越えた。
あたしはそれを望んだから。


「でも、お前を知ったらもう諦められない。離れてなんて生きていけねぇよ。道明寺の御曹司だとか、金とか権力とか見てくれとか、そんなもん、俺が望んだものじゃない。俺が望んでるのはお前だけだ。お前とずっと生きていきたいんだ。」


愛のない世界に生まれた俺に、愛を教えてくれた人。
この存在なしにはもう息もできない。
愛してるって言葉じゃ軽すぎる。
俺の命がこいつを求めてるんだ。


「つくし、黙ってて悪かった。でもどうしても言えなかった。こんな条件を出す人間が俺の親だって知られたくなかった。こんな世界にお前を連れて行かなきゃならないことを申し訳なく思ってた。それに、言えばきっとお前は離れていく。そう思ってたから…」


そうかもしれない。
繋がる前に言われてたらきっと拒んでた。
でも心だけの繋がりも、体だけの繋がりも、どっちもそれだけじゃ足りない。
だからあたしは抱かれたいと思った。
自分の持つ全てをこの人と分け合いたいって、そして分けて欲しいって。
だとしたら、司の苦しみも分け合うべきなんだ。
離れたくないのはあたしも同じ気持ちなんだから。


「…つくし、お前がこの条件を許せないって思うなら、いや思って当然だ。その時は、この条件を無効にする方法がある。」

「無効にする方法?」


司はつくしを抱きしめていた腕を緩めて、その大きな瞳を見つめた。


「これは俺と親父との契約だ。でもお前は同意してない。だからお前にはこの契約の破棄を親父に申し立てることができる。」

「お父さんに…申し立てる!?」

「ああ。本人に直接、言えばいい。そうすれば俺の赤の他人との結婚もなくなる。」

「でも、それじゃ…」


あたしとも結婚できない。
条件の中の “ 無条件に受け入れる ” ってのがきっと一番重要なんだ。
じゃなければ庶民のあたしなんてきっと木っ端微塵に砕かれて終わる。


「親父はお前からのアポイントは断らないと言ってた。行けば必ず会える。どうする?」


つくしもまた司の目をじっと見つめた。
司はつくしの答えを待った。

もうどうなってもつくしの出す答えに従おう。
つくしが破棄を申し立てたなら潔くNYに帰る。
でももし受け入れてくれたら今度こそ間違わない。
つくしを大切に大切に抱いて、昨夜のように泣かせたり絶対にしない。

司の祈るような瞳を捉え、つくしは答えを出した。


「司、あたしは踏まれてもへこたれない雑草のつくしかもしれないけど、でもわざわざ踏まれるために生まれてきたわけじゃない。この想い、誰にも踏みにじらせたりしない。あたしもあんたを諦めない。だからお父さんにも会わない。」

「つくし…」


これは何個目の奇跡なんだろう?
いや奇跡じゃない。
二人の想いが螺旋になって絆を強くしていく。
それが一つ一つの困難を乗り越えさせてくれてるんだ。


二人は額を合わせ、そしてどちらからともなく唇を合わせた。
離して見つめ、また触れる。


「司、赤ちゃんはあたしたちがお互いを大切に思ってたら来てくれるよ。だから無理にあたしを抱こうとしないで。」

「わかった。ごめん。」


司はやっと解放された思いだった。
つくしにもう何も秘密はない。
隠し事はない。
そして同じ人生の目的に向かって、共に歩める喜びを感じていた。












明日から帰省のため第三部は休載します。
が、いつもの時間にスピンオフを5話更新予定です。
連載再開は8月16日です。
よろしくおねがいします。

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2019.08.08
読者様からご提供いただいたお題第三弾です!
二人がまだプラトニックだった時期です。






10月末、付き合い始めて3週間が経っていた。


「ゴホッ…ゴホッ…」


つくしが風邪をひいた。
季節の変わり目にはどうしても体調を崩しがちになる。
だが今年はそれだけではない。
体温の高い司に抱きしめられて眠っていると暑くなる。
そうするとついつい布団を剥ぎ、結果的に冷えてしまって風邪をひいていた。

