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二人はまた車に乗り込み、つくしの荷物のある展示会場に戻った。
時刻は夕方5時。
展示は19時までだ。


「おーい、どこ行ってたんだよ! 携帯も通じないし。」


営業部長が声をかけた。


「すみません! あの、急に体調不良になりまして、えー、道明寺さんに病院に連れて行ってもらってて…」


チラリと司を見上げた。
ポケットに手を入れてよそを向いている。


「鞄も持たずに? 保険証とか持ってたの?」

「あ、はは… ええ、はい。保険証は肌身離さずポケットに入ってて。なんちゃって…アハハ…」

「そう。大丈夫だったか?」

「ええ、ご心配をおかけして申し訳ありません。あの、受付は…?」

「ああ、営業の若いのが代わってくれたよ。」

「そうですか。申し訳ありませんでした。あとで謝っておきます。」


なんであたしが謝ってんの?
悪いのはこいつなのに。

腑に落ちない気持ちでつくしは頭を下げた。




その後、会社に戻り残務をこなして帰宅した。


「はぁぁぁ〜〜。疲れたぁ。」


つくしは靴を履いたまま玄関で座り込んだ。
砂浜で靴を脱いだため、このまま上がれば床が汚れると思ったつくしは膝で四つん這いになって浴室に向かった。

目の前でつくしが腰を揺らして床を這っている様を見た司は、つくしに近づきその体を抱え上げた。


「キャッ! 下ろして。」

「風呂場に行きたいのか?」

「足を洗うのよ! いいから下ろして!」


抱き上げたまま司は浴室に入り、つくしを下ろした。


「あ、ありがと。…出てって?」


司を上目遣いに見上げてから、つくしは照れたように視線を落とした。


「可愛い顔してんじゃねぇよ。」

「はっ??」

「もう隠さなくていいから楽になった。これからは正直に生きる。」

「正直って…」

「足、洗うんだろ? 俺が脱がせて洗ってやろうか?」

「あ、あんたね! キャラ変わりすぎなのよ! 出てって!」

「ははははっ」


司が出て行った浴室で、つくしは困惑の度合いを深めていた。

や、やりにくぅ〜〜
なんなのあいつ。
正直に生きるって、どういうこと?
あたしの方がこの生活に耐えられないかも。
どうなっちゃうの〜〜?

つくしはストッキングを脱ぎ、足を洗って浴室を出た。





夕食は簡単に済ませ、お風呂に入り、司の髪を拭いて、今は司がつくしの髪を後ろから拭いている。

これまでと変わらない営みなのに、つくしは緊張を強いられていた。
何か言えばこの危うい均衡が破られてしまうような気がして、つい口数が少なくなっていた。
どうしてこの生活を続けることに疑問を持たなかったのか、今更ながら自分がわからなかった。
つくしはもういっそ、昼間のことは忘れてしまおうと努力していた。

司はつくしの沈黙が気になっていた。
昼間の告白を引きずっているに違いない。
出て行けと言われなかっただけ有難いが、つくしがこれまでのように接してくれなくなるのも嫌だった。


「なぁ、」


ビクッ


「…なに?」

「ンな構えんな。今まで通りにしてろよ。」

「う、うん。」

「お前ってさ、この6年で付き合った男の数、何人だ?」

「は? なんで聞くの?」

「参考に。」

「参考? なんの参考になるのよ。」

「いいから、答えろよ。」

「…2人だけど。」

「ひとりは前に来たヤツだよな。あとひとりいるのか?」

「この前の人は社会人になってから付き合った人。その前は転校した高校でできた人。短大時代に別れた。」

「ふーん…」

「何よ。」

「別に。んで、お前はその二人のことが本気で好きだったのか?」

「なんの話なのよ! 答える必要ない。」

「答えなくていい。今のが答えだ。」


つくしは振り向いて司を睨みつけた。


「は? 何言ってんの!?」

「本当に好きだったんなら即答したはずだ。この前の類の時みたいに。でもお前は迷った。迷ったからはぐらかしたんだ。つまり、お前は本気じゃなかったってことだ。」

「なっ・・・・」


つくしは咄嗟に言い返せなかった。
なぜならその通りだったから。
どちらも相手に請われて付き合った。
いい人だった。
好きだと思っていた。
でも本気かと聞かれたら、胸を張って即答はできなかった。

つくしは立ち上がって司を見下ろした。


「勝手に言ってれば。あたしは寝る!」


つくしは洗面でドライヤーをかけ、歯磨きをするとベッドに入った。
手を繋がなくていいように一刻も早く眠りたかった。
しかし消灯された部屋で、すぐにカーテンの向こうから声がかかった。


「牧野、手」

「やだ。」

「約束だろ。」

「いや!」

「じゃ、カーテン開けるぞ。」

「ちょっと! どうしてそうなるのよ!」

「お前が約束を反故にするなら俺もそうする。」

「〜〜〜!!」


つくしは仕方なくカーテンの分け目から手を出した。
司の体温の高い手がつくしの手を包む。
暗闇の中、司が話し始めた。


「なぁ、牧野。」

「…なに?」

「フッ、怒んなって。なぁ、」

「怒ってない。だから何!」

「怒ってるじゃん。」

「もう! ほんとに怒るよ! 何よ!」

「俺のこと、マジで考えてくれよ。これ、あの時も言ったよな。マジだから適当に考えんなよって。」

「………うん。」

「今回は類もいねぇ。お前がマジになった男はいねぇ。俺だけを見てほしい。」

「ハァ……わかってる。あの時のことは本当に申し訳なかったと思ってる。」

「過去のことはもういい。大事なのは今、これからだ。」

「…うん」

「なぁ、」

「まだあるの?」

「俺がNYに行った時、どう思った?」


つくしはカーテンに遮られて顔の見えない人物に体ごと向いた。


「どうって…どうだったかな。…なんかつまんなくなったなとは思った。きっともう二度と会えないだろうなって……ちょっと寂しかった…かも…」

「そうか」

「道明寺はさ、なんでNYに行ったの? なんであのタイミングだった?」


沈黙が流れた。
答えたくないか、もう寝たのかとつくしが手を引こうとした時だった。
司がもう一度、つくしの手を掴んでいた手に力を入れた。


「それは、」

「それは?」


言いたくないが、この期に及んで取り繕うことにメリットはない。
例え情に訴えたとしても、つくしの愛を勝ち得たかった。


「お前が類のものになったと思ったから…」


閉じかけていたつくしの目がパッチリと開いた。


「それはこの前言ってた、バスケの後のことを言ってる?」

「ああ。帰ったらお前と類がベッドルームに入ってるって聞かされた。終わったと思った。」

「終わったって…あたしが花沢類と…その…一夜を共にしたと思ったってこと? それで英徳を途中で退学してまでNYに飛んだっていうの? そんな理由で?」

「…俺にとっちゃ『そんな理由』じゃない。」


司もまたカーテンの向こうのつくしに体を向けた。
ふたりはカーテンを挟んで向かい合った。


「あの頃の俺はお前のことで頭がいっぱいだった。好きな女を親友に寝取られて正気でいられなかった。」

「寝っ!? やめてよ! 何にもなかったのに。」

「それは離陸直前に類から聞かされた。俺は呆気に取られたままNYに到着して、そこで天草の正体を知って、すぐに帰国しようとした。でもできなかった。総帥に…親父に阻まれた。」

「お父さんに?」

「俺が自分からNYに来ることを手ぐすね引いてたんだ。パスポートを取り上げられ、NYの邸に半ば監禁状態だった。家庭教師を付けられ、それまでサボってた分を取り戻すようにみっちりと勉強させられた。本当に椅子に縛り付けられた。」

「そんな…」

「それで帰国は不可能だって悟って、なら力をつけて自力で帰るしかない。俺は大学の勉強にも実務にも奮闘した。またお前に会いたかったから。」

「・・・・・」

「でも、どんなに頑張っても要求はどんどん高くなった。学業で満足したら次は実務での結果を求められ、それもクリアしたら今度は結婚だ。どの相手も道明寺のビジネスには重要な相手だった。」

「政略結婚?」

「そうだ。俺たちの世界では普通のことだ。俺の両親もそうだし、姉ちゃんもそうだ。」

「お姉さんも!?」

「ああ。姉ちゃんには恋人がいた。でも引き裂かれて今の旦那と結婚させられたんだ。」

「ひどい…それで4回とも壊したの?」

「ああ。1度目は相手の親に言ってやった。『お前んとこみたいな低迷してる会社は結婚したら乗っ取って潰す』って脅したら帰っていった。2度目は女の顔に水をぶっかけた。プライドの高い女だったから簡単だった。3度目はだまし討ちで相手の家に連れてかれたから大暴れしてやった。そして4度目は、」

「夜の海に突き落としたって、本当なの?」

「ああ、本当だ。俺にキスしようとしやがったから突き飛ばしたら勝手に落ちた。」

「それはワザとじゃないじゃん。なんで言わなかったの?」

「言っても無駄だろ。5回目の縁談が待ってるだけだ。だったら殺人未遂でムショにでも入ったほうがマシだ。」

「あんた、自分から勘当されたみたいじゃん。」

「フッ、望むところだったんだ。本当は許されなくていい。…お前から庶民の生活を教えてもらって、このままこの世界で生きるさ。」


その時、つくしの手に力が入った。
初めてつくしの手が司の手を力強く掴んだ。
それだけのことなのに、司の胸は高鳴った。


「牧野…」

「そのことなら大丈夫。あたしが師匠として、あんたが独り立ちできるまで鍛えてあげるから。」

「できれば独り立ちはしたくねぇけどな。ずっとお前と暮らしたい。」

「甘えんなって。さ、もう寝るよ。おやすみ。」


つくしは手を引いた。
温もりが消えていったのに、今夜の司は寒くなかった。










今夜23時にスピンオフ#8「たこパー」を更新します。


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2019.07.01




7月下旬、今月も給料日前夜が来た。


「さぁて、今月も金欠日が来ました。」


これまで、“ キンケツ ” とつくしが言った日はお好み焼きだった。
毎回、あのマリアージュを楽しんでいて、今月もキターーー!と司の心は浮き立った。


「でも今日はお好み焼きじゃありません。」

「は?」


ちょっと待て!
俺が毎月、この日をどれだけ楽しみにしてると思うんだ!?
ふざけんな!
お好み焼き、食わせろ!!

…と、悪態はあくまでも心の中だけだ。


「ふーん、ま、毎月だもんな。飽きるよな。」


と、心にもないことを言い、司はまだ「お好み焼きなんてどーでもいい」という態度を貫き通すつもりだ。


「お好み焼きじゃなくて、今日は『たこパー』にします。」

「たこぱー? 何語だよ。」

「たこ焼きパーティー。略して『たこパー』」

「たこ焼き!?」

「…まさか、食べたことある?」

「それは流石にない。」

「それは…?」

「あ、いや、それ “ も ” ない。」


あぶねー


「じゃ、今日はこっちのプレートを使うね。はい、持ってって。」


司に渡されたのはいつも使っているお一人様用ホットプレート。
そのフラットプレートをたこ焼き専用プレートに替えたものだ。


「小口切りにしたネギと刻んだ紅生姜。あとは具ね。いろいろ試して楽しむのがたこパーだから。」


皿の上にはタコはもちろんのこと、チーズ、明太子、甘辛く炒めたひき肉、コーン、小さく切ったお餅、刻んだベーコンなどが並んだ。


「本当はイカとかエビとかウインナーとか入れたいんだけど、今日はなんせ金欠日ですから、家にあったもので。さ、作ろ!」


熱したプレートにつくしは緩く解いたタネを流し込んだ。
半球状のくぼみにどんどん液体が流れ込む。
流れ込んでもまだつくしは手を止めずに、プレート全体が隠れるほどに流し込んだ。


「おい、入れすぎじゃね?」

「いいの、いいの。こういうものなの。はい、じゃ、道明寺はネギをパラパラと散らして。」


言われて司はネギをスプーンに取り、プレートに落としていく。
もうどこが窪みなのかわからない。


「適当?」

「うん、適当でいい。どうせ全部が球に収まるから。」


司がネギを散らした後につくしが具を入れていった。
最初は全部タコだ。
具を入れ終わると紅生姜を散らした。


「これでOK。次はこれ持って。」


手渡されたのはシリコン製の先の尖った道具だ。


「これ、タコピックね。これでひっくり返しながら焼くの。道明寺はそっち半分ね。あたしはこっち半分。自分の分は自分で焼こう。あ、まだだからね。」


たこ焼きプレートを挟んでテーブルに向かい合い、じっと焼けてくるのを待つ。
つくしの顔は真剣だ。
窪んだ中心はまだ生だが、周りはだんだんとプスプスいい始めて生地の色が変わってきた。


「さ、いいかな。手本見せるから。」


つくしはピックで窪みの間の生地を裂き、そのはみ出しの間から窪みにピックを滑り込ませクルリと返した。
途端に焼けた球が現れ窪みを覆った。


「じゃどうぞ。やってみて。」


やってみてと言われても、この頼りない先の細い道具で生地を裂くだけでも容易ではない。


「くっ、結構ムズっ」

「大丈夫、慣れだから。裂けたらそのはみ出したとこを中に入れ込むように…返す!」

「お前ちょっと黙れ。」

「はいはい。」


司は真剣になった。
口を尖らせチマチマと細かい作業をする姿はとてもF4のリーダーとは思えない。
つくしは自分の分をさっさと返し、司の向こう半分には綺麗に球が並んでいた。
司も懸命に返すが、時間がかかってしまい、最後はなかなかのきつね色だった。


「おー、できたじゃん! じゃ、また焼けるのを待つ間に…」


つくしはキッチンに戻り、司のビールと自分の発泡酒を取り出した。


「やっぱ粉物にはこれ! はい!」


待ってました!とばかりにグラスを手に持った。
そこにつくしがビールを注いでくれる。


「あとは好きに食べてね。ソースとか醤油とかポン酢とかマヨとか、タレも自分好みを探してね。でもまずはソースかな。」


焼けてきたらコロコロと転がしながら全体に焼き目をつけていく。
つくしが返したのは綺麗な球体になっていたが、司のはところどころ欠けたり穴が空いている。


「時間が経って火が入りすぎちゃうとそうなるんだよ。最初なんだからそういうものだって。味は変わらないから。」


と、フォローされても負けず嫌いには悔しいだけだ。


「そっち食わせろ。」

「えー、じゃ半分こね。」


つくしが返したのと司が返したのを半分ずつ分けた。
つくしが焼いたのを皿に取りソースをかける。
ひとつ、口に放り込むとまずは香ばしさが立った。
噛むと熱い中身が飛び出す。
たこの潮味とソースの甘さと紅生姜の酸味が渾然一体となって、お好み焼きとはまた違う美味しさだった。
そしてビールを飲む。
これも美味いじゃん、と司のもう一つの隠れ好物ができた。


「どう? 美味しい?」


美味いものを食いながら好きな女を眺める。
これ以上の幸せがあろうか。


「ああ、これも食えるな。」

「でしょー! だと思った! お好み焼きが大丈夫ならたこ焼きも大丈夫かなって思ってたのよ。じゃ、次は具を変えようよ。好きな具を組み合わせてさ。」


その後は明太チーズやもち明太、コーンマヨにベーコンマヨ、ひき肉にネギ多めなどを次々と試した。
3ターンしてお腹いっぱいになった。
司は返すのがどんどん上手くなって、3ターン目にはもうつくしと遜色なかった。


「腹いっぱい。もう食えねぇ。」

「だねー。いつも優紀とする時は最後にロシアンルーレット焼きするんだけど、あたしももう食べられないや。」


つくしは発泡酒を3本空けていて、ほろ酔いでつい口を滑らせ、司がそれに喰いついた。


「ロシアンルーレット焼き? なんだそりゃ?」

「ああ、6個くらい焼いてさ、ひとつにワサビ入れてさ、それを食べた方が負け。相手の言うことひとつ聞くの。フフフ」


つくしが酔っていることがわかって司は不敵にほくそ笑んだ。


「じゃ、やろうぜ。俺が焼く。」

「えっ! やるの!? …ま、いっか。じゃ、ワサビ取ってくる。」


多少ふらつきながらつくしは冷蔵庫からワサビを出してきた。


「道明寺が負けたら何してもらおうかなぁ。今日の片付けを全部してもらうとか、お風呂掃除とか?」

「なんでもいいぞ。負ければ文句なしな。」

「いいわよ!」


つくしは上機嫌だ。
酔ったところを初めて見たが、ニコニコしていて可愛い。
この可愛さをもっと堪能したかった。

6個が焼きあがり、見た目からはどれにワサビが入っているのかわからない。


「横一列に並べて、目をつぶってる間に相手がシャッフルするの。焼き目とかでわかるかもしれないから。それで右から何個目って言って、食べさせてもらうの。」


なんと!
食べさせてもらうだと?
そんなオプションが付いていたのか。
司はますます楽しくなってきた。
ジャンケンで負けたつくしが先攻だ。

つくしが目をつぶり、司がいいぞと声をかけた。


「じゃ、右から2個目。あーん。」


酔っ払い牧野、最高。と思いながら司はつくしから見て右から2個目をつくしの口の中に入れた。
ムグムグと食べている。


「セーフ! あはは! 次は道明寺ね。」


今度は司が目をつぶり、つくしがいいよと声をかける。


「一番右端。」


そう言って口を開けると、つくしが食べさせてくれる。
なんのプレイだ? と思いながら食べるとこれもセーフだった。
こうして1巡目、2巡目も終わり、次が最後の勝負だ。
先攻のつくしが当たりなら司の勝ちになる。


「うーん、負けたくないなぁ。うーん、左! あーん。」


司は言われた通り、つくしから見て左のを口に入れた。
ムグムグと食べ、動きが止まる。
ゔーー!!と唸りながら鼻を押さえ、涙目になったつくしはキッチンへ飛び込み、水を飲んだ。
涙目のまま戻ってきた。


「俺の勝ちだな。」

「ゔーー、悔じーー、ってかワサビ入れすぎだから!」

「罰ゲームはなんにするかな〜」


得意げな司を座ったつくしが上目遣いに睨んでいる。


「なに? どうするの?」


司は顎に指を添え、フフンとつくしを見下ろしている。


「そうだなぁ、…抱っこしてやろうか。」

「は?」


司は自分の膝をポンポンと叩いた。


「…マジ…?」


つくしが見た先にはニヤリと嫌な笑みが浮かべた司がいる。


「『相手の言うことをひとつ聞く』だろ?」

「ゔーーー、次は接触禁止の条件つける!」


つくしは渋々立ち上がり、司の横に立った。
その手を引き、司は胡座をかく自分の脚に横抱きにつくしを座らせ、頭を肩に引き寄せて抱きしめ、身体に腕を巻きつけた。
つくしは恥ずかしさで首まで真っ赤だ。

司はつくしの腰に腕を回し、肩に預けた黒髪を手で梳きながら黙って抱きしめている。
何をするでもない、ただ抱きしめる男と抱きしめられる女がいるだけだ。
何分経過しただろう。


「………いつまでこうしてるの? もういいでしょ?」

「まだ。時間制限なんて言わなかっただろ。俺の気が済むまで。」

「ヘンタイ」

「好きなヤツ抱きしめたいってのがヘンタイなら世の中全員ヘンタイだぞ。」

「ヘリクツ」

「クックックッ、照れんなよ。」

「照れてないっ」

「じゃ、黙ってろ。」


何を言っても揚げ足を取られる。
つくしはただ時間が過ぎるのを耐えることにした。
そのうちに最初は緊張してこわばっていた体が、司の香りに包み込まれ、広い胸の暖かさが伝わり、酔いも手伝っていつしか力が抜けて睡魔が襲ってきた。

抱きしめる司も不思議なリラックスを感じていた。
つくしの重み、温もり。
確かにこの腕の中にいると伝わってくる。
常に不安と隣り合わせている心が凪いだ。

すると重みが増した。
つくしの体全体が司にもたれかかっている。


「…牧野?」


まさかと思い、そっと呼びかけた。
返事はない。
息遣いが寝息になっていた。


「マジか…この状況で寝たのかよ…危機感なさすぎ。もっと俺を男として意識しろよ。」


司は腕の中の可愛い女を起こさぬように顎に指を添えて上向かせ、その唇にそっと被さった。









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2019.07.01




司の告白から1ヶ月経ち、夏の盛りを迎えている。
高校球児の歌声が聴こえてきそうな青空と白雲のコントラストが美しい。
なのに二人は相変わらず言い争っていた。


「なんでダメなのよ!」

「プライベートビーチじゃないならダメだ!」

「プライベートビーチなんて庶民は持ってないの! この暑い最中に、暑いビーチでかき氷が食べたいのよ! あたしは行く!」

「許さねぇ! 他の男の前であ、あ、あんなカッコ、絶対にダメだ!」




事の起こりは数十分前。
つくしが優紀と海に行くと言い出した。
熱海の思い出がよぎり、嫌な予感がした司は好奇心もあって、どんな水着を着るつもりか、とつくしに問いかけた。


「どんなって、去年買ったやつ。」

「着て見せてみろ。」

「はぁぁ?? 今!?」

「ああ。今。それとも恥ずかしくて俺に見せられないようなのか? 露出狂か?」

「バッカじゃないの!? 普通のよ!」

「証明してみろ。俺の前で着られないようなら何が何でも邪魔してやる!」

「ったくもう〜〜!! めんどくさっ!」


そう言いながらもつくしはクローゼットから布の塊を持ち出して洗面に入ってドアを閉めた。

10分ほどして居間のドアが開いた。
が、つくしが入ってこない。


「牧野?」

「いい? 入るよ?」

「おう」

「じゃーん!」


と言ってつくしはパッと居間の入り口に現れた。


ブッ!!