高熱ではないが、大人になって発熱すると37度後半でも体がダルくて起き上がれず、つくしは今朝から臥せっていた。


「土曜日でよかった。月曜日にはきっと仕事に行けるよ。」


そう話すつくしの声は嗄(しわが)れている。
金曜日の昨日から喉の痛みがあった。
うがい薬や痛み止めで凌いでいたが今朝になって声は出ず、熱が出た。
朝一番で司の運転で病院に行き、薬を処方してもらって帰ってきたところだった。


「月曜になったって無理すんな。ほら、寝てろ。」

「ん…」


司に移さないようにマスクをし、額には冷えるシートを貼ってベッドに横わるつくしの側に立ち、司はつくしの肩まで布団を引き上げた。


「してほしいことあったら言えよ。」

「ありがと。でも今はいい。ちょっと寝る。」

「ああ。」


しばらくは目を閉じたつくしの頭を撫でていたが、寝息が聞こえてきて司はベッドを囲むカーテンを閉めて居間を出た。

ドアを背に仁王立ちになり、さて、今日はこれから何をすべきか?と考えた。
いつもならまずは洗濯機を回すよな、と脱衣所に入った。

つくしと司の洗濯物はそれぞれが自分専用の蓋つきのカゴに放り込んで、各自で洗濯することになっていた。
まずは自分の分を洗濯機に放り込む。
慣れた手順で洗濯機を回し、洗剤を入れて後は待つだけだ。

その間にいつもはつくしがしてくれる朝食の片付けをした。
ここまでで所要時間は20分。
洗濯はまだ終わらない。

牧野はどうしているかとそっと居間に入り、ベッドのカーテンをかき分けた。
さっきと変わりない姿勢で眠っている。
マスクをしていて見えるのは目だけだ。
向こうが透けるような薄い瞼とまつ毛を観察する。
へー、まつ毛ってこんな目の際まで生えてんだな、と妙なことを発見する。
眉毛の毛の流れまで観察し、こめかみの髪の生え際も隅々までなぞる。

その時、脱衣所から洗濯が終わった電子音が聞こえ、ビクッと肩が揺れた。
しんとした室内ではそんな微かな音でも響いて聞こえ、牧野が起きたらどうすんだよ!と洗濯機に怒りが湧く。

またそっと居間を出て、洗濯機から洗濯物を出した。
そこで、ふっとつくしの洗濯物が気になった。
熱を出して臥せっている人間に洗濯ができるわけがない。
今日は俺がしてやろうと、純粋な親切心でつくしの洗濯物が入っているカゴを手に取り、その中身をゴソッと洗濯機に入れ、先ほどと同じ手順で回して洗剤を入れた。

25分ほどでできる。
司はベランダで自身の洗濯物を干してから、居間に入り、またつくしの観察に戻った。
今度は寝返りを打って、つくしは向こうを向いていた。
熱で暑いのか布団から腕を出している。
司はその腕を入れながらまた布団をつくしの肩まで引き上げた。
布団から出ているのはつくしの首から上だ。
長い髪が流れるようにベッドに落ち、耳が見えている。
心なしか赤いのはやはり熱のせいだろう。
つくしの体は司からしたら何もかもが小さかった。
そんな彼女は耳も小さい。

司は好奇心に抗えず、手を伸ばした。
まず、つくしの耳たぶを人差し指でフルフルと揺らしてみた。
やっぱり柔らかい。
優しくつまむとクニクニと弾力があった。
耳の上部は指先でなぞった。
少し熱い。
病気だなんて可哀想に。できることなら代わってやりたい、と、まるで父親のような心境になる。
でも父親とは違うのは、どんどん欲望が湧いてくるところだ。
手で触れるだけじゃなく、唇で触れてみたい欲求が高まり、薄い耳たぶを食べてみたい衝動に駆られる。
どんな食感だろう。
耳の上部は綺麗に内側に巻いている。
ここに舌を差し込んで辿りたい・・・