司は飲んでいたコーヒーを吹き出した。


「お、お前…そ、そ、」

「ん? どした?」


つくしは朱色のオフショルダービキニ姿で、その透き通るような白い肌と柔らかそうなお腹、そしてスラリと伸びた脚がむき出しになっていた。
その身体は6年前に見たトリガラではなく、程よく丸みを帯びてまるで白いマシュマロのようだった。
触ればさぞかしムニムニと柔らかいに違いない。

触りたい
触れない

食べたい
食べられない

甘い香りまで漂ってきた気がして、司の理性はあと半歩で落ちるという崖っぷちギリギリに立っていた。

司はスックと立ち上がると、その姿を見ないようにしてつくしの横を通り過ぎた。


「何? どこ行くの?」


つくしの問いかけにも答えずに…正確には答えられずに、司は洗面に入ってドアを閉めた。


「ちょっと、あたしの着替えがある!」


しかし答えはない。
そのうちに浴室からシャワーの音が聞こえてきた。

は? このタイミングでまたシャワー浴びてんの?
朝も浴びたのにどんだけ不経済なのよ。
ってか、そこに籠られたら着替えられないじゃん。
それに自分が見せろって言ったのに放置ってなんなのよ!
マジで意味不明。

司の苦労など微塵も気づかないつくしは、仕方がないので居間で待っていた。

20分以上経過してやっと司は出てきた。
つくしはまだ水着姿のまま、膝を抱えて居間に座っていた。


「長かったね。なんで1日に何回も浴びなきゃいけないの? 潔癖?」


好きな女が裸同然の格好をして可愛い顔して見上げてくる。
司は目眩がした。
早く両想いになってヤりた…ではなくて、早く服を着せないと、何度浴室に逃げ込んでも足りない。
司は首にかけていたバスタオルでつくしを包んだ。


「牧野、わかったから着替えてこい。」

「んもう! あんたが籠ってたから着替えられなかったんでしょ! 勝手なんだから!」


つくしはバスタオルを巻きつけて立ち上がり、司の横をすり抜けて洗面に入っていった。
司は片手で額を押さえてドアにもたれかかった。


「はぁぁぁ〜〜〜。マジでヤバイ…」


一緒に暮らす功罪。
触れられる距離にいられる功と触れられない罪。
でもどんなに辛くても、一緒にいられる功の方が勝る。
だったら耐えるしかない。

着替えたつくしが居間に入ってきた。


「というわけで、優紀と海に行くから。道明寺はどうする?」


・・・・・冒頭に戻る。





「ビーチなんだから、みんなあんなカッコしてんのよ! 誰もあたしなんかに注目してないからご心配なく! もう道明寺は留守番ね!」

「俺も行くに決まってんだろ! でもビーチはダメだ! どうしても行くならウェットスーツ着ろ!!」


堂々巡り


「だいたいさ、あんたが最初に言ったじゃない。あたしは心配いらないって。」

「あ?」

「あたしが一人暮らしだから男は入れないって言ったらさ、あんたが「お前に限ってそんなこと心配いらない」って。なのに今更、水着がなんなのよ! あたしは海に行く!」

「おっまえはほんっとにバカだな!?」

「バカにバカって言われたくない!」

「んなもん、照れ隠しに決まってんだろうが! 数年ぶりに会った好きな女が綺麗になっててビビったんだよ! 察しろ!」

「なっ、な、な、何言ってんのよ!」

「とにかく、おまえの肌を一瞬たりとも他の男に見せるわけにはいかねぇ。そんなに海に行きたきゃ俺が特別な場所に連れていってやる。」

「特別って…」


司はどこかに電話をかけ始めた。


「姉ちゃんか?」

『ーーー』

「ああ、大丈夫だ。で、今どこだ?」

『ーーー』

「牧野が海で泳ぎたいってワガママ言うもんだからよ。どっかプライベートビーチに招待してやってくれ。」


つくしは慌てて携帯を持つ司の腕を押さえようと取り縋った。


「ちょっと、お姉さんになに無理言ってんのよ!」

「牧野と牧野のダチと俺だ。………俺も行くに決まってんだろ! ったく、どいつもこいつも…あ? ……おい、牧野、お前、パスポートあるか?」

「パスポート!? あるけど…」

「ダチは?」

「どこ行くつもりなのよ。優紀もあるはず。一緒に卒業旅行に台湾行ったから。」

「あるって。それとビーチでカキゴオリっつーのを食いたいんだとさ。ああ、それじゃ頼む。」


椿との通話を切った司は、つくしを向いて目を細め、ニーッと笑ってみせた。


「…その企んだ笑顔。コワすぎ……」


つくしはこれから何が起きるのか考えたが、それはきっとロクなことじゃないと溜め息をついた。




***




それから4日後のことだった。
椿の使いだと名乗るスーツ姿の男性がつくしの部屋の前に立っていた。


「牧野様、司様、お帰りなさいませ。」


その男性は椿からの親書だといって一通の封筒を手渡して帰っていった。
封筒を開くと、そこには3人分の成田ーロサンゼルス往復航空券と椿からのメッセージが入っていた。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-* -*-*-*-*-*-*-*-*-*-* -*-*-*-*-*-*-*-*-*

つくしちゃん、お元気?
いつも司がお世話になっちゃって、ごめんなさいね。
お疲れのつくしちゃんを我がフォスター家にご招待するわ。
夏のバカンスは是非、うちで過ごしてほしいの。
お友達も誘って、司と3人で遊びに来てね。

             椿・道明寺・フォスター

*-*-*-*-*-*-*-*-*-* -*-*-*-*-*-*-*-*-*-* -*-*-*-*-*-*-*-*-*



つくしは呆気にとられた。
航空券はファーストクラスだった。


「これ、あんた、この前の電話、あの、ちょっと!」

「せっかくの招待だ。行こうぜ。」

「あんたの差し金じゃん。」

「姉ちゃんも喜んでたぞ。」

「6泊8日!? そんなに!?」

「ちょうど夏休みだ」

「優紀は休みかな…」



『ごめん! その日程は無理。新人研修会で大阪に行かなきゃならないの。』

「大阪!?」

『そう。新学習指導要領本格実施に向けての研修。私、新卒だからどうしても外せなくて。』

「…わかった。じゃ、海はまた。うん…」


こうして2人旅になって、つくしはしぶしぶロサンゼルスへと飛んだ。




***




「つくしちゃ〜ん!」


椿に出迎えられ、2人はフォスター邸にやってきた。


「ふわぁ〜〜〜っ!!」


城かと見まごうその邸は、道明寺邸の3倍の敷地面積を誇っていた。
見える範囲は全てフォスター家の土地だ。


「つくしちゃん、お部屋に案内するわね。」


案内されたのはつくしのマンションの部屋がすっぽり2戸は入る広さのゲストルームで、淡いピンクで統一された部屋には天蓋付きのキングサイズベッドも置かれていた。


「かわいい〜! とっても素敵なお部屋です。」

「そ? 気に入ってくれて良かったわ。でもひとつ謝らなきゃいけないの。」

「え、なんですか?」

「今ね、旦那も友達をたくさん招いてて、ゲストルームが埋まってるのよ。それで悪いんだけど、司と同室になっちゃうの。」


つくしは目を見開き絶句した。


「えっ、あの、いや、でも、だったら、あたしはホテルでも取ります。」

「いやぁね〜、バカンスの今の時期はもうどこも満室よ。だからうちもゲストでいっぱいなんだけどね。」

「でも、待ってください、」

「ごめんなさいね〜、ベッド、広いから端と端で寝れば大丈夫よ。」

「あ、あの、」

「ディナーは18時にね。メイドをつけるからなんでも言いつけて。あら、こんな時間! じゃ、つくしちゃん、休んでね。」


椿は嵐のように去って行った。


「・・・・・信じられない・・・」

「ま、仕方ないよな。あー、久しぶりに広いベッドで眠れる。」


司はベッドにダイブし、腕を広げた。
つくしは力を失ってその場に座り込んだ。
無意識に毛足の長い絨毯を握りしめた。


「なんで、こんなところに来てまであんたと同じ部屋なのよ…まさか、あんたが何か言ったんじゃないわよね?」


つくしは頭をもたげてこちらを見ている司を睨みつけた。


「俺は何も言ってねぇよ! 部屋が空いてないんだから仕方ねぇだろ。」

「そもそもっ! あたしは日本の海でよかったのに、あんたが余計なことをお姉さんに言うからこんなことになったんでしょ! もう…帰りたい。」


司はベッドから起きあがり、俯いてしまったつくしに近寄るとその腕を引いて立たせ、抱きしめた。


「ごめん。俺がお前を好きだからこんなことになるんだよな。好きでごめんな。」


司はつくしの髪に頬ずりした。
甘い言葉も今のつくしには悪魔のつぶやきにしか聞こえない。
その表情は薮睨みになり、口を尖らせていた。


「・・・・なんか言う元気もない。疲れた。ディナーまで寝る。」


つくしは司から離れ、ベッドに近寄るとシーツを剥がしてその中に滑り込んだ。
そしてベッドの中から司にビシッと指をさした。


「あたしに指一本触れたら…えーと、…あんたのことなんて絶対に好きにならないからね!」


そう言い残してつくしはシーツを被った。
呆気にとられた司は目を瞬かせた。


「…それって触らなかったら俺を好きになるってことか? 牧野っ!」


興奮した司によって質問責めにされたつくしの午睡は叶わなかった。









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2019.07.02




あの後、ディナーを終え、部屋に戻り、ベッドの端ギリギリまで寄って眠った。
同じベッドといっても、日本のつくしの部屋よりも二人の距離は離れていて、つくしはこれならなんとか滞在中は眠れそうだと安堵した。

翌日はフォスター家が所有するプライベートビーチへ出かけた。
広く白い砂浜が続き、その先に青い海が波しぶきを上げている。
日本の海とはスケールの違う大波が何度も打ち寄せていた。


「つくしちゃん、こっちの海は日本の海より波が荒いから気をつけてね。いきなり深くなったりもするから。」


つくしは、そんな海は求めていないと思った。
自分には日本の海でさえスケールが大きかったのに、こんな地球を半周したような場所で、大波打ち寄せる海を前にして半ば呆れる心境だった。

こんなに広大なのに、いまこのビーチに存在するのは自分と司と椿、そして椿の子供のケイト、数人の使用人のみだった。

これ、寂しいよね?
人がわさわさいた方が賑やかで楽しいんじゃない?


「つくし〜」


声をかけてきたのは椿の娘、ケイトだ。


「つくしが食べたいって言ってたカキゴオリ、ママが用意してくれたのよ。でもカキゴオリって何?」

「フフ、かき氷ってね、ただの氷を細かく削ってシロップをかけたものよ。アメリカじゃあんまりのないかな。」

「ふーん。日本て面白い!」

「じゃ、いっしょに食べよっか?」


つくしは水着の上に日よけのパーカーを着てつばの広い帽子をかぶり、ケイトと手を繋いで椿が用意したかき氷屋のブースに向かった。


「ママがねー、日本のお店ごと持ってきたって言ってたよ。」

「えっ? お店ごと?」


ケイトの言葉通り、それは日本の町屋風な作りのカウンターになっていて、そこに削氷機械が置かれていた。


「いらっしゃいませ。何にしますか?」


と言われても、いつも海の家で見るシロップは並んでいない。
毎年、海水浴に行くごとに味が増えていて、優紀とあんなのもこんなのもあるんだと騒ぐのも楽しみのひとつだった。
シロップがないと言うことはメニューがあるのかとカウンターに目を走らせると「お品書き」という流麗な字が目に入った。
そこには、「ストロベリーマウンテン」や「マンゴーソルベ」「宇治金時」などの文字がある。
ストロベリーがマウンテン??? つくしはとりあえず大好きなイチゴ味にすることにした。


「えーと、じゃあこのストロベリーをお願いします。」


と、出てきたのは氷の上に店主手作りのイチゴシロップと練乳をかけ、その上にさらに半分に切った生イチゴが山のようにデコレーションされた代物だった。


「わあ、美味しそうだね〜。」

「はは…」


つくしのイメージしていた海辺のかき氷は単純に氷にシロップをかけただけのもので、こんなデコラティブなものは想像していなかった。


「ケイトはメロンにする〜」


と、出てきたのはマスクメロンを半分に切って、その中にかき氷を落とし、その上にさらにメロンの果肉とバニラアイスが添えられていた。


「わあ〜、美味しそう! 日本てすごいね〜。」


ケイトちゃん、そんなの普通の日本人は食べてませんよ。
と、つくしは心の中で呟いた。
二人はブースの横に設置されたパラソルが刺さったテーブルに腰掛けた。


「おっいし〜い!!」

「Yummy!!」


生イチゴの乗ったかき氷を食べるのは初めてだったが、練乳とシロップの甘さがイチゴの持つ酸味を抑えてくれて、感じるのは氷の冷たさとイチゴの甘さだけ。
カリフォルニアの海を眺めながら食べるには最高のかき氷だった。
これは確かに特別な思い出に違いない。


「つくし、私はあっちで遊んでくるね!」


ケイトは早々にメロンに飽きて、使用人と波打ち際へ駆けて行った。


「つくしちゃんも泳いできたら?」


かき氷を食べ終わったつくしはパラソル下のビーチチェアに戻り、椿の言葉に日除けのパーカーを脱ぐと立ち上がった。
髪はひとつに束ねてからクリップで留めてアップにした。


「あ、でもその前に、日焼け止めをしっかり塗っておいてね。LAの陽射しは強烈だから。つくしちゃんは色白だから、赤剥けになっちゃうわよ。」


椿に言われ、つくしはビーチチェアに再び腰掛けて日焼け止めを取り出し、首、腕、お腹に塗り始めた。
しかし背中は自分では塗れない。
椿にお願いしようとそちらを見ると、椿の娘のケイトが使用人と一緒に遊んでいた波打ち際でママを呼んだため、椿はそちらに行ってしまった。

しまった…どうしよう。
女性のメイドさんは?
と見回しても男性しかいない。

ちょっと待て。
男に見せたくないとか散々ほざいてここに来る事になったのに、この男性のSPさんや使用人さんたちはいいのか?
いや、あたしは別にいいんだけどね。と、つくしは腑に落ちない気分で隣の男を見ると、司はサングラスをかけてビーチチェアに寝そべっていた。

うぅ、こいつに頼むしかないのか?
日焼けと天秤にかける。
待て、このままパラソルの下から出ないっていう選択肢もある。


「パラソルから出なくても海面やビーチからの反射で日焼けするぞ。」


となりから見透かしたような声がかかった。


「〜〜〜っ」


声に出せない葛藤。


「…わかった。あの人に頼んでくる。」


と、つくしは男性の使用人を呼ぼうと腰を浮かせかけた。


「ちょっと待て! なんでそうなる!? 俺がいるだろ!」

「一番の危険人物じゃん。」

「へー、そう思ってくれるのか。少しでも俺を意識してる証拠だな。」


煽られてつくしも意地になる。


「んなわけないじゃん! わかった。背中、塗って。」


つくしの言葉に起き上がった司がサングラスを上げてニヤリと笑んだ。

ビーチチェアに座ったままのつくしの背中を司の手が撫でる。
肩から塗り始めて肩甲骨から背骨に沿って下がる。
その肌の滑らかさと柔らかさに恍惚となる。
途中、ビキニのブラの下に手を差し入れると、脇の先にある胸の存在が気になる。
しかし理性で押しとどめさらに背中に手を滑らせる。
腰のあたりまで来た時だった。


…」


つくしが微かに反応の声を上げた。
それだけのことなのに、司の欲望が燃え上がる。


「ね、くすぐったい。もういいよ。ありがと。」


つくしの言葉にハッと我に返った。


「あ、ああ。」

「ね、あんたも塗ってあげようか? 背中。」

「…いや、いい。」

「何でよ? 遠慮しなくていいわよ。さ、寝て。」

「いいって!」

「さっきはあたしに日焼けするって脅したくせに。ほら背中向けて。」


しぶしぶ司はうつ伏せで横になった。
つくしの小さな手が司の背中を撫でる。


「広いから両手で塗るよ?」


つくしは両手に日焼け止めを取り、司の背中に塗り込んでいった。
同じように肩甲骨から背骨に沿って手が肌を撫でる。
何度も往復して優しく触れられている。


「うっ…」

「ん? どした? 痛かった?」

「いや…なんでもない。」


ヤベェ、反応してきた。


「も、もういいから。」

「そう? じゃ、あたしはケイトちゃんのとこに行ってくる。」


つくしは広い砂浜を駆けて行った。


「フゥゥ…どうすんだ? コレ…」


司はうつ伏せになったまま動けなかった。






つくしと入れ替わりに椿が戻ってきた。
つくしは使用人と一緒に波打ち際でケイトと遊んでいる。


「あんたもつくしちゃんとこ行けば?」

「…いまは無理。」

「??? 何でよ?」

「…察しろ。」

「………プッ、マジで? 何があったの?」

「背中に日焼け止め塗られた。」

「それだけで!? 純情〜! 可愛い〜!」

「うるせぇ!」

「苦労してるんだ。つくしちゃん、鈍感だもんね。でもあと7ヶ月よ。勝てそう?」

「絶対に勝つ…と言いたいが、はなから勝てると思ってねぇよ。」

「…そうよね。酷い条件ですものね。でも奇跡が起きるかもしれないじゃない。」

「奇跡か。奇跡より確率低いだろ。」

「…そうかもね。」

「いいんだ。あいつと一緒に居られる1年てだけでも。その後は地獄が待ってんだとしても、それでもこの1年を大切にしたいんだ。」

「今はどこまで?」

「告白したとこまで。」

「はぁぁ〜、先は長いか。でもどうしても、私はあんたに勝ってもらいたい。そのためなら協力は惜しまないから。」

「サンキュ。」


おさまった司は起き上がってつくしのもとに向かった。
その背中を椿が見送った。


「こんな条件を出すのがあたしたちの親なのよ、司……。」


空はどこまでも青く澄み、海はどこまでも蒼く続いている。
しかし弟がその想いをどこまで貫けるのか。
椿は、神が存在するのなら奇跡を授けてやって欲しいと切に願った。













ついに明日、司の秘密が明らかに!
その前に、今夜23時にスピンオフ#9「エアコン」を更新します。


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2019.07.03
今回から本編の時系列無視になります(^^;)
いつ頃のお話かはご想像にお任せします。






本格的な夏になり、夜もエアコンをつけて休んでいる。

つくしの部屋にエアコンは1台しかついていない。
それは居間の司の定位置の背後上部に居間とキッチンを隔てるドアに向けて取り付けられていて、居間のドアを開けておけばキッチンまで涼しくなった。

が、ということはベッドのある部屋には風がこない。


「あちぃ…」


司は真夜中に寝苦しさを感じて目が覚めた。
エアコンの風はこない上にベッドの周囲がカーテンに囲まれていて冷気さえ遮っている。
まずは足許のカーテンを開けた。
少しマシになった。
が、重い冷気はなかなか這い上がってこない。
喉の渇きを覚えて司はベッドから出た。
水でも飲もうと歩を進め、チラリとつくしのベッドを振り返った。


「この女…」


つくしはちゃっかりと居間側のカーテンを開けて冷気に浴し、スヤスヤと眠っていた。


「自分だけ快適に眠りやがって。」


冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、半量ほど飲み干してテーブルに置くと、司は自分のベッドに戻った。
そしてつくしとの間仕切りになっているカーテンを静かに開けると腕を伸ばしてつくしの頬を一撫でし、再び眠りに入った。





「んーーっ」


つくしはよく寝たとばかりにベッドの中で天井に向けて腕を伸ばし、勢いよく起き上がった。


「はぁ………あ!?」


首を回した視界に司の寝顔が映り、二度見したつくしは完全に醒めた目を見開いた。


「なんで…? カーテンは?」


司のベッドとの間のカーテンは完全に両側に開かれ、今は布の束となってぶら下がっている。


「このぉ…どーみょーじぃ!! 起きろ! 起きなさい!」


叩き起こされた司は昨夜の寝苦しさからまだ寝不足の目をこすりながら起き上がった。


「んだよ。まだ時間じゃねぇだろ。」

「あんた、なんでカーテン開けたのよ! 約束違反でしょ!」

「暑くて眠れなかったんだよ。お前だけカーテン開けて気持ちよさそうに眠りやがって。だから俺も開けたんだ。冷気が流れ込んでやっと眠れたんだぞ。」

「それは、確かにそうかもしれないけど…」

「死活問題だ。今夜もカーテンは開ける。」

「え!? ちょっと、それはヤダよ。」

「じゃ、場所代われ。俺はそっちでカーテン開けるからお前はこっちで閉めて寝てみろよ。」

「いいわよ! 今夜ね。」





また夜になり、就寝時刻となった。
シーツを換え、枕とタオルケットを入れ替え、消灯してそれぞれ相手のベッドスペースに入った。


「じゃ、今夜はあたしがこっちね。」

「俺はこっちな。今夜はよく眠れそうだな。」

「おやすみ」

「ああ」




今夜は居間側で寝ている司はカーテンを開け、冷気に包まれて快適に眠りについた。
が、やはりつくし側は熱気が停滞して寝苦しい。

これは、道明寺の言う通り、安眠はできないなぁ。

隣からは早くも寝息が聞こえてきた。
つくしもなんとか眠ろうと、足許のカーテンを開けた。
微かな冷気が這い上がってくる。
でもまだ上半身を囲む空気は動きを持たず、自分が放出する熱が幾重にもまとわりつく。


「ハァ…」


暑い。
横のカーテンを開けたい。
でもそれじゃ道明寺にもそれを許すことになる。
嫌だ。寝顔は見られたくない。
そっか。
顔が見えない程度に開ければいいんじゃん。

つくしは脚側半分のカーテンを開けた。
ひんやりとした空気が脚に触れた。
これだけでも気持ちがいい。
やっと眠れる、と目を閉じた。






〜〜〜♫♩♫〜〜


スマホのアラーム音が聞こえる。
充電のコードを繋げていつも頭上に置いている。
つくしは腕を伸ばしてスマホを探るが、手に触れるのはベッドの布の感触だけだった。


〜〜〜♫♩♫〜〜!