が、そこでまたもや洗濯が終わった電子音がした。


「チッ」


今度の舌打ちにはお楽しみが中断された怒りがこもっていた。

三度、居間を出て脱衣所に入り、洗濯機からつくしの洗濯物を取り出していたが、その手がピタリと止まった。

洗濯機の底に残されたのはつくしのショーツだ。

その時初めて、司はやっちまったかもしれないと思った。
何も考えずに洗ったが、つくしが目覚めたら勝手に触ったと怒られるかもしれない。
が、ここまできて放っておくこともできない。
とりあえずショーツを拾い上げ、カゴに入れ、ベランダに出た。

さ、これは病人の看病の延長で、完全なる親切心だ。
まさか下心のある行為じゃない、と一度自分に言い聞かせ、カゴの中身を一枚ずつ取り出そう…とした。
が、司の前に立ちはだかったのはつくしのパンストとブラの紐だ。
普段のつくしはどちらも脱いだ時にそれぞれ専用のネットに入れていたが、昨夜は体が怠く、洗濯する時でいいかとそのままカゴに放っていたのだ。
それを司がそのまま洗ったのだが、まさかネットを使うなどという知識があるわけがなく、洗濯機の中で回るうちに他のものにグルグルと巻きついていた。


「んだよ、これ。」


解こうとするが、伸びる素材のそれらはどこまでも続いている。
鬱陶しくなって引っ張るとブラのホックにパンストが引っかかりピリリと引き連れた。
ヤベ…と思うも後の祭りで、パンストはしっかり伝線してしまった。
これで怒られる案件が増えた。

どうにかパンストとブラの紐から他の洗濯物を引き剥がし、やっと干した。
パンストは乾いてももう履けないけど…

残るは下着類だ。
いつもつくしが使っている下着専用の小さめのピンチハンガーを使う。
まずはキャミソールを干し、次にブラだ。

……そうか、あいつはBか…Bってどのくらいだ?

と、カップの外側を手で包んだ。
……ちょい小さいか…とまた妄想が始まりそうになって我に返った。

いかん、いかん。そういう時間じゃないんだ。
今は病人の看病の時間なんだ。

司はさっとブラを干した。

ついに残すところはあと1枚となった。
カゴの底に残されたのはやっぱりあのショーツだ。
ブラとお揃いのそれはオフホワイトの地にネイビーのレースが縁取られ、淡いピンクの刺繍が入っていた。そしてこんな小さいものに体が入るのか!? と思うほど小さかった。

干したショーツに見入り、そこでまた妄想が始まった。
ここに入る体……つまり…
カッと体が熱くなった。
ヤバイ。俺まで熱が出てきた。

司は最後に下着の周りを囲むようにタオルを干して室内に戻った。
カゴを片付け、居間に戻るとベッドに近寄り、つくしの隣に潜り込んでその背中から抱きしめた。


「ん…道明寺? 移るから…離れて」


目を覚ましたつくしが首だけで振り向いた。


「俺も熱が出てきた。」

「えっ!? 道明寺も? ごめん、もう移しちゃった?」

「いいから寝てろ。」

「ごめんね…」

「いいって。あっち向いてろ。」


観念したつくしが背を向けた時だった。


カプッ


「ひゃっ」


司が耳に食いついた。


「何してんの!」

「食いたかったから。」

「はぁ?? バカじゃない?」

「ハァ…また熱が上がってきた。」

「ちょっ大丈夫?」


つくしは寝返りを打ち司に向いてその頭を抱いて自分の肩に引き寄せた。


「あんたもちょっと寝なよ。」

「ん…」


いつもよりあったかいつくしに抱きしめられて幸せを感じたら本当に睡魔が訪れた。
パンストのこと謝らなきゃな、と思いながら司は目を閉じた。









本編との温度差・・・(苦笑)
お題のご提供、ありがとうございました!


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2019.08.09
読者様からいただいたお題第4弾です!
11月の終わりくらいかな?
つき合ってるけど、まだプラトニックな時期です。

時系列がバラバラで申し訳ありません。
「御曹司〜」が完結した暁には時系列を正しく並べ直そうと思ってます。
それでは、どうぞ!








秋の夜長、つくしはラグに寝そべり、LINEをしていた。



♫〜


                “ よう! ”


“ よ ”


                “ 元気? ”


“ 元気 ”


              “ 何してた? ”


“ 風呂上がったとこ ”


           “ 何時に帰ったの? ”


“ 8時くらい ”


       “ あたしも〜 仕事、忙しい? ”


“ いや、すげー楽な仕事 ”


       “ へー…じゃもっと働いたら? ”


” 働きたくてもすることない “


    ” えー、そうかなぁ。
    隣の人は忙しくしてんじゃないの? “


” ああ、あいつ要領わりぃからな。
そう見えるんだろ “


     ” 口悪いって言われたことない? “


” 顔がいいとは言われたことあるけど “


  ” それ言ったヤツ、寝ボケてたんだよ。 “


” 世界の常識だぞ “


     ” あんたの顔がいいってことが!?
                  笑笑 “


” そうだ。自慢していいぞ “


             ” なんの自慢よ ”


“ あたしの彼氏は世界が認めるいい男ですって ”


    “ 自分で言うか。
     どんな顔してこれ打ち込んでるの? ”


“ 見たいか? ”


                “ 結構です ”


“ 俺は見たい ”


             “ 鏡はあちらです ”


“ お前の顔だよ ”


           “ 毎日、見てるじゃん ”


“ 今、見たいんだ ”


                “ 見れば? ”


“ まだいい ”


       “ 今見たいって言ったじゃん! ”


“ まだ無理 ”


          “ もう寝るから、終わろ ”


“ 終わろうとか言うな ”


   “ じゃこれは何て言って終わらせるの? ”


“ だから終わらせようとか言うな ”


         “ もう、いい加減にしなよ。
            明日も仕事でしょ? ”


“ 晩飯、食ったか? ”

         
          “ 続けるのかよ! 食べたよ ”


“ 美味かったか? ”


      “ うん、質素な割に美味しかった。
                道明寺は? ”


“ 別にフツー。不味くはなかった ”


  “ そこは嘘でも美味しかったって言うべき ”


“ 嘘はつけない ”


             “ あー。もう眠い ”


“ まだする ”


              “ あたしは寝る ”


“ おい、寝るな! ”


          “ 道明寺も疲れたでしょ?
               もう寝たら? ”


“ 俺はまだいい ”


            “ いっしょに寝よ? ”





その時、テーブルに背を向けて座っていた司が勢いよく振り向き、甘い顔で微笑んだ。


「おう、いいぞ。」


ラグに寝そべっていたつくしも起き上がった。


「じゃ、電気消すよ?」

「おう」


司はベッドに向かい、つくしは立ち上がって部屋の明かりを消した。
一緒にベッドに入り、つくしを抱き寄せた。
胸元に収まったつくしが司を見上げる。


「楽しかった?」

「別に楽しいとかじゃねぇけど」

「だって、したかったんでしょ? LINE」

「どんなもんかと思っただけだ。」

「あたしが優紀としてたら俺もしたいって言い出したんじゃん。」

「文字を打つのがメンドー」

「だからさ、本来は離れた場所の人とするものなんだから、あたしとする必要ないのよ。」


つくしの背を司はさらに引き寄せ自分の身体にピッタリと添わせた。


「……だよな。お前はこんなに近くにいるんだもんな。」

「うん…そうだよ。24時間ずっといっしょにいるんだから。」


つくしも司の背に腕を回してその胸に顔を埋めた。
その頭頂部に司がキスを落とした。


「ずっと、いつでもすぐにキスできる距離に…いてくれよ?」


返事の代わりに、つくしの腕にギュッと力が入った。











お題のご提供、ありがとうございました!
イマジネーションの限界だったのですが・・・こんなんでよかったですか?


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2019.08.10
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