音が徐々に大きくなっていく。
まずい、道明寺まで起こしてしまう。

んもう! スマホはどこよ〜〜!
と起き上がろうと片目を開けた。


「ん…」


ボーッとした視界に人の顔が見えた瞬間、両目がパチリと開いた。


「よう、おはよ。」


ベッドに片肘をついて司がこちらを見ていた。
瞼が痙攣したかのように瞬く。


〜〜〜♫♩♫〜〜!!


アラーム音にハッとして首を動かし周囲を見回した。
首を上げるとスマホはなぜか足許で鳴っていた。

は?
なんであっちにあるの?
誰か動かした?

理解はできないが、とにかく止めないと。
つくしは起き上がってベッドを縦断し、スマホを手に取りアラームを止めた。

と、ここでやっと状況が飲み込めてきた。
なぜなら目の前にあるカーテンがテラスのカーテンだったからだ。
スマホが足許に移動したのじゃなく、つくしが上下逆になって寝ていたのだ。
おそらく、涼しさを求めて知らずのうちに移動したのだろう。
つくしは嫌な予感がして振り向いた。
開け放たれた空間から司がこちらを覗いていた。


「お前は寝顔も可愛いな。」


・・・


「ギャーーーーッ!! バカッ! 何、見てんのよっ!」


つくしは手に触れた枕を司に向かって一直線に投げ込んだ。
司が避けて枕はクローゼットに当たって落ちた。




この日以来、夏の間はベッドを90度回転させて居間側に足を向け、冷気を同様に浴びながら眠ることになった。









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2019.07.03




遡ること半年前。


NY マンハッタン 道明寺楓のオフィス


広いオフィスに置かれた対のソファに楓と司が向かい合って座っていた。
目の前のテーブルには司への訴状が並んでいる。


「さて、これをどうしようかしらね。」

「ムショでもどこでも放り込んでくれ。本望だ。」

「ふふ、逃げられるとでも?」


楓は目の前の書類を手に取ると、破り捨てた。


「こんなもの、いくらでもこうできるわ。」


ハァァ〜、と司は片手で目を抑えて諦観のため息をついた。


「でも、こんなことを繰り返してたんじゃ後継が産まれないわね。あなた、いい加減にご自分の立場を自覚なさったら?」


俯いていた顔を上げた司の目は、まだ抵抗を示している。


「俺は一生結婚はしないし、女も抱かない。だから、道明寺直系男子の血は俺で絶える。俺の後は、優秀な人間が社内にいくらでもいるだろ。そいつらに任せる。」

「今まで女性を愛した事がないということ? 女性を愛せないと? まさか同性を?」

「俺が愛してる女はただ一人だ。そいつ以外は愛せない。」

「ならば、その女性を連れていらっしゃい。」


司はソファに身を預け、背もたれに両腕を広げた。


「それができたら、こんな宣言しねぇよ。」

「ではわたくしと勝負しないこと?」

「なに?」

「1年あげるわ。1年後、その方を連れていらっしゃい。その時にその方があなたの子を妊娠していれば結婚を認めるわ。わたくしも総帥も相手の方に一切、口出ししない。できなければ、1年後、私たちが用意した方と結婚してもらいます。妻を抱かなくても子供は作れるわ。」


いま、耳に届いた楓の声は悪魔のささやきだったのか。
司は、世界中の言語で讃えられるその美貌を歪めて楓を凝視した。
しかし徐々にその口元には皮肉な笑みが浮かび上がった。


「ハッハハハッ!! 子供!? 妊娠だと? あいつが俺と!? あり得なさすぎて笑えるな。しかも妊娠すれば認めるだと? 人をバカにすんのもいい加減にしとけよ。あんたらのその傲慢さには怒りを通り越して憐れみさえ感じるぜ。」


司の嘲笑にも動じることなく、楓は弓なりの片眉をただ微かに上げた。


「賭けは嫌いですか? 燻ったまま人生を終えるのと、勝負に出て負けるのとどちらがマシかしらね。」

「・・・・・」

「1年、自由になれるのよ?」


広いオフィスの大きな窓からはロックフェラーセンターのGEビルが見える。
その景色を司は自分のオフィスからも毎日、眺めていた。
本当に見たいものはもう一生、見られないのだろうかと嘆息をつきながら。
それが叶うかもしれない。

司は楓を睨んで身を乗り出した。


「・・・・1年の自由、だな。」

「約束するわ。」

「総帥も承知か?」

「もちろん。総帥からの提案よ。」

「親父が?」

「司、総帥は何もかもご存知よ。あなたの心に誰が、いつから存在しているのか。」

「なに…!?」

「こんな茶番、わたくしは反対したのよ。でも総帥は人生にはチャンスがあるべきだとのお考えよ。だからあなたにもチャンスを与えることにしたわ。」

「ハッ! 与える、ね。神にでもなったつもりか。」

「牧野さん…とおっしゃったかしら。」

「!!」

「総帥から聞かされた時は信じられなかったけど、どうやら本当みたいね。まさかあなたが庶民の娘をねぇ。本来なら、道明寺家に入る資格などない女性だけれどあなたがこの賭けに勝てば、無条件に受け入れるわ。でも負ければ…」

「負ければ…?」

「彼女のことは忘れてもらうわ。…彼女のためにもね。」

「どういう意味だ」

「彼女を、あなたから永遠に隠す力くらいは、私にもあるってことよ。」

「…あんた、母親じゃねぇとは思ってたが、もう人でさえねぇな。」

「お褒めの言葉と受け取るわ。司、これは契約よ。あなたが受け入れれば必ず履行されるわ。さて、この契約、受け入れますか?」

「フンッ、選択肢なんてねぇだろ。」

「フフ、そうね。」


司は楓から視線を外し脚を組み、片手はその脚を掴み、もう片手は腕を伸ばしてソファの背もたれをグッと掴んだ。

1年の自由…
ほしい。
失った6年を取り戻したい。
なにより牧野に会いたい。

司はもう一度楓を見た。


「なら、こちらにも条件がある。」

「なにかしら」

「俺を解放してくれ。」

「解放?」

「俺をクビにでもして、道明寺から切り捨ててくれ。何もない俺になりたい。」

「それほど、難しいお相手かしら。」

「ああ、そうだ。」

「よろしい。あなたを一年間、勘当してあげます。会社もクビよ。邸への出入りも一切、禁止。お友達にも圧力をかけるわ。ただのあなたに何ができるのか、お手並み拝見しようじゃないの。」


司は立ち上がった。


「きっちり1年だ。邪魔すんなよ。」

「あなたこそ肝に命じることね。契約は絶対よ。」





***





「牧野!」


ケイトと波際で戯れていたつくしに近づき、声をかけた。


「道明寺!」


つくしがケイトに向けていた笑顔のまま司に顔を向け手を振った。


1年。
こいつにまた会うだけのために賭けに乗った。
勝ち負けはどうでもいい。
あんな条件、芽があるなんて思っちゃいない。
1年間、牧野と一緒に過ごして、その後はNYに戻って宿命のレールを粛々と歩く。
最初からその覚悟で戻ったんだ。
だからこの笑顔を向けてもらえるだけで、間近で見られるだけで、今は満足だ。

…と思っているのに、でも、もし、もしも1000分の1%でも可能性があるのなら………挑まずにはいられない。


椿も近づいてきてケイトに遊びの終わりを告げた。
浅瀬には2人が残された。


「牧野、泳げるか?」

「うん、泳ぎは得意。でもこんなに波が高いとちょっと怖いかも。」

「俺がついてる。」


と、司は手を差し伸べた。
つくしは一瞬、戸惑ったが、しかしその手を取った。
一緒に暮らして5ヶ月。
司との間に奇妙な、でも確実な信頼関係ができていた。
二人は手を取り合って浅瀬を進んだ。


まだつくしの足は付いたが、波の力で体が浮き上がる。
それでも司はそのまま歩を進めると、ある場所でつくしの足下がフッとなくなった。


「きゃっ! 足、付かない」


波を顔に浴びながら立ち泳ぎをするつくしの手を司が引き寄せた。


「こうしてれば大丈夫だろ。」


司はつくしを片腕で抱きとめた。
肌と肌が触れる。


「ど、道明寺、泳げるから離して…」

「日本の波とは違うんだぞ。大きいのがきたらすぐに拐われちまう。」


その時、言葉通りのやや大きな波が来て司の肩にかかり、つくしの顔を再び濡らした。


「…プハッ!」


つくしは波から逃れようと、司の首にしがみついた。


「ハァ、ハァ、ハァ、」


つくしの吐く息が司の首に当たり、柔らかい双丘が布越しに司の胸に押し付けられている。
司は両の腕でつくしを搔き抱いた。


「なぁ、いつごろ俺を好きになる?」

「え?」

「あと、どれくらいしたら俺を好きになってくれる?」

「・・・・・」

「俺はあと、どれだけ待てばいい? 何をすればいい?」


その時、司の哀願を聞いたつくしの中に愛しさが芽吹いた。
心から流れ出た温かい感情がじわじわと全身に広がっていくのがわかった。

これは何だろう?
これは愛だろうか?
道明寺が望む愛なのか?

しかしその正体を、つくしはまだ掴めなかった。
今はただ、司を愛おしむ気持ちが確実につくしの中に存在していた。


「道明寺を大切には思ってる。」

「!」

「昔みたいな、毛嫌いしてた気持ちはもうない。でもあんたが望む愛ではない。まだ。」

「まだ?」

「この先はわからない。この大切な気持ちが友情なのか、愛情なのか、あたしにもわからない。」

「じゃ、俺がわからせてやる。」


司はつくしの身体を掴んで少し離すと、プカプカ浮いているつくしにキスをした。
波に揺られながら唇を重ね、舌でなぞって愛撫される。

海の味のするそのキスが嫌じゃないという事実に、つくし自身が驚いていた。








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2019.07.04




フォスター邸に戻り、身支度を整えてディナーの席についている。
今夜は当主で椿の夫、アンドリュー・フォスターも同席している。


“ ようこそ、Miss牧野。LAは楽しんでもらえているかな? ”


司が通訳してくれる。


「はい、とても楽しいです。お招きくださって感謝しています。」

“ なんでも広ーい海で泳ぎたかったとか? ”

「あ、えーと、日本の海でもよかったんですが、せっかくなので、と…」


チラリとつくしは司を見た。


“ はは! ツカサもツバキもちょっと強引なところがあるからね。でも君に喜んでもらいたかったんだ。悪く思わないでほしい。 ”

「ええ、もちろんです! 今は来て良かったと思っています。」


司から、椿が政略結婚をさせられたと聞いていたが、アンドリューの目には妻への愛情が溢れていて、彼が椿に惚れ込んでいることはつくしの目にも明らかだった。

では、お姉さんはどうなんだろう?
好きな人がいたって道明寺は言ってたけど、今はもうこの人を愛してるのかな?


太平洋のシーフードを中心としたディナーを堪能した後は司はアンドリューとともに他のゲストが集う大応接室に移動していった。
ケイトはメイドが寝かしつけ、椿とつくしは広大な庭園を臨むバルコニーでワインを楽しんでいた。


「つくしちゃん、LAはどう?」

「はい、抜けるような空と海の青さがとても綺麗で感動しました。大都会なのに自然もたくさんあって、いい場所ですね。」

「そうなの。NYの陰鬱さがなくて、私にはこっちが合ってるみたい。」


椿の表情からは悲壮感は微塵も伺えず、恋人と引き裂かれたという話は本当なのだろうかとつくしはその破片を椿に探していた。


「司との暮らしはどう? あいつ、頑張ってる?」

「あ、はい! 頑張ってます。この前はお風呂掃除をしてくれました。」

「あいつが! 愛の力ってすごいわねぇ。」

「ブッ!! ゴホッゴホッ、お、お姉さん、」

「告白されたでしょ? あいつ、この6年、ずっとつくしちゃんのことが好きだったのよ。」

「は、はぁ…」

「だから縁談も壊し続けてたの。だって好きな人がいるのに他の人となんて無理でしょ?」


椿は美しい顔をさらに美しく微笑ませた。


「でも、お姉さんもそうだったって道明寺が言ってました。恋人がいたって。」


椿から微笑みが消えた。


「申し訳ありませんっ」

「フッ、いいのよ。本当のこと。そう、私にはあの時、恋人がいた。その人と別れさせられてアンドリューと結婚したの。」

「じゃ、お姉さんは今、幸せじゃないんですか?」


椿は再び微笑んだ。


「幸せよ。今はもうアンドリューを愛してる。だから大丈夫!」

「・・・だったら、道明寺もいずれはその家柄の釣り合う女性を愛せるようになるんじゃないですか? 何もあたしにこだわらなくても。」

「あいつはダメなの。融通がきかないの。つくしちゃんがダメなら一生…そうね…誰も愛さないわね。」

「そんな…そんなこと言われても…」


椿は立ち上がり、向かいに座っているつくしの横に座り直した。


「ごめんなさいね。でもね、私も時々思うのよ。あの時、なんでもっと頑張れなかったんだろうって。今が幸せなのに、昔の自分が今の自分を責めるの。きっと悔いが残ってるからね。司にはこんな思いをして欲しくないの。あなたには迷惑でも。」

「お姉さん、あたし、わからないんです。あいつのこと、なんか弟みたいに可愛いと思う時もあるし、友情っていうか、そういう連帯感みたいなものを感じることもあります。でも恋とか愛とかって聞かれたら違う気がするんです。」


椿はグラスをテーブルに起き、つくしの手を取った。


「ね、つくしちゃん、焦らなくていいわ。ゆっくりでいい。ゆっくりでいいけど司のこと、真剣に考えてやって欲しいの。そしてもし、つくしちゃんが自分の本当の気持ちに気付いたら、できるだけ早く、その気持ちをあの子に伝えてやって欲しいの。ね? お願い。」


椿のいつにない真剣な瞳に、つくしは吸い寄せられた。


「わかりました。努力します。」


つくしも椿の手に手を重ねて微笑んだ。




***




今日の予定を終え、22時を過ぎて部屋に戻ってきた。
司はまだ戻っていなかった。


「フゥゥ…」


疲れた。
気持ちがズシリと重い。

椿に贈られたドレスを脱ぎ、バスルームに入った。
バスには湯が張られていたが、やはり少し日焼けしたようで湯に浸かるとヒリリと肌を刺激した。
肌の熱を鎮めようと水に近いぬるいシャワーを浴びる。

頭からシャワーをかぶりながら、海でのキスを思い出して、またカッと身体が熱くなった。

嫌じゃなかった。
振りほどこうとも思わなかった。
なぜ?

この「なぜ」を見つめなきゃ。
ちゃんと向き合わなきゃ。
そして答えを出さなきゃ。

髪を乾かしてバスルームを出て、水を飲もうとリビングスペースに入ると司が戻っていた。
かなり飲んだようで、ソファに仰向けになって横たわり、腕を目隠しに微睡んでいる。


「道明寺、起きて。こんなとこで寝ちゃダメだよ。」


つくしの声かけに司は半目を開けて、ダルそうに起き上がった。


「よう、飲み過ぎた。俺もバス使う。」

「うん、どうぞ。先に寝てるね。おやすみ」



つくしはベッドに入り、端に寄ってシーツを肩まで引き上げて丸くなった。
本当は眠れない。
同じベッドに入ってくるだろう男が気になって眠れない。

何かされることを心配してるんじゃない。
ただ、今まで無意識にできてたことに意識が向いてしまって、緊張する。
ダメダメ、眠らなきゃ。
つくしは無理やりに瞼を閉じた。



やっと浅い眠りが訪れた頃、ベッドが振動した気配を微かに感じて、つくしはまた意識が浮上した。


「牧野? 寝たのか?」


司が問いかけたが、つくしは寝たふりをして答えない。
ゴソゴソと司がシーツの中に入ったのがわかった。

寝よう
寝るのよ、つくし
あたしはもう寝てるの

自己暗示をかけようと心に何度も言い聞かせた。
その内に、衣擦れの音がして、何かがつくしに近づいた。
と、次にはつくしの体にその何かが巻きつき、強く引いた。

司の腕だった。
つくしを引き寄せ、抱きしめた。

つくしは体を強張らせ、努力して寝たふりを続けた。
起きていることがバレれば、この危うい均衡が崩れるような気がしたから。

そのうちに頭上から司の少し浮いたような声が聞こえてきた。
まだ酔っているのかもしれない。


「牧野、マジで寝たか?」

「・・・・」

「そっか。寝たか。今日は疲れたもんな。」

「・・・・」

「なぁ、牧野、何度も言うが、俺はお前が好きだ。いつからだったかな、自覚したのはお前が類に惚れてるって気づいた時だった。その時にはきっともっと前から好きになってたんだってわかった。」


司が酔いに任せて語り始めた。
つくしはじっと聞き入った。


「それからいろいろあって、お前とうちの別荘に行ったよな。そこでやっぱり類には勝てないって思い知った。」


あの時、あたしはどうしてもっとちゃんと道明寺に断らなかったんだろう。
きっと今と同じ気持ちだった。
どう思ってるのかわからない状態で、好きじゃないけど嫌いじゃない。
そのどっちつかずがこいつを傷つけた。
もうあんなことは繰り返したくない。


「思い知ったけど悔しくて、お前らを追放するって息巻いたよな。今思えばガキだったな。」


司の独白は続いている。


「あの、試合の前の日にお前に会いに行っただろ? 今ここで俺を好きだといえば許してやるって。俺、どんだけ諦め悪いんだよって話だよな。はは」


覚えてる。
言うことは簡単だった。
でもそれは道明寺にも花沢類にもすごく失礼なことだと思って言わなかった。
キスされそうになった時もそうだった。
ここで受け入れたら、打算で受け入れたように思われるのが嫌だった。
純粋な気持ちじゃなくて、許して欲しいから受け入れたんだって思われたくなかった。
花沢類を庇ってるって思われたくなかった。


「試合中に、あと一歩で俺たちが勝つ場面で、俺は怖気付いた。この手でお前を切り捨てることに怖気付いたんだ。だから試合を投げた。」

「・・・・・」

「なのに、邸に帰ったらお前と類が最中だって言われて、世界が崩れ落ちた。もう望みは絶たれたと思った。」

「・・・・・」

「あれから6年。俺はまだお前が好きなんだ。相当だろ。」

「・・・・・」

「俺にはお前しかいねぇんだからよ。だから早く俺を好きになれ。」


司の独白は終わったようで、つくしを抱き込んだまま、そのうちに寝息が聞こえ始めた。
つくしは腕の中から抜け出すと体を起こして、薄いカーテンから月光が差し込む室内で司の寝顔を覗き込んだ。


「本当に、そうなれたらいいのにね。」


まだ完全には癖が戻っていない前髪を搔き上げると、つくしはその額にそっとキスをした。










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2019.07.05




翌朝、左腕に重みと痺れを感じて司は目が覚めた。

昨夜はアンドリューとその友人たちと飲み、久しぶりの美味い酒に飲み過ぎた。
部屋に戻ったところまでは覚えてる。
そのあとは? シャワー浴びたっけ? おとなしく寝たっけ?

そう思ってまだ微睡んでいる顔を左に向けた途端に、パッチリと目が覚めた。
司の左腕に頭を乗せたつくしが、寄り添うように眠っていた。

なんだこりゃ!?
どうなってる?
夕べ、牧野に何かしたか?
思い出せ。
何かしてたらマズイことになるぞ。

司の思考はグルグルと回っているが、部屋に入って以降のことが全く思い出せなかった。

もう一度、つくしを確認する。
服は着ている。
泣いたような跡もない。
今の所、襲いかかったということはなさそうだ。

ホッと息を吐いた司は冷静になって、改めてこの状況を振り返った。
別に何も問題を起こしてないのなら、こんなに近くで寝ているつくしを堪能しない手はない。

腕をそっと抜いて、体をつくしに向け、その寝顔をじっと見つめる。


可愛い…


ほっぺたをツンツンと押してみる。


柔らかい…


閉じている唇を指先でなぞる。
その刺激がこそばゆかったのか、つくしの舌が出てきて、唇を舐めた。


ゴクリ…


もう一度、唇を指でなぞる。
するとまた舌が出てきた。
そのまま指を離さないでいると、つくしの舌が司の指を舐めた。


ゾクゾクゾクッ…


引っ込もうとするつくしの舌を追いかけて歯の間に指を差し込むと、口腔内の侵入者を確かめるように舌が指に絡みついてきた。
その動きに卑猥な音さえ聞こえてきそうだ。


ヤベェ…めちゃくちゃヤラシイ…


「ん…」


つくしの眉間に皺がよったのをみて、マズイと思い指を抜いた。
指についたつくしの唾液を舐めとる。

なんだかもっとイタズラしたくなった。

寝返りを打って向こうを向いてしまったつくしの、首にかかる髪を梳いて首筋を露わにする。
指先で耳から肩までをゆっくりなぞった。
何度も往復していると、つくしから吐息が漏れた。


「はぁ…ん…」


もう止められない。
顔を近づけると甘い香りに目眩がする。
一度だけ、と自身に言い聞かせて背後から首筋にキスをした。


「んっ」


と、つくしの手が首に伸びてきて、まるで虫に刺された後をさするようにキスの跡を撫でた。
でもつくしはまだ目を覚まさない。
司はいよいよ自信を得て、今度はそこに吸い付いた。
唇を離すと、うっすらキスマークが付いていた。

これがいわゆる所有の証ってヤツか、と司は大満足でまたつくしを抱き込んで目を閉じた。




***




「あれぇ? こんなところ、蚊に刺されてる。」


つくしはバスルームで身支度を整えながら、自分の首筋に残るピンクの跡を撫でた。

いつだろう??
昨夜?
蚊なんていたっけ?
プ〜〜ンなんて音はしなかったけど。
アメリカの蚊は知恵があって音を出さないのかも。



司とともに朝食の部屋に降りていくと、後ろから椿も入ってきた。


「お姉さん、おはようございます。」

「つくしちゃん、おはよう。昨夜は大丈夫だった?」


椿は席に着き、ナプキンを膝に広げながらつくしに問いかけた。


「はい、よく眠れました。でも部屋に蚊がいたみたいで、」

「ブッ!」

「ちょっと、道明寺、汚いなぁ。美味しいコーヒーなんだから大事に飲んでよ。日本に帰ったらまた当分は飲めないわよ?」

「つくしちゃん、その “ 蚊 ” がどうしたの?」

「あ、ええ、朝起きたら首を刺されてて、でも痒くないんですよね。アメリカの蚊は種類が違うんですかね。あはは。」

「ふーん、種類の違う “ 蚊 ” ねぇ。そうねぇ、つくしちゃんの部屋に紛れ込んだのかもしれないわねぇ。フフフ」

「あー、そうだ!! 牧野、今日は何したい??」

「…なに? 道明寺。突然、大きな声出したりして。」

「プッ、あはははは!」

「姉ちゃん!!」

「え? なに? どうしたんですか?」

「ううん、なんでもないの。つくしちゃんが可愛いからアメリカの蚊もつい吸い付いちゃったのね。あー、そうね、今日は観光しましょうよ。サンタモニカ海岸に沈む夕日を見せたいわ。」



それから数日間、つくしたちはLAの街を観光して過ごした。

ベニスビーチ、ビバリーヒルズ、メルローズ・アベニュー…

サンタモニカの海岸線ではレンタルの電動スクーターで景色を堪能した。
かき氷はなかったが、大きなアイスクリームも食べた。

桟橋に沈む夕陽は司と並んでビーチの縁石に腰掛けて見た。
地球の紡ぐ営みは、まるでこの世に二人しかないような錯覚を起こさせた。

ロデオドライブではあちこちの高級ブティックをはしごし、つくしは道明寺姉弟にこれでもかと着せ替え人形にさせられ、リムジンに積みきれない量の買い物をした。


この数日で椿から見た二人はグッと距離が縮まっているようだった。

楽しそうに微笑むつくしに寄り添う弟は、見たことのない幸福そうな優しい顔をしていて、椿はこのままこの恋が成就することを願った。
つくしにしても、司に対する壁というものをもうほとんど取っ払っていて、彼女が愛を自覚するのも時間の問題だと思えた。







最終夜、フォスター家ではゲスト全員を招いたパーティーが行われることになっていた。

つくしは椿専属のサロンで磨き上げられ、ショッピングで買い揃えられたドレスやジュエリーを身につけた。
フィッティングルームから司の待つゲストルームへ戻ると、司はノーネクタイのシャツの襟元を開け、羽織ったジャケットごと袖をまくり、素足にビット付きモカシンを履いて、窓辺に立っていた。


「道明寺、お待たせ。」


司が振り向くと、そこには美しくドレスアップしたつくしが立っていた。


「牧野…」

「フフ…どお?」

「ああ、綺麗だ。」

「えっ! そんなに素直に褒められると拍子抜けするな。」

「本当のことだ。」

「ちょっと、やめてよ。調子狂う。」


照れて顔を背けたつくしに近づくと、司はその手を取り、指にキスをした。


「なっ」

「俺が惚れた女が世界一だ。」

「あ、あんたってそんなキャラだったっけ?」

「フッ、今夜の俺たちは互いがパートナーだ。俺がリードするから心配いらない。」

「そっか。パーティーってそういうのなんだ。」

「ま、今日のはそんな堅苦しいもんじゃないからな、楽しめ。レディ、お手をどうぞ。」


司は腕を差し出した。
つくしがその腕を取る。


「行くぞ!」

「は、はい!」


会場の大ホールに入るとそこはもうフォスター家が招いたゲストでいっぱいだった。
ゲストと言っても親しい友人たちばかりの会場は、思い思いのファッションに身を包んだ男女がひしめいている。
しかし司が入っていくと、人々は談笑を止め、司を振り向いた。
今夜はその名に負う司の美しさを愛でようと、彼を見に集まった者も多かった。
近づいてきて挨拶しようとするのを右手を上げることで制し、今日は完全なプライベートであることを示した。

司へ近づくことができないと悟った人々は、今度は二人の品評に熱中した。
司への熱視線とつくしを品定めする視線が縦横無尽に交わされる。

つくしはこの数ヶ月間、すっかり忘れてしまっていた司の生きる世界を思い出した。
そして自分の世界との隔絶を改めて思い知った。

そうだ、道明寺はこういう世界の住人だったんだ。
あたしはここに道明寺を帰すために今、一緒にいるんだった。
好きだとか言われて浮かれて忘れてしまっていた。
ずっと同じ世界で生きていけると錯覚してた。
ちがう。そうじゃない。
この世界こそ道明寺の世界。
ここにこの人を帰してあげなきゃ。
だって、いま横に立つこの人は、こんなにも華やかで煌びやかな世界が似合うんだもの。

つくしは自分がどんなに磨き上げられようが、それは所詮借り物の、仮の姿であると感ぜずにはいられなかった。

所作、話術、教養、マナー。
どれを取っても、自分の存在し得る世界じゃない。
わかってたはずなのにバカだな。


つくしの中に芽吹きはじめたばかりの司への愛は、早くもつくし自身によって摘み取られようとしていた。









今夜23時にスピンオフ#10「ホラー映画」を更新します。

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2019.07.06




毎週日曜日恒例となったDVD鑑賞だったが、さすがにラインナップが尽きた。


「DVD、もうねぇの?」

「だね。終わったね。」

「ふーん」


司はつまらなかった。
映画鑑賞が趣味というわけではない。
司の趣味はつくしだ。
小さな画面でDVDを見ている間は密着できた。
それが今夜はないのか。


「ほんとにもうないか?」


司はDVDが収納されている本棚を探った。
本の間も丹念に探す。
と、ひとつのDVDケースが見つかった。


「あるじゃん。今日はこれだ。」


司がテーブルに出したDVDケースにつくしの顔色が変わった。


「その映画嫌い。あたしは観ない。」

「なんで? AVか?」

「バカッ! んなわけないでしょ!」


頬を染めたつくしの拳を手のひらで受け止めた。


「じゃ、いいじゃん。」


司はすっかり慣れた手つきでポータブルDVDプレイヤーにディスクをセットした。


「ちょっと、本当に観ないからね! 進が来たときに置いていったホラーなんだよ。」

「なに? お前、ホラーとか怖いわけ? そんなガラじゃねぇだろ。」

「図太くて悪かったわね! 怖くなんてないわよ。ただちょっと…」


ニヤリとからかうような顔を向けられて、いつもの意地が頭をもたげた。


「悪趣味だと思ってるだけ。だいたい、話として面白くないし。」

「面白くないだけなら付き合えよ。怖くないなら平気だろ?」


ムムッ…


「当たり前でしょ。怖いわけないっての。道明寺が怖いから付き合って欲しいんでしょ!」

「ああ、そうだな。よろしく頼むわ。」

「〜〜っ」


なんだかまんまと乗せられた感があったが、ここまできて後には引けない。
仕方なくつくしは司の横に自分のクッションを並べて観始めた。

それはある特定の日に起こる殺戮の映画で、仮面を被った男が一晩のうちに次々と犠牲者を生む筋書きだった。

一人目の犠牲者に危険が近づく。
つくしはお尻の下に敷いていたクッションを早くも抱きかかえていた。
仮面の男が犠牲者に襲いかかった。


『キャーーーー!!』


「ギャッ!」


つくしはクッションに顔を伏せた。
そしてゆっくりと目を上げる。
でもまだ終わっていないことがわかって再びクッションに顔を押し付けた。

こいつ、おもしれぇな。

司はずっとつくし観察をしていた。

犠牲者がひとり、またひとりと増えていく。
その度につくしはクッションに顔を伏せ、そして徐々に司に寄ってきた。
4人目の犠牲者が出るに至っては、つくしは完全に司に密着していた。
つくしからの密着。
神経が体の片側に集中している。
背筋も凍るような映画を見ているのに、ジンジンと熱がこみ上げた。

怖がってるんだから優しく肩でも抱いてやれ、と囁く自分と、そんな下心丸出しの行動に憤慨されたら、この楽しい時間が終わっちまうからやめとけ、と囁く自分が司の頭上で喧嘩している。
勝者の言うことに従おうとしばらく画面に観入ったところで決着がついた。

司はつくしの肩を抱こうとそろそろと腕を上げた。
そしてつくしの様子を伺いながらまずは指先でそっとつくしの細い肩に触れた。

その時だった。


「ギャーーーッ!!」


と、つくしが叫び声をあげ、司の胸元にしがみついた。
司はなにが起こったのか理解できず、震えながら自分に縋り付くつくしを見下ろした。
呆気にとられるとはまさにこのことだった。


「なんか、触った…なんかいる!」

「はっ…?」


司は振り向いたが当然のことながらこの部屋にはつくしと二人きりだ。
もしや…
いや今回に限っては、イタズラしてやろうとか、驚かせてやろうなどと思っていない。
ただ優しくしたいと思っただけだ。
なのに…
いや、待て。
チャンスだぞ、とまた囁きが聞こえた。

司は胸の中のつくしを腕で包んだ。


「なにもいない。俺しかいない。お前になにがあっても俺が守るから。」


耳元でそう囁くと、つくしが顔を上げた。


「道明寺…」


つくしの瞳には涙が滲み頼りなげに揺れている。

今だ!
キスしろ!
と、また耳元で囁やく声が聞こえ、顔を近づけた…が、


「もしかして、あんた…あたしを脅かしたでしょ!」


つくしの瞳は急速に力を取り戻し、司を睨みつけた。
ギョッと司は思わず真相を話してしまった。


「いや、違う! お前が怖がってるから肩を抱こうと…」

「肩ぁ? やっぱり、犯人はあんたかっ!」


ドンッと司を突き飛ばすと、つくしはそのまま立ち上がりベッドスペースに入っていった。


「もう寝る! 付き合ってらんないっ」

「おいっ、牧野っ」


唖然とつくしを見送り、伸ばされた腕が空で固まっている。
ガクリと項垂れると、なんでこうなるんだよ! と前髪をかきあげ、後ろに手をついて天井を向いた。


「ハァ……」


途中まで上手くいってたのに。
怖がりながら俺を頼って寄ってきて、あまつさえ抱きついてきて。
セリフも決まったと思ったのに。


「ハァ……」


どこまでも手強い女、牧野つくし。
道のりはまだまだ遠いな。

司はまだ映像が流れるDVDプレイヤーを閉じ、消灯してベッドスペースに入った。

スマホの灯りがボゥッとベッドを浮かび上がらせた。
見ると、カーテンの間からつくしの手が伸ばされている。

司の中に驚きと喜びと戸惑いが交差する。

怒って寝てしまったのに律儀に手が出ている。
たまたまか?
いや、牧野はまだ眠ってはいないはずだ。
寝息も聞こえてこない。
だとしたら俺と手を繋いで寝ようと?
約束だからか?
じゃなければ……

司はベッドに入り、つくしの手をそっと包むように握った。
指を曲げてグーにさせ、つくしの手、全体を自分の手の中に収める。
暗闇の中、カーテンの向こうに話しかけた。


「怖いのか?」

「………なにがよ」

「怒ってんのに俺と手を繋ぐんだろ?」

「それはっ、そういう約束だからでしょ。」

「俺が悪かった。お前を脅かそうとしたわけじゃなかったけど、結果的にそうなったんだもんな。お前が怒るのも当然だ。」

「…」

「気分悪ぃだろ。無理しなくていいぞ。」


司は包んでいたつくしの手を放して手を引こうとした。
その時、カーテンが揺れてつくしの腕が伸び、司の手を掴んだ。


「ま、まあまあ、わかってくれたんならいいのよ。あたしもちょっと驚いただけだし。」


司の手を逃すまいとつくしの手に力が入っている。

司は暗闇の中で満面の笑みを浮かべていた。
声に出さず、それでも肩が揺れるほどの笑いがこみ上げる。
まったく、なんて意地っ張りで、なんて可愛い女だと司はつくしの手に指を絡めた。


「そうか。じゃ、こうしてれば今夜は離れないな。」


いつものつくしなら即座に振り払われて罵詈のひとつも飛んでくるだろうに、今夜は映画がよほどこたえたのか素直に恋人繋ぎされていた。


「お前が眠るまで起きててやるから、早く寝ろ。」

「う…ん、ありがと。」


つくしの指がギュッと司の指を締め付けた。
つくしの力程度で痛みなど感じないが、手ではなく心臓が甘い疼きにギュッと痛んだ。









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2019.07.06




一通り楽しんだパーティーを後にし、また部屋に戻ってきた。


「ハァ、さすがに疲れたな。牧野、バス、使うか?」

「ああ、うん。そうだね。先に借りようかな。」

「なんか、途中から元気なかったけど大丈夫か?」

「はは、大丈夫。あたしも慣れないカッコで慣れない場で疲れた。お先に借りるね。」


つくしは靴を脱ぐと、絨毯の上をパタパタとバスルームへ駆け込んだ。
と、思ったら、数分してまた出てきて、ソファに座る司の前に背中を向けて立った。


「道明寺、あのさ、5センチでいいからファスナー下ろしてくんないかな? 今日のドレスは腕が上げ辛くて。」


司は驚いたが立ち上がり、つくしの首を撫でて後れ毛を抑えると、ファスナーを下まで一気に下げた。
ドレスがスルリと落ちそうになるのを、つくしは咄嗟に押さえた。


「ちょっと! 5センチでいいって言ったでしょ!」


ファスナーが大きく開きドレスがはだけて白い背中が腰まで見えた。
その瞬間、この数ヶ月間、司の衝動を抑えていた理性という名のタガが限界値を超えて砕け散った。

司は後ろから両手でつくしの肩を掴むと、その首筋に顔を埋めた。


「きゃっ! なにすんのよ!」

「…牧野、好きだ。」


司はつくしの耳を舐め、甘噛みし、首筋にキスマークを刻んでいく。
手はドレスの上から胸をまさぐった。


「あっ、や、やめて!」


つくしは身をよじって司から逃れようとしたが、理性を失った司からは逃れられない。
つくしの声も司には届かず、手が背中からドレスの中に入ってブラの上から胸を包んだ。


「ああっ! んんっ…やだ…道明寺! やめてっ」

「牧野…牧野…」


その手がついにブラの中に侵入しようとして、つくしは渾身の力を込めて肘を後ろに突き出した。


「やめろって…言ってるでしょーー!!」

「ぐっ!!」


つくしの肘鉄が司のみぞおちに命中し、司が手を離した弾みにつくしは絨毯に倒れ込んだ。
そして服を押さえて立ち上がると、バスルームに駆け込み、鍵を閉めた。


「ッハァ…ハァ…ハァ…うっ…」


つくしはズルズルと床に座り込み、膝を抱えて顔を伏せた。






「ゲホッ…ハァ…ハァ………何…俺は…何を…」


倒れ込んだつくしを見てやっと我に返った司は自分の手を見つめて呆然と立ち尽くした。
そしてそのまま司もまたドサリとソファに座り込み、頭を抱え込んだ。

何が起こった?
理性が飛んだ?
気づけば目の前に半裸の牧野が倒れこんでいた。


「あーー!! クソッ!!」


この数ヶ月の努力が水泡に帰した。
…終わった。
何もかも、これで終わりだ。

自分の不甲斐なさに嫌気がさして、司は立ち上がった。
つくしが駆け込んだバスルームに近づくと、すすり泣きが聞こえてきた。
司はドアの横の壁にもたれ、つくしが泣き止むのを待った。

好きなのに、傷つけたくなかったのに、こんな結果になってしまって、一体、自分は何のために牧野の下に戻ったのか。
結局は、いつもこうして傷つけて終わる。

中から聞こえていた声が止んだ頃合いを見計らい、司はドアの向こうに声をかけた。


「牧野、悪かった。俺は別の部屋で休むから、お前はこの部屋でゆっくり休め。」


それだけ言い残して司は出て行った。






司の言葉が聞こえてからどのくらい経ったのか。
バスルームのドアにもたれて座り込んでいたつくしは、ただボゥっと正面の姿見に映る自分を見つめていた。

髪は乱れ、泣いたために化粧は崩れ、脱げかけたドレスからはブラの肩紐が見えている。

何が起こったの?
道明寺に背後から襲われた?
同居を始めて5ヶ月近く。
今まで一度も危険を感じたことはなかった。
告白された後でも、危機感は持ってなかった。
なぜ?
道明寺は男なのに。
こうなることだって予測できたのに。
実際、6年前には放課後の校舎で襲われたことだってあるのに。

今のあいつは昔とは違うって感じてた。
誰彼構わず傷つけてたあいつと今のあいつは違うって。
だから信じ切ってた。
隙を見せてたんだ。

鏡の中の自分の首筋に、赤い印が見えた。
おずおずと指先でその痕に触れた。

その瞬間、つくしの体に走った衝撃は恐怖ではなかった。
その身体を走り抜けたのは熱だ。
海でキスをされた時と同じ熱が今のつくしの身体に篭っていた。

つくしは自分を抱きしめた。

道明寺を怖いと思ったのに、同時にカッと身体が熱を持つのがわかって、今度はそっちが怖かった。

まさか、そんな……
いやだ、いやだ!
あいつは違う世界の住人で、春には自分の世界に帰る。
あたしがあいつを帰すんだ。
今度こそ本当の別れになる。
きっともう生涯会うこともない。
そんな男を……絶対にいや!!

なのに、つくしは自分がジリジリと追い詰められていく感覚を覚えた。


「うっ…うぅ…」


つくしは自分を抱きしめたまま、また膝頭に顔をうつ伏せた。




***




翌朝、二人のよそよそしい雰囲気に椿はすぐに気がついた。
昨夜、司から別の部屋を用意するよう言付かったと執事に報告された。
今朝の司は明らかに眠れなかったという憔悴した表情だ。

何があったのかしら。
司に聞いてもダンマリだし。
パーティーまでは仲良くしてたのに。


「つくしちゃん、今日、帰国ね。LAは楽しんでもらえたかしら?」


椿はまずはつくしに探りを入れることにした。
今朝のつくしは首を隠すように髪を下ろしている。


「えっ、ええ、はい。楽しかったです。普通ならできない経験もたくさんさせていただけましたし、一生の宝です。」

「まあ、そんなこと言わないで、また遊びにきてね。そうだ! 次はクリスマス休暇はどう?」

「あの、日本ではクリスマス休暇ではなく、年末年始休暇になっちゃいますので。」

「あら、じゃ、その時に。また司と一緒に。ね?」


“ 司と一緒に ” の言葉に動揺を見せたのはつくしではなく司だった。
一瞬、体が揺れ、次に目を伏せた。
しかし、もっと司を動揺させることが起こった。


「わかりました。ではその時はまたお言葉に甘えます。」


その言葉に、司は思わずつくしを振り向いた。

終わらないのか?
まだ続くのか?

司は審判を待つ罪人の気分だった。









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2019.07.07
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